一番、感心したのは「建てる」。「自己創造の意志が外の世界に投影されるとき、アメリカ文学では『館』を建てる(あるいは買う)という形をとることが多い」(p.74)として、最も有名なself-made manであるフランクリンの自伝と対比させる形でフォークナーの『アブサロム、アブサロム』を読み解き、そうやって建てた家は大邸宅ではあってもけっしてhomeではなく「自分をゼロから作り上げようとした男が、人と人を隔てるきわめてアメリカ的な要素によって滅ぼされる」(p.83)とまとめる。アメリカ文学はhouseは成立してもhomeは成立しにくい文学なのだ、とも。それは「基本的に人と人が向き合うよりも、人が人に背中を向けて世界と向き合う文学だから」(p.84)。
ラジオというかつて400ドルもする耐久消費財のチャンピオンだったモノが、80年代には35ドル程度ながらもプアホワイトにとっては逆にささやかな贅沢品となっているという変遷を描き「前者はアメリカという国が自信に満ちていた時代の華やかさとその陰にあった不安を、後者はアメリカという威信がとうに失われた時代の喪失感を体現している」という「ラジオ」も構成が見事。
一番、読みたくなったのは、たしかバート・ランカスターが主演した『泳ぐ人』』(1968)の原作だったThe swimmer(John Cheever)。郊外生活者が隣の家のプール、そのまた隣のプールと泳いでいたら月日がものすごい速度で経っていたという短編だ。 内容の濃い一冊現代アメリカ文学翻訳の第一人者である柴田元幸氏がトウェインやメルヴィル
といった古典からオースターやパワーズといった現代の作家までを取り上げながらアメリカ文学を俯瞰する。エッセイ風に書かれたものであるにもかかわらず、読後には鮮烈な印象が残る。それは柴田氏が米文学を「教養」とか「高尚な趣味」などという排他的なものではなく、現代を生きる我々にとってアクチュアルな問題を含んだものという視点を持っているからだ。どの章も面白かったが、グローバル資本主義と現代文学のアナロジーを論じたエピローグは特にスリリングだった。 「生半可な学者」から「優秀なアメリカ文学者」へ柴田元幸氏は「現代アメリカ文学」の翻訳家・紹介者として有名かもしれないが、ここではハーマン・メルヴィル、ヘンリー・ジェイムズ、エドガー・ポーといった「古典」作家に果敢に挑戦されている。わたしは仕事上、アメリカ文学関係の研究書を読む機会が多いのだが、これほどコンパクトでありながら中身の濃い本にはいまだかつてお目にかかったことがない。(特にウィリアム・フォークナー、ヘンリー・ミラーに関する言及には大変感銘を受けた。そしてこうした作家の名作を柴田訳で読めるのが大変ありがたい。)本書は編集者の企画の勝利だと思う。(同じ編集者として、この本を企画した編集者氏を心より尊敬する。)本書を読むと、柴田氏はもはや「生半可な学者」などではないことがはっきりわかるはず。「優秀なアメリカ文学者」として、柴田氏のますますのご活躍を期待する。 もっとピンポイントで書いてもよかったのでは?キーワードを示して、それに相応しい作品をいくつか挙げて分析する、 というスタイルなんだけど、歴史上のすべてのアメリカ文学を対象にしているようで、 さすがに新書では分量的に無理があって駆け足な印象でした。 ま、タイトルも「レッスン」だし、作者も後書きで、「必ずしも訳書、原書にあたる必要は無く、この本を きっかけとして楽しいことが生じてくれればいい」なんて気軽なことをおっしゃっているので、 気楽に読まさせていただきました。とはいえ、幾つか手に取ってみようという気にはなりましたよ。
その昔、この本がベストセラーになり、プロバンスブームを巻き起こしたのがどうしてなのか、よく分かった。こんな本を読んだらプロバンスに行きたくる。もっとプロバンスのことが知りたくなる。あるいは、この本を一冊読んだだけでもうプロバンスのことが少しわかったような気になる。この本を読んで、私はフランス語の勉強を始めようかと真剣に考え始めた(もうプロバンスに行く気になっている)。 プロヴァンスの家せちがらいこの現代において別な生き方もあるのだなと 思わせてくれる桂品。今の生活をすべて捨てて プロヴァンス地方にすみたくなる本。 この本がヒントで、プロヴァンスへ家族旅行をした。 この本がヒントで、プロヴァンス風住宅を作ってしまった。 それぐらい、素敵なライフスタイルへいざなってくれる。 究極の癒しの書この本が出版され、各国でベストセラーになってからもう長い年月が経過した。それでもまだ売れつづけているそうである。いったいこの本の何が読者にうけるのだろうか。おそらく、つまるところ、読者はこの本に癒しを求めているのではないか。
著者のピーター・メイルは、イギリスの広告業界を捨てて南仏のプロヴァンスに移り住んできた。そこでの田舎の生活、隣人とのふれあい、プロヴァンスの風土、人情、動植物、料理、ワイン…。これらの由無しごとを淡々と書き綴っている。そんなエッセイである。
プロヴァンスでは時間の観念が幅広く、弾力的である。プロヴァンスでは時間がゆっくりと流れている。人には誰でも、心の中にそんなプロヴァンスを持っている。だからこの本が長年読み続けられているのでち! ̄ないか。あなたも癒しを求めるなら、この本をひもといてごらんなさい。
なお、巻末に料理関係の索引がついている。エッセイの本としてはユニークであるが、プロヴァンスでは、料理はキーワードなのである。
本文は読み下し文で進められます。『出雲国風土記』は、《郡総記/郷/山河/郡境路程》というように大変整然としていることもあって、そのつど現代語訳、註、解説をほどこす丁寧な構成になっています。見所はやはり『記紀』にはない独自でより素朴な神話伝承の世界。また整理された内容から古代出雲の地理がよくわかります。巻末の地名マップを参照するとより理解できます。
単に神話伝説を読むだけでなく、古代出雲の地理の理解のために。また日本神話の形成や、出雲国造家と中央政権との関係を考える上でも重要な1冊。
東京生まれの、東京育ちの主人もお気に入りの本です。 お散歩が楽しくなる♪普段見過ごしている、東京都内の町が、この本を読むとちょっと気になりだしてくる。週末になると、ついこの本を持ってぶらりと散歩に出たくなる。イラストを見ているだけで心が和む。持ち歩くのにぴったりの一冊。私の本はもうボロボロに・・・でもそれがまた味があってよろしい。
先日、目白の個展で杉浦さんご本人にもお目にかかり、本から飛び出してきたようなチャーミングな人でした☆彡 読んだら、行きたくなる場所イラストとエッセイを組み合わせた、このタイプの本は大好きで、幾人かの著者の者を持っている。その中でも、杉浦さんのは特にお気に入りです。今回の本もいい感じです。タイトル通り東京を紹介しているので、知った場所も沢山出てきます。前々から「行きたい」って思っている場所は更に行きたくなるし、行った事が無い場所でも、「行きたい!」と思ってしまう。知った場所は、次回行った時に「行こう」って思える場所が増え、楽しみになりました。都外から来る人には一般のガイドブックとは一味違う楽しみ方が出来る本だと思います。