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[ 文庫 ]
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私の身体は頭がいい (文春文庫)
・内田 樹
【文藝春秋】
発売日: 2007-09-04
参考価格: 600 円(税込)
販売価格: 600 円(税込)
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・内田 樹
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カスタマー平均評価: 4.5
思想界のスティーブン・セガール登場 今をときめく思想界の“スティーブン・セガール”こと内田樹(※どちらも合気道をたしなんでいる)が、評論家として活躍し始めたころの単行本『私の身体は頭がいい』の文庫版。今回の文庫版には、単行本出版以降に彼が書いた身体論・武道論関連の論文とエッセイ―筆者いわくボーナストラック―が追加されているため、かなりのお得感。
内田氏が最終的にたどりついた合気道という武道の目指すところは、「主と奴の弁証法」という関係性をいかに超克するかということだと思う。この「主/奴」の関係は、「富/貧」、「男/女」などの社会のあらゆる場面に蔓延っている。我々はこの二項対立の図式に当てはめなければ思考できないという「業」のようなものを負っているわけである。そしてしばしばこの図式は、「味方/敵」「生/死」という悲劇的な結果へと結びつく。
このように人間にとって本源的であるはずの二項対立の図式を脱臼するために、内田“スティーブン”樹が合気道のエッセンスをブレンドすることで組み立てた“複素的身体論”とはいったい何なのか?
それは本書を見てのお楽しみ。
「均質的なものについて」の章で、彼の思想的マニフェストと、というよりも「私には思想的マニフェストがありません」というマニフェストを表明している(これはマニフェストなんだろうか、そうじゃないんだろうか)。でもそれは単なる文化的多元主義ではない(なぜならそれも“主義”であり、立派なイデオロギーだ)。
だから、以前私が彼の『子どもは判ってくれない』のレビューで彼を「固執しないことに固執する」人物だと評したが、どうやらそれには修正が必要である。彼の話からすると「固執しないことに固執する」という時の後ろの「固執する」かどうかも、その場になってみないと彼自身にもわからないのだから。
彼自身は、それは気分で決まる。つまり気分次第だという。
冒頭で私はスティーブン・セガールと名付けたが、実は彼は「思想界の雲のジュウザ」だったのである。さらにその気分を決定するのは彼にとってはいつの日も身体。それ故に内田樹の身体は頭がいいのである。
お後がよろしいようで。
身体に関してだけじゃない! タイトルからすると、身体に関する Know-How 書のような感覚になりますが、内容はもっと広範囲に渡っています。どちらかというと哲学書のような感覚に陥ります。基本は「武道」ですが、あまりにも軽快な文節と、ところどころに散りばめられた筆者特有の世界観は、これまでの「身体」に関する概念を根底からの見直しをせまります。ちょっと難解な部分もありますが、あれよあれよと引き込まれていく文節は、内田節炸裂といった感じです。アスリートや武道家、学校の先生やビジネスマン、前任にお勧めの内容です。
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[ 文庫 ]
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子どもを伸ばす魔法のことば―やさしさと強さをはぐくむために (PHP文庫)
・山崎 房一
【PHP研究所】
発売日: 2000-02
参考価格: 560 円(税込)
販売価格: 560 円(税込)
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・山崎 房一
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カスタマー平均評価: 4
子どもは宝 子どもをがみがみしかるのではなく、愛情を注ぐことを薦める本です。 親はいつでも子どもの味方でないといけないらしいです。 そうすることで、子どもの基盤が安定するそうです。 親から愛されていないと感じている子どもは非行に走りやすいという話を聞いたことがあります。 これは、親の愛情を確かめたいがための行為らしいです。 愛情を注げば、非行に走るのを防ぐことができるかもしれません。しかし、いつでも親が子どもに味方するというのには賛成しかねます。 実際、「子どもの好きなことをさせよう」といって育てられた子どもはわがままです。 「のびのび」とわがままは違います。 思い通りにならないことがあることを教える必要もあると思います。
子どもを伸ばす魔法のことば 子供は優しいお母さんが大好き。子供に「お母さんはあなたが大好きよ。」「あなたはお母さんの宝物よ」「どんなことがあっても、お母さんはあなたの見方よ」のことばで子供がみるみる変わっていくという内容です。この本を読んでから、娘に「○○は母さんの宝物よ。」「○○の事が大好きよ。」と言い続けていると、子供の様子に変化が見えました。今までの自分を少し反省しました。この本のお陰で子供の気持ちを考えることができました♪
大事なことがいっぱい 山崎先生の本は大好きでこの本もすごく好きです。 この本は親子関係のやり取りで具体的な指針が書いてあり、身につけるには努力もいると思うけど、やってみようと勇気づけられる所がまたいいです。 内容は親が子どもに対して命令語・人格否定の言葉を使うことの危険性を体験談といっしょに述べてあり、もっと子どもをほめてあげる事 いつも子どもの欠点ばかりをみず長所を。人の短所を見ずに長所だけを見る事って親子関係だけではなく夫婦にも大事でいつまでも新婚当時のように仲良くしたいならそれが重要だと他の本で知っていたので、その長所を見やすくする捕らえ方が書いてあるのでとても参考になり、前よりもそう捕らえやすくなったと思います。 子どもが失敗をしても許してあげること。失敗して相手を責めたり叱ったりすると、責める・叱る=罪の償いになるので子どもは反省して成長もする事無く逆に怒りや不満などが残り何もよくならないとの事。自分も小さい頃、失敗をした時に責められたり叱られたりすると、怒られたからもう終わったという気持ちでまた同じ事の繰り返しで苛立ちだけが残ってました。でも逆に叱られたりしないと、いつまでも自分のした事の自責感が残りすごく苦しかったです。だからもうこれからは絶対に同じ事はしないと心に決めました。そういうことを振り返ると当たってるなーとしみじみ実感しました。それに子どもはちゃんといけない事は頭で分かってるから。 他にも参考になる事がたくさんありました。 値段も安いし、一度読んでみてほしいです。お勧めです。
子育てって,難しい 子どもによって,違う子育て,,,母として,新米の私には,感覚的な違いを感じました,,,自分に合う本を,探そうと思います, いろいろな考え方を,本を通じて、考えさせられます.(*^^)v
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[ 文庫 ]
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5次元体験の超衝撃―フォーカス35 (5次元文庫)
・坂本 政道 ・浅川 嘉富
【徳間書店】
発売日: 2009-01-09
参考価格: 720 円(税込)
販売価格: 720 円(税込)
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・坂本 政道 ・浅川 嘉富
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カスタマー平均評価: 4.5
初心者?向け 「初心者」の定義が難しいところですが、
ヘミシンクなどに関して何も知らなくて、
興味を持った人、あるいは「アセンション」
という言葉に興味を持った人には、
いいのかもしれません。
しかし、それ関係の本をすでに読んでいる者に
とっては、あまりに益するところがなく・・・
久々に「買って損した・・・」と思ってしまった。
確かに面白いアイデアが散りばめられているのだが、
いかんせん「対談本」で表面だけ触れて流れてしまう。
というわけで、玄人?さん向けとしては星2つ(辛い?)
初心者向けには星4つ、平均して星4つということで???
(広くこういう話題を知ってほしい・・・という
著者の目的に照らすと、その通りだと思うのです。
でも、すでに『死後体験』を読んでいたら・・・必要なしです)
いやいや、すみません。
久しぶりに買った自分に腹が立ったもので・・・
まあ、それだけ楽しみにしてたんでしょうね。
2012年に向けてのお二人の見解が分かりやすいです 超古代史などの研究の浅川氏とへミシンクの坂本氏が2012年について対談した本で、両氏とも大きな見解の違いというものはなく、基本的に互いに学び合ったり、共感できるところは認め合ったりして、それぞれ社会的な地位を捨てて現在の研究にのめりこんだ大人の男性が2012年の5次元へのアセンションについて語り合っています。
2012年はもう数年先まで来ましたが、その頃を過ぎたら、お二人の見解は変わるのかしら?という思いもよぎりました。坂本氏の場合は今年から来年にかけての大異変も語っています。
ただ、お二人は他の著者が書かれた本はあまりよく読んではいらっしゃらないようで、たとえば、オムネク・オネク氏はウォーク・インに間違いないとか、5次元から来たとか(本の宣伝コピーにはそうありますが、中身を読むとそう言ってないことが分かりますが)、ジョージ・アダムスキー氏は自分が死んだら瞬時に金星に生まれ変わると言っていたとか(実際は人間全てが瞬時にどこかへ転生すると言っていて、彼が瞬時に金星に生まれ変わるというのはお弟子さんが言っていたことのようです)、少し引用や解釈に正確さに欠けるところもありました。
でも、対談本は読みやすいので、お二人の考え方や展望を知る上では、分かりやすい本だと思いました。
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[ 新書 ]
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ウィトゲンシュタインはこう考えた―哲学的思考の全軌跡1912‐1951 (講談社現代新書)
・鬼界 彰夫
【講談社】
発売日: 2003-07
参考価格: 987 円(税込)
販売価格: 987 円(税込)
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・鬼界 彰夫
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カスタマー平均評価: 4.5
しっかりしているし新書だし しっかりしているし、新書だし、いいかと思うのだが、新書であろうが単行本であろうが、面白さを問題にするなら、
あまり高得点はあげられない、という感じ。
とくに、「これがヴィトゲンシュタインの実像だ」とか、遺稿2万枚、とか、いかにも大げさな前振りからすると、
内容の貧弱さにがっくりくる。
ただ、永井さんのものなどよりはよほどましで、ヴィトゲンシュタインを読むときに手元にあって毒になるものでは
ないと思う。特に、今までそれほど論じられていなかった部分について、いくらか分かって来るところもある。
ウィトゲンシュタインの一生の思考の成果を冷静に観察 ウィトゲンシュタインの一生の思考の成果を冷静に観察したものであると感じた。とかく専門家は自分の専門に対しては主観が入りやすく、自分の著書の中で先行理論と自らの考察を主観的に混同することも多いが、この著者はウィトゲンシュタインの文献に即して記述しながらも、自らの考察を客観的に織り交ぜながら議論を進めていると思う。人間が一生かけて考えぬいたことを、このように時代別・思考の違いに即してに解体し、最終的に至った思考結果を示す書物がもっと増えてほしいものである。新書でこのような書物に出会えることは幸せなことであると思う。
「学問に近道なし」 by本居宣長 新書で値段も手頃だし、分量はあるし、何たってタイトルが「ウィトゲンシュタインはこう考えた」ですから、素人はとりあえず、がんばってこれ一冊読めば大体のことは分かるような気になるかもしれませんが、それは間違いです。タイトルに新書特有のあざとさを感じるのは私だけでしょうか?
この本読むのも意外と大変ですし、それくらいの労力を使うぐらいでしたら、ウィトゲンシュタイン自身の著作の翻訳をちょっと読んで、かんたんな入門書や伝記を読んだほうが、大体のイメージはつかめると思います。もっとも本気でやるのでしたら、原書から入って、関連書籍、論文等に当たっていくしかないでしょう。もっともウィトゲンシュタインの専門家になるつもりがなければ、常識的なところをおさえておけば、それほど気にしなくてもいいと思います。変にウィトゲンシュタインにこだわると最新の議論についていけなくなるかもしれません。
ウィトゲンシュタイン個人に文献学的、訓詁学的な興味がある人にはいいかもしれません。
それにしても400ページを越える新書ってなんなんでしょう?ハードカバーだったら3000円を越えることを考えると、お得なのかもしれません。
ウィトゲンシュタインも「刹那滅の哲学」に肉迫していた 本書は、ウィトゲンシュタイン(以下、LW)の思考過程を解き明かすことを主眼としている。膨大な遺稿を読み解いた鬼界氏の種明かしを逐一確認することはできないが、論旨明快な本書を読み進む内に新たな謎が私の心に生まれた。それは、LWが論旨明瞭な論文を出版せず、後世の謎解きが必要な『論考』を敢えて出版したのは何故か?という疑問である。私には、まるで、チコブラーエの詳細な天体観測をもとにケプラーが「天体の法則」を導いたように、LWの詳細な遺稿をもとに鬼界氏が「自らが生きるための哲学的思考」の実現方法を導いたように読めるからである。『論考』は、「呼び水」だったのであろうか?
本書で視線が釘付けになった部分がある。それは、“独我性を言葉で捉えようという『考察』期の試みは、常に逃げ去る現在の体験を記述する試みという形を取ることになる。『考察』の随所で言及される「現象学的言語」、「第一次言語」とはこの試みの事に他ならない。1929年の早い時期、LWは主としてMS105において瞬間的現在を記述するための様々な試みを行っている。しかし、LWは次第にこの試みに懐疑的になってゆく。(p.218)”という文章である。これによると、LWはダルマキールティの「刹那滅の哲学」に肉迫していたように思われる。
しかし、“ここで、「世界の本質」と言われているのは独我論とその最終的帰結である唯現論(=私の現在の体験のみが実在するという思考)に他ならない。それらは世界の本質であるがゆえに語り得ないのである。(p.221)”として、LWは『現象学的言語』を否定してしまう。残念なことである。
後期思想を知るなら 「私はすばらしい人生を送ったと、皆に伝えてください」ウィトゲンシュタインほど徹底して哲学者を貫いた人間はいないであろう。生と死のぎりぎりのところで、生涯思索し続けた人間である。 ウィトゲンシュタイン関連の著作ではほかに永井均氏や野矢茂樹氏の著作が私的にお勧めだが、特にこの鬼界氏の著作で注目すべきは難解と言われるウィトゲンシュタインの後期思想に関し実に判りやすくまとめてある点だ。「言語ゲーム論」は彼の思想において最も有名な術語であるが、今までピンとくるような明快な著作がなかった気がする。 初めてウィトゲンシュタインに触れる人に是非!と薦められる著作ではないが(難しい)、手にとって一読する価値は間違いなくある。 永井氏の著作から入って、野矢氏、鬼界氏の順に読んでいくのが彼の思想を理解するには善いかもしれない。
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[ 文庫 ]
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眠られぬ夜のために〈第1部〉 (岩波文庫)
・ヒルティ
【岩波書店】
発売日: 1973-05-16
参考価格: 840 円(税込)
販売価格: 840 円(税込)
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・ヒルティ ・Carl Hilty
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カスタマー平均評価: 5
世界遺産 9月12日
世に幸福はあるが、われらはそれを知らぬ。
知っていても重んじない。 (ゲーテ 『タッソー』)
2月4日
この世には、愛はほんのわずかで、エゴイズムばかりが多すぎる、だからわれわれはこのあわれむべき人間をみすてて、彼らを軽蔑したいのだ、とペシミストは言う。この言葉の前半はたしかに正しいが、結論はそうでない。少なくともわれわれは、だからこそこの世の中にできるだけ愛をふやし、エゴイズムを減らしたいのである。
1月31日
愛というのは、人をあざむきがちな、あるいは少なくともしばしば実行しがたい言葉である。
1月1日から12月31日まで、このような言葉が、ヒルティから我々に向かって投げかけられます。
無形世界遺産があるのなら、ぜひとも登録していただきたいと思います。
この遺産の相続権は、全人類に与えられています。09005
考え方として 当たり前のことであるが、世の中にはいろいろな考え方がある。哲学、思想関係の書物はとかく敬遠されがちだが、ものの見方、切り方等を知る手段としてひも解くと参考になることがある。本書もそうした、考え方を紹介した書物としてひも解くと非常に学ぶところがある。あるいみ自己啓発の類かもしれないが、それを超えるものがあると考える。
骨太の人生訓 ヒルティの著作には、いつも元気づけられ、襟を正される。『幸福論』と同様、かなり厳格な
プロテスタンティズムの精神に貫かれた文章であるにもかかわらず、不思議なことに、読む
たびに気持ちが軽くなり、心を清明にしてくれる作用がある。
それは、著者の思想が、単なる「思想」、つまり頭で考えたいわゆる理想やお説教ではなく、
法曹という公職に就きながら様々な内面的あるいは外的な葛藤の中から形作られた「肉声」
だからだろう。それが私のようなキリスト教徒でない者の心をも、打つのだ。
図書館などで閲覧できる岩波から出ているヒルティ著作集の中にも、佳品は多い。この本
の正・続あたりから入って、彼の著作をくり返し味読すれば、神秘主義とは一線を画した「キ
リスト教の奥義」とも言えるものの一端に触れることができるかもしれない。ケンピスの『キ
リストにならいて』(イミタチオ・クリスチィ)などより、著者の生きた時代が現代に近い分、そ
こで描かれた倫理は、実践的で現代人の役にたつ。
眠れぬ夜に読んでます。 眠れぬ夜のための本です。普段は幸福論を読みましょう。
これぞ座右の書 聖書の引用が多く、やや説教くさい面もありますが、けっして読むのに骨折れる難解な哲学書ではありません。むしろ平易な言葉でつねに読む者が自分を振り返ることができるように書かれています。容量や形式からも気軽に手に取ることができ、またどの頁をめくってもヒルティの深い洞察や愛情に触れることができます。一時、自分の職場の学生アルバイトの卒業時にこの本を贈っていましたが(特に感想は返ってこなかったが)、最近自分で読み返してみて改めて奥深さを思い知らされました。 手許に置いておくだけでなぜか安心できる、そんな力があります。
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[ 新書 ]
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感じない男 (ちくま新書)
・森岡 正博
【筑摩書房】
発売日: 2005-02-08
参考価格: 714 円(税込)
販売価格: 714 円(税込)
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・森岡 正博
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カスタマー平均評価: 3.5
勇気ある筆者に乾杯 mixiニュースで「草食系男子」というキーワードを目にしたので、
関連書籍を読んでみた。
題名だけで判断すると、世の中の男は現実の女に関心を持たなくなり、虚構の世界に引きこもっているとかいう内容かなと思ったのだが、全然そういう内容ではなかった。
この本には、盛岡という男が自らの体験をもとにして、
制服フェチやロリコンだのといった現象がなぜ起こるのかについて仮説を立てる過程が記されている。
なかなか考えさせる本だ。ちょっと笑えるけれど。
男性心理を考えるにはいいと思う。
制服、ロリコン、ミニスカは割り切って楽しめばよい 私がこの本を買ったのはどうして制服女子高生に性的興奮を感じるのかと言う答えを求めたのが理由だ。しかし著者の考えには少し違和感がありインテリ特有の考えすぎみたいな感じがした。私なりの考えでは制服物のビニ本やエロ漫画は30年以上前からありそのようなものを繰り返し見ているうちに条件反射的に病みつきになったのではないかと思う。本書で取り上げられているミニスカ、ロリコンも現在は興味ないが、繰り返し見ると好きになるのかもしれない。これらの商品はいわば男の妄想を刺激する間接的なもので直接女の肌に触れるような性的興奮とは全く別のものであると割り切って楽しめばよいのではないか。
生命学の一表現 本書は森岡正博氏の提唱する「生命学」のルールに則って書かれている。
生命学は、生命全般について哲学的に考察しながら『自分にとって』最高の人生とは何か、の解明を最終目標にしている。
『自分にとって』というところが重要である。だから、決して一般論にはならない。森岡正博氏の実践をモデルとして、読者が自分なりの人生観を培っていくしかない。
あくまでも森岡氏のやり方は、彼個人に合った方法であり、それを押しつけるものではない。
「こういう方法もありますよ」と言っているに過ぎない。
そこで、本書を誤解なく読むためには「生命学HP」を参照してください。できれば、「無痛文明論」を読むことをオススメします。
内容的には文句ありませんが、生命学を理解していないと誤解を招くおそれがある分、★を一つ減じました。
哲学って実はこういうことかも この本の筆者は2つの点で自立している。
1つは本文中で本人も言っているとおりセクシャリティーを
「男は?だよな。」という一般論の「申し合わせ」に逃げ込まず、
彼個人、固有名としてそれを語っている点。
もう1つは彼のミニスカ、制服、ロリコンについての思想が
過去の思想家から限りなく独立した形でなされている点だ。
セクシャリティーだからといって
安易に精神分析を拝借せず、
どこまでも自分の感覚にもとづいて思考すること。
私が好感を持ったのは本の内容とともに、その思考の真摯な態度だ。
「感じない男」、「男の不感症」の定義だが
本当に感じていないのだろうかということが私は疑問だ。
<オルガズム=射精>が必ずしも成り立たないというのはわかるが
射精は一般的には男の絶頂であるし、気持ちいい。
私は「感じる男」だということか?
筆者自身は「排泄の快感しかない」らしいのだが、彼は彼、私は私ということか。
不感症という言い方も疑問が残る。
要するに射精後の虚無感のことを彼が言っているわけだが、
射精後の虚無感は生物学に必然であるわけで、それは「症状」ではないと思う。
彼は「本人が心身のつらさを自覚的に訴えているのだから、
やはりそれは広い意味での医学的な症状としてとらえたほうがいいのではないか。」
としているが、
射精以外にも、例えば失恋すれば自覚的につらいし、誰かに裏切られたら自覚的につらい。しかし我々はそれを症状といわない。
この問題は実際にこの本を読み、自ら考えてみてほしい。
カミングアウト=癒し!? 本書は基本的に、告白(懺悔?)によって著者自身が救われ、治癒されることを主たる目的として書かれたものであろう。読者と問題を共有したいという記述もあるが、自己の性的指向(嗜好?)に対する遁辞が多過ぎて、些か辟易させられる。著者自身の問題と、ロリコン・制服萌えをリンクさせて、男性のセクシュアリティを考えるならば、フェミニズムの批判・指摘してきた方向と、自己愛・ACに関する心理研究との、両面からのアプローチが妥当ではないか、と考えます。興味深い指摘も多くあっただけに、少々残念な一冊である。
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[ 新書 ]
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神との対話 普及版〈5〉宇宙的な真実について
【サンマーク出版】
発売日: 2001-03
参考価格: 840 円(税込)
販売価格: 840 円(税込)
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カスタマー平均評価: 5
神様いろいろ教えてくれてありがとう タイトルに神とあるので、なかなか読めなかった本だったのですが尊敬する知人に薦められて、出来る限り邪心を横において 無心で「神との対話」シリーズ1から3を読みました。 勘違いしてました、内容スゴイいい本ですよ。 気に入ったのは、回りくどくなくズバリ言い切っているところ。 特に感銘したのは「体験をしにこの世に来ている」ということ。 この言い回しはこの言い切りは、シンプルだし 理論的だ。 津留晃一のテープでもこの本についていってるところがあったが 彼も生前絶賛していた。 こだわらずに もっと早く読んどけばよかった。
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[ 新書 ]
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スピノザの世界―神あるいは自然
・上野 修
【講談社】
発売日: 2005-04-19
参考価格: 756 円(税込)
販売価格: 756 円(税込)
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・上野 修
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カスタマー平均評価: 5
神と世界をゆるしましょう 昔スピノザの“エチカ”を読んだとき、なんだか数学の定理みたいな文章の羅列に恐れをなしてすぐに投げ出したことがありました。 10年前にこの上野氏の解説書があったらどんなに良かったか。
第四章は難しかったけど、何度か読むと理解できました。 第五章は痛快なことが書いてありますねえ。上野氏のスピノザ解釈が正しいとするなら(なんかスピノザみたいな言い方)、彼の哲学はわれわれアジア人にとっては完全?とは言えなくともほとんど違和感なく受け入れられるものでしょう。 逆に人格神を奉じる人から見ればまさに邪教。 それにしても一神教の世界に生まれたスピノザは、一体どこからこのような世界の見方を得たのでしょう。 まったくの独創なのでしょうか? すべてが整然と定理化されていて、あまりに明快すぎて(究極の演繹法ですね)、迷える凡人たる私には“え? それでホントにいいわけ?”と突っ込みをいれたくなる気がなきにしもあらず。 むしろ世界の人々がこんなに明快なスピノザ哲学を受け入れないのはそれが正しくないからというよりは、みんな私のように疑りぶかいだけだからだったりして。
大きな自然の必然の中にある自分。スピノザが禅僧のようにもみえてくる。 新書で短く、良く書かれたスピノザの解説書と思う。主に「知性改善論」「エチカ」を扱い、スピノザは世界をどんなふうにみていたのか、と説いていく。
スピノザにはニーチェが感動し、アインシュタインやフロイトも影響された。最近の脳科学でもとりあげる研究者もあるなど、気になる哲学者である。しかし「エチカ」の幾何学のような書き方にとまどったり、「神あるいは自然」の意味するところになかなか理解がたどりつけなかったり、難しいと感じていた。この本はまず、スピノザを読んだ者が感ずるであろうひっかかりを素直に同感してくれるところから始めてくれるので取り付きやすい。スピノザの確かめようとした「最高の喜び」とはなにか?スピノザの言っている「神」とは「永遠」とは「真理とは」?スピノザの裾を引っ張りながら、スピノザに問いかけ、スピノザの答えを聞くような文章で、著者は著者の理解したスピノザを語ってくれる。
スピノザの独特な言葉の使い方、「神」も「自然」も「永遠」も「真理」も、多分自分が使っているのとは違う使い方なのだ、と考えるところから始めること。そうすると、スピノザの「エチカ」の幾何学的証明の始まる前提が、かなりよくみえてくる。よく言われる「神あるいは自然」というのも、著者がいうように「スピノザのキャッチコピー」のように使われている感があるが、この「自然」も現在われわれの多くがイメージする「自然」だと思ってしまっては理解を妨げる。著者もところどころで「とにかくそういうことにしておこう」と言う言葉を使っているが、そのぐらいの気持ちで読み進むことが必要なのだろう。そのうち、スピノザの前提そのものを疑うことぐらいはしてみたくなってくる。
この本を読む前と後とで、すこしばかりスピノザのイメージが変わった。「必然的に流れていく大きな自然、神の中にあって存在している自分」。それを感じることが最高の喜びである、となればこれは、なにか「禅的なさとり」にも似ていないだろうか。まあ、もしかしたらこの本の著者の解釈がそういうものである、ということなのかもしれないが。
原著の邦訳の引用もたくさん入り、本文の中でもどの部分でそれを言っているのか、をたくさん入れてあるので原著にあたって自分で確かめることもしやすいのはありがたい。できれば巻末に索引、引用した原著の出てくるページ数の一覧などがあれば、もっと読み込めるのだが。(結局自分でつくってしまった。。。)
あとがきにあるように「手軽に手に取れて、しかもじっくり中に入り込めるようなスピノザの入門書」。スピノザを知るために、読んでおいて損はない。
存在とは肯定である。 あの難しいスピノザを、本書はとてもわかりやすく解説してくれています。正直、ちょっとわかりやすすぎるのでは、という心配もありますが。
肯定の哲学といえばニーチェが思い出されますし、本書でも言及されていますが、私はむしろドストエフスキーと比較してみたい。これまで見慣れていた風景が、こちらの態度が変わることによって一変してしまう。本当にそんなことがあり得るのか? 「悪霊」のキリーロフは、これを「永久調和の瞬間」と呼んでいます。一瞬が永遠になる瞬間。存在する、というそのことが、そのままで肯定され、満ち足りる瞬間。
パウロは「天国へ行きたかったら神を愛せ」と教えましたが、イエスはむしろ「ここが天国だ、君たちが神に愛されていることを知れ」と励ましています。スピノザやドストエフスキーは、このイエスの教えを自分の言葉で語ろうとした、ということでしょうか?
人間など存在していようがいまいが、三角形の内角の和は2直角である。スピノザはこれを神と呼ぶのですから、ニーチェがどんなにレトリックを駆使しようと、スピノザの神を殺すことはできない。でも、こんなことはニーチェは承知の上だ、と理解したい。実際、ニーチェはいろいろに読めますから、そんなふうにも読める。「神は死んだ。我々が<殺した>のだ」。神は存在するが、我々が実存的に生きるために、神を殺す。これに賛同するかどうかは、人それぞれでしょうが。ニーチェは神の死を確認しただけだ、などというのは、ニーチェの一番つまらない読み方かもしれない。ーーそうなると、ニーチェは哲学書として読むべきではないのか? スピノザは哲学ですが、ニーチェはもう哲学ではない、あるいは、ニーチェ以降、哲学は死んだ? このニーチェは余計でしたが、「スピノザの世界」はいい本です。
おちゃめなスピノザの入門書 上野さん、何だかほほえましいんです。おちゃめなんです。本当にスピノザを愛していて、一般の方々にもスピノザをわかってほしいんだなあ、と思います。愛情が伝わってきます。スピノザ哲学の正統な解釈が、平易に、しかも密に詰まってる、丁寧に作られた本著。スピノザのスの字も読んだ事ない、でも神にはちょっと興味あるなあ、という人はぜひぜひ読んでください。今までの神の概念が覆されること必須。砂を噛むような理論に最初は辟易するかもしれませんが、きっと心をわしづかみにしてその瞬間に全てがわかるようなフレーズがありますよ。
スピノザ最良の入門書 スピノザの入門書としてこれから定番になると思われる本です。 スピノザの著書である『知性改善論』,『エチカ』,『国家論』などから引用をしつつ、 著者がそこからどのようなことが言えるのかと示してくれます。 この本が最良の入門書だと思われるのはこの本を読むとスピノザの書いた本を読みたくなるからです。 入門書のなかには著者の意見でおなかがいっぱいになるものや 明らかにこちらの知的レベルをなめきった本もあると思います。 しかしこの本にはそんなものは一切なくスピノザのスタイルに乗っ取って書かれてるおかげで この本を読んでいればそのままスピノザの本に迎えると思います。
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[ 新書 ]
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キング牧師とマルコムX (講談社現代新書)
・上坂 昇
【講談社】
発売日: 1994-12
参考価格: 756 円(税込)
販売価格: 756 円(税込)
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・上坂 昇
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カスタマー平均評価: 4.5
両者の思想の大まかな部分 私はマルコムの自伝を読んでからこの本を読んだので、マルコムXについて新たな発見は特にありませんでした。
しかし、両者の思想をとりあえず知りたいという人には非常にとっつきやすくすぐに読めると思います。他の方も書かれていますが、社会の通説となっている「穏健派のキング牧師と過激派のマルコムX」という対比は実は正確ではなく、晩年キングは過激派に、マルコムは穏健派に傾きはじめ、両者の思想が実は近づきつつあったということがわかりやすく説明されています。この本を読んだあとで、両者についての詳しい本を読むと良いと思います。
近代アメリカの姿 キング牧師とマルコムXの名前は聞いたことがありましたが、
どのような人たちであったかは、あまり知りませんでした。
同時代に黒人の自由を勝ち取る運動の旗手であった二人が
並べて語られることで、彼らの生い立ちを背景にした
運動スタイルの違いを納得させてくれます。
"I have a dream"の演説は、早速ネットで調べました。
これを知ることができたのは、大きな収穫でした。
しかし、「自由と平等」のアメリカの、わずか半世紀前
にあった出来事なんだと思うと、色々考えさせられます。
キング牧師とマルコムX 同じ聖職者の家庭に生まれながら、恵まれた少年時代を送ったマーティンルーサーキングと父の死により極貧生活を余儀なくされたマルコムX。
2人の夢は『黒人の権利平等を勝ち取る』ことであった。
前者は非暴力による人種統合を唱え、後者は目には目を歯には歯をという報復の掟によって、人種分離を唱える。
モデルマイノリティと言われるアジア系、低賃金でも真面目に働くヒスパニック系などの人口増加、白人と非白人の人口逆転など今後のアメリカ社会においては、益々問題への解決法を考えなくてはならなくなっていく。
今一度、民族問題、人種差別を考える上での指南書として
活用されたし。
今だからこそ再読してもらいたい一冊 同じ聖職者の家庭に生まれながら、恵まれた少年時代を送ったマーティンルーサーキングと父の死により極貧生活を余儀なくされたマルコムX。
2人の夢は『黒人の権利平等を勝ち取る』ことであった。
前者は非暴力による人種統合を唱え、後者は目には目を歯には歯をという報復の掟によって、人種分離を唱える。
モデルマイノリティと言われるアジア系、低賃金でも真面目に働くヒスパニック系などの人口増加、白人と非白人の人口逆転など今後のアメリカ社会においては、今後、益々問題への解決法を考えなくてはならなくなっていく。
今一度、民族問題、人種差別を考える上での指南書として
活用されたし。
殊に著名な2人の素顔!? アメリカ黒人の公民権運動…多くの人が携わった運動で殊に著名な2人にスポットライトを当てている本です。映画『マルコムX』が非常に興味深かったことから手に取った1冊でした… キング牧師とマルコムX…対極にあるようで居て共通点もある…なかなか面白いです!!
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[ 新書 ]
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純粋理性批判 (上) (平凡社ライブラリー (527))
・イマヌエル・カント
【平凡社】
発売日: 2005-02
参考価格: 1,890 円(税込)
販売価格: 1,890 円(税込)
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・イマヌエル・カント
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カスタマー平均評価: 4.5
こんな難しい本は生まれて初めて読みました “純粋理性批判”について素晴らしいだの、あれは間違っているだのという考察を述べられるような人間ではないため(序文や第一部門・超越論的感性論などは、解釈本を読めばまだついていけるのですが、第二部門以降はトホホな状態です)この平凡社版の本自体についてだけ書きます。 カント研究者の(本人はこう呼ばれるのがお嫌いなようですが)中島義道氏によるとこの原祐訳は、以前は誤訳が多くあまり薦められない内容だったらしいのですが、門下の渡邊二郎氏によってかなり正確な補ていがなされており、信用できる訳文になったそうです。 確かに訳文以外にも、活字も大きいし読みやすい本だと思います。 第二版で書き改められた部分を上下二段にして違いがはっきり分かるような構成にしているのも(読みやすくはないのですが)いいと思います。 値段が多少張りますが、岩波版よりこちらの方がやはりお薦めだと思います(ただ下巻については、ページ数の少なさから言ってその高さにちょっと閉口するのですが)。
訳によしあしなし 純粋理性批判の訳にあまりよしあしはない。あるとすれば、好みの問題と版の参照ページがあるかないぐらいだろう。私の好みから言えば、河出書房の高峰訳がなんとなく気に入ってOCRで取り込んで電子化している。しかし、ほとんど利用せずに今日いたっている。
ところでこの訳はもと理想社のカント全集の一冊として(ほんとは三冊だが)出ていたもので、渡辺二郎という恐ろしく幅のひろい研究者を中心に補ていしたものである。
私にとって、カントは難しくもあり、やさしくもある。いまだによく分からぬのが、すべての表象には「私は考える」が伴う、という表現があるが、「私は考える」は先験的のことを言っているのであろうか。だとしたら、自己意識ことではないか。と考えたくなるがどうもはっきりしない。
待望の一品 いままで『純粋理性批判』の翻訳は高価なものが多く、学生の手に入りやすいものといえば岩波文庫版しかなかった。しかも、篠田訳はあまり評判がよくなかったが、今回、かつて(恐らく理想社版の)カント全集に納められていた原祐訳が平凡社ライブラリーに納められ、『純理』が非常に身近になったと思う。その上、渡辺二郎氏の補訂がなされていて、訳本としての信頼性も高い。しかも、この訳本はA版とB版の比較ができる構成になっているので、カントの思想の変化を捉える事ができる。カント哲学を学ぶものにとって、この本は必携のものであろう。
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