小三治師匠の「まくら」(落語の本筋に入る前の導入部)を文章化した一種のエッセイ。日常、そこここに普通におこっていることが、小三治師匠のフィルターにかかると、どうもおもしろい事件になってしまう。これが落語の底力なんでしょうか。人間同士の普通のやりとりを、大きく小さくガバッとつかみとり、さりげなく語っているのがなんとも愉快です。文章も、小三治師匠の高座を録音(録画?)したものからおこしているので、師匠の落語を一度でも聞いたことのある人は、あのとつとつとした語り口調がよみがえってきて、これぞバーチャル。
毎日のルーティンワークに埋もれて、人生のモティべーションが下がってしまったときに読む一冊です。自分の日常に、いつもと違う視点をもちこみたいときにもおすすめです!
なお、この本の裏表紙にも書かれているように、アメリカの大学院入試にあたるGREでは、このような論理的思考問題(「アナリティカル」と呼ばれている)が出されている。決して「理科系」だけではなく、「文科系」の学生もこれをとかなければならない。それは、この本のような論理的思考が、理系文系問わず知的な思考には必要だからであろう。 素晴らしさに感動信じられないほど知的レベルの高い本です。知的で意欲旺盛な中学生や高校生にぴったりと思います。奇跡的な本です。
「秘する花を知る事。秘すれば花なり、秘せずば花なるべからず、となり。この分け目を知る事、肝要の花なり。そもそも、一切の事、諸道芸において、その家々に秘事と申すは、秘するによりて大用あるが故なり。」という有名な言葉は様々なところで引用されている。今風に言えば、チラリズムと言えようか。認知度を高めるためにはできる限り、効果的に伝えたほうが良いと思いますが、能のような秘儀を演じる場合、出し惜しみが大切であると理解しました。
世阿弥の有名な言葉に「新、珍、楽」という言葉がありますが、現代でも充分通用します。第3者に受けるにはこの3点がポイントということです。ご参考になれば幸いです。