三木のり平といえば、我々戦後団塊の世代では、東宝映画の社長シリーズでの、接待や宴会専用の常務や支店長役が多く、またはまり役だったように思います。TVCMでは、某佃煮メーカーのCMですね。映画については、彼は別の考えを持っていたようで、意外でした。
戦後、日本の喜劇の黄金時代を斜に構えながらも、しぶとく生き抜いた一代記です。兎に角、生半可な主役なんか食ってしまう個性的なバイプレイヤー三木のり平の面目躍如といったところが、随所に出てきて、映画ファンには!、たまらない一冊です。
ですが、これはちょっと違います。志ん生師匠の語り口を見事なまでに文字で再現してしまっているのがスゴいです。編者の飯島氏の並々ならぬ力量を感じさせられました。
特に師匠の落語の音源を持っている人が読むと、そのスゴさがわかります。こういう本がもっと出てくれるといいですね。
ただ、収録されている噺が、やや廓モノに偏っている気がします。で、星1個マイナスです。
悲しみを乗り越えるケイ。けな気な一面が垣間見える。今までのシリーズでは「強い女」だったのに。 ケイの新たな一面を発見する一冊。
その後、もし私のリストマニアをごらんいただいた方ならお分かりのとおり、順次合計100枚以上のCDのレビューを書かせていただきました。もちろん、志ん朝師匠のCDで持っているものは、まだ全部ではありませんが、相当数書いています。ところが、不思議なことに、CDへのレビューはほとんどないのですね。大体私が、「最初のレビュー」です。前回、CDをそろえましょうと提案しましたが、どうやら、この本は買ったけれど、CDは聞いていない人が相当数いるのではないかと思えます。
この本では、円生100席も担当した京須 偕充 さんが、師匠の微妙なしぐさなどを「邪魔にならない程度に」括弧書きしてくれていますが、仮に声に出して読んだとしても、この本に収録された師匠の話芸は再現は困難でしょう。
落語は、もともと、話芸なのです。文字で読むものではないのです。この本はこの本に収録された噺を全て聞いた経験のあるものには、電車の中で読んでも再現できるでしょうが、聴いたことのない人には、師匠の真実の姿が正しく伝わらないのではないかと言う危機感に襲われました。
もしこの推測が正しいとしたら、この本は編者の意図を離れて、師匠の至芸を味わう機会を奪ってしまった罪な本になるのかもしれません。この推測が外れることを、切に願うものであります。 独演会での名演(6)基本的に300人劇場での独演会の速記本で、その大半は、CD化されている。 「聞く」落語と、「読む」落語の微妙な違いが味わえる。 CDは全部そろえておきましょう。 最高です全6冊すべて読みました。どれも志ん朝師匠の雰囲気が出ていて、高座を聞いているようでした。私自身最初に聞いたのが酢豆腐ですので、活字でも師匠のすごさを感じました。 志ん朝の落語は何だったのか?志ん朝の落語は何だったのか?答は人それぞれでしょうが、私は「粋」と「愛嬌」だったのではないかと思います。
「酢豆腐」の若旦那のなんともいえない愛嬌、「雛鍔(ひなつば)」の子どもの愛嬌。
そして「キャラクターづくりの上手さ」。熊さん、八つあん、ご隠居、子ども・・・とても噺がふくよかな、いい噺ばかりでした。
ページをめくると冒頭に志ん朝のすがた、裏に志ん朝のノート。一つ一つの噺を吟味し、磨き上げ高座にかけていたのがよく分かります。
志ん生を継ぐことなく生涯を閉じた、志ん朝一代。この時代にこういう落語家がいたことを忘れない、そう思います。
しかし、彼の外観や役柄などとはまったく違う、彼の本当の姿が赤裸々に書かれている。白い巨塔では彼の演技に魅了されてしまったが、過去の苦労、下済みがあったからこそできる演技なのかもしれない。
これからも唐沢寿明を演じていってもらいたいです。