多くの人にとってなじみ深い志村けんのコントについて、キャラクターのもとになった人物の由来などの裏話が知れるのもおもしろい。 やはり、コメディアンというのは大したものです。志村さんが、自らのコントやギャグを解説してくれる貴重な本です。とにかく、おもしろい。幼い頃の印象深いエピソードやバカ殿やひとみさん、変なおじさん。東村山音頭やカラスの勝手でしょ、ヒゲダンスなどの誕生から多くの人に受けた理由などを本人が語ってくれます。志村さん自身の、お笑いについての考えが示され、印象的です。コントの台本が掲載されていて、なかなか貴重なものです。小さい字でしたが、真剣に読んでしまいました。やはり、コメディアンというのは大したものです。解説を吉田拓郎さんが書いているのも異色でしょう。コントやお笑いの好きな方にはお勧めです。 だから、喜劇俳優の自伝は面白い1980年代を小学生として過ごした僕にとって、初めて観た志村さんは『全員集合』の「カラスの唄」と「ヒゲダンス」。子供心に、ドリフターズのメンバーで、最も悪ふざけが過ぎる灰汁の強い人という印象を持ちました。そしてその後の『加トちゃんケンちゃんごきげんテレビ』での、加藤さんとの阿吽の呼吸のコントや「おもしろビデオ」の名司会などで、次第に何とも言えない温かさを感じるようになったものです。
この本を書店で一目見て躊躇うことなくその場で買い、一晩で一気に読みました。そこで僕が見つけたのは、志村さんが自らを評して書いた「酒とコントと女が好きな『変なおじさん』」というより、テレビでは絶対に見られない、真摯で本物にこだわるひた向きな人。だから、喜劇俳優の自伝--チャップリンやキートンのように--は面白いのです。この年一番の感銘を与えてくれた本でした。 私はカトちゃん派ですが、心意気は買えます最後のスラップスティック・コメディアン、と言われる志村けんのエッセイ。今まで私にとって志村けんは、あくまでドリフの、荒井注の代役であったし、「全員集合」でどんなに彼の人気が出ても、やはり彼は「あとから来た人」だと評価していた。彼の笑いはドリフの中では異質で、いささか幼稚だというのが当時の私の思いであった。そんな彼も今や喜劇界の大御所である。お手軽な笑いを拒み、作りこんだコントに固執し続ける、貴重な存在になった。亜流ではいけないけれど、彼には由利徹のような芸人になってほしいと願っている。
本書は一見ふつうのタレント本であるが、誠実に書かれており、私なりに発見もあった。まず、彼がビートルズの公演で、ドリフの前座を見ていないこと(定説と異なる)。もうひとつ、「全員集合」に出始めた頃の、顔面直撃のネタは、当たらない工夫がちゃんとなされていたということ(私は、本当に痛いんだろうと今までずっと思っていた−ばかだね)。精読に耐える文章ではないが、気楽に読みとばし、こうした収穫があったのだから、よしとしたい。
ある解説に書いてあった事によると、「花村さんの作品では、人がつながろうとしてコミニュケーションをとる。けれども、決してつながることはない。そこに悲しみがある」らしい。 4人で旅して、それぞれの過去を知って、助け合って、笑いあって・・・ けれどもつながることはない。俺は、この本を読んでて、涙がぼろぼろでてきた。とてもおもしろかった。 愛が足りないスリリングなストーリー展開に夢中になって読んだものの,後から余韻を楽しもうと反芻してみると,青森への大麻取引および逃避行になぜか静が参加していない,ヤクザに追われているのになぜ車で一直線に目的地に向かうのかなどストーリーの強引さ,雑さが気にかかってきた。何より貢とマキとの関係描写が薄い点に物足りなさを覚えてきた。「セックスと暴力を通じて、人間の愛憎劇を描いた、花村ワールドの切ない愛情物語」というのが惹句だが,暴力が勝って愛を吹き飛ばしたのか(セックスも,というのは個人的趣味なので割愛)。『イグナシオ』の文庫解説によれば,花村は同じテーマで10回(作)書くという方針のようなので,単行本が出た93年以降の作品に期待したい。
それも爛熟期の江戸ではなく、大きく変わろうとしている頽廃の香り高まる幕末の江戸なのだ。世は風雲急をつげ、世相は乱れ、庶民は日夜遊興に耽ることばかりを考えている。今の日本では考えられない世界だ。だが、魅力ある世界だ。そういう点で、江戸というのは特異な時代である。その当時にしても上方(大阪、京都)とはまったく違った世相だったのである。 本書を読めばそういった事情が手にとるようにわかる。その上歌舞伎の傑作「三人吉三」の魅力ある世界にもどっぷりと浸れるのだ。このアクの強い物語の運命的なことといったら因果というものを、これでもかとわからせてくれる。現代でも充分に理解できるおもしろさだ。
作者の語り口も平易でわかりやすい。これなら、中学生ぐらいの子でも読めるだろう。 ああ幕末の退廃美歌舞伎を見始めて20年。「三人吉三」は大好きな演目。その魅力を余すところなく書ききってくれた本書に感謝したい。多少解ったつもりになっていた「江戸」の色々な側面を教えられた。 「悪への招待状」への招待状「三人吉三」は、七五調の独特の台詞回しや、因果応報とでも言えばいいのか、複雑に入り組み破滅へと向かう人間関係など、見ごたえのある、歌舞伎の中でも好きな演目のひとつ。「悪への招待状」は、現代の若者を幕末の江戸へ連れて行き、その「三人吉三」を鑑賞しながら幕末江戸文化を楽しむ…という人形浄瑠璃(?)の筋立てとなります。
生真面目なイメージをもっていた江戸時代の、その頽廃的な様子。幕末という激動の時代に生きながら、遊びを楽しむ江戸人たち。そして「三人吉三」に出てくる小悪党たちの魅力。この本のおかげで「三人吉三」はもとより、歌舞伎を観る楽しみが増えた。 わくわくさせる江戸の情景2000年11月、浅草に平成中村座が出現し、2001年夏のコクーン歌舞伎では、この書でも取り上げられている三人吉三が大胆な演出で上演された。本書の発刊は1999年だったがまさにタイミングのいい時期にだされたといえる。
本書では歌舞伎のせりふ廻しはもとより、江戸の町の情景、風俗、着物の細部にいたるまで、丁寧に活写され、歌舞伎好きなら、眼の前に情景が浮かび、音曲が耳に聞こえるだろう。まさに読んでいてわくわくさせる内容である。
本書に『絵本夢の江戸歌舞伎』(岩波書店)を併せて眺めれば、ビジュアル的にもOKである。
歌舞伎の世界にちょっとでも足を踏み入れた人になら、実感としてわかるだろうが、高校で学んだ古典や国語とはまったく別の、同じ日本語とは思えないほど、意味のわからない言葉がたくさんあることに驚かされる。それらをかなり丁寧に解説している本書は、歌舞伎鑑賞ばかりでなく、古典学習のサブテキストにもなりうるだろう。
小林氏は関西の出身。相対的な視点で江戸の情景を切り取っているため、「江戸っ子でげす」といったようなヘンな思い入れがない。この調子で、白浪五人男とか、助六とかもぜひぜひ書いていただきたいものである。 「悪への招待状」への招待状「三人吉三」は、七五調の独特の台詞回しや、因果応報とでも言えばいいのか、複雑に入り組み破滅へと向かう人間関係など、見ごたえのある、歌舞伎の中でも好きな演目のひとつ。 「悪への招待状」は、現代の若者を幕末の江戸へ連れて行き、その「三人吉三」を鑑賞しながら幕末江戸文化を楽しむ…という人形浄瑠璃(?)の筋立てとなります。
生真面目なイメージをもっていた江戸時代の、その頽廃的な様子。幕末という激動の時代に生きながら、遊びを楽しむ江戸人たち。そして「三人吉三」に出てくる小悪党たちの魅力。 この本のおかげで「三人吉三」はもとより、歌舞伎を観る楽しみが増えた。