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海辺のカフカ (上) (新潮文庫)
・村上 春樹
【新潮社】
発売日: 2005-02-28
参考価格: 740 円(税込)
販売価格: 740 円(税込)
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・村上 春樹
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カスタマー平均評価: 4
いろいろな意味で面白いです 村上春樹さんの小説を読むのは初めてです。最近の話題性で、空港で何となく買いました。
表面上のストーリーがどうなっていくのか気になって、面白くて、どんどん読み進んでいきます。
それに織り交ぜて、あるいは、表裏一体のその裏側で、ナカタさんに代表される登場人物などを通した、多くの比喩的・暗示的な表現で、現実と非現実の境界線を超越して、人間の内面世界に深く入り込んでいきます。
そんな非現実的な話はただのおとぎ話だ!と言い切れない、人間にとって、現実の問題として、とても重要なことに触れようとしていると思いました。
村上春樹さんは、読者がそれをどこまで、どう読むのかと、チャレンジしていると思えてなりません。(まさか、あっかんベーはしていないでしょうが)
私自身、矛盾に満ちた読後感でびっくりしています。
娯楽をもたらす読み物としてとても面白いです。でも、その単純な面白さとは別のところで、深く心に響く表現がびっくりするほど沢山出てきました。
読者を俗な形で引き付ける、スピード感のある、ストーリーでありながら、非常に深い、いってみればややこしいナゾかけで、人間について考えさせる表現が交錯していています。
美しい小説とは思えないので評価は★三つですが、それ以上の余韻に満ちた読後感をもたらしました。
村上春樹氏の小説は初読ですが… 村上氏の小説はこの「海辺のカフカ」が初めてなのですが、
冒頭からの独特の文章と編成に少し戸惑いました。
別々のお話が代わる代わる進んでいく形式には読み進めて慣れましたが、
田村カフカ側のお話がどうも読みづらい感じがしました。
「例えば?」と長々語られる別作品についての文章は
正直、あまり読む気が起こりません…。
所々の性描写もストレートすぎてあまり自分の肌には合わないように感じました。
一方でナカタさん側の進行は淡々としていて読みやすく、和みました。
(猫の心臓のくだりは他の方も仰るように、少々気分が悪くなりましたが…^^;)
村上氏の作品は良い評価も多いので、
一度触れてみる機会が出来てとてもよかったと思います。
ですが、今後また作品を読みたいかと問われると…微妙です。
読書経験の少ない若者の意見ですが、少しでも参考になればと思います。
東京都中野区野方から始まる物語 こういった作品に「謎解き」を期待するのは不謹慎なことかもしれません。当然、明確な答えなどは著者は用意していないでしょう。しかしそんな抑制も効かなくなるほど、細かな情景描写や心理描写がもどかしく感じられ、先へ読み進みたくなる作品です。
物語は、唯一「東京都中野区野方」を共通点とする、少年と老人の話が全く無関係に並行して語られ、上巻の最後でようやく関連を持ち始めます。
この2人のまわりに、さまざまな人物が行き来します。その中には、かなり浮世離れした人物が何人かいます。いわくありげな人たちの前史も明らかにされ、一幅の絵と、一編の曲に収斂していきます。
老人と少年がどういう形で出会うのか。あるいは出会わないのか。出会うとしたら、それはやはり瀬戸内海の向こうなのか。少年は母と姉にも会うのか。そして、父の予言どおりの展開になるのか。なぜ、老人は猫との会話能力を失ってしまったのか。少年と老人のどちらが罪を犯したのか。・・・などなど。
そして最大の謎は、戦時中に小学生たちを襲った「事故」でしょうか。・・・下巻に進まないわけにはいきませんね。
もちろんストーリー展開を離れたところで、じっくりと心理描写などを味わうこともできます。多感な15歳の家出少年の揺れる心と大胆な行動。実社会とほとんど無関係に生きている老人の純粋無垢な心と、実社会のただ中にいる人たちとの珍妙なやりとり。そして、ときに前触れもなく起こる超常現象の数々。
そして大島さんをはじめ、脇を固める人物たちの短くも印象的なせりふも、読者をうならせずにはおきません。
海辺のカフカ タフな15歳の不思議な魅力にひかれる。まだつながらない登場人物にもひかれていきます
ストーリー・テリングの天才 私は村上春樹のファンではないが、彼の主著はほとんど読んでいる。彼の小説はどれも、主人公の性格、モチーフ、文体といった点で類似しているが、この小説もその例外ではない。ファンは、また村上春樹ワールドに帰ってきたという感覚を抱くだろうが、アンチは、また同じパターンかよ、と感じるだろう。
私は村上春樹はストーリー・テリングの天才だと思うが、本書でも村上は天才振りを発揮している。ここまで読ませてくれる作家は少ない。他方で、本書が文学として捉えられることには若干違和感を感じてしまう。村上文学の「文学」たる所以は、その象徴性にあると思うのだが、この小説は彼の他の作品に比べると象徴性の点でやや陳腐である。下巻がどのような展開を見せるのか楽しみ。
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海辺のカフカ (下) (新潮文庫)
・村上 春樹
【新潮社】
発売日: 2005-02-28
参考価格: 780 円(税込)
販売価格: 780 円(税込)
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・村上 春樹
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カスタマー平均評価: 4
個人的には傑作 評価が分かれるのも無理はないかな、と思う部分もありましたし、
明確な「答え」が提示されていないのにもやもやしたりもしましたが、
間違いなく傑作だと思いました。
ものすごく簡単に言ってしまえば、これはある少年の成長の物語。
だけど、とても切ない物語。それを魅力的に書き上げてくれています。
性的表現は露骨ですし、最終的によくわからないまま終わってしまった
ふしもありますが、そんなことはどうでもいいのです。
ただ切なく、それでも美しい話でした。
星野青年は第3の主人公です。
彼の考え方は私の考えにとても近いので、非常に身近に感じました。
彼が喫茶店で考えるシーンがとても好きです。
オモローッ!! 巧みなストーリー展開にどんどん引き込まれて時間を忘れて楽しく読むことができました。この本を読んだここ何日間かは、行き帰り含めトータル30分程度の短い通勤時間が待ち遠しくも感じる充実したひと時だったような気がします。
やはり上質なエンターテイメントは、センスやテクニックの問題も当然あることは確かですが、大前提として作者の世界観とそれに基づくメッセージ性に「深み」がないと成立しにくいものなのだと感じます。そしてこの作品には堪らなく「深み」を感じます。人種の枠を超えて世界中の人々を虜にする理由がなんとなく分かるような気がします。
作品の味わい方については読者により様々な切り口があるかと思いますが、例えば・・・。
「戦争」「平和」といった問題を扱うのは大変困難であり、実際に多くの表現者が果敢にアタックするものの脆くも砕け散っているのではないでしょうか。そんな中、村上春樹はこのような問題に、受け手が納得する「深み」を持ってアプローチできていると思います。
この物語には、登場人物の言動から物語が展開している舞台そのものに至るまで、多くの仕掛けが埋め込まれています。読者は「宝探し」感覚で村上春樹のメッセージをひも解く作業をすることになるのですが、一生懸命ひも解いたものが、極端な話、使い古されたイデオロギーの押し売りであったり、奇を衒い傲慢に人類の普遍性を乗り越えようとした野暮ったいものだったら興ざめですよね。でも、実際多くの映画や小説はその域を乗り越えていないと思うのです。
一方、これは村上春樹の人間性そのものだと思うのですが、この作品では人類の普遍性に対しても、また、我々を取り巻く社会規範のようなものに対しても何も挑まず全て受け入れる強い信念を感じます。そしてその普遍性の中には「知性」がすっぽりと収まり、この作品に多数登場する音楽や文学が構成要素として埋め尽くされていることはあっても、例えば「自由」という名の破壊行為が入り込む余地は一寸たりともなく、「暴力」「戦争」という魔物が目的達成のために利用可能な媒体としての「空白」もありません。
田村カフカ君が過ごした森の中の小さな小屋のように、そのクローズされた空間から逃れ、全てを捨てて森の奥に突き進もうとする行為は、未だ見ぬ自由への探求心であると同時に人間的な崩壊を意味するものになってしまいます。
人間は言葉としては「自由」も「想像力」も好きです。そして人間の普遍性を超えた未知の領域として自由を求めたがり、更にそこに安息地を求めてしまうものです。ときには戦争をしてでも。ひょっとしたら、「そこにはいくら探しても安息地なんか見つからないんだよ」と教えてくれるものが「知性」なのかも知れません。そんなことを感じました。
語り得ないものを語るために 私は、このような長編小説を読むのは、久しぶりでした。
リアリティーのないストーリー。ファンタジーとも、SFとも言えないような世界。だけど、そのストーリーには、リアリティがある。
読み進むにつれ、リアリティーのないストーリーに、真のリアリティーを感じました。普段のコミュニケーションでは、通じることのできないような、複雑な深層心理を小説に表現していて納得させるからだと思いました。
ふたつの大きなテーマを感じました。『暴力の意味』、そして『記憶と喪失』です。
それから「メタファー」という言葉がキーワードになっているのか?と、思うほど、よく、使われています。私は、これを読者に対するキーワードのように考えました。この小説は、私の心、そして読者の心のメタファーなんだと。
語り得ないものを語るために小説はあると言うのなら、村上春樹さんの小説は、まさしくそれだろうと、思いました。
教養への暴力 非常に興味深い作品でした。小説は本来前提とする知識を懇切丁寧に提示しないものですが、この作品には詳細すぎる引用がつき、しかも著者の解釈まで述べています。こうして、必要とされる教養を提示し、主題部分に入ります。教養の導入では絶対に誤読を許さない姿勢があるのに対し、主題部分は筋こそ丁寧に解説してありますが、メタファーが一義的には思えず、感覚的に分かっても、言語で説明するのは困難です。教養主義者と共に小中生にも開かれたテキストですが、知識に頼らずどこまで読めるかが測られます。教養人と呼ばれる虚飾を暴力的に否定している大作です。
聖人と使徒の物語と迷える若者の物語の合流点 舞台が完全に四国に限定される下巻になっても、相変わらず少年の物語と老人の物語は、淡々と並行して交互に語られます。「ハイドン」などの共通項が、トランプゲームの神経衰弱のように配置され、ついに「入り口の石」を巡って、二つの話は合流します。しかし二人は結局出会うことはありません。
そして読者は、著者から叩きつけられた挑戦状を意識するでしょう。ナカタ老人は一体何を象徴し、星野青年は一体何を代表しているのか。大島さんはなぜ登場しているのか。カフカ少年が高知の原野で見たものは…
読者は数々の問いに対して、自分なりの答えを用意しなければならないでしょう。そうでなければ、この小説を読んだ意味はありません。中でも、ナカタ老人が象徴するものについての考察は必須課題かもしれません。
二人の人間の「死」を経て、オイデップス王の場合とは異なり、最後に少年の「生」への前向きな決意で話は終わります。もう一つギリシャ神話と大きく違うのは、「姉」が介在することです。それとの関係性も含め、これからの少年の人生にあれこれ考えを巡らせることにしましょう。それは最後まで読み切った読者へのご褒美でもあります。
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デビルメイクライ4 -Deadly Fortune-2 (角川スニーカー文庫)
・小説:安井 健太郎 ・森橋 ビンゴ
【角川書店(角川グループパブリッシング)】
発売日: 2009-07-01
参考価格: 600 円(税込)
販売価格: 600 円(税込)
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・小説:安井 健太郎 ・森橋 ビンゴ
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カスタマー平均評価: 0
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ハゲタカ(下) (講談社文庫)
・真山 仁
【講談社】
発売日: 2006-03-15
参考価格: 770 円(税込)
販売価格: 770 円(税込)
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・真山 仁
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カスタマー平均評価: 4.5
復讐の為に生きて見つけた真実とは 読み終えてあの割腹自殺をした方が誰なのか、そして鷲津さんはその方の復讐をする為にピアノを捨ててずっと生きてきて遂に見つけた真実とは何だったのか。 考えたら悲しいなぁと感じるけどその中でも救いは松平貴子さんと出会った事。鷲津さんに安らぎを与えられる人。反対にリンさんは巴御前みたいに一緒に戦って生きていく人…結局本国へ帰ったけど。2人の生き方は正反対。私ならリンさんみたいに好きな人と一緒に戦って生きたいなぁと思いました。
ドラマと違って鷲津に感情移入できませんでした 先日テレビドラマの再放送を見た後、本作を読みましたが、
あまりにも設定が違いすぎるので、衝撃を受けました。
ドラマでは以前、三葉銀行に勤めていたときに 「 事件 」 が起きたという
鷲津の過去があるため、彼に感情移入できましたが、
本作の鷲津には、特に感じるものがありませんでした。
また、貴子という女性の父親が娘が退陣しろと言っても承服しないのに、
彼が敬服している元首相の前だと舞い上がってしまうというのは、
このような親子関係など、読んでいて鬱になるものでした。
この世界に生きている人たちの仕事に対する思いというのが私には全く理解できないので、
作品世界に入っていきにくかったです。
元々、本作のような世界にあまり関心がないという理由もありますが
( 実在の人物が出てくる 「 小説 東急王国 」 や 「 小説 小林一三 」 は大変面白かったのですが ) 、
個人的には、それほどの引きは感じませんでした。
企業再生という題材は 「 お勉強 」 にはなりますが、
あまりにもドラマチックな作りだったドラマと比べると、 「 普通 」 の作品という認識しか持てませんでしたね。
続編を前提にして書いているのではないか 企業再生ファンドを基にした経済小説
解りやすい文書で一気に引きずり込まれるように読みました.
下巻は,上巻よりも金融の知識が少なくなり経済小説を楽しむというよりも
経済を基にしたミステリーという色合いが濃くなっています.
評価が5でないのは経済の色合いが薄れたためであり,感情などの
小説的な内容を楽しむ人にはとても楽しい本ではないかと考えます.
元々が新聞記者であった作者の性格か,丹念に調査し
調査からのイメージを基に作品を作っているところが随所に
感じられ,とてもすばらしいと思います.
脇を固める登場人物も丹念に書かれている本作品を映像に
するのは中々難しい,それほど良い作品だと思います.
上下一気によめます。 メガバンクの不良債権問題も複雑に絡まってる問題で、
これまで現実では分かりにくい事も多かったが、
実は単なるお金の戦いだけでなく、人対人である部分も多く、
またどこと手を組むかで結果が大きく変わる。
大半が現実社会で起きていることだけに恐ろしい感じもした。
「ファンド」は、何を目指し、どういう役割を果たしているのか 実際に日本で起こっている企業の「再生」「合併」「買収」など、きれい事ではすまないドライな経済競争・経済戦争が、自分のような素人にもピリピリしたせめぎ合いを実感できるほどに、丁寧に描かれています。
特に、現実社会でも「ハゲタカ」として忌み嫌われている感のある「ファンド」が、何を目指し、どういう役割を果たしているのかが分かります。
それを象徴する鷲津という存在が、下巻の途中以降、さまざまな思いや背景が明らかになる中で、浮き彫りになってくる課程が、読者の「ファンド」に対する理解と重なるのは当然でしょう。
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ハゲタカ(上) (講談社文庫)
・真山 仁
【講談社】
発売日: 2006-03-15
参考価格: 820 円(税込)
販売価格: 820 円(税込)
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・真山 仁
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カスタマー平均評価: 4.5
「ハゲタカ」イコール悪、ではない ハゲタカ(外資系ファンド)イコール悪と言うイメージが世間には根強いですが、必ずしも
そうではないのだ、と言う事が良く分かります。
勿論、彼らのやり方は滅茶苦茶えげつないのですが、それを許してしまう日本の経営者の
無策ぶりの方が、むしろ問題だと強く感じました。
小説としても非常に面白い本ですが、ラストだけは余りにもあっさりしすぎていて、
正直興ざめの部分もあります。
不器用な鷲津さんが焦れったい 上巻のみの感想はハゲタカ2に比べたらエンターテイメント性が薄くほんとに経済小説って感じです。でもその中で鷲津さんの不器用な恋物語的な要素もありただの経済小説ではありません。貴子さんに対しては少年みたいになってしまう鷲津さんがもう可愛いし焦れったいです。それから恐ろしいくらい仕事ができるリンさんも鷲津さんに対しては時々焼き餅を焼いたりして乙女な部分もあり親近感が湧きました。
金融界の裏の壮絶な駆け引き 単にTVニュースを見ているだけでは分からない、
裏で起こっている政府、海外ファンドを巻き込んだ壮絶な駆け引きが描かれています。
多少の脚色は入っているのでしょうが、いろいろな人間模様が興味深いとともに
経済についてちょっと詳しくなれてお得な一冊です。
ドラマとは別の面白さ! ハゲタカと呼ばれている会社からお給料をもらっています。。。
ドラマにハマったものの、原作には興味がなかったのですがこちらで書評を見て手にしました。
ドラマとは鷲津のキャラが違いますし、設定も違うのですが引き込まれるように読みました。ドラマでは印象の薄かった「金髪」も、とても魅力的な描写がされており楽しめました。
よくこの原作であのドラマの脚本が書けたな?と脚本家の手腕にも感心しつつ、原作が素晴らしいからこそ、創造できたドラマだと思えました。
「商いの基本」の教科書 主人公・鷲津のビジネス展開(読み、根回し)に脱帽です。
作中の彼の言葉を借りれば「これはアメリカンスタンダードなんて話じゃないですよ。船場の商いでも、これくらいのことはします。ただ、我々は、経済成長という幻想の中で、頭を使うことを忘れたために、商いの基本を失っただけです」(下巻64ページ)
小説としても大変おもしろく、秀作だと思います。
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涼宮ハルヒの憂鬱 (角川スニーカー文庫)
・谷川 流 ・いとう のいぢ
【角川書店】
発売日: 2003-06
参考価格: 540 円(税込)
販売価格: 540 円(税込)
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・谷川 流 ・いとう のいぢ
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カスタマー平均評価: 4
ただのラノベには興味ありません! 高校の時、よく『ハルヒ』という単語を耳にした記憶があります。
内心では(どうせ下らない萌えアニメでしょ)と思ってました。見てみると、案の定・・・萌え・・・・。
しかし、絵は私好みだったので、一度手に取って読んでみました。最初は『ん?・・・ちょっとなぁ・・・』と思いました・・・。が!ハルヒには不思議な中毒性が含まれているんでしょうか、長門さん?
短時間で読み上げてしまいました。その頃には『微妙』なんて言葉はどこへやら。
わかりやすい文章、キョンの的確なツッコミ、次々と現れる人間離れした方々(笑)非日常的で面白かったです。否、普通な非日常・・・と、いう感じでしょうか。
私は読んでいるうちに文章に引き込まれていったのでしょう。のいぢさんのイラストも、とても素敵ですし。
こういう作品は賛否両論がかなり分かれる作品です(現にそうなっています)が、私は良いと思ったので☆5にしました!
強制ではないですが、あなたも読んでみて非日常なハルヒワールドへ踏み込んでみては?
たかが萌えの類にこれ以上を求めるな 文章が悪いとか(笑)具体的に書けないお前はどうなんだよ(笑)こんなどうでもいいことに一々突っ込み入れるところが怪しいなら他のラノベを読んでみろよ。もっと悲惨だから。そもそもラノベ自体アホしか見ないよまぁ真に面白い作品はどんだけ叩かれようが上っていくわけ逆につまらない作品はどれだけ工作員達が頑張って押し上げようと相手にされないんだよお前らだって二年延期して予告もなしのハルヒ新話はこっそり見に行くけど、ギアスみたいな糞アニメが新宿ででかい垂れ幕下げて宣伝していても見る気しないだろ?
アニメ化以前に書かれたレビューに注目!! アニメ化(空前のハルヒブーム)以前にこの作品をお読みになった、ある意味先見性のあった方達がお書きになった、レビューを参考にされる事をお勧めします。玉石混合ですがそれ以後に書かれたレビューと比べ、いい意味でアニメ化以後の混乱に毒されていない、ピュアな批評を読む事ができます。
わたしも祭りに参加(Ver0.9) やっと読みましたよ。
さて、★3つから始めましょう。
§良いところ
1)文体はよくできている。日本語も正確。言葉も的確。エラーも数個のレベル。 +★1つ。
2)時代の空気というものをよく掴んでいる。タイトルにある「憂鬱」はこの小説の
対象層の心象をズバリ体現している。 +★2つ。
3)売れている。つまり華があるということ。これは努力だけでは得られない天啓の
賜り物。ヒットは運命だった。ラノベだって才能だ。 +★1つ。
4)人称問題。これは1人称から3人称までをあえてミックスさせているので無問題。
ちゃんと人称曖昧の問題も回避している。 +★1つ。
5)ストーリー。娯楽小説はホラ話なのでこれでOK。でもちょっと弱い。 ★無し。
§悪いところ
1)主人公格以外の女性キャラがワザとだろうけど、借りたものばかり。 ?★1つ。
2)なんで朝倉さん=柏木千鶴さんがあの扱いなんだよ!(私怨による) ?★2つ。
3)世界観はどうやら他から持ってきた様子。いくらラノベでも駄目だよ……。 ?★1つ。
4)聞くところによると休筆中とのこと。病気かなんかでない限り、責任もって
しっかり最後まで書かんかい!! それが作者の人生に与えられた「仕事」だぞ?
世の中、もっとすごい小説を書いていても売れ行きに恵まれずに頑張っている人、
いっぱいいるし、変な編集とガマンして仕事している人だって大勢いるんだぞ。
ラノベだっていいじゃないか。立派な通俗文学だ。何も恥じることはないぞぉ。
続編書け。ファンが待っている
(これは物書きに取り、一番幸せなことなんだぞ) ?★2つ。
3 +1+2+1+1+0?1?2?1?2=★2つ。
でした。ゴメンね。
実はけっこう深い? 普段ライトノベルは読まないんですが、人気があるということで手にとってみました。率直な感想としては、一人称の軽い文体が読みやすく、キャラの個性も立っていて楽しめる作品だと思います。
でも、単なるキャラクター小説とかハチャメチャなSFとかではなく、何か大きな「裏」があるんだろうな、と感じました。まだ一巻しか読んでないのではっきりとはわかりませんが、実は色々な解釈ができる深い作品なんじゃないかと期待してます。
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世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド〈上〉 (新潮文庫)
・村上 春樹
【新潮社】
発売日: 1988-10
参考価格: 620 円(税込)
販売価格: 620 円(税込)
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・村上 春樹
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カスタマー平均評価: 4.5
弱々しい物語 今更この本にコメントする必要など本当は何もないのだが。何とか文学賞でのスピーチだの、新作が空前のベストセラーだの、という空騒ぎをばかばかしく思うついでに、この作者の小説で自分が最後に読んだこの本に雑感を。
ストーリーも文体も非常にスマートで、ブランド物の洋服や雑貨のように、知的ファッションのツールとしては申し分ない作品。しかし、小説の底はきわめて浅い。物語というものの本質的な娯楽性を逆手にとって読者の不意をつき、喉下に匕首を突きつけ無理心中を迫る、というような真の道化のリアリティーはここにはない。「ふり」程度はあるかもしれないが、読者だけ死んで、自分は生き残ってしまう情けないパターン。いや、読者もこの程度で死んだりはしない。そういう意味では、まったく安全・安心な商品。
「壁」も「システム」も単なる幻想にすぎない。小説の中だけの、文字通りの「フィクション」。「心」もまた同じ。すべては作者の頭の中ででっちあげられた空虚な概念。そんなもの物語の外の「現実」のどこを探しても存在するわけがない。そんなことは百も承知と言いながら、作者も読者も、何か人生の、あるいは世界の真実に迫ったかのような錯覚を楽しんで、自分らの「物語」の限界にはまったく気がついていない様子。「物語」の役割に対する過度の信頼や筋違いの神聖化はやめたほうが良い。それが行き過ぎれば、ひょっとして、そういう「物語」こそが「壁」や「システム」に成り果てることになるかもしれぬ。
そういう意味では、現代における「物語」の衰弱した姿がここにはあるのだと思う。まあ、弱い、というのがこの作者のトリッキーなセールスポイントではあるのだろうが。
低俗風。 上巻を読んだだけの時点でのレビュー。
ストーリーの展開の仕方やストーリー自体は、まぁ巧いと思う。
なので、読み易いと言えば読み易い。
けれども、嫌な点が主に2つ。
1つは、巧くもない比喩が冗長過ぎるまでに織り込められている点。
結局、そういった「無駄」な部分を省いたら、中身は単純で薄い気がする。
それでもストーリーはしっかりしているので、そのストーリーに対する評価は「巧い」なのだが。
比喩の所為で興醒めする。
もう1つは、何彼に就けてセックスの話題を織り交ぜたがっている点。
それがハードボイルドだと勘違いでもしているのだろうか。
性欲に愚直な主人公と、身持ちの脆い(脆そうな)周辺女性のやり取りに、うんざり。
どう言い訳しても、かなり低俗に見える。
うーん・・・ 村上春樹さんの作品を読んだのはこれでまだ2作目です。
フランツ・カフカの作品が好きで、村上春樹さんはカフカに影響を受けた
日本の作家、というのをどこかで見て読んでみたいと思ったのがきっかけで、
春樹作品の中で最も有名だと思われるノルウェイの森をまず読みました。
そのときは正直、私にはあいませんでした。
読む限りカフカの影響はまったく感じられませんでしたし、ありていに言って
しまうと、作者の自慰行為を見せられているような不快感が残りました。
でも、このアマゾンのレビューを見て、どうもノルウェイの森よりこちらの方が
自分には合っていそうだということで、前回のことはありましたがこの本にも
トライしてみようと思いました。
結果、やっぱりダメでした。
言いたいことは分かるんですが、とにかく引っかかる部分が多かった。
主人公のために博士と孫が尽力してくれる理由が最後まで分かりませんでした。
システムやカンパニー側が消そうとする理由は分かりますが、博士と孫がなぜ
自分達を危険にさらしてまで?
最後の謎解きも、最初に会ったときに話せばそれで済むのに、なぜ地下でわざわざ
インディージョーンズばりの冒険をする必要があったのでしょう。
主人公といい関係になる二人の女性はやっぱり主人公の自慰行為を手助けする
ためだけの道具に見えます。私個人の穿った見方かもしれませんが。
上巻の方の世界観作りだけは確かに(私は好きな)カフカ的で、興味を引かれた
ので下巻に入ってからの謎明かしに結構がっかりしました。
他に琴線に触れる部分があまりなかっただけに特に。
おしゃれな雰囲気を出したいだけじゃ?と思えて仕方がない現実離れしたセリフ
回しも、うーん・・・
あくまで私の場合ですが、読んでてもそういう部分がいちいち引っかかって
あまり楽しめる作品ではなかったです。
最高傑作(異論は認める そう言わざるを得ない作品です。数多くの村上作品を読んできましたが、これを越えるものは恐らくないと思います。村上春樹アレルギーじゃない人は絶対読むべき作品個人的なは世界の終りの世界観が大好きです。
未だに、村上文学の最高峰 一般の方にとって、村上春樹といえば「ノルウェイの森」だとか「海辺のカフカ」なのだが、その実、村上春樹ファンの中で最も評価が高いのが、この「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」なのだ。影を奪われ心を失いつつある「僕」が、壁に囚われた街で一角獣の頭骨から夢を読む事を生業とする「世界の終わり」。システムに属する計算士の「私」が、ファクトリーに属する記号士ややみくろと攻防を繰り広げる「ハードボイルド・ワンダーランド」。この全く趣の異なった二つの話が交互に進行してゆく。 「世界の終わり」の無味乾燥で退廃的な原風景。「ハードボイルド・ワンダーランド」のニューエイジ的な殺伐とした空気…。しかし、設定も時間軸も何もかもが全く異なった二つの世界は、「一角獣」という各世界をジョイントするアイテムによって、徐々にその関連性を増し、一気に物語の核心へと加速してゆく。 純文学の体裁ながら、シュールレアリスムやSFまで加味された、重厚かつ精緻な世界観にはひたすら気圧される。意味深長でありながら軽妙なユーモアも織り混ぜた村上春樹特有のタッチで綴られるそれぞれの異世界は、霊妙ですらあり、まさに、彼のイマジネーションの賜物なのだ。これは、戦後の日本文学における極めて重要なアイコンであり、同時に村上春樹の金字塔だといえよう。 未読の村上春樹愛読者は言うに及ばず、一般の読書家にも、最早必携の書である。この小説には、読者の人生観を雲散させて再構築してしまう程のパトスがある。そして、読者を決して裏切らない。
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世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド〈下〉 (新潮文庫)
・村上 春樹
【新潮社】
発売日: 1988-10
参考価格: 580 円(税込)
販売価格: 580 円(税込)
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・村上 春樹
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カスタマー平均評価: 4.5
全体的に緩やか。 上巻と同じペースで緩やかにストーリーは進み、緩やかにトーンは下がる。
細部の描写は比喩も含めて上質ではないが、かと言って飽きる程でもない。
徐々に終熄というか、収束に向かい、最終的にハッピー過ぎずアンハッピー過ぎない終幕。
レビュアー自身、下手に結論を急いだ物語の終わりが好きでないので、この終わりは好きな部類。
全体的にのっぺりとしていて、前半・後半とも感想としては変わらない。
幻想的な現実感 村上作品はノルウェイの森以来2作目。
ハイテンポで現実的なハードボイルドワンダーランドと
ローテンポで幻想的な世界の終わり
その相反する二つの世界が繋がり重なり合う。
「私」が使うことが出来るシャフリングという能力に隠された謎。そのキーである「世界の終わり」という言葉。突如手にする事になる一角獣の頭骨。計算士と記号士。やみくろという謎の種族。システムとファクトリー。太った女とリファレンス係の胃拡張の女。そして博士。
「僕」が訪れた「世界の終わり」という街。心を持たないが故に穏やかな永遠の日々を暮らし続ける人々。「僕」の記憶の大半を持つ引き剥がされた「僕」の影。街に住む一角獣。古い夢と呼ばれる一角獣たちの頭角。夢読みである「僕」の手伝いをする図書館の女の子のなくしてしまったはずの心。「僕」の影の脱走計画。
全ての謎が優しく、それでいて複雑に絡み合い二つの世界は除々に重なってゆく。
本当にいい作品に出会えた。
村上春樹からの壮大なメッセージ 世界から脱出しようとする「世界の終わり」の「僕」と、世界から消滅しようする「ハードボイルド・ワンダーランド」の「私」。二つの異なる世界は次第にシンクロしながらもそれぞれの結末へと歩を進め、それは誰にも止める事はできない。村上春樹の谷崎賞受賞作、堂々の完結! 自らの意思とは無関係に不条理に翻弄される「僕」と「私」。一貫して繰り返される世界における己の存在に対する問答、そして、逆境に立たされた人間の絶望…。 巧みなのは、理不尽や悲哀を下地にしながらも、「世界の終わり」の詩情に満ちた情景や、「ハードボイルド・ワンダーランド」の軽快さと哲学を織り混ぜた躍動というギミック。深甚なるテーマを扱いながらも、著者の衒学趣味やアイロニカルなレトリックの挿入で、肩肘を張らずに読ませる手法は、大いなるを実験性を秘めた文学の挑戦であって、まさに、喪失の文学たる村上春樹作品の王道と呼ぶにふさわしい意欲作だ。 ラストでの「僕」と「私」の選択は実に対極的である。共に世界に弄ばれながらも、宿命に対して、抗う「僕」と、従う「私」。充足への疑念と喪失への達観という対極的な二人の主人公の対応は、人がアプリオリとして持つ「意思」という名の原罪のメタファーでもある。 アイデンティティーを保て、そして、自我に忠実であれ。そんな村上春樹の投げ掛けるテーゼに、読み手は射抜かれる事なる。 真に高尚なる文学は、作品としてアーティスティックたる事、かつ、読み物として満足できる事。だが、現実には万巻の書の中でも、この条件をクリアできるものは稀少なのが実状。故に、現代の日本文学において、この作品はまさに、至宝といえるのだ。 これは、不死という幻想を通して、人間の魂を描く、破格の物語だ。
何時の時代もBobDylanはいい 1985年(昭和60年)にオリジナルが出た本書は、平成20年を過ぎた今も面白く読むことがきる。
パラレル・ワールドを描く本書は、「カフカ」の先駆けのようなものだけに興味深いが、それにしても、当時は"Positive Fourth Street" "Watching the River Flow" "Menphis Blues Again" そして「激しい雨」が一本に収まったテープがあったんだなあ。
食べ物、音楽が・・・ 村上春樹初期4部作、他4冊ほど読んでそれなりに面白かったので今回この世界の終わりとハードボイルドワンダーランド
を読んで見たのだが、
食べ物、音楽の曲名がこまごまと書かれていてうざったく感じた。
食べ物、音楽に関しては村上氏の小説の手法ではあるが他の作品では、
あまり感じなかったが今回は特にうざったく感じた。食べ物、音楽でなければその時の感覚を表現できないのだろうか?
その食べ物、曲を知らない人には何も意味をなさないのではないか?
村上氏は読者が皆自分と同じように食べ物、曲を知っていると思って
いるのだろうか?
この小説を読んでいて村上氏にちょっと失望した。
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[ 文庫 ]
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風の歌を聴け (講談社文庫)
・村上 春樹
【講談社】
発売日: 2004-09-15
参考価格: 400 円(税込)
販売価格: 400 円(税込)
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・村上 春樹
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カスタマー平均評価: 4.5
1Q7Q年リリースのデビュー作ということで 同じ作者による話題の最新作が2009年の5月にリリースされていることと、この同じ作者のデビュー作がちょうど30年前の1979年の同じ5月に発表されていることとの間には何か偶然以外の何かがあるのかとの軽い気分の勘違いに似た思い入れにとらわれて、この処女作を再読してみる。二度読む価値のない本は一度たりとも読む値打ちがないとは誰が言ったのだろうか(今、私も言ったが・・・・・)マックス・ヴェーバーが言ったのだ。でもこの本を読むのは二度目である。
「1Q84」ではヤナーチェックの"シンフォニエッタ"とソニー&シェールの"The Beat Goes On"が刺身のつまのように現れてくるが、本書ではThe Beach Boys(海岸少年)の"California Giels"が爽やかに軽やかに、はたまた面白おかしくビールのおつまみのように聞こえてくる。またこのデビュー作に既に村上お得意のパラレル・ワールドの片鱗が見え隠れしないでもないといったら言い過ぎだらうか。
そうそう、この本ではあの鼠先輩がカウンターデビューしている。歌ってないけど、ポテトの皮を剥くってスタイルで・・・・・。
若者像を変えた作品。 印象的なフレーズと小道具(レコードやミュージシャン)、映画のカットのような挿入で読み手の想像力を刺激してくる作品です。この小説が、20代の若者の姿を変えたと思っています。それまで、青春小説というのは、若者の間で起きる事件、恋愛、大人になる前の青臭さ、若者の無軌道ぶりといった若さ、甘酸っぱさ、瑞々しさ、残酷さなどに起因する姿を描いたと思うのですが、多くの人にとって、青春時代というのは漠然とした時間の中に埋もれています。モンモンとしている時間といえるかもしれません。村上春樹さんは、それをこの作品で表現したと思います。サリンジャーのようなアメリカの作家がこういう世界を描いていましたが、日本では村上春樹さんが20代の若者を包んでいる空気を描くことに成功したと思います。この作品の生まれた頃が、日本がアメリカ並みの豊かさを備え、生きるために行動するよりも、若者は自分の世界を作り出すために時間を費やすというような、歴史が残さない時代の境目であったのだと思います。村上作品を支持したのは、そういう新しい時代に踏み込んだ若者達であったのではないでしょうか。翻訳本のような文体、何も起こらない世界を読ませるための、レトリックと文章作りの技巧が図抜けていると感じています。文章の巧みさがあるゆえに出来上がった小説だと思っています。
やれやれな雰囲気 どんな小説にも印象的なフレーズは登場するが、それらは大体、主人公の考えや行動によって重みと真実味を持つ。この小説では印象的なフレーズが数多く散りばめられているが、ただ「散りばめられている」だけであって残念ながら何の説得力も持たない。例えば「天才とは1%のひらめきと、99%の努力である」というのはエジソンの名言であるが、これはエジソンの業績を知り、初めてその意味を考えられる訳である。もしどこの誰とも知らない人間がこんなフレーズを口走っても誰も気にも止めないだろうし、その意図する意味さえも考えることができない。そういう意味で、「最初のページだけでこの小説は終わる」とまで言っている人たちのことが僕には理解できない。
結局のところ、この小説を気に入るかどうかは、「やれやれ」という雰囲気(村上春樹が21歳だった時代の、つまり「誰もがクールに生きたかった時代の雰囲気)に共感できるかどうかだと思う。
と、批判的なレビューになってしまいましたが、僕としてはこの小説は非常に気に入っています。星5つ。
何度でも僕を救う。 第一章は7ページから始まり、13ページで終わる。たった7ページ。仮にこの小説が、このたった7ページしかなかっとしたら?
僕はそれでもこの小説を買う。7ページしかなくても、値段がいくらであっても、この小説を買う。それほどこの第一章の文章は美しい。初めて読んだのは恐らく、23歳くらいだったと思う。年齢がはっきりと思い出せないということは、それほど感動しなかった証拠なんだと思う。けれど今は違う。この小説を読むたびに救われる。そんな気持ちになる。
冒頭の有名な書き出しはもちろん好きだけど、今の自分にとって好きな文章はふたつある。
「もちろん、あらゆるものから何かを学び取ろうとする姿勢を持ち続ける限り、年老いることはそれほどの苦痛ではない」
著者がデビューした1978年、僕は生まれた。そして僕の年齢は、村上春樹がデビューした年齢と同じ30歳。10代や20代には感じることが全くなかった、年齢を重ねることに対する漠然とした不安が襲ってくる。それが30歳という年齢なんだなと実感する。けれどこの文章を読むことで僕は救われた。うつむかず前を見据えて生きていけば、年齢を重ねることは怖くないんだと。もしかしたら、村上春樹が30歳だったとき、やはり同じような不安があったのだろうか、その不安があったからこそ、この文章が生まれたのかと考えてしまう。考え過ぎだろうか。
もうひとつの僕の好きな文章。
「夜中の3時に寝静まった台所の冷蔵庫を漁るような人間には、それだけの文章しか書くことはできない。そして、それが僕だ」
この文章の意味とか、そういったものではなく、ただ単純にカッコいい。この文章から醸し出される空気がとてつもなくカッコ良くて、本当に好きだ。
この小説を読むことで、僕は何度でも救われる。だから本棚の、一番に手が伸ばしやすいところに置いている。
青春小説・・・いや。ちょっと待てよ。どうもおかしい。 「ジェイズ・バー」を根城に回想される、「僕」と「鼠」と
女の子たちの青春のノスタルジー。といいたいところですが、
コトはそんなに簡単じゃあない。
村上春樹作品を読む順番を間違えた「僕」(読者)としては、
この異様な作品には、なにか怖いものを感じました。
たとえていえば、「クビから上の登場人物がモソモソ
会話し、動き回る姿は、そこにあるんだけれども」どうも、肉体が存在
しない、架空の青春回想録。
存在感、現実感、肉体感のない生活の中を、目の前をさまざまな人物
が、のっぺりとした紙でできた人間たちが、来ては去っていく、そんな
仮想な現実を、愛、恋、生、死と繰り広げていく、乾いた空間と時間。
シンプルな会話と簡素な言葉がストリーミングとして流れていく。
後の作品の、疎外感を彷彿とさせる、村上春樹のデビュー作は、すでに
ここからして、「死」をいつも感じさせる文体となっています。
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[ 文庫 ]
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モモ (岩波少年文庫(127))
・ミヒャエル・エンデ
【岩波書店】
発売日: 2005-06-16
参考価格: 840 円(税込)
販売価格: 840 円(税込)
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・ミヒャエル・エンデ
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カスタマー平均評価: 5
大人になると別の形で心にしみるかもね。 ある本を探して本屋さんをブラブラしていた際、
たまたまカートに置かれていたこの本を見つけました。
小学生のころに、面白い本と有名だったな。
そんなふうに思いながら、
目的の本も買わずに思わず衝動買いしてしまいました。
有名だっただけに話の内容はネタばれで、
小学生のころはスルーして読まなかったのもこの本です。
たまたま手に取って読みましたが、
うわさ通りの内容ですね。大満足です。
子供でも十分に内容理解できると思いますが、
大人になってから読むと、また違うものを感じられるのでは。
個人的には、「時間は心で感じるもの」という考え方に
一番グッときました。
読み終わって間もないうちに再び開き、
何度も読み返しています。
何回読みなおしても飽きないのが不思議で、嬉しいですね。
読むたびに心休まる一冊です。
児童文学ということで… 子どもでも楽しめると思いますが、
忙しい大人の方に読んでいただきたい物語です。
「忙しいのに本なんか読んでられるか!」
と思う人の方が考えさせられる事が多いのではないでしょうか。
残念なのは、
「児童文学」ということもあり、
平仮名が普通の本よりも多く、
少し読みにくいということです。
読んでいて、
テンポが出にくかったです。
「テンポが出にくい」と感じている、
自分自身の感覚自体を変える必要があるのかも知れませんが。
「時間」というものについて考えさせられる物語でした。
評価は、星4つです。
レヴューというより、雑感ですが、 柄にもなく、美しい描写から紹介したい。
魔法の鏡はね、ひとりでのぞきこんだ人間から永遠のいのちをうばうだけなんだ。ふたりしてのぞけば、また死なないようになるんだよ。(中略)モモとジジはしずかにならんで、長いあいだじっと月を見つめました。こうして月を見ているかぎり、ふたりは永遠に死ぬことはないと、つよく感じていたのです。
寺山修司は書いた。とりはとりでも飛べないとりは、なぁんだ?――それは、ひとり、というとりだ、と。人は一人では飛べない、けれど、二人なら飛べる、寺山はそう考えていたのだろうか?
この本の巻末に、佐々木田鶴子という人が、エンデとの思い出を回想している。これによると、「エンデ自身は書物を通じて東洋に関心があった」らしい。とすれば、やはり、可能性はあるかもしれない、と私は考えた。
というのは、こういうことだ。私が注目したのは、エンデを異世界に連れていく役目を果たすのが、一匹のカメである、という点である。そして、その異世界は、〈時間〉と深く関わっている。異世界とカメと〈時間〉。三つを結びつけて浮かび上がってくるのは、日本の昔話、「浦島太郎」だ。つまり私は、エンデは、「浦島太郎」を意識しながら「モモ」を書いたのではないか、と考えたのである。
〈モモ〉という名前も気になる。ひょっとしたらエンデは、日本の昔話「桃太郎」から、〈モモ〉という名を思いついたのではないか。〈モモ〉が〈時間どろぼう〉たちをやっつける話として、物語「モモ」が読めるとすれば。――そんなわけ、ないか。
行き場を失った子供たちは、〈子供の家〉で、大人の言う〈役に立つ〉遊びをやらされる。子どもたちは、大人が教えなくても、空き箱の二つ三つがあれば、いつでも、冒険の航海に出ることができる。子供たちが自由に空想の翼をはばたかせるができる環境づくりこそが、子供たちにとっては、本当の意味で、〈役に立つ〉ことになるはずだ。どこを見渡しても同じ道路、同じ建物、同じ服、同じ考え、同じしゃべり方、同じ歩き方、なんだか、顔までそっくりに見えてくる。そんなの、いやじゃありませんか。エンデに、そう言われているような気がした。
引用はしないが、ラストの描写が、とても、美しい。ぜひ、手にとってご確認のほどを。
附記。この本の冒頭に、アイルランドに伝わる歌が載っている。私の勝手なイメージでは、アイルランドと言えば、ケルト信仰が思い浮かぶ。あるいは、エンデは、ケルト信仰も意識していたかもしれない。
「残業依存症」から立ち直った、今の読後感 何人かの方が書いているのと同じように
子どもの頃は、誤解からずっと敬遠してました。
優等生の読書感想文御用達っぽかったし、
その感想からは、スローライフ的説教臭さも感じたし…
体調悪化と、我が子の出産に先立って、残業まみれの生活から足を洗い
(このご時世、かなりの勇気が必要でしたが)
ちょっぴりできた心のゆとりに、好きだった読書を再開した矢先、
文庫化にともない訳が新しくなったと知って読みました…
…本当に良いタイミングで出会いました。
子ども向けのファンタジーではありますが
私にとってはファンタジーとは思えないリアルさを感じました。
エンデすごいです。
もちろん、現実の社会にはモモのような
自分の代わりに、灰色の男たちから時間を取り返してくれる人はいません。
そこで、自分にとっての「人生の価値」を決め、せまり来る「時間どろぼう」と
実際に戦うのは自分自身なわけですが。
自分に科せられた仕事が1日に100だとしたら
「1日に120済ませれば、あとがラクになる」などと、誰もが一度は考えるはず。
でも現実には、翌日にもやっぱり仕事は100あって
永遠にラクにはならずに一生を終えてしまうんじゃないでしょうか…?
100の仕事を一生懸命やって、早めにその日の仕事を終える。
残りの時間は自分や家族のためにつかう。
それが実践できれば、この本の本当の面白さが味わえると思います。
大人こそ、ぜひ。
小学生ではじめて読み モモをはじめて読んだ小学5年生の時、これ以上無いほどのスリルを味わいました。まだ難しい本は読めない年頃でしたが、特に行き詰まることなくすらすらと読め、話の内容も掴みやすいものでした。細い糸がはったような緊迫感を強く感じ手に汗が浮かぶほど胸が高鳴ったのをよく覚えています。中学生になってからまた読んだときにはまた違った見方が出来ました。風刺された現代の流れや畳み掛けるような文、こまやかで美しい独特の世界観、無色でさびしい町の描写……どれも他とは違う素晴らしさに新たな発見など。いくつになっても楽しめる作品ではないでしょうか。
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