そして、本作最大の魅力は後半に至って、演劇文化論にまで話が昇華される点だと思います。現在の演劇、戯曲というものがどのような地点に存在しているのか、その本質とはどのようなものなのか。こういった点にまで言及した本作は、ただの「演劇入門」である以上に、すでに演劇の世界で生きている人にこそ読んでもらいたい教科書的な名著になっていると思います。そして、私のように演劇をしたこともなく、舞台にもそれほど観にいったことのない人間であれば、演劇の特殊性を理解できる「入門書」に早代わりすることでしょう。
演劇上級者から初心者まで読める、演劇、戯曲に興味ある人すべてに読んでみてもらいたい一冊です。 演劇は滅びかけているわけではなかった。平田 オリザさんは、一幕ものの芝居しか書かないそうです。つまり舞台は一箇所。ここで全ての演劇が行われる。観客にこの舞台がどのような場所なのかを知らせるのには「せりふ」しかないわけです。次ぎに登場人物がどのような人々であるかを観客が知るためには「せりふ」は更に工夫されるわけです。舞台設定、俳優の動作、せりふ、この3つがそろったものが「戯曲」なんですね。この戯曲の書き方が前半述べられますが、これが実に私の先入観を裏切って面白かった。(1) テーマが大事だと思いきや、現代演劇にはもはや伝えるべきテーマは無いのだと筆者はいいます。ただし「表現したいこと」はあふれるほどあるのだと。(2) この「表現」のために、作者はまず舞台を選びます。登場人物を注意深く設定します。登場人物の、動き(出入り、所作等々)を決めます。せりふは、なんと最後にくるのです。
演劇をやっているヒトには当たり前のことなのでしょうが、素人には実に新鮮でした。
劇場で、物を言えない観客が、実はその演劇に参加しているかのような疑似体験を覚えることができる、そのような表現様式である演劇。演劇という表現手段には、現代だからこその注目すべき意味合いがあるのだと作者は主張しますが、説得力があります。
演劇のことなど殆ど知りませんでしたがが、この本の素晴らしさは充分理解できます。実に刺激的な本でした。
和辻哲郎は哲学者であるわけだが 当時はそんなことも知らず 若き和辻の情熱のほとばしる本書を通じて ただ奈良に魅せられたということだと思う。30年以上たった今振り返って見ると 奈良の寺や仏像に惹かれる中学生というのも なんだか気色悪いような気もするが ここ30年間に 変わらず 奈良を愛する気持ちは変わらない。以来、亀井勝一郎、堀辰雄、志賀直哉、入江泰吉の書物を 身の回りにおいて 折に触れて 奈良を想う。時折は 本書を携えて 奈良を訪問する。和辻がその眼で眺めた 風物、寺、仏像を巡る。 法隆寺へ20代に和辻のこの本を読んで,感激。車を飛ばして法隆寺に行きました。和辻の文章は素晴らしいの一言です。単に寺社の評論ではなく,日本文化,日本人の考察になっており,和辻のたたみかける文章が,日本人の心を打つ。