ショパンの生涯について、簡潔にまとめられているので、興味のある人はぜひ読んで下さい。 この値段で!内容を確認せずに注文したのですが、開いてびっくり!ほば全てのページに掲載されている写真は興味深い物が多く、めくっていくだけでわくわくします。彼の自筆譜や肖像画はもちろん、たとえばショパン家のサロンやそこで使っていたピアノ、学生時代に描いた漫画、、、、などショパンが好きな人には、ぜひとも手元に置いてほしい一冊です。また音楽評論家遠山一行氏の文章は読みやすく、ショパンの芸術の本質と人間像を読者に伝えることに成功しています。
私は、個人が編んだ名盤セレクションみたいなのは嗜好がバリバリでているほうが面白いと思うので、これはこれでいいとおもう。つか、「ぼくの愛する」だから偏りが多いのは当然で、そこを非難するのは的はずれだと思う。
気になるのはカタカナ表記に対する筆者のこだわり。レッド・ツェッペリンはわざわざ「(ハイ、こう発音するのです)」という但し書きまでつけて「ゼペリン」とかいているし、ジョニ・ミッチェルは「ジョーニ・ミッチェル」、「ザ・ポリス」は「ザ・ポリース」、ビーチ・ボーイズは「ビーチ・ボイズ」。なのに、けっこう通例のままのもあるし…。この不徹底ぶりがかなり気になる。まあ、敢えて通例つかわれるカタカナ表記をやめたやつは、ネイティブにとっては耐えられないほどの違和感だったんでしょうけど。(このことについては前書きの部分で言及されているけど。)
とくにロックのルーツについて知ることのできるアルバムとか充実していていいとおもった。ま、いろいろと気になるアルバムが見つかったんで、買って聞いてみようと思っております。 いまいち ピーター・バラカンが勧めるCDを買って「あたり!」と思うことが多いので、興味を持って購入してみました。でも、文章に魅力がないし、個人的な回想(悪く言えば衒学的)な部分も多いし、正直言って面白くも何ともなかったです。鋭く作品の本質を衝くような新しい視点を提示していることを期待していたんですが・・・・。 単なるオナニー回想録正直言って期待外れでした。およそ批評とは言い難い一口コメントばかりで矢継ぎ早に紹介しているだけで、やっつけ仕事以外の何物でもない。しかも著者本人が冒頭で断っている通り、欠落しているアーティストがかなりある。私個人としては「ボッパーTV」とかいう思い入れも先入観も全く持っていなかったので、面白くも何ともなかった。これだったら渋谷陽一氏の似たような著作の方がまだマシ。みんな、著者を買い被りすぎ。
いつか出版されるかもしれない、わが著書「シンデレラさん、お大事に」の続編に備え、この本をネタにしつつ、いくつか覚書。
白雪姫。 王子様は死んでる女性が好きな、necrophilia(死体愛)。
眠れる森の美女
美女が眠りから覚めるのは、100年後。100年後には美女は老婆に。そんな老婆を愛する王子は,gerontophilia(老人愛)。
人魚姫 人魚から人間になった姫は声が出せなくなる。それは人魚だった過去をノンカムアウトで生きていくこと。
ピノキオ 自分で人生を切り開かないピノキオは、あやつり人形。意思を持ち未来を切り開きだしたときに始めて人間になる。
この「京・洛北から宇治へ」では、北は高雄、鞍馬、南は宇治まで、京都の名だたる仏像・寺院を恐縮し収録している。有名どころでは、国宝第一号の広隆寺の「弥勒菩薩半跏像」や同寺「不空羂索観音菩薩像」、三十三間堂の「千体千手観音立像」、平等院の「阿弥陀如来座像」並びに「雲中供養菩薩群像」、東寺の「五重塔」「梵天座像」などで、私たちが一度は目にした事のあるものが、土門独自のクローズアップという表現で、新たな一面を見せてくれる。否応無く古都に思いを馳せたくなるこの一冊に、私もまた、本を手に取って程なく、京都に走った。この小さな文庫本は、古寺巡礼をする人々にとっては、ガイドブックとは異なる一つの手引きと成り得るだろう。また、仏教美術や建築に傾倒する者には、新たな「視点」の発見になるのでは、と思われる。
同シリーズの他3冊も是非、手に取って頂きたい。
このたび、詳細な注と解説を付した文庫版が出版された。九鬼は西洋哲学や文学・芸術だけでなく、江戸時代の風俗や衣装、文学などを縦横に引用するので、言葉の注釈や図版が豊富なのは本当に助かる。これによって「いき」のイメージが生き生きと甦る。何よりもまず美的であることを重んじた九鬼周造その人の魅力と、芸の広さにあらためて感服。
レコード1枚について見開き2ページ。どんな人気盤も隠れたマイナー盤も関係なく、同じように解説を加えていく。その中で僕たちは、名プロデューサー・ライオンの軌跡をたどりながら、なぜブルーノートでかくも多くの名盤が生まれたのか、という秘密に迫ることとなる。本書を読んで、改めて紹介されている作品を聴き直してみよう。必ず新しい発見があるはずだ。 偉大なプロデューサブルーノートレーベルの1500番台の98枚について,それぞれにまつわるエピソードを紹介しています.
ブルーノートはひとつのレーベルであることに違いはないのですが,単なるジャズレコードの集合体ではなく,偉大なプロデューサであるアルフレッド・ライオンによって創造されたひとつの哲学と言ってもよいでしょう.それぞれの演奏者はあくまでもプレイヤーであり,レコードあるいはレーベルを作るのはプロデューサの仕事であるということがよく分かります.
それぞれのレコードに収録されている曲がどんな感じで,聞き所はどこかというようなことを期待していると若干期待はずれに終わるかもしれませんが,ブルーノートとは何ぞやという向きにはお勧めです.
だが、それだけか?
本書は全集であるから、彼のそれ以外の面も知ることができる。例えば「光と風と夢」。主人公の英国人作家R.L.スティヴンスンは序盤から怒っている。当時の英・米・独が彼の定住するサモアの人々にあまりに「横暴」だからである。彼にとってサモアの人々は年月を重ねる中で、「我が褐色の友」となっていく。同じく呼吸器に重い病を抱える中嶋敦の主人公への強い思い入れを察するにつけ、ほとんど熱いとも言うべき温かさが伝わってくる。 また、死を間近にした主人公が丘の上で感じたものは、視覚から入って全感覚に至る。その、息を呑むような鮮やかな体験を主人公と共有できるのは、目下全集だけである。
他、植民政策下の朝鮮で屈折した心を抱える親友と、細やかすぎるほどに彼のプライドを気遣う少年の「私」を描く「虎狩」や、一高時代の習作「巡査の居る風景」などからも博学故の卓見、即ち矜持という概念を人間の尊厳へと押し広げた作者の深い認識がうかがえる。 更に歌稿の「河馬の歌」のようにユーモアと優しさに和むものもあり、全集ならではの愉しみは多い。 中島 敦若くして夭折した中島敦の作品のうち、比較的初期のものが収録されている一冊。有名な「山月記」や、芥川賞候補にもなった「光と風と夢」など、そもそもの作品数の少ない中島敦を知るには、この一冊でかなり「知ったか」できます(^^;
また、「山月記」を知っているひとならば、もともとはこれを含めて四編の短編小説でセットになっている「古譚」の中の他三作品を読んでみるとさらに面白い!短い文章の中に込められた強烈なモチーフ性が、芥川っぽくて好きです。それなのに、なぜ、第十五回芥川賞とれなかったのか・・・。納得できませんねぇ。
当時の、出版事情を、考慮すれば、いたしかたない事かも。 それでも、江戸川 乱歩氏は、最後まで、乱歩ワールドを創りつずけようとする。ゆっくり、じっくり、読んで欲しい作品である。 孤島の鬼江戸川乱歩の長編小説の中で、これほど完成されたものは無いと言っていいほど、壮大なスケールと謎、グロテスクな物語だった。何度でも読み直してしまいたい!