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[ 新書 ]
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正社員が没落する ――「貧困スパイラル」を止めろ! (角川oneテーマ21)
・湯浅 誠 ・堤 未果
【角川グループパブリッシング】
発売日: 2009-03-10
参考価格: 760 円(税込)
販売価格: 760 円(税込)
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・湯浅 誠 ・堤 未果
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カスタマー平均評価: 4.5
堤未果が6?7割 堤未果さんと湯浅誠さんの対談本となっていますが、堤さんの会話部分が多く、テーマの設定も堤さんよりだと感じました。よって、アメリカ社会の話が多いです。日本社会の話を読みたかった自分としては少し肩透かしをくらった感じがしました。
それと、両者の話は、確かに重複が多い気がします。この本の中でも、同じような話が繰り返される箇所がけっこうあります。
もっとも、他に、堤さんの本を読んだことのない私としては、知らないことも多かったので、☆3つ。
自分も困った経験がある… 最初から二章ほどアメリカの話題で引っ張っていたので、
日本の問題を提起する本ではなかったのか?と違和感を持ったが、
最後まで読むと著者達の意図が読み取れた気がする。
ホンの10数年前まではリストラ対象は高年齢の高給取りだった…
彼らは早期退職金や貯えなど、ここで言う『溜め』があり、
まだ余裕があったと記憶している。
しかし、今は退職金を制度としている企業も減少しており、
年齢を問わず貯えはない状況という印象を持っている。
私は個人的に悪いときの経験があるので、
『貧困スパイラル』、『すべりだい社会』の
現実に直面している方達の気持ちはある程度分かる…
ハローワークなど職安での競争は激しいので、
仕事は直ぐには見つからないし、かといって家賃支払いは毎月来るので、
お金が底をつけば住む所は追われ、スキルも上げられないし、
本も読めない、栄養が採れないので、体力は落ちる、
投げやりになる…と最悪一直線である…
本でも書いてあるように、これは派遣問題だけでくくるのではなく、
労働者の問題として考えていかなければならないと思う。
また、運動良し悪しとか、運動で解決出来るか否か?とかを問う前に、
現実問題として、社会全体で一所懸命になって、
考えて行かなければならないのですよ!との
メッセージが込められていると理解したが…
今こそ、真実を見よう これは、なんともいえない、本である。
良書なのだが、メッセージが多すぎ、
さらに、あまりに過酷な現実を突きつけられると、憂鬱になる。
行き過ぎたグローバル化、民営化、市場原理主義で、
便利になったと思えた現実は、とんでもない形で我々に跳ね返ってくるのか。
皆が苦しい思いをした先に、
一部の人のみが、富を享受する世界しかないとしたら
絶望しかない。
隣で餓死する人がいても、病気で死ぬことが分かっていても
手助けもできず、何もできずに、
ただただ権力者の言いなりにしか生きられないような
未来は、厳しすぎる。
中流層を貧困に没落させる、高額な医療費、
若者を戦場へ連れ出す、米のモデルを
日本が後追いしていたら、救われない。
日本の高すぎる教育費や、Noといえない労働者から
搾取するだけの現在のシステムは、構造的に異常である。
人が、何のために、生きているのか、全く分からなくなる。
全ての人が幸福になれる、バラ色の未来なんて、
ありはしないことは分かるが、
誇りを持ち、苦しいことは多くとも、明日に希望が持てる
未来を手繰り寄せることはできるのではと思える。
書評としては飛躍も大きいが、
未曾有の経済金融危機である、今の時代と合わせ、必読だと感じる。
読めば貧困が身近な問題に感じる いきなり、アメリカの普通の勤務医が医療過誤保険の保険料の支払ができずに勤務を辞めざるを得ない状況がショッキングだった。年収2千万円稼ぐ医者が、医療過誤訴訟のための保険料が600万円から2000万円に高騰のため、あえなく廃業して失業者になり妻に食べさせてもらい、食糧券を配給される状況。教員の過労、病気、失業。高等学校の卒業率が50%という現実。社会保険も年金もなくなりつつあるセーフティーネットなき貧困先進国アメリカ。そして、そのあとを追うような日本の現状。湯浅氏の「反貧困」を先に読んでいたが、これは他人事ではない怖さがある。明日は我が身だという日本の状況。なぜならセーフティーネットがないことについては基本的にアメリカとほとんど変わらない事が明らかにされるからだ。派遣の墜落、そのあとに、正社員の墜落。一握りの成功者しか日本社会でも生き残れない。貧困問題は、もはや他国の話でない。まさに今、ここ日本にある事を知らされた。
運動? 非正規社員の問題は、実は、正社員自身の問題であると
いうことが、鋭く説得的に語られていると思う。
ただ、「運動」で問題を解決できるかのように語っているのは、
私には理解できなかった。
国内しか見ていないとしか思えない。
日本国内の「貧困化」は、グローバル経済と無縁ではありえない。
グローバル経済は、日本国内に「貧困化」をもたらすとともに、
数多くの中国人、インド人を豊かにした。
この巨大な流れを国内の「運動」で止めることができるのだろうか。
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[ 文庫 ]
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世論 (下) (岩波文庫)
・W.リップマン
【岩波書店】
発売日: 1987-12
参考価格: 735 円(税込)
販売価格: 735 円(税込)
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・W.リップマン
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カスタマー平均評価: 5
世論を広範囲に見渡す 情報伝達から人という群はなにを動かされるか。ステレオタイプを深く掘り下げたり、民主主義の発展を見る。そして、情報・世論・ステレオタイプがある条件下どう作用していくのか。今でも古く感じない本で、最終章はすばらしい語り口で締めくくられている。
マスコミは世論を反映しているのではなく、世論を作っている リップマンは情報将校として第一次大戦の心理作戦に従事している。その当時普及し始めた新聞がどのように世論に影響を与えたかを考察している。リップマンの優れている点は、メディアが世論を伝えているのではなく、逆に世論を作っていることに気づいた点である。現代において、ラジオ、テレビ、インターネットとメディアの形態が変わってもリップマンの考察は有効であることを実感するであろう。リップマンはステレオタイプに注意するように促している。本書を読むと新聞やテレビやインターネットの情報そしてハリウッド映画などを鵜呑みにせず、その情報の偏りに気づくようになる。
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[ 新書 ]
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ジャーナリズム崩壊 (幻冬舎新書)
・上杉 隆
【幻冬舎】
発売日: 2008-07
参考価格: 777 円(税込)
販売価格: 777 円(税込)
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・上杉 隆
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カスタマー平均評価: 4
記者クラブは存続し続けている 記者クラブが未だに昔と同じように存続し続けており、変化する気配もない。
ある重要なニュースは報じられず、ある些細なニュースが大々的に報じられる。
どの新聞でも同じように扱われるため、現実は見失われていく。
改革の方向どころか、問題意識すら表に出てこない。
ジャーナリズムは昨日も今日もそして明日も崩壊したままだ。
均質なメディア 似たようなニュースが報じられ、
均質な情報が消費されている。
その背景は、記者クラブに象徴される
日本のメディアの体質にある。
著者の指摘の詳細な真偽は
定かではないが、結果として
日本のジャーナリズムが受けている
評価はどうしようもない真実だと思う。
新聞離れを読者の批判と受け止め
体質の改善を行ってほしいものです。
★1つもつけたくない 確かに崩壊してるわ、おもんない。愛国心のかけらも感じられない。安部さんの新書の方が1億倍価値ある。
日本の国際的評価を落とすことに最も貢献している日本のジャーナズムの閉鎖性 記者クラブ制度に胡坐を書いて官庁記事を垂れ流している大新聞の記者、政治家ベッタリでその走狗であることを誇りにしそれをまたどうどうと恥ずかしげもなく言ってしまう大新聞の政治部記者たちが書く記事に読む価値が無いことはこれまでも多くの人が指摘しているところであり、その意味では別に目新しい内容ではない。しかし、その日本のジャーナリズムの閉鎖性が「日本に対する嫌悪感が芽生えp.102」た日本嫌いの外国人ジャーナリストを増やしているという大問題を指摘している点、「EUは、日本の記者クラブは情報を寡占し、非関税の貿易保護政策に当たる閉鎖的な組織だとして、毎年のように「非難決議」を採択している。p.84」として指摘している点が重要である。(よく考えてみれば、日本政府による立派なWTOサービス協定違反行為であり、EUから対抗措置(日本からの輸出品に対する関税額のアップなど)をとられてもおかしくないという大問題である。)日本の大新聞の記事の多くは週刊誌・月刊誌の後追いだということであれば、「噂の真相」「朝日ジャーナル」「諸君!」など廃刊が続いている今、我々国民は情報を入手する手段をどんどん失っているということになる。我々は新聞をとるのを止めて週刊誌・月刊誌を買って応援すべきなのだろう。又、ニューヨーク・タイムズなど分厚い欧米の新聞がいかにしっかりと作られているかも解かり、ぜひ買って読んでみたいという気にさせてくれるという点では、英語学習者に最適の本。
すべての根源は記者クラブ 官邸崩壊の作者が書いた、現在の日本のジャーナリズムがいかに国際社会から見るといびつな状況かという事を実例や実体験を挙げて説明してある本。
もともと作者は、NHKの報道局に勤務し、鳩山邦夫の秘書になり、その後ニューヨークタイムスの記者を経てフリーのジャーナリストになっている。
この本に書かれていることの一番のテーマは、「すべてのガンは記者クラブにある」という事。まず記者クラブに入れるのは、新聞社とテレビ局くらいしかなく、週刊誌やフリーの記者は加入できない。しかし記者クラブと言うのは、記者間の馴れ合い、権力との馴れ合いとなっており、結局現状とそれがめざしている方向に情報操作された事しか発表されないのは当たり前のことで、単に政府・官僚の御用達メディアに成り下がっているという事がわかっていないのだろうか。
そのようなことが報道と言うなら、朝日や読売や毎日、あと各県の地方紙などの新聞はすべて統合してしまい、共同通信一本でもなんら問題がない気がする。共同通信以外のマスコミが存在する意義というのは、自分たちで取材して、それを読者に知らせるという事以外ないように思うのだが、現状はまったく違う事になってしまっている。
この事を顕著に表しているのが、政治家自身のスキャンダル的な追及記事は、ほとんどというほど新聞やテレビからではなく、週刊誌から生まれるという事。一番顕著な例は、田中角栄のロッキード事件だが、あれも発端は文藝春秋だ。あの記事が出た時に新聞記者が「そんな事はどこの記者も誰でも知っていいる」的な発言をしたことは有名だが、それを書くのが仕事だとは思っていないらしい。
馴れ合いのいい例が、「報道協定」で、特に宮内庁の規制はものすごいものがあるが、記者クラブはすべて従う。だから皇太子の結婚なども記者クラブに入れない、海外のメディアがすっぱ抜く事になる。
あとジャーナリズムと勘違いしているのが、夜討ち朝駆け的なぶら下がり取材で、名前を明かすことなく、「政府高官からの情報によると」「検察の関係者によると」という一方的な情報操作の垂れ流し。小沢の秘書の逮捕前後の一方的な権力側に有利な(小沢に不利な)情報捜査は目にあまるものがあった。
しかし最近は悪い事ばかりではなく、いい芽も出つつある。
自民党や政府は記者クラブでしか記者会見をしないが、民主党は党の本部で記者クラブ以外の人たちも招いて会見をしている。先日その件について「もし民主党が政権をとってもこの記者会見の方法は維持するのか?」とこの作者の上杉さんが質問したら小沢さんが「もちろん」と答えたらしい。
もちろんそのような事は一般の新聞やテレビは放映しない。自分たちの利権を失うかもしれないからだが、国民にもそのような存在をあまり示したくないのだろう。
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[ 新書 ]
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余命半年 満ち足りた人生の終わり方 (ソフトバンク新書 96)
・大津 秀一
【ソフトバンククリエイティブ】
発売日: 2009-02-17
参考価格: 798 円(税込)
販売価格: 798 円(税込)
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・大津 秀一
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カスタマー平均評価: 4.5
緩和医療の実態が理解できます 緩和医療を実践している方が書かれている本です。
自分が余命あと半年と言われたらどのように半年を生きるか、生活するかを
考えさせられる一冊です。
著者が実践している緩和医療とは、心身の苦痛を取り除く医療でおかしい
医療では無いと力説しています。一番はモルヒネなどの麻薬を使うと命が縮
まるといつ誤解を解いています。
入院してダメな医者を見抜く方法が書いて有ります。医者は入院患者を担
当すると、自分が病院に出勤しているときは、例え一秒でも患者の顔を見な
いと患者が不安になると言うことです。
担当医が病院に出勤しているにもかかわらず一度も入院患者の顔を見に
来ない医者は、まさしくダメ医者だそうです。
自分が余命半年と言われる前に読んで置きたい一冊です。
幸福な最期を迎えるための準備とは 数多くのがん患者を看取ってきた現役の緩和医療医が幸福な最期の迎え方を指南する。
冒頭、著者は提言する。
『老いること、病気になること、死ぬことを事前に考え、しかしそこで悲観的になるのではなく、だからこそ一足一足踏みしめて生きようと思った人間にそれ相応の最期が約束される』と。
そして良き最期を迎えるために『緩和医療を受けること』を勧める。
しかし、「緩和医療=終末期医療」「モルヒネ=麻薬中毒」といった偏見や誤解、緩和医療医の不足を筆者は嘆く。緩和医療はがんと診断されたときから実施されるものであり、モルヒネをがん患者に適正に使用するぶんには依存や耐性はまずおこらないのに。
そして、より実践的な心得を伝授する。
『相性の良い主治医を持つ』、『医局が同じ病院にセカンドオピニオンを求めてはいけない』、『PET-CTを含む人間ドックに入る』などなど。
さらに、本書随所でがん患者の最期を紹介する。
テレビドラマで描かれるような最期は幻想に過ぎない、ということがよくわかった。
自分の人生に悔いなしと言えるように こういう状況に置かれたら、自分はどういうことになるであろうか、と覗き見をしたい本である。現実に癌告知で宣告を受けたら、平常心ではいられないだろう。それも人によりけりである。本書はその多くの事例を並べ立てているのではなく、冷厳な現実を冷静に受け止め、余生を充実して生きる普段の心得のようなものが書かれていて、大変参考になる。
病前(健康時)のバランス・中庸の心得、病初期・病中のさまざまな打つ手の心得、病末期の運命をしっかりと受け止める心得、そして静かに死を迎える心得が順を追って書かれている。
「あとがき」では「私の人生に悔いはありません」と誇らしげに言えることを期待している。
身につまされる一書である。
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[ 新書 ]
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デジタル社会はなぜ生きにくいか (岩波新書)
・徳田 雄洋
【岩波書店】
発売日: 2009-05
参考価格: 735 円(税込)
販売価格: 735 円(税込)
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・徳田 雄洋
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カスタマー平均評価: 4.5
インターネットやメール利用の方への教養書 AfterGates30年とか、世界中でICT推進による global worldが話題とされている今日、
携帯やネットにどっぷり使っている人々(@)、またこれから活用が視野にある人々(A)、或いはこのような社会の情勢にそれ程関心のない人々(B)にもきっと参考になる教養原書と言いたい。
率直に言って、私自身が、このような解説書の出現を求めていたと云へるぐらいだ。
世の中、誰でもが、少しでも、life-costが少なくて、いつ、どこでも、便利、安心・安全であり思うことガ叶えられますようにと願っています。
「それを目指してのデジタル社会がなぜ生きにくいのか」、急速な高度技術の採用の続く経緯と時代の変貌を、多数の実例を取り上げながら納得できる解説書です。
本書を読みこなすことは、groupBの方には、容易でないでしょうが、「はしがき」「あとがき」と目次に目を通されて、「生きるための心構え」6っを獲得されてはと存じます。
group @の方々には、自己のデジタル社会との付き合い方を見直す良い機会となりましょう。 group Aの方々には、身近な事例の原因までは十分理解できなくとも、本書第五章で案内のある「未来の見学会」に参加されたら、素晴らしいデジタル社会への踏み込みの知恵がえられましょう。
でもこの世界で生きるしかない 私が一番最初に買ったパソコンは本体メモリーは32kでした。その範囲内でプログラムを書き、計算させいてたことを、本書を読みながら思い出していました。
本書では(根拠がいまいち理解できませんが)1984年をデジタル元年とし、当時と現在、そして近未来と比較しています。デジタルの進歩に追いつけない人間や社会、法律の問題点や対応を述べています。
特に目新しい内容の記載はありませんが、携帯電話のように便利になったようだが不自由を感じる事例には「でもこの世界で生きるしかない」と諦めざるをえないと感じました。
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[ 新書 ]
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動物化するポストモダン―オタクから見た日本社会 (講談社現代新書)
・東 浩紀
【講談社】
発売日: 2001-11
参考価格: 735 円(税込)
販売価格: 735 円(税込)
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・東 浩紀
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カスタマー平均評価: 3.5
興味深く読めました 私は著者と同年代なので、非常に理解しやすく、知的好奇心を満足させてもらいました。
今の30代中?後半で、哲学が好き(読むのだ好き)であれば、ボードリヤールやデリダ
の著作を苦しみながらも読んだ人が多いと勝手に思っています(私もその一人)
そう言った背景があると、割とさくさくと読めます。
但し、いきなり読むと意味不明の部分が多々あるかも知れません。
オタクを本当に理解していない、あるいは著者はオタクではないという意見もあるとは
思いますが、批評家としての著者は必ずしも誰もが認める「そのもの」である必要はない
と私は思います。
詰めが甘い 要素は面白いが、詰めが粗い所が目立つ。
著者が本当にオタク文化を熟知しているのか。
日本社会というものを自身で分析・調査しているのか。
学術的な単語で埋めて、
うやむやにしている気がしてならず
著者の結論や考えの信憑性を疑った。
オナニー文章が点在し、腹立たしくもある。
ただ著者の着眼点には
興味を引きつけられるものが多く
私個人で考えるテーマは与えてくれた。
内容の印象は非常に薄いが、その点では良い本。
もともと動物ポストモダン より簡便に、動物的に欲望を満足させてくれるような、ファーストフード的作品を消費するオタクと、
そうした土壌のニーズに合わせて作られる「萌え要素の組み合わせ」としての文化について論じた本。
東はこうした、「萌え要素の組み合わせ」によって創造や消費が成り立っている様子を、「データベース的消費」として、ポストモダンに特徴的な傾向だとしているが、しかし、「萌え要素の組み合わせ」によって作品を作るのも、
「萌え要素の組み合わせ」を人が好んで消費するのも、今に始まったことではないと自分は思う。
データベースとか、大きな物語とか小さな物語とかいろいろ言ってるが、どうでもいいなぁという印象が最後まで拭えなかった。
大昔から演劇にせよ絵画にせよ、あらゆる文化はできるだけ人間を「刺激するように」作られてきた。人間を刺激するデザインと、人間を刺激する物語と、人間を刺激するイラストと、人間を刺激する音楽と…。これらすべて「萌え要素の組み合わせ」に過ぎない。
そして、特定の刺激によって反応しやすかったりピンとこなかったり、人によって嗜好(萌え要素)が違うのもまた、今も昔も変わらない。
たしかに現代は、動物的に欲望をあっさりと満足させることができる「便利な社会」で、その意味で動物化していることに異論はない。
しかし、「より動物的に欲望を満足させてくれる商品を好む」傾向は、なにも今に始まったことじゃない。
小さな音から徐々に大きな音へと盛り上げていく音楽。静かなシーンのあとにうるさいシーンを持ってくる映画の演出。これは「対位法」といって、人間をより動物的に刺激するために方法論化された技法に他ならない。こういった方法論化された「技術」を使うこともまた、「萌え要素の組み合わせ」には違いない。
その意味で「動物化するポストモダン」というタイトルにはひとつ誤りがある。
人が動物化しようとするのはなにも現代に始まったことではない。この世に人類が誕生したときから、より簡便に自分の欲望を満たせるよう人は頑張ってきた。今はその簡便に満たせる欲望の範囲が、昔に比べてはるかに広がってきただけだ。そしてそのぶん、「データベース」にある情報(人間の欲望を満足させる技術)の量も膨大な数になってきてるだけ。
だからタイトルは、「動物化したい人類」にでもしたほうがよかったように思う。アイデアが面白いという人もいるけど、アイデア自体はコジェーヴに依拠しているわけで、東のオリジナルの部分というのはこういう表層をなめただけの論理に終始している。
東浩紀自体は嫌いじゃないというか、関心のある書き手の一人だが、この本に限ってはやたらと底の浅さが際立っているため、☆1つ。
やや飛躍はあるが 200ページに満たない一冊だが、示唆に富んでいる。
コジェーブによれば、近代人は自然の欲求のままに「動物化」するか、自然に抗いスノビッシュに生きるか、という二極化する傾向にあるが、その「動物化」という概念を用いて現代-ポストモダンの日本のオタク(東浩紀はカタカナ表記を用いる)文化を読み解き、かつそこから現代日本の抱える問題を浮き彫りにしようとする一冊。この、「動物化」をキーワードとしてオタクを分析する試みは、簡明で力強く、興味深く読める。
さらに東さんは、オタクの文化消費の特徴(二次創作と「原作」の区別の消失/曖昧化)分析し、「データベース / シミュラークル」というかたちに物語消費の構造自体がポストモダン日本では変化している、というところまで議論を発展させる。つまり、オタクは(ひいてはポストモダン日本人は)、物語の消費そのものではなく、その背後にある膨大なデータベースへのアクセス(情報の書き込みを含む)を欲求し、そこから満足を得る、という議論である。
しかし、オタクというのは「物語消費」に対し平均以上に貪欲で意識的なタイプの人々であり、一般人はあまりそういうタイプの欲求を持たないように思うので、果たして美少女ゲーム、アニメ、やおいマーケットの分析だけを通じてこの手の壮大な物語論に踏み込んでよいのか、という疑問が残る。しかし、これが日本の向かっている方向なのかもしれない。というか、そこにぼくの関心があって、おたくというのは本当に日本人(あるいはポストモダン人)の先鋭・先取的存在なのか、ただの突然変異的存在なのか。そのへんがまだよく分からない。
しかし、あんまり周囲にいないから知らなかったけど、本書を読むと改めてオタクマーケットっていうのは自己完結性と自己増殖性がすごいと思う。
マーケティング関係者は必読の書 読み終わるまで2008年の新刊だと誤解していました。
社会批評、
特にサブカルチャー系のものは、
すぐに色褪せるものですが、
本書は2001年の初版。
でも全然古くありませn。
なぜなら本書は、
2008年現在の日本人の消費構造の一面を、
見事に捉えているからです。
本書では、オタク文化における消費が、
データベース型に転換したことを指摘していますが、
2008年の現在、
日本社会自体が、
データベース型の消費行動に近づいていることが分かります。
時代を予言している点で、
本書は優れています。
マーケティングやブランディングでは、
未だに「大きな物語」を前提に考えがちですが、
大衆社会はここまできたのかと、
空しい気持ちにもさせられます。
データベース消費、
萌えキャラの作られ方、
動物型社会などの指摘は、
マーケティング関係者にとっては、
消費者の意識を理解する上で、
非常に重要だろうと感じました。
本書は後半になればなるほど難しくなります。
2章の7「スノビズムと虚構の時代」までを中心に読むのが、
よいかもしれません。
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[ 新書 ]
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社会的な身体~振る舞い・運動・お笑い・ゲーム (講談社現代新書)
・荻上 チキ
【講談社】
発売日: 2009-06-18
参考価格: 777 円(税込)
販売価格: 777 円(税込)
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・荻上 チキ
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カスタマー平均評価: 4
知的なネタの編集がとても巧みです 現代のメディア環境を批評的に認識するための本。第1章では、新しいメディアの出現が「旧世代」からのバッシングを引き起こすのはなぜか?という問題提議から、「メディアは身体化される」というテーゼを打ち出しその身体的能力の獲得や運用に着目することが重要であると述べこの著書全体をつらぬく視点を提供する。こうした切り口はけっこう面白かった。第2章では、「ネットの普及はテレビの影響力を減退させる」といった俗説に対し、むしろネットにそなわったネタ共有機能はテレビをはじめとする巨大メディアの存在意義をこれまで以上に強化する、と指摘。これは中川淳一郎氏の傑作『ウェブはバカと暇人のもの』(光文社新書)でもより明解に説明されていた論点であるためか、著者の議論はややまどろっこしい感じがした。第3章ではテレビ時代における「お笑い」の変遷を概観しつつ、多くの視聴者がコミュニケーション的に「消費」しやすい一発芸、キャラ芸が現在流行していることの意味を問う。これに続けて第4章では、まるで「ゲーム」のように「楽しい」からこそ皆が参加する、ネット社会における新しい「社会運動」の構造を分析する、となかなかあわただしい立論が続く。
全体としては読みやすくて勉強にもなるのだが、なにか「さらさら」と読めてしまいすぎて刺激や驚きに乏しくもあった。ネットやテレビを中心とするメディア上の各種コンテンツをたっぷりと楽しみ、だが一歩引いて、現代思想や社会学の知見を武器にしながら目前の現象にそれらしいコメントをする、というタイプの「社会的身体」は相変わらず顕在だなあ、という印象は強かったのだけれど。
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[ 新書 ]
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タバコ狩り (平凡社新書)
・室井 尚
【平凡社】
発売日: 2009-06
参考価格: 714 円(税込)
販売価格: 714 円(税込)
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・室井 尚
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カスタマー平均評価: 3
それはタバコだけの問題ではない 嫌煙運動については現実社会、ネットを問わずその是非について激しく意見が交錯している。書籍も多数出ているが、そのほとんどは「タバコ問題」の枠内に留まっていた。もちろん本書においても、WHO主導による過度に誇張された嫌煙キャンペーンや「科学」的と称されているデータについて、批判的考察が加えられている。そしてその上で、タバコが健康を害することもあるということを、否定はしない。
しかし、著者がこの本で本当に言いたいのはそういうことではない。
本書の達見は、嫌煙運動のこの世界的流行を、他の反・嫌煙運動論者のごとく「禁煙ファシズム」とは名指ししないところにある。というのも著者は、この嫌煙運動がタバコそれだけではなく「広範な文明論的状況に関わっている」(p84)と考えているからだ。たとえタバコがこの世から絶滅しようと、また別の「タバコのようなもの」が探し出され、「科学」の名の下に袋だたきにされ、排除される憂き目に遭うだろうという著者の未来予測は、憂いに満ちている。
米国を中心とする金融グローバリゼーションは、昨秋のリーマンショックに端を発する世界恐慌によって、とりあえずその勢いを失った。しかし金融のそれが消息しかけているその横で、多種多様な文化や価値観を、同一のものさしで並列化し管理しようとする「文化的グローバリゼーション」は、未だ留まることを知らずにその猛威を振るい続けているのだ。
タバコ問題はその氷山の一角にすぎないことを、この本は訴えかけている。
喫煙者よ、きみ騙される事なかれ。 もう少しまともな本だと思いましたが、600円が無駄でした。ほとんどの言い分がJTが喫煙者を騙している論理どおりです。受動喫煙では、受動喫煙禁止法が制定された国、地域で10?40%の心筋梗塞死あるいは救急入院が減少したことにまったく触れていません。もっともこれに触れると自己矛盾になってしまうので、無視しているのでしょう。
めざめよ、喫煙者。だまされるな、喫煙者。JTと財務省が笑っている。
徐々に迫りつつあるa brave new world また購入してしまいました。類書と同じく結論と論調は読む前から想像がつきました。そして中身もそのとおりでした。科学的とは程遠い集団ヒステリーの中でタバコ飲みが直面するであろう運命が見事に予想されています。WHOが国連と同じようにいかがわしい組織であるのはいうまでもない話です。相関性と因果関係の粗雑な混同もそのとおりです。ここには進歩への幻想が見られます。つまりユートピアを求めてディストピアに達する構図です。しかし社会が全て狂った中で「正気」であるということは、もはや「狂気」と扱われざるを得ないのです。著者が指摘するとおり、屋内での全面禁煙は不可避でしょう。おそらく自己のよって立つ基盤を持たない、事なかれ主義の日本からはこの流れを覆す動きはでてこないでしょう。この流れに棹をさす流れは、おそらく「近代への懐疑」をも思想の引き出しの中に持つ西欧からしか出てこないのかもしれません。屋内全面禁煙はたしかにそこにはある程度の正当化はありえますし、その流れは不可避的な動きでしょうが、屋外での喫煙の不便さ(丸の内)は狂気の世界の域に達しています。
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[ 文庫 ]
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スパイのためのハンドブック (ハヤカワ文庫 NF 79)
・ウォルフガング・ロッツ
【早川書房】
発売日: 1982-03-30
参考価格: 567 円(税込)
販売価格: 567 円(税込)
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・ウォルフガング・ロッツ
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カスタマー平均評価: 4.5
スパイとは何かを知る第一歩 題名がユニークだが、中身も題名そのものであり、スパイ志願者、そして現役のスパイのための指南書となっている。戦後の日本はいわゆるスパイを運用してこず、結果として、スパイとは何か、ヒューミントとは何か、ということについての理解がかつて無いほど浅くなっている。この点、本書は一見キワモノのように見えるが、実は我々にとって極めて実用的な入門書だと言える。スパイ生活の様々な側面を分かりやすく解説しているからである。
もう一つの本書の魅力は、何と言ってもユーモアたっぷりの文体にある。特に筆者のブラック・ユーモアのセンスは抜群であり、徹底的に読ませてくれる本となっている。ただ単に読み物としても面白い。
すさまじいブラックユーモアが好きです 私はかつて氏のインタビュー記事に感銘を受けたのが遠因となり、イスラエルに一年間住むことになりました。 おかげさまで得がたい経験を重ねることができ、感謝にたえません。
この本の素晴らしいところは、スパイの生活のきれいなところと汚いところを全て明かしているところですね。 これほどの実用書というのも珍しいのではないでしょうか。
なお、私にとっては「出版の方法」というのが参考になり、今年本を出版できることになりました。
「実用書」なのですが、最後の一行が強烈です。 あれほどの究極のブラックユーモアには、あとにも先にも出会ったことがありません。
あっというまに読み終わった本 この本に出会った瞬間、何か感じるものがあった。
刺激を受けることができ、ほとんど表に出てこない話を表に出せる範囲で書いている本。
そして著者のユーモアあふれる口調がとても親近感を沸かせる。
読み始めから疲れる本かと思っていたが、イキナリ スパイのための適性テスト で読者の心を捉えている。
少々古い本だが、期待を裏切られない本なので是非一読してみてはいかがだろうか。
読んでみて私個人としては、直接著者に話を聞きたいと思った本でe。
タイトルそのままの本です 佐藤優氏の『国家の罠』の作品中に参考になる本として載っていたので読んでみました。この商品を買った人はこんな商品も買っています、に国家の罠が出ているのはその理由からでしょう。
因みに佐藤優氏は外交官ですから、スパイが近寄ってくる身でもあり、また、スパイの素養を身につけることは情報を得る上で大切な身でもあった訳で、それでこの本を一つの参考本として紹介したのでしょう。
内容は既に他の方々が説明されている通りです。
幾つか心に残った言葉を挙げると、
・・・私は賄賂の効かない官僚とか公務員にお目にかかったことがない。
・・・どこの国の秘密情報部も、例外なしに、組織に加わるべき適当な候補者をつねに探し求めている。
・・・秘密情報部員が部員に、逮捕されたら沈黙を守れと勧告するのをあきらめてからすでに久しい。そんなことをいっても、まったく効き目がないのである。
因みに私は最初の適正テストは210点で、適正的にはかなり秘密情報部員向きとの結果が出たのには少々驚いた。
スパイに憧れた日が懐かしい 誰しも”スパイ”という存在に憧れる瞬間があると思います。このような現実的なスパイについての情報が書かれている本は珍しいと思います。現状はこの本に書いてあるよりさらに厳しいかもしれませんがとても興味深かったです。知的好奇心を満足させてくれる一冊でした。
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[ 文庫 ]
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差別論スペシャル―ゴーマニズム宣言 (幻冬舎文庫)
・小林 よしのり
【幻冬舎】
発売日: 1998-08
参考価格: 560 円(税込)
販売価格: 560 円(税込)
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・小林 よしのり
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カスタマー平均評価: 4.5
体当たりで「差別」に向かう心意気 作者が従来取り上げてきた「部落問題」、「自主規制」などの「差別問題」に関して纏めた集大成とも言える本。
まずは自身の子供の頃を振り返り、自身にも差別の心があった事を告白する出発点が好ましい。特に「Sくん」のエピソードは胸に迫るものがある。その体験の中で「差別意識=自身の優越感を得る手段」と喝破する展開は見事。それにしても、解放同盟の代表と直接会談するなどの勇気ある言論人がいるだろうか。それだけでも小林氏の言動は価値がある。「自主規制」別名「言葉狩り」の問題は、小林氏の職業に直接係るだけに熱が入る。「自主規制」という行為をする事自体が、「差別」の存在を明示しているという矛盾を突いて鋭い。
漫画家としての地位を危うくするリスクを冒してまでも、「差別問題」に体当たりで取り組んだ情熱の書。
シンパ/アンチの問題ではなく 今年2006年は、例年に無く差別問題を考えさせられることの多い年だったと思う。女系天皇問題では、天皇制だけでなく、性別による差別のことを考える機会にもなった。また、同和問題がいまだに解決されていない問題の一つであるということが、奈良県などで発覚した不労公務員の存在が、一般的な社会問題として扱われることにより明らかになった。そういう状況にあり、本書は小林よしのり氏という、どちらかというと好き嫌いの分かれる人物により差別論が展開されており、読む人に更に多くを考える機会を与えてくれると思う。初めて差別問題の意識に目覚めた方にお勧めです。読んだ結果が「同感」「反感」のどちらにせよ、問題意識を高めるのが、本書の存在意義ではないかと思います。
差別がなぜ存在するかの根源に迫る。 自己の内面を探求する事をしないとココまで書けない。開放同盟のこれまでの運動は新たに【面倒だ】【厄介だ】【怖い】と言った偏見を生んだ、しかしその当時はそうしなければ潰されると言う思いがあり強行におよぶしか手が無かったのだろう。その辺も理解しなくては成らない。今も田舎では古い運動方法をとっている所もあると思うが、もうその段階では無い、何も人間に違いが有ると思っている人はいない、だだ係わり合いになりたくと思う心がある事が、差別なんだ。実際に自分が思っている偏見、情報が本当に正しいか自分で確かめればよい。「トラブルがあったって大丈夫だ、相手も人間だ真剣に話し会えば解る。勇気を持って自分の気持ちに正直に、事実を確かめよう。」と思わせてくれる。作品でした。お勧めです。
>運動家の皆様へ
言葉尻、をとらえ悲しむ人がいるから使わないでと説いて回る運動は止めよう。
そうい言った人がいるのを知るのは大事だ否定はしない。
しかし気を使いながら喋るのは大変だ、それに私は気を使う事が偏見であり、そのまま差別であると思う。自分と違う人と認識させているのと同じだ。もっと本質のところを考えて欲しい。
部落(同和)問題を提起しとことは認めるが・・・ 私はこの作者のことをほとんど評価しない。彼の言い分は自分を美化、正当化しようとするものであり、低俗であり、公平に物事を見ようとしないからだ。この本はたまたま近くの図書館にあって読んでみたが、失笑しかなかった。あまりに自分を美化しようとしすぎている。内容も統一感がない。彼はいったい何を言いたいのか・・・同和問題か、表現の自由か、自分の書くものの正統性か・・・それとも自己満足を得るためだけのものか。第一、この本に出ている部落開放の団体が、いかに日本の民主主義、そして教育を捻じ曲げてきたか、著者は知っているのか?そして、今言われている自虐史観にいかに深く関わっているのか、そしてそれは一連の著者の著作と矛盾するのではないか? ただ、日本が解決しなければならない、そして誰もが避けて通ろうとする、同和問題に一石を投じた意味は認める。
今とは論理が大分違う 戦争論以降とは論理が大分違うように思うのだが、どうか。家系を鼻にかけて、親戚を自慢する人間を非難する場面がある本書の考え方でいけば(「自分はどうなんだ?」とつっこんでいる)、親・祖父母の世代の戦争美談を持ち出して情緒に訴える技は使えないと思うのだが…。考えが変わったのだろうか。漫画とは別に、Q&Aの部分も大変参考になる。「差別」を考える視点としては斬新で読む価値はある。
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