幸いなことに、昭和40年、講談社の別冊少年マガジンに幻想マンガ「テレビくん」の掲載をきっかけに、雑誌の注文が増え、貧乏からようやく脱却します。ところが待っていたのは眠る暇もないほどの、多忙な毎日...。毎日を必死で生き抜く筆者の姿は感動的ですらあります。
そんななか宝塚ファミリーランドの仕事でたまたま宮(元)軍曹に再会したことで、昭和46年、ラバウルへ26年ぶりに向かいます。はたして「美女」エプペとの再会はかなうんでしょうか。
本巻の102-126ページ、129-138ページは「突撃! 悪魔くん」、184-201ページは「ドブ川に死す」、215-227ページは「残暑」の原稿を再利用しています(いずれも、ちくま文庫の『奇人怪人大図鑑』に収録)。あわせて読むと、興味深いです。
戦前のスーパーエリートとして教育を受け、大本営作戦課で大東亜戦争を企画立案し、戦後ジャパンマネーの尖兵、大商社伊藤忠商事の会長に登りつめ、中曽根政権など行政の光と闇に深く関与した人物。山崎豊子の『不毛地帯』壱岐正のモデルとされ、美化された瀬島伝説そして、保坂正康『瀬島龍三−昭和の参謀史』等に代表される、責任を取らない参謀という二面性のある評価。評価が強烈に分かれる。近代日本の制度的問題点や日本的エリートの問題点を凝縮した人物だと思う。辻政信や服部卓四郎よりも長生きし、その生き様が彼の哲学や叩き込まれた日本的エリートの思想を脈々と体現している。
その彼のハーバード大学での講演です。よく整理された教科書という印象を受けました。主張する点は、大きく二つ。一つは、当時の地政学的状況から日本の大陸政策・対米戦争は、受動的なもので自存自衛のものであるという東京裁判への反論。もう一つは、時代に合わなかった統帥権と行政権の並立的な明治憲法下での国家運営能力の欠如です。
主張するところは、よく理解できます。が、しかし日本の国家制度的な欠陥(当時から軍人もエリートもみんな認識していた)を「国民及びエリートたちが、自らの手で修正できなかった」という反省点がない部分は、腑に落ちませんでした。制度だから仕方がありませんでした、は甘いといわざるをえない、と感じるのだが・・・。
日本のエリートには、ウルトラ学校秀才の瀬島や辻のような責任を取らない参謀ばかりで、全ての責任をにとる将軍や元首というトップエリートがいない(今でも見ない)ことがこの国の欠点なのかもしれない・・・と思いました。瀬島さんのような天才的な調整能力を持った参謀を、使いこなせるトップを制度的に作り出すことこそが、日本社会の目標なのでは?と思う今日この頃です。 単純に、いまあの戦争を考え直すきっかけになればいいあえて、瀬島は大東亜戦争とよぶ。おおきな、アジア大陸の東のほうの日本が起こした戦いである。瀬島に関してはいろいろ批判されているみただが、戦後の彼の経歴を見れば能力実力は優れた人物である。あえて、この戦争を語ることなく避けていた殻が、弁護しようとする気持ちと真実を語りたいという欲求でこの本はできている。
アメリカイギリスとのあの戦争をすべて否定するのではなく。どういう経緯でおきて、どうまけたのかを今知るべきである。
「ガマ」という、自然の洞穴を利用した壕の記録なので、これで沖縄戦全体が見えるようになるのかなという不安がありましたが、もう十分、ごめんなさいという感じでした。悲惨という言葉で語るのはあまりにも陳腐ですが、他に言葉が見つかりません。
傷口ウジがわいたとはよく聞かされたけれど、その様子を「爪楊枝の丸い束のように肉が盛り上がり」「その傷口をちょっとつついたら突然グジュグジュと傷が動き出した(つまりそれは大量のウジだった)」と描写されては、もう鳥肌を立てずに読めません。このような体験者の肉声は、まるで映像でも見ているように読者の想像を駆り立てます。
「ひめゆりの塔」の資料館を訪問して、壕のレプリカを見ると改めて、このようなところに重傷の傷病兵が、ろくな手当もないままにすし詰めにされていたのか、それをお世話していたのが女子高生だったのかと、本書を読んでいればこそ真に迫ってくるものがありました。 一人でも多くの方に読んで頂きたい沖縄戦経験者への丁寧な取材と25年にもわたる綿密な調査の結晶。大局観ではなく、民間人レベルでの沖縄戦の記録です。時期毎のガマ内見取り図が付いており、苦労の後がうかがえます。信念を通り越して執念のようなものすら感じます。
また証言や事例には多角的な検証がなされており、著者の事実把握のスタンスには大いに好感がもてました。
なかなか手にとって読むことが出来ない参考文献からの引用もあります。
長寿の島とはいえ、年々証言者が減る昨今、これだけ貴重な記録が新書で読めるのは心から有り難いことです。
これから沖縄に修学旅行で行く人がいたら是非読んでくださいね。もちろん学生さん以外の方にもオススメです。
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