雑談形式ということもあり、脱線に次ぐ脱線。これもまたおもしろいのだが。。。また辛口。かなりスパイシー。例えば、戦前も戦後も大衆はイナゴの大群同様、欲してもいない女に参政権は不要(責任ある壮年がもつべき)、見巧者の不在で映画は滅びた、現代小説は死んだ、原水爆禁止などは世迷い言など言いたい放題。しかし納得。
で、著者は大正生まれが原因なのか、昨今の若者の漢字知らずを浮き彫りにしたいのか(笑)、なかなか意味の捉えにくい漢字が多かった。例えば陋巷、鼓腹撃壌、嫋々たる、独参湯、粗略、童蒙、束脩、偉丈夫などである。久々に辞書を何回も引くことになり、勉強になった(笑)。戦後日教組的教育を受けてきた方であろうが、そうでなかろうがリアルな戦前を知るにはよい本だと思う。 「戦前」を知らないということの意味人生は細部から成る、とのコンセプトで、著者が若い雑誌編集者を相手に戦中戦前の誰も書かない些事を語る。
戦前は金持ちがいた。中位がいた、貧乏人がいた、乞食がいた。
フェロモンあふれる牛屋の姐さんがいた。
候文は書き手と読み手の間に一定の距離があり、恋文さえ他人が読むに値した。
文語文には千年の歴史があり洗練されているが、口語文はようやく百年でまだ洗練されていない。
西洋の古典を自分のものにすれば西洋人になれると思って以来、日本人は尊敬されなくなった。
氏の話しは知らないことばかりでおもしろく読めたが、同時に恥かしながら理解出来ないことも多い。「戦前」を知らない自分が愚かしく思えてならない。 戦前と戦後の断絶を埋める良書面白かった!できれば生きているうちに出会いたかったですね・・・。戦後に急膨張した左翼勢力が「戦前は暗黒であった」と日本人を洗脳してしまったのですが、山本翁は軽妙洒脱にこれを笑い飛ばします。私はこの本で『大正デモクラシー』に対しての認識がガラリと変わりました。今あるもののほとんどは戦前すでに存在した。
明治維新以後、近代化をひた走った日本が取りこぼしてしまったものとは何か。また相方の女性社員も絶妙。是非読んでください。なお、この企画の続編に『百年分を一時間で』があります。こちらも読みたいですね。
何故か?一つはカエサルの文章力(訳文も良いのでしょうが)。簡潔にして正確、流暢でまるで立て板に水なんですね。二つ目は、テーマの壮大さ。カエサルとポンペイウスの両巨頭が、ローマの覇権を賭けて、地中海世界を所狭しと連戦するのですから面白くないわけがない。三つ目は、所々に出てくるカエサルの自己弁護。親切な訳注と本文を見比べると、史実にないことをカエサルが書いている箇所も明らかになって、やはり当時の作品は純粋な文芸作品ではなく、ローマの大衆(市民)に自己の正当性を訴えるための、一つのプロパガンダの手法だったんだな、なんてことも想像できます。文庫という手軽な手段で、ほぼ2000年前に書かれた名文が楽しめるなんて、良い時代に生まれたと思います。ローマが日本人の注目を集めている昨今、基本的な文献としてもっと読まれてよい作品の一つだと思います。