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日本百名城  歴史と伝統をあるくガイドブック (朝日文庫) プレイバック1980年代 (文春新書) 華族―近代日本貴族の虚像と実像 (中公新書) マンガ 日本の歴史〈6〉律令国家の建設とあらがう神祇 (中公文庫) この国のかたち〈3〉 (文春文庫) 本当は恐ろしい江戸時代 (ソフトバンク新書) 戦争論〈下〉 (中公文庫―BIBLIO20世紀) 明治大正史〈世相篇〉 (講談社学術文庫) 長崎の鐘 (アルバ文庫) 沖縄の歴史と文化 (中公新書)
日本百名城 歴史と伝統をある.. プレイバック1980年代 (文.. 華族―近代日本貴族の虚像と実像.. マンガ 日本の歴史〈6〉律令国.. この国のかたち〈3〉 (文春文.. 本当は恐ろしい江戸時代 (ソフ.. 戦争論〈下〉 (中公文庫―BI.. 明治大正史〈世相篇〉 (講談社.. 長崎の鐘 (アルバ文庫) 沖縄の歴史と文化 (中公新書)

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日本百名城  歴史と伝統をあるくガイドブック (朝日文庫)

[ 文庫 ]
日本百名城 歴史と伝統をあるくガイドブック (朝日文庫)

・中山 良昭
【朝日新聞社】
発売日: 2004-10-15
参考価格: 672 円(税込)
販売価格: 672 円(税込)
日本百名城  歴史と伝統をあるくガイドブック (朝日文庫)
中山 良昭
カスタマー平均評価:  4
手頃なガイドブックとして秀逸
日本における城郭の歴史、城を見る上での基本となる分類や構造を解説した後、 全国から選ばれた100城の個別の紹介に移ってゆく。 それぞれ構造と沿革、見所を解説する。 大阪城・姫路城・名古屋城・江戸城・熊本城など代表的な城郭ほど多くの ページが割かれじっくり解説、他のものは基本的に2ページの見開きにまとめられる。 全ての城につき構造の見取り図が付けられる。 写真はないが、城の構造を知る上ではこの方が有難い。 観光的意味合いの強い文庫本サイズのガイドブックとしては硬派な編集で、持ち歩けて便利。 城郭の建てられる地形を知り、構造を知り、かつて行われた城をめぐる攻防を想像できれば、 観光の旅ももっと満足を得られるはずである。

プレイバック1980年代 (文春新書)

[ 新書 ]
プレイバック1980年代 (文春新書)

・村田 晃嗣
【文藝春秋】
発売日: 2006-11
参考価格: 935 円(税込)
販売価格: 935 円(税込)
プレイバック1980年代 (文春新書)
村田 晃嗣
カスタマー平均評価:  4
中身は濃いが・・・
中身の濃い新書として期待して読みはじめたが、 親切な年表を読んでいるような感じなのである。 忘れていたことも思い出せて資料としてはいいが、 やや細部に立ち入り過ぎで、全体像や雰囲気がつかみにくい。 また基本的に政治家目線で一般人の生活実感が薄い。 堀井憲一郎の「若者殺しの時代」の方が80年代の空気を伝えているし、 一般人がこの時代に何を得て何を失ったか、明瞭に伝えている。 また、中曽根首相についての高い評価と対米外交偏重によって、 80年代の歴史的位置づけが事実と違うものになっている。 こういう時代だったのかと、単純に信じない方がいい。
1980年代を見事に描き出した好著 
筆者の村田晃嗣氏は、同志社大学法学部の教授で国際関係論を専門とする学者です。『大統領の挫折』、『アメリカ外交』、『戦後日本外交史』等の著作を世に問うてきました。 1980年代の理解ですと筆者より年上の当方の方が詳しいのでは、という先入観は見事に裏切られました。 最初から最後まで、その記述の確かさと幅広い見識にただただ唖然とするばかりでした。傲慢な予見を持ったことを恥じ入る脱帽の著作だと言えます。 文章は平易であり、断定口調ではないのですが、幅広い領域やジャンルを扱っており、実に説得力のある分析が至る所でなされています。 筆者の専門である政治史や国際関係史、特に外交史での詳細な記述は、当時の出来事を思い浮かべる契機になっただけでなく、マスコミに書かれていないような裏の権力構造をあぶり出すかのようでもありました。気鋭の政治学者の辣腕振りを見せてもらった思いです。 その記述の範囲は、芸能やスポーツ、文芸、社会事象にまで広げられており、昭和のラストを飾る時代の世相史としての魅力も併せもつ好著です。 1980年代を生きてきた方にとって、自分史と照らし合わせて読み進めることで、忘れていた思い出をプレイバックする魔法のランプのような役割も持ちえています。 日本が「バブル崩壊の道」をたどる意味合いも見えてきますし、現在の政治状況と瓜2つの事象も見てとれます。 歴史は繰り返すといいますが、つい20年ほど前のことを辿りながら閉塞感漂う現在の問題を考える切っ掛け作りに若い世代の方もお読み頂ければと思いました。
断崖絶壁への上り坂
 バブル絶頂期に至るまでの世相を1年ごとに淡々と記述している。バブルの頃は日本人は自信(過信?)にあふれていたなと改めて思った。
読みやすい。懐かしい。
1980年代に何が起こっていたか、政治と外交の流れを軸に語られている。 各年の国内外の政治状況が解説された後に、その年の世相を描写する構成になっていて、そこで当時を思い出しながら一息ついて、次を読み進む、という具合。世界の中の日本が置かれていた位置を確かめながら、そしてそれが今現在にどう繋がっているか、時として思い起こしながら、あの時代を振り返る。経済にそれほど重点が置かれていないせいか、読んでいて「バブル」的な世相はそれほど感じられない。学者の道を歩んでいた著者の堅実な生き方が映っているのだろうか。個人的には、特に国内政治に関しては漠然とした理解しかなかったので、大変勉強になった。 著者とほぼ同世代なので、世相の捉え方に共感を覚えながら、懐かしく読んだ。方々に披露されるトリビアも楽しい。太宰治と松本清張が同じ年生まれって、知ってました?
80年代を振返ると共に、将来を考える上で、面白い本です
タイトル通り、バブルに代表される1980年代を、政治・経済・文化・世相等の様々な出来事から、1年ごとに振返った本です。80年代を、高校生・大学生として過ごした自分にとって、「ああ、そうえいば、あんなこともあった」という懐かしさと共に面白さを感じました。 ただ、類書と違うことは、政治学を専攻される大学教授の本だけに、とりわけ、政治についての記述が鋭いこと。単に、「○○が政権をとった」という事実を羅列するだけでなく、その背後にある意味を、適度なアイロニーを持って、記載されており、面白く読めました。 しかし、80年代を、このように概観してみて感じるのは、日中問題を始め、当時から存在する根本問題は、ほとんどが解決していないんだなあという事実。オビにあるとおり、日本は、再び「坂の上の雲」に昇った国になれるのか、将来の行動を考えるのにも、良い本だと思いました。

華族―近代日本貴族の虚像と実像 (中公新書)

[ 新書 ]
華族―近代日本貴族の虚像と実像 (中公新書)

・小田部 雄次
【中央公論新社】
発売日: 2006-03
参考価格: 987 円(税込)
販売価格: 987 円(税込)
華族―近代日本貴族の虚像と実像 (中公新書)
小田部 雄次
カスタマー平均評価:  4.5
コンパクトで深い内容の良書
第二次大戦の終戦直後まで存在した華族制度について深くかつコンパクトに掘り下げた良書。 彼らは特権階級ではあったが、それに伴う重圧も相当なものであったことが読みとれる。 華族の中には経済的に没落し爵位を返上したもの、中には赤化したものも少なくなかったようである。 戦後の動乱期、GHQは華族解体には積極的ではなかったという事実は意外であった。 財閥解体や農地改革による地主の解体とは一線を画した認識であったようだ。 華族制度は戦後の空気の中で自壊した側面が強い。 中途半端な政治力が災いしたとも言える。 華族が門閥華族(公家華族、大名華族)に限定され、名誉のみで実権を伴わない階級と規定されていたならば華族制度は存続できたのかもしれない。 私感だが明治以降の政治家や軍人上がりのいわゆる新華族の存在が華族制度を中途半端なものにしてしまい、結果的にそれが制度の崩壊に繋がった気がしてならない。 山縣有朋が五摂家や徳川宗家と同格の公爵というところに日本の華族制度の矛盾、胡散臭さが端的に現れていると感じるのである。
財閥と軍には対抗できなかった
華族とは、そもそも大名家と公卿家を中心として定められた。なるほど、江戸時代までは平民とは身分が隔絶していた家系である。彼らが中心となって政治を行えば、その権威に民衆は従ったのではないか。しかし、明治政府を仕切っていたのは、薩長の下級武士出身者たちであった。大名や公卿出身の者は、近代日本の建設よりも、投資して金を儲け、広い屋敷で贅沢な生活をすることに興味があったらしい。しかし、資本主義の世界は成り上がりの商人の方が強い。そして何よりも財閥の力は家柄よりも大きいのだ。  かくして、華族は上流階級として国民の先頭に立つという役割を果たせなかった。1937年に近衛文麿が総理となるが時すでに遅く、戦争を防げなかった。そして戦後、華族は廃止されたが、それも明治以来の彼らの無能に原因があろう。
好解説・良資料
華族。知っているようで知らない、この戦前の制度についてのコンパクトかつ的確な解説書である。最後の華族一覧の資料も、現時点での決定版と言える。どこも興味深いが、特に、普通選挙法施行後に、むしろ貴族院が抵抗勢力として重きをなして来た(そういえば、近衛文麿はバリバリの華族だし、天皇機関説事件は貴族院で勃発したのだった!)という指摘は、目から鱗である。華族に軍務を、が軍人を華族にすることで達成したという皮肉も興味深い。気になるとすれば、旧華族がいまどうなったかである。
決して一枚岩ではなかった華族
「華族」と言う言葉を聞くと、すぐに鹿鳴館でダンスに興じている人たちをイメージしてしまうのだが、やはりそれは一面に過ぎない。公家と大名、軍人と経済人、歴史ある家系と明治以降の成り上がり、と言った風に様々な階層の人たちを含んでいたために決して一枚岩ではなく、大資産家がいた一方、経済的困窮から爵位を返上する者、「皇室の藩屏」であったにも関わらず共産主義に共鳴する者、軍務に就くことを奨励されながらも趣味や芸術に走る者、などもいたのである。 華族制度が無くなってしまった現在、それがどのようなものであったのかを感覚的に掴むのは難しいが、本書を読むとその実態が見えてくる。
華族婦女子のグラビアの意味についても理解できた
 かつて日本にあった特権階級。彼らはいかにして華族となり、どんな社会貢献、どんな生活をして、どう見られていたか。  本文にもあるとおり、華族と言ってもさまざまな経緯を持ち、さまざまな経済状態にあったから、ひとくちにまとめてしまうことはできないようだ。その結果この本はまとまった華族の描写を提供しているが、ある意味焦点を欠いている。ともあれ、現在の大物政治家や資産家の一部が華族の血筋と財産を受け継いでいる点では、現在の社会の理解にそのままつながっていく部分もある。  社会の発展の特定の相では、特権階級もまた大きな役割を果たしたように思う。社会が豊かでない状況で、文化の急速な発展が可能になるのは、特定の人たちに資産を集中した方が良い場合もある。  自分たちのもたらした社会発展に足を取られて零落するのもまた、特権階級の定めなのかもしれない。ともあれ、その存在の余波は現在においても残っている。そうした状況を知ることは、自らのおかれた社会の知らなかった部分を理解するという点で興味深い体験だった。

マンガ 日本の歴史〈6〉律令国家の建設とあらがう神祇 (中公文庫)

[ 文庫 ]
マンガ 日本の歴史〈6〉律令国家の建設とあらがう神祇 (中公文庫)

・石ノ森 章太郎
【中央公論社】
発売日: 1997-04
参考価格: 550 円(税込)
販売価格: 550 円(税込)
マンガ 日本の歴史〈6〉律令国家の建設とあらがう神祇 (中公文庫)
石ノ森 章太郎
カスタマー平均評価:  4
大化の改新以降
この巻では、大化の改新以降の大きな出来事、白村江の戦い、壬申の乱を経て天武天皇、持統天皇の治世を描く。これらの大きな流れの中で中心となる人物(中大兄皇子、大友皇子、大海人皇子など)を魅力的に描かれている。第五、六巻に扱う時代には三人の女帝(推古、皇極、持統)がおり、かれらが即位した過程を読むのも非常に興味深い。
律令制度のなりたち?
中大兄皇子と大海人皇子がそれぞれ天智天皇、天武天皇であることは知っていたが、結構えぐい成り行きで兄弟が天皇の位に就いたのですね。 この二人の治世を経て、日本の国体が整ってきたと考えられなくもないと思います。 天智天皇は中国の文明に「追いつけ追い越せ」で性急な改革を行いましたが、自己矛盾も多く抱えていたようです。天武天皇は緩やかに律令制度を施いたようです。 天皇という呼称も天武天皇から始まったといわれているようです。 こういった流れはどうやら、多くのクニグニがひとつの朝廷の下、ひとつにまとまってきたという流れを、わかりやすく描いています。 これだけ把握できていれば、基本はOKあとはもっと詳しい資料に手を伸ばすか、伸ばさないかは、それぞれの判断になると思います。

この国のかたち〈3〉 (文春文庫)

[ 文庫 ]
この国のかたち〈3〉 (文春文庫)

・司馬 遼太郎
【文藝春秋】
発売日: 1995-05
参考価格: 530 円(税込)
販売価格: 530 円(税込)
この国のかたち〈3〉 (文春文庫)
司馬 遼太郎
カスタマー平均評価:  3.5
秀吉は「パラノイア」だったか?
第3巻は1990年から91年に書かれたもの。司馬67歳から68歳ごろである。 4巻以降は「司馬史観」の総まとめともいうべき迫力に満ちた論文が多く出てくるが、 ここまではわりと穏やかに、折々に思いついたテーマを散文的に綴っている。 その興味はひろく、知識は該博をきわめていて、どの稿を読んでも面白いが、 あえて言えば朝鮮や中国との関係についての稿がいくつか目に留まった。 司馬には欧米諸国と日本の文化比較についてほとんど言及がない。 かわりに中国や朝鮮との比較については、数多くの考察がある。 それは長い歴史のなかで、日本はこの両国から、 常に巨大な文明の影響を受けて続けてきたからである。 仏教、鉄、稲作、陶器、文字。 明治維新の思想的原動力=尊王攘夷も無論、彼らからの輸入品だ。 逆に日本が中国、朝鮮に与えたものはなんだったか。 倭寇であり、秀吉の朝鮮出兵であり、日韓併合である。 儒教文明を築いた中国、その忠実なる属邦であった朝鮮。 彼らからみた日本という国は、何千年もの間、礼を知らぬ未開の野蛮な国であった。 このあたりの認識は、司馬史観というよりも一般的な歴史認識に属するが、 今日の両国への言及において、司馬を読むときの大前提である。 こんな一文がある。  「晩年の秀吉の"病気"による禍害は、当時だけでなく、   こんにちまで隣邦のうらみとして続いているのである。   やりきれない思いがする。」p79 秀吉は晩年、パラノイアであったのではないか、と司馬は想像している。 ひとりの老人が、彼の国の人たちの日本嫌いの元凶であるとすれば、 たしかにやりきれない、というほかに言葉はない。
司馬流歴史小咄
2巻までと比べると「この国のかたち」というテーマからちょっと離れたかなぁという印象を受けました。相変わらず歴史上のエピソードは豊富なのですが、「日本(人)とは何か」を読者に考えさせる内容としては少し物足りないような気がします。 ただ、それはこのシリーズの趣旨に照らしてそう感じるだけであって、お話そのものの面白さは相変わらずです(特に平安遷都は面白かった!)。 あえて「歴史小咄」集として評価したいと思います。
一服の清涼剤
本シリーズは司馬氏が「新しい日本の憲法の枠組みを作るための土台」作りとして企画したようだ(追悼番組での井上ひさし氏の談話)。そのため、シリーズとして日本に元々存在する美しい精神を綴った小話を集めて全体を構成する形式になっていると思う。 前二作が上述の通り、日本人の精神の美しさを語った挿話の集まりであるのに対し、本作は同じ形式でも、奈良時代から明治時代までの日本の歴史の流れを検証するという意図があると思う。司馬氏が自身も従軍したあの戦争(の責任者)を嫌悪していた事は周知だが、本作において明治時代のある時期に日本の目線がドイツ一辺倒になった事が、統帥権と絡んで、あの戦争に繋がった事を指摘している。 文章は簡潔で無駄が無く、読者に日本の過去と将来を自然に考えさせる一服の清涼剤のようなエッセイ。

本当は恐ろしい江戸時代 (ソフトバンク新書)

[ 新書 ]
本当は恐ろしい江戸時代 (ソフトバンク新書)

・八幡 和郎
【ソフトバンククリエイティブ】
発売日: 2009-04-16
参考価格: 767 円(税込)
販売価格: 767 円(税込)
本当は恐ろしい江戸時代 (ソフトバンク新書)
八幡 和郎
カスタマー平均評価:  2.5
徳川時代は日本史上最も暗黒な時代 
日本に根づいた努力論 下層階層のみに強いられる自己責任論  こういったものの思想の土壌が すべてこの徳川時代から培われたものである 努力 聞こえは良いが  窮状に陥ったのはすべて努力してないから悪いのだという 自己責任論に押し付けられる しかし歴史的に見て 最も努力してる階層は 支配階層ではない 酷税に苦しみ 重労働を課され 行動の自由を奪われ 最も努力している階層は  下層階層 奴隷階層と呼ばれる人々だ  支配階層は奴隷階層に働かせることにより  豪奢な暮らしを営める  誰も兵士として働かなくなれば 誰も農民として年貢を納めなければ 徳川が あんなに豪奢な暮らしを営むことができなかった だからこそ徳川は 一般庶民に努力を強いるという 支配哲学が必要だったのだ  徳川体制は 五人組で知られる連帯責任 密告制度 仮借のない刑罰 拷問  を駆使し 200年の支配を築いた  厳しい身分制度を科し 大名行列で通りを遮ったという理由だけで人を斬る 決してドラマにでるような安穏とした時代ではないのです 日本の弱者が互いを 貶めあうという性質も すべて徳川家康 徳川体制が 身につかせたもの 自分が奴隷であればある程 弱者を攻撃するようになるのです 徳川家康は日本史上に残る暴君であり  最もさもしい心をもった支配者であるでしょう  本田宗一郎 司馬遼太郎のような傑出した人物は こうした徳川家康のさもしさをあさましさを見抜き こうした人間が評価される 風潮に数々の苦言を呈しました
「江戸時代ユートピア論」への批判は有意義だが…
 「武士道」「江戸しぐさ」の礼賛など、江戸時代をユートピア視してそこへの回帰を唱える議論がある。しかし本当に江戸時代は理想郷だったのか。著者は数々の実例をあげてそれに反論する。「公方様のお膝元」として繁栄を約束された特殊な都市である江戸の文化や生活を、当時の日本全体に単純に当てはめる愚。実際にあった斬り捨て御免。九九もできない武士と、かなが読める程度の庶民という教育水準。鎖国で世界の動きから取り残された中での「独自性」…。  実は私自身も常々、世の作家や評論家が断片的な情報や思いつきの「新解釈」で語る「歴史への新たな視点」には疑問を抱いているため、その点では参考になったし、共感できる部分も多い。…のだが、特に江戸時代以外の話で首をかしげたくなるような内容が目立つのが気になる。「鎖国がなければカリフォルニアやオーストラリアは日本のものだったかもしれない」「薩長閥が維持されていれば太平洋戦争も起きなかった」…結局それって、後知恵の机上の議論ではないですか?  明治以降の社会への評価も、単に江戸時代と比較して理想化するのではなく、双方に共通する問題をもっと論じてほしかった。地方の富と労働力を吸い上げて東京(あるいは江戸・ピョンヤン)だけが繁栄する構図、特定の家系が封建領主のように選挙区・企業に君臨し続ける体制は現代まで続いているし、貧しい農民は戦後の農地改革まで地主・小作関係で土地に縛られ続けた。著者が賞賛する明治以降の学校教育も、一面では「日本は神の国で雲の上には高天原がある。だから日本は偉くて正しくて戦争にも絶対に負けない」という話が事実として教え込まれるものでもあった。北朝鮮がお手本にしたのも、著者が言う江戸時代ではなく、むしろこうした近代以降の日本だろう。  そういう意味では「恐ろしい江戸時代」は、決して江戸時代に限った話ではないのではないか。
現在の価値観で過去を処断することの危険性
のっけから江戸時代に対する著者の否定的な感情が前面に押し出されており、いきなり感情を吐露される読者は面食らわずにはいられないだろう。読み進めていけば著者の主張の理由も明らかになってくるのだが、どんな出来事にも否定肯定両方の側面からの解釈が可能であるはずなのに、著者のような一方的かつ否定的側面からのみの記述は、客観的な論述を期待する読者の要求に答えているとはいえない。まして、人権や平等の意識が行き渡り、福祉制度が充実した現在の社会との比較で過去を処断するなどまったく意味が無い行為だと言わざるを得ない。 比較するなら現在と過去ではなく同時代の他の地域との比較の上で判断すべきだろう。そういう意味で同時代の来日した欧米外交官の日本の印象を丁寧に当時の記録から拾い集めた渡辺京二氏の「逝きし世の面影 (平凡社ライブラリー)」は白眉と言える。 「逝きし世の面影」の引用ではなく直接原本に当たりたいならツュンベリーの「江戸参府随行記 (東洋文庫)」、ケンペルの「江戸参府旅行日記 (東洋文庫 303)」、シーボルトの「江戸参府紀行 (東洋文庫 (87))」この三冊が読みやすいだろう。彼らはいずれもオランダ商館の医師として来日したが、ツュンベリーはスウェーデン人、ケンペルとシーボルトはドイツ人であり、異なる国の視点で日本を見ている。そしてこの三人の共通点は、いずれもが医師、植物学者としての客観的な視点を持ち合わせていることだ。 また、同じアジア地域の知識人である朝鮮の外交官が日本をどう見ているかが分かる、朝鮮通信使の日本見聞録、「日東壮遊歌―ハングルでつづる朝鮮通信使の記録 (東洋文庫)」「海游録―朝鮮通信使の日本紀行 (東洋文庫 252)」もお勧めだ。個人的な記録であるために、日本の繁栄に対するねたみや羨望、日本の女性に対する評価など作者の日本人に対する感情が素直に文面に表れており、作者個人の人物像まで想像出来て面白い。また、隣国の視点で見た当時の経済的に繁栄した日本の様子も興味深い。 同一人物の視点による日本と外国との比較という点では、いまだ江戸時代の面影が色濃く残る明治初期に日本を旅行した英国女性旅行家イザベラバードの日本旅行記「日本奥地紀行 (平凡社ライブラリー)」と同じ著者の朝鮮旅行記「朝鮮紀行―英国婦人の見た李朝末期 (講談社学術文庫)」を比較するのも良いだろう。 さて、これらの紀行文は同じ江戸時代でも訪れた時期や場所、著者の国籍、社会的階層、性別までも異なるにもかわらず、彼らの日本についての印象を表す言葉に幾つかの共通性が浮かび上がってくる。曰く、「日本の港には船が満ちあふれ、物資がうずたかく積み上げられており、必要な物は何でもそろっている。」曰く、「日本の道はどこまでも広く平坦で真っ直ぐであり、道には灌木が植えられ旅行者に日陰を提供している。」曰く、「土地という土地は丁寧に耕され天まで届くようだ。江戸の町は緑にあふれまるで英国の庭園の様である。」曰く、「日本では身分や富貴を問わず法が公平にかつ厳格に適応される。日本の女性は他のアジアのどの地域よりも自由で地位が高い。」云々.... 著者は江戸時代を北朝鮮のようだったというが、これら同時代の様々な立場の人々の記述を読む限り、江戸時代は私たちが新聞やテレビで見知る現代の北朝鮮の様子とはずいぶん違うのではないだろうか。 どちらにしろ、時代を知るならその時代に生きた人々の記録に直接当たる方が遥かに面白みが有る。幸い江戸時代は沢山の日記や紀行文、記録が日本人や外国人によって残されている時代であり、私たちは翻訳や現代語訳によって間接的では有るけれどもその当時の雰囲気を味わうことができる。そういう資料を読んで自分なりの歴史のイメージを掴んでからこういう癖の強い本に向かう方が良いだろう。
江戸時代を公正に評価していない
江戸時代の評価は、明治?戦後まで一貫して「士農工商の身分制度に縛られ、町人も言動の自由がなく、農民に至っては重税にあえぎ、いざ飢饉にでもなれば人肉まで食らわなければならないような暗黒の時代であった」というのが定説であったが、近年、大石慎三郎氏、山本博文氏、石川英輔氏などの考証によって、身分制度もそれほど厳格ではなく言動の自由もあり、徴税もそれほど酷くはなく、当時の世界各国と比較しても、庶民文化が栄え、識字率も高い文化の進んだ国であったことが証明され、江戸時代を再評価する方向に向かっていて、ちょっとした「江戸時代ブーム」が起こっていた。 この本はその状況に逆行して、また元の「暗黒の江戸時代」に引き戻すかのような批判を加えている。 まず「餓死者が続出しているのに幕府は平気だった」としているが、150?400年前の江戸時代は封建時代の名残をとどめ、天皇を元首として各大名家(三百諸侯)を統治する組織(江戸幕府)を持ち、徳川家が征夷大将軍として諸侯の上の盟主として推戴され、(皇室・公家領は除く)諸国を間接的に統治していただけである。 各藩(各大名家)は基本的に行政権(警察権)を持ち、農民から徴税する権利を持ち、経済的に独立していた。(寺社領は除く) したがって飢饉がおきても、各藩領について幕府は責任を持つ必要はなかった。 当時14世紀?18世紀までは小氷期でたびたび冷害となり、飢饉が発生していた、また世界各地の火山噴火の影響で天候不順となり冷害が発生して飢饉となった、この責任は江戸幕府にはないのは当たり前で。人為的(非科学的な農業により密集農業や、可耕地を広げるために山の尾根などまでを耕し、山の保水力を全く損壊するような農業)に洪水・飢饉を起し、国民を飢餓状態にまでもって行っている現代の北朝鮮と、150?400年前の江戸時代の経済政策を単純に比較することは完全に間違っている。 文化的にも前半の元禄時代には当時のヨーロッパと比較しても遜色のない文化だった事は、オランダより来日したケンペルの記述した内容からも判断できます。後半の文化・文政時代の頃には江戸の庶民文化が栄え、教育の発達(寺子屋)、外食産業の発達(天ぷら、寿司、そばなど)、大衆演劇の発達(歌舞伎、人形浄瑠璃、落語)、出版文化の発達(往来物、洒落本、滑稽本、読本、地図)、絵画文化の発達(浮世絵、版画)、大衆娯楽の発達(祭り、花火、旅行、神社仏閣への参拝)などにおいては、当時のヨーロッパより優れていたことは明白な事実である。(識字率がひらがなだけであったというのは全くの誤解である。当時の書籍・教科書(往来物)を見れば、漢字仮名交じり文である事は確かである。) また「はげ山だらけだった江戸時代の日本」として、当時の日本がハゲ山だらけで、植林事業などが行われ始めたのは明治時代であるとしているが。江戸時代後半に日本を訪れた、E・ケンペル、F・F・シーボルト、C・P・テュンベリー、F・カッテンディーケ、M・ペリー、T・ハリス、R・オールコック、R・フォーチュン、E・スウェンソン、V・F・アルミニオン、R・オリファントなどの紀行文にも日本の風光明媚で緑豊かな記述はあっても、ハゲ山ばかりだったとの記述はまったく見られない。また、日本の屏風絵、浮世絵などでも、ペリー艦隊の従軍画家のW・ハイネの風景画でも、E・アンベールの書籍の挿絵でも、F・ベアトの写真集他の写真家の写真などでも、日本の山がハゲ山であったことの証拠は見出せない。 それぞれの評価でも、庶民に至るまで清潔好きで(毎日お風呂に入る)、園芸を楽しむ余裕があり、自然にも恵まれていて、子供好きな笑いの絶えない幸福な国民と評価している。 筆者は『江戸三〇〇年「普通の武士」はこう生きた」では、江戸時代の事を比較的に肯定的な評価をあたえていたのに、この本では江戸時代を同時代の先進と比較して非常に遅れた文化であると貶め、現代の朝鮮労働党独裁で金日成・正日親子を神のように崇めて国民に一切の行動・言論の自由がない北朝鮮と比較して、同様に苛酷な政体であったと断定までしている。 これらは同時代の世界各国と比較するべきで、公平な評価ではなく単純に悪意だけしか感じられない。
無条件に高い評価を与えたくはないが・・・
 私もここ最近の「昔は良かった」「古き良き時代」と昔を懐かしむ論調には反発していましたから、この本の主旨にはある程度同意できます。つい最近でも昭和の戦後間もない高度成長時代を背景とした映画が「古き良き時代」の郷愁とともにヒットしましたが、あの時代は確かに経済大国として突き進む直前の一種のほのぼのとした感じを与えますが実際は貧困からくる犯罪発生率は平成の現在の比ではなく、今では犯罪と見られている(DV、ストーカー、セクハラ、子供虐待・・・等々)ことが犯罪でなく普通日常茶飯事でもあったのです。要は時代と共に少しずつではありますが進歩しているのです(まあ一部後退もありますが・・・2歩前進1歩後退?)。  江戸時代のことでいえば、徳川江戸幕府の正当性は「天下泰平」。これは以前の戦国時代を比べてのことですね。戦国時代は日本史上希に見る活力のあった時代ではありますがどのような階級(上は天皇、将軍から下は貧民まで)の者でも油断できず、いつ破滅に追いやられるか知れない緊張の連続だったからそれを知る者にとって表面的には「天下泰平」である徳川の江戸時代はまあ良かったのでしょう。一応平和であればこそ現在に至る文化が生まれた点は否定しません。ですが文化云々でいえばヨーロッパもそうですが平和だからこそ生まれるという訳でもなく厳しい動乱のなかでも生まれ育つ事が多く、例えていえば茶道も戦国末期から広まっていたのは皆ご存知のことであると思います。外交面では江戸幕府は一部に限ったとはいえ交流しており決して鎖国ではないと言い張る方もいますが、それはどうでしょう?。それは本当に「一部」だけ「一部」の者達だけであり、一般の人達には全く埒外に置かれ外国の事情など判らず、かえって幕末にたった「4隻の黒船」にパニックを起こす醜態をさらすことになったのは「鎖国」政策だったからであり現在至る日本の外交に暗い影を落とす負の遺産の最たるものに思えます。  だからその後の明治日本が良かったとは全面的には賛同しかねますが歴史をバランス良くみる一つの教材として読んで考える本としては良いのでないでしょうか。

戦争論〈下〉 (中公文庫―BIBLIO20世紀)

[ 文庫 ]
戦争論〈下〉 (中公文庫―BIBLIO20世紀)

・カール・フォン クラウゼヴィッツ
【中央公論新社】
発売日: 2001-12
参考価格: 1,350 円(税込)
販売価格: 1,350 円(税込)
戦争論〈下〉 (中公文庫―BIBLIO20世紀)
カール・フォン クラウゼヴィッツ
カスタマー平均評価:  5
戦争なんて所詮、政治の道具
ナポレオン強いよ。フリードリッヒ大王も強いよ。 でもね、所詮政治の道具。 持ち上げて落とす。かなり上げられました。滞空期間長いです。 一ヶ月二ヶ月どころではありませんでした。半年?いいえ一年。 一年かけて浮いてました。いや?落ちてよかった。 このまま浮きっぱなしだったら、泣いてたでしょう。 とにかく、その不安定な浮遊感を楽しめる方は読んでほしいです。 また、防御(下巻第六部)において、国周辺と均衡を保ち、力関係が安定するように、政治力学が働くというあたりは、読んでいて感心させられた。人間本来の姿というのを晒しつつ、その中で国を守るという事は、そういう均衡の中で、形作られた姿だと思うと、世界各国の情勢を、違う視線で見られるのではないでしょうか。
幾何学的な視点からの考察は興味深かった
「理論とは、理性が道に迷わないように、対象の全体を明るく照らし、(中略)事物の相互関係を示し、重要なものとそうでないものを区別すべきもの」。上巻で挫折する人も多いだろうが、そちらを読めた方であればこちらも問題ない。難解で歴史的名著の下巻である。 「戦争とは他の手段を交えて行う政治的関係の継続以外の何ものでもない」「(政治と戦争を切り離せば)戦争は意味も目的もないものとならざるを得ないだろう」。上巻のレビューでも書いたが、大量破壊兵器やハイテク兵器が重要な位置を占める時代においては、この本は軍事関連の解説書としてはもう古い。ただ、戦争の本質に関する部分には普遍的なものがある。 そして、現代の我々にとってこの本を読む意味は、何よりビジネス戦略論に通じる部分がいろいろあるという点だ。特に下巻で特徴的なのは、幾何学的な視点での防御と攻撃に関する検証と論証についてである。非常に綿密に検証されており、軍事的な基礎知識の無い方にはちょっと取っ付きにくいかもしれないが、ここまでのものはなかなか他にはない。 「慎重さが防御者の天性であるがごとく、大胆さと自信が攻撃者の天性でなければならない」「攻撃的要素があってこそ初めてすべての決定的勝利の効果が発揮される」というような基本的な見方については、戦争やビジネスに関わらず、政治やスポーツなどでも共通するものがあるだろう。戦争というもっとも冷酷で理不尽で国を挙げての総力の結集が必要な分野から学べることは、戦争そのものについてのことだけではない。
現代にこそ価値ある「戦争論」
カール・フォン クラウゼヴィッツの「戦争論」は ドイツ陸軍教官メッケル少佐によって日本の士官学校(旧陸軍大学)に伝えられたのは有名な話だ。この理論は現在の戦争でも役に立つ。但し、都市のゲリラ戦に限っての話だが。また実際の戦争だけでなく、現代社会を生き抜く我々にとっても戦争は「例外」ではない。なぜなら今を生き抜くこと「それ自体が戦争」なのだから。特に、あらゆる局面に於いて他人より有利な立場に立ちたいと思う者は必読だ。

明治大正史〈世相篇〉 (講談社学術文庫)

[ 文庫 ]
明治大正史〈世相篇〉 (講談社学術文庫)

・柳田 国男
【講談社】
発売日: 1993-07
参考価格: 1,418 円(税込)
販売価格: 1,418 円(税込)
明治大正史〈世相篇〉 (講談社学術文庫)
柳田 国男
カスタマー平均評価:  4
日本の社会史を学べる本
本書を読んで、自分があまりにも過去の日本人の暮らしを知らないことを思い知った。また、なんとなく遠い昔から続いてきた日本の伝統と思っていた事柄の大半が、明治大正のいわゆる近代になって普及したものだということも知った。著者は明治大正期の世相をよく映し出している過去の新聞記事に眼を通し、加えて執筆当時(昭和5年)の著者の一般常識を援用して、明治大正期の常民の日常生活を細部にわたって描写する。 明治大正60年間に起こった常人の生活の変遷を「固有名詞をできるだけ避けて私たちの眼前に現れては消える事実のみで描き出そう」とした本書の試みは、文体としては冗長で退屈に感じる部分もあるが、執筆当時においては全く新しい常民の社会史の試みであり、なおかつ現時点からみれば明治大正期の一般庶民の暮らしを知ることができる貴重な記録になっている。 ただ解説でも触れられているように、日本人の生活様式が激変した高度経済成長期以降の世代である私にとっては、意味が理解できない箇所も多々あったので、詳しい注を付けて貰えればなおよかったと思う。

長崎の鐘 (アルバ文庫)

[ 文庫 ]
長崎の鐘 (アルバ文庫)

・永井 隆
【サンパウロ】
発売日: 1995-04
参考価格: 609 円(税込)
販売価格: 609 円(税込)
長崎の鐘 (アルバ文庫)
永井 隆
カスタマー平均評価:  4.5
原爆投下直後の長崎の惨状
 昨年の夏に妻と二人で長崎に旅行に行ったときに、立ち寄った「長崎原爆資料館」でこの本を見つけ、迷わず購入しました。 1945年8月9日長崎に原爆が投下されました。 この事実は社会科の授業や毎年8月になるとテレビのニュースで流れるので、皆さんご存知だと思いますが、実際に体験したことがないことなので、ピンとこないと思います。この作品は原爆投下直前から、終戦の日(1945年8月15日)までの長崎の惨状がこと細かく書かれています。著者の永井博士は自らも被爆し、奥さんを原爆で亡くされてます。それでも、原爆で傷ついた人々を、献身的に救護しました。 その精神力には、感服しました。 本著のタイトルにもなっている長崎の鐘とは浦上天主堂の鐘の事です。 五十メートルの鐘塔から落ちたにもかかわらず、割れずに無傷だったそうです。 今日も 人類よ、戦争を計画してくれるな と平和の響きを伝えるように 鳴り響いています。 皆さんも機会があれば、この作品を読んでみて下さい。そして長崎を訪れ、平和を祈って下さい。
Ora Pro Nobis
8月15日。終戦記念の日。この日が来るたび『長崎の鐘』を思い出す。1945年夏、昭和20年8月9日午前11時2分、B29の腹から投下されたファットマンは谷がちの長崎の街を焼く。ザビエルによりその守護聖人とされて以来日本という国を見守る聖母、嘆きの母マリアに献げられた浦上天主堂もまた甚大な被害を受け炎上、聖堂脇に同じく被災し壊滅した女子修道院、その瓦礫の下からのロザリオの声が、数日後静かに途絶えたのち、黒い雨の中、終戦に合わせるかのように激しく崩れ落ちた。残ったものはほぼファサードのみという被害の中、けれど不思議とアンジェラスの大鐘は無傷で発見され、今も聖堂の鐘楼で長崎に時を告げているのだと言う。奇しくも聖母被昇天に重なる終戦の日。それは60年以上が経てもその罪と、深い傷跡に悩み続けるこの国、そして世界を、物言わぬまま見つめる慈愛の視線を、僕に感じさせてならない。
平和のために
 長崎被爆の記録です。被爆の記録は種種ありますが、これは、長崎大学医学部の放射線医学の永井博士による長崎医大の被爆記録という体裁です。読みやすく平易に、比較的冷静にかかれております。

 この方の考え方で素晴らしいと思うのは、原爆を落とされたのは、自分達も悪かったのだと考える事。こんな無謀な戦争を引き落とし、それを有形、無形で支援した自分達も悪かったと考える事。自分自身も被爆者で、妻も亡くしているのに、自分達は無辜ではないという考え方が、このような記録のなかで、めずらしい感じがします。一生に一度はよんでみてください。


沖縄の歴史と文化 (中公新書)

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沖縄の歴史と文化 (中公新書)

・外間 守善
【中央公論社】
発売日: 1986-04
参考価格: 735 円(税込)
販売価格: 735 円(税込)
沖縄の歴史と文化 (中公新書)
外間 守善
カスタマー平均評価:  4
文献による確実な歴史
沖縄の歴史を太平洋または東アジアの諸列島という視点で捉えている。 文化の北上説と南下説の両方を紹介し、酒、染織、陶芸の3つの具体例を示している。 古代史が弱いという指摘があるとすれば、それは文献に比例しているという視点で見れば過不足ない。 文献のない事項と、文献のある事項とを、あたかも同一の価値かのように説くような、通史は素人受けしても、価値があるかどうかとは別の次元ではないだろうか。 日本史の一部として沖縄の歴史を説こうとする傾向に対して、明確な課題を提供していないかもしれない。それは、日本語で日本において歴史を記述しているためかもしれない。 本土自体が混合文化であるのに、沖縄はさらに強烈な中国と日本とアメリカの支配にさらされ、より混合文化の度合いが高いのかもしれない。 その意味では、古い日本の歴史の刻印を持っている以上に、東アジアの辺境らしい文化を持っているといえるかもしれない。 なるべくわかる範囲内の諸説を列記しながらも、確実な筋を導こうとしている姿勢がわかる。
ちぐはぐな印象が…
 本書の著者紹介欄にも書かれているとおり著者の専攻は「国語学」「沖縄文学」である。こうした分野では第一人者として認められているが、本書のように「沖縄の歴史と文化」全体を書くには先史時代を中心にやや弱い箇所がある。歴史時代以降であればそれほど的を外さずに内容をまとめられるであろうが、先史時代の知識とのアンバランスが本書全体のちぐはぐさを感じさせた。
 先史時代は専門の考古学者にまかせ、共著といったスタイルをとったほうが完成度が高かったのではなかろうか?

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 更新日 2009年7月8日(水)  ※ 表示価格は更新時のものです!      メール      相互リンク