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歴史

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まんが必修年代暗記法日本史 (シグマベスト) 日本の「城」封印された真実 (KAWADE夢新書) 1968年 (ちくま新書) 証言 沖縄「集団自決」―慶良間諸島で何が起きたか (岩波新書) 反哲学史 (講談社学術文庫) 歴史とはなにか (文春新書) とびきり陽気なヨーロッパ史 (ちくま文庫) 歴史哲学講義 (上) (岩波文庫) 奥羽越列藩同盟 (中公新書) この国のかたち〈6〉 (文春文庫)
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まんが必修年代暗記法日本史 (シグマベスト)

[ 新書 ]
まんが必修年代暗記法日本史 (シグマベスト)

【文英堂】
発売日: 2005-02
参考価格: 588 円(税込)
販売価格: 588 円(税込)
まんが必修年代暗記法日本史 (シグマベスト)
 
カスタマー平均評価:  5
シンプルで憶えやすい
歴史が好きなので、受験とかは全く関係なく、語呂合わせの本も買って読んでみたのだが、シンプルですごく覚えやすいです。現時点で、語呂合わせ本の中では一番優れているでしょう。値段もお手ごろで良心的。イラストも、なんかほんわかしていて好感が持てる。ただ、解説が簡潔すぎるので、その辺は歴史の本や、受験参考書を読むなどして知識を補っていけばいいでしょう。日本史ももちろん良かったのだが、世界史もとてもいい本なので、そちらもぜひお薦めです。私は日本史、世界史同時に2冊買いました。両方とも星5つです。
無意味?
大学受験は時間も限られているから 点数を稼ぐためには くだらないといわれようが この本使って年代を強引に覚えるしかなかった。 流れがわかりにくいところ(鎖国にいたるまでの過程等)は 強引に年代暗記してしまったほうがすぐに点につながる。 ただ今になって何も覚えていないのが悲しい。
年代暗記本で一番おすすめ
量がほかの暗記本に比べてすくないのでいいです。 あと漫画が入っているので頭に焼き付きます。 比較的得意な人は「聴いて丸暗記! ゴロ合わせの日本史 (CD付)」 がいいと思います。

日本の「城」封印された真実 (KAWADE夢新書)

[ 新書 ]
日本の「城」封印された真実 (KAWADE夢新書)

・中山 良昭
【河出書房新社】
発売日: 2009-04-24
参考価格: 756 円(税込)
販売価格: 756 円(税込)
日本の「城」封印された真実 (KAWADE夢新書)
中山 良昭
カスタマー平均評価:   0

1968年 (ちくま新書)

[ 新書 ]
1968年 (ちくま新書)

・〓 秀実
【筑摩書房】
発売日: 2006-10
参考価格: 903 円(税込)
販売価格: 903 円(税込)
1968年 (ちくま新書)
〓 秀実
カスタマー平均評価:  4
左翼のメカニズム
本書は「1968年」を、とりわけ七月七日におきた華青闘告発を分岐点に解き明かす。 この本を読むと、虐げられた者が自己を革命の「主体」として措定する身振りそのものが同時に、その他の虐げられた人、マイノリティー(女、在日、障害者、部落)を主体ではない他者として措定することと表裏一体になっていることがわかってくる。既存の左翼ではないという自意識があった新左翼がいつのまにか築いていた欺瞞を暴いたこの華青闘告発とは、そういったものの象徴なのではないだろうか。 僕らが現状に不満を持ったとき、その不満の内容は隣の人のもつそれと必ずしも一致しない。むしろ、その人と僕の不満や要求というのは、激しく対立することだってありうる。現体制との抗争よりも何よりも、左翼内部での激烈な暴力・内ゲバが蔓延し、あげく死者まで出してしまったというのには、そのようなメカニズムがあるように思えてならない。 それは1968年というきわめて限定的な時代にとどまらない、普遍的なメカニズムだ。 今や消費者学生主義が蔓延する大学では、PC(ポリティカルコレクト)の名の下、「フェミニズム」も「ジェンダー」も「環境問題」も「部落問題」も、建前上は「早急に解決されるべき問題」として、払った授業料に見合った授業の、体のよい「ネタ」として取り上げられる。 教室の窓の外では、ジチカイなる人々が未だに拡声器で戦争がどうのこうの叫んでいる。僕の通うY浜K立大学はかつて、学生運動の拠点であったという話は前にも聞いたことがある。行き交う学生には半ば空気のようにシカトされながらも彼らは演説を止めない。 彼らは本当に何かを変えようとしているのだろうか? そして、本当にそんなことで何かが変わると信じているのだろうか? いや、それは愚問なのだろう。もちろん彼らは信じている。本書のいうとおり、時代は「歴史から虚構」へと移った。しからば、ジチカイに励む彼らの変革しようともくろむ世界だって、立派な虚構のことなのかもしれない。
華青闘告発の行方
 1949年生まれ=68年世代の、「日本読書新聞」編集長を務めた文芸評論家が、1968年の課題は「反革命的」に実現したため、我々は未だに「68年」という枠組の中で生きざるを得ないという、懐古趣味的でない見地から、2006年に刊行した本。1968年革命は、スターリン批判による左翼の分裂、豊かさの中での規律訓練体制の動揺、総動員体制としての戦後民主主義体制への批判の高揚を背景として、資本主義の力に依拠することで遂行された、豊かさの中の革命であった。それは第三世界革命に煽られるように、世界的なヴェトナム反戦運動と連動して闘われた。著者がここで、山口健二や共労党に注目して、べ平連をソ連派に支えられた運動と見なしていることは、断罪の意味ではなく政治運動の成否というものを考える上で、重要である。しかし70年7・7華青闘告発は、革命を成就しても解決できない問題として、新左翼自体の差別意識・ナルシシズムを明るみに出すことになり、新左翼運動を多様なマイノリティー運動へとシフトさせた。それは結果として、運動の主体をめぐる迷走や、既存のナショナルな正史への疑義(左右入り乱れ、実践と結びついた裏の日本史運動の分立)をも帰結し、大きな物語の解体につながった。また、7・7によって自己の運動の再検討を迫られた諸党派によって、真剣な革命が模索される中で、内ゲバも生じたと著者は言う。その後、1968年の成果はグローバル資本主義体制の枠内に回収されていき、シニシズムが支配的になったが、それは跳べるはずだが跳べない千尋の谷のようなものだと著者は言う。本書には抽象的な記述が多く、論理を追いにくい部分も多いが、活動家たちの人脈や影響関係が詳しく追究されている点、定説への果敢な挑戦がなされている点で、刺激的な本である。
全共闘世代の人の言う「主体」とは
感想は2点ある。 まず第一点:団塊の世代の人達が言う「主体」というコトバの意味がこの本を読んでよくわかった。「主体性のない態度」などの日常用語にもこれが現れているのだなぁと思って納得したのだが、例えば、他者が「私」と「私の言動」に対して批判として何かを「告発」する。そして、その告発に対して「私」が徹底的に「自己批判」して自分の言動を悔い改めて新たな実践をする。それを繰り返す時の「私」のことを「主体」というのだ。だから、「私」が「主体」となるためには「私」には「私の言動」を告発してくれる他者が必要だということだ。つまり、「私」と「他者」が「何かの共通の目標」に向かって行動していて、その「他者」が「私のいけない部分、誤解している部分」を「親切に容赦なく指摘してくれる」ということが前提になって初めて「私」は「主体」として行動し続ける必要条件が設定されるということだ。そして、その告発に対して否認せずに「徹底的に自己批判する」ことが十分条件ということだ。 そうか、彼等世代の言う主体性とはそういうことだったんだ。ということがよくわかった。 ということは、現代のように価値観がバラバラの時代に「主体的に生きる」というのは並大抵のことではないだろうことがはっきりとする。だって皆が別々の方向性を持つことが主体性だと信じているのが高度経済成長以降の我々の世代だから。わたし達が十分自分自身のユニークさを自覚して主体的だと信じているものがわたし達のオジさん世代の人には没主体的と見えて当然なんだな、ということである。 著者が主張するには、学生運動家がマイノリティーの立場の人から告発を受けたときに彼等にとっての主体的なあり方に決定的な変化が起きた。それが1968年であるという。だからその意味では1968年に「主体は死んだ」のかもしれない。 第二点:この本のおかげで戦後の思想史の概観がわかった。「あーそういうことだったんだ」とか「あーそう読むんだ」ということが理解できた。充実した読後感が持てた。
革命という名の否定神学、なのか?
 本書について最低限評価すべきなのは、ベ平連の運動にソ連の存在が果たした役割を指摘し、小熊『<民主>と<愛国>』その他の抽象性を明らかにした点。鶴見や小田は神輿で、実体的にはレーニン流の「帝国主義戦争を内乱へ!」戦略の一環と考えられる。ベ平連とイラク反戦の対比は、市民運動の現在を考える上で重要。  68年が象徴する転回以降の「偽史」的想像力に着目し、吉本隆明『共同幻想論』をもその潮流に置いた上で、それを「歴史から虚構への転向」と論じる議論も、その後のサブカル系左翼族生との関係で興味深い。また、吉本の中野重治「村の家」評価を批判し、これを天皇制と宮本顕治的な非転向への従属と読む件りも刺激的。さらに「新左翼創成や60年安保を思想的にリードした黒田(革マル)と吉本(ブント叛旗派)」が華青闘告発に応接できなかった点で、両者は68年的たり得なかったという評価(p277)も、図式として発見的。  「内ゲバや爆弾闘争におけるシニカルな暴力革命主義は、80年代以降に全面開花した『アイロニズム』や『シニシズム』の、のりこえ不可能なリミット」(p288)という論定については、評価は分かれようが、私には説得的だった。  問題は、こうして示された袋小路状況における「希望」の所在。著者は「我々は既に革命を実現できる跳躍力を有していながら、眼下の谷に足が竦んで跳べないだけ」と示唆しつつ、安易に「跳ぶ」ことを諌め、「今できることは、(中略)われわれは谷を跳びうる潜勢力があると言い続けうるための、その力を養うこと(だけ)だろう」(p298)と苦く結語する(私などは、ここで立岩真也を想起した)。  しかしそれにしても、谷を超えた彼岸に何が待っているのだろうか?
伝統保守派の立場からこの本を読んだ
左翼の歴史というのは、安東仁兵衛の「私的 日本共産党秘史」のような左翼ボキャブラリーで書かれたものや森田実の「戦後左翼の秘密」のような1960年安保より前の転向者の著作があるが、この本のすが秀実のように、1970年当時20歳前後という世代の著作で一般人にもわかる語彙で書いている本は珍しい。新書ということもあり、一気に読んだ。 この本が扱っているのは全世界的に学生運動が盛り上がった68年だけではない。それ以前の60年安保、それより前の共産党の武装活動時代なども扱っている。それゆえに、戦後の左翼活動の歴史を読む上ではほぼ過不足がない網羅的な本である。 おもしろいのは新左翼トロツキストの人物として現在は陰謀論の本を出している太田龍のことを扱っていること。この太田竜の「偽史」やユダヤ陰謀論への傾斜のきっかけが1970年の7月にあった「7・7青華闘告発」という在日中国人=マイノリティに対する差別発言問題に端を発した、日本の左翼の日本のマイノリティに対する関心に由来すると指摘している部分は非常に個人的に納得のいくものだった。太田竜は、マイノリティを研究していくうちに、天皇制の歴史観が虚偽に満ちたものであると見いだし、そこに欧米国際金融資本との結託の事実を見たのだろう。だから太田龍の著作の日本柱が八切止夫のような独自流の日本史とそれと表裏をなす、ユダヤ・フリーメーソン・宇宙人を中心におく陰謀的歴史観なのである。 この太田竜の記述に関連して、三島由紀夫が自らUFO研究会に関わっていたという指摘がされている。戦前の大本教に対する関心は左翼・右翼に共通するものがあり、偽史への関心というのが、主流派言論人として活躍できるかどうかのメルクマールになっていたと言うことが分かる。(この点で吉本隆明は巧妙だったといえる) 一方の左翼トロツキストたちは、過激派になって自滅していくわけだが、大島渚が「日本の夜と霧」で描いたように、一番賢かったのは「安保自動承認」を受けてアメリカナイズされていった若者たちだろう。その時期に左翼の運動から足を洗わなかった人々は冷や飯を人生で食うことになったわけだから。 その上で言えば、左翼運動がやがてサブカルに回収されていくわけだが、ここまで来ると、日本のムーブメントは若者消費文化に主体が移っていく。その点でこの本を読んだ上で、堀井憲一郎の『若者殺しの時代』を読むと、戦後の日本の文化のあらましが全部見通せると思う。すが秀実は「一九六八年は大学が若者の就職安定所であることをやめた」と本書で書いており、その後大学は若者消費文化の象徴になったと卓見を示している。ここが堀井の新書のテーマにつながっていく結節点である。

証言 沖縄「集団自決」―慶良間諸島で何が起きたか (岩波新書)

[ 新書 ]
証言 沖縄「集団自決」―慶良間諸島で何が起きたか (岩波新書)

・謝花 直美
【岩波書店】
発売日: 2008-02
参考価格: 777 円(税込)
販売価格: 777 円(税込)
証言 沖縄「集団自決」―慶良間諸島で何が起きたか (岩波新書)
謝花 直美
カスタマー平均評価:  4.5
沖縄の惨劇から教育の重要性を感じさせられた
沖縄での日本軍による集団自決の強制に関する記述が教科書検定により削除されたことに 端を発して、取材により当時の実相を克明に記した本である。 本書に書かれている全てのエピソードが「軍の強制」といえるのかわからない部分もあるが、 少なくともいくつかのエピソードは日本軍が関与しているものがある。 その結果、手榴弾による爆死や場合によっては家族を手にかけるという惨劇が起こった。 これは変えようのない事実である。 では、 なぜ日本軍は集団自決に関与したのか? なぜ島民たちは集団自決を決行し、その前に「天皇陛下万歳」と唱和したのか? ということを考えるとやはり思想があり、そのベースに教育があるといえるだろう。 戦前の偏りのある教育が沖縄県民にも日本軍に徴兵されたものにも浸透していたことに ある。 国民の思想を支配する教育が大きな役割を担っていたと感じざるを得ない。 そのように考えると本書は、教科書という教育のツールに関する記載の問題から生まれた 本である。 教科書の記述の上で「軍の強制」という言葉が多少骨抜きにされることは、ともすると小さな 変化にしか感じられないかもしれないが、実はこういった一つ一つの積み重ねが、教育として 日本国民に浸透し、それが当たり前の歴史になるのであり、最終的に偏った思想を生み出しかね ない。 同じ誤りを繰り返さないためにも、これまでの歴史にしっかりと目を向けるべきだし、 正しい教育がなされるようにするように我々も眼を光らせなければならないと感じさせられる 内容だった。
貴重な記録が残った
本書は、沖縄戦における慶良間諸島で集団自決・殺害の被害に遭った生存者やその関係者の証言を集めている。歴史教科書の修正問題に発展した沖縄戦をめぐる昨今の一部の動きは、史実に基づいて客観的に判断すれば正しいとは言い難い。一方、軍を非難していた過去の著作側にも不適切な内容を含んだものがあったことも事実だ。よって、結果としてこのような貴重な証言が書籍として歴史に残ったことは評価したい。 ちなみに、世間の一部で喧伝されている軍の命令書の存在なんて言い出したら、ヒトラーがユダヤ人虐殺を指示した命令書も存在しないということを指摘しておかなければならない。ベトナム戦争のソンミ村の悲劇も一般住民の殺害の命令書はない。イラクのアグレイブ刑務所虐待問題も同様。命令書がどうのという主張は単なる詭弁に過ぎない。ちそもそも、軍の最前線では軍命は文書ではなく口頭伝達が基本だ。 沖縄戦における日本軍の作戦方針は、同様に苦しい戦争末期にドイツ軍が海軍全滅と引換えにケーニヒスベルグの150万の民間人を救出した作戦等と比べると著しく特徴的だ。加えて沖縄戦では、丸腰の多数の民間人が皇軍により直接殺害されている。ソ連が攻めてきた満州では日本軍の多くが開拓民を見捨てて逃げるという悲惨なことが起きたが、これも現場の混乱に加え関東軍が有事の際は防衛ラインを縮小するプランを持っていてそれを実行しようとしたからである。つまり、重要な点は戦争末期の日本軍は地域を問わず住民の犠牲について考慮しない作戦を立てて実施し始めていたということだ。本書で語られていることは沖縄だけの話ではなく、本土決戦が行われていたら日本中でこういう悲劇が起きていただろう。 戦争の悲惨さを伝えることは第一歩に過ぎない。多くの人が正確な知識を身につけて適切な判断が出来るようになるために、重い口を開いた人々の証言がそのきっかけとして役立つことを願わずにはいられない。
惨劇の記憶
「集団自決」における軍の強制の有無を巡って歴史教科書記述が今揺れ動いている。そのような中、実際に「集団自決」の場に居合わせた人々が自らの体験を語り、現在の潮流に対し声をあげ始めている。本書は、沖縄タイムスの記者による、慶良間戦の「集団自決」を経験した人々の「証言」を集めたものである。 島における平穏な生活が戦争に巻き込まれていく。一人一人の証言から見えてくる沖縄戦の実態には衝撃を受けずにはいられない。夫が妻を、子を、年老いた祖父母を手榴弾で、ロープで、あるいは鎌や石で手にかけていく状況に追い込まれていく。その背景には、皇民化教育や、生き残って米軍に捕まれば無残な殺され方をすると信じ込まされていたことがあった。戦闘になれば死ぬのが当たり前。そのような空気が醸成される中、最後に決定的だったのが玉砕の軍命令と島民への手榴弾の配布だったのである。 家族がお互いに手を掛け合った惨劇は、生き残った人々の心にも大きな傷を残すこととなった。本書の「証言」は、そのような人々が「集団自決」の事実を歪曲化しようとする風潮に抗して、自らの体験を苦悶しつつも語ったものである。後世への責任感に動機付けられたその「証言」の持つ圧倒的迫力に耳を傾けた時、住民の戦争体験を歴史教育から外そうとする昨今の動きに疑問を抱かざるを得ない。そのようなことを痛感させられる一冊。
冷静な視点が欠けて、わき腹を晒している
沖縄タイムスの本一般に言えるのだが、本書でも若い記者が事実を飾り立て、あるいは 証言内容を自らの考えに誘導する記述が明らかにみられる。これは言論に真面目に 携わりたい者は、立場がどこにあれ、絶対にしてはならない。真実・事実を返って 無きものにしてしてしまう。またそういう筆致に抵抗感があるものに対し嫌悪感を与え 言論伝達を妨げてしまう。違う立場の者に格好の攻撃材料を自ら進んで差し出している。 この点、よくよく考え、以後十分に気をつけられたい。 本書は、沖縄周辺諸島のいくつかでおきた民間人の自決の生き残りの者の証言であるが、 記者の邪魔な誘導等を回避して読んでも、残念ながら、軍命があったことは確実である、 と解釈することはできない。 ロジックがあいまいなことと、命令(があったとして)伝達をした者は死に、かつ 死ぬ前に軍の命令であると述べていないからだ。通常なら自らしなない、米軍が 上陸したら酷いめにあうと再三言われた、手榴弾が配られた、だから軍命で自決した 、というロジックは軍の命令で自決した、とするには感情論はともかく、論理の飛躍 がある。しかし軍の命令の証明に不成功であっても、証言から、ここで死んだ人たちは 好き好んで死んだのではなく、日本軍の上陸と流したデマ等によりヒステリー状態を 起こして死に追い込まれていったのは明らかであり、軍に責任があるのは明白である と断言できる。その意味で意義があるが、筆致に欠陥があり、星はひとつマイナス。
証言を通してよみがえる戦争の悲惨さ
 本書は、戦中の惨劇を経験した慶良間諸島の住民たちの証言をもとに構成されている。本書を通して何が慶良間諸島の住民たちを「集団自決」に追いやったのかを理解することができるであろう。また、今日の教科書問題や歴史修正主義などを考えるうえで、またそれらに対する当事者たちの思いを知るのにも役立つ一冊だと思われる。  筆者の「集団自決」に関しての考えをおおざっぱに要約すると以下のようにいえるであろう。「集団自決」の背景にはまず、皇民化教育と、日本軍による「軍官民共生共死」の方針の2つがあった。それに加えて、軍による軍命や自決用の手榴弾配布が、住民をして「集団自決」せしめた。軍による強制はたしかに存在した。  そのような筆者の考えに私は基本的に異論はない。しかしあえて批判するとすれば、「強制」という言葉が何をさすのか、何をもって「強制」とするのか、という点について筆者は全く検討していないということである。  証言を通してわかるのは、日本軍が住民が「集団自決」する状況を、圧倒的な権力や暴力を背景に、巧妙に、つくりあげた、ということであって、日本軍が直接的に、例えば、目の前にいる住民に向かって自決する命令を下した、というわけでは必ずしもないということである。  後者は明白に軍による「強制」の例だといえるが、前者に関しては「強制」とはいえない、という考え方も人によっては成立しうる(私はそうは思わないが)。そのような曖昧な「強制」という概念について、筆者はもう少し論及すべきだったと思う。  しかし、そのような欠点が本書の価値をさげるものではない。本書を読むことで、読者は必ずや戦争の悲惨さを認識することであろう。

反哲学史 (講談社学術文庫)

[ 文庫 ]
反哲学史 (講談社学術文庫)

・木田 元
【講談社】
発売日: 2000-04
参考価格: 945 円(税込)
販売価格: 945 円(税込)
反哲学史 (講談社学術文庫)
木田 元
カスタマー平均評価:  4.5
分かりやすい哲学の入門書
ソクラテス以前に始まり、ソクラテス、プラトン、アリストテレス、デカルト、カント、ヘーゲル、そしてシェリング、マルクス、ニーチェまで代表的な哲学者のエッセンスを分かりやすく伝える。高校生から一般的な社会人まで広く薦めることのできる、哲学のすぐれた入門書。
ニーチェの印象が変わる
ギリシャから始まる哲学の歴史を語る本はたくさんあるが,もっとも腑に落ちて理解できる本だと思う。 個人的にはニーチェの印象がかなり変わった。孤独,皮肉,絶望といったイメージで捉えていたが,むしろ危機を予兆しながら,既存の枠組みにとらわれることなく戦略的に活動しようとするエネルギーを感じた。
著者流の哲学史は分り易くて非常に結構です。
本文に『・・・今世紀の思想家たちは、こうした反省の上に立って、「哲学」を西洋という文化圏の特定の時代に成立した特殊な知の様式、そしていつの日にか-----それがいつであるかはともかく-----乗り越えられねばならない、したがって乗り越えられる可能性のある知の様式と考えているのです。・・・』とある。これが本当ならば素晴らしき事ですが、二十世紀の思想家によって思考実践されているか、著書を読む限り、物凄い疑問を持っている。レビューアーは高校生から“ニーチェ”に魅了を感じ、すべての翻訳書を読み、大学生でレクラム文庫「Also Sprach Zarathustra」に挑戦したものです。われらの年代より上の方も、若き折に“ニーチェ”に夢中になる人は多かった。それ以降の哲学者の思想も本で学びましたが、日本の翻訳書に用いられている言葉の“何と非日常性で、難解なことよ”と思いました。何故なら原著のほうが自然だからです。著書で述べられている様に、『哲学の変革』を初めて提起したのが十九世紀後半の“Nietzsche”であった事はよく分るし、それが“Heidegger”に継承されていった。と著されているがレビューアーも、何も知らないままに、その道を歩んだ。勿論独学です。レビューアーは古代ギリシャから十九世紀の哲人の翻訳書は読みました。二十世紀以降の著書は私には実に退屈です。それについては自分で解決致しますが、この著書の御蔭で随分と自分の考えが整理できました。ただ、哲学者による自然哲学、即ち、科学の議論は的外れで時代遅れのものが多いのが、現状です。哲学者もこの様な普通の言葉で語ればいいと思いました。本当は、木田元氏のように語れないのです。この本、非常に面白く読ませていただいた。難しい表現しか出来ない文系人間(が多い、例えば他の○○○○○―の文章)は、何も本質が分っていないんだよ。この本、非常に面白く読ませていただいた。
イデア論という "あえて" の忘却 = ニヒリズム
「形而上学的原理とは・・・人間の願望の外に投射されたものでしかなく、本当に存在するわけのものではありません」 「真実らしいこと以上の真理はありえないわけであり、その真実らしさは実際的有効性によって決せられる」 「万事を無原則に成りゆきにまかせる自然的存在論」に立脚していたソフィストの言い分・・・誠にご尤も。 「頽廃期に入り、国内的には民主政治が極度に堕落した衆愚政治」と化していたギリシアにおいて、 「ソクラテスやプラトンが戦おうとしたのは・・・堕落」 「ポリス(都市国家)の市民が・・・詭弁を弄してまで自己の個人的権利を主張し、  民主政治が過度に発達して衆愚政治と化すことによって、ポリスは精神的共同体としての統一性を失うと考えた」故である。 「おのれ自身いかなる立場」にも立たず、 「既成の知識や実在を否定して、それに代わる何か他の知識や実在をもち出そう」としなかったソクラテスの目的は、 「新らしいものの登場してくる舞台をまず掃き清める」ことにあった。 「国家というものは正義の理念を目指して形成され作られるべきものだという  政治哲学を提唱(『わたしの哲学入門』)」したプラトンの特異な存在論・・・イデア。 「すべてが作られたもの、作られるものであるからこそ、  国家も成りゆきにまかせるのではなく作られなくてはならないのだ(『わたしの哲学入門』)」 成りゆきまかせの堕落を憂いたが故の "あえてのイデア論" が、存在論そのものを転倒(おのずから生成→つくられてある)させ、 イデアに振り回された「ヨーロッパ文化は実は無に向かって形成されてきた」というニーチェの指摘・・・ニヒリズム。 おのずから生成、転じて、万事無原則の成りゆきまかせ。 作られなくてはならないのだ、転じて、ニヒリズム。 全存在者が往き場なく生成を繰り返す世界・・・「永劫回帰」こそが、端的な事実。
哲学者としてのマルクス
近代以降の経済成長を前提とした社会のあり方、 資本主義社会がもう終わっているとしたら、 次に来る社会はどんな思想をバックボーンとしているのだろうか? 「思想というものが現実的有効性を発揮するには、百年、 さらには千年という単位での時間が必要な場合がある・・・・」 「キリスト教と結びつくことによって、プラトン哲学は最初に その現実的な有効性を発揮することになりますが、 それはプラトンの死後千年近く経ってからのことなのです。」 私はマルクスを政治思想家というイメージでしかとらえていなかったので 「反哲学史」の流れのなかでマルクスがしっかりと哲学者として 仕事をしていることを知り、目からウロコが落ちました。 先のプラトンの思想と現実的有効性ということの言葉を考えると マルクスの思想はまだ死んでいないどころか、 これからの資本主義の後を考える上で有効なのかもしれないと思いました。

歴史とはなにか (文春新書)

[ 新書 ]
歴史とはなにか (文春新書)

・岡田 英弘
【文藝春秋】
発売日: 2001-02
参考価格: 725 円(税込)
販売価格: 725 円(税込)
歴史とはなにか (文春新書)
岡田 英弘
カスタマー平均評価:  4.5
内容は面白いが、編集が雑
歴史とは元々存在するものではなく、作られるもの(書かれるもの)であるという主張を根底に、我々が持っている史観というものを覆すような中身で、他のレビューにあるようにそれは非常に面白いのですが。 個人的には非常に読みにくい本でした。 漢語や聖書の難しい言葉が羅列されたかと思うと、普通の文章がひらがなばかり(例:ひじょうにむずかしい、いちばんだいじな)で記述されていたりと、あるいは同じ内容の文章が繰り返されたりと編集と校正が非常に雑です。非常に慌てて本にしてしまったという印象です。 解説や前書き、後書きがないのではっきり分かりませんが、これは著者の講演を文章化したものか、あるいは編集者が著者の口述筆記を行って、適当に編集したのか、そんな感じです。 せっかく、モンゴルやチベット問題を抱える中国の“中華思想”の歴史や、日本と米国の歴史というもののとらえ方の違いなど、興味を引く内容ばかり書かれているのに、減点材料が多いです。 内容は★5つ、編集★1つです。
歴史とは歴史観に規定されている
著者の創意あふれた記述に満ちており、歴史に関心あれば興味深々の本だと思う。 私が特におもしろかったところとしては、 ○歴史とは、過去の出来事をそのまま書けば良いのでなく、歴史観がなければ歴史は生まれてこないというのは今まで見たことのない卓見だと思う。また、これまで中国史観と地中海文明史観の二つしかないと喝破されている。 ○国民国家は戦争のために作られたもの。また、現代は、国民国家という視点から歴史を組み立てている。 ○史料は、その作者の好みで整理され、記録され、目的を持っている。良い歴史とは、史料のあらゆる情報を一貫した論理で解釈できるもの。歴史はそれを書く歴史家の人格の産物。(主流派からほど遠そうな著者がこのように述べる背景を考えると面白い。ただ、阿部謹也の自伝などを読むと、歴史家と歴史は不可分だと思う。) ○歴史の役割は、何もないところに筋道を与えてわかりやすくするというところにある。 ○中国(過去・現在を通しての漢民族等の領域)の名称変化  秦→チン→チーナ(インド)→支那(仏典)→清・中国(漢人・満州人) ○清は同君連合(満州人・漢人・モンゴル人・チベット人)。それが中華民国は国民国家を目指した。
やはり歴史は難しい
学校で「世界史の臨界(西谷修)」をやったのでついでに読んでみた。 多くの人は「歴史=過去の事実」と思っているのだろう。 しかし、歴史というのは編纂者によって都合のいい事例のみを取り上げたもので、決して客観的なものではない。 歴史解釈も都合よく行われるもの。 そうした視点から歴史を見て、さまざまな具体例を挙げ、私達の常識をひっくり返す。 ただ、「世界史の臨界」もそうだが、歴史の成立条件に「文字」を置くことについては、私は賛成しない。 そう思ったら「ラディカル・オーラル・ヒストリ(保苅実)もあわせて読んでみて欲しい。
中国人はいなかったって意味わっかるかなあ??
新書というのは広く一般向けに書かれている訳だから、これまでの氏の著作の再構成と言ってもよいでしょう。 ここで言う19世紀初頭まで中国人はいなかった理由とは、歴史における宣言他ならなくて、辛亥革命を経て初めて中国人を名乗った訳だから、 それ以前は中国じゃないんですね。 独立して初めて国家や民族を僭称する訳ですから。 そのとき国や民族は己れの正当性を証明せんがためにウソをつき始める訳です。
歴史と言うものを基本から考え直す
■直進する時間の観念
■時間を管理する技術
■文字
■因果律の観念

以上が、著者言うところの歴史を成り立たせる4つの要素であり、このうちの一つでも欠ければ歴史は存在しない。例えば、輪廻・転生の思想を持つインドでは、人間界だけでの因果関係が成立しないので、歴史のない文明だったそうである。

また、国民国家がなかった時代を国民国家的視点から捉えてしまうと言った、犯しやすい過ちも指摘されていて、歴史と言うものを考える上で非常に参考になる著作である。


とびきり陽気なヨーロッパ史 (ちくま文庫)

[ 文庫 ]
とびきり陽気なヨーロッパ史 (ちくま文庫)

・テランス ディックス ・尾崎 寔
【筑摩書房】
発売日: 1999-12
参考価格: 882 円(税込)
販売価格: 882 円(税込)
とびきり陽気なヨーロッパ史 (ちくま文庫)
テランス ディックス
尾崎 寔
Terrance Dicks
カスタマー平均評価:  4.5
ダイジェスト版なので理解しやすい
フランスやドイツ、スペインから始まり、ルクセンブルクやポルトガルなどのマイナーな国(失礼!)まで網羅した、おいしいとこどりの解説書です。おおまかな歴史的事件を網羅しているのでわかりやすいし、語り口が軽妙でとても面白い。イラストも、国王や貴族などをチクリチクリと風刺した、かなり毒を含んだもので思わずニヤリとしてしまいます。各国の紹介後の章末には、料理のおいしさ、政治の安定度、景観の美しさ、芸術の振興度などを得点化した成績表も付けられており、そちらも大変興味深いです。買って損はない1冊。
役に立つ?
欧州の歴史って名前がややこしくって。英語表記とフランス語表記でとても同じ人物とは思えなくて。でもこれは英国から見た歴史だからわかりやすい。いまいち理解できてなった高校歴史のおさらいができる。
ざっくりとヨーロッパの歴史をおさらいする
筆者がイギリス人ということで、イギリスを除くEU加盟国(当時)12カ国の歴史や文化を紹介する。

軽いノリでざっくりとヨーロッパの歴史がおさらいできる本。お茶目な挿絵も楽しい。反面その短さとエンターテイメント性重視のゆえ、今日ヨーロッパが抱えている問題(北アイルランド、バスク地方など)については、通りいっぺんの解説で、事態の本質に至っておらず、物足りなさを感じました。
超ミニ各国史、講談を思わせます
 おもしろくてためになる傑作欧州各国史です。超ミニであっという間に概略の概略がわかります(逆にミニ過ぎてわかりにくいところもちょっぴりありますが)。文章も翻訳の香りがあまりせず、自然でおもしろいです。各国史であって国同士の横のつながりはつかめませんが、これほどお茶目な「講談」ですから、そこはご勘弁ね。

 超入門ですからちょっとでも興味を持たれた方はぜひ「入門書」へどうぞ。受験科目に、嫌いなのに「世界史」がある、なんて言う受験生、ちょっぴり覗いてみて下さい。なんだ、国家って言っても考えてみればみんな同じ人間が経営している共同体なんじゃん、とあらためてわかって「じゃあ、いっちょう勉強、がんばってみるか」なんていうきっかけになったらしめたもの。

 ちょっ!!ぴり中身を公開。骨の髄までフランス「太っちょルイ、カムバックを果たす」ドイツ「戦争したい人手をあげて」ギリシア「オリンピックに出たい人手をあげて」イタリア「野蛮人様ご一行到着です」ポルトガル「ムーア人がぞろぞろ」デンマーク「クリスチャン王の悪だくみ」などなど。
 ねっ、読みたくなりましたでしょう。

 付録:この書に限らず”きっかけ”になって何かを本格的に学んでみよう、と言う時は、早いほうがいいです。思い立ったら吉日、とは言ったものです。熱が冷めないうちに、と私の数々失敗した経験から引き出されました。


歴史哲学講義 (上) (岩波文庫)

[ 文庫 ]
歴史哲学講義 (上) (岩波文庫)

・ヘーゲル
【岩波書店】
発売日: 1994-06
参考価格: 798 円(税込)
販売価格: 798 円(税込)
歴史哲学講義 (上) (岩波文庫)
ヘーゲル
カスタマー平均評価:  4.5
後世の哲学や社会科学の問題意識を引き出した著作群の一つ
 本作はヘーゲルの死後に纏められた「歴史哲学」についての講義録のようで、「精神現象学」では内面の弁証法的運動を説明する際に一つの隠喩として機能していた歴史の発展図式を全面的に話題の中心に取り上げている。上巻では、序論と第一部・東洋世界を収録。  序論では、歴史のとらえかたの三つの型を明らかにし、この著作では哲学的な歴史、理性が歴史において、歴史を通じて弁証法的運動を経て発展していく様をとらえていくことを示す。以下、歴史における理性についての内実、世界史の原理・起源・発展法則、世界史に関わる地理的な要素、世界史の時代区分がそれぞれ確認され、以下の論述の準備と予告の役割を果たしている。  第一部・東洋世界では、中国・インド・ペルシャそれぞれの地域の国家形態と機能、宗教などと人々の内面状態についての分析がなされている。  読み進めていくと、すぐに気になってくるのがアジア・アフリカ地域に対する露骨な蔑視の姿勢だ。レヴィ=ストロース「野生の思考」やエドワード・サイード「オリエンタリズム」などを通過している現代からこの著作を読めば、どう読んだとしても納得できない記述や種々の偏見が目に付くのをごまかすわけにはいかなくなる。時代的な制約、と言ってみることもできるが、ヘーゲルに時代的に先行するモンテスキューの「法の精神」では本書に見られるような偏向が遥かに弱いのを見ると、単純に時代的制約が原因と納得することは出来ない。  どうもこんな風な記述になったのは、下巻にある訳者の解説によると、ヘーゲルの議論がヨーロッパ近代の卓越性という結論ありきで始まっているからのようだ。答えが先取りされていることが、途中の議論をある種強引に進める原因になっているということ、これなら納得できるし、このメカニズムはいわゆる「オリエンタリズム」に内在しているロジックの典型でもある。  しかしながら、この著作は非常に意義のあるものだと思う。それは、ここに記述されている内容を問い直すことによって、以後の哲学や社会科学は発展していったことが、読み進めるごとに想起できるからだ。フォイエルバッハへ、マルクス・エンゲルスへと広がる道、ニーチェへと広がる道、キルケゴールへと広がる道、ハンナ・アレントへと広がる道、人類学への道、社会学への道など、思いつくだけでも数々の道がヘーゲルから分岐している。その意味で、後の人々の問題意識を引き出すはたらきをした書物群の一つとして必読の書だと思う。
「講義」にふさわしい新訳
絶対精神なるものの評価はさておき、自らの思想でもって世界を解き明かしてみせようという真の「哲学者」の系譜は19世紀までで途絶えてしまったようです。なにしろ日本では江戸に将軍様がいた時代の書物(講義録)ですから、アジア・アフリカ蔑視が鼻につく部分もあったり時代的制約はありますが、現代思想と称する知的遊戯からは得られない学問の凄みが伝わってきます。論文ではなく学生に向けた講義であることを思い出させてくれる分かりやすい新訳で、これまでのヘーゲル翻訳は一体何だったのかという気になります。
理性の自己認識の発展の過程としての世界史
内容を一言で述べると、レビュータイトルの通りだが、以下、ここでは私自身の感想のみ述べたい。まず第一に、私はキルケゴールから哲学に入ったので、ヘーゲルのイメージは悪かった。だがキルケゴールだけを読むとヘーゲルを誤解する。ヘーゲルにはヘーゲルの正義がある。ただ単に冷たい理性の哲学者でなく、情熱を理解し、詩的な美しい叙述も含む、実に壮大な歴史の概観だった。 第二に、アジアに対する差別的発言や、ゲルマンについての自己満足的叙述があるにせよ、やはり世界史を一つの視点からこれほど見事に描き切った手腕には舌を巻かざるを得ない。 最後に、何よりも嬉しかったのは、私が初めてヘーゲルの本を初めから最後まで読み切った、ということである。今までどの著書も難解で、途中で投げ出してしまった。だが訳者の力量と、主題が歴史ということで比較的とっつきやすく、初めて最後まで読みとおすことができた。この勢いをかって、次は同じ訳者による『精神現象学』に挑戦したい。
アプリオリな歴史
ヘーゲルは哲学的歴史について次のように語る。 「というのも、歴史においては、あたえられた存在に思考が従属し、思考はあたえられた存在を基礎とし、それにみちびかれるのにたいして、哲学本来の思考とは、あたえられた存在にとらわれることなく、自発的に思索をうみだしていくものだとされるからです。哲学が自前の思考をたずさえて歴史におもむくと、歴史を一つの材料としてあつかい、それをそのままにしておかないで、思考によって整序し、いわば歴史を先天的に構成することになる。」 ひとびとはこの哲学的歴史の概念を理解せずに、自分の考えを押し付けて、ヘーゲルを批判する。ヘーゲルによれば、哲学的歴史とは、歴史を材料にして、材料をそのままにせずに、思考によって整除し、歴史をアプリオリに構成することだ、いう。この意味では最初からヘーゲルは、所与の存在に思考が従属し、所与の存在を基礎とする、それに導かれるのを拒否し、アプリオリの構成に向かっている。だから、歴史はアプリオリに構成されないとする人たちとは初めから袂を分かっているいるのである。
意外と「哲学」の部分は少ない
まず大変に訳がよくて、すいすい読める。 タイトルに「歴史哲学」とあるので、当然哲学的な本だと思っていたが、ところがどっこい。 「歴史哲学」をしているのは、「序章」の100ページちょっと。残りは「ギリシャ」「東アジア」など、世界史の話になっている。 歴史哲学だけ知りたい人は、ボリュームに身構えることなく、気楽に読んでもらいたい。

奥羽越列藩同盟 (中公新書)

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奥羽越列藩同盟 (中公新書)

・星 亮一
【中央公論社】
発売日: 1995-03
参考価格: 840 円(税込)
販売価格: 840 円(税込)
奥羽越列藩同盟 (中公新書)
星 亮一
カスタマー平均評価:  5
日本の近代成立の陰に葬られた真実
とりあえず東北人として、どうしてこの書をもっと早く読んでいなかったかと悔やまれた。きれい事で語られることの多い明治政府確立の陰にあった、ごく身近な辛い戦乱の様と先人の苦悩が実に生々しく語られる。単なる「過去の事実」として歴史の闇に葬ってしまってはならない、今の時代に生かさねばならない多くの「真実」がある。闇に葬られた「真実」はいつか必ず息を吹き返す。日本の近代が根底から問われだしている今がその秋(とき)かもしれない。

「九重幼沖にして知る所なし
 姦邪隙を窺いてその和を逞しうす
 兵を用いる、もとよりやむを得ざるに非ず
 それ生霊塗炭の苦しみをいかにせん
 反する者反に非ず、賊、賊に非ず

天皇はいまだ幼く世の中のことは何一つ知ってはいない。それをいいことに薩長の姦邪が私意をほしいままにしている。彼らの挙兵はやむを得ない事情があってではない。戦いによって人々は塗炭の苦しみを受けている。どこに正義に反する者がいて、どこに賊がいるというのか。」(小林虎三郎)
お勧めの本
従来の薩長中心の歴史観を180度回転させてくれる本。奥羽越が必ずしも西国雄藩に比べ思想、文物的に劣っていたのではないことを考えさせられた。教科書的歴史に飽きた人にはお勧め。


この国のかたち〈6〉 (文春文庫)

[ 文庫 ]
この国のかたち〈6〉 (文春文庫)

・司馬 遼太郎
【文藝春秋】
発売日: 2000-02
参考価格: 530 円(税込)
販売価格: 530 円(税込)
この国のかたち〈6〉 (文春文庫)
司馬 遼太郎
カスタマー平均評価:  4.5
続きが読みたい!
長年の連載も、著者の死によりついに絶筆。 奇しくも、未完となった章は「歴史のなかの海軍」。 「竜馬がゆく」「菜の花の沖」「坂の上の雲」など、明治維新の作品では必ず触れられてきた「海軍」には、司馬自身も相当な思い入れがあったと思うが、残念ながら絶筆となってしまいました。 司馬が残した功績は非常に大きなものがありますが、読者というのは欲張りなもの。適わぬ願いとはいえ、司馬の作品や歴史に対する考察をもっともっと読みたかった、と思ってしまう一冊です。
司馬史観の総まとめは、未完に終わった
『この国のかたち』最終巻である。テーマは、海軍。 5本まで書いて、最後の稿は未完となった。 日本海軍については代表作『坂の上の雲』があるが、 他にも海や船を扱った作品として『竜馬がゆく』や『菜の花の沖』があり、 島国である日本の「かたち」を考えるうえで、 司馬は、船を重要なアイテムとしてみていた。 世界各国の海軍は、植民地貿易を目的として発達した。 一方、日本の海軍は、ロシアの脅威を防ぐために作られた。 しかし日露戦争での大勝を境に、日本海軍の目的は変質し、 植民地進出に利用されるようになる。 これが昭和の戦争につながっていった、というのが司馬の見方である。 「この国のかたち」の最後の2年は、散文や折々の随想ではなく、 神道、鉄、宋学(第5巻)と明確なテーマで集中的に論文を書いている。 死期を悟っていたのであろうか、復員後の生涯をかけて調べ、考え、書いたことの 総まとめ、総仕上げという印象を強く受ける。 それだけに、未完に終わったのがとても残念だが、 いずれにしても、司馬史観を知る上でやはり重要な一冊である。
今改めて日本を見つめなおす
司馬遼太郎のエッセイ集(?)だ。主に歴史上の人物、出来事から日本という文化、国のことを述べていて、主に幕末から明治維新、戦国時代、そして仏教伝来などに言及している本である。日本人の性質にここまで切り込んだ作品は見たことがない。産経新聞への連載であった為、文章は短いが、内容が凝縮されていて、かつわかりやすい。司馬遼太郎が小説では書ききれなかった(触れなかった?)昭和についても触れているのは興味深い。

『日本の文化は革命否定の上に成り立っている。独裁者を許さない文化』

織田信長はある意味、革命に一番近づいた。(封建制の否定)しかし明智光秀に本能寺で殺された。そうでなくともいづれは誰かに…
歴史の中の海軍
ペリー来国以前、日本には海軍がなかった。船を使って回送運送業が諸国の戦に兵士として使役され、利権を得ていたが、開国後に一変した。その成り立ちがこの本には書かれており、日本海戦で世界の大国と、しのぎを削り、海戦するまでのいきさつが面白いく描かれている。


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 更新日 2009年7月8日(水)  ※ 表示価格は更新時のものです!      メール      相互リンク