将来天皇制をめぐる論争が起こることは必定の情勢、そのまえに目を通しておくべし。 興味深い足利義満の皇位簒奪未遂劇足利義満といえば、あのアニメ「一休さん」に出ていた「将軍さま」である。その義満が天皇の座を狙っていたとあれば、思わず聞き耳立てずにはいられない。彼の準備手套には驚かされる。天皇が拠り所とする神道に対して陰陽道を、天皇が日本統治の根拠にしている記紀の記述、万世一系性に対して、明朝から封を受け「日本国王」の称号を創造して対抗し、置き換える。貴族・僧侶へのたぶらかしも見事なものである。ただ足利義満が息子を「天皇」にしても、天照大神以来の「天孫族」の皇統が絶えてしまう訳ではないことには、留意しておく必要があると思う。足利家は源氏の傍流であり、源氏は清和天皇(学説によっては陽明天皇)の直系の子孫だから、結局、義満も男系をたどっても皇族に連なる人間だからだだからこの簒奪劇は、「天孫族」の主流と傍流の争いだと捉えることも出来ると思う。 もはや古典といってもいいかも天皇制を考える上で欠かせない名著です。もはや古典と言ってもよいかもしれません。
中世の天皇制を巡る議論では、網野善彦氏の一連の研究などにより、非農業民との関係が話題にされますが、本書はそのような視点をとらず、天皇制と室町幕府との関係を政治史的に真正面から取り上げたものとなっています。
著者も、「幕府終末の危機に立ちながら、慶喜はそれを乗り越え収拾しようとする意欲も気力も、また能力もなかった」(p31)と切って捨てる。 「大政奉還」というのは、今日から見れば、大きな出来事だったが、その当時としては、徳川は、「むしろこの時点では、なにも失っていない」(p10)というのは意外だった。
著者は秋田出身で、子供の頃から戊辰戦争の話を聞かされ、当然、東北諸藩に同情的である。しかし、さすがに学者で、感情的ではない。 誰もが悪役として描く世良修蔵について、勝者の側までが、「戦争の全責任を世良に負わせ」「いけにえの役を世良にふりあてている」(p109)と述べている。
全国的な動乱をよそに、水戸藩は内紛に明け暮れていたこと、榎本武揚には独自の考えがあり、列藩同盟とは一線を画していたことなど、この本を読むとよくわかる。 それにしても、読んでいて心を打つのは、二本松の少年たちの悲劇と白虎隊の最期である。
慶喜がもっとしっかりしていれば、新政府軍がもう少し感情的にならずにいたら、と「たら、れば」が心に浮かぶ。 この本によれば、戦争を避ける機会は何度もあったのだ。 朝敵の汚名をきせられ、東北各地で無念の最期を遂げた人たちの心を思うと、歴史の冷酷さに慄然とする。 戊辰戦争が東北に残した負の遺産は、あまりにも大きい。
著者は全くもって才能ある人で、学者としての鋭い洞察を失うことなく、作家としての人への愛着を持ち続けている。自分は小説家ではないが、と前置きして末尾でささやかな雍正帝の性格描写をされていますが、わざわざ断ることには及びません。何せ史実として描かれている本書のすべてが、もう十分小説なのですから。小説以上に面白い、などという陳腐な表現は使いたくはないのですが、しかしまさに本書はそれなのですから仕方ない。父康熙帝の葛藤、兄弟間の争いの描写、また官僚との往復書簡から垣間見える赤裸々な本音、歴史とは調理ひとつでこんなにも美味しくなるのかと、全く感服してしまいました。それは著者が雍正帝に対して、強く同情し、高く評価しているからこそであり、歴史の中を生きた人に対する真摯な姿勢があるからこそなしえることと言えるでしょう。また、それだけに止まらず、歴史学者として、時代を鳥瞰することも抜けてはいません。雍正帝がこれ以上生きたとしても、それまでの反動としてむしろ政治を蔑ろにすることとなり、結果もとの木阿弥以下になったのでは、と寂しげに指摘されているところなど、歴史学者としての視点を感じます。
また、搭乗員の損耗をできるだけ最小限にとどめる努力は、巷に流れる当時の特攻主義を考えると特異である。このような合理精神があれば、当時の戦争はもっと違ったものになっていたのではないかと考えさせらえてしまう。 正攻法陸軍・海軍ともに特攻を押し進める中、特攻を拒否し正攻法で戦い抜いた航空隊、それも夜襲を主戦法とした稀有な航空隊の戦記です。数多くの証言者から構築した記述は圧巻であり、読み応えがあります。オススメです。
あの裁判が、勝者が敗者を復讐する為の単なる舞台であったことは、最早彼が立証するまでもないが、この本を読めばその思いをまた強くするだろう。
東条に誰も弁護人を名乗り出るものがなく、著者が請け負わざる得なかった事も、当時いかに敗戦の責任が開戦時に集中したかを思わせる。
あの戦争の責任は、今後の日本人のためにも総括し検証しなければならない。しかしその為には、何らあの裁判は有効なものではないと、それを教えてくれる本書である。 勝者の報復「文明の名のもとに行われた空前の戦争裁判」がもしも勝者による報復的なものなら、連合国はなぜ裁判というまどろっこしいことをせずに日本から巨額の賠償を取らなかったのだろうか。最大の交戦国のアメリカは東京裁判の間、日本に食糧援助を行い、中国もまた賠償を放棄した。
「文明の名のもとに行われた空前の」戦後処理の一環として東京裁判を冷静に位置づけないと、いつまで経っても日本は先の戦争の呪縛から自由になって今後の安全保障政策を立てられないだろう。