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[ 文庫 ]
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負けに不思議の負けなし〈完全版〉 上 (朝日文庫)
・野村 克也
【朝日新聞出版】
発売日: 2009-03-06
参考価格: 525 円(税込)
販売価格: 525 円(税込)
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・野村 克也
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カスタマー平均評価: 5
野村克也の目線 本書は25年ほど前若しくはそれ以前の野球界を中心に描かれている。
40になった私でも記憶にないシーンや人物名は知っていてもリアルタイムでない選手がたくさん居る。
しかしぼやきのノムさんの著書はやはり辛辣ではあるのだがそこはかとない愛に溢れている。
自己啓発本として野球監督経験者の著書を読まれる方が多いが、数冊野村氏の本を読んでいる私にとって氏の本は自己啓発や組織の纏め方といった要素より「人として大切なこと」「人生の中でのその瞬間」といったことを考えさせられる本です。
決して処世術を教えている本ではありません。
野村克也という人物を苦手に思う野球ファンはたくさんいらっしゃいます。
そういった方にこそ手にとって戴きたい一冊です。
プロ野球83・84年シーズンが蘇る 広岡西武vs藤田巨人の時代 今だプロスポーツとして人気NO.1のプロ野球。本書は、84年刊行の『組織戦の時代 プロ野球 野村克也の目』と、85年刊行の『プロ野球 監督たちの戦い』を改題・再編集し上下巻にしたものである。
本書は、野村克也氏によるプロ野球83・84年シーズンを中心とした時評集である。野村氏の目により、往年の名選手・名監督が分析的回想され、執筆当時の広岡西武や藤田巨人と選手たち、また球界を沸かせた選手、きらりと輝いた選手たちが俎上に挙がる。
本書の刊行は、25年の時を経て文庫本として発売に至る評論としての「強さ」と、現在の野村氏への興味と期待の現れであろう。
09年の現在、様々な「野村本」が出版されているが、プロ野球評論家としての野村氏の初期の姿を知る資料となる二巻である。
珠玉の経営エッセンス集 今から25年近く前に書かれた内容とは思えない新鮮かつ普遍的な目線が、ふんだんに盛り込まれた好著。著者が現役を引退して、野球評論家として活躍していた時期に、時には冷徹・時には温情の目で、各チーム・選手・監督の実情を、非常にわかりやすくユーモラスに書いている。「自分の成績・タイトルにこだわる『利益型』から、チームの勝利に貢献することを第一と考える『貢献型』への脱皮」は、最近の著書でよく目にする内容だが、既に25年前から言い続けていたことに驚かされた。プロ野球にとどまらず、広く組織を率いるリーダーとして、いかにあるべきかを明確に示しており、できるだけ多くの人に読まれてほしい本である。野球の奥深さや組織づくりの難しさ、そして何よりも野村監督の"すごさ"に圧倒させられるはずである。
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ものぐさ精神分析 (中公文庫)
・岸田 秀
【中央公論社】
発売日: 1996-01
参考価格: 920 円(税込)
販売価格: 920 円(税込)
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・岸田 秀
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カスタマー平均評価: 4.5
? "洗脳されるような"、"強烈に引き込まれるような"、レビューを読んでそんな内容を期待しましたが・・・。文学一辺倒&ちらっと現象学に傾いた私にとっては、何も面白い内容ではありませんでした。また、読みづらい文体で途中放棄中です。
集団心理分析によるユニークな社会・歴史解剖 唯物史観とは異なり、人間の心理に重点を置き、集団心理を個人の心理と同様に論じられるという見解(唯幻史観)の上、近代日本、国家、性などを分析した書。「共同幻想」を前面に押し出している点は吉本隆明氏と通じる所があるが、具体的対象を論じている点が面白い。フロイトの心理分析手法をほとんど無批判に自説に取り入れている点は気になるが。
「日本が無謀な太平洋戦争に突入したのは、ペリーの黒船来航による」、「アメリカが世界各地の紛争に介入するのは、アメリカ原住民を虐殺して建国した"うしろめたさ"があるから」と歯切れ良い。特に、外的自己と内的自己による分析は頭を整理するのに役立つ。吉田松陰と日本赤軍が内的自己で結び付くとは。「共同幻想の無謬性と絶対性を維持するため、現実への適応に失敗しやすくなる」という一節は、オウム真理教を予見したかのようである。私はフロイト流の心理分析は信用していないのだが、集団心理の説明には都合が良いのかなと思った。性に関する分析では、人類の性本能が壊れていると言う指摘から始まり、文化としての性幻想を論じているが新鮮味がない。進化論・時間・空間・言語に関する考察は発想が自在と言うより、むしろ檻の中での窮屈な議論で魅力に乏しい。「本能を失った人類」に拘り過ぎているのである。時代・国家などには巧く適用できた集団心理分析手法が、性・言語と言った属人的な例に対しては空回りしている感がある。もっとも、「私的幻想」から抜け出せない人間が今で言う"引きこもり"に相当するとしたら卓見である。「心理学者の解説はなぜつまらないか」、「心理学無用論」の二つの自嘲的な章は笑わせてくれるが、意外と著者の内なる悩みなのかもしれない。これらの章が題名の由来になっている。最後に個人的な事柄が語られるが、主に母との関係が著者を心理学に進ませた経緯が述べられる。
時代・国家という対象を集団心理分析の手法で鮮やかに論じた刺激的な書。
かなり以前の、、、 アナライズだが、そのいくつかはいまだ現実にある性質のものだと思う。
わたしは神経質といわれるが本人はいたってのろまである。
そして片付けが下手だ。かたづけるというと、捨てるほうがきにいっている。
だからある部屋はごちゃごちゃ。ある部屋はきちんとしている。
そして脱皮するようにごちゃごちゃをみて自分はものぐさだとおもう。
他人はどう思っても自らは偽れない。
次回作がすでにでているので、それとともに時間の経過がわかる。
たいへんおもしろいので、是非一読推薦いたします。
80年代文化を形成した名著 80年代文化を深層で形成したのはこの本である、と言い切ってしまおう。
同時代の日本の知識・文化人に与えた影響は計り知れない。
よって読んで損はない。
ただ、老婆心ながら一つだけ。
岸田先生はおそらく軽度発達障害だと私は見ている。
だからというわけでもないが、先生の理論は平均的な人間にはあんまり当てはまらないように思う。
ちなみに、アスペルガーの私にはどんぴしゃで当てはまりましたぞよ。
おもしろいがこわい 「自己険悪の効用」を落ち込んでるときにはあまりよまないほうがいいかもしれない。さらに、逃げ道のない考え方に陥ると思います。著者の文章の運びがうまいせいか引き込まれやすいと思います。
たいして、「忙しい人と暇な人」を読むと著者の人生遍歴の爽快さにおもわず馬鹿笑いしてしまいました。そのひょうひょうとした語り口もなんともおもしく、落ち込んでいるときはまずこちらから読むことをお勧めします。
精神分析とだいしてありすが、けっして硬い内容ではありません。しかし、逆に日常に溶け込みすぎている感覚もあり、だいぶ身近に感じることの出来る分怖さも増しているような気がします。
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職業としての政治 (岩波文庫)
・マックス ヴェーバー
【岩波書店】
発売日: 1980-03-17
参考価格: 483 円(税込)
販売価格: 483 円(税込)
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・マックス ヴェーバー ・Max Weber
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カスタマー平均評価: 4.5
政治にたずさわる者への痛烈な批判 政治にたずさわる者への痛烈な批判であり、きびしくストレートな提言でもある。
そもそも政治にたずさわろうとする人「政治家」になりたいと思う人・人物をよく
とらえている。
そして、そんな政治家をあがめたてまつっている人々への批判の書でもある。
思想書の射程を超えて 「正当な暴力の独占主体」としての国家、とのあまりに有名な定義が披露される講演記録。
しかし、当のヴェーバーはそうした定義もそこそこに、各々の政体の、各々の時代における
種々の「職業」のありようへとその議論を移していく。
それらを極めて丹念に吟味したその後に、テーマは再び政治家たる者の資質の問題、暴力の
問題へと帰着する。
「心情倫理」と「責任倫理」の耐え難き分裂、しかし、そこで立ち尽くすものに政治家たる
資質などあろうはずもない。
成熟の末、双方を併せ持ち、あまりに悲惨な状況を前にして、「それでもなおdennoch」、
この世界に情熱と判断力をもって立ち向かうもののみが「天職 Beruf」として、政治へと挑み
得る、この社会学者は聴衆を前にそう断言する。
第一次世界大戦直後のドイツにおいて放たれたこれらヴェーバーのことばは、単にその
時代において解釈されるべきものではない。暴力の問題、責任の問題はすなわち人類史に
他ならない。ゆえにこそ、彼の熱き意志は今なお、深き洞察を有する生きたことばとして
語り継がれる価値を持つ。
日本の政治家はともかくもこれを読め! マックス・ヴェーバーの講演録。
薄いが中身は濃いものとなっている。
本書の内容は「職業としての政治とは何であり、またそれがどういう意味をもちうるのか」(p7?8)という問題への答えである。
政治とは権力をもってするものであり、すなわち暴力を用いてしか解決できないような問題を対処しなければならない。
要するに、悪魔との契約をしなければならないのである。
彼の言うところの「道徳的にいかがわしい手段」(p90)を用いる必要があるということだ。
政治家に必要とされるのは、心情倫理(一般的な倫理)ではなく、責任倫理である。
要するに、手段を問題にすべきではなく、政治家に必要なのは、結果への責任をすべて受け入れる倫理なのである。
今日では政治家よりもマスメディアが、このことをしっかりと頭に置くべきだろう。
メディアではしばしば、政治家の「非道徳性」が非難されるが、その多くは手段が倫理的ではないということで、これは場違いな批判である。
一方政治家も、結果について「予見できなかった・こういう事態がおきたために?・目的は正しかった」などと弁解する人がいるが、これもまた政治家の持つべき倫理を間違えている。
個人的に気になったのは、政治と過去との関係である。
彼は、「戦争がすんだ後でその勝利者が、自分の方が正しかったから勝ったのだと、品位を欠いた独善さでぬけぬけと主張する」(p83)のを批判し、敗戦国についても「戦後になって「責任者」を追及する」(p94)などということは「愚痴っぽいこと」と一蹴している。
「戦争の終結によって少なくとも戦争の道義的な埋葬は済んだはずなのに、数十年後、新しい文書が公開されるたびに、品位のない悲鳴や憎悪や憤激が再燃して来る」(同)というのも、今日の日本を示唆しているかのようである。
彼は「政治家にとって大切なのは将来と将来に対する責任である」(同)と断言し、「過去の責任問題の追及」は「解決不可能」で「不毛」だとしている。
さらに、過去の責任追及においては、「勝者は――同義的にも物質的にも――最大限の利益を得ようとし、他方、敗者にも、罪の懺悔を利用して有利な情勢を買い取ろうとする魂胆がある」ために、「問題全体が不可避的に歪曲化されるという事実までが、そこでは見逃されてしまう」(p84?85)と言う。
最後に、彼は「「卑俗」とはまさにこういう態度をこそ指す言葉で、それは「倫理」が「独善」の手段として利用されたことの結果である」(p85)と締めくくっている。
現在の日本への警鐘のようにも思える。
時代の皮肉 ウェーバーの死の1年前、1919年に行われた、次代を担うであろう学生達に向けた講演の記録。
誰もが指摘するように、古典中の古典だが、得るものは多い。
政治の持つ暴力性、現代的な政治を職業とする者の分類、そして政治家に期待される倫理、さらに資質……これらのことに関して論じたところは未だに色あせない。
そして、多くの人が、これらのことについては語ってしまっているので、本書の違う部分に目を向けたいと思う。
ウェーバーはこの当時、ワイマール憲法の起草委員会のメンバーだったと記憶している。
高校の歴史や政治経済の教科書などにも出てくる通り、基本的人権という面において、当時としてはもっとも完成度が高かったとされる憲法だ。
自分の記憶が確かなら、起草に当たって政治社会学、法社会学の泰斗として、ウェーバーの果たした役割もまた大きかったに違いない。
そして、この講演…特に政治家の倫理や資質を語る部分は、当然、この憲法に基づくドイツの政治をこれから担う若者に対して発せられた、政治を職業とする者はかくあるべしという、ウェーバー流のメッセージのはずなのだ。
さらに、彼はロシア革命を「乱痴気騒ぎ(カーニヴァル)」と言って嫌悪感を隠さず、政治的な熱狂によって導かれる政治を否定しさっていた。
また、当時のドイツの政治状況をちくりちくりと批判し、警鐘を鳴らし、こうも学生達に呼びかける。
10年後にもう一度集まって、同じテーマで論じてみたいものだと。
彼ら学生に、危機的状況を乗り越えて、穏健な民主国家としてドイツの未来を形作っていって欲しいと期待していたことが、ありありと窺えるではないか。
彼の講演を生で聞いた学生達は10年後を、さらにその後をどのような思いで眺めていたのだろうか。
10年後には、ワイマール体制は機能不全の態を表し、1933年にはヒトラーが首相に就任するに至る。
ナチ政権はまさに政治的熱狂が生み出した、ワイマール体制の理想の対極に位置するものだった。
その後、ナチの支配はより堅固なものとなり、誰もが知る通り、ドイツは戦争への道をひた走り、戦争の敗北によって瓦解する。
ロシア革命以上の乱痴気騒ぎと言わずして何と言おう。
こうして見ると、この講演も歴史の徒花になりかかったのであり、何とも皮肉を感じてしまう。
それでもなお、時代を超えて生き残り、我々にも訴えかけてくるものがあるのは、さすがに誰もが認める名古典にして名講演と言わざるを得ない。
第1次世界大戦敗戦後のドイツを憂うマックス・ヴェーバーの声を聞け 古典といえども今でも「政治」を考える上では色あせない1冊。
この本は、マックス・ヴェーバーが亡くなる前年に、ミュンヘンの学生団体の公開講演をまとめたものである。当時のドイツは第一次世界大戦に破れ、ロシア革命のあおりを受けて、国内は革命への機運が高まっている不安定な状態だった。そんな状態だからこそ、マックス・ヴェーバーは、ドイツの若者に対して、「政治」をきちんと捉え、国家の指導者たるにふさわしい姿勢と求めて語った。
マックス・ヴェーバーは、政治家の必要な資質として、情熱と責任感と判断力を挙げる。特に、単なる情熱だけでなく、その情熱が責任感と結びついたものであり、冷静な判断力で、自己陶酔を抑制することを求める。それは、政治が、権力獲得のためのものではなく、将来と将来に対する責任であるからである。
なんといっても、最後は思わず読んでいて熱くなる。この最後はぜひ、読者自身の目で見ていただきたい。熱い気持ちになるとともに戒めのようなものを感じるはずだ。最後の言葉は、政治家だけでなく、まちおこし活動をしているものにも通用するし、社会に対して変えようとアクションを起こしているリーダーにも通ずる言葉だ。
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戦争における「人殺し」の心理学 (ちくま学芸文庫)
・デーヴ グロスマン
【筑摩書房】
発売日: 2004-05
参考価格: 1,575 円(税込)
販売価格: 1,575 円(税込)
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・デーヴ グロスマン ・Dave Grossman
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カスタマー平均評価: 5
戦場の兵士が身近に感じられる一冊 戦争現場において銃から発射される弾丸の多くは相手を殺していなかった。兵士達は仲間に軽蔑されたくないから、必死に戦う格好をして発砲を続けるものの、実際に敵兵を狙い撃ちして殺せる人間は少数――。
戦争という現場での心理を、退役兵で心理学者の著者が克明に綴った本。極限の場であるはずの戦争の場での心理が、どこか身近に感じられる一冊。
人間は人間を殺すことに抵抗を覚える、しかし単純に距離的な条件を変えたり、抵抗を少なくさせるような訓練を積むことによって、殺害率は上昇する、と筆者は主張している。戦争に限らず、一般社会に転用して考えることもできる本であり、テレビの有識者のコメントよりも、現代社会における殺人者というものの本質に触れている気がする。
ただし主張の核である「本質的に人は人を殺すことに抵抗を覚える」という部分は、それが人間(生物)としての本性ゆえなのか、現代社会の道徳文化の刷り込みゆえなのかの検証がなされておらず、続刊「戦争の心理学」において著者自身、真逆の主張をしていたりとブレている。とりあえず、現代文明社会の人間は人を殺すことに抵抗を覚える、という範囲内で理解しておくのがいいかもしれない。
戦争という大量殺人の深層 これを読んで嫌悪感を感じる方はいるかもしてない。実際に戦場に於いて敵兵を殺した
兵士の証言が生々しく書かれており、もしかしたら読むことすらトラウマになるやもし
れない。
無論、そこまでサディステックに書かれているわけではなく、本書の目的は殺人を奨励
するのではなく、殺人を侵す過程における心理状態を探っており、人殺しの心理を解明
するのが目的である。
日本人には会わない論理だというかもしれないが、平和国家日本に於いてサディズム的
殺人事件が幼年化し、その原因について実は本書で後半部に於いて示唆されている。
導入の章で戦場の例が取り上げられているが、他人事と思われずにあえて読み進めて見
ると、本書の問題とする事が、まさに今起きている問題と一致することに驚かれるかも
しれない。
戦場で何が起きているのか 映画やドラマで主人公の弾は敵に命中するのになんで敵の弾は味方に当たらないのだ矛盾してる、などと私は思いながら映画やテレビを見ることが多かった。しかしこの本を読み終えた今、ふとそれらのことを考えるとあながち非現実的ではないように思える。ゲリラやテロリストが特殊部隊に急襲され一方的にあっという間に制圧されるのはフィクションのご都合主義ではないようだ。
「訓練と実戦は違う」「彼はプロの訓練を受けている」「人を殺すのは難しい」「何をしてる早く撃て!」よく聞かれるこの台詞の本当の意味が本書を読むことで明快になる。いつ死ぬか知れない戦場で兵士が荒々しいのん気な冗談を言っているのは何故か、鬼軍曹がいつも訓練中に顔を近づけてボロカスに罵るのは何故か、私が勝手に「所詮映画だから(笑)」と思い込んでいたベタなシーンの数々は実はリアルな描写だったのではないだろうか。そこには明確な理由があるのだ。
「何故人は戦争をするのか」という問いは多いが「何故人は殺さないのか」という視点は珍しい。兵士が敵を戦場で殺すのは当たり前だとどこかで思い込んでいた現代人の私には目からうろこである。私も含めてレビューだけでは書けない興味深いエピソードが満載なので是非読んでみて欲しい。「え?戦場って実際はそんな感じだったのか」と衝撃と正しい認識が得られると思う。
人殺しと戦争と平和 アメリカ軍において、第2次世界大戦で敵に向かって実際に発砲した兵士の比率は15?20%であったという。それが、朝鮮戦争時には55%となり、ベトナム戦争時には90?95%にまで劇的な上昇を見せた。
何故そういうことになるのか。自身も軍歴の長い著者は、この大部な本の中でその問題に分け入っていく。その分析は、膨大なインタビューや手記、また数多くの先行研究を引きつつ、戦場に置かれた一人一人の心の動きやそれを規定する諸条件をあぶり出していく。そのような環境や条件の下に置かれたなら、またそのような訓練を経たならば、読み手自身もここに書かれている行動パターンをはみ出すことは難しいのではないか。そう思わせるリアリティがこの本にはある。
繰り返し強調しておきたいが、本書は観念的・皮相的な戦争賛美や反戦論とはまったく趣を異にする。「他者を殺す」とはどういうことなのか。戦場に送られた兵士は何を見て、何に傷ついて帰還してくるのか。もし「戦争と平和の規範」というものが成立するとすれば、それは圧倒的な証拠をもってここに提示されている「人間の現実」を踏まえたものでなければならないと思う。
戦争を行うことの是非を考える前に読まなければならない一冊。 色々なことを考えてしまって、訳がわからなくなってしまうとともに、戦場において「人を殺す」ということに対する兵士の心理を研究する意味は一体どこにあるのだろうと考えずにはいられなかった。
過去に行われた兵士の心理の研究目的は、戦地において兵士が敵を殺すことに抵抗を感じない作戦、武器、配置をどうするか、究極的には抵抗を感じない兵士をつくり上げることにある。そして、アメリカにとって、その研究成果のひとつがベトナム戦争だったのである。
つまり、「兵士は敵を殺す事に非常に強い抵抗を覚える。だから、戦争はやめるべきだ」ということではなく、「だから、このようにやれば敵を殺すことにためらいをもたない兵士をつくることができるはずだ」ということだ。
戦争がこの世からなくなることはないのだろう。そして戦争をやる限りは勝たなければならない。だから、このような研究は有益であり必要悪であるに違いない。
著者は20年以上を職業軍人として生きてきた人物である。しかし、兵士に命令を下す指揮官の立場にある期間が長かったようだ。前線に立ったことはあるのだろうか。更に軍人として人を殺した経験はないという。著者は、経験がなかったからこそ冷静さや客観性を保つことができたと記している。確かにそのとおりだと思し、感情論には走らない説得力のある内容だ。でも、何かが胸につかえたままのような気がしてならない。
この本は、米国ウェストポイント《士官》学校の教科書として使用されているとのことだが、なんだか薄ら寒い感じがしてしまうのは、実際に人を殺すのは、ここを卒業して即指揮官となる彼らに命令を下された前線の《兵士》だからである。
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[ 単行本 ]
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ギャンブル依存症 (生活人新書)
・田辺 等
【日本放送出版協会】
発売日: 2002-12
参考価格: 714 円(税込)
販売価格: 714 円(税込)
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・田辺 等
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カスタマー平均評価: 5
ギャンブルのやり方が異常だと感じたら 自分(家族)のギャンブルが少しでも異常に思われるならば、一度は目を通しておきたい必読の書。ギャンブル依存症は「否認の病」、自分が常軌を逸したギャンブラーで、たとえ病であることを認められず受け入れられなくても、家族にこっそり隠れてギャンブルするのならば、一度はこの本でもこっそり隠れて一読されることをオススメします。
それは、一回の大勝の快感とは比較にならないほど価値のある一読です。たいへん読みやすいですし、いいですよ。
丁寧さと的確さ ギャンブル依存症の実態と推移、パチンコ、競馬などの事例を踏まえ丁寧にこの病気 が伝えられています。また源氏物語との親和性を軸に、古来から依存症が存在し、決して稀有ではないポピュラーな病であるとこれまでの偏見が覆され、理解が深まりました。そしてギャンブル依存症発症から症状が治まっていく過程を事例とともに的確に説明され、そのための関係機関も詳しく記されています。この病は本人の自覚がされにくく、その前に家族が先に相談に訪れるケースが多いようです。病気であるという認識をさせられる意味でこの本の重要性、そして正義に敬意を申し上げます。希望の書と胸を張ってオススメです。
この本に出会って良かった! 知り合いの パチンコでの繰り返す借金が不可解で この本を買って読みました。
親切で解り易く、解決へと導かれていて 当事者にも読み易く書かれていました。
実際、本人も読んで 自分自身を理解し、前向きになりました。
ギャンブルのトラブルで悩んでいる方に 是非ともお薦めです。
自分はパチンコ依存症の友人に5万貸して自殺されました。 自分はパチンコ屋の雰囲気が好きで
金が無くなってからは学生のアルバイトでしばらくの間働いていましたが
本当に恐ろしいところでした。
一日13万円負けてその場で号泣する老人とそれを入り口まで誘導する自分たち
、向かいの武富士の入り口から恐ろしい
形相で走ってこっちに向かってくる30位の女性の姿をガラス越しから見た時
一体、これのどこがアミューズメントなんだ?
と思わず身震いする光景
そのおかげで自分はパチンコから足を洗うことが出来ましたが
この本を読んであの時の光景が蘇りました。
ななさんの言うとおりこの産業はやりすぎというか犯罪の域まで達していると思う
もう一度考えるべきときが来たのだと思います。
パチンコがやめられない人が、自分の意思が弱い、気合が足りていないと考えがちですが、
合法的に下手すると麻薬よりも強烈なパワーを秘めている脳内麻薬が
パチンコ店に入って遊ぶだけで簡単に得られるという状況に簡単に耐えられると思いますか?
パチンコ店に入れば、職業、性別に関係なく玉やメダルを出している奴が、強者
競馬や競輪等と違う大きな点は、他の人に自分は出していると猛烈にアピールできる時間が長い(競馬競輪は換金所で変える数分だけだがパチンコ等は別積み、マイク放送があって良くも悪くも注目される)点こそが、
パチンコの一番恐ろしいところだと思う。
パチンコ中毒に陥った人も家族や知り合いがギャンブル中毒で見ていられないという人も
ぜひ一度、本著書を読んでいただき、ギャンブルと言うものの恐ろしさを理解していただきたいです。
たった700円ぽっちで、危険を回避できるのならとても安いと思いますよ
娯楽の皮を被った破滅の遊びパチンコ、パチスロ
この世から早く消滅してほしいです。
自分もいつ再発するのかわからない依存症に日々苦しんでいます。
とてもためになりました。 ギャンブラーの増加によって増加してきたギャンブル依存症について
取り上げられています。
なぜこの病気を発症してしまうのかを環境や状況によっても
詳しく説明していますし、
当事者や被害にあっている家族はどのように対処をすればいいかなども
専門的にではなく分かりやすく説明していたのでものすごく参考になりました。
依存症、と言うのは無理解がより症状を悪化させるのだな、
とつくづく実感させられた本でした。
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[ 文庫 ]
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EQ―こころの知能指数 (講談社プラスアルファ文庫)
・ダニエル ゴールマン
【講談社】
発売日: 1998-09
参考価格: 1,029 円(税込)
販売価格: 1,029 円(税込)
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・ダニエル ゴールマン ・Daniel Goleman
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カスタマー平均評価: 4.5
知・情・意の調和と連動 10年以上前のベストセラーとあなどるなかれ。現在でも目新しい人にとっては十分に目新しい、情動の働きとその重要性が豊富な事例でつづられている。昔の人は知・情・意と人間の本性をよく捉えていたものだが、実は「知」も「意」も「情」があってこそのものだということがこの本からよく分かる。昨今ブームになっている行動経済学や神経経済学でも、またぞろ同じようなことが喧伝されているが、その事実はそのまま、当時の「EQブーム」が一過性に終わってしまっていたことを意味するのではないだろうか。いずれにせよ、名前や形を変えてでも啓蒙と発展を要する分野であることは議論を待たない。
快を求めて難を避けるのは、生物として最も原初的な機能であり知性であることは進化論的に考えても理に適っている。人間の脳もそうした「情」をつかさどる大脳辺縁系を包み込むようにして、「知」と「意」を生じさせる大脳新皮質を発達させているが、どちらが主にも従にもなりうるようだ。つまり、「情」は「知」と「意」をかき乱すこともある一方で、「情」が無ければ物事の判断という「知」は機能せず、自らを何かに向けて突き動かす「意」もまた生じ得ない。そうしたプロセスとメカニズムを、大脳生理学的な知見を基盤として、教育、医療、職場、家庭、スポーツなどの領域での研究によって概観し、幼少期のあるべき情動教育の試みに話が進んでいく。とりわけ示唆的なのは、「情」を自らの「知」や「意」とだけでなく、他者の「情」とも調和させる術の重要性だ。
それぞれの分野での最新の動向を追うための下地として、また、自らの健全な生活を実現するための指南書ないし理論書として、現在でも有用性は色あせていない。
感情を制するものが社会を制する 企業は一見合理的に見えるが、内実は感情がうずまく世界だ。
人が会社を辞めるのは、仕事がつまらないからではなく、人間関係に悩んで、
ということも多い。
人を物のように扱い、容赦なく切り捨てる上司、嫉妬がうずまく同僚との関係、
そして部下からの突き上げ。。
自分の感情を理解し、制御できなければ、どんなに頭が良くても、企業の荒波に
簡単に飲み込まれ、不満と不平に満ちた会社生活を送ることになるかも知れない。
とても一度では理解できない厚い本なので、折に触れて何度も読むべき名著。
子を持つ親として 90年代後半の発売当初、日本でも大ベストセラーとなりましたが、
当時は”はやりもの”に飛びつくことへの抵抗感から読んでいませんでした。
しかし、最近の人事制度や人材育成に関する本のなかでも、このEQという概念が
紹介されていたことから、読んでみることにしました。
IQとは異なるEQという心の知能指数について書かれた本書は、
「なぜ頭がよくても人の気持ちがわからない人がいるのだろう?」という、
自分自身が持っていた疑問について、明確に答えてくれました。
人事制度、人材育成に関しても参考となる部分はありましたが、
なにより、子を持つ親として参考となりました。
親のための教科書 全ての子供が親に望むであろう事が書かれてると思いました。勉強や仕事の成果よりどれだけ相手を思いやれるかどれだけ自分を守れるか母親として子供に伝えるべき愛が何を教えてもらいました。経済的な豊さを競争し合う時代に子を育てる親達、その未来に「育てて良かった」を与えてくれそうな気がします。
情動の支配を調整する術 長い間読みたかったが読む時間が取れなかった本です。人間の知性を違う側面から図る道具としてのEQのことを少しでもしりたかったので気になっていました。
通読してみると、「情動」が人間、あるいは哺乳類の行動に対して大きな役割を果たし、制御する能力として「EQ」を脳科学的にはとらえている。また、EQの能力はそれだけではなく、情動や感情をコントロールして組織としての人間社会に対しての適応力、発達させる力にまで影響してくると唱えている。脳の科学のレベルから人間の行動のレベルまで述べてくれているので一貫して説得力がある。「情動によるハイジャック」「フロー状態」「情動は伝播する」など覚えておきたいEQの役割を再度認識。
脳と体と感情について、体系だって解説してくれている本だと思う。これですべての「人間的」という要素を網羅したとは思えないが感情に対して、鋭いメスを入れてくれている本だと思います。
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[ 文庫 ]
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恋愛脳―男心と女心は、なぜこうもすれ違うのか (新潮文庫)
・黒川 伊保子
【新潮社】
発売日: 2006-02
参考価格: 380 円(税込)
販売価格: 380 円(税込)
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・黒川 伊保子
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カスタマー平均評価: 4
恋愛本の原点は、ロボットの対話機能(人工知能)研究だったとは 本書の「結び」で、男性脳と女性脳が存在することに気が付いたのは、人工知能(AI)の研究に携わった時で、ロボットの対話機能を開発していた時だと告白していて驚いた。
改めてプロフィールを拝見して、黒川伊保子氏の執筆、ビジネス活動の原点がAI研究にあったのだと認識して全てが腑に落ちた。
本書を読んでいると、男性脳と女性脳は永遠に理解し合えないような気持ちになっていた。
しかも黒川伊保子氏は、男性脳に少し批判的なコメントを付け加えて女性読者を惹きつけ、一方で男性読者には女性脳に好かれる為のアドバイスを与える巧みな筆使いである。
結局のところ、お互いに理解できないことがあっても男女脳がすれ違うものだと理解することが幸せな生き方である。
手に取って、損はなし! 書き手主観の恋愛体験が全体を通して多少入っているにせよ、私は嫌味に感じたりすることはありませんでした。解説書というよりは、個人の体験を通して説明を工夫しようとしている、男女の脳差について書かれたエッセイです。
恋愛について悩む時に手に取って、相手の行動に理解を示すための一助とする分には大変オススメできる本です。個体差はあれど、絶対的な脳の機能について知る事で、自分の心の平穏が保たれるならよいことだと思います。特に相手に会えなくて不安なとき。良い結果も、残念な結果も逢えば解決できることも多い。逢えない時間にふとよぎる「心配」に利く一冊です。
私にとっては発見も多く、コストパフォーマンスの高い一冊でした。
パートナーにも読ませたい1冊 男性と女性の脳の構造の違いが引き起こす、思考回路・思考方法の違いについて解説した本ですが、具体例満載で小難しいことはひとつも書いてありません。
その具体例とは、著者と息子、そして夫との日常の出来事で、読み飛ばすのがもったいないと感じるほど、みずみずしくて豊かな時間が伝わってくる上質のエッセイになっています。茶目っ気たっぷりで、鋭い視点を持つ著者の人柄も伝わり、読んでいてとても楽しかった。
男と女がなぜすれ違うのか、読みながら思い当たることがありすぎて、何度苦笑したことか・・・。パートナーと読めば、お互いの理解がより深まるかもしれません。
「セックス・アンド・ザ・シティ」を彷彿とさせるエッセイ部分が魅力 朝日新聞の紹介に引かれて、即買って読んだ。本書の出だしのエッセイ部分はSex and the city のキャリーのモノローグのように軽快で小気味いいが、中盤の一般論になるといきなりしらけた。特に気になった問題点は
1.科学的論拠を示さないまま、断定的な話し方で進めてしまっ
たこと(読者層の見誤り?)
2.女性=女性脳の持ち主、男性=男性脳の持ち主 と関係を固定化してしまったこと。
の2点だったのでは?
どんなに「典型的な男性脳」の持ち主でも、「自分を失うような恋愛」に溺れるような「例外的経験」をすることもあるはずだ。そのようなダイナミックな変化を変数に入れれば、もっと説得的になったのではないだろうか?
私はこの人のプライベートなエッセイが好きだ。一方、論理的なところは今ひとつだ。本当は、星の数は3,8ぐらいで決して4には届かない感じなのだが、「男性脳」である時間が比較的長い私は、ついついこの作者に甘くなってしまうようである。
また、他の本が出たら買うかって? ?たぶん、ね。
スリリングな文体に乾杯! 著者の黒川さんは「純粋な女性脳」の持ち主。
「純粋な男性脳」の持ち主である【私の大好きなひと】とのやりとりが秀逸です。
まず先に結論ありきであり、科学的な論文と考えて読むと肩透かしを食らったような、単なるのろけ話に思えなくもありませんが・・読み物としては一級だと思います。
もともとロボットに人間と自然に会話させるプログラム(人工知能)を研究していたころ、男性の会話と女性の会話に、まったく相容れないものを発見してしまう・・というのが黒川さんの原点だそうです。コンピュータ・プログラムを組み立てるような緻密な論理のアタマとビビッドな感性がシームレスの文体は、好き嫌いが別れるかもしれませんが、スリリングで新しく、それだけでも読む価値があります。
男女の間には、どうしようもなく深くて長い川があります(BYのさかあきゆき)。それをのり越えるには、言葉による相互理解が難しいだけに、肌と肌のふれあいは必須なのです。
男子にとっても、(おそらく)女子にとっても納得の一冊、おすすめします。
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[ 文庫 ]
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精神分析入門 (上巻) (新潮文庫)
・フロイト
【新潮社】
発売日: 1977-01
参考価格: 660 円(税込)
販売価格: 660 円(税込)
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・フロイト
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カスタマー平均評価: 5
<夢>に興味のある人におすすめ 太宰治は「斜陽」のなかに、「不良とは、優しさのことではないかしら」とか、「札のついていない不良が、一番、こわいんです」とかいう台詞をちりばめている。そんな台詞たちにであい、どきりとさせられた。これに似た<どきり>に、本著作の中でも、であった。正確な文章ではないかもしれないが、それは、こんな言葉だ。
悪人と善人との違いは、前者が実際に悪事を働くのに対し、後者は夢の中でそれを行う、というところにある。
<精神分析入門>というタイトルだけれども、私の印象が不正確なせいか、あるいは、私の興味がそこにあるからなのか、本著作の中心にあるのは、<夢>だ。少なくとも、私はそう思った。今朝、俺、こんな夢見たんだよな、いったい、どんな意味があるんだろう? なんて、興味を抱いた人も、気軽に、手にとって読んでみるといいかもしれない。
お薦め 本書は、1915年から17年までウィーン大学で一般向けに行われた講義の内容が記録されたものです。
講義記録が纏められた本だけあって、河合先生の「カウンセリングを語る」シリーズの様に、他のフロイト本よりも比較的平易な文章で綴られていて、
フロイトの書籍の中でも割と読みやすい初学者向きの本だと思います。
あの時代背景において、もっとも禁忌とされていたこと。
でもだからこそ、勇気をもって主張していかなければならなかった。
たとへ、社会から抹殺され孤立しようとも。
大切な友人を失う事となっても。
人々に嘲笑されようとも。
ブロイエルさんなんかも、分かってはいたけれどとてもとても言えなかった。
でも、フロイトはそれをやってのけた(言ったモン勝ちっていうか)。
なので、わたしの率直な感想としては、「フロイトかっけ?」のひと言に尽きます。
あと、あまり”狙っていない”面白さがあって良かった。
読みにくいが最高の参考書 高校の時に心理学に興味をもって買ったのだが、ずっとほこりにまみれてた。
最近、大学院を考えるようになり、始祖の思想を確かめるために読んでみたが、確かにわかりやすく、口述文なので頭に入りやすい。
一方、洋書を日本語訳したものなので文書は一部読みにくい。
フロイトの理論はリビドーを重点においてるとされているが確かに性欲やエロティックな分野での思想が多かったように本書を読んで思えた。
フロイトの意気込み フロイトがウィーン大学で行った講義の記録である。当時は精神分析が徐々に
発展し、広まってきたとは言え、まだ風当たりの強かったと推測される。その時
期、一般向けの公の場で精神分析の講義をするということで、フロイトも精神分
析を広めれるという気持ちで張り切っていたのかもしれない。内容を読んでいる
と、そのようなフロイトの張り切り具合が感じられるとともに、精神分析をあま
り知らない一般の人に分かり易く、丁寧に説明していこうという一生懸命さも伺
える。
上巻の内容としては「錯誤行為」「夢」「神経症」について書かれており、今
まで公にされた「日常生活の精神病理」「夢判断」を中心とした論文をコンパク
トにまとめ、整理し、分かり易く解説している。
一つだけを取り上げると、錯誤行為の中の物忘れというものがあるが、これは
重要なものであるからこそ忘れてしまうとフロイトは主張している。これと関連
するのは、実際の臨床の中における患者さんの無断キャンセルについてである。
その理由は様々だが、よく患者さんが理由として挙げることは「忘れてました」
というものである。
セッションを忘れていたということは錯誤行為に当たるし、フロイトの主張に
従えば、それには意味があるということになるだろう。そして、ここで重要なこ
とはその意味を考える作業であり、無断キャンセルをしたことを責めて、もうし
ないようにさせることが重要なのではない。
さらに、無断キャンセルをしたことやそれを忘れたことについて、「なぜ無断
キャンセルをしたのですか?」「なぜ忘れたのですか?」と理由を問うてもあま
り意味がない。それよりも、「無断キャンセルをしたことについてどう思います
か?/感じますか?」や「忘れてしまったことについて何か思いつくことはあり
ますか?」といったように、それ自体にまつわる空想や連想を聞いていくことが
治療をしていく上ではとても重要となってくるのである。
「人間フロイト」入門 本書はフロイト晩年の著作であります。各論的な学説的展開の中にもフロイト自身の人生観や学問研究についての大局的な信念、人間性の本質についての深い洞察がちりばめられており、「精神分析入門」というより「人間フロイト入門」として読むことができます。精神分析のエッセンスでもある第3部の神経症総論から読みはじめる方も多いと思われますが、あらためて読み返すと第1・2部の錯誤行為や夢もテンポ良く簡潔にまとめられており、すでに大作「夢判断」を読んだ方にとっても、漫然とした理解がスッキリ整理されるという点で一読する価値は十分にあるかと思います。
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[ 文庫 ]
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ささいなことにもすぐに「動揺」してしまうあなたへ。 (ソフトバンク文庫NF)
・エレイン・N・アーロン
【ソフトバンククリエイティブ】
発売日: 2008-03-18
参考価格: 819 円(税込)
販売価格: 819 円(税込)
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・エレイン・N・アーロン
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カスタマー平均評価: 5
神経質な性格と仲良く付き合えるようになる本 今まで読んだ本は、神経質な性格を悪という側面から解説した本ばかりで、容易には取り組むことの出来ない内容のものばかりであった。
しかしこの本は、持ち前の神経質さを武器と捕らえ、社会の中で活躍できるような意識改革をしてくれる本である。
著者自身も神経質な性格に長年悩み、克服した経験を持っている。
また同様の性格に悩んでこられた多くの人と接し、研究して来ただけのことはあり、内容には説得力がある。
私は社会生活へ支障が出るほど神経質であるため、長年苦しんできた。
この本は、1章を読んだだけで心が軽くなり、ちょっと人と触れ合ってみようかという意識にさせてくれた。
神経質は欠点ではなく、最強の武器になるという言葉に、大変勇気付けられた。
特に対人ストレスに悩まされている人には、まずこの本を読んでみて欲しいと思う。
具体的なアドバイスがあり、症例も多い実用書 この手の本はたくさん出ているので、かなり迷いましたが、購入して正解でした。
読み進めていくうちに、「あーやっぱり自分もHSPだったんだ。」と妙に納得してしまいました。
この本のいいところは、具体的にHSPがどう生きていったらいいかと言うのを書いているところ、また症例が豊富で、値段の割には中身が充実しています。HSPの恋愛傾向もまあ役に立ったんですが、私は具体的な仕事はどんな仕事か?HSPは芸術的な仕事に携わる傾向があるが、アインシュタインのように「仕事は経済を支える手段」と割り切って、好きなことは仕事にしない、と言う考え方で「相対性理論」を考えたと言うのは、読んでいて目からウロコでした。
最後に「ゆるし」と言う言葉が出てきた時「ああ、やっぱりHSPである私を傷つけた人を赦さなくちゃいけないの?」という複雑な思いと、「HSPである私自身が私を赦せば楽になれるのかしらん?」と、少し糸のようにもつれていた私の人生の道に、光が見えてきた気がしました。
「自分ってもしかいしてHSP?」と思った方には一読をお勧めします。文庫版になって廉価で中身は値段以上です。
人生の書 半信半疑で買ったが、充実した内容だった。
ささいなことに動揺する人=刺激に敏感な人(HSP)が、どう自分を肯定し、社会に接するべきかを、著者の体験を交えながら丁寧に教えてくれる。
「(簡略)内向的な性格は決して悪いものではなく、むしろ美点がたくさんある。自分の内面に向き合い、自信を持って人生を楽しめるよう、ステップを踏んで成長していこう」
人口の20%がこのHSPらしいので、自分もそうだと思う方にはぜひお勧め。
身近にHSPがいる人にも読んで欲しい一冊。
繊細さはとても素晴らしい長所です! 言われなくても様々なことが感覚として「わかる」。
その場に入っていっただけで、どの人が居心地悪く感じているかなどが「わかる」。
他人の気分に左右される。人の痛みに左右される。
忙しい日々が続くとひとりになれる場所にひきこもりたくなる。騒音に弱い。
すぐにびっくりする。一度に色々なことを頼まれると混乱する。
思い当たることが多いあなたはHSP(Highly Sensitive Person)とっても繊細な感覚を持つ人なのかもしれません。私自身、このような感覚は「普通」のことだと思っていましたが、単行本が出た時にこの本に出会い、自分がHSPであること、この感覚を持つ人は人口の15?20%にすぎないことを知りました。
繊細であるがゆえに色々なことに気づいてしまい、それに動揺し疲れたり傷ついたりしてしまう。そんな方はこの本を読み、自分が繊細であることを認めるだけでもとても楽になれると思います。普通の人には刺激があって楽しい場所も、繊細な人には刺激が強すぎて疲れ果ててしまうことがわかれば、行動の仕方、避けるべき場所などがわかり生活も楽になるでしょう。
繊細さは決して短所ではなく、優秀なセラピストになれる可能性もありますし、芸術的に優れた才能にもつながります。
自分自身が繊細な方だけではなく、このようなお子さんをお持ちの方にも読んで理解をしていただければと思いました。
過酷な環境で生まれ、生まれたときからずっと鬱の人に。 新フロイト派のホーナイの高弟、近藤章久氏の流れを汲む精神科医に精神分析療法を受けたが、12年間かけても心身症(慢性疲労症候群の非浸出性咽頭炎)、鬱は治らなかった。 最近になって、デビット・D・バーンズ著の認知療法(読書療法)に出会い、かなり感情のコントロールが出来るようになったが、認知療法では、性格は生まれ育った環境からという考え。 しかしこの本は、遺伝的要素で20%程度の人は敏感な脳を持って生まれることを中心に考えられている。 認知療法(読書療法)をしたあとに、この本を読むと鬱からの脱出が早いと思う。
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[ 文庫 ]
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[新装版]活眼 活学
・安岡 正篤
【PHP研究所】
発売日: 2007-05-22
参考価格: 1,050 円(税込)
販売価格: 1,050 円(税込)
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・安岡 正篤
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カスタマー平均評価: 5
野村監督推薦の書 朝日新聞に掲載された野村監督の「仕事力」に関する談話記事で紹介された書である。それによると、45歳で現役引退した野村監督が、講演会などでの話し下手を克服する為に、師と仰ぐ草柳大蔵氏から推薦されたのが本書。本書は日本の政財界やリーダーたちの精神的な支柱ともなっているとのこと。野村監督はこれを読んで自らの無知無学を再認識され、以来ありとあらゆる本を読み始め、その結果、長年の野球で得た経験知を言葉に置き換える力を見に付け、口下手を克服することが出来、更には監督として自分の考えを如何に選手に伝えるかという方法を身に付けたと語っている。その契機となったのが本書とのことである。
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