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[ 文庫 ]
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Q&Aこころの子育て―誕生から思春期までの48章 (朝日文庫)
・河合 隼雄
【朝日新聞社】
発売日: 2001-09
参考価格: 525 円(税込)
販売価格: 525 円(税込)
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・河合 隼雄
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カスタマー平均評価: 5
頭や理屈じゃなく 読む人や読む時期によって見えてくるヒントが違う本だと思います。 読むと楽になるような事が書いてありましたが、私は逆に身が引き締まりました。 理屈じゃなく頭で考えるのではなく人間と人間の付き合い方で基本的な事の重要性と勘は世の中今一番欠けていて一番不安な所で答えが一つではない所だと思うので、そこを何とかするのはやっぱり難しいなと思いました。マニュアルや色々な子育て論は参考程度に、私自身の経験や勘も大事にして心も成長させながら子育てしなたいなと思いましたが、、主人の感想は考え過ぎだと思うよ?皆そんなに色々考えてないと思う、、でした(笑)まあ子供の相手しないで本読んであーだこーだ言うより主人のようにゴロゴロ子供と寝転んでオナラかけあって喜んでいるのもいいかな??
気軽に読めるけれど、とても深く、再読三読したくなります。 河合先生のお話がそのまま関西弁で書かれていて、
お話を聞いているように気軽に読めますが、
他の方も書かれているように、
その内容は本当に深く、
子育てに対してだけでなく、
今の日本社会に対しても啓示に満ちている本だと思います。
心に刻んでおきたい、覚えておきたいことが
こんなに多く書かれていた本は初めてかも知れません。
多くのページの角に折り目がつき、
あらゆる箇所に横線が引かれました。
一読するだけで忘れ去るには、あまりにもったいなく、
続けて再読しました。
・物が豊かになり、世の中が便利になった分、
人は心を使わなくなってしまった。
心を使う事をサボるようになった分、昔とは違った問題が色々起きている。
・大人から見たら、無駄に見える遊び、無駄に見える時間にこそ
子供の内面は育っている。
・正しい事を立て続けに言われたら、人は動けなくなる。
等々、なるほどなぁ、と思う事が山ほど書かれています。
この本を読み、
頭で考えるのではなく、心で感じ、
子供と共に自分自身も育てて行く気持ちで
子育てをして行けばいいのだろうと改めて思いました。
また、何度も読みたいと思います。
「強い絆よりも深い絆」、これからの目標です 子育ての権威(?)といった人たちが書いた、育児の方向性を決めつけるようなアドバイス本には疑問を
感じることがありますが、河合さんは親の目線と近いところで話しかけてくださっているようで、ひじょうに
読みやすかったです。
「ふたばのころ」も「新芽のころ」も過ぎ、「若葉のころ」も終わりかけているわが家の子どもたちなので、
う?ん、今からじゃ遅いかな…と思う事柄もあります。
でも、彼らなりに自分たちでよく考え判断して動ける人間になりつつあるので、まあいいか、とも思います。
「自分の人生を生きられる人間」…私自身も大事に自分の人生を歩みたいと気づかされました。
まだ子どもはいませんが 私自身はまだ子どもはおりませんが、育児をするときには
何度も読み直したいなあと思う本です。
自分自身の成長も振り返りながら、自分はこう育てられたから
こんな人間なのかもしれない、と自分を振り返ることもできるようにも
思いました。
子育てに正解、王道はないかもしれないけれど、目指すべき道というか
気持ちがわかってくるようにも思います。
それでいて人間、やはりみんな悩みながら子育てをしているんだなあ、
と悩みを共有できる感じもします。
河合さんの本は、読後いつも安心感が生まれるように思います。
子育てのバイブル いつも知人への出産祝いとして送っているが、評判はよい。
一般的なQ&A形式とはちょっと異なり、Q&Aになっているのは章のタイトルだけで、テーマにそって臨床心理学的見地からズバッと筆者の考えを述べている。細かいテクニックではなく普遍的な考え方が書いてあるので、子育てをする人だけでなく子供に携わる人すべてにとって参考になる。読みやすい文章ですぐ読める。子育てをしていればちょっとした言葉に励まされたりするもの。読んで得られるものは大きい。
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[ 文庫 ]
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幸福論 (集英社文庫)
・アラン
【集英社】
発売日: 1993-02
参考価格: 680 円(税込)
販売価格: 680 円(税込)
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・アラン ・Alain
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カスタマー平均評価: 4.5
合理的な幸福論 「心を楽にしたければ体を楽にすること」とか、とにかく合理的。
たしかに、人は精神について体の影響を見逃しがち。
「不機嫌な人は立ちっぱなしだから。椅子を差し出してあげよう」
とかわかりやすくて笑ってしまう。
(日本人は何かにつけ人を立たせるのが好きなので困ります)
「幸福はまず苦しみを要求する」
「自ら進んで行うことが幸福の基本」
「人からもらう幸福というものは存在しない」
不幸な人に対しては「愚か」「まぬけ」と断言しているので、
ちょっと劇薬かもしれない。
要するに、
「幸福な人にも不幸な人にも法則がある、それを知るべし」
というのがこの本の主旨。
結構ボリュームがある。
難点は、散文で話がアッチコッチとぶので、
どうもこの本自体が読者の意識を振り回しがちだということ。
だからはじめからゆっくり読む本ではない。そうすると疲れると思う。
実用書としては△。 みなさんは良い評価をされているようですので、あえて反対意見を書かせて頂きます。
私は、何もかもうまくいかずに、深く悩んでいた時に本書を手に取りました。少しでも、幸福に近づくためのヒントを、と思ってです。
以下に、当時の感想を記しておきます。
・長い文章を、読むだけのエネルギーのある人なら良いが、それすら無い人には、表現が冗長なので、読むのに苦労する。
・自分の行動と比べようと思っても、肝要であるポイントがどこにあるのか、わかりづらい。
実用書として使うには難しいかと思います。
オススメ 訳本なので細かい所は分かりにくかったりしますが、そんなに難しい事は書いてありません。
古いものでは100年以上前に書かれたものもありますが、同じ人間として理解できるものばかりです。
1つの話が2,3ページなので、時間がない時でも読みやすいです。
考え込むより行動する事、あくびや体操の重要性が書かれています。
他の方のレビューにもあるように、中学生でも読める(できれば高校生以上)、読んで損なしの名著です。
真の幸福論 わたしはこの手の本はたくさん持っていましたの
で、ひやかし程度に読みましたが。
読んでる内におもしろい感覚と、遅い出会いに
対する後悔に出会いました。
現実を楽しめる最大の寄与的な本です。
救われる 良い。幸福なんざ、ドブに捨てちまえ、と思う者でも感化された。 結局のところ、人間てのは考えるからいけないのですね。 行動しなきゃ、ということです。戦争は暇人のすることだ、とかの過激な発言も良い。優柔不断についての考察も興味深い。論理的に考えて行動すると、後で必ず後悔する。しかし、逆に何も考えないで行動すると、後悔することはない。なぜなら後悔する対象となる理論が自分の行動にはなくなるからだ、との言葉も一考に価する。もちろん、考えなかった後悔はあるだろうが。 怒っている人、不機嫌な人は、暇人だからだ、と歯切れよくばっさり余人を斬る。 ともあれ、ブルーに陥っているひとは一読あれ。
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[ 新書 ]
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「脳科学」の壁 脳機能イメージングで何が分かったのか (講談社プラスアルファ新書)
・榊原 洋一
【講談社】
発売日: 2009-01-21
参考価格: 880 円(税込)
販売価格: 880 円(税込)
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・榊原 洋一
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カスタマー平均評価: 5
「わかること」と「わからないこと」 人間は「なぜ?」という問いをする動物である。その行動が、どういう風に脳研究へと繋がったのか…というのを、デカルトの哲学から、骨相学の流行、そして、『脳内革命』などのブーム、脳機能を調べる機器の開発へ…という流れで説明していく。その中で、開発された機器の説明。その長所と短所、それを踏まえての、「ゲーム脳」や「学習療法」などと言うような言説にある理論の飛躍における問題点の指摘。そして、その上で、「現在の」脳科学によって分かるものはどれなのか? それをどのような形で活かすことが出来るのか? という形でまとめられる。
とにかく、本書を読んでいて、わかるのは、「脳」についてはわからないことが非常に多い、という点であろうか。確かに、PETやfMRI、脳磁図などにより、行動中の脳の血流の動きであるとか、明らかになってきたことは多い。しかし、多いものの、それでもまだわからない。デカルトの時代からの「意識はどこにあるのか?」という命題は、全くのブラックボックス状態と言える。しかし、そのような中で、過大な「社会的な有用性」を期待されるのは、却って様々な問題を引き起こすのではないか? という著者の危機感は、非常に説得力がある。本書でも綴られている「ゲーム脳」「学習療法」などの問題点は、その典型と言えるだろう。
恐らく、本書の知見は、数年後、遅くとも10年後には「古い」というものになるだろう。しかし、そうなったとしても、メッセージの1つである「確実にわかることはこれ」「ここからは可能性がある」「ここからは全くわからない」というものを整理して、慎重に研究を行う、ということの重要さは不変であろう。そして、それは脳科学、医学にとどまらず、あらゆる分野にとって重要なことであると思う。
本物の科学的視点と考察 本書では、私たちがメディアから得た情報で信じ込む中で、科学的に証明されていないものがあったり、論法自体に飛躍があったりする実例を、真実の科学的視点と考察で冷静に書かれています。
私はその実例論破も興味深かったのですが、それ以上にこのように冷静に理路整然と書き進める著者の姿勢、真理を求める真摯な本物の専門家としての姿勢に最も感動しました。それでいて、著者の頭の良さを嫌みでなく表現できるその人間性の幅。本物の科学者(医師も)、学者とはこうあるべきだなあ、と感嘆しました。
特に、大学院などで論文研究をしている、科学的視点を養うべき人に最適な書の1つだと思いました。
格好いいこと、だれでも飛びつく話題性のある、ただし内容はかなり怪しい、そういうことだけで世の中を渡っていこうとする「似非」研究者や学者との違いを理解する点でも、良書だと思います。
本の内容自体へのコメントと言うより、著者のすごさへのコメントです。
安易な脳科学研究解釈への警鐘 今の脳科学でわかっていることは、計算などをすると脳の血流が増えることぐらいで、
認知症の進行を遅らせるなどということは完全に科学的に証明されているわけではないということが、
本書を読んでよくわかった。
素人とプロ・ピアニストがピアノを弾いた時の脳血流を比較すると、
素人では脳血流が増加するがプロ・ピアニストでは特に増加しなかったそうである。
さらには、音読や計算による前頭葉の血流変化は成人では認められるが、小学生では認められないそうである。
「脳血流が増える=脳の機能も向上する」という考えが間違っている可能性も否定できないのである。
最近、脳が活性化されるから「ああしろこうしろ」という主張をする人たちが増えているように思うが、
そういった風潮を科学的に批判する本が出版されて非常に嬉しく思う。特に「ゲーム脳」批判は痛快だった。
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[ 文庫 ]
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子どもの知力を伸ばす300の知恵 (PHP文庫)
・七田眞
【PHP研究所】
発売日: 2004-02-03
参考価格: 580 円(税込)
販売価格: 580 円(税込)
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・七田眞
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カスタマー平均評価: 4
育児ノイローゼの原因にもなりかねない愚かなマニュアル本 「○○を食べさせればこうなります」「○○を毎日行えば△△の出来る子になります」等、断定的な文体が多く見られ、その根拠が理解できない部分が多々ありました。
「もし本の通りにならなかったら、我が子はダメな子どもではないか」という考えに陥る可能性もある本だと思います。
そのほか書かれてあることは、あまりにも常識的なこと。
わざわざ本として読むまでの物ではないと思います。
初めて読む方には注意が必要? 子育てと教育について興味があり七田先生の書籍を
初めて読ませていただきました。しかし、300の項目を
簡潔に要点中心に紹介されているだけのように感じ
られたのが残念です。時間があまり無い方や、パッパと
要点のみ知りたい方には逆におすすめ出来るかも
しれませんが、七田先生が本当に伝えたいことやその
基本をじっくり理解するためには、「七田式子育て
理論36年の法則」などの別の書籍をまず読まれてから、
復習などのために本書を利用されるのが良いかと思い
ます。
(勉強不足のために適切なコメントは出来ませんが)
シュタイナー教育などとは対極にあるように感じ
られてしまう七田式。あるがままの子どもの成長に
任せるだけではなく、また、親が子どもに期待を
するのではなく、親が子どもの個性を見極めながら、
適切にサポートして行くことも必要であることを
本書では納得させてくれます。
七田先生の提案されているやり方については、
実践をしていないのでなんとも言えませんが、
基本的な考え方には十分納得できる点も多く、
もう少し関連本や実際に取り入れている方などと
接触するなどして研究をする価値はあるような気が
しています。
とても良いと思いますが 私にはたぶんできません。
七田先生の書籍をいくつか買いました。
少しでもわが子を天才とまではいかなくても、
少々勉強に困らない程度になって欲しいと願ったからです。
でも、やることが多すぎます。
仕事を持って3人の子持ちの私には無理だと痛感しました。
愛情教育 七田眞先生のビデオなどを拝見してから、とても温かい愛情の溢れている方だなあと感じていましたので、幼児教育についても先生の言葉を素直に受け止めることができました。子供のためと言いながら親の期待を押し付けるような教育ではなく、子供の柔軟な心と体を適切な導きによって楽しく自由に、そして時には厳しく、バランスをもって健全に発達させていく道筋を作ってあげるのも親の愛情なのだろうと思いました。長年の経験にもとづく非常に説得力のある内容だと思います。
子どもの頭はスポンジ 子どもの可能性は大きく広がっているのですね。この本をとおして幼い子どものパワーを感じました。この本に書いてあることをすべて実行するのは私にとって難しいだろうけど、それは第二の問題としておいておき、先ずは参考になる本です。英才教育に対して消極的でしたが、読後は私も娘にできる限りのことをしてあげたいという考え方に変りました。それから、300の知恵を一つ一つ短くまとめて教えてくださっているので、子育に忙しいママたちにはとても読みやすく、一度に完読できなくてもそのときのニーズに合わせて読むこともできそうだし、読み方が多様なところがアイデアですね。
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[ 新書 ]
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「意識」とは何だろうか―脳の来歴、知覚の錯誤 (講談社現代新書)
・下條 信輔
【講談社】
発売日: 1999-02
参考価格: 777 円(税込)
販売価格: 777 円(税込)
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・下條 信輔
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カスタマー平均評価: 4.5
認知神経科学のよい入門書。 認知神経科学の知見をきちんと受けて書かれた入門書。
入門書ゆえ不明瞭だったり、説明不足だったり、論理の飛躍も散見されるが
概して高いレベルにあると言える。
「来歴」という著者の概念は、身体、環境、個体の経験、遺伝子的要因、さらには種の歴史まで含んでしまうあまりに広い概念。
科学的研究に有効に活かすには、さらなる改良が必要だろう。
知覚の錯誤の分析を入口として、「心を知る」可能性を論じた本 著者は、人間の精神(心や意識)を、脳科学などの科学的方法と知識を拠り所としてどこまで可能なのか試みている。その試みの背景には、新たな人間科学を追及する必要性と価値を認識した著者の思想があるように思えます。
知覚の錯誤を入り口として、身体から脳へ、そして脳と個体を離れた環境との関係へと対象範囲を広げて行く方法は理解しやすく納得性があります。そして最後に心を知る可能性が論じられていますが、そのことについて、著者は次のように述べています。次第に外堀を埋めて行くと、旧来の科学的方法では無意識を対象とすることは出来るかもしれないが意識を対象とすることは出来ないのではないか、と。
一つのキーワードとして「脳の来歴」という概念が提示されていますが、これは身体と脳と外部環境が時空において総合されているという考え方で、デカルトが提出し近代の科学的態度の基礎となっている心身二元論を超える可能性を示唆しています。倫理や社会についても言及されていますが、人間という種は、人間科学の本来性を追及して行く限りにおいて、避けることの出来ない課題を解決し続けていくことが出来るのではないか、という希望が見えてくるように思えました。
明晰だが難解 前著『サブリミナル・マインド』同様、論旨は明晰だが、新書としては内容が高度で難解です。
「脳の“来歴”が「錯誤」(不適応)と「正解」(適応)を定義する」というテーゼを理解する事が肝。
良質の科学的思考が良質の哲学的思考に自然に接続されている稀有な例だと思う。
脳と心の科学は必然的に哲学的問いを招き寄せざるを得ないが、科学から哲学へと射程を延ばしつつ
胡散臭さを感じさせないことに成功している例はあまりないように思える。
失敗している例なら、日本の自称脳科学者某のクオリア論などいくらでもあるのだが。。
「意識」に直接科学で食い込むのは困難なので、まずは客観的に扱いやすい「無意識」を科学的に究明する
という、搦め手から責める方針が的を射ているのだろう。
堅実な研究と思考の積み重ねこそが既成の哲学的パラダイムをも引っくり返すパワーを持つのだ、
ということを改めて確信させられる。
サールらの「心の哲学」から精神分析との関係にも若干言及され、最終章では倫理までも論じられているが、
さらに哲学的関心を拡げるとすれば(メルロ・ポンティやハイデガー、レヴィナスをも含めた)
現象学系の哲学との擦り合わせ及び批判的再検討が考えられるだろう。
もちろん既にやっている哲学研究者はたぶんたくさんいらっしゃるだろうが、
認知科学が哲学に不可逆的な進化を強いることこそが重要な点。
端的に言えば、認知科学を正確に理解していない現象学者は淘汰されてしかるべきだということ。
それが科学の力だと思うし、まぁ暴力性かもしれませんが。
倫理的に 最終章で人間の倫理的な問題に触れているのがとてもよかった。意識の問題を突き詰めるとき、人間とは何かということに突き当たる。あるいは、どこまでが人間なのかと。サブリミナルマインドでの著者の楽観的な見方とは裏腹に、こちらの本は何か受け入れがたい、でもそういうことなんだろうかという見方を見せられた気がした。
心が広がる! この本を読んで、最初に浮かんだ言葉は「心は孤立していない」ということです。
プロのバーデンダーが同時に数百の注文を記憶できることの例などで、記憶についての認識が変わりました。そして、意識が自分の脳や身体の中だけにとどまるものではなく、環境に広がっていくということが再認識できます。シンクロニシティも、この環境と自分がつながっていると考えると納得いきます。
この本を読んだ後に散歩したとき、外の世界が自分の一部に感じられ、幸せな気分になれました。下條さんが、この本の裏のストーリーとした「心が世界との関係を取り戻し、そこへと還流するまで...」を少し感じられた気がしました。
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[ 文庫 ]
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ケルトの神話―女神と英雄と妖精と (ちくま文庫)
・井村 君江
【筑摩書房】
発売日: 1990-03
参考価格: 630 円(税込)
販売価格: 630 円(税込)
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・井村 君江
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カスタマー平均評価: 4.5
ケルト神話のエッセンスを手ごろに楽しめる良書 1983年刊「ケルトの神話 女神と英雄と妖精と (世界の神話)」の文庫版です。民族としてのケルトの歴史を簡単に解説するとともに、ケルト神話のうち、アイルランドを舞台とする「ダーナ神族の神話群 (Mythological Cycle)」、「アルスター物語群 (Ulster Cycle)」、フィアナ物語群 (Fenian Cycle)」から主要なエピソードを選んで、あらすじを紹介しています。
それぞれの神話群、物語群の解説もあり、入門書として最適です。文庫版ということでお値段も良心的、ケルト神話に手ごろに触れることのできる良書だと思います。より深い知識を得たいのであれば、本格的な物語集や事典、研究書に当たればよいでしょう。
長くケルト神話や妖精の研究を手がけてきた井村君江氏が著者とあって、考察、解説ともに緻密で、信頼できる内容になっています。各エピソードの訳はやや堅い印象がありますが、よけいな脚色をせず客観的であるように徹した結果であると思います。
なお、文庫化にあたっては、固有名詞は1983年刊の単行本の古アイルランド語の発音による読みから、(現代の)アイルランド語の発音によるものに改められています。現在、一般に知られる読みに、ほぼ等しくなっているので、親しみやすくなっているかもしれません。ただ、よりオリジナルに近い古アイルランド語による発音も重要だと思いますので、できれば併記するか、対応表を付録として収録していただけたら、もっとよかったように思えます。
読みやすいお話 アーサー王伝説にも詳しい井村君江氏が、ケルト民族のことやケルト神話の物語について易しくまとめた一冊。
まず、ケルトとはどういった人々であったのかを、発掘調査の結果やカエサルの『ガリア戦記』等から辿り、紹介する。
未だ謎の多い民族であるものの、遠い昔の彼らの生活ぶりが生き生きと描かれ、ブローチ等の出土品の写真も見られる。
強い力をもつドルイド僧を従え、時にいけにえを捧げ、法や物語を語り継ぐ口承伝統を持つケルトの文化がまとめられている。
ついで、天地創造の挿話が現存していないケルト神話の中から、アイルランドのものを取り上げ、
「ダーナ神族」について及びその後の時代の「アルスター神話」を語る。解説と物語が混じりあったような文体で、
物語を楽しみながらもケルト神話に関することも学べるような感じに構成されている。
いろいろなものに変身しながら生き、戦車を駆って激しく戦う神々が登場するダーナ神族の神話から、
戦車でなく騎馬で戦い、騎士道ロマンスに近い雰囲気になってくるアルスター神話への変遷が興味深い。
別世界や魔法、僧の予言、愛や冒険など、後世のアーサー王物語やファンタジーに連なる要素も多く、楽しめる文庫。
多くの見慣れぬ地名人名が登場し、少々ややこしかったが、otherworldとアイルランドとを自在に行き来する不可思議な物語群に
ざっと触れることのある便利な一冊である。文章は語り口調に近いですます調で、読みにくい部分もある。
地図が欲しかった! 神話の世界は登場人物名から地名の由来が説明さたり、物語の舞台になるなど現実との強い繋がりを持っています。また歴史などもそうですが、話の流れを理解するうえで地理的知識は欠かせません。本書の舞台は外国で主にアイルランドであり、川や山・湖・湾など大まかな世界地図には出てこないような地名が頻発します。しかもそれが先に触れたように物語と密接な関係にある。物語をより楽しむためにも地図がなかったことは、とても残念でした。
その点でも新潮文庫の呉茂一著『ギリシア神話』は4ページ分の地図一枚が上巻の最初に挟んであって、大助かり。
見開き2ページでいいから地図が欲しかった!文章自体は簡潔かつ平易で良かった分、惜しんでしまいます。
巧みな語り口 1983年に出たハードカバーの文庫化。 アイルランドに伝わる神話を手際よくまとめ、紹介した一冊。 ケルトとは題されているものの、「島のケルト」、なかでもアイルランドに限られている。それでも「ケルトの神話」と大きなタイトルが付くのは、やはりケルトといえばアイルランドという意識があるからだろうか。 全体は5部に分かれており、井村氏によるアイルランド神話総括、全体俯瞰に続いて、「ダーナ神族の神話」、「アルスター神話」、「フィアナ神話」の3つの神話群が紹介されている。アイルランド神話の特徴は、古い神々と新しい神々が幾重にも折り重なっている点にあり、いきおい新旧の神々の戦いがモチーフとなる。神々というよりも人間的な感じも強く、英雄物語、騎士物語のようにも思える。 「ダーナ神族の神話」、「アルスター神話」、「フィアナ神話」の部分は、さまざまな神話を井村氏がまとめなおして語る形式。井村氏の文章と原文が見事に混じり合い、美しさと不思議さを残しながらも、わかりやすくすっきりしたものに仕上がっている。入門書としての完成度は高いと思うし、読み物としても充分な水準に達している。 しかし中途半端な印象が残るのも確か。神話を読むなら原文のままを翻訳して掲載しても良かったのではないだろうか。
ケルトの不思議な世界に出会えます。 アイルランドに残されたケルト神話の、格好の入門書である。ダーナ神族の神話、英雄クーフリンを中心とするアルスター神話、そしてフィアナ騎士団の物語について述べられているので、読者は標準的なアイルランドの神話物語に触れることができる。ケルト神話が初めての人にとっては、内容的にも、値段的にもありがたい1冊になるはず。著者の語りは丁寧で、分かりやすい。また、序文でケルト人の文化について簡単に解説してくれたり、あとがきでケルトを学ぶことの意味について述べてくれることもうれしい。神話を読んでちょっと驚いたのは、ケルトに輪廻の考えがあったこと。…でもよく考えると、北欧の『古エッダ』にも転生について述べた話があった。このように、キリスト教が伝播する以前の古ヨーロッパの精神や文化に接することが出来ます。ケルトに興味のある人は、ぜひこの本を読んで、ケルトへの関心を深めてほしいですね。
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[ 文庫 ]
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負けに不思議の負けなし〈完全版〉 下 (朝日文庫)
・野村 克也
【朝日新聞出版】
発売日: 2009-03-06
参考価格: 525 円(税込)
販売価格: 525 円(税込)
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・野村 克也
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カスタマー平均評価: 5
プロ野球83・84年シーズンが蘇る 広岡西武vs藤田巨人の時代 今だプロスポーツとして人気NO.1のプロ野球。本書は、84年刊行の『組織戦の時代 プロ野球 野村克也の目』と、85年刊行の『プロ野球 監督たちの戦い』を改題・再編集し上下巻にしたものである。
本書は、野村克也氏によるプロ野球83・84年シーズンを中心とした時評集である。野村氏の目により、往年の名選手・名監督が分析的回想され、執筆当時の広岡西武や藤田巨人と選手たち、また球界を沸かせた選手、きらりと輝いた選手たちが俎上に挙がる。
本書の刊行は、25年の時を経て文庫本として発売に至る評論としての「強さ」と、現在の野村氏への興味と期待の現れであろう。
09年の現在、様々な「野村本」が出版されているが、プロ野球評論家としての野村氏の初期の姿を知る資料となる二巻である。
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[ 新書 ]
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今こそマルクスを読み返す (講談社現代新書)
・廣松 渉
【講談社】
発売日: 1990-06
参考価格: 777 円(税込)
販売価格: 777 円(税込)
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・廣松 渉
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カスタマー平均評価: 4
今こそ廣松を読み返そう! 言いたいことは他のレビューアーの皆さんが言ってくれています。かの佐藤優氏は「戦後の日本で歴史に残る思想は?」と聞かれ、彼は「宇野経済学と廣松哲学」と答えていました。非(反)マルクス派の皆さんには異存があるかもしれませんが、マルクス主義という衣装をはずせば、納得できる部分もあるのではないでしょうか?今の若い世代にはわかりにくいかもしれませんが、戦後の日本にとってマルクス主義とは後進国の知識人と国民が世界に対して自己を主張するための唯一といっていいコード(あるいは文法)であったのかもしれません。廣松マルクス主義には、三木、福本の流れに位置する後進国(反近代=反西欧)インテリの最終ランナーという側面と、マルクス主義を時代に適応させようとする超近代の先頭ランナーという側面が奇妙に融合しているのです。ここに広松理論の魅力の一つがあります。もちろん両者の媒介項は「物象化」論ですが・・・。さて、廣松理論の最大の難点は変革主体の問題でしょう。もちろん観想的に「主体なき変革論」も不可能ではありませんが。どうもわれわれは廣松哲学と「ともに、そして抗して」with and against、もう一度変革主体の問題に立ち向かうときが近づいているように思います。「マルティテュード」でも「新しい社会運動」でもまして「市民」でもない新たな変革の主体とは・・・・・。
マルクス主義の言い訳・・・?ではないと思う 社会主義国崩壊と言う最悪の環境下に書いているので、なんとなく言い訳めいていると感じる向きもあるが、著者の気迫に当たると、もう周囲の状況なんか関係ない、堂々たる論考である。資本主義は、原理的に、耐久財の需要サイクルに左右される。放っておけば、耐久財が行き渡って機能している限りは、耐久財の販売は鈍り、結局は購買者たる労働者を逼迫、一般消費財の購買にも支障をきたし、周期的に不況になる。好況を維持するためには、有効需要の捻出しかないが、わけても、奢侈品という、なんら、生産性がなく消えていく商品の需要と供給がサイクルを描いていることが望ましい。旧ソ連がGNPで世界第2位、米国に迫った理由は、強大な軍備維持、という「奢侈品」による「有効需要」の捻出によるもので、資本主義国も、最終的には、奢侈品を「捏造」しながら需要を落とし込まずにいなくてはならない。こういう指摘は、やっぱり資本主義の問題で、要らぬ需要を捻出するために環境破壊を促進してきたことは事実だ。だが、共産主義が回答になるかと言えばそうではない。ここが広松氏の苦しいところだと思う。それと、やっぱり読んでもわからないのが、「剰余価値説」に基づく「搾取理論」だ。経営者の労働がなぜ評価の対象とならず、労働者の搾取の結果だと言えるのか。著者は、そんなのあたりまえだろ、と言わんばかりに説明していない。「資本論」を読んでも良く分からないところだ。資本家の肩を持つ気はないが理に適っていないと思う。個人的にはマルクスの本領は「唯物史観」にあって、「本源的蓄積」の指摘は圧巻だと思う。
やはり、人間の罪悪の原因になった思想 マルクス本人が意図したかどうかは分からない。
しかし、人類の歴史の中で、多数の死者が出た歴史上の事実の中には、イエス=キリスト、ムハメッドそしてマルクスを入れなくてはなるまい。(なぜか、比較の問題だが仏陀は入らない)。マルクスの弟子を名乗る、レーニン、スターリン、毛沢東、金日成、ポル=ポト、チャウシェスクなどの「マルクス」には迷惑だったかもしれないが、人間を人間と思わない独裁者を作り出す理論的市中になったことは責任を取ってもらうしかないだろう。
彼の理論でも思想でも宗教でもかまわないが、それを研究するのはかまわない。
ただ、「なぜ失敗したのか」・・・これにこたえない限りマルクス主義者は、人生の負債に返済したことにならない。
自家用車は必需品か贅沢品か? 最後の数ページが読めなかった。本書に限ったことではありませんが、私の場合、共産主義がバラ色の未来を語りはじめると、どうしても荒唐無稽に思えてしまいます。
共産主義社会は理想郷なのでしょうか? 仮に世界が共産化されたとしても、それによってあらゆる問題が解決するかどうか、私は疑問に思っています。理論上はともかく、共産化しても解消しきれない資本主義からの問題が残るかもしれないし、共産化したことによって新たな問題が発生するかもしれない。そうであるとしても、資本主義体制はもう限界に来ていますので、これまでのような修正を加えるだけでやっていくことは無理でしょう。社会は、資本主義を揚棄しなければ、もう生き残れない。でも、その前に、肝心の<社会>のほうが消滅してしまうかもしれないな。
フロイトは変革は必要だと考えていましたが、共産主義には否定的でした。その結果、彼の世界観は悲観的、絶望的ですが、私は結局フロイトが一番正しいのではないか、と思うことがある。今年はチェルノブイリ20周年に当たります。その脅威は現在も進行形ですが、原発は減るどころか増える傾向にありますから、いずれ世界のどこかで第二第三のチェルノブイリ事故が起こるでしょう。それがもし中国だったら、黄砂のかわりに放射能が日本列島を被い尽くすでしょう。中国よ、高度成長で電力が不足しても、原発はつくるな。日本はまだまだ増やすけど。ーーでも、まあ、エネルギーの浪費なくして資本主義は維持できませんから、現状のままなら、いずれどこかの国が放射能の黄砂をあびることになります。
ニーチェが言っているのとは別の意味で、私たちは本当に<最後の人間>を生きているのかもしれないなあ。<最後の人間>が読むべき本は、カントではなくてフロイト、ニーチェではなくてマルクス。
共産主義を知っていますか? 共産主義というと、何だかネガティブなイメージをお持ちになる方が
多いのではないでしょうか?
確かに、歴史を紐解くとそのようにも感じられます。それがすべてで
あって、現実的には既に破綻した思想だと考えられなくもありません。
実際には、多くの悲劇を生んだのだから・・・。
しかし、これから共産主義革命を起こそうなどという社会・政治運動
のためではなく、純粋に学問的に、又は或る歴史の中で支配的だった
当時のイデオロギーを学ぶことは、必ずしも無意味ではないと思いま
す。現代の資本主義社会の中で、それを批判的に考えるためにも、当
然に知っておいて然るべき思想ではないでしょうか。
本書は、内容は入門として適切かと思いますが、文章が難解です。し
かし、読めないほどでもありません。全くの初学者でも読めました。
学問的雰囲気が漂ってくる書です。
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[ 文庫 ]
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暗黙知の次元 (ちくま学芸文庫)
・マイケル ポランニー
【筑摩書房】
発売日: 2003-12
参考価格: 945 円(税込)
販売価格: 945 円(税込)
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・マイケル ポランニー ・Michael Polanyi
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カスタマー平均評価: 4.5
科学者や芸術家とは果てしない問いかけの深淵に臨んで宇宙へ問いかけ続けるもののことだ なるほど、暗黙知は非言語的な明示的できないある種の知ではあるが、上空飛翔的な精神的営為による知ではなく、あくまで実存の関わりによる知である。だからこそポランニーは発見者の個人的な知的身体的営為の両義的でジグザグな断面を抉り出したのだ。暗黙と知は本来語義矛盾だが、実存的営為の中には、あるダイナミズムが発揮される発見のプロセスの謎が秘められていることを彼は洞察しえたわけだ。直線的で透明な降って湧いた発見というものはまずない。なぜ知は暗黙なのか? なぜ知というものは隠されてあるのか? なぜ真理は徐々にしか姿を現さないのか? またその真理はいつのまに消え去ってしまうこともあるのか?
それには「問いかける」という行為が関わっているからだと、評者は思う。言語的非言語的にかかわらず問いかけるという、答えがあるとは限らない行為とその答えの無限の反復・往還が実存にはある。問いかける方法と問いかける対象の無限の営み(戯れ)の中に我々実存は生活しているし、科学者や芸術家の営みにしても同様である。そうした無限の問いかけの厚みの中で問いかけはあるのであり、むしろそうした問いかけの果てに人間が発見されたといってもいい。そうした無限の問いかけの無限のプロセスの中で初めて宇宙(ミクロであれマクロであれ)の無限が仮定されているのであり、無限の宇宙があるから、それに向かって外から無限の問いかけがなされるわけではない。
したがって無限の宇宙とは、この問いかけの無限の中でしか意味をもたない。マルクスは、解決とは問題を明晰にすることだという意味のことを述べている。逆に答えとは新たな問いかけであり、無限の問いかけを分泌することだと言えるかもしれない。しかしこの問いかけはどこまでも人間の実存の刻印がされているのであり、人間以上の問いかけを問いかけることはできない(ここはマルクスと同じ)。
こう極論できるかもしれない。もし宇宙には過去現在未来の森羅万象がすでに書き込まれているならば、我々がそうした現象の無限のモザイクの中に真理の謎を解読し、それに触れることができるのは(触れることさえ一生かかっても叶わないかもしれないが)、偶然や血腥い闘争や努力等々の果てである。なぜならそれは、非知や無知というものが問いかけの属性にほかならないからである。暗黙知とはこういうことを言うのだろう。
現代社会の知への警告 マイケル・ポランニーの暗黙知と言えば、あたかも肯定的な方向ばかりに目を囚われがちであるが、違う視点から読むと「バカの壁」が如何に形成されるかも判ってしまう側面もある。現代文化の多くは、記号を手がかりに個人個人が独自の「世界観」へ統合してしまうのは、安易に知を「弄んでいる」ことへの警告と受け取るべきである。ポランニーは何故、「責任」を持つ社会を提示したのか。暗黙知は、経営学の著書等で紹介も多いが、無責任な読み込みが知の「悪用」を引き起こすことは、科学客観主義への批判もある通り、個人が責任を持つ社会の問題提起こそ真剣に読まねばならない。諸刃の剣の書と思う。
彼の別書「個人的知識」で「科学は観察の拡張であり、技術は制作の拡張であり、数学は理解を拡張したものである」と喝破している。要するに、認識を拡張する潜在的な知の構造を「暗黙知」と読んでいるのである。人間はこの知を抜きに生きることはできない。この「暗黙知の次元」の詳細を研究したい専門諸氏は「個人的知識」を読んで欲しい。
マイケル・ポランニーの各著書を読み比べてみると、全く違った問題を扱いながらも一貫した考え方がある。それが最も凝縮したのが本書である。そもそも彼自身「創発」のプロセスが一様の記述はできないと考えていたらしく、大まかに言えば、物理学、化学、哲学と思想横断しているが、生命とは何かに最終的には集約されている。ポランニーは最終講義を「神よ!」という言葉で締めくくったらしいが彼の人となりが良く表現されている。責任を持って読んでみよう。
誤解してはならず。 「暗黙知」を静態的かつ明言できない知識の集合体のように受け取っているレビュアーが居られるが、それは本質的ではない。Tacit Knowingは「知ること」のシステマティックな動的プロセス全体である。そして。そのプロセスを行っている自分自身から切り離された対象物としては何ものも「ない」ことを、Personal Knowledgeと表現しているのである。
加えて、ポランニーは生命論の文脈において機械を否定していない。それどころか『機械の中の幽霊』(By アーサー=ケストラー)よろしく、機械に生命と同様のダイナミックな構図を見て取っているのである。非生命とは明らかに異なる原理が、機械と生命には同様に立ち現れている、と。
さらに、本書で注目されている胚の等能性については、最新の進化発生生物学(EVO-DEVO)がもたらしたすばらしい知見と併読することで、進化と創発について非常にスリリングな読書体験と思索を堪能することが出来る。
シマウマの縞 蝶の模様 エボデボ革命が解き明かす生物デザインの起源
文庫化で手に取りやすくなりました。筑摩書房の英断に拍手。
言葉以上の認識 若い頃は、言葉で表わせないことはないと思っていました。
そのことに違和感を感じ始めて何年も経ちました。
「暗黙知」という言葉が、私の考えていたことをまとめてくれたようでこの本を読んですっきりしました。
まず、「暗黙知」という言葉を説明したいと思います。
「私たちは言葉にできるより多くのことを知ることができる。」ということです。
私たちは、言葉に頼って生活し、言葉が全てのように錯覚してしまいがちです。
日常くり返される些細なことに始まり、形式ばった会議や式典も、一見そのやり方や一連の流れを全て明示的に書き記して、他者に伝えることができそうな気がしますが、それは無理なことです。
人間のそれぞれの意識には自覚していないだけで、何かに厳然と存在している実体のようなイメージがあります。これは心理学のいう「無意識」ではありません。
ポラニーがいう暗黙知は、「われわれの知識のほとんどすべてが言語的な作用によって編集構成されており、その言語的な作用の大半がアーティキュレーション(分節性)によって構成されている。しかしながらこの言語的分節をもってしても解明できない知識がわれわれのどこかに潜在していて、その潜在性の出入りによってこそ言語的分節も成り立っている」というものです。
この潜在的な知識、それこそが、「暗黙知」なのです。それをどうやって言葉で他者に伝えるか、というのは間違いなくできない相談であるにもかかわらず、人間はそれをしようとしてしまいます。矛盾です。
私は、特に書き言葉においては、それが顕著に現れると考えています。
科学の進化における暗黙知の役割(科学哲学の本) 知識経営のコンテキストで本書を読んだ。
本書で論じている「暗黙知」は、知識経営で使用している「暗黙知」よりさらに根源的なものを意味している。知識経営における「暗黙知」は形式知で表現できない知識という意味で用いられるが、本書における「暗黙知」は、科学の進化を哲学的に解釈するための道具として位置づけられている。すなわち、形式知(の演繹)だけからは新しい知識(創発)は生まれない。創発には暗黙知が大きな役割を果たしており、科学の進歩には暗黙知が不可欠。さらに、暗黙知はすべての明示的な認識に意味を与えるものであり、人間の存在価値にもリンクしたもの(神の手)でさえある。
自然科学はある特定の人が「探求者」となり、暗黙知によって科学を進歩させてくれれば、多くの人はその恩恵に与ることができる。しかし、自然科学と比べるとマネジメントは形式知の積み重ねで定義される側面が弱い。その分だけ個々人の暗黙知の果たす役割も多くなる。すべてのマネージャは、自らが本書で言うところの「探求者」となって、形式的な知識(マネジメントの理論を含む)と暗黙的な知識を統合し、日々のマネジメントの中で新しい知識と行動を創発する必要があるのかもしれない。
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[ 新書 ]
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はじめての構造主義 (講談社現代新書)
・橋爪 大三郎
【講談社】
発売日: 1988-05
参考価格: 756 円(税込)
販売価格: 756 円(税込)
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・橋爪 大三郎
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カスタマー平均評価: 4.5
わくわく 大学の書籍部にて衝動買いし、長らく眠っていた本。
構造主義は高校の倫理のときに戦後の現代思想的な扱いでやったけど、まぁ高校なので知識レベル的には「構造主義?人類みんな一緒的な?オリエンタリズム批判?」ぐらいなもんだった。(しかも完全に間違い)
この本はレヴィストロースに絞って彼のバックグラウンド(文化人類学)からはじめて、同時代の言語学、数学等の影響を受けて構造主義が生まれる過程を書いている。
しかし、構造主義の「構造」の概念は、エレガントに文章で定義できるものではないのではじめてとうたっているものの、それなりに歯ごたえがある内容だと思う。
レヴィストロースは言語学の音韻論についての手法を文化人類学に応用し、世界中にあまねく存在するイノセントタブー(近親相姦の忌避)の「構造」を見つけ出したわけだが、そこからがすごい。彼はそこからノイズが少ない研究対象として神話をとりその「構造」の研究を始めるが、その手法は『テキストの解体』だった。これは人間の主体性を重んじる近代ヨーロッパの知を否定することになり、『聖書』も『資本論』も意味をなさなくなる。
あまり良いサマリーになっているかはわからないけど、ここは読んでてすごいわくわくした。何か自分の当たり前が壊されていく快感的な・・・
そのあと、果たしてその構造とはどんな意味を持つのかというところに行くのだが、構造主義は数学から生まれた部分もあるということでかなり数学チックな内容になっている。短く言えば、「ある種の変換に関して不変な性質(同型写像)をもつ変換群は同じ構造をもつ」みたいな感じ。(と自分は理解した)これを神話に適用してこの本は終わる。ここは難解といえば難解だが、ついていけないほどでもない。数学的知識もたいして要求されてない。あるに越したことはないけど。
この本を読んだだけでは構造主義が語れるようにはならないけど、構造主義の雰囲気はつかめると思う。700円のもとはとれます。
「構造」って何? 非常に読み易い入門書。
レヴィ=ストロースの名声やその影響は多々、目にしていたが、何で人類学者のフィールドワークが哲学的問題を提起するのか解っていなかった私でも読めた。
神話研究方法の解説など面白い点はいくつもがるが、私が一番、興味深かったのは思想史の概説。構造主義が何故、広がったのか、そして「ポスト」構造主義は新しい思想といえるのか。日本の思想流行を批判的に解説している。
自分がこれから哲学を学ぶには「構造主義」から遡って進化論や唯物論的な歴史観を批判的に読むと言う作業が有意義なものに思えた。
巻末の思想家評や解説では、これまで中立かつ丁寧に「教師」として語ってくれた著者の主観(と言って悪ければ意見)が前に出ていて面白い。そういった書き分けをしている点など、「構造主義」のみならず哲学に触れて欲しいという著者の願いが伝わる構成となっている。
分かりやすい! 主にレヴィ・ストロースが構造主義を構築するまでの経緯を平易に解説した良書。
数学や言語学との関連が良く分かり、人類の思想の発展を概観することができる。
ただ、それぞれの学問のTopics自体は本来高度な専門知識が必要とされるものなので、
なんとなく分かった気にはなるが、本当には理解できていない。
著者も書いているが中学生や高校生にも分かる入門書という意味では、非常に良い書籍。
現代思想の核心(2006年12月13日投稿) 1948年生まれの著名な<言語>派社会学者が1988年に刊行した、構造主義思想の入門書(1996年18刷)。構造主義とは、西欧文明中心の近代を批判し、現代思想の時代を切り開いた思想であり、通常ユダヤ系フランス人類学者レヴィ=ストロースの名と結び付いて論じられる。したがって著者は、主としてレヴィ=ストロースの思想史的背景を探ることにより、構造主義の核心に迫ろうとする。レヴィ=ストロースは、機能主義人類学の限界を乗り越えるため、ソシュール一般言語学、ヤーコブソン音韻論の二項対立原理、モースの贈与・交換論を親族(婚姻関係)・神話研究に応用する。彼の本領は、神話研究の方で発揮されたようで、同一系統神話同士を比較し、神話の筋を無視して(主体・テキストの解体、歴史の無視)神話素に解体し、それらを貫く対立軸を発見し、隠された深層構造を把握するという手法(テキストの「読み方」の前景化)だった。その際、彼の構造理解は、人的な面で数学者集団ブルバキの影響下にあることが確認され得、したがって構造は変換とセットで考えられるべきであり、視点(主体)の差異が無視されること(遠近法の解体)で、浮かび上がる仕掛けになっている。それは真理の相対化(「制度」化)の過程でもあり、西欧の思想と「未開」の神話の間に、本質的な差異は無いことになる。著者はこのように構造主義の思想史的意義をまとめた後、その他の代表的な現代思想家を一瞥し、日本においてはポスト構造主義よりもまず自前のモダニズムの方が重要であるという、それなりに妥当な持論を主張している。一応構造主義が分かったつもりにはなれる本だと思うが(人類の最深層の思考の共通性を取り出すための思想と言って良いのだろうか)、著者も指摘するように、この方法が本当に「客観的な」方法かどうかはやはり疑問だ。
楽しみながら学ぶ. 構造主義は分かりにくい.構造主義の何たるかを知
りたいと本書を手に取った読者に対して,橋爪は潔く
裏切りを宣言します.ところが,分かりにくいものを
分かりにくいままで終わらせない,そこが本書の面白
いところ.構造主義それ自体を解説するというよりは,
レヴィ・ストロースが影響を受けた,いわば「周辺事
情」を並べるというスタイルで,構造主義に至る過程
を見事に解き明かしてくれます.
視点をレヴィ・ストロースの傍に置くことは,構造
主義の理解を易しくするだけでなく,インセスト・タ
ブーと婚姻クラスの秘密を暴いた知的な興奮を僅かな
がら共有させてくれる,そんな副作用ももたらしてい
ます.
楽しみながら学べる,魅力的な1冊.
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