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生命を捉えなおす―生きている状態とは何か (中公新書)
・清水 博
【中央公論社】
発売日: 1990-10
参考価格: 987 円(税込)
販売価格: 987 円(税込)
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・清水 博
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カスタマー平均評価: 5
微視的思考ではわからない生命の不思議 生命は、ミクロへとどんどん要素を還元しても、その実体はわからなくなるだけである。
そこで重要となるのは、個と個の関係性である。
筆者は、研究で得た「動的秩序を自立的に形成する関係子」を切り口にして、自ら情報を発し、情報をフィードバックする、という点を軸に、生命を論じていく。
これは1978年に書かれた本だそうだが、今読んでも色あせていない。
自己組織化、非線形科学、複雑系、SYNC現象、など最近の話題にもついていけるだろう。
増補で新しい(といっても1990年だが)知識も加えられている。
読んでソンはない本だろう。
バイオホロニックスで読み解く生命系・・・ 清水博氏によると、生物の世界においては単独で活動するよりも、幾つかの異なるものが複合的なサイクルを作る方が、お互いがより高次な系に組み込まれていくことによって、さらに安定した共存的システムへと進化していくのだそうです。
清水氏は、自然界においては<個>と<全体>は互いにループで結ばれた階層構造をなしており、両者は構造的にも機能的にも分離することができないという考え方を土台にしながら、その階層構造の中に人間の社会や組織をも組み込んだ自然観を提示しようとしており、それをバイオホロニックスと呼んでいます。
バイオホロニックスは生物の世界において<個>と<全体>がどのように調和しているのかを説明するものですが、同氏は要素還元論的な発想から<個>を捉えることはせず、「ホロン」=「関係子」という概念を使って「生きている自然のシステム」を解き明かそうとします。
関係子とは従属子や独立子ではなく、自由な<個>でありながら、その自由選択性ゆえにシステム全体における秩序形成に自主的に参画し、<全体>を形作るものであり、そういう仕組みこそが生命システムであると清水氏は述べています。
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[ 文庫 ]
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唯脳論 (ちくま学芸文庫)
・養老 孟司
【筑摩書房】
発売日: 1998-10
参考価格: 924 円(税込)
販売価格: 924 円(税込)
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・養老 孟司
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カスタマー平均評価: 4
なかなかしっぽを掴ませないしたたかな言説。 「唯脳論は、世界を脳の産物だとするものではない。・・・意識活動が脳の産物だという、当たり前のことを述べているだけである。」(P42)と氏は言う。脳が世界の産物か、世界が脳の産物かという問題は、ニワトリと卵の問題にようで、そういう問題には氏は触れない。つまり「脳だけをとってみても、物質になったり、心になったりする。それが、われわれの脳が持つ性質なのである。」(P43)から、脳は要するに物質でもあり、心、意識でもある。同じ現象でも物質としての側面で切り取るか、意識の面で切り取るかのちがいだけになる、とういうよくある議論である。
それを養老氏は「構造」と「機能」で説明する。「唯脳論は、『心の原因としての脳』を扱うのではない。・・・脳という構造に対応するものしての『心という機能』を扱う。」(P41)したがって構造と機能との対応関係が重要になるというロジックである。言語や時間に対する言及があるけれど、あくまで脳の生物学的解剖学的側面に焦点を当てた主張と見るべきだろう。氏の主張はだからごく慎ましいもので、たしかにすべてを脳に還元できるというものではない。同じ現象を一方では構造のタームで語り、他方では機能のタームで語るだけのことで、ある現象をどちらのタームで語るかは語り手の恣意になるので、厳密に二者を峻別できるのかどうか、あるいは相互依存的連関があるのかどうかを何が担保するのかよくわからない。「構造とは、脳なら脳を、より視覚系寄りに扱うやり方であり、機能とは、同じものを聴覚・運動系寄りに扱うやり方だからである。」(P42)と言っているが、両者に相互作用というものはないのだろうか? それ以上の言及はないのでわからない。このままいくと少なくとも前者は空間的アナログだし、後者は時間的デジタルとなるしかなく、二元論的アポリアは必至だろう。
表題の「唯脳論」というタイトルが誤解を生むのはいたしかたないだろう。森羅万象にあらかじめ脳外の現象とか脳内の現象とかレッテルが貼ってあるわけではあるまい。いちいちの現象にこれは脳外、これは脳内と割り振るのはそれぞれの専門家だが、そのカーソルとはいったい何なのだろう?
脳と世界は対立していない。だから脳はたんに存在しているのではなく実存している。シナプスは世界へと開示しているし、常に世界を現象させている、その一方シナプスはその世界を脳内化の現象としてもいるのではないか。いっそ現象とは宇宙の果てで起こっていようが、脳の中心で起こっていようがどうでもいいのであって、それをどう割り振るのかという問題にすぎない。
養老氏はそのあたりを承知していて、すべては脳の現象であるという大風呂敷を広げないので、そのあたりは結構うまく身をかわしていている反面、ちょっと肩透かしを食ったかなと思えなくもないなと。
医学的・科学的 哲学書 解剖学の専門家である著者が、「脳」という医学的・科学的見地から語るユニークな哲学書。
本書の主旨は、以下の著者の言葉に端的に表れているだろう。
「われわれはいまでは脳の中に住んでいる。したがって、その脳を知ることは、われわれの急務である。それが、公式的には、私が唯脳論を書いた動機である。」
その真意を知りたければ、もちろん本書に目を通すのが一番だが、個人的に興味を持った部分を幾つか紹介する。
まず言語について。言語を視覚と聴覚の統合と捉え、構造と機能の関係との類似点を指摘する辺りはなかなか興味深い。
「視覚は時間を疎外あるいは客観化し、聴覚は時間を前提あるいは内在化する」
「構造では時間が量子化され、機能では流れる。構造と機能という、この二つの観念がそもそもヒトの頭の中に生じるのは、いわば脳の視覚的要素と聴覚的要素の分離ではないのか。」
さらに、「脳化と身体性」という本題に言及。そこで、「社会とは、すなわち脳の産物である」とし、独自の視点から社会を捉えようとする。
「ヒトは本能が壊れた動物である。それが生きていくためには、本能に代わるものとして幻想が必要である。幻想は各個人のうちにあり、社会はその共通部分を『共同幻想』として吸い上げることによって成立する。」
「われわれはいまでは脳の中に住んでいる」
「社会は脳の上に成立し、個人は身体の上に成立する。」
共通認識としての社会はまさに「脳」による産物であり、対して個人を特徴づけるのは「身体」。脳化を善・進歩とする現代の社会では、身体性が抑圧され、身体=死体は嫌われ、排除される。そこには「個人=身体は滅びても、脳=社会は滅びない」という思想が横たわっており、死に向き合おうとしない社会性を問題視する。
本書を読み進むと、映画「マトリックス」を思い浮かべるが、敢えて映像化するなら大きなずれはないように思う。著者は「唯脳論」によって脳化社会を肯定しているわけではなく、脳の肥大化により排除されつつある身体性を取り戻すべきであることを主張している。
良い これほど明快に一元論が語られたことがあっただろうか。すばらしい。
脳がすべてという誤解 脳から見た世界を描いています。けれども脳がすべてと言いたいわけではなく、思考の中心に脳を置いて話を進めた場合になにがわかるかを書いたものです。脳がすべてなんてバカな話はない、と対談で養老氏は語っています。
いずれにしてもガッカリ本 唯物論に徹しきれない者の目を覚まさせるような科学的知見や哲学的思索を期待したが、
音楽的センスのなさには目をつむるにしても、
行間にF・ジャコブ「可能世界と現実世界」(1982)が透けて見え、
期待はずれを超えて寒い。同著者の以後の本を読む気力が失せた一冊。
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[ 新書 ]
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死の壁 (新潮新書)
・養老 孟司
【新潮社】
発売日: 2004-04-16
参考価格: 714 円(税込)
販売価格: 714 円(税込)
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・養老 孟司
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カスタマー平均評価: 4
認めるしかないのか…。 私は死に対する恐怖を持っており、それを克服したくて読みました。
本に書かれていることは死をテーマに色々書かれていますが、自分が興味があるのは
その一点です。
それに対する答えは悩んでもしょうがない。自分の死体を見ることはないのだから、
自分にとって死は無いとも言える。などでした。
日本テーラワーダ仏教協会のアルボムッレ・スマナサーラ長老も似たようなことを言っていたので、
やはりそういう答えになるのかといった感じです。
理屈の上ではそのとおりですが死んでしまったらもう二度と意識が戻らないのか
と思うと不安でしょうがありません。
死んだあとの世界を知りたいという気持ちは消えません。かと言って嘘も聞きたくないですけど。書いてあることを認めるしかないのだろうか?というような気持ちです。
最終章に見る著者の自己分析も興味深い 「バカの壁」と同じ作り方をされた本で、著者の考え方がさらによく分かる。
今回は「身体を無視するようになった日本人」や「日本人は死人・死体を生者と切り離して、違う世界の住人と認識している」と言うテーマが繰り返される。そして、「日本で議論されていることの本質は違うのではないか」「本質を議論する前提を日本は捨ててしまって久しい」という形骸化した日本人、日本という組織の問題点が指摘がなされている。相変わらずズバリと断定する口調は小気味よい。
最終章では著者自身の経験を語ることで、著者が精神的にどう形成されていったのかを自己分析している。そこでは人間・養老孟司がかいま見えて、著者に対する興味を満足させてくれて、一番面白かった。
現代の死 死には3種類あるといい,その中の,3人称の死,つまりあかの他人のの死について,掘り下げていく。方法は,現代人の生活,例えば,水洗便所や,戒名,派出除の看板などから。それらを俯瞰して現代は都市化していて,死が日常から遠ざけられている,と結論付ける。本の特徴としては,読みやすいが,とにかく主張が多く,そのせいなのか,口述筆記のせいなのか,掘り下げた話しが,少なくやや主張の根拠がわかりにくい。
もっとも死を恐怖する凡人の書 読みたい本が書店になく、手ぶらで帰るのも癪だったので購入。
なんでこんな本かってしまったんだろう。
死を考えることなど少しもしていない。ただ、養老氏が死を恐れるあまり、その周辺だけを追っかけて、
「考えても無駄」
と自分自身に自己暗示をかけている本にしか読めなかった。
養老氏もいいお歳だと思うのだが、あんまりにもお粗末だ。
死と生とは背中合わせにくっついてる一つのものであり、生を考えることと死を考えることは同義であると思う私だからだが、「この本における養老氏」は生に関しても考えが浅いと分かった。
唾棄すべき戯れ言の見本として、拝読した。
日本最高峰の理系の頭脳 『?の壁』シリーズに一貫して言えるのは、
●非常に受け売りしやすい内容であること。
●養老孟司の会話を録音したものを、そのまま文章化したものであること。
●彼は東大の名誉教授であるが、その地位に乗っかってしまっていること(昨今の大学でよくあるケースである)。
●それ故に、所謂「ひとごと」になってしまっていること(もっとも、評論家は大抵そうだが)。
以上であろうか。
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[ 新書 ]
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「脳」整理法 (ちくま新書)
・茂木 健一郎
【筑摩書房】
発売日: 2005-09-05
参考価格: 735 円(税込)
販売価格: 735 円(税込)
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・茂木 健一郎
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カスタマー平均評価: 4
弱い人間としての一個人への温かい目線、視点も感じます。 もっと賢明に、清々しく生きるヒント。と帯には歌っています。
「遇有性」の存在であるこの人間、この人生の自分とどう向き合うか?
冷たい知性の「世界知」と暖かい知性の「生活知」のバランスはどうとるか?
不確実性に満ちた人間=自分の生をどう捉えどう人と接していくべきか?
読んでて結構難しかった。正直な感想です。しかし脳にはとても刺激的な本
であることも確かです。茂木先生の科学者としての悩みと哲学も感じられる
のです。弱い人間としての一個人への温かい目線、視点も感じます。
難しいけれどまた読みたくなる茂木先生の本の魅力はここかもしれません。
印象深い言葉として、
「自分が生きるという文脈をいったん離れて世界を見なければ、科学の最良
の部分に到達することはできないのです。」奥深いいい言葉ですねえ。
概念をどう解釈するか?がテーマ。かなり難解な文章。 「脳」整理法というタイトルはふさわしくないです。整理術に関心のあるひとが手に取るべき本ではありません。人がどうやって「概念を理解していくのか」ということに焦点をあてて、宗教的、哲学的な側面からアプローチしたものと感じました。
脳科学者としてのアプローチはどこに?という疑問が多少残ります。本書を難解と感じる理由には「エラン・ヴィタール」とか「セレンディピティ」とかなじみの無い言葉が多数出てくることにあります。それらはその都度理解していけば、わかるのですが、言葉の定義がたくさん出てくるので読むのに苦労しました。
良かった点としては、「整理法」というタイトルを忘れて、人がどう概念を解釈していくのか?あるいは、どう解釈すれば前向きに生きられるのか?といった内容としてはとても価値あるものと感じます。
脳科学者の言葉としてインパクトがあったものは「偶然素敵な恋人に出会う能力と、偉大な科学的発見をする能力は同じ」というところです。セレンディプティとは偶然を必然にする能力(行動、気づき、受容)と説明がありますが、この能力があってこそ、素敵な恋人に出会い、偉大な科学的発見を起こせるとあります。ただし、それらは「行動」なくしては得られないもの。
意外な組み合わせの言葉ですが、さすが納得させられる根拠です。偶然の出会いは向こうからやってくるものではなく、自ら行動し、獲得するものなのだ。という新たな解釈を学びました。
「絶対的なもの」は存在しない この本で一気に茂木氏を好きになってしまった。
今まで 不明瞭な形でしか説明できなかった「人や出来事との出会いによる成長」、「その人にしかできなかった体験で磨かれる人間性とそれによって豊かになる人生」、それらが茂木氏の理論で明確に証明された感じがある。
脳は『世界知』と『生活知』を身につけて、様々な体験の中で偶有性を整理し世界に適応する。そしてその偶有性が脳を鍛えていくのだ、と。
この本は様々な思考の場に連れて行ってくれる。
自分とは、他者とは何か、人間らしさとは何か、言葉とは何か、世界とは何か、戦争とは何か、宗教や神とは何か、社会と人の関係などなど。
そして、大きな概念に惑わされて『世界知』に偶有性がないと考えてはいけないと教えてくれた。固まった概念が危険であることを教えてくれた。世の中に絶対なものなど存在しないと改めて強く認識させてくれた。
様々な偶有性に出会い、成長していきたい。そして世の偶有性に逆に働きかけていくというのも面白いのかもしれない。
内容とは全く関係ありませんが 帯には最近の著者の顔がのっています。テレビでみるように年より若々しい感じです。
カバーの裏面にB/Wの著者の写真がのっていますが野口英世似なみょーな髪型をして中国人風の鬚を生やしています。如何にも学者然とした風貌です。
この二つの画像を見比べるだけでもなんだか人間の売り込み方がみえてきます。
脳を考えることは、ワタクシを考えること、生きることを考えること。 ?「私」とは、偶有的な存在であること。
これほど大切な自己認識は、この世に存在しません。(p.188)
無から新たなものを生み出したり、「発見」することより、
既に在るものを「整理」することが大事だ
という出発点のもと、そのための視点が紹介されている。
その中の一番のキーワードが冒頭にも引用した「偶有性」。
それは
「必然と偶然の間」
「完全な規則性に支配されているわけではないが、完全なランダムでもない」、
グレーゾーン。
この概念が自分の中に加わったことで、
未来や将来のことについて考える時に幅が出るかなと思う。
必ずうまくいくことなんてないけど、絶対失敗するわけでもない。
結局は、全てをコントロールすることはできない不確実性を
どれだけ受容できるかが、果敢なチャレンジにつながる。
また、「セレンディピティ」=偶然の幸運に出会う能力
という概念も新鮮だった。
具体的な行動、気づき、受容が条件だそうだ。
全体を通して、語彙の難しさや抽象的な話もあり、
若干とっつきにくいところもあるが「科学」に裏付けられた
著者の語り口はとても説得力があった。
「偶有性に満ちた私」としっかり向き合っていこう。
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[ 文庫 ]
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自動車絶望工場―ある季節工の手記 (講談社文庫)
・鎌田 慧
【講談社】
発売日: 1983-09
参考価格: 580 円(税込)
販売価格: 580 円(税込)
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・鎌田 慧
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カスタマー平均評価: 4.5
名著 名著です。鎌田慧のデビュー作。余計な意見や哲学的考察よりも、ひたすらに事実と感想を伝えているという内容。文章もいいけど、純粋な若い感情で書いてあり心を打ちます。
派遣が問題になっている今、是非読みたい本です。
ホンモノのノンフィクション! 1970年代のトヨタ自動車工場内部を著者自身の経験のもと工員としての視点で実情が
書かれている貴重な本。
内容は、思想的にかなり左によった感があり、企業側の考えはほぼ一切無視されている
ため、決して客観的といいえるものではない。
しかし、著者自らがトヨタに入社しているのだから、これぞホンモノのノンフィクションと
いった記述で、その説得力は圧倒的である。
現在トヨタは、自動車生産台数世界一、環境保護など世界有数の企業であるが、本書にある
ような労働による汗と涙の積み重ねであることを肝に銘じねばなるまい。
雑誌の裏表紙にトヨタ期間工の募集広告が載るたびに、今はどんな環境なのかと思いをはせ
てしまう。
超名著。手に入る限りは読むべき。 内容は他の方が書いている通り、トヨタの季節労働者のお話。
半端ではない厳しい労働状況が報告されている。
心理描写が巧みであるし、生々しく、フィクションであるかのように
ノンフィクションの話が展開される。
文章の書き方も巧みであるし、本としての構成も巧み。
内容も、あの絶好調のトヨタの足元に一体何があるのかということを教えてくれる、
社会というものについて考えさせられるすばらしい本。
まだあと10年以上はその価値を保ち続けると思われる。
栄光の裏にあるもの・・・ 栄光ある1兆円企業トヨタ自動車の暗黒部分を活写した潜入ルポ。
効率化重視の行き着く先を読者の眼前に展開させる。
ベルト組み立て作業=絶望作業という図式を、イヤというほど思いしる作品だ。
本作は1972年作品だが、ロボットが導入された今も基本は変わっていないという話しだ。
以前として直接部門の過労死、精神疾患、自殺は後を絶たないという。
マスコミ(五大新聞含め)はほとんど報道しない。 それはトヨタが大広告主だからだ。
人間を隷属させ徹底的に搾りとる企業というものはなにか?
なにがそこまでさせるのか?
”これは大昔の話しさ”、ではすまない。今もなお存在する話しなのだ。
我々は月の表ばかり見ているものだという事実を知った。
若手ライターよマネしてみては このルポが発表されたのは30年以上も前のことである。
ところが,アウトソーシングと名前を変えた非正規雇用はいまも拡大を続け,「絶望工場」の様相は深刻化する一方である。「工場」にはフリーターや外国人,低所得者層があふれ,二極化が進む根源にすらなっている。そして,それはトヨタだけに限らず,本田,キヤノン,シャープなどの超優良国際企業においても,連綿として続けられているのである。そう考えるとこのルポが社会に何らかの影響を与えたとは言い難いのかもしれない。
いまだにこの本がジャーナリズムを目指す若者の必読本に上げられるのは,鎌田慧に続くルポライターが育っていないことの現われであろう。鎌田はすばらしいルポライターであるが,もうそろそろ一線を退いてもよい年齢である。ところがいまも現役でバリバリ作品を発表している。
マネでもいいではないか。「液晶絶望工場」とか「ケータイ絶望工場」「デジカメ絶望工場」「中国絶望工場」なんか発表するような若手ライターが現れないものか。
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[ 文庫 ]
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相対性理論 (岩波文庫)
・A. アインシュタイン
【岩波書店】
発売日: 1988-11
参考価格: 588 円(税込)
販売価格: 588 円(税込)
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・A. アインシュタイン
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カスタマー平均評価: 4
他の本から始めよう ブルーバックスで相対性理論にふれた私です。
アインシュタイン自身の著書ということで大変名高いこの本を、いつか読みたいと思っていました。
結果、決して簡単な本ではありませんでした。数式がさっぱりわからん。
もちろん、わずかこれだけの分量の推論で、あの偉大な理論が見い出されたことは、驚異的ですが…。
相対性理論にこの本で初めてふれるというのは賢明ではないような気がします。
時間と歴史はすでに起こった事実である 時間と言うものを感じたのがいつか。私の場合年と言うものを意識したのは、昭和60年、阪神優勝のときだと思います。つまり11歳、1985年までは時と言うものを意識したことが無かったのです。その年までは、70年代と言う言葉も80年代初めという言葉も知らず、意識もせず、その埒外にあったのです。つまり、そこまでは世界は空間に過ぎなかったということになります。相対性理論を理解しようと努力する人は時間を感じられる幸せな人だと思います。
時間と空間と言う軸は生きているからこそ感じられるのです。
世界を変えた理論 あのアインシュタインの相対性理論を原論文で読んでみよう、という素晴らしい本です。
原論文とその解説とから成っています。
物理がわかる人はバリバリ原論文で。でも、苦手な人も解説を読めば、アインシュタインとほぼ同じ思考回路をたどることができます(ただ、難しい数学はいりませんが、頭は使います)。でも、論文のほうも読んでみるといいと思います。意味は分からなくとも、その美しさは分かるはず。
あまりに有名で、、、 あんがいいままでは専門分野の人達に読まれることが
おおかったこの「相対性理論」
それがほどよくこなれて、多少分かりやすくなっている。
あの舌をだしたアインシュタインがいたずらっぽく
読者を誘うのだろうか。今まであきらめていた君にも
わかるよ ぜひ一読!!
当方文系でした 大学の一般教養科目のテキストの一つでした。本は薄いが内容は“熱い”!?(笑)だから、物理、数学を知らない人は迂闊に手を出さないほうが無難。“相対性理論が何なのか?”を知りたかったが、理屈を理解するのにやっぱ物理、数学は必要。この本読んで感じたことは、自然科学とは絶えず塗り替えられる可能性がある、発展途上の学問だということだった。(苦笑)
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[ 文庫 ]
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君について行こう〈上〉女房は宇宙をめざす (講談社プラスアルファ文庫)
・向井 万起男
【講談社】
発売日: 1998-07
参考価格: 714 円(税込)
販売価格: 714 円(税込)
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・向井 万起男
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カスタマー平均評価: 4
とにかく楽しい 読んでいて楽しい気分になるエピソードばかりです。
向井千秋さんのフットワークの軽さと、行動力、明るさと
目標に向かって邁進するひたむきさに力づけられます。
向井万起男さんは理想の夫かもしれません。
向井千秋に惚れました 著者の向井万起男氏は性格上我の強い文章を書きます。それが気になる人はキツイかもしれません。
しかしこの本を読んだ後、私は著者の妻であり宇宙飛行士である向井千秋氏に惚れてしまいました。彼女に私が送れる言葉は「豪傑」の二文字です。彼女ほど心の綺麗な、彼女の言葉で言うところの「凛として」いる人はそう居ないと思います。
それだけの人なら、宇宙にだって行ける。
と思わせる著者の表現力も秀逸で、千秋氏への思いに溢れています。
実に不愉快な書物である(;'Д`)ハァハァ (;'Д`)ハァハァ 慶應義塾大学医学部卒のサラブレットで学者が語る女房自慢・・・。勝ち組のプライドやらを見せ付けられ・・・金を払ってまで、勝ち組の著書を読むのは負け組である。
つまらなかったです なんか女房自慢を聞かされているだけな気がして 何となく素直に楽しめませんでした。
奇想天外な面白エッセイ これほど面白いエッセイはなかなかない。向井千秋氏は日本初の女性宇宙飛行士だ。著者である夫、万起男氏のエッセイは他人とはひと味違うあったかエピソード満載。千秋さんが多忙な心臓外科医なのに英会話教室で試験勉強を頑張ったこと。自転車に乗る夫と走って体を鍛えたこと。努力しても跳べない宇宙飛行士として終わるんじゃないか、と時には弱気になってしまったこと。彼女の不安を察知しながら応援する万起男氏から深い愛情が感じられる。しかし最後に彼女は宇宙を飛んだ。天才だったからではなく努力によって。だから本書は誰でも努力を重ねれば可能性があると伝えているように思う。ただ本書の魅力はサクセスストーリーでなく、向井家の奇想天外なずっこけエピソード。例えば「明るい孤児一人旅」体質の妻は連絡なしに米NASAに突然行ってしまったり、千秋さんの百貨店商品券の使い道は地下食料品売り場のごちそうまとめ買い、旅先でベッドが一つだとベッドは夫、床は妻が寝る…などなど。向井家の秘密は読んでのお楽しみ。男女を問わず中学生から大人まで幅広い人に愉しんでもらえるだろう。
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[ 新書 ]
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物理学とは何だろうか〈上〉 (岩波新書)
・朝永 振一郎
【岩波書店】
発売日: 1979-01
参考価格: 819 円(税込)
販売価格: 819 円(税込)
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・朝永 振一郎
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カスタマー平均評価: 5
物理学とは何だろうか〈上〉 (岩波新書) ケプラー、ガリレオ、ニュートン、又ワットから始まりカルノーの原理等の熱科学於ける
法則の発見、実証、実験および数式化への経緯を詳細に又丁寧に述べられています。
ノーベル受賞学者らしく物事の本質を徹底的に追求する著者の姿勢(特に数式化への
こだわり)に感動しました。
ビジネスマンにこそ読んでほしい名著 私は学生のころ文系であったので物理などは勉強しなかった。教科書すら読んだことはない。
しかし最近深く広く現象を理解しその上で最適な答えを出すという点で理系の学問とビジネスに親和性があると考えふとしたきっかけでこの本を読んでみた。
目からうろこである。この本に書いてあることはすべてビジネスに応用できる。
まずは深く物事を理解する、どのようなメカニズムで物事が動いているのか理解する。その重要性を仕事を通して感じた人はこの本を読めば得られることは非常に多いだろう。
魔法が物理になるまで 物理学がいかに発展してきたかをわかりやすく解説した一冊。
人はわからないものをおそれる。理解の及ばないものを神と名づけたり、魔法と呼んだりしていた。
その幻想を物理学が打ち砕く。
当然反発はある。「こじつけだ」とまで言われる。
この反発は一般の人にとどまらず、物理学者からも起こる。
しかしそれが議論を呼び、その理論は補完されていく。
時には技術の必要に迫られて、物理学は発展していく。
このような様子が当時の文献を参照しながら、解説されている。
文章は読みやすいが、数式はばんばん出てくる。
大学教養レベルの知識があったほうが楽しいが、わかる範囲で文章を追うだけでも十分ためになる。
上巻では熱力学の発展を扱っている。下巻ではそれを発展させて統計学、量子論に結びつける。
同じように物理学の発展を描いた本に「物理学はいかに創られたか―初期の観念から相対性理論及び量子論への思想の発展 (上巻) (岩波新書 赤版 (50))」がある。
これはやや分野が異なって、主に、力学?相対論ができるまでを扱っている。
これは文章が読みづらい。個人的には本書をおすすめしたい。
物理とは何かを考えるヒントに この本は物理がどのように生まれどのように発展してきたを朝永先生の考え方も交えながら書かれています。物理学を志す者なら物理の生い立ちについても知っておいた方がよいのではないでしょうか?
高校数学の知識で物理学の成り立ちを知る 文明が発生して以来、すなわち日々の食料の確保に奔走せずとも生きていけるような社会が確立して以来、世界の成り立ちを知りたいという欲求は、知識人たちを思索に向かわせ、古代ギリシャでアリストテレス哲学に結実し、以後、占星術や錬金術を発展させてきた。しかし、占星術や錬金術は、物理学や化学の前身であることは確かだが、近代の物理学や化学とは別物であることもまた事実である。では、一体何があり何がなければ物理学であり化学というのか。中世の研究者たちの思考の後を辿ることにより、これを定義しようというのが本書である。
上巻では、まずは力学の成り立ちについて語っている。現代でもそうかもしれないが、中世の人々は占星術により運命を知ろうとした。占星術は天体の運行から運命を読み取る技術であるため、天体の動きを知ることが非常に重要であり、天体観測が発展した。この時代に登場するのがケプラーである。ケプラーも占星術師であったが、なぜ天体の運行が人の運命と結びつくのかということに疑問を持ったらしい。そこで、天体の運行の仕組みを明らかにすることにより、この関係性が分かるのではないかと考えた。
ケプラーは、師匠のブラーエが生涯を掛けて集めた正確な天体記録を継承し、未だ確立していない幾何学を駆使し、苦心の末、火星の軌道が長円であることを突き止めた。こうしてケプラーは、思索による哲学ではなく、実際の記録に基づく計算により、天体の運行が単純な幾何学により表されることを明らかにしたのである。
同時代に生きていたガリレオは、単なる観察に基づく計算だけでなく、自らの考えを証明するための装置を作成し実際に試すという作業、すなわち実験により、証明するという方法を編み出した。そして実験により、地上における物体がどのような運動をするのかを明らかにしたのである。
しかし、彼らの考えがそのまま受け入れられたわけではない。中世にはカトリック教会という大きな壁が存在していた。教会は聖書の記述を疑わせるような考えを否定し、弾圧したのである。
ケプラーやガリレオが世を去ったあとに登場するのがニュートンである。ニュートンは、完成した幾何学を駆使し、いくつかの法則を前提とすれば、ケプラーが発見した天上世界の運動とガリレオが発見した地上世界の運動を導き出すことができることを明らかにした。これにより、力学の世界を説明するための言葉を人類が手にしたことになる。
これまでは哲学的な側面から発展した物理学を見たが、物理学には技術的な側面からの発展もある。ワットによる蒸気機関の発明は、人類に産業革命を起こすと同時に、蒸気機関を改良する試みの中で、なぜ熱からエネルギーを取り出せるのかという疑問を生み、熱学の発展を促すことになるのである。
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[ 文庫 ]
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痛風はビールを飲みながらでも治る!―患者になった専門医が明かす闘病記&克服法 (小学館文庫)
・納 光弘
【小学館】
発売日: 2004-11
参考価格: 500 円(税込)
販売価格: 500 円(税込)
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・納 光弘
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カスタマー平均評価: 4
あなたも痛風 40代です。2年ほど前から、膝、かかと等足の関節に激痛があるようになり、今度は足の甲に激痛があり、医者から血液尿酸値が高いと言われ、痛風を確信しました。さっそく、ビールをいう言葉に敏感に反応して、本を取りよせ読みました。本の内容は、タイトルほどセンセーショナルなわけではなく、ビールも、食事も、ほどほどにという内容。当たり前なんですが、医者が言うと何故か納得というところでしょうか。それよりも、多くの人が、痛風以外の人が読むとは思えないこの本をレビューしていることに、安心。ああこの人も痛風なんだな。共に頑張りましょうと思ってしまいます。
医者だからね… 期待していただけに…残念。
ビールを飲みながらでも、薬も用いないで、ある程度の食事療法と、運動で痛風を何とかできる方法を指南してくれるものとして期待していた。
「ビールを飲むなら、結局は、薬で誤魔化すしかない」と述べているようなもの。
医者である事から自由に薬を処方し、自らの人体実験!を行った事は、読み物としては面白かったが、医者でないものからみれば「自分の体調に合わせて、的確な薬を処方できて、症状を軽く出来て、うらやましい…」としか写らない。
痛風を楽しもう! 痛風の専門医がビールを飲みながら痛風を治した、という、もうそれだけでも笑える冗談のような本である。
内容はしかし至極おおまじめで、痛風を発症した自らの体を実験台につかい、アルコールやストレスと尿酸値の関係を、詳細なデータを基に解き明かしていく。
結論からいうと、一日缶ビール2本くらいなら飲んでも平気、である。筆者は痛風の気は今のところないが、大のビール党だけにやや安心したしだいである。
それにしても、これまで専門医として痛風患者に「ビールはだめ」と言い続けてきた「罪」はどうなんだろう。医者のいうことにも結構俗説が含まれているということか。全体に楽しい本だが、そこだけがすっきりしなかった。
そんなに落ち込むことではなかったんですか! わたし30代。つい先日、足(側部)に強烈な痛みを感じ、 打撲かと思って整形外科に行ったらアッサリ通風宣告。 尿酸値は毎年の健診で7をちょっと超えるくらいだったので まだ大丈夫と甘く考えていただけにショックで、まずは勉強と 「痛風」で検索して1番目にヒットした本書を即買い。 え?ビールは飲んでもいい?好きなものを食べてもいい? 本書が説得力があるのは痛風を発症した医師ご本人が自分の 血清尿酸値・尿PH値を時系列で克明に記録し、食生活・飲酒量 を意図的に変えて、その変化が尿酸値にどう影響するか実証 している点。また何より読んでよかったのは著者の病気に対する ポジティブなスタンス。医師の宣告後くらーくなっていた 気持ちが幾分晴れました。患者さん(&予備軍)、読みましょう。 特に尿酸値が高いがまだ発症していない方。
自分の標準を知ろう 私は25年間、自分の臨床検査値をエクセルに入れています。 例えば白血球は3000と世間の正常値より低値、γ-GTPは70-90と高値。でも20年安定しているので私にとってはこれが正常値。 尿酸値(BUN)については、ちまちまと上がって7.5になったときに毎日のビールをやめて泡盛に変えた。そしたら今や6.5。 よっぽど自制心があり、ビールに執着がなければやめた方がいいかも。 でも世間の「正常値」に左右されるのではなく、自分の正常値を把握しておくのが一番と思います。 あれ、書評ではなく健康相談になったかな。
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[ 文庫 ]
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極秘捜査―政府・警察・自衛隊の「対オウム事件ファイル」 (文春文庫)
・麻生 幾
【文藝春秋】
発売日: 2000-08
参考価格: 670 円(税込)
販売価格: 670 円(税込)
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・麻生 幾
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カスタマー平均評価: 5
一般人では知り得ない、当時の真相。 もう10年以上前になりましたが、当時のニュース映像を鮮明に記憶している人は多いと思います。
あの時、警察・自衛隊をはじめとする関係各所はどのように動いたのか。
本作は我々一般人では知り得ない、当時の一連の流れが綿密に描かれたノンフィクションです。
ノンフィクションといっても事実を淡々と書き連ねるのではなく、小説調になっているので、刑事物やミステリーが好きな方ならきっと熱中できると思いますし、これから漫画や小説の脚本を書こうとお思いの方や、純粋に当時の事が知りたい方にもお勧めできる一冊です。
これを読むと、普段の日常生活においても心構えが大きく変わります。
平和な日本にあっても、少なくとも毒ガス検知のために自衛隊部隊が出動した時に「ドラマの撮影ですか?」と尋ねるような日本人ではありたくないものです。
今、あの事件の真相が明らかに!! 『ミスをすれば批判され、円滑に行って当たり前』の日本を護る多くの人達の勇気と感動の物語。
緻密な取材に裏打ちされた切れ味鋭い文章は、
なまじっかのミステリー小説も敵わない緊張と弛緩の連続である。
自衛隊、警察・・・は何もやってくれない等と言うなかれ。
我々の見えないところで彼らは地道な捜査を続けているのだ。
そして、手柄は自分自身や苦楽を分かち合った仲間たちだけで完結し、
また次への捜査へと向かうのである。
警察や警視庁、自衛隊の活動不足を嘆く多くの人にお勧めの一品!!
日本の調査能力は凄いの一言!!
文庫本と単行本の併読をお勧めします。 この本を読んでから、ニュースの事件報道の受け止め方や、
警察小説の読み方が変わりました。
単行本から文庫本になるにあたって、かなり加筆訂正して、
文庫本の方が、文章に臨場感があって読むには面白いので、
どちらか1冊を選ぶとしたら文庫本です。
ただ、単行本にあった「県警本部長」など情報入手ルートの
記述がなくなっていて、情報入手先に配慮したと思われる、
記述や表の削除もみられ、情報に重みがなくなっています。
文庫本を読んで面白ければ、次は、文庫本と単行本と並べて
記述を比べてみても面白いのでお勧めします。
日本の底力 『ミスをすれば批判され、円滑に行って当たり前』の日本を護る多くの人達の勇気と感動の物語。
緻密な取材に裏打ちされた切れ味鋭い文章は、なまじっかのミステリー小説も敵わない緊張と弛緩の連続である。
自衛隊、警察・・・は何もやってくれない等と言うなかれ。我々の見えないところで彼らは地道な捜査を続けているのだ。そして、手柄は自分自身や苦楽を分かち合った仲間たちだけで完結し、また次への捜査へと向かうのである。
警察や警視庁、自衛隊の活動不足を嘆く多くの人にお勧めの一品!!日本の調査能力は凄いの一言!!
日本の底力 『ミスをすれば批判され、円滑に行って当たり前』の日本を護る多くの人達の勇気と感動の物語。
緻密な取材に裏打ちされた切れ味鋭い文章は、なまじっかのミステリー小説も敵わない緊張と弛緩の連続である。
自衛隊、警察・・・は何もやってくれない等と言うなかれ。我々の見えないところで彼らは地道な捜査を続けているのだ。そして、手柄は自分自身や苦楽を分かち合った仲間たちだけで完結し、また次への捜査へと向かうのである。
警察や警視庁、自衛隊の活動不足を嘆く多くの人にお勧めの一品!!日本の調査能力は凄いの一言!!
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