豊富なレシピが収録されているようなところに気を配りながら、コロンビアのシャーマンに会いに行こうとするくらいの著者だから、霊的な側面にも十分に留意されているところがこの本の魅力だ。しかし(いい意味で)何も特別なことが述べられているわけではないとも言える。日本で少しだけ健康に気をつけた生活を心がけている人ならば、かなりの点ですでに実行済みかもしれない。日々の生活の中でゆがめられてしまったさまざまな習慣を、この本にそってチェックしてみるのも!!いいだろう。
ついでにいえば、この本を読みながらぼくは、何人かの親しいニューヨーカーを思い浮かべてしまった。彼らは、自然や健康を、人工的な環境の中で求めるべきものとして浮かび上がらせ、それに向かって日々効率的にこなしているようにぼくには見える。人工的に構築された世界で成功していればいるほど、意識的に人工的に健康を追い求めなければならないのかもしれない。 自然と触れあうような健康的な生活を作り出すためのニューヨーカーの努力は、人工的な力を借りて長いあいだ快適な生活を追い求めてきた人間の努力とどのような関係にあるのだろう。その二つの危ういバランスのうえにしか、健康は維持されないのだろうか。
起こっていることはドラマチックでも、物理学は、もともと地味な学問なのかもしれない。ファインマンは、こう書いている。
−「科学の存立」には何が必要か、自然はどんな性格を持っているのか。これらは人間が決めることではありません。これらは、私どもの研究対象、つまり自然そのものがきめるべきものです。私たちは観察をします。そしてそこに何があるのかを知るのであります。
控えめである。地味だ。「わたしはファッションリーダーじゃなくって、いいの。世の中を見て、それにあわせるわ」っていう感じの控えめさを感じる。で、量子力学である。量子力学は、この控えめな「観察」が自然に影響してしまうことを発見してしまった。こっそり、隣のおしゃれさんのワードローブを見ていたら、「見てんじゃねーよ!」って脅された、みたいな。こういう学問の発展に、なんというか、わびさびがある。 現代の「ろうそく」か和訳は、悪いというよりもドン・ガバチョ風です。年寄りの変な教授がノリノリで講演をしている感じで、慣れれば気になりませんが、「ご冗談でしょう」シリーズを読んだあとでは違和感を感じる人も多いでしょう。
しかし、内容は一般向けとしてギリギリの深くて面白いところを突いているのでだれにとっても楽しく興味深く読めるものになっています。
ちょっと前の子供は「ろうそくの科学」を読むよう勧められました (今でもとても有益です) けれども、私としては今はまずこちらを勧めたいと思うほどです。私のような単なる科学野次馬にとって、「一般向けの、数式のない本を読んで分かった気になるなよ」という警告は耳が痛いものでしたが、その勧めにしたがって大学の教科書に使われているような本を読んでみたら、それなりに理解できて以前よりも楽しめるようになりました。若者にぜひ早い段階で読んでもらいたい本のひとつです。
日本を引っ張る有能な病理医である万起男ちゃんも、作家としては素人なのね、ああ女性蔑視の根は深いのね、という楽しみ方はできましたが。 天女も悩んだのね宇宙飛行士というのは頭もからだも完璧な人で、らくらく宇宙に飛んで行ったというイメージがありました。本当に雲の上の存在。でも、この本を読むと、向井千秋さんが医師として悩んだこと、宇宙をめざしてとてつもない努力をしたことが、克明にわかります。また、男の意地を持つ向井万起男さんが夫婦のかかわり合いの中でいかに変化したか、赤裸裸かつ楽しく描写されているのが興味深いです。 宇宙にかける夢の大きさ夢を目指す仲間達、その努力を達成するために見守ってくれる夫に恵まれ、そんな奥さんの人柄を感じる。転職もいとわず、毎日のトレーニングを続ける努力にも感心した。「我が道をいく」王道のような人だ。 面白い心臓外科医で宇宙飛行士。そんな雲の上の人が普段何を考えどんな生活をしているのか、興味深く読ませていただきました。この人のエッセイはとても面白かったです。
発達上、初めて子どもの目にするもの、触れるもの、聞くもの、といった5感は学習して覚えていくものですが、それを繰り返し、繰り返し教えていくには親の根気も必要です。その体験過程が子どもにとって大切な経験であり、成長に大きな影響を与えるのでしょう。
知育、徳育、体育さまざまな親の期待もありますが、レールを一気にまたごうとしないで、一歩一歩大事に子どもと一緒にわたって行こうと思います。 自分のココロに魔法をかけよう!本!相手に伝わるコミュニケーション。相手に共感してもらえるコミュニケーション。心地良いコミュニケーション。目指すイメージ。ビジネスに活かすことができるはずだと手にとりました。
子供はまだですが、将来生まれてくるだろう子供には魔法の言葉でコミュニケーションをとりたい。そして、子供にとって良い親でありたい。と思います。 子どもが育つ魔法の言葉私の子供はまだまだ幼いのですが、将来息子とこういう風に向き合っていけばより良い関係が創れるのではないか・・・といろいろこれからの子育てについても考えさせてくれる1冊です。
実際に親御さんと子供の例をいくつも取って説明されているのでとても分かりやすいです。 ほとんどの例がアメリカ人の家族を元になっていますが、日本人でも他の国民でも子育ての基本的精神は同じだと思うので、あまり違和感無く参考になりますし、いろいろ勉強になります。
子供と一緒に生活していれば 時には感情的になったり忙しさに負けて子供の内面を見失いがちですが、この本ではもっとゆったりとした大きな気持ちでいかに上手に子供と向き合っていくかを 教えてくれます。子供の成長に比例して、大きくなっていっても何度か読み返しても飽きない本です。 久しぶりに私は買った甲斐がある本だなと思いました。
「零の発見」は、算術や記数法の歴史について。どのようにして、学校で習うような計算のしかたが世界標準となったのか。その説明のひとつとして、名も無きインド人が「0」を発見した話や、プラーマグプタという数学者が0を使った計算法を著した話が出てくる。 0が発見される前、世界の人々は0を使わない記数法(インド記数法以外の記数法)で数を数えていたのだから、さては大変だっただろう。13世紀終わりごろのヨーロッパでは、“新参者”のインド記数法を使うことを禁じていたこともあったそうだ。でも、やっぱり0を使う便利さには勝てなかったんだろう。やがて簿記にインド記数法が使われるようになり、15世紀に活版印刷術が生まれてインド記数法は広まっていった。数学とは、社会の必要が発展を後押しするものだ。
「直線を切る」は、数学の内容そのものの話なのでより思考的。「ある円とまったく同じ面積の正方形を、定木(定規)とコンパスだけで作ることができるか」がテーマ。ここには有理数と無理数が深く関わってくる。円の面積を無理数πというキリのない数字で表す以上、キリのある有理数で示す正方形では円と同じ面積を示すことができないと思われるからだ。 このテーマもおもしろいけれど、前段の話もおもしろい。ゼノンの「アキレスの亀」の話は有名だけれど、この話をさらに理論武装して説きづらくさせた話があと3つも出てくる。
学校で習う数学とはまたちがった、深く考える数学があった。答えを出すまでにいろいろなことを考える。数学が苦手な人も、著者がうまく先導してくれるから、少なくとも何が問題なのかは理解できそう。「ああよんで楽しかった」と思えるかはその人次第。けれど「『数学を楽しむ』ってこういうことかもしれない」とは思えるでしょう。