しかし、このシリーズは1巻5,000円以上するうえに13巻まで出ていて、なかなか手の出せるものではなかった。
そこへ、同じ講談社から文庫版『世界遺産』が出た。出版社は同じでも『ユネスコ世界遺産』とは内容は全く別物で、全7巻で約300件前後が紹介されている。世界遺産に関する本は文庫でもほかにもあるが、選定基準があいまいだったり、地域別になっていないなど体系性にかけていた。
本シリーズは地域別に分冊になっていて、1冊の中でも文化遺産と登録遺産とに分かれているので資料として利用できる。全巻そろえても低価格で済むのも魅力。
第1巻のヨーロッパ(1)では、東欧諸国とイタリアが掲載範囲で、ヴァチカン市国・パルテノン神殿などの有名なものから、キジー島の木造教会(ロシア)など
一般に知られていない名所まで魅力的な遺産が40件弱収録されている。写真はとても美しく、文庫としては満足できる大きさである。登録遺産の個々の解説は少々物足りないが、そういう人は『ユネスコ世界遺産』を参照すればいいだろう。
なお、世界遺産を紹介する映像ソフトに、TBS系列の『世界遺産』という
芸術的なまでにすばらしいテレビ番組があることを紹介しておきます。
10年を経て文庫版として再刊されるのを機会に、50ページほどの「番外編・二百人の子を背負って──四国歩き遍路の十日間」が付け加えられました。2003年3月、勤続30年に支給された10日間の休暇をつかって四国を歩いた記録です。著者は7日間で室戸まで到達するほどの健脚ですが、成り行きで泊まった善根宿で叱られたり、慣れないコインランドリーの乾燥機にとまどったりといった事件もあります。
日常は、小児科医という仕事がら次々に問題を解決しながら多忙で寸断された時間を過ごす毎日なのでしょう。歩き遍路では、それと対照的に、自然の中で持続する時間にどっぷりと心身を任せる感覚を存分に味わっておられます。
「二百人」というのは、勤続30年の間に見送った子供たちの数です。表題の「できなかったこと」という言葉に、力及ばずその命を救えなかった子供たちへの思いがこもっているようです。
「具体的な事情はもちろん書きつづってきたとおりだが、建物というものは建築に直接かかわる技術や人や表現意欲だけで生れるものではない。一つの建物の背景には、(中略)政治的な意志、(中略)制度、それを受け入れた社会、さらに事業を可能とする経済力と技術力、また表現の基となる美意識や文化、どれ一つ欠かせない。(中略)建築とは、政治、経済、社会、文化といった何でも呑み込むバケツのような表現領域なのである。建築は時代をそのまま表現する」(本書156頁)。
つまり、著者は、意匠の歴史、建築家の歴史という視点だけからではなく、政治史、文化史、社会史という観点からも、建築史を議論していきます。すなわち、おおまかにぼくがまとめてしまうと、1.海外から来た「冒険技術者」による「コロニアル」(植民地的)、2.江戸日本以来の「棟梁」による「擬洋風」、3.海外から来た「御雇建築家」による「歴史主義の導入」、4.「御雇建築家」の弟子筋である「日本人建築家」による「歴史主義の学習」、というようにです。
「な〜んだ、どの日本近代史叙述にも見られる、外来と内発の歴史、欧化と回帰の歴史か」と思われるかもしれません。が、たんにそれに終わるのではなく、やはり、図表、写真も多数で、建築家ごとの具体的エピソードや特殊事情も記述されています。これが、著作が上下二巻本になったゆえんでしょう。
一見、西欧へと完全に傾倒しているかのように見える本書の都市の評価軸は、都市の文脈を微細に分析しようと試みる今日の都市計画的視座において、少々ナイーブにすら思われるかもしれないが、実はそうではない。本書で述べられたいのは、むしろ西欧主義への頑なな拒絶である。コルビジェが「生まれつきの美的感覚」以外の「何者をも拒絶する強い生得観念」をもっているとして、好意的に評価しておきながら、しかし、結びにおいて「人間性を読み取ることが出来ない」として退けられているのは、そこにこれまで圧倒的勝利を収めていた西欧主義に対する決別が表明されているのだ。
「太平洋戦争から復員して焼け野原に立った私達のような若い建築家の卵も、真剣に東京の復興について考えた」という印象的な一節は、戦争を知らないわれわれの心に深く突き刺さる。戦後、全てがひっくり返った世の中にあって、以前の愛国心が逆転して極端な悲観に包まれたことは、多くの知識人に認められる傾向である。しかし、その悲観とは、やはりなお、一つの「愛国」の変奏であるのだ。ならば、われわれ現代に生きる日本人が、日本の都市を眺めるとき、本書のような評価軸を心の片隅に置いておくことを忘れてしまってはならないはずである。