私は、親の役割は子供の自立の手助けのみ、と思っていますが、それを実践する秘訣が、本書で言うところの「無言の行」です。私の読んだ他の良書でも同じようなことが(他の表現で)述べられていますので、子育てにおける(数少ない)真実のひとつではないでしょうか。 子どもを怒り過ぎと思ったら読むべし5際と2歳の息子がいる我家では、戦場のような毎日を送っている。
このため、ついつい子どもの一挙手一投足に干渉し怒ってしまう事が度々あり、本書を読んで反省した。
本書は、子どもの悪戯は好奇心から生まれるものなので、一切怒らないようにすべきと主張している。もっとも、これは育児を放棄すること(いわゆる「放任主義」)とは対極にある考えであり、「自由を与える」ということである。
我家の現状をみると、子供がティッシュを出しまくっていたり、壁に絵を描いたりと多くの悪戯をしている。しかし、それは子供の押さえがたい好奇心が引き起こす行動であり、これを親が世間体を気にし、また、躾と称して過度に押さえつけると子供の自発的な行動が著しく低下してしまうように思えた。
日本の現状をみても、陰湿ないじめや登校拒否・引きこもりが多いのは大人が過度に子供の行動を叱りつけ制限することによって引き起こされる面も否めないだろう。
最近、子供を叱ってばかりいる躾熱心な親御さんにお勧めの本である。
悪戯好きの息子達は、決して悪い子になっているのではなく、極めて順調に成長しているということが確信できた。 子育てで苛々した時、自分を落ち着けるために最適な本おとなしくて聞き分けのいい子も良いけれども、わんぱくでいたずら小僧だって良い子なんだ、と思える本。いろいろな角度から子供を見ることができ、怒らずとも、子供って大人の言う事を理解してくれるのだと、認識させられます。 厳しい親の元で育てられいつも親に対して反発、そして怒りをあらわにしていた自分の幼少時代を振り返りながら、著者の子育て論を読み、とても共感が持てました。子供を持った今、四十六時中、ニコニコ、とはいかない日もあるのは事実。しかし、言い方一つで子供が素直に聞いたりすることもあり、子供とのコミュニケーションにおいて、直球だけではなく、変化球を投げる事も、育児には必要だということに、気付かされます。 今、自分が子供に対して言っている事は、果たして子供のためなのか、それとも自分自身の便宜の為なのか、落ち着いて考えさせられることもしばしば。ダメ、と否定的に言わずに、同じ内容を肯定的に言うことも可能だということに気付きます。是非、読んでみてください。
ここでも都会の悪い誘惑に負けないよう諭している。 また、有名なサヴォア助任司祭の信仰告白では、イタリアという異国で、生活の手段のために改宗して、その風習になじめず、罪人となってしまい、心身ともにボロボロになってしまった青年を救った話で、祖国の祖先の信仰が一番で、それを破ることは傲慢なことだ説教している。
ここでは、現代の日本人の異国暮らしにも共通することがあるのではないでしょうか。
エミールが旅行をすることで、見聞を広げるというのだが、その国を知るには、実は都市よりも、地方にその国の人々の生活がよくわかるという興味深い話だった。また、マルゼレルブへの手紙では、上流階級の生活に嫌気がし、さまざまな、交遊を断ち切ってでも、田舎で孤独と執筆生活を選んでいたいたルソーの告白が載っており、彼の一般市民
特に、農民に対する愛着を再確認する内容となっている。様々な生活で苦悩してきたルソーの様子がわかる。