犬を飼ったことがある人、愛してやまない人は、必ずいくつか自分や自分の犬と重なる部分を見つけ、そして心を揺さぶられます。文章の上手い方々が簡潔に淡々と綴った文章だからこそ、というのもあります。巻末に筆者紹介もあるので、自分と同じ「犬好き」という親しみを持ちつつ、彼らの他作品も読んでみようかという気持ちになります。 犬と人との心の交流本書に納められているエッセーは全部で20編。どれも著者と犬との繊細なやり取りが読み取れ、僕の心をほんの少し暖かくしてくれた。そして自分が幼なかった頃に飼っていた犬のことを思い出し、僕の心は少しだけ揺れた。
現代技術の発展、特にコンピュータ関係の発展の仕方を、「ドックイヤー」と呼ぶ。犬の1年は人間の4年に相当するので、このドックイヤーという呼び方は、時間の過ぎ方の違い(特に急激な時間の進行)を意味する。本書を読むと、忙しい現代に生きる自分がドックイヤーを生きる犬との相対的な時間経過において、ある種の時間の流れの緩やかさを感じることができるのである。
僕の飼っていた犬もそうであるが、現在その犬はもうこの世にはいない。多くの飼い主は、その心の通った犬が死んでしまうことを直視せねばならない。本作品群でも、著者と犬との別れが多く取り上げられており、著者の回顧録としての「犬の話」は心を揺さぶられるものがある。
素敵な装丁も含めて、膨大な作家達の作品の中から犬に関する記述を見つけ出し、素敵に編集した編集者(の方々?)にも感謝したい。きっと犬好きな心の温かい編者(達?)だと思う。作家の中には僕の知らない方々も多くいた。筆者紹介が文頭ではなく、巻末にあることは、先入観なく各エッセーを読め、しかも各著者の経歴も読後にわかるため、ありがたかった。そんな些細な点にも編者は気を使っているか、と小さな感動を憶えたのである。 笑い、泣ける話が満載!一口に言えば短編集。編集部が、犬の出てくる作品から適当な部分を抜き出した物を20集めている。一つ一つに、書き手の犬への愛情が込められた文章で、思わず一気に読み終えてしまった。さすがに、犬との死別とその後の思い出を綴った文章を読むと、眼が潤んでしまった。武田百合子に一番心引かれたが、逆に阿川弘之には当惑。
自身演劇に関わる扇田昭彦の執筆だけあって体験に根ざしており、読んでいて非常にリアリティがある。また、著者自身断っているように、彼の関心や共感は1960年代からの小劇場運動にあるのだろう。その記述が全体の半分を超えているので通史としてのバランスは悪いが、その分、唐十郎や鈴木忠志ら第一世代の冒険ぶりが躍動感たっぷりに描かれている。
当時を知らない評者にとっては、まぶしいような、遠い世界の出来事のような、「時代」の雰囲気を感じさせられた。この本一冊で日本の現代演劇の動きがわかるとは思えないが、読み物としては充分に面白い。演劇に興味のある方にも、1960年代に興味のある方にも、お薦めできる。
「二十六夜」は、梟の和尚が梟たちに梟鵄守護章というお経について説き聞かせた三晩のお話です。そのお経は梟が小さな鳥や田螺をとって食べることの罪深さを、そしてそれが永遠に続くことの哀しさを説いています。そうした中で、和尚の話を熱心に聞いていた、おとなしいこどもの梟の穂吉が人間のこどもに捕まえられてしまいます。穂吉は次の日に放されますが、おもしろ半分に人間のこどもに脚を折られていたのでした。普段は他の生き物を捕らえている自分が、逆に捕らえられる身になると、それに怒りや憎しみを感じる矛盾や哀しさが描かれています。三日目の夜に穂吉は脚の傷のために死んでしまうのですが、二十六月齢の月に乗って現れた疾翔大力(菩薩)に迎えられるというお話です。
「銀河鉄道の夜」の中のさそりの火のエピソードと同じようなテーマですが、梟の子が人間の子どもに面白半分に傷つけられることで、より感情移入させられてしまいます。 また、疾翔大力が月に乗っている情景や、「ひかりの素足」の中で描かれる彼岸の情景は、その主題とは別に賢治の仏教への想いがイメージとして見ることができて興味深いです。
作品のひとつひとつには天沢退二郎氏の解説が付けられていて、とても参考になります。
たまたま、買った時が某NHKの連続ドラマ中だったので、母に見せたら、取り上げられちゃいましたよ〜…。面白かったのに。しかも、読んでいる途中だったんだぁ…。(;>ω<)/
とにもかくにも、どんな年代の方にもはまる本ですよ、これは!
(^◇^)ノ おもろい! 彼女の人生に五つ星!!読んで元気になる本とはこのことか!!
NHKの「ようこそ先輩」で素敵な授業を展開してくれたのを見て即効で読んだ本!!
もう、日本の全ての人に読んでほしいな。
彼女に会った人は誰でもみんな彼女を好きになる!と思うけれど、そのあふれる愛のパワーは彼女の人生の高い山や谷底で経験した全てが「全力」だから。
精いっぱいがとってもチャーミングです。
まさに、ライフ! じっくりと、読んでみなはれ!数え切れない程の苦難を乗り越えての40歳デビュー。本当は、本に書ききれない程の、苦難があったと思います。アヤドさんは、これをできるだけ、ひた隠しにしたいらしかった。声が、変わって、今の声になったそうだ。偶然を必然に変えるアヤド。素晴らしい演奏は、ここから来ています。 アヤドの真骨頂 落ち込んでいる人に、是非読んでいただきたい本です「さんまのまんま」での綾戸智絵の爆笑トークは、完全にさんまを食っていましたね。また「笑っていいとも」のゲストの時もタモリを唖然とさせた「アヤド」の半生記です。 一気に読み上げました。実におもしろい本です。 アヤド曰く「世の中の偶然はコントロールできないけど、必然にするのは自分自身や」。 このポジティブな自叙伝は、落ち込んでいる人には、カンフル剤になるのは、間違いありません。ガンにも負けず、離婚にもくじけず、子育てにもめげず、40歳という年齢でデビューしたジャズシンガーです。彼女の歌同様、生き方もとてもエネルギッシュで、どこか、ブルースの薫りがしてきます。 本の前書きに「ピアノを弾くのも歌うのも、文章書くのも、やっているのは一人の同じオバハン。鉛筆持ったら同じように何か出てくるんじゃないかと、とりあえずやってみようかと思ったわけです。ほな、理屈抜きで書いてみまっせ。」というスタンスですから、文章もアドリブ満載です。 決して順風満帆な人生ではないのに、歌同様、異彩を放っています。読んでいて、思わず笑うのですが、その直向な生き方にエリをただす思いでした。 昔、松竹新喜劇で、藤山寛美が笑わせた後、泣かせる科白を聞かせたのとどこか通じる感覚です。素晴らしい「芸人」根性を持ったジャズ歌手です。 今、彼女のライブ・アルバムを聴いています。活き活きとした躍動感溢れる歌とピアノですが、面白く、どこかさびしげなのも、自叙伝同様です。 生き方そのものがブルースなのですね。
戦後間もない昭和20年代。海外の探偵小説、怪談作品を興の赴くまま、あれこれと読んでいった乱歩翁。
その作品のどの辺が面白かったのか。この種の探偵小説(今で言うところのミステリー小説)のジャンルとしての味わいは、どの辺にあるのか。この作品とあの作品を比べてみると、探偵小説としてどちらがより魅力的だろうか。
といったことを書かずにはいられない、そんな気持ちで熱を込めて書き綴っていく乱歩翁。幻影城の主の、探偵小説への愛着と熱意が、行間からひたひたと伝わってきます。
ただし、取り上げた探偵小説の話の筋、トリックの妙味などをかなり詳しく語っているところがあるので、クラシックな海外ミステリー、特に本格作品をまっさらな気持ちで読んでいこうと考えている方には、不向きの評論集かもしれませんね。
でも、私にとって本書は、小泉喜美子さんの『メイン・ディッシュはミステリー』(新潮文庫 ※絶版。なんでなんだあ!)とともに、最もシンパシーを感じる海外ミステリーの評論・エッセイ集です。 探偵小説評論の白眉江戸川乱歩は、多くの評論を残していますいますが、中でも「幻影城」は海外小説の評論が中心です。戦後の探偵小説の解禁と供に、様々な小説が流入し、その数多くを読んできた乱歩の足跡がうかがえます。緻密な論理展開で、思わず納得させられる、そんな傑作評論集だと思います。
特に、本格もの、叙述ものに関する評論が多く、一種のブックガイドにもなるのではないでしょうか。この全集特有の解題や註も、乱歩の作品を読み解くうえで重宝します。