我々自身は下らない日常に煩わされている毎日であるが、日本人としての自由と勇気とはなんであるか、を考えたい人には推薦できる本であると思う。 音楽への渇望壮年期になんなんとしていた頃の小澤征爾と武満徹が,共通の思い出の地である中国のこと,交流した音楽家達,そして自分たちの音楽のことについて数回にわたって対談をおこなった記録をまとめたものです。闊達に語る小澤,言葉を選んで話を進める武満の会話は何回読み返しても新鮮さを失わない魅力を持っていると思います。「私たちは未だに音楽に対する永遠の渇望の中にある」という,武満のあとがきの言葉が忘れられません。ぜひ多くの方にお奨めしたい本です。
ボクは数あるエッセイの中でも、大林宣彦「賢者の自由」がお気に入りだ。非常に短いエッセイだが、全ての文を何度も心の内で反芻して、「自由」について考えてしまう。
たくさんの人がこの本で好きな作家に巡り会えるであろうコトも考えられる。「とりあえず」ぐらいの気持ちで読んでも、最後まで読み通してしまうであろう名書。オススメ。 プレゼントしたい作品各話いろんな思いがこもっていて、心にジーンときます。私は特に高橋源一郎さんの「白紙」と、田口ランディさんの「モーニング・コール」が好きです。友人にプレゼントしようと思えるステキな作品に出会えました。
本格推理ではないが、正体不明の怪人物と明智小五郎の騙し騙されの闘いは理屈抜きに面白い。細かい事を言えば論理が破綻している箇所も何点かあるのだが、そんな事は気にならないで一気に読める。推理小説というよりは怪奇冒険小説という表現の方が適しているだろうか。
「魔術師」では明智小五郎の妻となる文代との馴れ初めが書かれてあるし、「吸血鬼」では小林少年が初登場する。明智ファンにとっては必読の書と言える。
物語の終盤、筆者がニューブリテン島へ再訪し、中古車を送りトペトロに恩返しする場面は何度読んでも感動的です。「お父さんの戦記」とはまた別の感動があります。
「文庫版へのあとがき」を読むと、戦中派の一人である筆者が「昭和史」を書ききったことは、自分をも巻き込んだ「あの戦争」についてひとつの答えを出すことだったとあります。筆者の結論は「あとがき」を読んでいただきたいのですが、そのことばには積年の疑問に答えを出すことができたという、ある種の清々しさすら感じます。
なお第5章「家ダニのような生活(心象風景)」、第7章「解放なき自由業(いや、不自由業)」、第11章「平凡な日々と空想」は、雑誌原稿の再利用のようです(絵柄が違うのでそう判断したのですが出所を確定できないので、あくまで推定です)。
『コミック昭和史』は原稿の再利用が多く、完全な書き下ろし作品とはいえないところがあります。それにもかかわらず、本書の価値は筆者の画業を語る上で、やはり重要なシリーズだと思います。
他方、常日頃から、古典落語が現代に通じるか、将来継承されるか、お悩みの発言も聞いております。
ご自身のご病気や古今亭志ん朝師匠の急逝などで、あせっておられるのが、行間から伝わってきて切ないです。
大丈夫、家元は不死身ですから。 余裕綽々と古典落語をどう伝えるか、お考え下さい。 現代世界に生きる談志のロジック古典落語を現代化する。そして現代人にそれを語って聞かせ、衝撃を与える。これが談志のライフワークだ。この本ではその方法論が本人によって解説されている。落語論であるが、実は他の分野にも応用のきくテクニックが満載されている。伝統文化を、その核を壊すことなく再生するために、物語を修正し加筆することで、より完成度の高い作品を創作するために、言葉で人を笑わせるための基本的な技法を修得するために、本書は必ず役に立つ。そして悲惨な現代を気楽に笑顔で生きぬけるように。人間の業を肯定して、さらにはもっと深いイリュージョンの世界に到達するように。
第一章は、尾崎と著者(=須藤氏)との出会いから、『誕生』リリースまでの両者の関係をできるだけ客観的に振り返ったものです。示唆に富むものです。第二章は、『誕生』リリースにさいして、1990年11月と1991年4月に尾崎と著者とのあいだで行われた二つの対談の記録です。直感的・断片的な発想の応酬というところがあるので、あまりわかりやすいとは言えません。第三章は、著者による自分自身と詩・音楽とのあいだの関係についての回顧、そして尾崎から聞いた「幻の少年」という小説の構想の記録です。第四章は、1985年ごろ尾崎から受けた印象についての断片的エッセイ、著者が1991"BIRTH”ツアーにライヴ・レコーディング・ディレクターとして同行したさいの記録、そしてそのほかです。尾崎がどれほど『誕生』というアルバムを引っさげた1991“BIRTH”ツアーにアーティスト生命を賭けていたかがよくわかります。第五章は、著者が尾崎の死を知ったときから尾崎の生と死の意味を整理するまでに書いたエッセイを集めたものです。
東京大学文学部英文学科で二十世紀のアメリカ現代詩を専攻。尾崎の詩人としての才能にほれ込み、育くんだ須藤氏のエッセイはやや直感的・断片的に物事をとらえていくので、「尾崎豊とは何か、誰か」をわかりやすく解説してほしい方々にとっては煙に巻かれたような歯がゆさが残るでしょう。それでも、須藤氏だからこそ発見できた尾崎の詩と真実がここにあることも否定できません。カヴァーデザインと最後に寄せられた文章は、『十七歳の地図』からずっと尾崎作品のジャケット・デザインを担当しつづけたアート・ディレクター、田島照久氏によるものです。
1804〜1807年は中期ベートーヴェンの最も偉大な創造の時期、穣り豊かな時期と呼ばれているが、ベートーヴェンのヨゼフィーネに対する激しいが、叶わぬ恋心こそがベートーヴェンをして交響曲第4番、ピアノ協奏曲第4番、バイオリン協奏曲などの永遠の名曲を創造させた原動力であったことを読者は理解するようになる。
ベルリオーズの「幻想交響曲」の場合も同じであるが、恋の力の偉大さを知り、人間ベートーヴェンを理解するために、激しいベートーヴェンが好きな人も、優しいベートーヴェンが好きな人にも是非とも読んで欲しい1冊である。 余談ながら、小生はヘルベルト・ブロムシュテットがドレスデン・シュターツカペレを指揮した演奏が最も好きである。