才能豊かだったからだけではない、なにか思い切りの良さとか、自分にとって何が大切なことかとか、的確な判断で目の前にあるチャンスを逃すことなくグローバルに生きた女性にあこがれます。ただし本当の孤独をのりこえてこそ、とも。異文化の中で自分を見失わずに生きることの強さにあこがれます。 文化をたどる手がかり?原智恵子は、幼いころから単身でヨーロッパに渡り、研鑚を積んだ経験から、勝気で大陸的な性格を持ちあわせていました。当時の日本人女性として求められた奥ゆかしさ、控えめな性格でないことを理由に(あるいは、あるひとりの男性の嫉妬を理由に)、日本の音楽界からは次第に「抹殺されていく」運命にありました。
(どんなに、ヨーロッパ(パリ)で、輝かしい功績をおさめようが、素晴らしいプレイヤーであろうが)同時期に、比較対照としての存在として現れたのが、「安川加寿子」でした。「原智恵子」を知らなくても、「安川加寿子」なら大方の人が知っている、という事実こそ、当時のそして今日まで続く、「音楽業界の闇」を物語っているのです。
本の後半。
愛する二人の息子と離れ、20歳年上のチェリスト「ガスパール・カサド」と再婚し、彼が亡くなるまでのわずか8年間の充実した音楽家生活、そして彼と過ごした思い出深いフィレンチェを出、日本に戻って、ひとり老人施設で生活し、亡くなるまでの様子。その克明な描写に心打たれました。
「芸術」への志を曲げずに生きようとした、ひとりの音楽家の女性の半生を、戦中戦後の文化の発展過程を背景に知ることの出来る、重みのある本でした。
著者の数奇な運命についてここで述べるのは控えさせてもらいますが、時代に翻弄されながらも自分を見失わずに生きる姿勢は凄いと思います。心無い人は「中国人だと思っていたのに騙された」というのでしょうが、抗日の激しい時代を中国人の中で成長しなければならなかった少女がこれほどまで中国人になりきるべく努力をしなかったら、後に国策映画に利用されることもなかったでしょう。
間近に知る日本人実力者や満鉄・満映関係者、中国を愛し理解した日本人知識人の苦悩、中国の演劇関係者の話など当時を知る上でとても興味深かったです。
終わりの(本名に戻ってから)部分が駆け足になってしまっているのが残念。(この本は李香蘭の時代を書きたかったのでそうなっているのだと思いますが。)私としてはその後の話をもっと知りたいです。
プロモーションビデオの一覧もあり。全ライブの記録とコメント。代表的な関係者のリストとコメント。最後には、楽曲から関連作品を逆引きできる索引まで有り。それほど厚みが無いコンパクトな新書サイズの本ですが、内容は充実しています。
この本には全部で九本の随筆が収録されているのですが、これらの随筆を読むときには自分とゆかりのある土地や、かつて自分で行ったことのある土地を探して、自分の記憶の中にあるその土地の風景と、百關謳カが描くそれぞれの土地の風景とを照らし合わせて読んでみるのも楽しいかもしれません。
建物や町の様子は変わっていても、ずっとそこを流れている川や、ずっとそこにある山など、そういった自然の姿は百關謳カの頃も、我々が生きている今もそれほど変わっていないのだということに気付くと思います。
それから蛇足になるかもしれませんが、百關謳カの列車の旅に同行する「ヒマラヤ山系」という男性、この人がどのような仕事をしている何者であるかは他の百閧フ作品を読んで見るとわかります。 ヒマラヤ山系とは・・・?「ノラや(新しいほう)」を読んだ後に、「阿呆列車」を古本屋で見つけて読んだ。旧かな遣いで書かれたものは、初めのうちこそ読みづらかったけどだんだんなれてくると、百閧ウんの文章は、この文体で読むからこそ、より味わい深く感じるのかも知れないなあと思いました。
「電車の中でよむと思わずわらってしまうかもしれない」って書いてあったけど、本当に吹き出してしまった・・・ しあわせ すばらしい作家でありながら永年気軽には手に取りにくい状況にあった百鬼園先生の作品集が筑摩書房から発刊という新聞記事を最初に読んだときは、まさに小躍りせんばかりの心持ちでした。「ノラや」「御馳走帖」「百鬼園随筆」など各出版社から細ぼそと出されていたものをかき集めて読んでいたあの苦労をもう味わわなくてすむのですから。惜しむらくは文体が若者向けにという配慮なのでしょうが新仮名遣いであること。それから全集ではなく集成というのも寂しいかぎりです。最近川上弘美が人気ですが、そうした作品がお好きな方ならぜひともはまると思います。とらえどころのない、けれども端正な世界をお楽しみ下さい。。
「ニセモノを骨董商同士でやり取りして、あとで分かった場合も、『目が利かなかったのだから』と買った本人の責任であるという不文律がある。」
といった、素人からは、うかがいしれない世界も紹介されていてとても興味深く読みました。
騙したり騙されたりといったお話なのに、明るい気分でと読みすすめられるのは、その世界に身をおいている著者の「信用と目筋で責任を持つ」という姿勢や、「日本文化の真髄は骨董商に伝えられているという誇り」文章に出ているからなのでしょう。
骨董の佳器を眺めながら「いい仕事だねえ」と酒を飲んでいた著者の父親の描写などを見ると、骨董に対する愛情が伝わってきてしみじみします。
骨董そのものに、詳しくない私でも、骨董に対する愛情が伝わってきて、とても楽しめる本でした。 とても面白かったです。
著者、エルヴィン・パノフスキー(Erwin Panofsky 1892-1968)はイコノロジーの生みの親とされるアビ・ヴァールブルク(Abi Warburg 1866-1929)の研究を継承し、その発展の立役者として知られているとのこと。
パノフスキー氏のこの著書は、一般的な読者を対象にしたものということで、有名な作品や図像に絞って丁寧な解説が加えられています。特に氏のイコノロジー自体を解説した「序論」は、体系的にイコノロジーを理解するのにうってつけの内容となっています。
改めてここに記すまでもありませんが、作品の意味・内容を扱う上での手法として【第一段階:自然的主題】、【第二段階:伝習的主題】、【第三段階:内的意味・内容】という三段階の解釈はとても論理的で理解し易いものがあります。氏の「帽子を取って挨拶する紳士」というとても日常的なモチーフを、この三段階の解釈で説明する下りは一読の価値があります。
どちらかと言えば、美術作品に隠された謎があってそれを推理する、といった理解の方が幅を利かせている感もありますが、氏の唱えるイコノロジーとは作品の意味・内容を理解する上での視点、あるいは姿勢を述べたものであることが、この著書からは感じられました。
また鎌を担いだ老人として表される「時の翁」(Old Father Time)や「盲目のクピド」(Blind Cupid)などの成り立ちからは、単なる美術解説書などでは得られない知的興奮が味わえます。 イコノロジーそれは宇宙ですこの本は内容もあまり確かめもせず、タイトルのみで購入した本でしたが、内容も面白く私のお気に入りの本になってしまいました。
図像があらわしている「動き」を、何を意味しているのか? を読み解くためにいろいろな文献を漁りその図像の題材を考察するのがイコノロジーです。
著者の研究題材は多岐にわたり、いろいろな見方があるのだなと感心させられます。
イコノロジーを齧ってみたいと思っている方は、この本を読んでみてはいかがでしょうか?
400ページを越える本書は、西部劇を引用しつつアメリカ合衆国の開拓史をたどる第一章から始まり、西部劇に出てくる英雄・悪党・先住民族を切り出して紐解くかと思えば、「西部劇ビデオ100選」と「西部劇スター名鑑」を編み上げるといった具合に、手を変え品を変えて西部劇の魅力を多角的に紹介していきます。各章の間で記述に若干の重複はありますが、それは特段気にはなりませんでした。
著者自身が「本書はあくまで西部劇の入門書」で「評論」ではないとあとがきで書いていますが、その点にむしろ好感が持てました。かりに西洋哲学を振りかざして大上段から映画「評論」を400ページも展開されていたら、おそらく読んでいてげんなりさせられていたことでしょう。衒学的にまとめた一冊ではなく、軽い読み物にまとめ上げたことが良かったと思います。
大部の書物にしたことを逆手にとってパラパラ漫画を載せたのは、著者の遊び心が伺えて楽しくなります。
シェリフとマーシャルの違いについて解説してくれている箇所や、南北戦争時の南軍のリー将軍が実は奴隷解放論者であり、思想的には北軍に近いものを持ちながら出身地である南部を敵にはまわせないとあえて南軍に身を投じた人物だった記述などは特に興味深く読みました。
私のように映画は好きだが、どちらかというと西部劇には疎い類いの人間には、この程度の入門事典風のつくりがレベル的にもあっていたということでしょう。楽しく読めました。