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[ 文庫 ]
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中世の非人と遊女 (講談社学術文庫)
・網野 善彦
【講談社】
発売日: 2005-02-11
参考価格: 1,008 円(税込)
販売価格: 1,008 円(税込)
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・網野 善彦
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カスタマー平均評価: 3.5
中世の非人や遊女の実態及び女性の地位 中世に於ける非人や遊女の実態、女性の地位などを再認識する上での好著と言える。それは学校教育によって教えられてきたものとはかなり違っていて、非人や遊女は必ずしも蔑視の対象ではなかったのであるが、社会の転換に伴う価値観の変化により、賤視・差別を生み出したとするのが著者の主張である。しかし、各章の終わりに膨大な数の参考文献が列挙されているが、犬神人、散所法師、白拍子と言った語句の説明は無く、参考文献を読んでいることを前提に話を進めてしまうような箇所があるので、本書を読むにはある程度の予備知識を必要とする。また、1976〜1993年の間に発表された論文や書評をまとめたものなので、重複が目立ち、散漫な印象も受ける。
犬神人(いぬじにん)の覆面など 中世前期、15世紀頃までは、非人は検非違使の差配のもとで”清め”を任とする一定の身分を保持していた。ということにかかわる著者の主要論考のまとめ。私は専門的立場から読むわけではなく、その意味で一遍聖絵に描かれた非人から当時の習俗を読み解く論考を興味深く読んだ。
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[ 新書 ]
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日光東照宮の謎 (講談社現代新書)
・高藤 晴俊
【講談社】
発売日: 1996-03
参考価格: 756 円(税込)
販売価格: 756 円(税込)
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・高藤 晴俊
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カスタマー平均評価: 4
軽い読み物 少し文章がまじめで硬いところがありますが、手軽に読むのには十分な本と思います。日光の近くに住んでいながら(と、言っても車で行くのですが・・・)しらないことがいろいろあり、ヘェ〜と寒心することがあります。星が三なのは冒頭でも書いたように少し堅苦しいからです。ただ、たいした厚みのある本でもないのですぐに読み終えることができます。この本と一緒に日光東照宮の写真集とあわせて読めばより、東照宮についての理解が深まると思います。
東照宮に隠された秘密の数々が明らかになる。 いまや「観光地」と化してしまった日光東照宮。ここを訪れるほとんどのひとは東照宮に秘められた秘密やメッセージを知らないまま、「観光地」としてこの地を去ってしまうことになる。しかし、それだけではただの成金趣味の神社という風にしか記憶に残らないのではないだろうか? それでは勿体無い。この本を読んで東照宮を訪れればその高尚さにどっぷり浸かることができよう。 なにが書かれてるかって? それはこの本を開いてからのお楽しみ。 すぐに東照宮の謎の世界に引き込まれるはずだから。
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[ 文庫 ]
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完訳フロイス日本史〈1〉将軍義輝の最期および自由都市堺―織田信長篇(1) (中公文庫)
・ルイス フロイス
【中央公論新社】
発売日: 2000-01
参考価格: 1,200 円(税込)
販売価格: 1,200 円(税込)
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・ルイス フロイス
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カスタマー平均評価: 4.5
力強く甦る「中世日本のキリスト教布教活動、歴史的人物、庶民性」 著者ルイス・フロイスがポルトガル人宣教師であるが故に宗教的(キリスト教的)違和感なり異臭が伴うが、「中世日本のキリスト教布教活動、歴史的人物、庶民性」を鋭く甦らせ、映像化させる面白さは否めない。また、この時期に「外の目(非日本人の目)」で日本を見、日本の特質を述べたものとして特長があると思われる。中世日本におけるキリスト教布教活動は、歴史教育において表面的に触れられるのみであるが、この著書を読むと草の根の活動であり、徳川時代に鎖国政策とキリスト教の禁教政策が採られなければ、その後の日本の歴史展開が大きく異なったものとなっていたであろうと想像される。いくつか、この著書に特徴的な点を挙げてみよう。
・天皇、室町幕府の足利将軍、戦国大名がこの時期の日本をどう統治していたか権力構造が垣間見れる
・足利義輝、三好長慶、松永久秀、毛利元就、高山右近といった歴史的な人物が、見聞を含め「外の目」からリアルに描写される
・「日本では、いかなる君候を訪ねる際にも、かならず贈物をせねばならない習わしがある」といった文化や、「その道中では、若者たちや出会った賤しい民衆が一行(司祭)に向って叫んだり、爆笑し誹謗したりした。また、子供たちは街路に走り出て、同じことをし、一行を嘲り笑った」という描写に庶民の反応が窺い知れる。
フロイス氏の旅行記? 一読して宣教師ルイス・フロイス氏の旅行記のような印象を受けました。
「○○殿に面会した。」「○○という船に乗って、そこでは・・・」という記述の中には
重複するような部分もあり(フロイス氏は何度もいろいろな殿に会って、キリスト教の布教の許可を頼んでいる)少し眠くなるかもしれません。
仏僧との宗教談義では、初めてキリスト教の西洋の世界観の説明を聴いたこともない僧侶たちが戸惑う様子が伺えます。当然キリスト教徒から見れば異教徒ですから「邪悪な」などの相手を見下した文章でもあります。改宗した大名には好意的です。実体験と伝聞情報、そのなかには「彼が聞いた当時の民衆が○○殿、足利将軍などをどう見ていたか」が、彼の主観でありますが書かれて残っているのが貴重な資料でしょうか。冒頭の解説では一部発見されていない、または消失した章があるのとのことですが、残念でなりません。松永霜台の軍勢に立ち向かって剣を振るった足利将軍の勇敢さと、戦国の世とは云え、身ごもった足利将軍の正室を斬首する行為には特に印象を受けました。
総タイトルが問題だが、きわめて貴重な資料。 たいへんな労作で、同時代の資料として貴重であるのは間違いない。
ただ、これに『日本史』というタイトルが付いているのが問題だ。
いかなる歴史書も、書き手の主観を排除することなどできないが、
それでもここまであからさまな主観(異教徒から見れば偏見)で徹底されているならば、「日本史」という看板は下ろすべきだろう。
実態は、一人の宣教師の滞日数十年間を綴った「手記」であって、
たとえば同時代の日本人のものでは山科言継『言継卿記』や、吉田兼見『兼見卿記』、勧修寺晴豊『晴豊公記』などと同列の「日記」である。
フロイスの上司にあたるバリニャーノから「冗長すぎる」として公的記録としては評価されなかったようだが、
個人の「日記」としてとらえれば、むしろそこにこそおもしろさがある。
一宣教師にすぎないフロイスが、気負いに気負って、信長を始めとする名だたる武将や堂上公卿と交流し、彼らを評するくだりなどは、他の資料では見えない面が浮かび上がってなんとも興味深い。
好意も悪意も、ここでは隠す必要がないから実にあからさまで、だからかえって事実関係に嘘はないと逆に判断できる。
本書の値打ちは、この「偏見」にこそあるだろう。
年よりの暇つぶし カソリック宣教師の、優越感蔓延の本です。いかに、フロイスが、「日本人は勤勉で知的な民族である。」と書こうとも、言葉の端々から、「このサルどもめ!」という匂いがプンプンと漂ってきます。
ただ、日本人が知っている(と思っている)室町安土桃山時代を、別の視点から見させてくれます。この時代の風俗を、西洋のの視点から説明してくれているので、おもしろいし、興味深いものです。我々日本人が当たり前として見過ごしていた室町安土桃山時代の風俗を改めて認識させてくれます。
問題は、これを歴史書としていいかどうかなのです。歴史の資料としてはかまいませんが、これを歴史書とするには問題があると思います。
私のような、年よりが暇つぶしにこれを読むのはかまいません(私は、実際暇つぶしの時に読んでいるので全12巻読み終えるのはいつかわかりません。)が、若い勉学中の方は、よりまともな歴史書を読むことをお勧めします。(はっきりいいますと、全体の基調は、「異教徒は非業の死を遂げて当たり前」、「クリスチャンは神に守られ、たとえ死んでも、それは神に嘉せられてゼウスの意志によって恩寵を受け天国に参らせられる。」という論調です。)まともに、読む本ではありません。くれぐれもこの本で歴史の勉強をしようなどとは思われませんように。
ただ、この本を完訳された翻訳者の方々の努力は刮目すべきものです。この訳業によって、我々のような、語学に稚拙な者でも、中世の西洋人の考え方がわかるのですから。まともな、原稿がない状況で、それを、丹念に収集し、かつ、まとめ上げて翻訳するということは、尋常な努力ではなせなかったと思います。その点はすばらしいと思いますし、このような本は滅多に出てこないと思います。絶版にならないうちに買っておくこと(たとえ今すぐ読まないとしても)をお勧めします。
戦国時代を知るための必需資料 ポルトガル人が書いた日本の戦国時代を知る超一級の資料。外国人の目から見た日本は、時として偏見に支配されているものの、人々の生活や信長との会見とその人ざまを生き生きと描いている。比較的無味乾燥になりがちな日本側の資料を補い、戦国ロマンを書きたてる書である。原資料の順序を変え、トピックごとにまとめたことにより読みやすくなっている。 残念なのはこの文庫版が作られるにあたって、ハードカバーにあった訳注などが削られてしまったことであるが、それでも十分な歴史資料であるし、この手の一次資料として破格の安値となっているのがうれしい。
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[ 文庫 ]
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海舟語録 (講談社学術文庫)
・勝 海舟
【講談社】
発売日: 2004-10
参考価格: 1,050 円(税込)
販売価格: 1,050 円(税込)
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・勝 海舟
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カスタマー平均評価: 3.5
全編旧かなづかいです。 機といふものは、言ふべきことでもないでせうが・・・
というように、旧かなづかいです。とても読みにくいです。
この本は2004年発行ですが、21世紀になぜ旧かなづかいで発行するのか、さっぱりわからないです。
買って失敗しました。
郷さまも読んでね!! 老いた幕末の大立者が気ままに語り散らす
気分爽快・気宇壮大の一冊、
という点では「氷川清話」と同じだが、
より肉声に近い編集になっている。
ただその分散漫で読みにくいかも。
ちなみに若い頃の顔写真によく似ているのが
スター歌手の郷ひろみ。
というわけで、郷さまも読んでね!!
人生の半分を江戸時代に生き、半分を明治に生きた勝の維新回想 明治28年から32年、勝72才から76才で亡くなる直前まで、ジャーナリスト巌本善治氏が勝の自宅に通って直接聞き書きした談話録である。司馬の小説で度々引用されるので興味をもって読んでみた。
日清戦争など明治30年ごろの政局に関する話題と、明治維新の昔話が多いが、なんといっても明治維新の話題が大変興味深い。鳥羽伏見の戦いで徳川慶喜が大阪城を捨てて江戸に逃げ帰った日の話とか、勝と西郷の江戸城無血開城の日の話とか、維新の裏話が満載である。
江戸時代までの武士の時代と、明治以降の近代は、どういうわけか筆者のイメージの中では完全に断絶していて、どちらも同じ日本の話であるという実感が持てなかった。しかし、勝のべらんめえ調の話し言葉は今とそんなに変わらない。そのべらんめえ調で、「河上彦斎はすぐに人を斬るひどい奴だった」などと語る。
司馬の小説を読んでいても、幕末の暗殺者が横行していた時代は遥か昔のような気がしていたが、勝の談話録を読んでいると、いきなりリアルな現実として意識の中に飛び込んでくる。この感覚が新鮮でとてもおもしろかった。
勝は45歳のとき、明治維新を迎えた。ちょうど、人生の半分を江戸時代に生き、残りの半分を明治に生きた。歴史は地続きである。江戸時代と明治時代は、政治も文化も服装も建築も全く様相が違うが、しかし同じ人間がそのまま、生きていた。あたりまえだが、そのことをリアリティをもって感じることができた、というのが筆者にとって大きな収穫であった。
行いは自分のもの、評価は他人のもの 勝海舟は幕末期の幕府の重臣として数々の功績を残した人物であり、貧乏御家人の息子から幕末の動乱期に頭角を現して最後には軍事総裁にまで登りつめた立志伝中の人でもある。
幕府瓦解時には主戦派を抑えて江戸城無血開城を成功させ、無為の血が流れることを防いだことから今でも彼を評価する声は高い。
しかし明治の世では、彼はその江戸城無血開城の件と明治政府の高官の職に就いたことを以って裏切り者、忘恩の輩との誹りを受けていた。
福沢諭吉などは「武士としての誇りをドブに捨て地に落とした大無責任男」と公然と罵っていたほどである。
しかし彼はそんな批判に対して表題のようにうそぶいていた。
言いたい奴には言わせておけばいいという、彼らしい飄々とした答えである。
無論自らの行いの正しさに抱く自信から来た言葉でもあるのだろう。
彼は明治政府の下で海軍卿という要職に就いていたが、同時に慶喜公の赦免のために駆けずり回り、終生かつての幕臣達の生活の世話に尽くしていた。
海舟は日本という大きな枠組みでものを考えることが出来たこの時代には稀有な人物であり、坂本竜馬をはじめその薫陶を受けた人物は多い。
その言葉には激動の時代を切り開いて来た人間の持つ重みがある。
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[ 文庫 ]
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葛城と古代国家 (講談社学術文庫)
・門脇 禎二
【講談社】
発売日: 2000-05
参考価格: 945 円(税込)
販売価格: 945 円(税込)
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・門脇 禎二
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カスタマー平均評価: 5
葛城古代史の決定版!葛城市民必携。 この秋、平成の市町村合併実施!ご多分にもれず、奈良でも北葛城郡新庄町 と當麻町が合併して「葛城市」が誕生。葛城という古代史上、由緒あるネー ミングは、実に相応しいと思えるが、古代の「葛城」とはその範囲を異に する。そもそも、葛城は蘇我氏や鴨一族の本拠地でもあり、古代史上重要な 地域でありながら、一般向け古代史本は飛鳥やその他の地域に比べ意外と少 ない。門脇氏は葛城古代史のオーソリティで、本書はとてもよくまとまった 葛城古代史入門といえる。蘇我氏の出自の謎は教科書にも載らず、意外と知 られていない。また、かつては神功皇后がらみで超有名人だった武内宿ネも 葛城出身。門脇氏の大胆な推理も冴え渡っています。
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[ 文庫 ]
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昭和天皇・マッカーサー会見 (岩波現代文庫)
・豊下 楢彦
【岩波書店】
発売日: 2008-07-16
参考価格: 1,050 円(税込)
販売価格: 1,050 円(税込)
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・豊下 楢彦
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カスタマー平均評価: 5
貴重な昭和史 天皇の政治活動と戦争責任に切り込んだ良書です。
昭和天皇が、どのような考えをもって、実際にどのような活動を戦前及び戦後に展開していたか知るには良書であろうと思います。
また、もう一つのポイントして、マッカーサーの地位に対する見方です。
著者が言うように、戦後初期必ずしもマッカーサーの地位が強固でなかったという点については重要であるように思います。
その前提で考えると、押しつけ憲法や安保条約、その戦後体制の確立について願が得させられます。
この本を読んでいて一つ思ったのは、昭和天皇は、田中角栄のことをどうおもっていたのかということです。
昭和天皇は、総理にいろいろ質問をすることがあったようですからね。
そのあたりの本を読みたくなりました。
現代史の 困難さと 重要さ 昭和天皇が 終戦直後から サンフランシスコ講和条約にかけての時代に どのような ご自身の外交を展開されたかを活写する一冊である。
終戦時の「天皇」問題は 大きなタブーであり 現在に至るまで公開された資料は少ない様子だ。それでも 年月を経て 段々と公開される資料の一つ一つを著者は丹念に読み解きながら 自身の仮説を打ち立て、更に10年もの年月を経て新しく出てきた資料で それを検証していく著者の作業には大いに感銘を受けた。終戦後の「現代史」を追及することの難しさと 醍醐味の両方を強く感じた。
本書で描かれる終戦後の昭和天皇は 人間宣言を行い 象徴天皇になったシンボルとしての天皇ではない。日本という国、天皇制という制度をいかにして守りながら、当時の世界のパワーバランスの中で 新しい「居場所」を探しぬいた 一人の外交家と言ってよいと思う。
特に 当時のマッカーサー自身が陥っていた パワーゲームの中で いわば彼との共犯関係で 日本の戦後体制を作り上げたという著者の指摘は読んでいて 正直目から鱗が落ちる思いだった。
あらゆる意味で 現代史は重要だが あらゆる意味で タッチーでもある。歴史という分野の持つ難しさと 重要さを再度感じ入った一冊となった。
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[ 新書 ]
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寺社勢力の中世―無縁・有縁・移民 (ちくま新書)
・伊藤 正敏
【筑摩書房】
発売日: 2008-08
参考価格: 798 円(税込)
販売価格: 798 円(税込)
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・伊藤 正敏
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カスタマー平均評価: 5
生々しい寺社勢力 中世という社会において、寺社勢力が公的権力(幕府、朝廷)を凌駕する権勢をふるい、そこではあらゆる文化や情報、学問が蓄えられ、振るっていたことを同時代史料から暴き出す。経済、政治、宗教など様々な原理が多元的に入り乱れ、一種の「カオス」的空間であるそこは、清濁併せのんだなんともいえないあやしさを醸し出して胃が、しかしまた一種の魅力を感じてしまうのも事実である。
おそろしいまでのエネルギーがあふれたそれは、信長、秀吉らの統一政権によって終焉を迎える。しかしそんな「無縁」を求める人間の欲望はいつでも存在するし、そこからしか文化や文芸は生まれないという。そして今我々がさまよう「インターネット」世界は現代の「無縁」の場だという。言い得て妙であり、腑にストンと落ちた。
やや筆者の書き方が独特であるが、考えてみれば本書のテーマにふさわしいものであろう。
聖権都市 著者の伊藤さんは、「おわりに」でこうおっしゃっています。
<「境内都市」というのはどうも語感が悪い。善い言葉を思いつかないので使っているが、自分でも気に入っていない。学会では「境内町」と呼ぶ人がいるが、門前町と似たようなイメージがあり、(中世の)日本の経済センターを呼ぶ言葉としては弱い感じがする。・・・読者にお願いがある。よいネームを考えていただきたい。よろしくお願いします。>
と。
そこで、小生は
「聖権都市」
のネーミングを一票。規模感と、なまぐさ感を兼ね備えていると自画自賛しておきます。
日本史の空白部分を埋めてくれた本 1070から1588年までを著者は「中世」としています。著者の指摘するように、この時代について日本史の教科書では「幕府と朝廷」といった政治の話が主体でした。そのため戦国時代への移行に不自然さを感じていました。
しかし本書では経済や文化といった面から500年間の流れを示し、ダイナミックな歴史の筋道を示してくれます。特に「境内都市」という社会形態は説得力があり、宗教や寺社など、歴史を理解するのに現在の常識のままでは通用しないことがよくわかりました。またその違いを知らないでいては歴史を流れとして捉えることはできません。そういった意味で本書は私の日本史の空白部分を埋めてくれた本といえます。
日本の中世に対する見方を変えてくれる 高校の日本史、世界史を思い出すと、日欧の中世における一つの大きな違いを思い出す。それは、宗教勢力の社会での影響力である。欧州では、ローマ教皇が政治的・経済的に強大な権力を持っていたと教わったのに対し、日本では、専ら一向一揆しか思い出せず、武士勢力が日本全土を強固に支配していたとのイメージがある。高校生だから、この違いがなぜ生じるかなどを考えたことはない。
この本を読んで全く見方が変わった。日本でも、中世(この本では平安末期から豊臣秀吉の刀狩りまでの5百年を指している。)の大半においては、武士勢力の支配は限定されており、比叡山、高野山などの寺社の領地や、町衆の自治都市(著者は、この双方を「境内都市」と呼ぶ。)には、裁判権、課税権は及んでおらず、その結果として、これら境内都市においては、権力支配のしがらみから自由になった「無縁」の民を中心に、自由な文化が発達した、と著者は説く。これは、世界史で習ったヨーロッパの都市国家と基本的に同じである。日欧で違っているのではなく、同じなのだ。
のちに、刀狩りにより、民衆は武装解除され、権力への抵抗権を失った。寺社勢力も、「葬式仏教」などに後退してしまった。これが、日本史の「近世」(安土桃山時代から江戸時代)である。私たちは、世界史では、中世ヨーロッパは「暗黒時代」、ルネサンスに始まる「近世」は人間文化の時代と教わる。日本でもそうだろうと、無意識的に思ってしまう。よく考えてみれば何の根拠もない。どちらが人間が自由なのだろうか?
考えてみれば、政治はともかくも、経済は連続的に発展を続ける。江戸時代の経済の繁栄は、中世の経済の発展の上に積み重ねられたものだ。中世が終わって途端に「近代」的な時代が始まったわけではない。こうした認識が私たちになかったのは、著者が言うように、学校で教わる日本史が政治史だけで経済史がないからだ。鎌倉幕府と室町幕府で社会が大きく変わったかどうか疑問だ。自民党政権と民主党政権のようなものかも知れない。続編を期待したい。
「優しさ」で力を得た中世の第三勢力 高校時代に網野善彦「無縁・公界・楽」を読んだが、ほとんど理解できなかった。親に庇護された状態では「無縁」という概念を理解できなかったのではないか、と本書を読んで思った。本書は「無縁」について、網野の書を起点にしつつも、さらにスケールを広げ、「無縁所」の視点で大寺社を論じた。
本書の冒頭でも紹介される(網野と著者の概念に多少の相違はあるが)「無縁」とは、それまでのあらゆる人間関係が断ち切らる代わりに、国家権力が直接には及ばない社会を指す。中世では主に寺社がその役割を担った。あらゆる知識を集積する知的社会であるとともに、幕府を凌ぐ広大な領地から収入を確保する一方、天皇・貴族の参詣もあれば犯罪者・困窮民も受け入れ、寺社の運営は平民上がりの僧が担う、フラットな社会でもあった。逃げ込む場所であったために、歴史に対して能動的ではなかったため、歴史の主役ではないが、確かに当時の社会の中心ではあった。幕府も朝廷も、中世の権力は税を取るばかりで何もしてくれない、すべて「自己責任」という無責任な権力だ。自らの命ですら自らが守らなければいけない、自立の代償は想像を絶する。それだけに、駆け込めば庇護してくれる「優しさ」を持った寺社の存在感は大きかったのだろう。
著者の説が軸になってはいるが、日本史の論点の一つでもある中世の権力構造論について、わかりやすく議論されている。
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[ 文庫 ]
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十字軍騎士団 (講談社学術文庫 (1129))
・橋口 倫介
【講談社】
発売日: 1994-06
参考価格: 1,103 円(税込)
販売価格: 1,103 円(税込)
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・橋口 倫介
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カスタマー平均評価: 5
中世ヨーロッパの精神文化を理解する 中世ヨーロッパが生んだ騎士団という特殊な階層集団は、間違いなくこの時代を最も強烈に特徴づけるもののひとつである。
本書はこの十字軍について、その成立、展開、興亡の歴史を多くの事例をあげて叙情的に述べていく。その規律や生活についても深く知ることができる。特に十字軍活動やテンプル騎士団訴訟事件な度は興味深い。
現代にも脈々と息づく中世精神を学ぶことができる。知っているようで知らない中世ヨーロッパの世界をよりよく理解できることは請け合いだ。
まるで上等な物語を読むかのよう ヨーロッパの膨張としての十字軍と、その歴史的必然として生まれた十字軍騎士団。著作ではテンプル騎士団と、そのライバルである聖ヨハネ騎士団(現:マルタ騎士団)の誕生から崩壊までを、十字軍史とそれを取り巻く中世史を絡めながら、歴史の必然的帰結という事実を見せてくれる。まるで上等な物語を読むかのように一気に読んでしまった。
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[ 文庫 ]
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完訳フロイス日本史〈3〉安土城と本能寺の変―織田信長篇(3) (中公文庫)
・ルイス フロイス
【中央公論新社】
発売日: 2000-03
参考価格: 1,200 円(税込)
販売価格: 1,200 円(税込)
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・ルイス フロイス
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カスタマー平均評価: 5
「本能寺の変」を読み解く上で貴重な記録 「本能寺の変」については、明智光秀によりどのように反乱が実行され、その原因が何であるか、今日まで多くの人々の関心を集めてきた。本書には異国人宣教師の書き残した「本能寺の変」の記録(第56章)が含まれており、明智光秀の反乱に関心のある人々にはこれらを読み解く上で必読の書であるかもしれない。また、高山右近や細川ガラシア夫人というキリシタンが輩出した当時の世相を理解する上でも、貴重な資料と言えるだろう。安土・桃山時代が現代日本と遠く隔たった時代でありながら、現代日本に通じる開放的な文化が育まれていたことに驚かざるを得ない。なお、著者が宗教という眼鏡を通して見た中世日本であり、読者は著者が伝える姿に歪みのある可能性も考慮しながら読み進む必要があるだろう。
総タイトルが問題だが、きわめて貴重な資料。 たいへんな労作で、同時代の資料として貴重であるのは間違いない。
ただ、これに『日本史』というタイトルが付いているのは誤解を生む。
いかなる歴史書も、書き手の主観や独断を排除することはできないが、
それでもここまであからさまな主観や独断(異教徒から見れば偏見になる)で徹底されているならば、「日本史」という看板は下ろすべきだろう。
実態は、一人の宣教師の滞日数十年間を綴った「手記」「日記」であって、
たとえば同時代の日本人のものでは山科言継『言継卿記』や、吉田兼見『兼見卿記』、勧修寺晴豊『晴豊公記』などと同列の「同時代の証言」としての価値はある。
フロイスの上司にあたるバリニャーノからは「冗長すぎる」として公的記録としては評価されなかったようだが、
個人の「日記」としてとらえれば、むしろそこにはそれなりのおもしろさがある。
一宣教師にすぎないフロイスが、気負いに気負って、信長を始めとする名だたる武将や堂上公卿と交流し、彼らを評するくだりなどは、他の資料では見えない面が浮かび上がってなんとも興味深い。
好意も悪意も、ここでは隠す必要がないから実にあからさまで、だからかえって事実関係に嘘はないと逆に判断できる。
本書の値打ちは、この「偏見」にこそあるだろう。
というわけで、本書は「歴史書」ではなく、「偏見に満ちた個人の日記」として読むべきでしょう。
年よりの暇つぶし+急激な展開 カソリック宣教師の、優越感蔓延の本です。いかに、フロイスが、「日本人は勤勉で知的な民族である。」と書こうとも、言葉の端々から、「このサルどもめ!」という匂いがプンプンと漂ってきます。
ただ、日本人が知っている(と思っている)室町安土桃山時代を、別の視点から見させてくれます。この時代の風俗を、西洋の視点(我々現代人の視点に近い?)から説明してくれているので、おもしろいし、興味深いものです。我々日本人が当たり前として見過ごしていた室町安土桃山時代の風俗を改めて認識させてくれます。
この本を完訳された翻訳者の方々の努力は刮目すべきものです。この訳業によって、我々のような、語学に稚拙な者でも、中世の西洋人の考え方及び当時の世相風俗がわかるのですから。まともな、原稿がない状況で、それを、丹念に収集し、かつ、まとめ上げて翻訳するということは、尋常な努力ではなせなかったと思います。その点、すばらしいと思いますし、このような本は滅多に出てこないと思います。絶版にならないうちに買っておくこと(たとえ今すぐ読まないとしても)をお勧めします。
第3巻になって思ったこと
秀吉と勝家の賤ヶ岳合戦が出てこない。本能寺の変の後、明智光秀を討ったら急に、秀吉が太閤になっている。結局自分らに関係しないことは興味がない、これは歴史家の視点ではありません。また、最後に、浄土教に対する論破の内容が出てきますが、いかに彼らの仏教に対する理解が浅かったか、ということが良く解かります。
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[ 新書 ]
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戦国史の怪しい人たち―天下人から忍者まで (平凡社新書)
・鈴木 眞哉
【平凡社】
発売日: 2008-05
参考価格: 798 円(税込)
販売価格: 798 円(税込)
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・鈴木 眞哉
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カスタマー平均評価: 5
サマリー(まとめ)本としても有用だが、それ以上の意外な発見あり 歴史ファンでなくても「真田十勇士」が実在の人物たちではないことくらいはわりと知っているのではないでしょうか? しかし、どこまでが史実で、どこからがフィクションかをきちんと調べていくのは意外と骨が折れるものです。本書は戦国史の有名人たちの虚と実、嘘とマコトを遠慮会釈無く丸裸にしていく良作です。新書一冊で聞いたことのある有名人は総ざらいなので、非常にお得感がありました。また、題材もどこかで聞いたことがある人たちばかりなので、酒の席での話のタネにももってこいかもしれません。
ただ、一応半熟歴史ファンを自認する私としては、ぜんぜん聞いたことの無い人たちが登場することの方がうれしかったです。例を挙げてみましょう。
例えば、剣豪として有名な宮本武蔵や上泉信綱が実際の戦場でどのくらい活躍したかを見ていくと、残っている記録を見る限りろくに活躍していないことがわかってきます(特に武蔵)。ところが歴史上無名の「某左太夫」という剣術使いは、大阪の陣で都合4人を次々と斬り倒し、大名の松平忠昌まで負傷させて、もうすこしで討ち取るところだったというのです。たった4人というなかれ。当時の記録を見るとほとんどが鉄砲か槍による傷で、刀は首取りか介錯用にしか使われていなかったことを思うといかにすごいかがわかるというものです。
また、個人的に強く惹かれたのは後南朝の人たちです。それぞれに理由はあったのでしょうが、勝ち目の無い側に忠義を尽くして歴史の闇に消えていった人たちにリリックなものを感じてしまいます。後南朝に関しても、信長に滅ぼされた伊勢(三重県)の北畠氏は南朝と関わりが深かったなど、意外な発見がありました。
お奨めの一冊です。
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