但し、これが大事なのだと思うのだが、それでも結果的にローマ帝国はその巨大な版図を維持していったという歴史の事実の重さも大したものである。カエサルが構想し アウグストゥスが構築し ティベリウスが 徹底した ローマ帝国の骨太な構造の強さ。それに いかに塩野七生が感動しているかも 彼女の闊達な文から滲み出てきている。また 組織を考える際にも大変勉強になる。我々サラリーマンが日々直面している問題でもあるのだ。誠に 人間のやることは変わりない。
それにしてもローマ帝国は2000年後に 塩野七生というカリスマ的な語り部が登場したことに感謝すべきである。彼女がいなかったら 我々はローマ帝国なぞは 一部の歪曲された映画で見る程度だったと思う。こんな面白い歴史を知らずに終わったら 本当に勿体無かった。
著者によれば、日本的霊性が最も顕現するのは浄土系思想と禅であるという。両者は外来のもののように見えるが、これらは日本的霊性による能動的な受容により日本に定着したというのだ。大拙はこう述べている。「明き心、清き心というものが、意識の表面に動かないでその最も深き処に沈潜していって、そこで無意識に無分別に莫妄想に動くとき、日本的霊性が認識せられるのである。」これに共鳴したのが禅と浄土系思想だったのだ。
本書の魅力は、上のことを丁寧に説得的に読者に説くことだけにあるのではない。「宗教は上天からくるともいえるが、その実質性は大地に在る。霊性は、大地を根として生きている。萌え出る芽は天を指すが、根は深く深く大地に食い込んでいる」「単にこの身の気持が良いだけでは、天日の有難さは普遍性をもち得ぬ。大地と共にその恵みを受ける時に、天日はこの身、この一個の人間の外に出て、その愛の平等性を肯定する。・・・ここに宗教がある、霊性の生活がある」と、宗教の本質を大地性にあることを明らかにした箇所で評者は目から鱗を落とされた。宗教とは何かを考えるときにも本書は極めて有益であろう。
仏教用語が、特に後半においてたくさん出てくるために、読み進めるのはいささか骨が折れるが、本書はそれだけの苦労をする価値がある。篠田英雄氏の解説も大変わかりやすかった。「現代仏教学の頂点をなす著作」という紹介は全く誇張ではあるまい。