東西の文化対峙は現在もなお続いているとさえ言えよう。西対東という図式がひとまず消えるのはなんと徳川幕府という東勢力による西の統合によってである。それまではこの図式は明確に存在した。江戸時代以降は分封藩国家によるまだら的文化統合がなされ、西対東という図式は表面的には後退した。が、解消はできなかった。
なお、琉球とアイヌが日本国の版図に入ったのも徳川幕府の日本統一によってである。 通史的な叙述はこの徳川幕府による日本統一でひとまず終わる。最終章は「展望」と名付けられ、それ以降現在に至るまでが概括されている。
ここで強く思うことは、われわれ現代日本人の歴史眼がいかに「近代」に縛られているかということだ。この通史もこの一点を語らんがために書かれたとさえ言える。明治国家は自らの正当性を自他に位置付けんがために、江戸時代以前の日本の社会と歴史を再構成したのだ。愚かしくも皮肉なことは、この史観を完成させたのが戦後史学であったことだ。
食糧=米。平民=農民。国是=農本主義(反-重商主義)。天皇、単一民族、単一国家(琉球やアイヌ否定)。陸の国土、陸上交通。明治-昭和国家での飢饉、大陸侵攻はそういう狭窄な視点が生んだとさえ考え得る。
江戸時代の否定が最大の眼目であった。江戸時代の否定はその雛形としての平安時代・文化にまで遡及する。復興すべき古典時代は奈良時代以前となる。かくして古代は近代の規範となった。いや正しくは、規範となるように再構成されたのだ。したがって近代史観は古代日本をも歪めざるを得ない羽目に陥った。
日本史はいまようやくそんな史観から脱出しようとしている。
幕末・明治維新期の日本の政治的激動、また当時の日本人の日常が外国人の視点から至極客観的に描かれていてとても興味深い。しかし私が最も感銘を受けたのは、当時の日本に接近していた西洋列国の相互関係のやり取りに関する記述である。大君政府に深く肩入れしすぎ影響力をすぼめていったフランス・ロッシュ公使と、特定政府との関係ではなく日本全体を相手取って「局外中立」を堅持し、結果的に新政府と最も良好な関係を築いたイギリス・オールコック卿とハリー卿。イギリスの憎らしくなるほどの老練な外交手腕に思わず深く感じ入ってしまう。世界に架ける「自由貿易」によって国を富まそうとするイギリスは、内戦に深入りすることを好まず、それゆえに急速に推移する権力配分を大局的に掴むことができ、大君政府の没落、朝廷・西南諸藩の台頭を他国に先駆けて感じ取ることが可能だったのである。 英国外交官が描く幕末の世情イギリスの外交官アーネスト・サトウ(1843-1929)による、1862年9月から1869年2月に渡った日本滞在時の回想録である。本書は著者の日記から書き起こされたもので、書き漏らされていた部分は自身の記憶と母への手紙などで補われている。また、執筆時期は1885-1887と1919-1921の二期に別れている。 上巻には、日本に赴任するまでの簡単な経緯と、赴任してから1867年5月頃までのことが書かれている。18才で日本に興味を持った著者は好奇心や冒険心も旺盛で、海路よりも時間のかかる陸路で大坂から江戸に帰ったりするのであるが、そうしたことが当時の日本を子細に描写する結果に繋がっている。また、実際に会った人たちの印象をほとんど書き記しているので、徳川慶喜が貴族的な容貌をそなえていたことなどもわかる。もちろん政治的な交渉の場面も記述されていて、明治維新というものを、日本国内から第三者的視点でリアルタイムに描いた貴重な回想録となっている。 (下巻のレビューに続く)