・眠りたくても寝つけないときは、メラトニンのもとになるトリプトファンを多く含んだ牛乳、ピーナッツ、アーモンドを食べるとよい。寝つきがよくなるはずだ。
・やる気のもとになるチロシンを多く含むのが筍。チロシンが活用されるためには糖類も同時に摂取するこが必要で、タケノコご飯が最適。・ストレスを受けると血液中から亜鉛が減り、銅が増える。ストレス耐性を高めるには、亜鉛を多く含んだ「牛乳」「豆類」を取る。亜鉛は現在でもっとも不足しているミネラル。
また、ストレスで「血液・脳関門」の機能が100倍も弱くなる可能性がマウス実験で確認されたそうで、これも怖い話だ。強いストレスがあると、大切な脳を守る関所である「血液・脳関門」の機能が低下し、通常では絶対に侵入しない物質が脳内に入り込む可能性がある。その知識もこの本ではじめて知った。強烈なストレスがあると頭がうまく働かない経験が誰にでもあると思うが、脳関門が機能低下し、通常はない物質が脳内に侵入し、有機的な反応システムに影響を及ぼしているかも知れない。
死後の世界については、多分に宗教的な問題をはらむため、その存否について議論することはなかなか容易ではないが、たとえば遠方でなくなった人が亡くなったちょうどその時刻に親しい友人を尋ねてきたといった不思議な話は昔からたくさんある。
多数の末期患者のカウンセリングを続けてきたロスが、彼らが共通して語る死のイメージに重大な関心をもち、自らもロバート・モンローのヘミシンク実験に参加して幽体離脱などの超常現象を体験、死後の世界があることを信ずるようになったことは、自然な成り行きかもしれない。
しかし死後の世界を伝えることが本作の主題では決してない。
むしろ、死を迎える患者と家族との残された「生」の時間が重要なテーマであり、たとえば「お母さんは死んだら天国へ行くんだよ」というような、その場限りの子供への慰めを否定して、逝く者と残される者との真の相互理解による救いを模索している。
その意味において、最近では坂本政道、少し前では丹波哲郎のような「死後の世界は素晴らしいのだから、死を恐れる必要は何もないのだ」という単純な主張とは、全く異なる。
ロスにとって死とは、死に行く者自身のものであるよりもむしろ、残される子、親、夫、妻、恋人のものである。大切な人の死は、自分の死以上に避けて通ることは難しい。そこに思い至るとき、今まさに大切な人を失おうとしている人にとって、本書は大きな安らぎを与えてくれるだろう。
重ねていうが、死後の世界があるから死は怖くない、とは本書のいうところでは全くない。死に逝く者と残される者がお互いに理解しあうことで穏やかで満ち足りた死を迎える、そのプロセスが読むものに静かな感動と大きな安らぎをもたらすのである。
無宗教の私にとって「聖書」といっても過言ではない。ともあれ名著中の名著である。 「死ぬこと」と「生きること」の全てがここに。私にとってこの本は「人生の教科書」。ホスピスケアのパイオニアとしての博士が培われてきたノウハウのみならず、「生きること」と「死ぬこと」が具体的にどういうことか、私たちに何が必要なのかを現した本です。義理の母が糖尿病の合併症で「生存率1%」と宣告された時、末期医療の資料を求めて書店に走り、見つけました。「死」というゴール地点から逆説的に見えてくる、「命」と「人生」のかけがえのなさ。とても言いつくせない感動があります。見送られて天に帰って行った子供たちも、素晴らしい!
パスカルは周知の通り、数学者でもある。全てが不安定だからと言って、そこで全てを投げ出してはいけない。スコラ哲学のような神学的秩序を作るのも面白い。それが絶対ではなく、相対的で不安定でも構わない。それはそれで面白い。面白いと思った感情は、それはそれで立派なものである。私はパスカルを読んで、面白いと思う。
パスカル、シェイクスピア、セルバンテスは近代の本質を、それぞれ表していると思う。そして、彼等のことを思うと、私は日本の世阿弥を思い出す。世阿弥もお勧めです。 銀座のバー、パンセは哲学する場所か?科学と宗教的真理が同居していた時代の頭脳のツブヤキ。背景も素敵。
1623 パスカル誕生日本で桂離宮が建設されたり、長崎出島&島原の乱が起こっている江戸初期。ヨーロッパではガリレイが地動説を唱え、ベラスケスやレンブラントが写実美を競い、三銃士がルイ14世やらリシュリューと戯れ、アメリカではハーバード大学が創始されたころ、日本では
伊勢参りが流行。学校には一度も行かず、父親が英才教育。1640 17歳でパスカルの定理発表。7年後24歳で真空の定理を発表するころ、日本では三味線、日本画が発達。科学の追及とピューリタン革命、魔女狩りへと続く宗教対科学の戦い、近代への足取り、市民階級の誕生といった
世界史の流れから浮き上がり、独自の進化を遂げた日本の江戸時代をも意識させる時代。1662年 39歳で死亡。幾何学に与えたその影響に感嘆しつつ、科学の言葉をしゃべる人間と、一般、宗教の言葉を操る人間と一般をつぶやくようにつづる文体に愛着と友情のようなものを感じる。 宇宙の永遠の沈黙は私を畏怖させる!パスカルは周知の通り「パスカルの法則」でも有名な科学者。有名な「考える葦」を含む文章や「幾何学の精神vs繊細の精神」「人間の偉大と悲惨」など、魅力的な考察が満ち溢れている。ーーこの大宇宙の中で私はなんと小さな存在であることか。私を殺すために宇宙が武装する必要はない。水の一滴で足りる。けれでもその水の一滴に右往左往する私は、私とこの大宇宙の関係について思いを馳せることができる。「考える葦」である私はまた、自分が「風にそよぐ葦」であることを知っている。ーー
たまたまこの本を読み返していて、驚いたことがある。自分の頭で考えたつもりの多くのことがこの本の中に書かれていたのだ。似たようなことを太宰治でも経験した。そのとき私は、自分で思っていた以上に太宰治に影響されていたことを知って、愕然とした。
科学者たちの中には、天才的な科学者の彼がこんな本のために時間を割いたことを残念がる声もある。科学の眼で見れば、思想哲学なんて文学的趣味の延長でしかないのだろう。でも、パスカルがこれを書いておいてくれなければ、その後の思想界が随分ちがったものになっていた可能性は否定できないだろう。
では、何故これが大事なのかと考えたところ、東洋の英知を西洋にもたらそうとした、その行為がしめす論証が、東洋人の私にとっては、日本における日常茶万事の発想の仕方と受け取れたのです。
逆に言えば東洋のよさを発見しきれない私がそこに居た。
現在、西洋の物まねばかりして、東洋を放棄してしまっているならば、それは、自由からは程遠いのではなかろうか。世俗的な自由に振り回されて自由を謳歌しているつもりでも、それを自由とは呼べるものなのだろうか。はっきり、否と答える。自由と言うことばを使わず、自由を考えてみる。
この本によって、深い人間洞察から得られた、社会生活に有益なアドバイスを得ることができる。言葉によっていかに人の心を支配するか?そのテクニックが豊富に記されているのである。営業職や管理職にある方は必読。 また、現代のビジネス系啓発本では得られない、哲学的真理の探究する気持ちのある方にも満足できる一冊であることも間違いない。