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学ぶ意欲の心理学 (PHP新書)

[ 新書 ]
学ぶ意欲の心理学 (PHP新書)

・市川 伸一
【PHP研究所】
発売日: 2001-09
参考価格: 756 円(税込)
販売価格: 756 円(税込)
学ぶ意欲の心理学 (PHP新書)
市川 伸一
カスタマー平均評価:  4
実用的?
よくある「やる気を引き出すための本」とは違い、「やる気について理解できる本」という感じ。これは著者が悪いというより、心理学自体に問題があるんだと思うが、あくまで、やる気について「理解する」事に重点が置かれており、それをどう活かすかについてはオマケ程度の記述。ただ、「やる気」という事柄は、考え方や、やる気についての理解などの、行動以前の物事がとても重要でもあり、やる気について理解する事が少なからず役に立つ事は間違いない。しかし、やはり理解さえすれば即座にすごい効果が出るわけでもないし、誰もが、この本の知識を活かせるわけではないと思う。「結局何をすれば良いの?」という人には「やる気のある自分に出会える本」の方がオススメ。以上の事と、あまりにも他の評価が高すぎるので、星2。
刺激的な一冊
「なるほどなあ」 何回も呟きながら読みました。 動機づけについて、著者のモデルも示しながら、わかりやすく書いてあります。 いかに内発的動機付けが効果的か、改めて考えました。
学ぶ意欲を論理的に、理解できる1冊!
題名に「心理学」とついてるとおり、 学術的な視点から、学ぶ意欲について考察されています。 全く、心理学を知らない読者でもわかりやすいように、 職場における動機付けから始まり、基礎心理学の古典等が 紹介されています。 学術的で小難しく捉えられる部分もありますが、 後半には対談形式にもなっているため、読みやすくなっています。 また、複雑なテーマでありますが、 学校教育など身近で具体的な問題にも展開していきます。 他にも、業界的な話や細かい話に進み過ぎてしまうのは、 本書の欠点のようにも思えました。 個人的には、学ぶ意欲を分析した 学習内容の重要度と功利性を軸とした学習動機のニ要因モデルによって 学ぶ意欲の分類が、把握できたことです。
人生を通じて必要な「学び」のための書
人はなぜ学ぼうとするのか。心理学的立場からの考察、日常に応用の聞きそうなところまできちんと考えています。 とりあえず、何かを学ぼうと思っているのに意欲がわかない人にはオススメです。特に受験生に。 個人的には、意見の違う人同士(和田秀樹・苅谷剛彦)で対談をやって、お互いに高めあっていこうという意欲がひしひしと感じられるところが、すごくひきつけられた。 やはり皆「学習」をテーマにしているだけあって、論争していてもお互いによりよいものを目指して協力しているという「学び」の姿勢は、3者ともすばらしい。 最近の左右の論壇なんかこれに比べて・・・
「学び」について学ぶ本
 なにかを学んで身につけてゆくときに、自分から進んで取り組むか、他者から半ば以上強いられるようにして取り組むか(おおざっぱな区分なのはあしからず)。著者の基本的な立場は前者のようなあり方をとるための心理を大切にするものだ。つまり、学習における内発的な動機付けを重視するわけである。だが、著者の市川氏は外発的動機付けの意義も十分にわかったうえで、自分の立場をくりかえし明らかにしている。その点で、説得力もある。
 文章も非常にわかりやすくて、心理学についての予備知識がなくても一読して理解できる内容だ。自分と違う考え方の人との対談を収録しているのも、著者の立場がより明確になって、勉強になる。「学び」に関わる人の参考書として、特にすぐれた一冊である。

努力論 (岩波文庫)

[ 文庫 ]
努力論 (岩波文庫)

・幸田 露伴
【岩波書店】
発売日: 2001-07
参考価格: 735 円(税込)
販売価格: 735 円(税込)
努力論 (岩波文庫)
幸田 露伴
カスタマー平均評価:  4.5
幸福になるためには努力すること
 「努力論」というより、幸福になるための努力の必要性を説いているので、「幸福論」といっても良いかもしれない。  何かがうまくいかないとき、人のせいではなく自分の原因を考える。なぜなら、他人や運命のせいだと考えてしまえば、自分にはどうすることも出来ないからだ。自分に責任があることならば、自分自身で何とかできるからだ。だから、何事も自分のせいにしたほうが良いのである。  夢は強く思うことが必要だが、思っているだけでは何もならない。その上で努力が必要。そして夢を他人に与えることで自分の幸福も増やすことが出来る。  昔から外国の幸福論や成功論で書かれていることと共通部分を多く持ちながら、最近の成功本で忘れられている努力の重要性を説く。天からお金が降ってくる式の安っぽい本に辟易している人には是非読んで欲しいお薦めの本だ。文体が古いが、本をよく読む人には気にならない程度。むしろ、これぐらいは「努力」して読んだほうが、実になるというものだ。  私も、何度も読んで、この本に書かれているように、意識して努力するのではなく、意識せずに努力の人生であるようになりたいものだ。
より良く生きるための指南書
 成功や幸福にたどり着くには?そのためには、身も心も良くしていくための努力が必要だということだ。  物事が上手くいかなかったら、運命を恨むのではなく、自分の努力が足りなかったのではと考える。悲運を牽き出す者は、自分を責めないで他人を責めてばかりいるものだ。  自分を本当に改めようと思ったなら、昨日までの自分を捨てなくてはならない。  露伴氏は惜福、分福、植福の三説を説く。福を使い尽くしてしまうのは、惜福の工夫に欠けている。自分から福を分け与えれば、人もまた自分に福を分け与えるだろう。そして、露伴氏が最も重要と説くのは、植福。一心一念の善良なる働きは、将来大きな幸福を生み出すかもしれない。  比較的狭い範囲において努力をすれば、平凡な人でも世に対して大きな貢献をするであろう。  そして、露伴氏は「張る気」が重要であると説く。散る気では何も成し遂げられない。努力は「力めて気を張る」のであり、気の張りは「おのずからに努力を生ずる」のだという。つまり、努力している、という感覚なしになせる努力であるべき、ということだろう。  難しい言葉を多用していて、読むのに時間がかかるかもしれないが、ゆっくり文字を追っていけば、ピンとひっかかってくる部分が出てくるでしょう。
達人・露伴。
努力してすべてが報われるわけではない。 ということはわかってはいるのだが。 それでも努力をしないわけにはいかない。 その「努力」っていったい何? それを考えるヒントになるのかな。 そう思います。
露伴先生、幸福の三説を説く
 露伴の『努力論』によれば、「惜福」と「分福」と「植福」というのがある。
 これが分かれば、あなたも幸福になるかもしれないから、まあ少し話を聞きなさい。

 世の中には運がある人ない人がいるようだが、もう少し詳しく見ると、ちょっと違う。

 たとえば幸運がよく巡ってくる人は、「惜福」がある人だと露伴は言う。
 「福の惜しむ」というのは、幸福に対してケチケチすることではなしに、逆に幸福に対してガツガツしないこと。たまたま巡ってきた幸福を使い尽くさないで、天に預けておく。そうすると福(ラッキー)に巡り会う確率がアップする。

 自分に回ってきた福を独り占めしないで、一部は人に分け与えるようにするのは「分福」である。この工夫で、より大きな福(ラッキー)が来ることになる。レヴィ・ストロースもいうように、あるいは『金持ち父さん』もいうように、人間は、本当に欲しいものを、誰かに与える(プレゼントする)ことを通してしか、手に入れることができないのである。

 幸運の女神が好むところを知り、女神が立ち寄る種をつくること、「福を植える」こととして「植福」という。

 こういう幸福三説に『努力論』はかなりのページが割いている。

 『努力論』は「努力しろ」とか「努力して成功しろ」というお道徳本でなく、「努力してるのに、さっぱりだ」という人向けに、露伴が頼まれて書いたもの。頼む方も方だが、引き受ける方も方だ。そして、露伴はやっぱり凄かった。
人生の友に
露伴の文章は現代人にとって難しく読みにくい。
私などは、理解するのに辞書を引きながら読んだりしたものだ。
だが、そうした苦労をして読むのに値する本であると自信を持って推薦できる。
内容についてはここでは述べない。ぜひ皆さんが手にとって、
じっくり読んで味わってほしい。


中年クライシス (朝日文芸文庫)

[ 文庫 ]
中年クライシス (朝日文芸文庫)

・河合 隼雄
【朝日新聞社】
発売日: 1996-06
参考価格: 441 円(税込)
販売価格: 441 円(税込)
中年クライシス (朝日文芸文庫)
河合 隼雄
カスタマー平均評価:  4.5
解決法は読者に委ねられる。
 ユング派よりラカン派に興味と説得力を覚える僕だが、この本は説得力を持って読めた。中年の心理的危機を丁寧に描写し、一般論の陥りガチな落とし穴も解説する。そして、同時に上質の小説書評を展開する。読みやすくてタメになる本だと思う。  臨床体験から見た色々な中年の危機を各章で扱いつつ、その解決法には踏み込まない。なぜなら、危機の原因はケース・バイ・ケースだからだ。しかし、「こういう捉え方は間違っている」という指摘はきちんと行う。例えば、夫婦同士が中高齢になった時、因果論で相手を攻めあうことがある。「相手がこうだから、こうなった」=「相手が悪い」。しかし、中年期に出会う人生の問題というのは単純な原因と結果では分析しきれないもので、結局、お互いに相手のせいにしあって、時には離婚してしまう。このような「やってはいけない誤り」については、この本は結構詳しい。  解決法は提示せず、あくまで読者に委ねられている。この点が物足りないと思う人がいるだろうが、これはそのまんま彼の臨床スタイルなのだろう。著者は、あくまで患者から答えが引き出されるのを待つタイプの医者なのではなかろうか。またこのように、答えを「委ねる」点が文学的な読み応えを読者に与えもする。そして、ここに、この本が良質の小説書評になっている理由がある。  いやはや、お見それいたしました。
かくも危うく人間くさい中年という時期
昨年亡くなった臨床心理学者・心理療法家の河合隼雄が日本の文学12篇を取り上げ、そこに描かれている中年像から現代の中年が瀕する危機=クライシスを抉り出す。 この本で取り上げられている12篇は、 夏目漱石「門」 山田太一「異人たちとの夏」 広津和郎「神経病時代」 大江健三郎「人生の親戚」 安部公房「砂の女」 円地文子「妖」 佐藤愛子「凪の風景」 谷崎潤一郎「蘆刈」 本間洋平「家族ゲーム」 志賀直哉「転生」 夏目漱石「道草」 この中で読んだことのある本は、「人生の親戚」「砂の女」「道草」だけ。「人生の親戚」や「砂の女」は話の筋もほとんど忘れている。あと映画で見たのは「異人たちとの夏」、「家族ゲーム」。 河合隼雄はこの本の中で告白しているが、児童文学はおそらく職業柄か沢山読んできたけれど、大人の文学はほとんど読んで来なかったそうだ。今回のこれらの本も、本書執筆の為につぎつぎと読んだ本の中で、何らかの意味で感動した本たち。さすがは臨床心理学者、大人の文学はほとんど読んで来なかったとおっしゃるが、その読みは精密で本質をがっちり掴んでいる 。中年の危機を語るのに、氏が直面した数々の臨床例はあるのだけれど、それらを取り上げると、ことの性質上差し障りがあるので、既に公表されている文学作品にこと寄せて語るのだという。 この本の中にあるが、かの孔子様も「四十にして惑わず、五十にして天命を知る」とあり、四十才で不惑なのはすごいが、一方、自分が生まれてきてこの世でなすべき、天から授けられた命数を知るのは五十才だという。多分それも十分すごいことなのだろうとは思うが、孔子様にしてこのようなのだ。安定していて、元気で且つ時に、或いは人によってはギラギラしている中年男は実は第二の誕生に直面するような不安定さ、危機にも直面している。 本書は取り上げられているテキストを実際に読んでいなくても、この本だけで十分に楽しめ、味わえる。これを読むと、僕などは自分が不器用なためにゴツゴツした生き方をしているのではないかと思ってきたのが、実はそうではなくて、今現在何の疑念もなく世間の物差しにおける己の優秀さや金稼ぎの能力を誇っている、至極安定している(ように見える)中年も、今はよくても数年?10年後に別の形の危機に瀕する可能性があると知り、中年とは出会う危機の深浅や時期に相違はあれど、誰しもが直面しなければならない、避けることのできない、「一皮、二皮剥ける時期」だと分かり、安心半分、同世代への連帯感半分を感じるといったところ。 僕自身、ここに書かれていることで思い当たることが沢山ある。しかし、根がのんびり屋のせいか、危機を危機と感じずに既にやり過ごしていたり、自分の欠点、不得意分野の為に生じていると思われたゴツゴツ感が、実は誰にとっても出会うべき危機だったりすることに気付き、「ああ、自分も危機に直面しながらもとにかく生きていて、偉いもんだ」と感心したりする。 中年というと夏の盛りの末期で少し秋の兆しを感じる時期のイメージもあるし、傍若無人で脂ぎった、汚い存在のイメージもあるが、本書を読めば第二の誕生を控えたナイーブな時期を生きる感じやすい大人達のイメージも出てくる。中年必読の書である。
中年の暗い指数
「中年クライシス」でも夏目漱石の「道草」や山田太一の「異人たちとの夏」など、へたな批評家の文を読むより遥かに面白く興味深い。しかも、けっこううなづくことも多い。 「道草」はぼくも以前読んでいて、題材の異様さと話の不思議さに何故か・・ひどく疲労を覚えたのだが、その謎の解答の一つを気づかされた経験もある。 穏やかそうに暮らしている日々に突然ある日現われた、とっくに忘れていたはずの逢いたくない親戚の男の度々の訪問・・「いやだったら、帰ってもらえばよい」という奥さんの言葉を、そのままなぜか受け入れられない主人公の心と、その小説の中にある不思議な俯瞰的な視線・・。 講演の記録の中でも、そういう中年期にあらわれる心の危機を、普遍的に多くの人に起きる人生後半への心のステップとしての、産みの苦しみのようなものとして紹介されたり、作者、漱石の精神の強靱さをも指摘している。 また「異人たちとの夏」は、さらに現代の中年を迎えた人が、今までの多忙の中で内部との対話を忘れている間にポッカリと空いた、心の孤独な空洞に現われる・・、彼の死につつあるかのような「情動」を回復させる要素としての異界人との接触を、彼の必然として訪れた・・危機でもあり、心の隅に追いやっていた半面、その情動との出会い、心の全体性へ治癒・再生を促される物語として読み取るあたりは、講演の中でも聞き入ってしまう人が多いのではないだろうか。
中年という季節
 勿論中年という捉え方には、個人的な差が大きいものであろうと思う。個別に中年という状態を分析できるほど、その多様性は一般化できないものかもしれない。しかしながらそんなことをいっていてはいつまでたっても中年というアウトラインはつかむことができかねるので、中年を取り上げた小説の物語を追い、その登場人物から中年というものを考えてみる試みが本書である。そういう試みが中年を考えるよすがとなるとともに、非常に詳しい書評になっているのがこの本の大きな特徴だろう。本というものはこのように読むこともできるという、僕としては面白い発見にもなった。鑑みて、自分の中年という状態についてもなんとなく光が見えてくるような思いもして、気分的にずいぶん救われることになった。精神病とまではいかないまでも、中年の悲しさを捉えることで、自分自身の中年に対する処方箋になっているのは流石であると思う。

 この本がいっているように人間にも季節の四季のようなことが起こりうる。いつまでも春でいることが必ずしも幸せというものではない。冬の厳しさが春の喜びも深めるように、あるがままにその季節を体験するという姿勢こそ、本当に深みのある生き方につながるということでは無いだろうか。
中年の危機をチャンスへ
 私は昨年4月の配置換えを機に鬱病を患い、9月から休職中である。もう、職場復帰は目前であるが衰えた体力回復のため書店巡りをした。書店で、本書を見つけ、読みやすそうなので買った。有名な日本の小説12編を素材に中年の危機のありようとその克服法が優しい筆致で描かれた好エッセイである。久しぶりに喫茶店へ入り、フルーツ・パフェを食べながら3時間ちょっとで一気に読み終えた。文学作品を病跡学的に扱うわけではなく、ましてや本格的な論文でもない。12編の作品の分析は心理療法家ならではという冴えわたった感はしないが著者の視点が優しいのである。この優しさが本書の魅力である。肩肘張る読書ではなく、リラックスした読書体験をさせてくれた本書は全体を通して私から重荷を降ろしてくれた。エレンベルガーはフロイトやユングが中年期に重い病的体験をしていることに注目し、「創造の病」という考えを提唱したそうである。読後、私の鬱体験が「創造」に向かう気がしてきた。不思議な魅力をたたえた河合隼雄の一冊である。


若きサムライのために (文春文庫)

[ 文庫 ]
若きサムライのために (文春文庫)

・三島 由紀夫
【文藝春秋】
発売日: 1996-11
参考価格: 530 円(税込)
販売価格: 530 円(税込)
若きサムライのために (文春文庫)
三島 由紀夫
カスタマー平均評価:  4.5
惜しい…
…今週のゲストには小説家の三島由紀夫氏にお越しいただいております。三島さん、今日の世相をどうみますか?…なんて番組があったら、さぞかし興味深いものになるだろな。今、あなたには指針とすべき、憧れるオトナはいるか? 価値観が多様化し急速に時代の流れが移り変わる現代に、三島のような、ある種童心のような純粋な、貫徹した意思を持ち生涯通す筋の通った、オトナはいるか?時代を背負い、格闘し続けた。厚みのある、凄みを感じる人間がいなくなる。緊張感のない、何でもアリの世の中。頑張ってんのはタケシくらいか。世評を切れるオトナがいない。マスメディアは世を映す鏡である。その衰退はそのまま世にも反映する。彼には秩序を正し、世に刺激を与える人物として混沌を極めるまさに今日にこそ活躍して欲しかった。
もうひとりの三島
映画や文学作品から三島の世界に入った人にとって、 この本は三島の別の素顔を見られる面白い作品だと思います。 エッセイや対談が、口語体でリズム良く書かれており、 三島が精緻な芸術の世界のみにとどまらず、若者に対して 直接メッセージを発信しているのを読むのは愉快です。 個人的には、福田氏との対談がとてもおもしろかったです。
『三島由紀夫』という美学
本書は本書の題名ともなっている前半の「若きサムライのために」 という、昭和43年から一年間、雑誌pocketパンチ Oh!に連載された エッセイ部分が面白い(この部分は☆4つ)。 約40年も前に書かれたものだが、現代に通ずる論理ばかりである。 たった半世紀ばかりで、人間というものが大きくは 変わらぬものであることのよき証左であろう。 目次 若きサムライのための精神講和  若きサムライのために  勇者とは  作法とは  肉体について  信義について  快楽について  羞恥心について  礼法について  服装について  長幼の序について  文弱の徒について  努力について お茶漬けナショナリズム 東大を動物園にしろ 安保問題をどう考えたらよいか<対談>猪木正道 負けるが勝ち<対談>福田赳夫 文武両道と死の哲学<対談>福田瓦存 あとがき 解説 福田和也 三島は生きながらえて欲しい大人物であった。本来ならば、 彼に代わって死ななければならない人間がもっとたくさん居る。 それなのに、それら死すべき人間に代わって、三島が死んだ。 死して日本の国に喝を入れる。 それが彼の使命であったのだと思いたい。
三島の人間学
三島は、肉体を媒介として全力でおのれの生命を蕩尽させることに人間の存在論的意味を見出し、全力で生きて破滅しようとも、まさに絶頂で滅びゆくことそのことに美を見出した人である。 そんなことがよくわかるのがこの作品。鋭い言葉のナイフがザクザク突き刺さるこのエッセイは読むものを高揚させる魔力を秘めている。三島の思想、哲学、および透徹した人間学に感服。
お茶漬けナショナリズム
全共闘・反安保闘争が繰り広げられていた時代に書かれたものなので、それらの活動について語られていることは時代を感じさせるかもしれません(特に3つの対談で感じると思います)が、三島由紀夫のメッセージの本質は今も色褪せることがありません。現代の若者へのメッセージとして十分に意味のあるものになっていると思います。

親がキレない子育て (サンマーク文庫)

[ 文庫 ]
親がキレない子育て (サンマーク文庫)

・汐見 稔幸
【サンマーク出版】
発売日: 2002-07
参考価格: 530 円(税込)
販売価格: 530 円(税込)
親がキレない子育て (サンマーク文庫)
汐見 稔幸
カスタマー平均評価:  4
温かい本だと思います
読んでよかった?と思います。 実は作者の汐見先生とは短い間ですが、お仕事でごいっしょしたことがあり、そのときの子育てに対する発言、スタッフに対する温かいお心遣いに惹かれ、先生の本はたくさん読みました。 汐見先生って本当に暖かい方なんです。弱いものにも、迷っている途中で他人を傷つけてしまう人に対しても温かくて、「道の途中で迷っていて、この人もゴールに向かってる途中なんだから、応援してあげようじゃないか。」と思ってらっしゃるのだと思います。 この本ではゆったりとした子育てを提案されていて、その具体的なやり方には、はっとさせられます。 でも私が一番読んでよかった!と思ったのは本の最後のほうの先生の言葉です。 最後に先生が、「人間とは、、、」と語られてます。そこで、人間は迷うし、いろいろなことを考える。人間ってそんなのでいいんじゃないかな、そんなことをするために生まれてきたんじゃないかな、といったようなことをおっしゃってます。こういう汐見節に、子育てだけでなく、自分のあり方、生き方を肯定してもらっているようですごく救われました。 私たちが子育てに迷うのは、子育てを通して、再度自分の中にある「インナーチャイルド」といやがおうでも向き合わないといけない、自分自身のあり方に向き合わないといけない、こういったことが子育てのつらさでもあるけど、醍醐味でもあるのかな、と思います。 私たちは、皆が豊かな幼少時代を過ごしたわけではないと思います。でも、それでだめってわけではなくって、自分の子どもを育てていく過程に、もう一度、自分自身をやり直せるチャンスがある、すなわち、満たされたかった自分自身の「インナーチャイルド」の心を満たしてあげることができるんじゃないかな、なんてことをこの本を読んで思いました。
言われてみればあたりまえ?
ごくごく当たり前のことを具体的に書いてあります。 その当たり前が難しい。 でもちょっとしたきっかけさえつかめれば その当たり前が自然に出来るようになる。 私自身、プレパパの身ですが子供への接し方を考えていたところなので、 ちょうどいい代弁者を見つけた感じです。 自分の子供も別人・別人格として「個」の認識をすれば 思い通りにならないことは分かるはず。 そういう具体的なアドバイスがきっちり書かれていると思います。 タイトルだけ見ると、短絡的なハウトゥー本に思えるかもしれませんが 自分自身を見直したり、夫婦で向き合うためのきっかけ作りのための ツールになると思います。 親としての迷いが出たときに、良いサプリメントとなるでしょう。
アダルトチルドレン?親になる
〜2歳児にキレまくっているダメ母、自分をなんとかしたいとすがるように購入。
読んだ結果。
ここに書かれている問題のある子供、
「常に人の顔色をうかがう」「自分に自信が無い」「自分はだめな子」「何かを必死でやって不安を持っている」…わたしのことじゃないか!とがっくりきた。
〜〜
親がきっちり子供のレールをしき、そこからはみ出すと怒る、怒鳴る、すかす、
泣き落とす、突き放す…。
常に誰かと比べ、「○○ちゃんはえらいね〜、良い子ね〜、(だからあなたも見習いなさい!)」といわれ続けてきたわたし。
この本には、そういう育て方をすると子供の自主性が失われ、自己不全感を感じさせ、
〜〜
(自分がやりたいことをすると怒られだめな子だといわれるので、)「親のいうことを
聞いていればいいんだ」と、他者依存的ないびつな心を育ててしまう、と書いてある。
ほんとにあたってる。
は〜。ためいきがでるくらい。
なげいてもしかたないので、(というかなげきまくっておちついた)この本で勧める「キレない子育て」法を実践している。
〜〜
著者のよくいう「放し飼いの育児」「子供ウォッチングを楽しむ」を実践するのは楽しい。
「子供の年と同じキロ数を毎日歩」きながら、「この子はどういう子なんだろう?どんなことが好きで、どんなときに目を輝かすのか?」
などと考えていると、子供の可能性と自分の感じ方の変化にうれしくなってくる。
〜〜
全体的にわかりやすい文。「子供っていうのはこういうものなんです。だからこうするほかないわけです」「具体的にいうとこういうことなのです」というように。
たとえば、「3才くらいの男の子がいれば、ふすまに穴があいていて当たり前なんです。」
〜〜
「反抗期に、『おお、育っている』『しめしめ、こうやってこの子は将来の糧を蓄えているのだ』と思わなければいけないのです」とか。
日々、わたしの頭や感情では理解できないことでも、事実を事実として「こういうものなのか〜」と受け入れられるように努力してみよう、と思った本。〜

感情を出したほうが好かれる―「対人関係」に自信がつく本 (知的生きかた文庫)

[ 文庫 ]
感情を出したほうが好かれる―「対人関係」に自信がつく本 (知的生きかた文庫)

・加藤 諦三
【三笠書房】
発売日: 1997-09
参考価格: 520 円(税込)
販売価格: 520 円(税込)
感情を出したほうが好かれる―「対人関係」に自信がつく本 (知的生きかた文庫)
加藤 諦三
カスタマー平均評価:  4
自分の気持ちに正直に…
私自身のことかと思うくらい詳しく書かれています。自分は弱く、他人との関わりは服従関係でしか築けなかった。自分の意見を言えない。でも不満はたまっていく。でも嫌われるのを恐れている。不満は憎しみになっていく。どうすればいいかというのは自分自身で行動しなければいけないが アドバイスとしてこの本を読んでほしいと思います。自分を信頼することの大切さを説いています。
誰に対しても内省のきっかけを与えてくれそうな本
著書によれば、「感情を出す」というのは、感情的になるのではなく、素直に、自分に正直になることのようだ。さらに、他人より自分自身を優先させることを勧めている。少々言い過ぎのような気がしたが、確かに、本人が意識するしないにかかわらず、善良の仮面をかぶって遠慮ばかりしている人に対しては、このくらいの調子で説得しなければ、何も変わらないかも知れない。実際に「素直でない自分」がいたときにこの本を読んだのだが、読んでいるうちに「素直でない自分」に気が付いて、自分に正直になろうと反省させられた。なかなか深いテーマを扱っているが、その割に読みやすく、誰に対しても内省のきっかけを与えてくれそうな本である。
くどい繰り返し
この方の著作はどれを読んでも全部同じ口調、同じトーン、同じ内容の繰り返しです。 しかも、くどくて年寄りの戯言みたいで、非常に不快感が走ります。 結局この方自身が神経症が治っていないのでは?と思う感じの文章です。 神経症で苦しんでいる人は「自分をよく見せたい」という気持ちが強すぎて、結局は利用され嫌われて最後には何も残らない、誰からも愛されないとか、絶望的な気持ちにさせられる内容です。では具体的にどうすれば、いいのかとかは何も提示されていなくて、ただただ神経症の人に対する痛烈な批判、攻撃に聞こえるような文章の羅列。すっきりしません。 二度と読みたくないです。
狙いとしては良い。
ただ、もうちょっと具体的なシチュエーションを交えて
やって欲しかった。そこらへんはラジオの人生相談か若手の
人の方がうまいのだろうか。

以下は、同著者の「安心感」でも私は少し述べて重複するかも
しれない。

私は思うのだが、自分の権威・権力を使って
自分や本当に世の人が住み良く変えようとしている人間を挙げろと
言われたらこの人をあげるかもしれない。

この著者の狙いは、まずは商業的な目的である。次に自己のためである。この人の過去の著作を
読めばそれは一目瞭然で、辛い昔を思い出しそれを自分なりに整理
しようとして書いている。もちろん読者の為にと言う余裕はそこには
感じられなかった。ただただ、単に読んでいて暗いだけ。
が、次第に彼自身の権威の故に周りの人間が
彼の意見に反対or茶々入れ出来ないため、徐々に認められ(専門の研究者以外は逆らえないだろう)、精神の余裕が出てくるようになった。
そして、彼は、自己と同じような辛い思いをした人間、あるいは弱い人間が本当に人生を謳歌できるようにという方針に転換しかけている。

その為に自分の権威を使い、後押しor世間の偏見を取り除こうとしているのが感じられる。
その典型例が本書である。感情を思い切って出せ。親であろうとなんで
あろうと!と。
狙いは良いのだが、もうちょっと具体性が欲しかった。

著者には善意悪意・過失無過失に関わらず、
悪い方向に使わなければ、と願っている。

私は、このレビュアーを書きながらなんのために勉強しているかを
「そうだ!力や権威を手に入れて、それを自分が理想としている世の中に向かって使うんだ」と思い返した。
感情を出そうと思います。
自分が書いたレビューが参考にならない人もいるんだな…と思って、それが少し悲しくて、もう書かない方が自分も辛くならないしいいかな?と思っていました。でも、この本に出会って「この自分の正直な感情を書けばいいんだ、思い切って」と気付きました。

勇気を出して書こうと思いました。感情を出そうと思いました。

【自分のレビューが参考にならない時って少し悲しいな】そういう些細な感情でも出せる勇気の出る本だと思います。素直で正直な自分を否定せず、だからといってそれを【甘える口実】にもしてはいけない、とても勉強になりました。

タイトルだけでも一読をオススメしたい本です。


形而上学 下    岩波文庫 青 604-4

[ 文庫 ]
形而上学 下  岩波文庫 青 604-4

・アリストテレス
【岩波書店】
発売日: 1961-01
参考価格: 903 円(税込)
販売価格: 903 円(税込)
形而上学 下    岩波文庫 青 604-4
アリストテレス
カスタマー平均評価:  4
考えの中にしか現われないものが形而上学(下)
アリストテレスを読んでみようとする人は、おそらくプラトンの著作を読んだことがある人ではないでしょうか。哲学の流れからしても、これが一般的な順序のようです。 プラトンは、世界のあらゆる事物を純粋化して、いったんイデア界という空想の世界に持っていってみる。つまり頭で考えてから世界を観てみるような、人間界の外の理想郷から見下ろした方が上手く説明が付くというような、そんな考え方の人だと思います。 ちょっと非現実的なところのある考えでした。 アリストテレスは、『形而上学』の中で、もっと私たちが見ている・体験している実際の感覚を常に意識しながら書き進めていて、考え方はより身近です。「個々の感覚的事物」という言葉が何度も出てくるし、一緒にあれやこれやと、考えられると思います。 読んで良かったことは、彼が古代人には思えなかったという親近感が味わえたこと。 「存在」ということを考える時も、私は今まで、物体がなにで出来ているかというような物理学的な発想しか思い浮かばなかった気がします。アリストテレスが論じる「存在」についての形而上学は、私たちにとって<それがある>というのは、どういう在り方なの? そもそも<ある>っていうのはどういう意味なの? という視点です。 ギリシャ語の<ある>は、…である・…がある・…だ。みたいなことが同じ言葉で、表現されているという言語学的な事情もあるようですが、存在についての探求は、そういう言語の問題以上に深みにハマって行きます。 過去や同時代の考え方を批判しながら、自分の論理を進めて行くので、ちょっとした哲学史講義としても読めます。 この著作は、哲学の教科書みたいなものだと言われていますが、正直、読み始めた頃は、かなり分かりづらくて、イメージが沸かない部分がありました。 プラトンのほうが、訳文も読みやすくてイメージしやすかったです(そもそもイメージの世界を語っているわけですから…)。 でも、分かりづらくて退屈でも、読んでいくうちに納得できる箇所が増えていき、あるとき、自分の視点・発想が切り換わっている感覚が味わえました。でも未だに分かってないと思います。 形而上学の哲学は、自分の思考の限界に触れられるものなのだと実感しました。
形而上学の理解のむずかしさ
解説を読んで、この本の難しさを感じた。 部分部分に分かれ。概要・問題提議・答えが散らばった為、読み返さないといけない。 それでも、イデア批判を弁論証を駆使し、作られた文章は、隙がなく、アリストテレスのすばらしさを感じた。 人間の根本に問題提起し、それを見事に答えを出す明快さを感じずにはいられない。
事物規定
上巻にありますが「物事は多くの意味である(または存在する)と言われるが、そう言われるすべてのあるもの(存在)は、或る一つの原理との関係において存在と言われるのである」そのスタンスは、ずっと根底に続いて貫かれています。プロタゴラスの「人間は万物の尺度である」という言葉に対しても批判的に「常に尺度は(この尺度で測られる事物と)同種的である」と述べています。「一つであること」=不可分割的であるがゆえに、基体(客観事物)尺度は同じでなければならない、認識された者は認識する者が、感覚された者は感覚する者が、それを尺度として考える以外に術はないと、そこに世界観の規定を見たように思います。 「働きは終りであり、そして現実態は働きである。だからまた現実態という語も、働きという語から派生し完全現実態を目指しているのである」この生成過程は、物事の属性という観点とは別にして、興味深いものだと感じました。私たち人間は否応なく自然とつながれています。 フィシス(自然)(勝手に私が上巻でまとめたもの) (1)生長する事物の生成 (2)事物がそれから生長し始める第一のそれ (3)自然的存在の第一の内在的始動因 (4)自然的諸存在の根源的質料 (5)自然的諸存在の実体 (6)実体が自然 この昔の自然観のなかにおいては、これらの諸定義も、存在・実在を考えるうえでの「働き」(=生成・消滅)に影響を及ぼしているのではないかと思います。
信頼性の高い「形而上学」の邦訳(下)
この出隆氏の「形而上学」の訳業は正確な翻訳として学会でも評価が高い(ただし決して読みやすいという意味ではないが…)。訳者注がかなりのページを占め、事項索引、固有名索引なども備えられて、とても親切である。アリストテレス哲学が後世に与えた影響は計りしれない。西欧中世のスコラ哲学もそうだし、イスラーム圏でも神学確立にアリストテレスが熱心に研究された。近世でもヘーゲル哲学、マルクス主義において決定的な弁証法的思考をこの信頼性の高い邦訳を通して原典から学ぶのは決して意義のないことではないと思う。
学問としての哲学の基本形
今まで、アリストテレスを読まずに、現代の西洋哲学や日本の哲学を色々と見てきて、初めて『形而上学』を読んで、正直驚いた。今、哲学と呼ばれるものの全ての原形がここに含まれているのである。「全ての出発点はここにあったのか!」という発見の驚きと喜びがあった。それは初めてカントを読んだときの感動にも通ずるものがある。哲学のオリジンはギリシャ哲学にあり、現代の哲学はあーだこーだ言いながらそれをこねくりまわしているだけなのかも。

日本人はなぜ無宗教なのか (ちくま新書)

[ − ]
日本人はなぜ無宗教なのか (ちくま新書)

・阿満 利麿
【筑摩書房】
発売日: 1996-10
参考価格: 735 円(税込)
販売価格: 735 円(税込)
日本人はなぜ無宗教なのか (ちくま新書)
阿満 利麿
カスタマー平均評価:  4.5
興味深い視点
一言でいえば日本人の独特の宗教観について考えている本である。日本人の大部分は自分は無宗教であると思っているが、それは多くの外国人から見ると奇妙に見える。ではそのような日本人の宗教観はどこから生まれているのかといった問題設定で始まる。 まず、問題となるのが何をもって宗教と呼ぶのかである。著者の言うところのよると、宗教はまず「創唱宗教」と「自然宗教」に分かれるのだという。創唱宗教とは教祖、教典、教団の三点セットによって行われている宗教であり、キリスト教、仏教などがそうである。もっと踏み込んでいうと最終的な救済を約束する宗教という言い方もできるかもしれない。一方、自然宗教は著者が言うところでは『ご先祖を大切にする心や村の鎮守に対する敬虔な心』であり、墓参りや、神社でお参りするとかはすべてこれに含まれるという。 ということで、日本人の大部分は自然宗教徒であるというが第一の結論であるのだが、ではそれはどのような歴史的、文化的経緯をもって生れた宗教的態度なのかというのが次の論点である。 この点についての一つの答えとして著者は、明治維新期に国民を天皇のもとに束ねるための神道(皇道)と、近代国家としての信教の自由の両立をする上で神道を宗教(創唱宗教)ではないのだと定義したという点を挙げている。(ちなみに日本で宗教といえばもっぱら創唱宗教のことを言う。) もう一つの答えが、日本のムラの古くからの日常主義である。日常の平穏をもっとも重視し、それよりも悪いことはもちろん良いことも多くあってはいけないという日本の集団的アイデンティティーが創唱宗教嫌いの日本人を作り出したというのである。 簡単に要旨だけ述べたが、もちろん本の中では上の2点についてもっとちゃんと論証している。日本人は無宗教である、という一言で片づけてしまえば簡単な問題を様々な観点から掘り下げているのは興味深かった。読み終わると、宗教という単語に対するアレルギーが少なくなった。もしかしたら宗教はもっと人間に普遍的なレベルでつながっているのではないかと。 ただし、著者は浄土真宗の教えに深く共感しているようで、最後のほうは褒めちぎっていたような気がする。もっと中立に書けばいいのに。
( =ω=.)<こなた と かがみ の宗教教団 その2
?もうひとつの歴史? (;//Д//)<宗教をつくる・・?宗教をつくるって なに 考えてんの? ( =ω=.)<私が 北欧神話とか、ローマ神話とかギリシャ神話オタクなのは知ってるでしょ (;//Д//)<じゃあ新しい神話とかを考えたの?聞いてあげるわよ ( =ω=.)<神話じゃなくて 宗教だョ (;//Д//)<じゃあ、その宗教は一体、何の神様とかがいるの? ( =ω=.)<神様はたった一人しか出てこないョ ただし全知全能なんだョ (;//Д//)<それじゃあ、お話にならないじゃない? ( =ω=.)<なるんだョ  宗教の名は 『らき☆すた』教  蛮族を人間にするんだョ (;//Д//)<でも、そんな新興宗教、みんな 信じるかしら・・多民族の寄せ集めだし・・ 民族ごとに色々な神様を信じてるのよ ( =ω=.)<たくさんの民族がいるから、内乱が絶えないんでしょ、だから、一つの宗教 に絞らせる必要があるんじゃん。 (;//Д//)<どうやって信じさせるの? ( =ω=.)<方法はいくらでもあるョ 私にはローマがついてんだョ みゆきさん ( ○д○) <はい 泉さん、私の計算では 12日後あたり 日食が起きるようなんです。 (;//Д//)<ちょっと待て 日食って何だ? ( =ω=.)<ははは、なんでも太陽が一時的に消えるみたいだね 私もよくわかんないけど これが本当なら・・らき☆すた教は一気に・・・宗教のメインストリームに・・・ そして私達はネ申の代行者になれるわけだョ (;//Д//)<でも・・科学が発達して、そういうのが計算で分かる事がバレたら・・・ ( =ω=.)<そうさせないために・・らき☆すた教があるんだョ らき☆すた教は地動説を徹底的に否定するからネ。アレキサンドリア・ミート図書館は全焼したし、地動説の文献はこの世には残っていないんだョ。 地動説を知っているのは、私達だけ。これを利用して、私達はネ申の代行者になるんだ。
「無宗教」の中身を掘り下げた著書
ここでは、「無宗教」と言われるものの中身・実態が掘り下げられている。 タイトル通り「無宗教」とは何か、を論じているものである。 「著者」は日本における宗教を、特定の教えと開祖が存在する「創唱宗教」と、それらがない生活の中に溶け込んだ「自然宗教」とに分けて把握する。 「宗教」は明治時代に生み出された造語であり、それまでの日本人の信仰生活を論じている。 そして以下の二つの視点から日本の「無宗教」を論じている。 「宗教」という造語が政治的思惑も絡みながらそれらの実態からかけ離れ、ゆがめていった過程。 そして、日本における村落共同体における宗教(ここでは「創唱宗教」)が根付かない要因としての「日常主義」。 そして、日本において精神生活の豊かな地域の例を取り上げ、「無宗教」の中身が決して宗教や神観念の全否定のような「無神論」ではなく、むしろ精神的豊かさに溢れていることを示してくれる。 日本においてかつてより脈々と営まれてきた精神生活が存在し、その実態と新たにつくられた「宗教」という言葉の乖離が「無宗教」という事態を生み出していることがわかる。 そして、日本人が歴史的に「無宗教」と言われるような精神的な貧困にあるのではなく、「宗教」という言葉には当てはまらない独自の豊かな精神生活を育んできた、ということを気付かせてくれる。 と同時に、自らの豊かな精神生活は、自らの周りで自らの手で足元から築きあげていくものだ、ということにも気付かされた。
日本人の宗教観について歴史や風土から見つめた説
日本人は本当に無宗教なのか?特定宗教を避けるようになっている日本人の宗教観の風土をつきつめた作品。ある意味、なるほどとも思えるがこれは1つの説(1つの解答)であって、真実かどうかは別である。本書は宗教を心の問題から見つめているが、個人的には宗教はコミュニティのひとつの形状だと思っている。国土侵略や移住が頻繁に起こりえる歴史を持つ欧米では人々のつながりは民族や宗教という形式で支えられている。宗教組織は一種の地域コミュニティであり日本でいえば部落や村社会といったところ。牧師は長老であり、教義は村の掟である。特定宗教が日本に定着していないのは、定住が生活のスタイルであった日本人と移住が常の欧米人との違いと思う。欧米での心理カウンセラーの代わりを日本では占い師がつとめているのに似ている。ひとつのテーマには色々な説がある。これもそうした一説と思って読むと良いと思う。
おだやかな宗教でありたい日本人
阿満氏は、生きている時に信仰する宗教を 「創唱宗教(教祖と教義があって、それを信じる人たちがいる)」と、「自然宗教(昔からあって自然発生的なもの)」に分けた。 それからもうひとつ、死んだあとにお世話になる宗教を 「葬式宗教(主に仏教)」と定義している。 「わたしは無宗教」 とは、創唱宗教の教徒ではありませんという意味で、本来の宗教心がないわけではない。 心の中には神さまや菩薩さまがいて、折節(おりふし)には敬虔な気持ちで宗教行事に臨んでいるのだから。 阿満氏は日本人の仏教徒である。 彼の本はあくまでその立場からの分析であるため、例えば浄土真宗にこだわっているし、創唱宗教としての仏教をもう一度広めたいという気持ちが強い。 柳田国男、民俗学、民話等、盛りだくさんな内容である。 それでもわたしには読みやすかったし、生前の宗教/死後の宗教が併存する日本の土壌が理解できてよかった。 とにかく無難に平穏に生きたい日本人の「平凡好き」が、創唱宗教を極力避けているという考えも、その通りだと思う。

子どもは判ってくれない (文春文庫)

[ 文庫 ]
子どもは判ってくれない (文春文庫)

・内田 樹
【文藝春秋】
発売日: 2006-06
参考価格: 660 円(税込)
販売価格: 660 円(税込)
子どもは判ってくれない (文春文庫)
内田 樹
カスタマー平均評価:  4.5
うらやましい...。
内田氏の著作は、とても歯切れがいい。そして、ところどころに「意外な表現」がちりばめられていて、それでいて、読み進めているうちに、次第に、その「唐突さ」の種明かしがされ、「お?、なるほど...。そういうことか!」と、思いを新たにさせられる。  どんな小編でもいい。氏の書いた文面を読むたびに、少しずつ脳が活性化した気分になる。と同時に、氏の思考力、筆の運び方に羨望を禁じえない。「あ?、頭がいい人って、いいよな?。」と痛感させられる。(変なレビューでごめんなさい。)
「正論」や「愛国心」とは何か
マスメディアの「正論」や「愛国心」が、 薄っぺらく感じる人には、ぜひおすすめ。 なにか世の中の言説の多くがずれていると、 だが、どこがどうおかしいのか、 この本ではクリアカットにしてくれるだけではなく、 自分の中で思考のバリエーションが増えることは間違いない。
右から左へ受け流す思想家の、その身体技法を味わえ
内田樹という思想家は「固執しないことに固執する」あるいは「立場をとらないという立場をとる」思想家ではないだろうか。 彼がプチブレークした「九条どうでしょう?」ではその独特な切り口で「九条このままで何か問題でも?」という論を展開し一躍脚光を浴びた。日本の外患内憂という内と外の統合できない、矛盾した状況。矛盾を矛盾のまま維持しておいたことに戦後約60年の日本の平和があったというのが彼の結論だ。 この「矛盾を矛盾のまま維持しておく」こと。本書『子どもは判ってくれない 』にもその彼の思想的エッセンスが縫いこまれている。 例えば、売春の是非について。 売春という性の商品化から少女を守ろうという反対派の意見もありながら、現に売春で飯を食っているセックスワーカーの人権はどうすればいいのか?という肯定派からの反問も出てくる。 この問題への彼の提言はいたってシンプル。 つまり「セックスワークで生計を立てている女性の人権を保障しつつも、少女たちを売春から守る」ということである。いっけんこれは「何も言っていないではないか!」という気がしないでもない。現にそういっている知り合いもいる。 しかし矛盾した状況の矛盾した様をかみ締めること、それが彼の思想の根幹であるのではないだろうか。そしてさらに突き詰めていけばそれは彼が、「世界は変えられない(変える必要がない?)」という経験的認識と「変えられない世界、変えられない状況下でいかにましにふるまうか」という倫理をあわせもっているということではないだろうか。 ペシミスティックに聞こえるが、前者は彼自身あまり語らない(語りたがらない?)学生運動へのコミットに、後者は彼自身が師匠と仰ぐホロコーストを体験した哲学者レヴィナスの思想に由来していると私は見ている。卵が先か鶏が先か。両者がどのように結びついているのかはわからないが、今後も注目すべき思想家であることには間違いない。
軸を持ちながら…
小林よしのり氏の「ゴー宣」の中に、西部邁氏の見解として「思想家というのは、村はずれから村を眺めているようなものである」とあります。 時々村人から意見を求められたら、控えめに見解を述べてみて、村人の役に立てればラッキー。「こいつ何言うてるんや」と言われれば、またすごすごと村はずれに帰って行くのだ、と。 「子どもは判ってくれない」という本は、この西部氏の見解にぴったりくるようなイメージがあります。「大変大勢の方がこのようにおっしゃっていますが、ここは一つ、このように考えてみてもよろしいのでは?」と、あくまでも静かに、控えめに。 心のどこかに、このような軸を持ちながら、目の前のことを一つ一つ考えていきたいです。

ゲーデルの哲学―不完全性定理と神の存在論 (講談社現代新書)

[ 新書 ]
ゲーデルの哲学―不完全性定理と神の存在論 (講談社現代新書)

・高橋 昌一郎
【講談社】
発売日: 1999-08
参考価格: 777 円(税込)
販売価格: 777 円(税込)
ゲーデルの哲学―不完全性定理と神の存在論 (講談社現代新書)
高橋 昌一郎
カスタマー平均評価:  4.5
内容が豊富な良書
ゲーデルの哲学という題名だけあって、不完全性定理の解説にとどまらず、ゲーデルの伝記、ギブス講演の内容、さらには神の存在論的証明までが詳しい解説とともに収録されています。 スマリヤンの著書に負うところがありそうではあるものの、不完全性定理の導入本として優れていると思います。 また、ゲーデルとその同僚達(アインシュタインなど)の逸話も多数収められている隙のない本でもあります。
ゲーデルが「無門関」に出てきたらどうなるのか?
 ゲーデル関係を読むのは本書が初めてである。  まず彼の不完全性理論に関しては 流石に 全くの素人であるので よくわかりましたとは到底言い難い。いや ほとんどよく解らなかったという方が正直なところだ。但し著者が「パズル」で説明しようとしているおかげで 雰囲気は感じた。おそらく 本書を初めて読んだものとしては そんなところで良いのだと思う。そこから先はまた自分で 今後どのように読んでいくのか、もしくは そもそも今後もゲーデルに関して読んでいくのかどうかも含めて自分で考えることなのだ。  二点目として 哲学と数学の境界線に触れた点に大変興味を感じた。アインシュタインと ウィトゲンシュタインが 同じ地平線の上に出てきている「知」の世界を 遠くから眺めた思いである。そもそも 哲学とは 世の中の成り立ちを探究する学問だと定義するなら ある意味で当然のことなのかもしれない。  最後にゲーデルが「神」を扱った点が面白かった。神を「論理」で実在の有無を考えていくという作業には 無類の興味と ある種の不毛を感じたからだ。  ここで 僕が「不毛」と言う「不遜さ」はあると僕自身は思う。但し 現代の宗教を起因とする様々な人間の歪みを見るにつけて 「神」を論理的に考えていくことが どこまで意味があるのかが 僕には見えないからだ。  たとえば ゲーデルが 「無門関」に登場したらどうなるのかを考えても楽しい。おそらくは一喝されるだけだろうから。但し もしかしたらゲーデルも「公案」には大いに興味も示すかもしれない。  ということで 非常に興味深い読書にはなった。このような読まれ方をすることが著者の意図とは思えないのだが。
著者は読者にどの程度の理解を期待しているのか、がわからない
この本を推薦している人たちは内容が理解できたのだろうか。 綿密な議論を避けて読者に直観的に解らせる、ということが至難の業であることはわかる。しかし、読んでいる途中で読者を不安にさせてはいけない。読者はこの段階でこの程度に理解しているはずだ(この程度にしか理解していないはずだ)という認識を絶えず保持しながら記述を進めるのが、この種の本を書く著者の最低限の条件ではないか。この本は、わかっている者にはわかるが、わかっていない者にはさっぱりわからない、というしかない。 第1章「不完全性定理のイメージ」を例にあげる。 著者は、読者に直観的イメージを喚起させるため“レイモンド・スマリヤンが作った”“パズル”を“単純化して用いる”としているが、“単純化”は話をこんがらせているだけ。結局スマリヤンの原書(の翻訳)を読むしかない。 「真理の対応理論」というものを理解(少なくとも直観的に納得)しないと後の記述がわけのわからないものになる。先へ進むには「対応理論」のより詳しい説明がどうしても必要なのだが、著者はそこのところがわかっていないらしい。(“第3章参照”とあるが納得できる説明はどこにもない。)結局、「対応理論」を承認する者にとってのみ「不完全性定理」は“真”(あるいは“意味がある”)ということになってしまう。それでは著者の意に反するだろう。 他の章も同じ。文章が上すべりしている。定義のない初出のことばが不用意に頻出する。読者に親切とはどうしても言えない。この本を書いた著者の狙いが中途半端だった、というべきかもしれない。 とはいえ、ゲーデルの生涯と20世紀前半の論理数学者たちの苦闘と葛藤の歴史の紹介はやはりおもしろい。その点での著者の労は認めるべきだろう。
神のみぞ知る
ゲーテルの不完全性定理とそこから導かれる神の存在否定(内容は存在を証明できない)を数式を使うことなく読者に説明している本です。 不完全性定理と彼が導いた他の定理を色々なトピックス(例え話)で紹介していますが、ハッキリ言って難しです。 例え話を無理して理解するよりも、ゲーテルの伝記・評伝として読むと面白いと思います。天才的な発想をするゲーテルの人となりと、彼を取り巻く人々の関わりがよくわかります。天才はやはり何処か常識人と違います。 洋の東西を問わず神は信じられています。一神教か多神教かは色々あります。でもその事が民族間での争い、戦争、殺戮が行われる原因の一部であるのはナンセンスです。神の存在を証明できないから、どちらが正しいかは人間では判断できないのです。その事を本書では述べていると思います。 まさに「神のみぞ知る」です。
一生モノ
うーん、やっぱりわからないや。と、これが「ゲーデルの哲学」を読んだ率直な感想。著者が豊富なアナロジーを駆使して不完全性定理のアウトラインを描き出してくれるおかげで、なんとなく分かった気にはなる。でも、不完全性定理の核心やそのスゴさはやっぱり理解できなかった。特に本書の後半に登場する「(神の)存在論的証明」はまったくもってワケがわからず、完全にお手上げ。 ただ、それでも本書を最後まで読み進めることができたのは、クルト・ゲーデルの人生の面白さに負うところが大きい。本書は不完全性定理の解説としても優れている(たぶん)が、なんといってもゲーデルというひとりの天才の苦悩の個人史として秀逸なのだ。 例えばゲーデルは、彼の講師職を廃したウィーン大学と出国を余儀なくさせたオーストリア(オーストリー)政府を最後まで許せず、これらの機関から贈られる賞をことごとく拒否。また、機会があったにもかかわらず、アメリカ移住後は二度とヨーロッパに戻らなかったという。こんなところにゲーデルの妙な人間臭さを感じて、読者としては興味深く彼の人生を楽しむことができた。 ページ数としては普通に1日で読み終わる分量だけど、その内容の理解には一生以上かかりそうな予感だ。新書にしては本当に読み応えのある一冊。まさに一生モノ。 いつかGEB(ゲーデル、エッシャー、バッハ)を読破することを夢見て。

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 更新日 2009年7月8日(水)  ※ 表示価格は更新時のものです!      メール      相互リンク