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[ 新書 ]
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日本人の〈原罪〉 (講談社現代新書)
・北山 修 ・橋本 雅之
【講談社】
発売日: 2009-01-16
参考価格: 777 円(税込)
販売価格: 777 円(税込)
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・北山 修 ・橋本 雅之
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カスタマー平均評価: 4
水に流そうでは済まされない 著者は無責任な心の起源を古事記神話の「見るなの禁止」に求める.
「見るなの禁止」で特徴的なのは「見る側」は罰せられず「見られる側」に一方的なしわよせがくることだ.豊玉姫やつう(本書では取り上げていないが信太妻も)は相手に異類・異体を知られて去っていく.異類・異体を知られることは取り返しがつかないことであり,であればこその「見るな」である.人間には絶対に見ない節度が必要なのであり,それが分からない人間(カミも)であることをみずから暴露して相手を絶望させるのだ.謝れ,といわれ逃げられなくなると,かたいこと言わず「ミズに流そうよ」と責任逃れ.こういう下品なやからにはあやまる気など端からないのだから相手にするだけ無駄.都合の悪いことに目をつぶり神話的言辞を弄する「美しい国」のいかがわしさも正面から指弾されている.
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[ 文庫 ]
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ゆだねるということ (下) (サンマーク文庫)
・ディーパック・チョプラ
【サンマーク】
発売日: 2007-10-18
参考価格: 530 円(税込)
販売価格: 530 円(税込)
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・ディーパック・チョプラ
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カスタマー平均評価: 0
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[ 新書 ]
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「できる人」はどこがちがうのか (ちくま新書)
・斎藤 孝
【筑摩書房】
発売日: 2001-07
参考価格: 756 円(税込)
販売価格: 756 円(税込)
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・斎藤 孝
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カスタマー平均評価: 4
「できる人」とは、いわゆる「達人」のこと? 筆者は、あの「声に出して読みたい日本語」の著者である。ここでいう「できる人」とは、いわゆる「達人」であり、様々なジャンル(特にプロスポーツ選手の事例が多い)での達人の「上達の秘訣」を述べている。その上達の普遍的な論理のエッセンスは、三つ。「まねる(盗む)力」・「段取り力」・「コメント力(要約力・質問力含む)」と断言している。
読後感には違和感が二点あった。一つ目は、自分自身のスポーツの経験を振り返って、その時にこの本を読んでいたとしてもっとうまくなっていただろうかと自省しても、そうは変わらなかったのではないかという感覚である。確かに、友人には上手に早く上達した人もいたが、指摘の「力」だけでは説明できそうにないと思えるからだ。もっとフィットする違う言葉で表現して欲しかった。
二つ目は、通常、プロスポーツ選手を目指す「大人」はそうはいない。普通は会社人であり、できる人とは、仕事のできる人という意味で無意識に意識する。その意味で、まねる力とは「柔軟性・適応力」であり、段取り力とは「計画性・構想力」であり、コメント力とは「論理性・表現力」と言い換えても良い気がする。この意味で、筆者のいう三つの力が、これしかなく・これで十分という、必要十分条件を満たすべく厳選して決定したのかどうかという点での、筆者への不信感に近い感覚である。
なお、個人を「文系・理系と二項対立的に規定することで、文系の人は科学的知識に対する知的好奇心や向上心自ら閉ざしてしまい、また、持たなくてもよい言い訳の道具になってしまっている」との指摘は得心する表現である。ただ、全体としては、あまり好きな本ではない。
どうもピンとこないし実践的でない どんな分野でも 「できる人」 は 〈まねる (盗む) 力〉,〈段取り力〉,〈コメント力〉 をもっているという. なるほど,さすが齋藤先生だ,とおもいながら読んでいったが,わけあって,途中で数日ほうりだしてからつづきを読んだ. それまでに書いてあることをすっかりわすれていることに気づいた. 私にとっては,もっともだがどうもピンとこなくて実践的にはつかえない,すぐ内容をわすれてしまう本だった.
思い出の本 以前、仕事で失敗ばかりしていた時に、当時の社長に「君はこれを読みなさい」と渡されたのが本書。こういった類の書は、著者が「俺は出来るんだぞ。だからお前もこうした方がいい!」という内容なんだろうなという偏見から、「うわぁー、読みたくねぇな。何でこんなもの読まなきゃならないんだろう」と思いました。
ところが・・・読んでみると、頗るおもしろいんですな。著者は決して自分が出来る人なんだとひけらかす立場ではなく、イチローをはじめとするスポーツ選手、徒然草、村上春樹等、具体例を挙げ、「できる」ということについてわかりやすく解説しています。興味深い話が散りばめられており、参考になると思います。
さて、著者は出来る人になるために必要な力とは、まねる力・段取り力・コメント力だそうです。
印象的だったのは時速300kmで走る一流のレーサーが、路のしみから前輪の近くを横切る小石まで見えたという話。びびりましたが、麻雀の世界で20年間無敗だった桜井章一氏のピタリとはまった時は伏せている牌が全て透けて見えたという逸話もあるので、本当なんだろうなぁと思います。まあ、これは真の達人にしか至れない境地でしょうが。
私が齋藤孝さんを知るきっかけとなった思い出の本です。又、齋藤孝さんの初期の著作なので、大量に出している最近の著書に比べ中身が濃いような気がします。レベルアップしたいと思っている人にオススメの本です。
よく研究されていて、すばらしいの一言。 人は物事がうまくいってるときには、どうしてうまくいったのかという過程を気にしようとはしませんよね。だから、うまくいかないときは「いつも通りにいかないなあ。こういう時もあるさ。」と、原因をつきとめないから、再び失敗するという悪循環に陥ってしまいます。やはり結果に波があることは賢明ではありません。そこで、方法を明確化させておく必要があります。 この本は、どんなことにも通用するような普遍的な上達論が書かれてあります。抽象的な概念に名前をつけたりすることで、理解が、かゆい所に手が届くようにしっくりいきます。この著者は、ホントに細かい所までよく研究されていてためになり、面白いです。読んで無駄なことは決してないでしょう。この著者の他の著書も面白いので読んでみてはいかがでしょうか。
子供にはスタイル作りを 「できる」ためには何が必要か考えた一冊です。その答えは、「成功のスタイルを確立すること」です。つまり、子供の頃に成功体験しておくと、それが核になって応用が利くということです。子育てする上で、参考になる一言です。その他、参考になった言葉は次の通りです。
・学校の主な役割は上達のプロセスを普遍的な形で把握させることにある。
・ある領域での上達の体験が核となって他のジャンルの事柄にチャレンジした時にも、その体験を生かすことが出来る。
・上達を根底から支えるのは、「あこがれ」
・自分のスタイルを持つことが出来るのは、非常な喜びである。
・暗黙知をいかに明確に認識するか。
・要約の基本は、肝心な物は残し、その他は思い切って捨てることにある。
・個性は生まれつき持っているもので、スタイルは習熟によってのみ得られるものである。
・自分にとって誰が先行者であるのか。この問題意識を保ち続けることが上達の秘訣である。
・テキスト探しが指導者の重要な仕事になる。
・自分の知らないことが何であることを上手く知ることが出来ない。
・幼少期に読んだ偉人伝が人生を生きるための基本的な上達論として心の中に残って作用することがある。
・繰り返し練習し、量が質に転化する瞬間を逃さないことが重要である。
・感動は、上達の根源的なパワーである。
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[ 文庫 ]
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戦争論〈上〉 (岩波文庫)
・クラウゼヴィッツ
【岩波書店】
発売日: 1968-01
参考価格: 798 円(税込)
販売価格: 798 円(税込)
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・クラウゼヴィッツ ・Karl Von Clausewitz
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カスタマー平均評価: 3.5
じっくり読む名著 初めて『戦争論』を読んでいます。内容をまとめながらなので、半年かけてまだ<上>の3分の2くらいという感じです。でもこんな名著をこんな値段で読めるなんて本当に素晴らしいです。『事例の正しい使い方』や『相手を説得する方法』など、いまならば別々のビジネス書になっていることが体系立てて書かれていて無駄がありません。『戦略』と名の付く肩書きで身を立てて行こうと思われている方には、是非じっくりとお読みになることをお勧めします。
ただ・・文章が私には結構難しいです。日本語なのに辞書を引いたりすることもあります。
岩波文庫版に正当な評価を 本書は戦争を研究する上で必須の古典だが、難解との定評がある。それもそのはず、この書は未完成で、クラウゼヴィッツの死後に編集・出版されており、全体的にこなれていない。しかも、日本人になじみの薄いフリードリヒ大王戦史や自身が参加したナポレオン戦争を題材に論が展開されているのである。
現在、日本語で読める完訳本は、私の知る限り中央公論文庫の清水訳とこの岩波文庫の篠田訳であろう(短縮版としては芙蓉書房版、徳間書店版あり)。
篠田訳・清水訳についてよく聞くのが、篠田訳はプロイセン参謀本部が「改竄」した第二版以降をテキストにしており、初版を復刻したものをテキストとした清水訳(もしくは芙蓉書房版)の方が、クラウゼヴィッツ本来の思想を伝えている、といったものだ。全部を読み比べたわけではないが、最も重要な改竄とされる第8篇第6章Bの内閣と最高司令官の関係については、どの訳も意味を大きく変えるものではないし、前後の文脈からも十分彼の言わんとするところが分かり、言われるほど気にする必要はないと思う。むしろ篠田訳は訳注が他の訳本より充実しており、また索引があり、メリットはある。
難解な本書であるが、まず第1篇第1章と第8篇を読むことをお勧めする。第1篇第1章はクラウゼヴィッツ本人が唯一完成した原稿と述べている章で、戦争論の基本的な方向性が分かる。第8篇は全体の総括であり、彼の実戦体験を反映したもので、表現が実にストレートである。その中の「フランス打倒計画」は必読であろう。パリおよびその背後に向け、ベルギー方面とドイツ方面から各30万の兵力で攻撃する計画において、彼は「二方面で攻撃的前進を行っている両軍の中間に横たわる全地域は、その儘にしておいてよい」と言い切る。普通、中間地域の防衛や両軍の連絡のことを心配するものだが……。このような大胆なセリフ、吐いてみたいものだ。
戦争論は難しいか? 戦争論は、非常に難解で難しいと言われる代物である。他のブックレビューを見て批判するのはよくないと思うが、18世紀における戦争実体と現代における戦争実体に当てはめて考えると実際に役立たない部分もある。また、戦争論は哲学的要素や歴史の引用などが含まれており、文庫本では読みづらいという部分も納得できる。特に、ナポレオン戦史、フリードリッヒ戦史を理解していなければ分からない点も多々ある。
しかし、戦争と政治との関わりやその目的と手段、理論と実践に関しては色あせることはない。むしろ、現代の戦略思想家といわれる人たちがクラウゼヴィッツ以上に戦争に関する論究をしているであろうか?また、戦争を考える上でクラウゼヴィッツ以上の物差しを提供した人物がいるであろうか?
孫子とクラウゼヴィッツを対比することは難しいが、私見では孫子とクラウゼヴィッツの言っている戦争に関する部分は、オーバーラップしている部分さえある。程度の差こそあれ、日本語による訳文ゆえ難解といわれる「戦争論」を理解するには1度や2度読んだだけでは無理なのである。また、篠田訳、清水訳など「戦争論」に関する訳本が多いので、訳者によって解釈の違いが出るし、日本人に馴染みの薄い哲学的要素が多分に駆使されているから読みづらいのは当たり前である。そのあたりは、解説本やガイドブックから攻めて事の本質に迫るしかないであろう。戦争論は何度も読み、理論と実践に関する部分から理解しないと先に進まない。また、戦史を研究する必要性もあり取り組むには一筋縄でいかないのが現状であろう。
戦争の本質を語る点では「孫子」に劣るとは思うが・・・ 上中下の全三巻。戦争に勝つための将帥が持つべき理想や思想から始まり、細かい戦術や戦略とその効果性を説き、最後に国家全体で戦争に勝つための戦争計画について述べている。
一見その記述は細かく、実践的な印象を受ける。しかし、戦場が比較的本国から近かった近代ヨーロッパの戦争からの出典が多いためか、戦争に勝つ上で最も重要な要素である「補給と兵站」と「補給線の確保」についての章がないどころか記述自体がほとんどない。本文中で「経済的に戦力を浪費しないような兵力活用をしろ」と説いてはいるが、その中間が省略されている感があるのだ。その点において、戦争における補給の大切さを強く説き、「相手の輸送隊を襲って一日分の糧食を奪えば、それは自軍にとって十日分の価値があり、敵にも十日分の飢えと不安をもたらして有利に戦うことができる」とシンプルに書いてみせた「孫子」に比べて大局的な視点は薄い。局地的な戦術記述の部分が緻密なせいで大局的な戦略部分までも過大に評価されている感は否めない。逆に言えば、だからこそ「戦争は政治の一手段に過ぎない」ものであって軍単独で維持しがたく、緊急非常の迅速に収めねばならない難しさを持った「使わないにこしたことはない手段」だと述べているのかもしれない。
本書は近代の西洋諸国のみならず、旧日本軍、とりわけ陸軍士官学校での必須教科書のひとつであった。しかし、彼らは本当にこの本を「最後まで」読み、理解していたのかどうか疑わしい。特に下巻のP255以降の第八篇、特P312以降を本当に理解していたのかどうか怪しいものがある。持久力に乏しい日本軍への値千金の訓戒の言葉の数々が宝庫のように詰まっているのだ。戦争を長引かせないために陥ってはならない状況と諫言が数々の例を挙げて示されており、あたかもオシム日本サッカー代表監督の注意深い現実的な発言を思わせる。
足りない部分も確かに多いが、それゆえ冷静にかつ批判的に本書を読めば、逆に勝つために本当に大切な要素がおのずと見えてくるはずだ。この真価を理解していた旧日本軍の将帥はいったいどれだけいたのだろう。「論語読みの論語知らず」「悪貨良貨を駆逐す」といった言葉が思わず頭をよぎった。
考えさせられる偉大な本 仕事の上のことだけでなく、生活面の立ち居振る舞いの元にある自分の気持ちの持ち様についてもハッと考えさせられる。表題に(Perfect)とあるが、実はクラウゼヴィッツが挙げている諸例を省いた(Digest)版。それにしても、今の日本にクラウゼヴィッツのような人が欲しい。
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[ 文庫 ]
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次の超大国は中国だとロックフェラーが決めた〈上〉技術・諜報篇 (5次元文庫)
・ヴィクター ソーン
【徳間書店】
発売日: 2008-08-07
参考価格: 720 円(税込)
販売価格: 720 円(税込)
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・ヴィクター ソーン ・Victor Thorn
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カスタマー平均評価: 4.5
読みずらい 真偽はともかく、
何だか読みずらい。
章ごとに文体が違う。
論証の章かと思えば主張の章かと思えば小説形式の章があって。
情報の出典明記してあったりなかったり。
小説形式の章は面白かった。
雑誌記者と良心の呵責から情報提供する闇の組織の者との章は面白い。
スリラーだ。ハードボイルドだ。
下巻には彼らの結末が載ってるんだろうな。その続きが気になる。
これは陰謀論なのか?でも説得力あり。 冒頭に「これはよくあるおどろおどろしい陰謀論の本ではない。」と書かれてあったと思いますが、この本こそおどろおどろし本そのものです。始めのほうは、陰謀によるアメリカの被害が書かれてあり、日本の陰謀本と似てどこにでもこんな本があるんだなあぐらいの感じでしたが、アメリカはかなり悲惨だなと思いました。残酷な格差社会、また9.11のような事件が起こる国だからさもありなんです。ケネディの暗殺にもかなりのページを割いています。日本の東京大空襲の目的の部分はあまりのひどさに腹が立つのをとおりこして無力感を感じるくらいです。3分の2ぐらい読んだ頃から、自分は本当に洗脳されながら生きてきたんだという実感をありありと湧いてきました。テレビや本やゲームに洗脳されないような識別力を持ちたいと思います。昔ソニーのPS2が、暴力的なゲームばかり売っててうんざりした時がありましたが、もしこの本のとおりならとても怖いことです。
とくにおどろおどろしいのは、後半の匿名元陰謀幹部との会話です。宇宙人から地下施設と次から次へと驚きの発言が飛び出してきます。まさにトンデモ本ですが、それが説得力あるから恐ろしいところです。この本の内容が事実なのか、これも洗脳なのか?とにかく自分がしっかりしなきゃいけないと思いました。
真実の暴露か虚偽の宣伝なのか? 物凄い本である。
ケネディの暗殺とかユダヤ国際金融資本家の陰謀だとかいった話をネタにした本はほかにもいくらでもあるだろうが、その中でも特に推したい一冊。
本書に出て来る信じがたい「事実」を少し列挙してみると・・・
*アメリカの軍事施設「エリア51」は宇宙人やUFOとは何の関係もなく、実は人工知能(AI)の研究施設である(宇宙人話は全て政府のカバーアップ)
*ベトナム戦争は資本主義対共産主義の戦いなどではなく、麻薬を巡る争いであった。さらにベトナムで戦死した兵隊の遺体は全てはらわたを抜いた後で、中に麻薬を詰めて、アメリカ本国に送っていた。
*同様に9.11以降、米軍がアフガニスタンに軍事侵攻したのも、実はアフガニスタンにある広大なケシ畑を手に入れんがためであり、巷間言われているような石油目的だけのものではなかった。
*歴史の教科書に出て来る西洋列強の貿易品目の一つである「香辛料」とは麻薬のことである。
*米国内で頻発するティーンエイジャーによる凶悪犯罪は予め、為政者によって選別された特定の候補者を「教育」して行われる。
・・・数え上げればキリがないほど、こうした陰謀話が上下二冊の中で繰り広げられる。信じる信じないは読者の自由だが、真実は恐らく一つだろう。7?80年代、日本のマスコミを席巻し、今は完全に鳴りを潜めている矢追純一などは、本書を読んでいると、米国CIAのエージェントだったのではないだろうかと疑いたくなる。奇奇怪怪、一体何が真実で何が真実でないのか、我々はいまだ五里霧中の中にいるのではないだろうか?
読んでおく価値はあるとは思います。 私は船井幸雄さんがこの本を推奨されていたので読ませていただきました。
内容には賛否両論があるとは思います。
ただ読んでみて、読んでおく価値はあるとは思いました。
理由は
★「こんな内容の本は、今まで読んだことが無かった」からです。
その内容(主観ですが)は
世の中は、ロックフェラー家をはじめとするお金持ちの皆さんが支配し
その一握りの人達が自分達の利益を追求し、権力維持する為に
都合のいいように動かされている。
9.11テロ
・・・戦争ビジネスで儲け、石油権利を奪う為の自作自演の出来事
貿易センタービルは仕掛けられた爆弾で崩れ落ちた
ベトナム戦争
・・・麻薬生産拠点の占領
など、世界が偶然ではなく必然的に動かされている事を
考えさせられる一冊だと思います。
この本が全て真実だとも言いがたいかもしれませんが
読んでおく価値はあるとは思います。
ありがとうございます。
頭すっきり、究極の「裏の世界史」を解き明かした画期的な書! すごい本だ。本当にすごい本だ。他の政治や経済の本を読む気が全くしなくなる。
世界史には我々が学校で習った「表」の歴史と、それとは全く異なる理屈で進められる「裏」の歴史とがある。正しいのはもちろん、「裏」の歴史の方である。
ここで取り上げられているのは上巻だけでも「アメリカ大統領を選んでいるのは誰か?」「ジョン・F・ケネディを暗殺の真相」「アメリカがベトナム戦争を戦った本当の理由」「ロシア革命を起こしたのは誰か?」「エイズはある目的を持って作られたものだ」「ソ連はなぜ原爆開発ができたのか?」「戦争は”起きる”のではなく”作られる”ものだ」「ヒットラーを育てたもの」「オクラホマシティー連邦ビル爆破事件の真実」など、極めて刺激的で興味深いものばかりだ。しかも通常は簡単には知り得ない情報ばかりをぎっしりと詰め込んである。
それもそのはず、「真実の歴史」を知るのに重要な50冊の本を読んだ著者が要点をまとめて、ばらばらだったピースをひとつの大がかりなストーリーに組み上げ直したたからである。
歴史は単純である。複雑な要因がからみあってたまたまある結末にたどり着くのではなく、単純な目的に基づいて動かされるのである。その目的とは、「自己の利益」である。圧倒的な金の力によって世界を支配する者たちにとっての利益を最大にするような選択肢が選ばれることによって世界の運命は決まるのである。
共産主義の拡散を防ぐためでも、アメリカが発展するためでもなく、闇の支配者たちが儲かりさえすれば自国民や自国家さえ平気で犠牲にするのである。それが「闇の支配者」のやり方であり、そんな彼らに支配され、コントロールされているのが現在の世界なのである。
恐ろしい話であるが、極めて分かり易いではないか。財力と権力を握った者達が欲望の赴くままに力を行使し歴史を作ってゆく。これが世界の本当の姿なのだ。
この事実を多くの人々が知ることにより、この陰謀は終わる。この本を全世界の人々が読めば、確実に彼らの支配は終焉を迎えるはずだ。そうなることを願おうではないか。
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[ 文庫 ]
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生きがいの本質―私たちは、なぜ生きているのか (PHP文庫)
・飯田 史彦
【PHP研究所】
発売日: 2001-08
参考価格: 680 円(税込)
販売価格: 680 円(税込)
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・飯田 史彦
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カスタマー平均評価: 4
所々は架空話、空想話としては面白かった 友人から貰い読んで見た。著者の場合限りなく妄想、思い込みが強いが、所々はなるほどと、架空話、空想話としては面白かった。しかしこの手の本は、精神的に正常な人は書かない。誇大妄想そのものだからな。著者も又ある意味メンヘルなのかな?死後や生命に神秘性を求める物語り的な本。そう思って読んだ方がいい。「私は薬に殺される」幻冬舎。「たった一人で国、薬害裁判に勝つ」日本評論社。著者福田実
「おわりに」に著者のスタンスがあった 本書も、相当うさんくさい内容でした。
「私たちはなぜ生きているのか」という副題なのに、
最初から、「前世を記憶する胎児たち」の話から始まる。
そして、生まれるということ、人間関係にまつわる悩み、
死ぬということを巡るたくさんの話、病気やハンディキャップを
巡り、「輪廻転生」という考え方を受け入れれば、生きるのが楽になる式。
最後は、著者の提唱する「生きていく杖」仮説を受け入れていく、
4段階の進化?を整理している。
実は、途中で読むのをやめようと何度か思いました。特に、「それでも
生き抜くために」で、祈りの力が、植物の成長に影響を受けるあたりから、
すでに、オカルト本になっていると確信し、惰性で最後まで。
しかし。「おわりに」で著者が、なぜ、「生きがいシリーズ」を書く
になったか、の理由を開陳したとき、私の目からうろこが落ちました。
脳が受け入れを拒否している、こういうスピリリュアルな世界観、
実際膨大な文章と読者の手紙を本に詰め込んだ、その世界観を、
これでもか、と展開するその理由が、一瞬にわかったような気がします。
ただし、どの著作でも著者が念を押すように、読者は「おわりに」を
先に読んではいけないようです。私のように、「こういう思考」に
まったく不慣れで生きてきて、拒否反応から入る読者は、著者の話を
たくさん聞(読む)いいたあかつきに、「おわりに」を読み、著者の意図を
知って、ある種のカタルシスを味わうというのも、一興かと思います。
読めば読むほど腹立たしい また輪廻転生話である。 犯罪被害者の生まれ変わりに迷宮入り事件を解決させたり、歴史解明が不十分な時代の生まれ変わりや進化過程の生物の生まれ変わり(何故か全員が人の生まれ変わり)に進化の過程を検証させることもなく、全く説得力が無い。 理能解できない伏字だらけの“読者からの手紙”も含め、創作能力はあるのかも知れぬが。
それより怒りについて書く。 著者曰く「天下万民のための怒り」には怒って良いそうだ。
だがその「怒り」が、同日株主総会を「意義なし!」と短時間で行なわねばならぬ多くの企業が含まれる経団連や、人を人とも思わぬ法案を1999年以降立法している、自民・民主と看板は違えど同根の“法人税廃止・消費税大幅引き上げ”を塾是と掲げる松下政経塾出身の政治屋に向く事は無い。 著者の「怒りという正義の剣」がどこに「振る」われるのか是非伺いたいものだ。
希薄な人間関係しか構築できないように“されて”いる今、心を開いた人間関係を再構築させる気にさせたり、ありもしない“本当の自分”を求めさせずありのままの自分を受け入れさせ、苦しい事も“山より大きな猪は出ない”と前向きに立ち向かわせたり、我慢を強いらせたりする目的に本書は必要だろうが、精神的に弱っている時であっても、大学教授の肩書きを持つことで信用と固定収入・著者を利用する人たちの使い勝手など何重にもオイシイのに、何故あえてその肩書きを捨てねばならんのか?と透けて読めるようなコメントを、ワザワザ載せる人でもある著者の言葉は、私の心には響かず、上辺のキレイゴトを並べただけの浅薄さが漂うばかりだ。
後半「亡くなった戦友のためにも一所懸命に生きる」との手紙を紹介しているが、この老人には本書よりも『老人党宣言』(なだいなだ著)のような残された世代の役に立つような行動を示唆する本をお薦めしたい。
あくまで仮説なので、これを容れるも容れぬもあなた次第 この本は、自分の人生、なんてついてないんだろう、とか、正直者は損をする、とか、なぜ私だけがこんなひどい目に遭わなきゃいけないの、なんて思っている人が読むと心持ちがすこぶる楽になる。
人間というのものは、自分が生まれて来たい親を選んで生まれてくる。生まれてくる前には、とかく窮屈で思い通りにならないこの物質世界での、自らの魂の成長の為の人生設計書を書いて、そしてソウルメイトに敢えて悪役になってもらったりして、人生の幾多の大きな、小さな困難や試練を乗り越えて魂を成長させることを大きな目的としている。従って、いろんな困難や苦労があっても、それは自らがプログラミングしたことであり、それらが人生の局面局面で出てくることは既定路線。極めて順調なことなのだ。だから試練や困難は自分を成長させる学びの種であり、死ぬまでそうやって魂を成長させ、死んだ後は平静で喜びに満ちた、時間や空間の概念に囚われない世界に遊ぶことができる。そこでは死んでしまった懐かしい人たちにも会える。むしろ僕たち私たちはそういう平静に満ちた世界からわざわざ今生の世に修行に来ているのだ。
飯田先生はこれを「仮説」だとおっしゃり、決して「真理」だなんていうつもりはないので、縋りたい人だけが縋る杖として、精神が疲れた時にのむ家庭の常備薬として使ってもらえばそれでよいとおっしゃる。先にこういわれちゃ、この本や飯田先生を「オカルト的だ」と言って責めることもできまい。戦略的に飯田先生の勝ちなのだ。最近読んだ、竹内薫氏の「99%は仮説」という新書に、科学の科学たる所以は反証可能なことにある、と書いてあった。とかく本書のような内容はオカルトチックであって科学的ではない、と論難する人がいるが、科学は反証可能性が必要故、こういう世界がないという反証を出せない人が科学の名の下に斯かる世界を論難するのは可笑しい。
息子が生まれた答えがみつかった。 子供が難病を持って生まれ、心臓、知能に障害があります。このことが受け入れられなくて、廻りの人のアドバイスが素直に聞けなくて苦しんでいたときに出会った本です。この苦しみは「私のエゴ」にしかすぎないという単純な答えに気が付かせてくれました。ただ、気持ちにも波があり、この本が全て助けてくれるとは限りません。時には「綺麗事過ぎる」と思うこともあり、気持ちが落ち着けば何度も読み返す。そして、大切なことに気が付くための本であると思います。
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[ 文庫 ]
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死に至る病 (岩波文庫)
・キェルケゴール
【岩波書店】
発売日: 1957-01
参考価格: 630 円(税込)
販売価格: 630 円(税込)
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・キェルケゴール
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カスタマー平均評価: 4
これは、難儀ですね・・・ この度、まんがで読破シリーズで刊行されましたので、
こちらを先に読んだ後に、原文に触れる意味で購読してみました。
想像以上の難解さです。
というか、自分のような素人にはまず用語の理解が大変でした。
当時ヨーロッパを席巻していた、ヘーゲル哲学の知識がまず前提とされているのでしょうが。
また、教化のための書であると著者も断わっていますが、たしかにキリスト者でない私には前提知識がないので、その点も理解が進み辛い要因だとは思います。
そこで、インターネットを参照しつつ読み進みました。
内容がそこそこ理解できるようになると熱中して読み進められます、が、真の意味を認識できているわけではないのでしょう。そんな自己には絶望ですが、だからこそ面白い。
ただ、二章まで読み進める気はないですね・・・
訳がしんどいので、長い時間をかけてゆっくりどうぞ。 19世紀におけるキリスト教的世界観の批判書としては、まあまあ面白かったです。
この本が書かれた1849年辺りから第一次対戦までの間に近代的な世界が大西洋の両岸で作られました。
その核は、キリスト教全能主義に代わる資本主義万能思想(その対抗馬としての社会主義もその一部として考えると)でした。
この本は、その、キリスト教から資本主義万能思想への移行に一役買った本という意味で、これまでは意味があったように思います。
資本主義の屋台骨が折れかかっている2009年現在、この本を資本主義万能思想から何かへの移行のためのヒントを探すために読む、ということができるかもしれません。
まー、いずれにせよ、訳がしんどいので、長い時間をかけてゆっくり読むことをお勧めします。
絶望する者よ、キリストのもとに来たれ まず本書の内容を要約する(以下、頁数は1957年改版による)。「死に至る病」は、身体における致死性の病等のことではなく(15-16頁)、「精神における病」である(20頁)。だが精神における病といっても、いわゆる「とても落ち込んでいる状態」を指すのではない。そうではなく、人は自分自身と神とに立ち帰っていないことによって、この病に罹る。もし人が真に自分自身と神とに立ち帰っているならば、この病から完全に解放されている。
ところで、「自分自身と神とに立ち帰る」とはどういうことだろうか。新約聖書ルカ伝15:11-32に、「放蕩息子」というキリストの譬話があるが、以下、その内容に沿って説明を試みたい。この譬話で注目すべきは、放蕩息子は「自分自身に帰って」(15:17)おり、なおかつ「神に立ち帰って」(15:18)いることである。精神たる人間は、自分自身に関係する、自己意識をもつ存在である(20-21頁)。同時に永遠への意識を持つ存在である(旧約聖書 伝道の書3:11、20頁他)。そこで虚無感や、あのことこのことについての絶望は、実は絶望の根本原因ではないことに思い至らなければならない。根本原因は、人が永遠なる神から離れており、なおかつそのことの重要性を認識していないことにある。ゆえに人は絶望し、死に至る病にかかっている(ルカ15:17)。そこで人は「自分自身に帰って」、自分が「父の子」であることを思い起し、父なる神の元に立ち帰らなければならない。そうするときに、絶望から完全に解放される(22-23頁、215頁他)。
最後に、私自身の感想を記す。私自身、著者キルケゴール同様に虚無に苦しんだ。そしてキルケゴール同様に、虚無の癒しはある、そしてそれはキリストの元にのみあると信じる。自身の感じた虚無感は、神から離れている、という絶望の自覚症状の表れに過ぎない。神には一切が可能である。自分自身に立ち帰り(悔い改め)、神に立ち帰る時(信仰をもつとき)、一切の絶望が癒されると信じる。
絶望の定義 絶望がいかに死に至るか、一部は向かう。
二部で、絶望が罪である事を弁証法的に、展開する。
一部のあたりから、軸のぶれを感じ、最後にかけて、神と人の関係を説いている。
☆を三つにしたのは、その展開を釈然と受け入れられなかった。
もちろん、話の展開が良く、鋭い洞察を感じるのだが、如何せん軸のぶれが
最後までもたげた。
キリスト者を目指すための書 本書が名著であることは間違いない。それは誰でも読めばわかることである。しかし、本書を哲学書として分類すると、誤解することになるだろう。キェルケゴールは、まず信仰の人であり、キリスト者であることを望んでいた。本書もそのために書かれたのである。どの文を読んでも、彼の信仰への熱い情熱と、社会への鋭い批判が伝わってくる。
《キリスト教は、この個体的な人間が(したがってすべての個体的な人間、彼が日常どんな人間であろうと問題ではない、――男・女・下女・大臣・商人・床屋・学生等々)、この個性的な人間が神の前に現存していることを教える。彼がその生涯にたった一度でも帝王と話したことでもあるとすればおそらくそれを誇りとするであろうところのこの個体的な人間、もしも彼が少しばかり高貴な地位にある誰彼と親しい関係にでもあるとすればそれを少なからず得意とするであろうところのこの人間、――この人間が神の前に現存していて、彼の欲するいかなる瞬間にも神と語ることができ、そして確実に神から聞かれることができるのである、要するにこの人間に神と最も親しい関係に生きるように申し出られているのである!》
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[ 文庫 ]
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スモール イズ ビューティフル―人間中心の経済学 (講談社学術文庫)
・E.F. シューマッハー
【講談社】
発売日: 1986-04
参考価格: 1,260 円(税込)
販売価格: 1,260 円(税込)
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・E.F. シューマッハー
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カスタマー平均評価: 5
そろそろ原点回帰の時がきた。 もしも教育というものが今ただちにできることから人の目をそらすものならば、
それは果たして教育の名に価するのか。
まず、電気とセメントと鉄鋼がなければ、なにごとも手を付けられない
とわれわれに考えさせる原因は何なのだろうか。
この世に生を享けた人はだれでも、手を動かして生産的な仕事をするのが
ごく自然の姿であり、またそれは知恵さえあればできることだという感覚を
取り戻すならば、私は失業問題は消滅し、やがてやらなければならない
すべてのことをするにはどうしたらよいかという、
次の問題に取り組めるだろうと思っている。
この部分には、本当に答えを得た気がした。
倫理の無い発展なんて・・・ より大きいもの、より高いもの、そんな価値観に支配されている現代人への警告。
この書が書かれた頃から、顕著になっていた、巨大信仰、成長神話。企業規模の拡大、開発と成長の経済、不経済なことはは悪いこととする世論。
より新しいものを、より大きな資本で用意し、より少ない労働力で、高利を得る。そこに、人間の顔は見えない。
身の丈の開発、身の丈の技術、それを選択する自由。労働は苦役ではなく、喜びである、そんな社会システムが作れれば・・・。
著者はここに、倫理、という言葉を持ってくる。キリスト教徒である著者は、本来なら、信仰、と表現したかったのかもしれない。
知恵、節制、勇気、正義。
「悪いことこそ役に立つ」といった、競争、自然淘汰、適者生存の、ケインズから来る思潮を憂い、倫理教育、形而上学の大切さを説く。
『ドイツ的質実』 経済学者の父を持つ、14世紀以来の名家に生を受けたE・F・シューマッハ―(1911-1977)の主著が本作である。発表されたのは1973年であり、その後、本書によって問題提起された「エネルギー危機」が、「第一次・第二次石油危機」として現前のものとなった。こうしたことから、本書は一躍ベストセラーに押し出され、『現代の預言者』(解説より)と崇められた。その後、危機が去るとともに、熱狂も収まったようである。この書物の受容経緯から、小生は、うがった見方かもしれないが、「主張さえも流行として消費する」ムーブメントを感ぜずには居られない。経済学者の批判がこのようになるとは、悲しい皮肉である。
ともかく、本書は流行に乗る高速船として仕立てられたものではなく、しっかりと打ち込まれた杭の上に立つものである。それは『人間中心の経済学』というサブタイトルからも、少し窺えるだろう。
本書の構成は、細分すると5部に分かたれる。第一部『現代世界』というタイトルで、経済学のあり方を、自己批判も含め述べている。第二部は『資源』問題について。具体的には、エネルギー資源、土地、教育などである。第三部は『第三世界』についてであり、本書の大きな主張の一つである『中間技術』について述べている。第四部は『組織と所有権』と題し、企業組織を考察の俎上にあげる。最後に『結び』で全体を概観する。
上記構成各部を見て察しのつくように、現在解決された問題は余りなく、時を隔て同じ問題が、異なる姿形をとって現れているともいえよう。注目すべきは、30数年を経ても、有効性を持ちつづけている論考であるということである。しっかりした思想基盤が、それを可能にしているのだろう。
読みやすい文体、そして注釈と参考文献もきちんと掲げられている。ぜひ一考に付して貰いたい書物である。
大いに推薦
経済活動のバイブルとして 現代の日本で一般的な暮らしを営む以上、我々はお金や「経済」と無縁ではいられない。この本は我々がいかに経済活動を行うべきかに対する、すばらしい指針と示唆を与えてくれる。会社の経営のみならず、人の集まりや組織の運営にもこの本の理念を活用し実践し活かすことで、またそういう人々が一人でも多く増えていくことで、この社会全体がすこしはマシなものになっていくのではないだろうか?人と人との係わり合いと経済活動との密接な関係を明快な論理で展開してくれるシューマッハ、すばらしい。20世紀の偉大な知的遺産である。
これを読まずに”エコ”は語れない!! 映画『もののけ姫』では人と自然がともに生きる道はないのか?ということが主なテーマとなっていたと思いますが、人間が人間らしく活動的に生きることと、自然を守っていくことは相反することでしょうか?本書はこの疑問に回答を示している、とまではいえません(それは「拡散する問題」ですから)が、このような疑問を持った方は一読されることをおすすめします。本質的に何が必要で何が問題か、少し方向性が見えてくると思います。 また、環境問題についてはより根本的で具体的な改善への途が示されています。というのも、本書の著者は現実に基づかない経済理論に飽き足らず、実業界の経験を積んできたという経緯をもつ人物だからです。本書からは著者の経験と信仰に基づく一貫した姿勢を伺うことができます。 間に合わせのエコロジー、間に合わせの人間尊重というフレーズに飽きた方は読んでみると良いでしょう。経済学や形而上学的な考え方が少し難しいところもありますが他の資料を参照しながらでも読む価値はあると思います。
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[ 文庫 ]
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原典訳 チベットの死者の書 (ちくま学芸文庫)
【筑摩書房】
発売日: 1993-06
参考価格: 1,050 円(税込)
販売価格: 1,050 円(税込)
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カスタマー平均評価: 4
教養書 死者に語りかける死後の世界のガイドですが、まず、この思想に感激します。自分がいつか死んでしまう前にこの知識に触れることができただけでラッキーかな、と思います。具体的な内容についてはまるでおとぎ話のようでもあり、深遠なインスピレーションを感じるヒントになります。
仏教に疎い私は専門用語がたくさん出てきて理解に苦しみましたが、大陸を渡って日本に仏教が訪れたこと、日本がアジアと繋がっていることを強く感じさせてくれました。教養としておすすめの本です。
釈尊のご観覧された解脱への道程について 本書は大変よく詳述されており、物語性、読みやすさ、そして注釈とも、もちろん理解度は個々人に依存しますが、訳者は素晴らしい仕事をされたと思います。さて、釈尊の教えを、私なりに理解する所では、大きく以下の三つになろうかと考えます。1)ものには実体はなく、すべては移り行く、2)すべては因果により起こる、そして3)無執着と涅槃への解脱の意義、です。本書のストーリーにはこれらすべてが内包されており、釈尊の語られたことはまさしく真理であると頷けます。とはいえ、私にはどうしても腑に落ちない事があります。本書にあるような、とてつもなく恐ろしい経験(これは意識による実体のないものなのですが)を経ずには、死後、果たして”解脱”できないのであろうか、という事です。すなわち、釈尊もやはり同様の経験をされ、それを悟られたのちに、”もはや解脱=輪廻転生することはない”とおっしゃったのか?もしそうだとすれば、解脱から涅槃へのまさしく方便として、上記3点を衆生に説いてきかせた理由が容易に理解されます。”私が悟ったことをみなに説いても誰も理解できまい”として、釈尊は当初、自身が悟られた“真理”を下々に説くことを確かに拒否されました。一転してそれを説かれるようになる経緯は、原始仏典にかかれてあるとおり、神の説得を諾されてからです。本書にあるような過程を、真理への過程でご観覧されたのだとすれば、私ども凡人の到底理解するところではないという釈尊のご判断は正しかったのです。泰斗中村元先生が推薦文を付与されたという事実は、本書の明々白々な意義を呈示しています。が、しかしながら、釈尊が悟られた”真理”と、本書にあるそれとの間には、私が埋め得ない“ギャップ”が厳然とあり、それ故に“腑に落ちない”のです。いずれにせよ、私自身のさらなる学究が必要なことは確かです。
**チベット死者の書の決定版** 「チベット死者の書」(バルドトゥドゥル)は、他にも2−3翻訳がありますが、この本を別にすると英訳からの翻訳で、ある程度、仏教思想の心得のある人が読むと、かえって理解しづらいものです。しかも英訳には、誤訳が多いといわれており、いい意味でも悪い意味でも、原典を伝えていないようです。私は、この本を読んで、別の翻訳を読んだ時、感じたもやもやがすっきりしました。もし、「チベット死者の書」を読もうとされるなら、まず、この本からスタートされることをお薦めします。
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[ 文庫 ]
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「世界の神々」がよくわかる本 ゼウス・アポロンからシヴァ、ギルガメシュまで (PHP文庫)
【PHP研究所】
発売日: 2005-12-02
参考価格: 680 円(税込)
販売価格: 680 円(税込)
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カスタマー平均評価: 4
初心者さんへの入門書 ギリシァ・北欧・クトゥルー・ケルト・インド・メソポタミア・エジプト神話に登場する神々を取り扱った本です。
たまにマイナーな神様が載っていたりしますが、本書含むこのシリーズはオーソドックスで馴染み深い文化圏を扱っている為、そのほとんどは既知であることが多いです。
当然ながら個々の神様、神話となると専門書に負けてしまいますし、マイナーな文化圏の神様、神話を探すことには向いていません。
ですが、大まかなエピソードや主たる存在は紹介されていますので、初心者の方にはお勧めの一冊です。
買う前の注意点 『「天使」と「悪魔」がよくわかる本』と読み比べてみると、希に被っている項目があったりします。
恐らく、地域によって「神」として伝来していたり、「天使」や「悪魔」として伝えられている等の差があるからだと思います。
また上記の通り、発祥が同じなのに、地域によって異なる伝わり方をしている神様がいます。
そのような場合、地域によって神話やその性質がかなり異なっていたりするので、そうした類の神々は説明を省かれていることがあります。
なので、「何でこの神様はこんな説明が少ないんだろう?」と思うような項目は、説明するほどの資料がなかったか、或いは地域によって中身が変わりすぎているので、宗教的なことを考慮して書くことが出来なかったか、などの理由が考えられると思います。
詳しく説明しているものもあれば、ちょっとしか説明のない項目もあるので、購入する際はその点も考慮しておくと良いかもしれません。
イラストが大ヒットですわ 子供の頃にイラスト付きの「日本神話」や「ギリシア神話」をワクワク読んでいた感覚を思い出しました。この本、一時期そこらじゅうで面出しになってましたよね。出版社さんにとってもサプライズロングセラーではないでしょうか。売らんかなよりも編集さんの情熱が感じられる本が結局売れるのは見ていてこちらも嬉しい。もしかしたら私の知らないサブカル世界で神様ブームや神話ブームが起きているのかもしれませんが(『エヴァンゲリオン』とか、ゲームとか)、PHP文庫からこういう本が出るのはなんだか愉快です。何故にクトゥルー神話が入っているのかは不思議でしたけれど。編集さんがマニアなのか。
まずイラストが美しい。美男美女の神様たちの絵にウットリします。こんなささやかな文庫本にこんな美麗イラストがたくさん掲載されているのだから手に取って「おお!」となり思わずレジへ。絵の力であれよあれよと各国の神々の初歩的な学習が出来てしまうのですから、美味しい一冊。解説は簡略ですが、各国神話の奇想天外さや不気味さは大したもんだと感心します。人間の想像力やグロテスク趣味、象徴形成能力というのはとてつもない。こういう豊穣さは、神話学やらなんやらで「解体分析」なんかしなくてもよろしい。私は三島由紀夫の「形あるものの表面を剥がしたがる最近の風潮には嫌悪を感じる」という言葉に大変に共感します。
イラストがカラーだったらもっと良かったな?、というのは望蜀の嘆にしても、しかし繰り返しますが、マヤ、アステカの神が登場せずに創作神話であるクトゥルーが取り上げられるとはナニゴト!?、という他のレビュアーさんの文句には賛成ですね。第二弾を出して頂きたいです…とか言っていたら、本書ヒットの勢いで第二弾、第三弾としっかりシリーズ化されておりました。
どこらへんが世界なわけ?! なんで「世界の神々」にマヤ、アステカなどの神々が入らず、クトゥルーが入るのか理解できん。
ラヴクラフトと彼を崇拝する集団による文学体形を否定するわけではないし、神々などといっても所詮は人の空想といってしまえばそれまでなんだが。
ギリシャ、北欧、ケルト、インド、メソポタミア、エジプト、ここまではわかるのよ。
なんでこの次がクトゥルーなんでマイナーなもん持ってくるかな。まるで書きやすさだけで選んでいるよう。
文系のちょっとだけ神話を知ってます、文学かぶれです、という人物を集めて文章を書かせましたというレベル。
気になるのが、参考文献からそのまま文書を持ってくると悪いと思ったのか、名詞などの「単語」を類義語に置き換えて書かれている点。
神話だのなんだのを調べると必ず出てくるのだが、訳者が同義語に置き換えてしまったために属性が変わってしまったり、スペルミスから他と混同されたり、という歴史的事実をキチンと認識しているのであれば、こういう初歩的で私的な変換ミスってないと思うが。やるとしたら原点に戻ってこの単語は本当に使おうとしている言葉の意味を持っているのか、など、調べると思うんだがね。参考図書を見る限りではそういうこともなさそうだし。
このシリーズに何度も書いているけれど、アトラスのゲームの方がよほど詳しいし調査が行き届いてます。
広く浅く安く・神話ファンは必携 この本は、世界の諸神話の神々と、代表的な英雄(英雄は通常、神の血を引いている)の図鑑です。ギリシャ、北欧、ケルト、インド、メソポタミア、エジプト、そしてアメリカ人による創作神話であるクトゥルー(クトゥルフ)神話から収録されています。なお、日本神話の神々の図鑑は別冊で出ていますし、唯一神は図鑑に載せるものではありません。
各神話につき、特に有名な3柱ほどが丸々1ページのイラストと3ページにわたる解説で、かなり有名な5柱ほどが半ページのイラストと1ページ半の解説で、それほど有名ではないが決してマイナーではない7柱ほどが1ページの解説で、紹介されています。コラムでは、神々の武器、美しい女神、南北アメリカ大陸先住民の神話など、興味深い話題が触れられています。
収録されている神々の1人1人の情報量はさほど多くなく、神話についてちょっと年季のある方ならば、むしろ知っている情報の方が知らない情報よりも多いかもしれません。当然ながらイラストは白黒です。しかし、それでも情報量は、文庫本であることを考えると信じられないぐらい多く、お買い得感があります。イラストも、カッコよく書かれていて現代人の感覚にも抵抗なく受け入れられます。
ただ、私個人としては、創作神話であるクトゥルー神話を収録するぐらいなら、実際に人々に信仰されている中国やゾロアスター教(現在、信仰の中心はイランではなくインド)の神々を載せてほしいと思いました。また、北欧神話の固有名詞のカナ表記が英語の発音だったり古アイスランド語(エッダが書かれた言語)の発音だったりして、統一感がありません。また、収録されている神々の選別は、あくまで「最終的に固定された体制」に基づいています。よって、相当に有名でも、ギリシャ神話では物語から姿を消したガイアやクロノスは載っていませんし、インド神話では現在の創造・維持・破壊の3柱に主導権が移る前に主神クラスであったヴァーユやヴァルナが載っていません。まあ、これらを差し引きしても、星5つ分ぐらいのクオリティーはあるでしょう。
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