この本で、人間の意志や行動がいかに現実に影響を与えているか知ることができました。読んでおいて損のない本だと思います。文句なしにお勧め!
著者が哲学者だからか、哲学的アプローチでの言葉の解説が目立つが、だからといって難解な文章ではなく、比較的平易な文章で綴られている。
『日本語チェック2000辞典』(樺島忠夫等編)とともに、大学入試の現代文や小論文対策に大いに活用できる。 大学入試対策だけでなく、目次を読んで興味のある言葉があったら、その言葉について深く知るために本書を読むのも良いと思う。
ソレデハ… 小論文の力を強化したい方に大学の受験勉強(小論文)のために、本書を手にしました。
正直、その文章は難解な箇所も多くあり、受験という目的がない方によっては「とっつき難い」と思われる内容だと思います。
しかし、アイデンティティーや構造論、女性原理などの項目は哲学的に深いアプローチがなされており、その意味を理解できれば、
自分の物の見方、考え方が非常によくまとまってきます。そうして身に付いた考え方は、私生活にも大いに生かせます。
受験生でない方の場合、じっくりと本を読む覚悟がある方には、オススメ。そうでなく、哲学的な考え方にも興味がない場合は、宝の持ち腐れとなる場合が多そうです。
そして受験生にとってはどうか?
人文系、芸術系の上位大学を受験される方で受験科目に「小論文」がある方には、必須のアイテムと呼べるほど、頼りになる書籍です。
小論文の参考書を卒業すれば、この書籍にたどり着いて下さい。 たまには頭の掃除を日本を代表する哲学者中村雄二郎さんの「術語集」(1984年)の続編。哲学とは学問に関する学問であると習った記憶がありますが、様々な分野における知の営みをあたかも気まぐれに切り取ってきて、日常的で平易な言葉でかろやかに意味を与えていくさまには眩暈を覚えるようです。
たまに短時間浮世をシャットアウトして頭の掃除をしてみたい時に最適です。4年前の古い本ですが、簡単に古びる内容ではないので、今でも十分楽しめます。
しかし、残念なことに、ろくに(古典)アラビア語の知識がないにも関わらず、その勢いある日本語文体を敬遠して「聖典たるもの荘重たるべし」との判断からか、井筒版を避ける専門家や読書人が多い。これは、コーランどころかイスラームを「西欧的あるいは日本的」な意味での宗教に押し込めようとする態度でしかない。結局はアラビア語原文のよさにおいてしか正しくコーランを「体験」できないとすれば、あとはその紹介者がどれほどコーランとイスラームを理解しているか、そしてそれを正しく表現できるかにかかっている。その点で井筒を超える専門家がいたかどうか。専門筋に聞いてみたいものである。そして井筒版に問題があるならば、井筒ほどに釈義書も読み込み日本語力を身につけてから、どうどうとその問題点を指摘し、井筒版ではなくて別の版を取るという姿勢とってほしいものである。井筒とて、最初の出版をその後の研究を経て書き直しているのであり(現出版は「改版・改訳」と位置づけられる)、決して雑な仕事をしていたわけではないのだ。コーランから何かを語ろうとするなら、その位の労力を惜しむべきではない。井筒版を使え、というのではない。井筒版を使わない理由をおざなりに口にするべきではないということである。
評者は別に井筒の仕事を無謬と言っているのでもない。ただ、もし私が若いころ井筒版でなく、別のコーラン解釈を読んでいたなら、今のようにイスラームに魅了されることはなかっただろうと断言できる。
だから、こういう本を読む時はいつも「自分こそ、この『困ったちゃん』になってないかな?」と思って読みます。
ものすごく、細かいところまで書かれてて、そのどのタイプにも、ちょっとずつ自分も当てはまりそうで、反省しながら読みました。
ちゃんと自分を持ち、いけてるか・いけてないか自分で判断できるようにし、八方美人にはならず、でも、単なるわがままではなく、言うべきことや言ってあげたいなと思うことは、伝え上手な人間を目指します。
ありがとうございました。