また、魂の向上の方法として、瞑想の大切さを説いています。瞑想は、神、ガイド(守護霊)、自分を感じることができる、唯一の方法です。私も、著者の瞑想本を買って、これから取り組みたいと思っています。 理系の人達の著書では星3つかな読み終わったが、自分の中に残るものがなかった。著者はCDを共同開発した人だが、超常現象に幼い時から興味があった人だ。読んでいて宗教色があるなと思った。「スマイル行」「想念の行」や瞑想法で否定的な感情をはずすことがいかに人生にとって大事かということが、この本で一番言いたかった事で、宇宙の愛を感じるのがいいのだそうだ。同じ系統の本で飯田史彦の「生きがいの創造」、村上和雄の「生命の暗号」があるが、そちらの方が面白いと感じた。 あるがままを科学の眼で著者は非常に高名な工学者・技術者でありながら、超常現象にも偏見を持つことなく科学者の眼を保ちつつ接し、実践している方で、その公平な態度と深い造詣には感服いたしました。
工学畑の方が書いた超常現象の本と言うと、いい加減な仮定と聞きかじりばかりを羅列した深○さんなんかのをすぐ思い出して、正直、天外氏の著作にも今まで手を出さずに来ていたのですが、この著作は「あるがままに生きる」ことでどうして素晴らしい人生が得られるのかを、工学者の立場から納得させてくれました。
もちろん、取り上げられている「宇宙ホログラフィ」理論も、ユングの集合的無意識理論も、いずれも証明の不可能な仮説でしかない。でも、個人的主観としてそれが正しいと信じられる人にとっては十分なんですよ。文庫化されていて今回買いました。もし、これが文庫化されていなければ私はこの本を読むことは無かったかもしれない。サンマーク出版さんのこの英断に拍手を送ります。
佐伯先生は、ニーチェの哲学に、真っ正面から取り組んでいらっしゃると思います.
わたくしの知る限り、ニーチェの哲学を否定するのは(頭のいい人には)実にやさしいことのようですが、佐伯先生がおっしゃいますように、ニーチェの提出した問題(ニヒリズムの問題)に取り組み、それを乗り越えることは、どんなに頭のいい人にも、非常に難しいことです.
特にいま、この国で、ニーチェの哲学に取り組むことは、非常に難しいことになっているとわたくしは思います.
それと申しますのも、現代は、あまりにも経済の問題(グローバリズムの問題)が強すぎ、それを棚に上げておくということができませんので、哲学だけではなく、同時に経済や、政治についても語らねばならないのですが、そうした「量」の問題のみならず、我が国には、戦後日本の独特の思考土壌というものがあるからです.
これをご覧くださっている読者さんのなかには、ひょっとしたら、ニヒリズムを乗り越える手だてを考えつくことのできるかたもいらっしゃるかもしれません.
本日ご紹介いたしました本は、ご思考の一助になるかと存じます. 自分のメールマガジンより抜粋いたします.前世紀後半に成立した知の文脈は、ニーチェの哲学に真っ正面から取り組まなくてもよい形になっており(@そこが、わたくしをして「不毛感」を抱かせる最大の原因なのですが)、現在ニーチェの哲学に真っ正面から取り組んでいる人々はわたくしの知る限り在野にしかいないのですが、佐伯先生だけは例外で、現在、京都大学で教鞭をとっていらっしゃいます.
本日ご紹介いたしました本は、ご思考の一助になるかと存じます.
以上のようなこともあって、本書を手にする前に、あらかじめ手頃なカント入門の本を最低一冊は読んでおくことをお勧めしたい。
内容理解のためにもう少し付け加えておくと、本書は本論の最初の部分においてまず大まかな結論がなされていると言える。つまり、読んでいくにしたがってその理論の正しさが証明されていくというスタイルで書かれているのである(『純粋理性批判』はまさにこの逆のやり方で書かれている)。このことは結局のところ、一番始めで最もつまづきやすいが、そこを超えれば比較的楽に読み進められるということを意味している。
『純粋理性批判』の対象が「形而上学」であるならば、『実践理性批判』は「道徳・倫理」の書であると言える。道徳観に焦点が当たる限り、本書は不朽の名著としてこれからもその光彩を放っていくことだろう。