他方、常日頃から、古典落語が現代に通じるか、将来継承されるか、お悩みの発言も聞いております。
ご自身のご病気や古今亭志ん朝師匠の急逝などで、あせっておられるのが、行間から伝わってきて切ないです。
大丈夫、家元は不死身ですから。 余裕綽々と古典落語をどう伝えるか、お考え下さい。 現代世界に生きる談志のロジック古典落語を現代化する。そして現代人にそれを語って聞かせ、衝撃を与える。これが談志のライフワークだ。この本ではその方法論が本人によって解説されている。落語論であるが、実は他の分野にも応用のきくテクニックが満載されている。伝統文化を、その核を壊すことなく再生するために、物語を修正し加筆することで、より完成度の高い作品を創作するために、言葉で人を笑わせるための基本的な技法を修得するために、本書は必ず役に立つ。そして悲惨な現代を気楽に笑顔で生きぬけるように。人間の業を肯定して、さらにはもっと深いイリュージョンの世界に到達するように。
ラストの寂寥を是非味わってください。 ほんの少しの歪み。そして、狂気。平山夢明氏は怪談本の方が有名なのかも知れない。だからこそ、この『メルキオールの惨劇』を読まねばならないと思う。怪談だけが平山夢明ではないのだ。
氏の書く物語は何故だか気持ち良い。
著者紹介などには『生理的に〜』云々あって、手を出したがらない方が多いだろう。だが、私にとって、そんなことはない。
先に読み進んで、物語が終わる事が寂しいとさえ思ったのである。
全体的な感覚は無国籍/無軌道/無遠慮だろうか?読んでいて、にやりとしてしまう。ごそごそっとした感触はささくれた心にがちり、とハマるだろう。
星4つの理由は、もう少し続きがあればなぁ…であったのだが、実は続編の予定有りとの情報も入って来た。
凡百のベストセラーなんぞ読んでいる暇があったら、こいつを読め!そして、自分の歪みと狂気を感じとろう。
ただザコモンスターや登場キャラクターは全て掲載されていますので、実際のプレイのついでに、それを見て楽しむ分には良い一冊になると思います。
第一章は、尾崎と著者(=須藤氏)との出会いから、『誕生』リリースまでの両者の関係をできるだけ客観的に振り返ったものです。示唆に富むものです。第二章は、『誕生』リリースにさいして、1990年11月と1991年4月に尾崎と著者とのあいだで行われた二つの対談の記録です。直感的・断片的な発想の応酬というところがあるので、あまりわかりやすいとは言えません。第三章は、著者による自分自身と詩・音楽とのあいだの関係についての回顧、そして尾崎から聞いた「幻の少年」という小説の構想の記録です。第四章は、1985年ごろ尾崎から受けた印象についての断片的エッセイ、著者が1991"BIRTH”ツアーにライヴ・レコーディング・ディレクターとして同行したさいの記録、そしてそのほかです。尾崎がどれほど『誕生』というアルバムを引っさげた1991“BIRTH”ツアーにアーティスト生命を賭けていたかがよくわかります。第五章は、著者が尾崎の死を知ったときから尾崎の生と死の意味を整理するまでに書いたエッセイを集めたものです。
東京大学文学部英文学科で二十世紀のアメリカ現代詩を専攻。尾崎の詩人としての才能にほれ込み、育くんだ須藤氏のエッセイはやや直感的・断片的に物事をとらえていくので、「尾崎豊とは何か、誰か」をわかりやすく解説してほしい方々にとっては煙に巻かれたような歯がゆさが残るでしょう。それでも、須藤氏だからこそ発見できた尾崎の詩と真実がここにあることも否定できません。カヴァーデザインと最後に寄せられた文章は、『十七歳の地図』からずっと尾崎作品のジャケット・デザインを担当しつづけたアート・ディレクター、田島照久氏によるものです。