著者は、1965年にユング派の精神分析家の資格免許をとった。そこに至る資格試験のエピソードを、資格に対する考え方を含めて、「ユングに出会う」という章に書いている。著者の非常に重要な転機を知ることができる。
日本人である著者は、西洋と東洋、あるいは西欧と日本についての共通と相違に否応なく直面し、この著作で問題を提起した。心理療法を行なう実践の場から、登校拒否症や対人恐怖症が日本で顕著に見られるのはなぜか、ということを理論的に探究し解き明かしていく。日本の特徴のひとつとして、「わが国の場合は、母性原理に基づく文化を、父権の確立という社会的構造によって補償し、その平衡性を保ってきた。父親は家長としての強さを絶対的に有しているが、それはあくまで母性原理の遂行者としての強さであって、父性原理の確立者ではなかった」が挙げられる(母性原理や父性原理、補償の意味は著作にあたられたい)。このような構造の中で、いろいろな問題が出て来ている。答えについては著者は明言を避け、日本の神話や、夢、物語によって隠喩的に語っている。
安易な答えはないのかもしれないが、著者が提起した問題は重い。出版後、約30年を経過して、日本の状況はある面ますます悪化しているように思え、さらに答えは未だ見出せていないようにも思えるが、著者は現在どうように考えられているかを知りたい。 読みやすい文体。河合さんの著した殆どの本は、高校生にも読める簡易な文体で書かれているのが特徴です。この本も然り、とっつき易いです。内容は、西欧と日本人の持っている自我の違い、永遠の少年(概して大人になりきれない日本人)が大人になるためのイニシエーションの必要性などについて書かれています。 その中でも、能力主義と平等主義について書かれている部分がありますが、今読んでも約二十年前に書かれたものとは思えないくらい、全く時代遅れを感じさせません。真実はまかり通るもの、と山田詠美さんがどこかで書かれてましたが、河合さんの書かれる著作は、いつも、そういう感じを与えてくれます。