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どうせ死んでしまうのに、なぜいま死んではいけないのか? (角川文庫) 永遠平和のために/啓蒙とは何か 他3編 (光文社古典新訳文庫) 「A」―マスコミが報道しなかったオウムの素顔 (角川文庫) ギリシア・ローマ名言集 (岩波文庫) 常識として知っておきたい世界の三大宗教──歴史、神、教義……その違いが手にとるようにわかる本 (KAWADE夢文庫) 翔太と猫のインサイトの夏休み―哲学的諸問題へのいざない (ちくま学芸文庫) 言語の脳科学―脳はどのようにことばを生みだすか (中公新書) 純粋理性批判 上   岩波文庫 青 625-3 夢判断 上   新潮文庫 フ 7-1 悪人正機 (新潮文庫)
どうせ死んでしまうのに、なぜい.. 永遠平和のために/啓蒙とは何か.. 「A」―マスコミが報道しなかっ.. ギリシア・ローマ名言集 (岩波.. 常識として知っておきたい世界の.. 翔太と猫のインサイトの夏休み―.. 言語の脳科学―脳はどのようにこ.. 純粋理性批判 上 岩波文庫.. 夢判断 上 新潮文庫 フ .. 悪人正機 (新潮文庫)

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どうせ死んでしまうのに、なぜいま死んではいけないのか? (角川文庫)

[ 文庫 ]
どうせ死んでしまうのに、なぜいま死んではいけないのか? (角川文庫)

・中島 義道
【角川グループパブリッシング】
発売日: 2008-11-22
参考価格: 460 円(税込)
販売価格: 460 円(税込)
どうせ死んでしまうのに、なぜいま死んではいけないのか? (角川文庫)
中島 義道
カスタマー平均評価:  4
特効薬もないことはないですけど…
自殺をする主に「若者」へ向けて中島先生が語った直球といえる一冊。 先生が子供のころから「いつかぼくは死ぬ」ことだけに苦しみつづけて哲学へ行ったこと、同じ悩みを持つものは「哲学」以外に救いはないことが語られる。 「自分の意思でなく生まれさせられてあっという間に死ななければならない」ことについて、全く同じことを先日TVで南直哉という禅僧が言っていた。 このお坊さんの場合は、同じ悩みで仏教に行って、そこに何かを見出したらしい。禅僧で妻帯しているのもどうかと思うので?マークはつくけれど。 中島先生は哲学者なので「哲学以外にはない」と自らの経験から断言されるわけで、先生からすると南さんのような禅僧は「邪道に流れおって。軟弱者が。」という扱いになるのでしょうか。 私は宗教でも芸術でもそれをやっていればその人が死なないですむようになるのであればそれでいいのだと思いたい。他の何でもダメな人は先生の言うように哲学に行ってみて、先生の言うように一見ネガティブにでもいいからとにかく生きていく、ということが重要だと思う。 ほんとうは「自分はやがて死んでしまう」ということより重要なことはほかにはなにもなくて、仕事とか家庭とかはそのことを考えないようにするためのひまつぶしである。そのことを考えるためだけにとにかく生きてみなさい、と先生は言う。 先生、もうひとつ死なないようにする(自殺しないですむ)特効薬がありますけどもちろんそれは邪道でしょうね。私なんかは全身麻酔で手術を受けただけで即「死にたくない病」になりましたけれど。
「如何に死を迎えるか」が人生最大の問題
 本書の価値は、冒頭の8ページにあると思う。U君、T君、Sさんに対する呼びかけは、生々しくて迫力がある。人生は余りにも辛く、苦しい。しかもそれが死ぬまで続く。では、なぜいま自殺してはならないのか。その理由は無い。しかし、筆者は「きみがいま死んでしまうと、ぼくは悲しい」から自殺するなと言う。これは論理的でなく、感情的である。人生は不条理であることの証明のひとつだろうか。  そして、筆者はもう62歳らしいのだが、自殺もせずにこうして生きている。本書を読んで、生命力の強い人だなあと思った。「あんな屑みたいな本を同じテーマで次々に書いて、ぼろ儲けじゃないか」とか、自殺した人の奥さんからは、「もう、毒をまき散らすような本は書かないでください!」と言われているのに、執筆し続けている。この度胸には感心せざるを得ない。  しかし、《死》を最大のテーマとすることは、古来からの思想家にとって当然である。岩波文庫の『ブッダのことば』でも、「君たちは必ず、もうすぐ死ぬんだよ。だからその前に修行して欲を捨て解脱しよう」と繰り返し語られている。だが、中島義道はブッダの説くような《彼岸》や《悟り》や《涅槃》を信じていないようである。ここがやはり学者なのだなあ、と思った。まだ世俗の枠というものの内側にいるのだ、と失礼ながら感じてしまった。

永遠平和のために/啓蒙とは何か 他3編 (光文社古典新訳文庫)

[ 文庫 ]
永遠平和のために/啓蒙とは何か 他3編 (光文社古典新訳文庫)

・カント
【光文社】
発売日: 2006-09-07
参考価格: 680 円(税込)
販売価格: 680 円(税込)
永遠平和のために/啓蒙とは何か 他3編 (光文社古典新訳文庫)
カント
カスタマー平均評価:  4.5
解説は補足と感想?
翻訳した人が補足として、その箇所に書き入れるのが、恥の文化、つつしみの性格、日本人だろう。後ろに解説にまとめられている。 カントの文章の間に入れてくれればいいと個人的には考える。 解説の中に、感想だろうか話が脱線しそうになる。補足なら補足。感想なら感想。すばらしい文章で、褒め称えたいのはわかるが、もう少し翻訳者の我を出してもいいのではないだろうか。
読めるカント
訳語の問題は確かに他のレビュアーの方々の書かれていること、なるほど、と思わされます。 それはさておきー“啓蒙とは何か”?誰もが読め、誰にでも感銘を与えるという点でやはり永遠の古典と呼んでいい小論ではないでしょうか。 “人間の歴史の憶測的な起源”?小説家ではないカントが唯一残した何やらフィクショナルな論考で興味深いものです。  “永遠平和のために”?これは現代においてこそ、少なくとも(全世界の)大学生必読の作品とすべきものではないでしょうか。 はっきり言って発表当時のヨーロッパ人たちは、カントが提唱したことをまるっきり無視したとしか言えないと思います。 正直、現実政治の場において実現可能とは到底思えないようなことも書いてあります。 果たしてカントは、現代の途方もないテクノロジーの発達や、持てる者(国)と持てざる者(国)との絶望的なまでの格差を予想した上でこれを書いたのかどうかー。 しかし、個人的な損得や“国益”などという政治用語にとらわれることなく、本当に人間が平和に共存するためにはーという命題について良心に問うてみた時、カントの言っていることがたわ言であるーと言い切れる人がいるでしょうか。 読みながら,“そんなこと言ったってー”と、反感を覚えつつも(現代の国際政治を見れば見るほどそんな気になるものです)、その誠実さと深い英知に裏打ちされた論旨にがっちりと心を捉えられてしまうのをどうしようもありません。 スリリングな書物です。 是非ご一読を。
努力は認めるが・・・
読み易いのは確かだ。日本語として練られている。ただ、他のレヴューにもあるように訳語の点で疑問が残る。この書によってカントに興味を持った読者が自分で色々調べるとよいのだが・・・。カントを親しみ易くした功績は認める。カント入門に好適の一冊だろう。
びっくり
読みやすいカントに初めて出会いました。 アホな私にとっては、いままでのカントは一行読めば前の行を忘れているほど難しかったので非常に助かります。この光文社古典新訳シリーズはいいですね! 岩波文庫大ピンチ(?)
再考されるべき翻訳
長谷川宏氏による革命的な翻訳が90年代に次々と出版され、ヘーゲル像が一新された。本シリーズはやや遅ればせながら同じような精神で古典翻訳を進めたものだと思える。しかし大変に奇妙なことは、「理性」とか「悟性」という言葉を使うから哲学が分かりにくく、そういう術語を使わないと分かりやすい、ということが「定説化」していることだ。多分、そう思っている人も、本の宣伝文にそう書いてあったからそう言っているだけで、体験上のことではないはずだ。従来の翻訳が悪かったのは、「術語」のせいではなく、言語構造が異なるのに、「逐語訳」という奇妙な概念を発明して、これに沿っていることが「正」である、としたためだ。術語を駆使しても過去の名訳は名訳だった。ところで本書の翻訳は、大きな問題があるように思える。それは冒頭「啓蒙とは何か」のVernstandを「理性」と翻訳している点だ。これはやはり「悟性」でなくてはならない。カントはその全体系を以ってしても、「理性」=経験を超えて判断する能力、については積極的に語り得なかったのではないか。それゆえドイツ観念論と称する一群の哲学者がこの問いへの回答をもくろんだ。カントの著作を「改釈」して時にカントはVerstandを「理性」の意味で用いていた、というのは新解釈としては勝手だが、翻訳に持ち込むのは問題だと思う。従来の「悟性」=「理解力」とは、違うといいたいのであれば、「理性」ではない、別な訳語を宛がうほうが誤解を与えないと思う。たとえば英国哲学の翻訳で馴染み深い「知性」という言葉を用いれば苦も無く処理できたような気がする。その他については、なるほど読みやすい翻訳である。

「A」―マスコミが報道しなかったオウムの素顔 (角川文庫)

[ 文庫 ]
「A」―マスコミが報道しなかったオウムの素顔 (角川文庫)

・森 達也
【角川書店】
発売日: 2002-01
参考価格: 660 円(税込)
販売価格: 660 円(税込)
「A」―マスコミが報道しなかったオウムの素顔 (角川文庫)
森 達也
カスタマー平均評価:  4
仏教思想とその視点について
既に二つの感想が述べているように本書の立場はオウム側からも被害者側 からも納得できるものではないようだ。即ち第三の立場、「観客」という視点 から描かれているという点に特徴があると言えよう。その点では他にまったく例を見ない。 常に弱者と言われる人びとの立場に立つ思想は悠久の歴史を持つが無論 オウム、仏教もそれに洩れない。仏教思想系の思想家がオウムの立場と 言われるものから発言し非難を浴びたことは既に多くの人にとって常識では あろうがそもそも古代インドにあらわれた過激な思想仏教が世俗化したのは膨大な軋轢と 死者をうみだしたことからであった。その点から言えば歴史は繰り返すし 人は歴史を学ぼうとしない。ヘーゲルのいうように人が歴史から学べること は一つだけ。人間は歴史からは何も学べないということだけである、それを 再確認することは出来たと思う。あるいは文芸評論家がいうように人が多くの 発言を繰り返すことができるのは無知であればあるほどである、ともいえる。 もちろん、ここ数年の間でも自らの集団の仲間をリンチし非難あるいは逮捕された 集団は存在する。そのまったく言及も議論もされない組織と、オウムの違いとは 何だろうか? 近年マス・メディアに対する批判が両方からなされる。戦後民主主義批判の方向と 戦後民主主義の方向からである。マス・メディアとは何か?という問いをも本書が 含むとするならばマス・メディアそのものの必要性も議論されるべきであるが、 オウム以外の事案については、民主制(デモクラシーの訳民主主義は誤訳)の立場 から著者は発言するためその真意はよくわからない。オウムの人びとが民主制と 異なった思想から発言していたことも除外されており、その点では冒頭にあげた オウムあるいは被害者双方の立場から納得できないのは当然だ。当事者にとっては 「思想」こそ重要だからだ(罰則を与えると言う面も含め)。それを除外して議論 するとき人はすっきりしたような、当事者以外であっても気軽に議論に参加できるの だろうけれども。
「やはりインタビューはわたしにしてください。」
「A」の中で信者にインタビューを試みた女性アナウンサーに荒木浩がかけた言葉。 ここで件の信者へのインタビューを諦めた彼女の態度を著者は本書の中で称賛しています。 少なくとも彼女は「思考停止」していない。 ベルリンの映画祭で「A」が公開されてたとき、観客が森氏に「こんな風に(オウムだけ でなく)警察やマスコミふくめ全国民がグロテスクなまでに思考停止しているのは 日本だけだ」と声を上げた後、「どの国も同じ。だから戦争は必ず起きる」と言い残して 劇場を後にした老婆。 これだけの長期に亘る密着取材を経たのちに森氏がたどりついた結論:結局オウムはわからない。 「真理は、私は絶対に変わらないものだと思います。そして私は、ここで真理に出会った という、確かな感覚を持っています」と言う荒木浩の心理を「わかる」ことなどできはしない。 曖昧に「わかる」ことを一刀両断に否定される。「A」「A2」、そして本書を読んで もった感想です。
引き戻してくれる大切な一冊
オウムの置かれている状況を撮ることで、日本人のメンタリティを焙り出す。それは当時のマスメディアや市民社会にとっては「反社会的」な行為であり、著者は制作会社から契約を解除され孤立していく。仕方なく一人で撮影を続けるうちに、安岡プロデューサーと出会う。デモテープを見た彼の言葉は感動的だ。「余計なことは言いません。こんな映像を見せられて黙殺なんかできるわけがない。これから自分がとるべき行動は一つしかない」 そして初めて二人で行った撮影現場で「転び公妨」を撮る。 なんともドラマチックな展開だ。 それにしても、当時自分は何を考えてオウム報道を見ていただろうかと自問せざるを得ない。基本的人権は何よりも守られなければならないと思っている自分だが、それを踏みにじるような識者のコメントに小気味良さを感じていたかもしれない。 過去に遡って、自分を引き戻してくれた大切な一冊。2回目を今日読了。
自分の頭で考えることの大切さと難しさに気づかされる
題名から、オウム真理教の非合法活動や非合理・反社会的な日常活動を抉り出しているのだろうか?と思い、興味本位でこの本を手に取った。しかし、この本を読んだ後は、如何に、自分がマスコミの報道に染まり思考停止していたのか、ということを強烈に思い知らされた。 この本は、オウム真理教を擁護する本でもなんでもない。極論を言うと、日本人が如何に自分の頭で考えない国民であるか、日本のマスコミが世間体のみ気にする主体性の無い自立していないメディアであるか、言い換えると公共性・客観性を標榜しつつ現実には世論(例えば、放送直後の抗議電話)や権力に追従しているだけ(事なかれ主義)の存在であるかを、ドキュメンタリーという手法を用いて抉り出すために、誰でも知っているオウム真理教の事件を題材に選んだだけである。 著者がベルリンの映画祭で、この本のドキュメンタリー「A」を上映した後の質疑応答で答えたフレーズが印象的であった。「オウムにも警察にもマスメディアにも、とにかくほとんどの日本人に共通するメンタリティーかあります。共同体に帰属することで、思考や他社に対しての想像力を停止してしまうことです。その危険さを僕は描いたつもりです。」 この日本人共通のメンタリティーは、太平洋戦争という昭和の一時期に起きた不幸な出来事においても重要な部分を占めている。最近の企業の不祥事においても典型的に観られるものである。 一方で、レビューを書きながら、オウム事件を「一部の幹部が起こした事件であり末端の信者はその被害者である」という捕らえ方が、正に日本における太平洋戦争の戦争責任論と同じ論理構成になっていることに自分自身気づき、愕然とさせられた。
加害者達のその後
日比谷線に乗り入れている線の沿線に住んでおり、「あの日」、父は「その電車」の数本前に乗り、 妹が数本後に乗る予定だったので、サリン事件は人ごとではない、私達の事件でした。 父の安否も心配でしたし、妹は血中濃度を下げてはいけない薬を病院に取りに行けず、3日苦しみました。 妹のクラスメイトのお父さんはその車両にいて、何度も社会復帰を試みたそうですが、結局無理でした。 多くの人の命を奪い、さらに多くの人の人生を滅茶苦茶にした人たちがどう暮らしているのか。 他のカスタマーさんの感想を見ていると、これは読むべきだと思いました。

ギリシア・ローマ名言集 (岩波文庫)

[ 文庫 ]
ギリシア・ローマ名言集 (岩波文庫)

【岩波書店】
発売日: 2003-01
参考価格: 588 円(税込)
販売価格: 588 円(税込)
ギリシア・ローマ名言集 (岩波文庫)
 
カスタマー平均評価:  5
現在でも立派に通用する格言集です
含蓄のある古代の格言を選りすぐった中々の良書です。そして、一部の格言には、生まれた歴史的背景が記述されて有ります。また、ギリシャ語やラテン語の原文が載っている事も大変よろしいと思います。ワイド版岩波文庫は大きな活字で読書環境をより良くしてくれます。"et semel emissum volat irrevocabile verbum. "
人間の進歩とは?
 薄い本だが 読後感は濃厚だ。  ギリシアとローマの時代の名言を集めた本だ。2000年以上前に語られた言葉が 今なお新鮮味を失っていないという事実が嫌になるほどわかる。これを読んでいると 2000年経っても あまり人間は進歩していないのではないかとひしひしと感じてしまう。  人間は生まれ、育ち、年月を経ている間に学び、そうして死んでいく。一人の人間が学べることには 本当に限りがある。学んだことは その人の死と同時に消え去るわけだ。  但し 学んできたことを後世に残し 引き継いでいくことで 確かに 人間の「諸科学」は発達してきた。数学、物理学、化学、経済学、法学などは すべて過去からの遺産の上に現在がある。  但し 人間自体はどうかというと 余り発達したとは思えない。いや 本書を読む限り 若干退行しているような気すらしてくる。それが本書の魅力でもあるのだ。  それにしても 日本が縄文時代だったころに かような言葉が語られていた国があったことには改めて感心する。
昔からいいこと言っている
ギリシアとローマの著述のなかから、名言を選び、対訳形式で載せた文庫。
多くの名言には著者の解説が付され、背景がわかるようになっている。
原文も載っているので、わかる人にはますます面白いのでは?
そのまま人生の指針にしてしまいたくなるような言葉、人生悟っている言葉、
ちょっとひねくれた感じの名言、今も昔も変わらないなあと思える格言など、
いろいろあっておもしろい。
鏡を見て自分が醜かったら頭でカバーしろ、とか、宝石や織物や女の顔は
昼間の明るいときにチェックしろよ、とか、笑えるものも。
戦争に関する言葉などは、「人間って古代から何も進歩してないな」と
実感させられる。
苦しいときに支えとなってくれそうな言葉もある。
やっぱりギリシア・ローマのものは、雄弁な学者などがいたせいか、
言葉がうまい。原典もわかるようになってみたいものである。
昔の感覚と、今の感覚はそんなに違わないと気づかされます。
古代ギリシアやローマで書かれた膨大な文章にちりばめられた宝石のように輝く言葉を抜き出し、集められた本です。うなってしまうような言葉も、納得してしまうような言葉も、はっとさせられるような言葉も、思わず笑んでしまうような言葉もあって、きっと読んだ人の心を豊かにしてくれることでしょう。哲学がさかんだった時代の言葉たちなので、一度目ではその奥深い意味に気づかなかったけれど後で「そうか」と思い至ることもあります。一つ一つの言葉には編者による解説や考察が付記されており、ギリシア語とラテン語の原文もついています。
含蓄ある言葉
岩波文庫のこの名言集シリーズは迷わず買いです。

その中でも、今回のギリシア・ローマ名言集は211もの含蓄ある言葉が
並んでおり、ページを開いた瞬間から唸らせられる言葉の連続で、
シリーズの中でも白眉だと思います。薄い文庫ですが、一言、一言
じっくり読む必要があるので長く楽しめます。

とにかく、教養の一つとしてギリシア・ローマの言葉を文庫で気軽に
読めるのは嬉しい。


常識として知っておきたい世界の三大宗教──歴史、神、教義……その違いが手にとるようにわかる本 (KAWADE夢文庫)

[ 文庫 ]
常識として知っておきたい世界の三大宗教──歴史、神、教義……その違いが手にとるようにわかる本 (KAWADE夢文庫)

【河出書房新社】
発売日: 2005-01-18
参考価格: 540 円(税込)
販売価格: 540 円(税込)
常識として知っておきたい世界の三大宗教──歴史、神、教義……その違いが手にとるようにわかる本 (KAWADE夢文庫)
 
カスタマー平均評価:  4.5
叩けよさらば開かれん
宗教に興味はあるけど、何から勉強したらいいかわからない という人にとっては、とても的確な入門書だと感じます。 ジハードの本当の意味、同じ宗教間の争い、 大昔から人類が抱えてきた問題に、 簡単な言葉で分かりやすく触れています。 この本を読むうちに、宗教の何を知りたかったのかわかってくる。 それはとても大きな一歩です。
三大宗教をさらりと学ぶ
政治や優劣を語らず、純粋に宗教の本質のみを学べ、 200ページ程度で手軽に読める良書です。 構成もしっかり、内容も平易です。 国際情勢や、文化を学ぶ上での基礎知識としてどうぞ。
知ってるようで知らない宗教
これまでなんとなく知っているようで知らなかった世界の三大宗教。 仏教は法事やお葬式で関わってきたし、結婚式は神道だったし、幼稚園はカトリックだったのでお祈りをしたり、いろいろ勉強したりした。 しかし、どのような経緯で作られ、どのように世界に広まったのか、どのような宗教習慣を持っているのか知らなかった。 ユダヤ教とキリスト教は繋がっているものとは知っていたが、イスラム教もユダヤ教、キリスト教の流れを汲んでいるのは初めて知った。 また、イスラム教の相互扶助を基にした教義については、現代のイスラムテロの頻発からは想像に難い。 多神教である仏教も、インドから中国、朝鮮を経てわが国で大きく変化を遂げている。 本書は入門書の位置づけだろう。 興味を持ったら、新書等でそれぞれの宗教についてもう少し学んでみよう。
宗教は、身近なようで、よく知らないという人向け
宗教は、身近なようで、よく知らないという人向けです。身近なだけに、聞いたことがある話もあるのですが、あらためて解説を読むと、そうだったのかと頷くところが多い本でした。 特に、仏教の世界の地獄が細分化されていて、かなり阿鼻叫喚の世界であること、キリスト教の最後の審判の話は、興味深かったです。 分かりやすいため、何となく読み流してしまいますが、中身はそれなりにあると思います。
『宗教』について知る《きっかけ》
 日本ではあまり『宗教』というものを感じることがありません。  でも、『宗教』なしで“世界”を語ることはできないはず。  そういった“世界”に生きている私達にとって、『宗教』のことを知るということは有益でしょう。  そして、“世界”の『宗教』といえば、まずキリスト教・イスラム教・仏教の3つが挙がると思います。  本書は、これら【世界三大宗教】の入門書です。  世界中の多くの人を救っている反面、一歩間違えれば、恐怖の権化と化す『宗教』について知る《きっかけ》としてはもってこいの本だと思います。  ソレデハ…

翔太と猫のインサイトの夏休み―哲学的諸問題へのいざない (ちくま学芸文庫)

[ 文庫 ]
翔太と猫のインサイトの夏休み―哲学的諸問題へのいざない (ちくま学芸文庫)

・永井 均
【筑摩書房】
発売日: 2007-08
参考価格: 924 円(税込)
販売価格: 924 円(税込)
翔太と猫のインサイトの夏休み―哲学的諸問題へのいざない (ちくま学芸文庫)
永井 均
カスタマー平均評価:  4.5
哲学ってどんなこと?
書き方は易しい、ただ内容はやっぱり難しい。   しかし永井さんはこういう風に哲学を書くのがうまい。哲学的問題を扱う翔太とインサイトの対話形式の哲学入門書。やっぱり自我を巡るところは永井さん風味が色濃く出ているところでもありました。 書かれている内容に関しては僕自身も日頃考えてるようなこともありますし、それに対して思いもよらない解答が出されていることもあり、それにちょっとむっとしたりまた疑問が浮かんだりして哲学はそういう風に考えるのかと分かる人には分かる。ただ、分からない人には余程分からない。そもそも自明と思うことを疑うところから始まるわけなので。 確かに扱われている問いに関しては大人よりは子供のほうが発しやすいであろうものですが、理解できるかどうか、どうなの? こんな風に考えてる早熟な子もいるかもしれないけれども、むしろ変な子か性格悪そうに見えるんでしょうね(一々なんでって聞くことってそんな感じに受け取られるわけで)。  知的憧れや格好良さを狙って哲学をやろうとする前に本書を。哲学史や個別の哲学者に取り付くより先に、哲学ってどんなことをどんな風に考えているんだろうということを知るために手引きとしてはいかがでしょうか。
哲学者の苦悩
本書の内容は、夏休みを迎えたばかりの少年のまえに、人語を解するネコのインサイトが現れ、両者のあいだで哲学的なダイアローグが交わされる、というものです。 筆致はとても親しみやすいもので、児童書のような一見読みやすい文章なのですが、本書で扱われている題材については哲学において伝統的な諸問題であるとともに、そこに日本の哲学界において稀有な独自性をもつ永井さんの、固有の視点が持ち込まれているので、読者にあっさりと通読させることのないような、難解な哲学書になっています。 それと同時に、本書は一種の文学作品としても読めるようにもなっています。たとえば終章でのインサイト(作者の分身でもある)のモノローグは、永井さん自身の、哲学者としての実存の告白にもなっていて、なんとも甘く切ない情感の漂うものとなっています。 また、主人公の一人である少年が、哲学的問題に関してようやく理解し始めたと実感した際に、実はインサイトと過ごした日々が、数日かと思いきや夏休み中すべてに及んでいたと気づくシーンがあるのですが、それはメタ的に解釈すれば、氏の「哲学者が哲学的問題を解明するのにどれほど時間がかかるのか、またそれは一生のうちに解決するだろうか」という苦悩を、文学的にさらけだしたものと考えることができて、本書はまったく憂鬱になるほどに美しい作品なのです。 そういう意味で、この本は哲学書としても文学書としても特別に優れた本ですので、是非ともたくさんの人に読んでいただきたいと心から思います。 とはいえ、哲学者のいだく哲学的問題は、ないし哲学者の苦悩というのは、氏がほかの著作においておっしゃっていたように、理解されがたいものであるかもしれません。 蛇足となってしまいますが、かつて私は本書を友人に貸したことがありました。しかし、「なにが問題とされているのか、そしてなにが感動的であるのかまったく解らない」と言われて、突き返された憶えがあります。私はそのときになにも言えず黙っているほかなく、哲学とは本質的にそういうものなのだろうか、と哀しく思いました。
永井哲学
中学生の翔太君と、ネコのインサイト(insight=洞察)との対話による哲学のはなし。 本書は平易な言葉で書かれており、哲学特有の専門用語も少ないです。 ところがこれが難しい。「中高生でも分かる」とうたってはいますが、大人でも難しいと感じる人はいるでしょう。 それは「何が問題として問われているのかが理解しがたい」、という難しさでもあるし、「その問題に対するインサイトの回答がなぜ解決になるのかが理解しがたい」、という難しさでもあるでしょう。 いずれにせよ哲学の問題というのは、普通の人にとってはあまりにも当たり前すぎて、なんでそれが問題なのか理解に苦しむという面もあると思います。「それって何か問題あるの?」と言いたくなってしまうような問題を考え続けるのが、哲学者の仕事なのかもしれません。 この本を読んでも哲学史の勉強はできませんが、哲学の問題がどのようなものなのかは、あらかた見てとれるでしょう。
かなり密度の高い内容。子供向きとは・・・
非常に面白かった。 翔太君と猫のインサイトの対話で展開されるが、 先導役のインサイトの考えが必ずしも妥当とはかぎらない。 つどテーマについて自分なりに考えてみることが大切だと。 決して、哲学史の本ではありません。

言語の脳科学―脳はどのようにことばを生みだすか (中公新書)

[ 新書 ]
言語の脳科学―脳はどのようにことばを生みだすか (中公新書)

・酒井 邦嘉
【中央公論新社】
発売日: 2002-07
参考価格: 945 円(税込)
販売価格: 945 円(税込)
言語の脳科学―脳はどのようにことばを生みだすか (中公新書)
酒井 邦嘉
カスタマー平均評価:  4
生物の制約
言葉の規則は脳によって規定され、変更の効かない生得的なものなのか? わたしたちは欲しさえすれば自分は自由になれると考えがちだが、実際は隅から隅まで遺伝子の忠実な奴隷に過ぎない。言語はもとより、崇高とされる理想や価値観にしても、生き残りのためにのみ存在する遺伝子が作りだした「ある枠組みの中での道具」にすぎないのである。
門外漢には難解
言語学というとほとんどの大学や研究機関では文系の範疇に入る。 そして研究者の大半も文系の訓練を受けてきた人々である。 それは文字や音声で表現される言語というものは再現性や反証性を重視する自然科学の手法になじみくかったこともあろう。 しかし、認知科学や脳科学の発達により、言語活動を脳の活動と関連させて研究する手法が広くとられるようになってきた。脳の活動から言語をとらえることによって従来の言語学の知見が再確認されたものもあれば、否定されたものもあり、まったく新しい局面を迎えたものがある。脳科学により言語学はさらなる発展を遂げたとも言えよう。 だが、著者も言うように脳科学者には基本的な言語学の知識を欠いたまま言語活動について論究する者もいるようである。言語学者が脳科学の知見を踏まえるのも当然であるが、脳科学者が言語学の成果を知ることも同様に必要である。近年進む学際的研究の典型であろうが、双方の専門への敬意を持って研究を進めていただきたい。 脳科学を専門とする著者が最前線の知見をできるだけわかりやすく紹介しようとする意気込みは買うが、それでも難しい。 脳科学の話となるとわかりやすくするにも限界があるのは致し方ないというところだろうか。 とりあえず脳科学の奥深さ、それでも脳が言語をどのように処理しているかにはまだまだわからないことの方が多いということはわかった。
著者の思い込みが邪魔
全体的には良書だと思うし、理論そのものには賛成なのだが、 一部に著者の思い込みが混じっており、そこだけが残念。 その代表的なものが「行動主義では、幼児があれほど容易に 母語を獲得し、中高生があれほど第二言語習得に苦労する 現象は説明できない」という主張。 行動主義批判は良い。ただし、幼児の母語獲得や中高生の 第二言語(英語)学習を「容易「だの「苦労している」だのと表現 するのは著者の解釈の問題であり、脳科学とは何の関係もない。 著者は4歳児が相当なレベルで母語を使いこなしていると 書いているが、4歳児の言葉がまだまだ不完全であることは、 成人と比較するまでもなく明らかである。 カタコトでは「完成している」とは言えないだろう。 そのカタコトでさえ、生後の数千、数万時間を経た結果であり、 これを「容易」などと表現することが適切とは思えない。 「獲得=容易」というものでもないはずだ。 また、中高生や成人が英語習得に多大な期間を要するのは、 学習時間が決定的に不足しているからであるというのが、 (英語)教育に携わる者の常識である。脳科学だ何だと 言う以前に、学習そのものが不足しているわけだ。 加えて、ある程度まで英語を使いこなすだけなら、 数千時間の学習で事足りる。集中して取り組めば、 わずか1、2年でも相当な成果を上げることが可能だ。 母語獲得に要する時間を考えれば、これは驚異的な速さである。 もちろん第二言語と母語を置き換えるのは不可能だし、 母語なみに上達するのもほとんど不可能ではあるが、 「だから幼児の母語獲得より第二言語学習は困難」 と決めつけられるものでもないだろう。 科学的な知見と個人的な印象は、きっちり区別すべきだ。 この点で、この著者の文章は説得力に欠ける。 理論ではなく、著者の「書き手」としての問題である。
サイエンスなのはいいが。
今までなされてきた言語学にはサイエンスという意識が欠如しており、それを追求することで言語の本質に近づけるという著者の明確な主張はよんでいて気持ちがよくもある。しかし、そのサイエンスによって証明されうる統語論のみを言語の本質であると捉え、その他を捨象するといったことは誤っていると考えざるを得ない。言語とは語彙に対応する記憶野やほかの部分も総合的に使用される一種の総合的機能である。ならば、むやみにサイエンスと彼が主張するものだけではなく、著者が切り捨ててきた(少なくとも等閑視している)語用論や意味論といったものもまた言語の本質なのである。統語論とその他意味論を統合することこそ、まさに文系と理系が手を取り合うことであると思うのである。後半の脳科学に関しては著者が長年にわたって研究してきた分野だけあって、例も豊富であり、そこにこそこの本の意味があるのではないだろうか。
このような本が日本に少ないことこそ問題
一つ気になったのは、「洋書にはもっといいものがある」というのは、 裏を返せば、最新の研究をコンパクトにまとめた日本語書籍がいかに少ないかということ。 その責任は個々の学問の「世界的な」流れに疎い出版社の編集部員にもあるでしょう。 この本のレベルに達している科学についての普及本が、若手研究者の手によって今後数多く出版されることを願うばかりです。

純粋理性批判 上   岩波文庫 青 625-3

[ 文庫 ]
純粋理性批判 上 岩波文庫 青 625-3

・カント
【岩波書店】
発売日: 1961-08
参考価格: 798 円(税込)
販売価格: 798 円(税込)
純粋理性批判 上   岩波文庫 青 625-3
カント
Immanuel Kant
カスタマー平均評価:  4
「批判」……吟味、検討、領域設定
 カッシーラーの「シンボル形式の哲学」を読んでいるうちに難解さが募り、そのおおもとである本書を手にとって読み始めた。読み終えてみると、、他のレビュアーさんもおっしゃっている通り、以後の人文科学・社会科学に大きな影響を与えているのが想起できる素晴らしい著作だ。  本書の書名に示されている「批判」は、取り上げる事柄について断罪したり全否定する意味合いではなく、上巻で言えば直観、構想力、概念、カテゴリー、図式、判断力といった認識過程の仕組みと働き、中巻で言えば理念・世界概念および自然概念・理想、誤謬推理・アンティノミー・神の存在論的ー宇宙論的ー自然神学的証明といった理性に関わる仕組み・働き、下巻では思弁的理性を強化する訓練・実践的理性を強化する規準・純粋理性を構築する枠組みの見取り図などについての吟味をし、検討を加えた上で、その効き目と限界を示す領域を確定していくという手続きで、上巻の初めに大まかな目論見を示した上で、順を追って論述を進めていく。  具体的には、上巻では現象を手がかりに思考を進めていく際のメカニズムを、感性、悟性(知性と読み換えてもいいと思う)の順で論じている。中巻では、感性および悟性(知性)で得られた認識からは、主体・世界・神の無条件な実在性を思弁的に導き出すことが不可能なことを証し立てる。下巻では、ともすれば暴走しがちな理性を制御し強化する方策について、及び純粋理性がなしえる可能性についての素描を描く。その手際は難解というわけではなく、判り得ない事は判り得ないと率直に認めながら、経験において認識可能な領域と認識不可能な領域を何度も確かめつつ展開される。このあたりの見晴らしのよさは、カント自身が10年余りに渉って地理学を講義していた経験によるのではないかと思う。  本書の思索を辿っていくと、上巻では、カント自身が自らの経験を吟味しながら、認識すること・考える事とはどんな仕組みとはたらきに拠っているのかを自力で把握しようとするカント自身の感性と悟性の動きが、書かれている内容と共に伝わってくるように思えてくる。 中巻で言えば、見かけ上理性のはたらきを否定しているようにも見えながら、知性の導き手としての理性の効き目を否定しているわけではないことにも気づく。知りえることの幅を広げる助け手としての理性は擁護されていて、ただ、知性を統御することが本質である理性に、全ての存在を理解できるかのような絶対的な権能を与えようとすることが斥けられているのだと思う。 下巻では、知性を制御する役割を持つ理性自体を制御し活性化することで、思索の明晰さに至るだけでなく、日々の暮らしをより力強く生きるための信念をも獲得・維持できることを示す。その記述は、何か「論語」を連想させるところもある。  こうして、海原を進む船が波飛沫を受けながら北極星を頼りにするように、知性は感性から触発され、理性の示す光を頼りに、知りえること及び確信を持って生きる術の限界を押し拡げていく。  現象に向き合ってものを考えることについての効き目と限界を学べる著作。 
偉大なる知的妄想でもいいじゃん
 まず訳の問題について言えば、分かりやすい日本語とは到底程遠い代物であることは 紛れもない事実。ただ、翻訳者がどうこう以前に、本人のドイツ語があまりに混沌とした 悪文なので、とても責める気にはなれない。訳語も出来上がってしまっている部分があって、 下手に気を利かせるとかえって何を言っているのか分からなくなってしまうこともあるわけで (それをやってしまったのが谷川氏のデカルトだろう)、そういう事情も多少は斟酌すべき。  このテキストの素晴らしさ、カントにおいて、とりわけこの『純理』において感動的なのは、 これでもか、とばかりに緻密に論理を組み立てて、必要最小限の道具立てから己の脳と ことばでもって徹底的に「批判Kritik」を繰り出すその態度、さらにその上で結局、有限な 人間に分かるわけないだろ、無理、と語るその潔さ、挙げ句の果てにはなぜ無理なのか さえも「批判」する始末……。  カントを特徴づける「異常さ」(どのような意味において異常なのか、はここではあえて 言及しない)がこの上なく表現された不朽の名品、それが『純粋理性批判』。  現代の自然科学者に言わせれば、その記述の多くはただの妄想としか思えないような 代物でしかないのかもしれない。  しかし、人間の営為としてのそのサイエンスを文字通り基礎づけている徹底的に論理的、 分析的姿勢がこの本には満ち溢れている。  そんな真摯なカントに触れたい人は是非。
ルービックキューブ
本というのは、決まった色があって、その色が、そろっている。サイコロの様に、番号が振ってある。 この本は、一面の色がそろっているが、他面がバラバラの状態で解説し、その都度、色を追加・入れ替えていく。 足りない色を、一面にプラスして追加する。 難解で、また読み終わっても釈然としない。この本を読んで全体像が見えてこない。が、微かに素晴らしい色が見えた。
無駄な解説
カントの代表作にこれだけたくさんの人たちが書評を書いているのも珍しい。評価はばらばらのようである。私の机の上にも上下二巻がのっている。私は字が大きくて便利だからこれを用いている。まず、これを読むことはない。引用されている文章があるときに原文の指示個所と引用されている文とを比較対照するために見るだけである。ただし、アカデミー版の頁が挙げられていないので、不便このうえない。最近のカント引用は、B版、A版ではなく、アカデミー版の頁を挙げるものがおおい。  この書は誰の訳を見てもそれほどの違いはない。この書を購入したのは、解説がついているので購入したのだが、まだ、ほとんどみていない。見ても訳に立たない。これより安い、岩波版を購入すればよかったと後悔している。そもそもこの著に解説は無理なのである。
哲学の王様
本書は哲学に関心を持つ人なら一度は通読していないと話にならない、と言われている。これは、デカルトやプラトンやアリストテレスを読んでいないと駄目だ、というのとは違う意味合いがあるように思える。それは付き合い程度に読んでおけば何とかなる、ということではなく、一応潜り抜けておかないことには、近現代哲学がチンプンカンプンになってしまうという類の強制力を伴った必読書になっている、と思える。事実、ここで語られる「感性」「悟性」「理性」「直観」「先験的(超越的)」「判断」などの概念は、カントより遥か以前からの伝統があるとはいえ、本書で改めて確固たる意味付けに整えられている。そして何よりも認識という「主体」からのアプローチの手順としてきちんと整えられている。従ってカント以前もカント以降も、ここに帰って意味を認識して、その偏差で他の時代も見るような、そんなことになってしまっているように思える。でも、本書を通読してその理解を完成させることは容易ではなく、「スタンダード」と言うことを憚らざるを得ない。ところで、本書そのものは、或る意味当初のカントの目的が果たされていない。つまり理性について語るべき書物が、感性と悟性の精密な説明に終始し、その上の理性については、「弁証論」にて、誤用のパターンが論じられ、結局は、積極的な何かとしては語られない。regulativer Gebrauchとかkonstitutiver Gebrauchとか意味のない「整理整頓」もお好きなようだ。人間の能力では、現象面での整合性に限界づけられ、真理には到達せず、現象面以上のこと、つまり経験以上の何かを語ろうとする「理性」本来の領域に足を踏み入れるや、途端に失敗するかのような流れである。結局、実践理性、それに判断力へ問題を先送りして、未決のままとなった。けれどもそのことが却って開かれた議論となり恒久的な生命力を有しているかのごときカント哲学となっている。未決の問題に対するヘーゲルの哲学はその一つの回答だと言われているが、独断論への頽落という危険な方向が顔を出している。が、ヘーゲルのカント批判はとても妥当でもある。結局、カントとヘーゲルの間を行ったり来たりするかのようなことに思考は陥っていくような気がする。もっと言えばこれにマルクスが加わると、ほぼ、いろいろな議論は、この中のどこかに場所を占めているような気がする。

夢判断 上   新潮文庫 フ 7-1

[ 文庫 ]
夢判断 上 新潮文庫 フ 7-1

・フロイト
【新潮社】
発売日: 1969-11
参考価格: 740 円(税込)
販売価格: 740 円(税込)
夢判断 上   新潮文庫 フ 7-1
フロイト
Sigmund Freud
カスタマー平均評価:  4
個々に対応していない
『夢診断』と銘打たれたから買ったものの、訳文は非常に難解かつ回りくどい。 実際にフロイトが夢診断を行ったページまで読んだが、これは自分の夢を診断しようという目的で読む人にはお勧めできない。 何故ならばフロイトが実例を用いて解釈をしているからである。(それもフロイトだから出来ることであろう) 私は自分の夢の手がかりになればと思い買ったので正直がっかりだった。 心理専攻学生などが読むべきものであると解釈した。
フロイトを学ぶなら是非
ジグムント・フロイトが1900年に著した本です。 彼は、自由連想法や夢の分析により、患者の抑圧された無意識の欲求が、夢や錯誤行為となって表れてくることを経験的に導き出しました。 原題は「Traum-deutung」で「夢の読み方」だそうです。 夢の中に出てくるもののイメージそのものよりも、出てきたもののことばの「音の響き」の連想で解釈を進めていっています。 けれど、遠まわしな表現が多くてちょっと分り難かったかな。 おそらく読み手に極力誤解を与えないような言語表現を選んでいった結果だと思うのですが。 逆に分り難くなってるよ、、、。 訳者の高橋先生の苦労の跡が見て取れます。 自分の理論を読み手が分っている事を前提に話が展開していくので、本の内容をよく消化出来ていないと、何回も前に戻って確認したりしてしまいます。 なので、わたしは時間がかかってしまいました。 ん?わたしがアホなだけでしょうか( ̄△ ̄;) 上のような理由で「分かり難さ」はあるので、一番最初に読むよりも、同じフロイトさんの「夢と夢解釈」を読んでみてから読まれることをお薦めしたいと思います。 でも、読み応えがあって面白い本でした。 次は「下」の方を読んでみます。
この書物こそフロイト入門
「夢判断」はフロイトによる自己分析の書でもあります。もちろん、読者は「夢は願望充足である」というキーワードをめぐる理論的展開について知るのですが、随所に盛り込まれているフロイト自身の少年時代や医学に携わってからの名誉心や嫉妬心についてのエピソードも興味深く、自伝的な要素もあり、フロイト論文の中でもやや特異な位置をしめる著作と思われます。また、所々にちりばめられているいろいろな比喩や文学作品からの引用により、ともすれば無味乾燥になりがちな心理学的理論が活き活きとしたものとなり、自然と理解が深まるように工夫してあり、フロイトの作品が文学的にも評価が高いと言われている理由がよくわかります。これから読もうと思っておられる方には、この書物は単なる夢についての心理学的理論書ではなくて、フロイト自身の臨床経験および人生経験の結晶であるとお伝えしたいと思います。
ある意味科学への分岐点であるフロイト
個人的に関心を引く箇所は多々あったものの、ところどころが難解。上巻では主に「夢とは何ぞや」をテーマに展開していると思う。たしか前意識は出てこなかったと思うが、夢は願望充足なんだよ、てことが最大のメッセージだったであろう。いずれにせよ、リビドーのつっこんだことや、無意識に関するその他の理論も下巻で詳しくやるのではないだろうか。だから、一般的に我々が知るフロイト理論の多くは下巻で登場してくるのだと思う。ところで、フロイトがコカインを利用していたエピソードがやはり興味深かった。
知は力である!?
夢は一種の精神病です。精神病者は不合理な夢の世界を現実に生きているのです。それならば、夢を合理的に解釈できれば、精神病は私たちに理解可能なものになる筈です。そして、不可解な夢を合理的な言葉で説明できるように、ある症状に苦しんでいる患者がその症状を生み出しているコンプレクスを言葉にできたとき、病から癒えることができる、とフロイトは言います。明晰な認識こそが人を正常にする、知は力なり(スピノザ)、という訳です。ーーでも、私たちに知られる無意識自体が、意識にのぼった時点で既に変形・歪曲されたものですから、私たちは決して無意識の<全貌>を知ることができません。夢の分析に終わりはない、ともフロイトは考えていました。

フロイトは徹底したリアリストです。同じ課題を繰り返し提出し、分析し、説明し、推敲し、修正し、定義し直します。マルクスにも矛盾をそのまま提出しながら現実に近づこうとする傾向は見られますが、マルクスは人間のあるべき方向を示そうという努力もしています。一方フロイトは、ただ現実世界で生きる人間の赤裸々な深層心理をえぐり出すだけで、甘い理想は決して口にしようとしません。−−人間を理解するために動物に対する以上の手段は必要ではない! どうして他生物の存在意義を問わないのに、人間の存在価値だけを問題にするのか? 人間は意識(自我=私)によって生きているのではなく、無意識(エス=それ)によって生かされているのですから、人生の意味を問うことなど本来不要なのです。人間は他の生命体と同様、もともと無目的に存在しています。

フロイトの方法によって、人類がなぜ殺し合うのかを明らかにできるかもしれませんが、だからといって、その分析が、人類の戦争放棄の可能性を示すことを意味しません。ーー私にとって、フロイトほど恐るべきニヒリストはいません。


悪人正機 (新潮文庫)

[ 文庫 ]
悪人正機 (新潮文庫)

・吉本 隆明 ・糸井 重里
【新潮社】
発売日: 2004-11
参考価格: 540 円(税込)
販売価格: 540 円(税込)
悪人正機 (新潮文庫)
吉本 隆明
糸井 重里
カスタマー平均評価:  4
何に警戒すればよいか?
吉本隆明(よしもとばなな のお父さん)と、糸井重里との 対話本。対談形式ではなく、お題ゴトに2人の文章が 分かれているので読みやすい。 夏目漱石を例に出し、本気で遊んでいる人が勉強もすると、 もの凄くよいものが出来あがる。 「鈍」の概念についての説明。 机にかじりついて、勉強ばっかりしていても、 やたらと遊んでばっかりいても、 クリエイティブなものは創れませんよね。 「わからないのに、わかっているように言うことを、 とにかく警戒すればいいんじゃないか」 あー いるいる。 皆さんの周りを見渡してください。 こーいうこと言う、大人ぶっている人がいませんか?
タイトルのつけ方がイマイチよくわからん。
 8年前の著作なので、やや古さを感じるところがないではない。吉本の物の感じ方、考え方が聞き手の糸井によってうまく引き出されているなと、思う(聞き手であっても糸井の発言は本書に一切収録されていない。ただテーマ毎に糸井は吉本の語りの印象を短文にしている)。他のインタビュアーだったらこう言う受け答えは期待できなかったかもしれない。糸井の勝ちだなと、思う。それはそれとして、最後の『「お金」ってなんだ?』について、こう吉本は言っている。「そもそも、返すとか借りているとかってことが気になっているようじゃ、お金についての才能がないと思ったほうがいいでしょうね。本当にお金の才能のある人は、赤字でもちゃんと生活しているし、会社が赤字でも、そんなことはどうでもいいんだっていうか、会社なんて赤字でもやるもんだって思ってる。やっぱり赤字っていうのはできるだけ減らさなきゃと思って、ムダな電気は消せとか、水道は出しっぱなしにするなとか、そういうこと言っているような経営者は落第ですよ(笑)」たしかに。そのあと、「だから、借金の返済を脅かされているみたいに催促されて、それでほとほと困って、で、まあ、いちばん極端なのは、にっちもさっちもいかないって自殺しちゃうとかね。そういうのはやっぱり、お金についてはよくわからなかった人でね。」というわけである。なんとなく脱力するが、でもこういう、金の縛りに自分もあって、ああツボにはまっているなと。読むとどれかひとつ、ふたつツボにはまる吉本を見つけるのもいいかも。
吉本初心者に最適
吉本隆明の本を一度も読んだことがない自分にとって、糸井重里との共著ならとっつきやすいだろう、と考えたのがきっかけ。 吉本隆明。 思想界の巨人。 でも私は彼のことをほとんど知らない。 哲学的な語り口とイデオギーと言うイメージが重なって、あえて近づかなかったという方が正しいかもしれない。 知っていることと言えば、吉本ばななの父親。 しかし、糸井重里は吉本隆明のことを尊敬しているらしいと知ってから興味が湧いた。 もしかして自分にも理解出来るのだろうか。 そして、親鸞にも少々興味があった。 そこで手に取ったのがこの本。 しかし、書名に反して親鸞は全く関係がなかった。 あるテーマに従って、吉本隆明が語ると言う形態の本。 各テーマの最初には糸井重里の「手引き」のような文章がある。 吉本初心者にとって、おそらくこの本は「正解」だったのだろう。 なぜなら、おそらく出来るだけ平易に答えているであろう吉本隆明の言葉の内容が、文章の平易さほどには読む者には平易には伝わらないからだ。 これが糸井の手引きがない内容であれば、と考えると二の足を踏んでしまう。 やはりむつかしいぞ、吉本隆明。 もう少し修行が必要かもしれない。
ビートたけし・泉谷しげる・吉本隆明
 ビートたけし・泉谷しげる・吉本隆明。この3人は東京下町育ちで、塗装業、大工、船大工という職人を父に持ち、そろって下町言葉を捨てず、並外れた業績をなしても庶民感覚を失っていない人たち。本書も糸井重里のインタヴューに答える形で、知の巨人だというのに生活レベルで喩えを持ち出すので、思想というより人生訓という感じがして好感を持てる。  吉本の著書は若いころはがんばって読んだものだ。著述には文章執筆の気負いと精確さをねらうのと思索の現場というものが詰め込んであってかなり難解なところがあったものだ。  この本によって吉本とひさしぶりに再会してみれば、それら著書の現在的な結論が簡潔的に述べてあって、彼のこれまでの営為が分かりやすく俯瞰できた。その中には感覚的な表現も混入してあって、それは懐かしいかつての著書へリンクすることがまかせられていて、それなりに読み応えがあった。  すごいな、と思ったのは、高齢になっても若いころの自分の著述してきたことをしっかり覚えていて責任を持っていることだ。  オウムや黒田寛一など危ない名も出てくるが、こういうことには感覚的な嫌悪感など持ち出さず謙虚に、真摯に取り上げている。その逆にタイトル「悪人正機」の由来に繋がることだが、正義を他人にまで押しつけ社会全体が一色に染まらないと気分が悪いという人たちへの嫌悪感も健在で心強い。将来「単一民族」意識のある日本が戦争などヘンな方向に向かうとき、このような人物が再来することを願ってやまないと思ったものである。  彼を中学校へ招いて放課後の学習会をお願いするなら、彼がどんなにかみ砕いて話をしたとしても理解できないかもしれないが、彼に接した子どもたちには人生上の事件になり、進路を左右することは間違いない。ちなみに教科は、数学、理科、社会、国語かな。私立なら宗教も。
吉本隆明入門
 吉本さんが哲学的課題について答えてくれています。その中で、吉本さんは「教育」を心配しています。特に中学と大学。他の本でも書かれていますが、吉本流教育改革(大学編)を2つ提言しています。1つ目は、教授が強制的に他の大学で教えること。2つ目は、学生が他の大学へ行って自由に単位が取れること。これによって、大学に対する必要以上の憧れが薄れ、少しずつ世の中の価値観に変化が起きるのではと述べられています。やはり教育は大学から変わっていくのが自然かもしれません。  最初は理解しづらくても、徐々に体全体に響く浸透力のある本です。吉本さんに関心を持った方にまず読んでほしい一冊です。

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 更新日 2009年7月8日(水)  ※ 表示価格は更新時のものです!      メール      相互リンク