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[ 文庫 ]
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バガヴァッド・ギーター (岩波文庫)
【岩波書店】
発売日: 1992-03
参考価格: 630 円(税込)
販売価格: 630 円(税込)
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カスタマー平均評価: 4.5
インドの宗教世界を覗いてみたい方へ バガヴァット・ギーターを最初に読んだ時の衝撃は・・・
当時は原典で読んだのですが、上村先生の著作を読み、
懐かしい気持ちになりました。
ご存命なら、今もインド学を力強く牽引されていたはずです。
バガヴァット・ギーター 土台になっているサーンキヤ哲学を理解してから読むと一層深みを増してきます。
(サーンキヤ哲学については佐保田鶴治先生の著作をお勧めします!)
宗教的な真理に至る道が非常に明快に記されていました。
感情に訴えてくる色彩が強いキリスト教の聖書に比べて、バガヴァット・ギーターでは、知性が解脱の要になると説きます。この部分が極めて新鮮でした。
同じ宗教でも宗派によって表現の仕方は様々に違うものだと思います。宗教の違いは文化の違いに過ぎず、本質は変わらないように思います。文化を尊重しながら、いろいろな宗教を濾過した真髄のところを自分の宗教にしていきたい。心に残る聖典のひとつになりました。
ヒンズー教の聖典ですが、人生の指針を求めるすべての人に インドの叙事詩マハーバーラタの一部です。この部分だけ独立したようになって世界中で読まれています。この本では、前後のストーリーのあらすじが書かれていますが、本編だけでも独立した本として読めます。あらすじの部分に多くの神々の名前が出てきますが、この部分の理解は必ずしも必要ではありません(あらすじの理解にはPeter BrookのThe Mahabharataなどの映画などが助けにはなります)。キリスト教やユダヤ教とはことなる東洋的宗教・哲学観を理解するにはベストな入門書といえます。解説も非常にすぐれています。ヒンズー教の聖典ですが、仏教的な考え方の基礎は、この本で理解できますので、仏教の理解にもつながります。宗教の壁を超えた偉大な思想がここにありますので、無宗教の人にも他宗教の人にも人生の指針を求めるすべての人にお勧めです。
学者さんの翻訳かあ・・ 卒なくまとまっているとは思うけれど、なんていうのかなあ、こういう聖典の類の本って、その他一般的な本のように知性で一節一節を表す文字の意味を理解して読むものでは無くて、一節一節に込められた霊性の息吹を魂で感じ取るように読むものだと思うので、その意味では心に響かない、魂に訴えてこない・・・。学問の為の書としては上々だと思うけど、聖典本来が持つ霊性を高めるための書としての役割は不十分かなあと感じる。
この手の本は、霊性の高い人自身が注釈したものでないと、やはり魂に染み入らない。そういう意味ではヨガナンダの"God Talks With Arjuna : The Bhagavad Gita" が翻訳されたらぜひ読んでみたいものだ。スワミ・プラブパーダの「バガヴァッド・ギータ あるがままの詩」も一時期邦訳が出回ってて、非常にいい本だったが、いつの間にやら入手できなくなったし。他にも無くはないが、国内で入手できるギータ本は、今のところはお寒い状況かな。
ただまあ、本書の良いところは、一節毎に、ごちゃごちゃした注釈が無くて、全ての節にざっと一気に目を通すことができるので、あの話はどの章のどの節だったっけ?という場合には、結構重宝するけど。
インド人の聖書 インド大衆にとっては聖書にあたる『バガヴァッド・ギーター』。カースト制度を支えているのもまさにこの聖典だといえるでしょう。苦しい環境にあっても笑顔を忘れないインド人の精神性の基盤はこれを読めばよくわかります。 インドに興味のある人は必読!!
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[ 新書 ]
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バカの壁 (新潮新書)
・養老 孟司
【新潮社】
発売日: 2003-04-10
参考価格: 714 円(税込)
販売価格: 714 円(税込)
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・養老 孟司
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カスタマー平均評価: 3
最後の言葉は僕の心の宝になりました。 「バカの壁」の著者はかわいそうな学者で、自分の専門分野以外はほとんど思い込みのような理論です。間違っているような理論さえあります。
どんな本でも最後まで読むのが、モットーなので、しっかり最後まで読ませて頂いて、深く感動しました。学者だから、専門分野以外が不得手なのは当たり前だと思います。また、学者だから一般常識とは違った常識の持ち主であると言うことも否めないと思います。
でも学問の最高学府の学者の最後の言葉は、感動します。ゆっくり読むと著者の優しい心、純粋な心に心打たれました。
最後の最後近くまで、バカにしながら読みましたが、最後の章の最後の著者の言葉は一生の宝になりました。
難しそうに書いたものをありがたがるのはもう止そう 書いてあることが非論理的、独りよがり。部分的には同意できるところが多々あるが、ありがたがって読むほどとは思えない。ベストセラーになったのは刺激的なタイトルゆえか、著者の経歴のゆえか、非常に疑問。難しそうに書いたものをありがたがるのはもう止そう。
部分部分に面白さ 「バカの壁」とは,人間は自分の脳に入ることしか理解できず,自分が知りたくないことについては自主的に情報を遮断してしまうことである。「バカの壁」についての考察はそれほどなく,脳,学問,意識,身体,共同体,社会のことなどについての著者の考えが述べられている。新書本なのでそこまで根拠が明確なわけではない。
なぜこれほどまでに売れたかはわからないが,やはり長年,学者をやってきた人なので,学問や学生に対する考察は面白い。
例えば,人間は日に日に変化するが,情報は不変であると定義し,「学問というものは,生きているもの,万物流転するものをいかに情報という変わらないものに換えるかという作業です。それが本当の学問です。そこの能力が,最近の学生は非常に弱い」(p164)。「(学問は)壁を一歩登って見晴らしをよくする,というのが動機じゃなくなってきた。知ることによって世界の見方が変わる,ということがわからなくなってきた。愛人とか競走馬を持つのがモチベーションになってしまっている」(p201)などである。
経済について書かれたところはやや生煮え。脳科学者だから仕方ないが。
養老孟司流”行動論” 人間の脳は自分に都合の悪いこと、知りたくないこと、自分の行動に影響を及ぼさないことを自主的にシャットダウンする。男子医学生は出産のビデオを見て「知っている。」が「わからない。」しかし、女子医学生は「わかる。」911テロは「知っている。」が「わかっていない。」
この本は単に脳の機能や社会に対する批判をした本ではない。赤ん坊が脳から信号を出して手を動かす。それを目で見て脳が確認する。「こう念じれば、こう動く。」脳への入力、外部への出力。どちらも欠かしてはいけない。入力(情報の収集)ばかりでは「わからない。」それを元にして出力した結果(行動の結果)をフィード・バックした結果「わかる。」のであって、知識は使ってみて、その結果を体験しないと本当の意味で「わからない。」
行動あるいは経験の伴わない、一方通行の知識は一元論となり原理主義を生み出す。そして「自分と違う立場のことは見えなくなる。」
話題が次々と変わって難解ではあるが、他の著作も読んでみると主張は一貫している。こんな観点で、しかも「人がわかり合えない理由」を説明した、まさに『目から鱗』の行動論の本。4年前に最初に読んでから何度も読み返した。これがわかる人には必ず良い行動指針になると思う。
いまさらですが いまさらながら(笑)
タイトルに惹かれたこととベストセラーなので読んでみました。
投げかけとしての問題提起はすばらしいです。
また現在の一元論を認識させ、二元論への提言といった流れは一般的にも言われることですが、それを身近でわかりやすく、かつ「バカの壁」というフレーズを使用したセンスもおもしろいと感じます。
ただ著者の得意分野(解剖学からの脳分析)に関しては、問題提起に対する答えとしては逆に深みがたりない気がします。
また少なからず、論理展開が中途半端でおわっているような印象や深さに物足りなさを感じる部分もあります。
しかし軽く読める本ですし、費用対効果で考えれば一読をお薦めできます。
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[ 文庫 ]
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探偵ガリレオ (文春文庫)
・東野 圭吾
【文藝春秋】
発売日: 2002-02-10
参考価格: 570 円(税込)
販売価格: 570 円(税込)
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・東野 圭吾
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カスタマー平均評価: 3.5
科学小説?? 著者の作品で白夜行などの人間ドラマが好きな人には、はっきり言って不向きな作品。
ただ単に事件があって、それを化学で解明するというだけで事件の背景や犯行の動機などにはまったく触れていない。私のような科学に無頓着のひとには「ふーん」で終わってしまう作品だった。科学好きな人にはいいのかもね。
科学と推理小説の出会い 街中で突然起こる人体発火、
池で発見される人間のデスマスク、
心臓が腐った変死体、
海上で噴き上がる火柱、
幽体離脱による透視、
全5編を収録した短編集で、
ドラマや映画にもなり有名になったガリレオシリーズの第一弾。
物理学の現象や応用トリックを軸にして展開されるミステリーは
展開も論理的で極めて面白く、
科学と推理小説を融合させることによって
ハウダニット的な面白さが非常に際立っている作品。
核となっている現象やトリック自体は
それほど聞きなれないものではないので、
身近で理解しやすくなっている反面、
意外性にはやや欠ける。
それでも、科学と論理を軸にしてここまで楽しめるミステリーは珍しいと思う。
とても面白い推理小説です。
さっと読むには良い本 【GOOD POINT】
@短編で読みやすい。
1ストーリーがちょうど良い長さだったので、
集中できるまとまった時間がなくとも、さらっと楽しめる内容でした。
【BAD POINT】
@犯人が誰なのか・・・と考えるどきどき感に欠ける。
最初から犯人らしき人を話の中で作り上げ、
実は違いましたーこの人です!!という話の構成。
しかし、あまりにもわざとらしく表現してあるため、
「実は・・」が実はではなくなり、最初から犯人が提示されてしまっているような印象でした。
犯人がわかっている上で、
その人がどういう犯行をしたのか、確認していくような感じ。
それも1つの書き方としてありなのかもしれないが、
私自身はあまり楽しめませんでした。
Aトリックが想像しにくい。
このシリーズのコンセプトでもあるので、
この部分をBAD POINTとしてあげるのは、検討違いのような肝しますが・・・
トリックの部分が全部、科学的な反応から起こるもので構成されているので、
読んでいても、
「こんな反応あるのねー」で終わってしまいました。
理系知識の乏しい私には、
話の伏線からトリックを想像できなかったので・・・。
B登場人物の持つ心理状況が少し短絡的に感じました。
なぜ犯行をおこそうと思ったのか、
犯人と被害者間での関係性が、ありきたりなものに感じ、
あまり物語としての深さは感じませんでした。
ドラマを見た方でも・・・ 「原作を超えるドラマはなかなかできるものではない」というのが自論だ。しかし、ドラマを気に入りすぎてしまった場合原作を読むとがっかりしてしまうということもある。本書を買う前に迷った理由はまさにそれである。しかし、そんなことはいらぬ心配だった。
ドラマとはガリレオこと湯川学の相棒が違うだけだと思っていた。しかし、そうではなくて事件の背景や動機などかなりの部分がドラマと違っていた。しかも、ドラマと比べても遜色ないくらいに面白くて、「さすが、東野圭吾」と思ってしまった。それと同時にドラマ版及び映画の脚本家・福田靖さんにも感心してしまった。この作品をあそこまでのものにしたことはすごいと思う。
ドラマ版をみて読まない人は多いと思うので、そのような人はぜひ読んでほしい。ドラマと同じくらい素晴らしいし、また違うガリレオを見ることもできます。
余談だが、湯川学のモデルが佐野史朗というのには驚いた。福山雅治と佐野史朗を想像して比べると、失礼ながら思わず笑ってしまう。
私なら、 刑事である草薙の同級生で、帝都大学物理学助教授湯川の活躍を描く短編集です。人間が発火する怪奇を科学的に捉える「燃える」、デスマスクをめぐる顛末「転写る」、心臓だけが壊死する現象を追った「壊死る」、シーズン終わりの海岸で起こった爆発の背後「爆ぜる」、幽体離脱現象を扱った「離脱る」の全5編です。なかでも私が気に入った事件はなんといっても登場シーンになる最初の「燃える」です。人体が発火する様が、またその仕掛けと、仕掛ける側の心理がなかなか良い描写でよかったです。さらっと読めるうえに短編集ですから、かなり読みきりやすいですし、もうすでにテレビドラマにしているかも知れませんが、映像化されることを望んでいるかのような展開と描写でした。しかも巻末の解説によると、作者が実在の人物を頭に描いて書かれたようで、物理学者の湯川先生に佐野史郎さんをイメージした探偵役としての物語にしたかったようです。
テレビドラマ的といえば、とてもテレビドラマ的なつくりになっていて、被害者の心情を伺ってみたり、物語の進み手である刑事草薙目線にしてみたり、とても上手くドラマタッチに仕上がっています。その分、多少はしょる感じは否めませんが、主人公である湯川はとぼけた感じもだせている上に、かっこいいのでまさにテレビドラマ向きと言えます。キャスティングを考えるだけで楽しめそうです。白衣を着ると誰でもかっこよくなってしまいますが、私なら佐野さんも良いですが、年齢や助教授という肩書きを考えて今ならミッチーさんにやってもらいたいです。2枚目も3枚目も出来る役者さんですし、割合ベタな演技が求められますし、向いているのではないでしょうか?
ただ、ちょっと気になったのはなんで急にガリレオというニックネームになったのか?です。後半急に命名されていて謎です。
さらっとした気分転換にはもってこいの本、ミステリの謎に比重を置かれる方に(つまり謎解きのスッキリさよりも、謎の謎さ加減により興味のある方に)オススメ致します。
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[ 文庫 ]
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深夜特急〈2〉マレー半島・シンガポール (新潮文庫)
・沢木 耕太郎
【新潮社】
発売日: 1994-03
参考価格: 420 円(税込)
販売価格: 420 円(税込)
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・沢木 耕太郎
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カスタマー平均評価: 4
旅は人と出会うために行く オリジナルは1968年5月リリースの『深夜特急 第一便』。本書はその後半部分を文庫化したもので、1994年3月25日リリース。文庫化の巻末には俳優高倉健氏との『死に場所を見つける』と題する1984年1月に掲載された対談が加えられている。この対談が本編と並ぶくらいに面白くて、文庫版をこの部分だけでも手にとって読む意味はある。
第二巻は『マレー半島・シンガポール』である。ぼくは10年ほど前にマレーシアを夏休みに一週間かけて車で縦断した経験があるので、特に興味深かった。ぼくの印象に最も残ったマレーシアはこの本にも乗り合いタクシーの部分で出てくるが『スピード狂』である。国民総スピード狂ではないかと思うほど、恐ろしいスピードでかなり古い車が文字通り飛び回っていた。バスを乗り合いタクシーが追い抜くシーンはそれと重なってしまって思わず頷いてしまった。
ここまで読んでみて思うのは、旅というのは名跡を見歩くのが楽しいのではなくて、そこにいる人たちと触れ合うことにこそ楽しさがあるのだな、ということだ。特にシンガポールのあたりでそう思った。そしてただただ羨ましい。ホントに羨ましい。そういう本である。
マレー半島 香港・マカオとは一味違う旅の行方 沢木耕太郎の深夜特急シリーズは、バックパッカーの永遠の愛読書と同時に、今なお青春の書の代表のようなものでもあります。
全てを投げ捨てて、気ままな一人旅をしたい、と思ってもままならぬ現実があるわけで、本書を読む人は、沢木の行動に自分の夢を託しているのかもしれません。忙しく生活に追われる現代人にとって精神の開放につながる書籍でしょう。前作の香港・マカオの熱を帯びた文章と比較すれば、少し冷静な沢木を発見します。
アジアでも微妙に国民性が違い、それは、タイ、マレーシア、シンガポールと下るに従ってそれぞれの違いがはっきりしてきます。安宿を探すあまり、ペナンの娼館に泊まり続けるエピソードが興味をひきます。ヒモの生き方の大変さもうかがい知れました。沢木は冒険野郎ですが、このように冷静に人間の優しさ、悲しさを感じ取るという感性の豊かさが読者に心地よいのです。人との関わりを避けるように日本を離れながら、旅人は異国の旅先で人との関わりを持たざるを得ませんし、持つことを欲します。旅の醍醐味と真髄がここに出ているようです。
その昔、本書で描かれたペナン、クアラルンプール、シンガポールを旅行したことがあります。本書を読むとそれがいかに表面的なツアーだったかと思い起こしています。
沢木のような旅は、人々の間に入り込み、同じ食べ物を食べ、生活を一緒にすることで、深くその土地に根付き、その個性を浮かび上がらせます。それゆえ、同じ国でありながら全く違う印象を感じ取りました。
対談の高倉健との「死に場所を見つける」も面白く読みました。寡黙な人というイメージの高倉健が沢木と意気投合して様々な旅について語る話は本編とは別の意味で興味を惹きました。
娼婦達と野郎ども。 香港を出発して、マレー半島を下ってシンガポール向かう第2巻です。
なんといっても娼婦の館での件が面白すぎました(笑)。なんか陽気で和気あいあいとしてる
雰囲気が伝わってきて思わずニンマリ。娼婦にたかるヒモの若者達なんてギャグにしか思えな
いが世界は広いもんだ(笑)。
前回から亘って、同じアジア圏でも色々と差異もあり読んでて面白いですね。何か旅先で
出会う人々をみてると、やっぱ日本人って真面目なんだよなぁ?と感じます。まぁそのぶん
つまんないのかもしれないけどね。
人物描写もいいんだけど、食べ物の描写がいいな?。僕なんか普段食べたか食べないかわか
らないぐらい、食べることにこだわりも執着もない人だが、これ読んでると不思議なことに
無性に食い意地がはってきます(笑)。なんかどれもこれも美味しそうに思えてくる。
あと巻末についてる対談は高倉健さんとです。「死に場所を見つける」なんてヤバイぐらい
カッコいいタイトルだが、内容も渋くて勉強になりました。オススメです。
曜日の感覚がなくなるなんてイイね 私達はどこか別の世界に連れて行ってくれることを期待して本を読むことが多いです。この本は、ページをめくればいとも簡単に夜行列車の旅をしたり売春婦の館に泊まったりできてしまいます。
バンコクやシンガポールなどの都市は魅力が少なかったようですが、その分、多くの人とふれあい多くの人の親切を受けます。白人や黒人と違って黄色い肌のアジア人同士だとどっかで分かり合えるような気がします。
マレー半島縦断鉄道の旅 前巻は香港・マカオの滞在型の旅でしたが、今回はマレー半島を移動しながらの旅行記となっています。
バンコクからスタートしてシンガポールまで途中いろんなところに立ち寄りながら長い時間をかけての旅となっています。
移動には鈍行の列車を使っており、現地の様子が伝わってきます。
いろんな場所を移動しながら、旅の技術が向上していっている様子が分かります。
特に面白かったのが、筆者が「そろそろ次の街へ移動する時期だ」と感じる瞬間です。
この感覚をマレー半島で見につけたことが、この後の旅をいい方向に導いたのではないかと思いました。
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[ 文庫 ]
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意味がなければスイングはない (文春文庫)
・村上 春樹
【文藝春秋】
発売日: 2008-12-04
参考価格: 570 円(税込)
販売価格: 570 円(税込)
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・村上 春樹
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カスタマー平均評価: 4.5
スガシカオファンです スガシカオファンなので、この本を買って読んでみました。
村上氏もスガさんのデビューアルバムからのファンだそうで、私とほとんど同じです。村上氏と同じように日本のどの歌手のファンにもなったこと無かったのに、スガさんのアルバム「clover」から中毒のような状態になりました。その理由についても自分なりに考えてきてはいましたが、言葉の扱いを職業とされる村上氏の分析はなるほどなとうならされます。
村上氏にこのように書いてもらったスガさんが大感激なのもわかります。
ここから村上氏の小説をはじめて読み始めました。おもしろいです。スガさんの歌の世界ともどこか共通したものを感じます。相思相愛なのだから納得です。
村上春樹さんありがとう しばらくこの人の文章から離れていましたが、
ひさびさに読んでみてやっぱりいいな、と思いました。
現在おいくつになったのか分かりませんが、感性のみずみずしさ
ところどころに出てくる「例え」の的確さ&面白さ
は衰えるどころかとても好調のように感じました。
愛している音楽が題材というのもあるのでしょうね。
目次をみて興味をひかれた所から読んでいるのですが、
スガシカオさんのことを書いた章で、自分の個人的な
行き詰まり感を解き放ってもらったような感覚を覚えました。
とても個人的な読書体験ですが、こんな小さな幸せを
与え続けてくれる村上さんに感謝してます。
音楽はその人の人生を知ることで深みを増していく
村上春樹の音楽に対する造詣の深さは万人が知るところです。
それは村上春樹が音楽とそしてなにより人に対し興味をもち、その音楽を
創り出したエネルギー、背景、心情、人生を見つめていくことから生み出す
魅力なのだと感じます。
本作は音楽雑誌に連載したものであり、読者に遠慮することなく
知らない人を相手にしているということなく、村上春樹の愛するミュージシャンの
世界に大きくはばたいているように感じます。
言い換えると知らない人間には難しい一面もありますが、さらに我々もミュージシャンの
生き様に踏み込んでいきたい、理解したい、そして身体の底からその魅力に接したいと
渇望していきたくなるような内容になっています。
素晴らしい、音楽もそして人生も
あとがきから読んでみると、いいと思う。音楽への愛情を感じる本。 普段、音楽にはあまり興味がないのだが、村上春樹は大好きだ。この本も文庫になり手に取りやすくなった。
あとがきに筆者が書いているのだが、音楽と小説のふたつが本当に好きなんだなと、この本を読むと感じる。
音楽に対する、筆者の愛情があちらこちらから、にじみ出ている。
それなので、自分がまったく知らないアーチスト、聞いたことのない音楽に対するエッセイというか小論文でも、大変気持ちの良い読書ができる。
自分も好きなものには、これくらいの愛情をもって、長くつきあいたいものだと思う。
本文を読む前に、筆者のあとがきを読んでみてください。
自分は再読はしないと思いますが、音楽好きな人には楽しめると思うので。星は4つ。
卓越したシューベルト論とウィントン・マルサリス分析に唸る オリジナルは2005年11月25日リリース。何となく不可思議な文法になってしまっているこのタイトルがまた面白い。ジャズ喫茶のオーナーだった氏も今や音楽の全カテゴリーを射程圏内に入れ、全方位的に自らの感性に正しく論じている。 そして『ポートレイト・イン・ジャズ』よりもっとずっと深い洞察にまで到達している。
考えてみればこういう風に広い範囲で音楽を論じて一冊にした本というのは、初めてではないだろうか。吉田秀和はジャズやロックを論じなかったし、清水俊彦や植草甚一はクラシックやポップスを話題にもしなかった。ピーター・バラカンはシューベルトのソナタを論じられないだろうし、宇野功芳はスガシカオを知らないだろう。村上春樹のように感性のおもむくままに自分の『正』とした音楽を分野にとらわれず、深く掘り下げた人は今までいなかったのだと思える。そこがまずスゴイ。
ジャズ・ロック・クラシック・ポップスと分野にとらわれず聴いてきたリスナーがこの本を読めば、その広く深い洞察に感心しきりだ。ぼくは特にシューベルトのソナタ論のすばらしさが、かつてこの分野の評論家が一人として表現できなかった深遠さに到達していると思う。また、ウィストン・マルサリスの音楽の取り組み方を分析し、単に古典をキレイに再現することが実は音楽の創造とはまったく逆の取り組みであり、マイルスの生き様との比較の中で、真に感動する音楽・おもしろい音楽とは何なのか、を語る部分に一番感心した。ぼくも晩年のチェット・ベイカーに心酔している一人だからかもしれない。
何しろ読み応え十分。文庫化されてどこにでも軽く持って歩けることが特に嬉しい一冊だ。
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[ 文庫 ]
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もし僕らのことばがウィスキーであったなら (新潮文庫)
・村上 春樹
【新潮社】
発売日: 2002-10
参考価格: 500 円(税込)
販売価格: 500 円(税込)
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・村上 春樹
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カスタマー平均評価: 4.5
ウィスキー紀行 ウイスキーの故郷を訪ねた旅を、たくさんの写真とともにつづった紀行文。
心が安らぐ写真と文章がウィスキーの世界へ誘います。
スコットランドに旅したくなる本です ウイスキーの魅力を語らずして、読み手をウイスキーの世界に酔わせる本である。村上氏が旅先で出会う風景や人々がウイスキーにドラマを与える。さりげない文章で読み手をウイスキーの世界に引きずり込む村上氏の卓越した文章力は、シングルモルトにイギリスの風や清流や職人たちを感じさせるまでの力を持っている。ビール党でも思わずウイスキーに手を出したくなる1冊である。これはウイスキーを通して語られた村上ワールドである。
旅をしてお酒が飲みたくなる。。。 この筆者の本を読むと、いつも思う。旅をしてお酒が飲みたい、と。
この本もそうだが、決してここのビールがうまい、とか、のどごしがどうとか、そういった話はない。あったとしてもそれを殊更誇張するところはない。
でもそれらアルコール飲料の使われ方が非常に魅力的で、ああいいな、と思わせるものがある。
今回はアイルランドでウィスキー。ばっちりそこを旅して、それが飲みたくなった。
アイラモルト あの潮風と草の香りの強いウィスキーを飲む至福のとき 初めて試した人
一口目「これはいったいなんだ?」
2口目に「うん、ちょっと変わってるけど、悪くないんじゃないか」
そう思ったら3口目にファンになっているだろう。
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土屋守などののウィスキーの本を読んだ後なので、個人的にはインパクトがなかったなぁ。
会社の庶務の女性が「ボゥモア、アイラ好きなんです」
「へぇ珍しいね、どうして?」って聞いたら。
この本に感化されたそう
そして僕らはウィスキーを 村上春樹の旅行記。
氏は旅行(あるいは村上春樹の定義するところの「住み移り」)に出た際にいくつかの記録を書いて本にしているけれども、これはそのなかでも最も短いものの一つ、である。
ウィスキーの産地を回り、醸造所に顔を出しながら、土地の人とふれあい、舌の上で味を確かめていく。やっていることは単純なのだけれど、単純さの極地の中に、言い知れぬ味わいがある――気がする。ちょうど、15年もののシングル・モルトのように。
僕はこれを帰りの新幹線の中で読んだ。
そして家に着くまでの間に、まだ空いている酒屋でシングル・モルトを買った。
ほかに何が出来ただろう?
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[ 文庫 ]
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面白半分 (河出文庫)
・宮武 外骨
【河出書房新社】
発売日: 1996-01
参考価格: 651 円(税込)
販売価格: 651 円(税込)
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・宮武 外骨
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カスタマー平均評価: 5
おもしろいYO! 宮武外骨のおもしろさというのは説明しがたいですね。この本は昔の雑誌から抜粋して載せたものなので、現代っ子の私にはわかりにくいところもありますが、外骨の奇抜で滑稽なメッセージが時代を越えて伝わってくるような気がします。
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[ 文庫 ]
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パラレルワールド・ラブストーリー (講談社文庫)
・東野 圭吾
【講談社】
発売日: 1998-03
参考価格: 780 円(税込)
販売価格: 780 円(税込)
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・東野 圭吾
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カスタマー平均評価: 4
記憶改編 「自分なんてないのよ。あるのは、自分がいたという記憶だけ。みんなそれに縛られている。
あたしも、あなたも」
そうかもしれないな、と思う。
恋愛小説にとどまらず、後書きで新井素子さんが書いているように
「私」がテーマの、面白い作品だと思いました。
あまりに秀逸な序章 私がこの作品に魅了されるには、大して時間を要さなかった。
序章だけで十分だった。
最初の数ページを繰っただけで、その後の数時間の間の至福を予感させた。
とにかく序章が秀逸すぎる。
だが、作品全体としてもその期待を裏切ることはなく、寧ろ物語にグイグイと引き込まれた。
いくつかの伏線がラストで一気に繋がるこの爽快な感覚は、民法の学習において、まず分野ごとに断片的な知識を培い、
その後、全ての分野を網羅し、民法というものを体系的に捉えられるようになったときのまさにそれ。
専門用語が幾度となく登場するが、それを理解できなくてもなんら問題はなく、スムースに読み進めることができる。
ラブストーリーというタイトルに敬虔している男性がいるかもしれないが、
この作品はラブストーリーとミステリーの融合であり、ミステリファンも満足できるはず。
SFチックだけどリアリティがあります。 SFな内容なのに現実離れさせずリアリティを持たせているところが流石という感じでした。
最後の終わり方が個人的には少し物足りない感じでしたが途中のわくわく感はたまりませんでした。
面白かったです。
初読み!東野圭吾さんの作品 東野圭吾さんの作品を初めて読みました。どの本も売れている流行の作家だけあって、日常描写から、彼が描く世界に引っ張り込んでゆく力がとても強く、続きを読まずにおけない、「次はどうなるんだ」という一気読みしたくなる衝動を抑えながら1週間かけて読みました。
あの山手線と京浜東北線の並走は、首都圏で通勤した人々にとっては、なかなか非日常的な不思議さですし。リアルに思い描くことができます。
結末がちょっと物足りなかったような気がします。本人と関係者との謎解きは、ともかくとして、親友の両親にまで、自営している店を臨時休業させるほどの「得たいが知れない不気味な外資系企業」の恐ろしさが急激に減衰してしまい、このまま、得たいが知れなさを最後まで引っ張ってほしかった。そんな気がします。
記憶の改編という科学的にも非常に難しいテーマについても分かりやすく描かれていた 麻由子が崇史の親友である智彦の恋人の章と、麻由子が崇史の恋人の章が交互に描かれながら、真実の記憶に迫っていく物語で読み応えがあった。親友の恋人を好きになってしまい、親友と彼女のどちらを選ぶのかというラブストーリーも楽しめたが、記憶の改編という科学的にも非常に難しいテーマについても分かりやすく描かれていて読みやすかった。この作品は著者の初期の作品なのだが、2009年現在でも全く色褪せていなかった。
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[ 文庫 ]
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空海の風景〈下〉 (中公文庫)
・司馬 遼太郎
【中央公論社】
発売日: 1994-03
参考価格: 780 円(税込)
販売価格: 780 円(税込)
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・司馬 遼太郎
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カスタマー平均評価: 4.5
空海そのものより空海を取り巻く風景、特に最澄らを描いた歴史考察 空海をとりまく人物や歴史の背景を丁寧に追って、そこから空海の心情を推察した書。小説とは言い難く、会話らしいものもほとんどありません。空海を当時の他の仏教をはるかに凌ぐ真言密教を確立したと繰り返し述べながら、真言密教の内容に関してはほとんど触れられていません。この本の中で、最澄が空海に、密教は本を読むだけでは学べるものではないと言っていますが、この空海の風景を読んでも密教の真髄はわかりません。理趣経をはじめとする真言宗の経典や空海自身の書を熟読していることが明らかな作者が、肝心の空海自身あるいは密教自体に関しては、核心に触れようとしないように感じられるのは、読者に対して司馬遼太郎が、密教は本を読んだだけではわかりませんよと言っているかのようでもあります。空海の生の声の密教論としては、最澄に対して宛てた手紙の中で、“大日如来の三密はお前自身の三密である無我の大我に理趣(条理)を求めるべきで、他に求めるべきではない”とこの本の後半でほんのわずかに紹介されています。時代背景や人物、関連書物、寺院の紹介はされており、この本から人それぞれ多様な方向に興味が広がる本です。
人間臭い「空海」を再現した著者渾身の1冊です 巻末の解説で大岡信氏が「司馬氏以外の誰が、このような著作にトライし、物にできるか」的なことを書かれているように、まさに、著者渾身の1冊といえる本。
上巻同様、空海の残した著作等、それ以後の時代小説に比して、数少ない手がかりから、最大限の創造力を動員し、空海その人はもとより、最澄を始めとする同時代の人々、宮廷・奈良宗教等、時代の雰囲気を再現しようとする試みに付き合うことは、刺激があって、本当に面白いものでした。ただ、著者の信条からでしょうが、内容は、最澄との確執等、「空海」としての人間臭い部分が中心で、「弘法大師」としての数々の奇跡や密教の中味については、ほぼ触れられていません。
著者の空想力の産物であることを念頭に置きつつ、「空海」への足ががかりとしても適した1冊ではないでしょうか。
”超人”と”人間”のあいだに… 「空海はあるいは、言葉に出して、――朝廷も国家もくだらない。といったかも知れない。」
かつて在阪の頃、空海ゆかりの場所を数多くたずねた。東寺、神護寺(高尾山寺)、施福寺(槇尾山寺)、東大寺、大安寺…特に意識しなくても、前記のような史実と思しき場所から伝承・伝説の類まで、近畿(この場合、“関西”より“近畿”がふさわしかろう)を歩けば、どこでも空海の足跡にすぐ行き当たる。それほどに空海は“遍在”している。それは冒頭の言葉に代表される、空海の人智を超えるような思想的巨大さの表れとも思える。
前期の期間、行きたいと思いつつ遂にそれを果たせなかった場所が、高野山だった。その高野山の壮大な伽藍を、司馬氏は「若き日に滞在した長安の街を再現したかったのではないか」と“夢想”する。
「空海は帰国後、淋しかったのではないか」
その余りの巨大な知ゆえに、当時“文化の果てるところ”の辺境だったこの国において、空海は孤独だったのではないか…司馬氏が描く“空海(の風景)”の魅力は、その壮大さと同時に、“超人”にもなお、人間としての“弱さ”を透視しようとする著者の視線にある。
本書を読んで、必ずいつか高野山を訪れたい、という思いが、改めて強くなった。
神秘的な話がなくやはり中途半端 下巻は上巻と異なり、空海が成功の階段を駆け上る話なので
一種痛快である。
しかし、小説であるのであれば、もう少し、空海の起こした
奇跡であるとか密教的な話を書かなければ片手落ちである。
筆者はおそらく非科学的であると批判されることを恐れて
そのような話を書かなかったのであろうが、それなくして空海
の本質に迫ることは不可能である。
ただ、上巻にしても下巻にしても空海にまつわる史実や史料
がふんだんに盛り込まれているのでこれから研究して行こうと
いう人にとっては良いガイダンスになるであろう。
お大師さんと人間空海 これまで何度か高野山に行ったときに知った数々の伝説、お大師さんは子供のときに一切の衆生を救う誓いを立てて崖から飛び降りたところ助かったとか、中国から帰る時に布教の場にふさわしいところへ落ちろと願をかけて投げた鉾(?)が高野山の木にひっかかっていたとか、なにより今も生きて衆生救済に励んでおられるとか、ありえないとツッコミを入れたくなるような超人話を21世紀の人々にさせる、お大師さんとは一体どんな人なのだろうと思ったのが、この本に手をとったきっかけでした。 それまでの私はまさに伝説の聖者そのものの空海を想像していました。ですから上巻で思いっきり性欲話が、しかも空海がそういうことに人一倍関心があったはずだという説がぶちあげられた時点で、私の中の聖者「お大師さん」としての彼のイメージは傷つき、かなりへこみました。 ところが下巻も佳境に入り、泰範の代筆で最澄に絶交文を書くくだりの頃には、さすが空海、これくらいいやらしくてナンボだ、といった、司馬氏の描く「人間空海」も好きになっていました。 聖者としての彼を期待して手に取った本でしたが、この本での彼は(その後読んだ他のどの空海本にもなかった)平安初期を豪快に泥臭く生きた「人間空海」そのものでした。 「お大師さん」と「人間空海」が同一人物として私の中に溶けるには時間がかかると思いますが、この本で私の空海像はぐっと厚みと深みを増しました。 最初は筆者の感想や分析が多く、感情移入しにくかったため、暇つぶしに読む本だなという程度でしたが、後半(つまり下巻)はぐんぐん引き込まれて一気に読んでしまいました。司馬氏の本は初めてでしたがおもしろかったです。
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[ 文庫 ]
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落日燃ゆ (新潮文庫)
・城山 三郎
【新潮社】
発売日: 1986-11
参考価格: 580 円(税込)
販売価格: 580 円(税込)
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・城山 三郎
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カスタマー平均評価: 4.5
国家の体制とは。。。 文官でただ一人 東京裁判で死刑になった広田弘毅という人物に興味が有り、この本を手にとりました。
伝記小説ですが、様々な資料からの忠実にのっとった形で進んでいく小説で、教科書のように事件、事柄が列挙され、物語が進んでいきます。(作者の余計な修飾文章はほとんどない)
この小説が正しい内容であるとすると、戦争になっている過程がとても怖く、その当時はこんな国家体制だったと思うと、ぞっとします。
誰が日本のかじ取りをしているのか?
軍を仕切っているのは日本本国の本隊の作戦本部(大本営)ではなかったのか?
関東軍の暴走はどうしておさえられなかったのか?
全くもって、その当時の日本というのは、まとまりの無い、統制の利かない状態だったと言うことがわかりました。
国家体制というのは、ほんのちょっとした進み方の誤りで転落していくのですね。
今の時代も憲法解釈が勝手にされ、いつの間にか昔来た道を歩んで行っているかもしれない と感じるのは私だけでしょうか?
また、広田弘毅のような清廉潔白な本当の政治家がいなくなってきていると感じているのは私だけでしょうか?
我々国民がもっとしっかり政治と政治家に目を向けないといけないと本当にこの小説を読んで感じました。
そして、本当の意味で国民、国家の事を考えている政治家を選ぶような立派な国民になるように、世の中のでき事をしっかり見つめていきたいと感じさせてくれた小説でした。
今の時代に広田がいたら 戦争の何よりの責任は、個人よりも、「統帥権の独立」を許した、
長州の作った憲法構造そのものにある。
本作品の主人公、広田元首相がしみじみと言うこの言葉に、重みを感じる。
そして、「統帥権の独立」を錦の御旗に、わがままな子供の様に独走し、
荒れ狂う軍部の嵐の中、極論すれば一人でそれに立ち向かった広田。
しかし、どんなに強い人間でも、時代の流れにはかなわない辛さを感じた。
その反省から戦争放棄を謳った現在の平和憲法ができたが、その解釈を巡って、
様々な論議が交わされ、再び不安の時代の到来を感じさせている。
今の時代に広田がいたら、この論議にどの様なことを言ってくれるだろうか、
とこの作品の続きを期待してしまう。
ドラマが良かったので。 テレ朝のドラマを見た後で買って読みました。広田弘毅という人がA級戦犯で絞首刑になった、ということは高校時代の教科書で知っていましたが、その人となりや周りの家族の方などについて全く知らなかったのでドラマも興味深く見られましたし、後で本を読むとドラマでは出てこなかった広田の学生時代の話、巣鴨留置所の様子など驚きの連続でした。邪道と思われるかもしれませんが、広田弘毅の言葉を全部、北大路さんのイメージで読んでしまっています。この変の歴史に全く無知だったので、とても勉強になりました。ドラマを見て興味を持った人には是非。
自ら計らわぬ 東京裁判にて文官で唯一死刑宣告を受けた
広田弘毅。外相、そして首相をつとめた外交官
彼の「自ら計らわぬ」生き方を綴った長編小説。
不毛地帯を読み終え、ホントはもっと軽いテーマの
本を読もうかと思っていたんだけど、何気に
ストックの中から手に取ったのがこの落日燃ゆでした。
城山三郎は大学の先輩にあたり、代表作として
この作品の名前を知っていたので、いつかは読もうと
思って買ってあったもの。
前半は戦前・戦中の外務省と軍部とのそれぞれの
思惑の中で、いかにして戦争に進んでいってしまったか。
そして後半は自ら語らぬことを決めた広田を通しての、
東京裁判という政治セレモニー。
二つの祖国や不毛地帯でも読んだ世界を広田弘毅の
視点から描いていきます。
開戦にしたって、東京裁判にしたって、結果は分かっている
話ではあるのですが、ここでこの想いが成就していれば、
歴史が変わっていたんじゃないのって思いながら読むことも
しばしば。
日本史の近現代史を習った時に、2・26事件の後に
首相になった人ってことぐらいしか認識をしていませんでしたが、
日本の歴史の中で、広田弘毅という男の存在した意義を
深くかみ締めながら読みました。
なんと、日本ではちょうど先週末にドラマ化されたらしいですね。
テレ朝の記念番組かなんかの一環で。
ドラマでこの作品のことを知った方も、ぜひ本も
読んでもらいたい一作です。
日本を愛する人に。 東京裁判のキーナン首席検事をして「なんというバカげた判決か」と言わせた絞首刑という判決。昭和23年12月23日、A級戦犯(平和に対する罪)として世を去った広田弘毅氏が最後まで止めようとした戦争に至る経緯と広田氏の静かな、しかし気骨ある生き方を本書は史実に立脚し淡々と伝えてくれます。
統帥権という名のもとに暴走する関東軍、軍部と外務省の対立、さらに省内の分裂。外交官として軍部より世界をはるかに深く知っている広田氏は、こうした激動の時代を一貫して対話による外交と「物来順応」という態度で臨んできました。その姿勢は戦犯裁判になってからも変わることはなく、また家族に対する想いとあいまって読者に深い感慨を与えてくれるのではないでしょうか。
1978年、靖国神社にA級戦犯は合祀されましたが、それを誰にもまして戸惑って受け止めているのは天国でこの日本を見つめている広田弘毅氏のように思います。彼の持っている世界観は一国の英霊として祀られるより遥かに高い所にあること、また人生を諦観して見つめ続けたその生き方の真髄を本書は痛いほど読者に伝えてくれていると思います。
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