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[ 文庫 ]
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空海の風景〈上〉 (中公文庫)
・司馬 遼太郎
【中央公論社】
発売日: 1994-03
参考価格: 720 円(税込)
販売価格: 720 円(税込)
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・司馬 遼太郎
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カスタマー平均評価: 4
功罪相半ば…。 空海を語った本で一番よく知られている(一番売れている?)本だろう。たしかに読み易い。
わたしもご多聞にもれず、かつて、この本から空海に入った。他に読みやすく手ごろな空海の本がなかったという事情もある。
その後、空海に関する本をいろいろ読み、また東寺や高野山を訪れ、まがりなりにも30年、空海を追いかけてきた。そして今、この本は空海への入口に過ぎないとつくづく思う。
これで空海のことは大体わかったような気になってしまうケースがどうも多いようだ。しかしこの本の空海像は何から何まで漠然としているのです。ところが読者は漠然とした話であるはずのことを脳裏に焼き付けてしまう。いつしかイリュージョンがイリュージョンでなくなってしまう。
語り部(手品師?)、司馬遼太郎の面目躍如たるところだろうが(それが作家としての端倪すべからざる能力!)、読者は自分がいい餌食になっていることに気づかない。これは不幸だ。この本を入口にするのは良いが、それで完結して満足してしまう読者は気の毒に思える。もっと肥沃な領野が広がっているのです。功罪相半ば、とはそういう意味である。
本当の空海に少しでも近づくことを願う人に、僭越ながら経験から僅かながらの示唆を提供させていただくなら、わかり易い本とは言えないが、ちくま学芸文庫『空海コレクション2』をまずはお勧めしたい。だがこの本は解説が回りくどいのが難点。いっそ、門外漢である建築家が最近出た著書の後半部分で空海のセンテンスを選りすぐって解説しているのが出色(春秋社『空海 塔のコスモロジー』)。
司馬さんのフィールドワークと一次資料の活用に感動します。 真言宗に御詠歌という仏教音楽が残っていますが、これは弘法大師のそのままの言葉を伝えるものだと言われています。司馬さんの作品では空海が信者を引き連れて山河を跋渉し問われるままに様々な話をした事柄が、眼前に匂い立つように描かれています。ここで特に司馬さんがタイトルに風景と言う言葉を用いているので、その文章の理解には教養と経験と想像力が要求されます。特に史実は明治期を取扱った作品と同じ態度で臨んでおられますが如何せん古い時代の話ですから、その史実から飛躍できないもどかしさと歴史の空白部分への想像力の膨らみ
が相克する面白さ、密教が今でも秘密とされている事が作者を魔術のように翻弄する部分は恐ろしく知的です。まるで1000年前の空海と司馬氏が対談しているかのように思われます。私は20代では理解出来ませんでした。読み返すたびに発見があります。
そこのお若いの、ここから入るな。 これから司馬文学に入ろうとする方、この作品からはやめておこう。司馬遼オタクと言われた私が挫折寸前だったからだ。何とか読み通したが、これが司馬さんだと思われても困る。
有名だからどなたか書いておられるかもしれないが、「坂の上の雲」にも「翔ぶが如く」にも「挫折の巻」がある。「余談だが」といって1冊書いちゃうとか。興味のある場合はその余談が楽しいのだが、これはちょっと苦しかった。
ほかの司馬さんの作品は大好きだが、司馬さんは、悪い意味ではなく、偏見と思い込みの人だ。そう思って、ほかの作品から司馬ワールドに入って楽しむといい。
司馬さんの見た空海を楽しめる 司馬遼太郎さんの作品は、主人公の姿が映像として自分の目に浮かんでくるようなかんじがその特徴だと思いますが、本書は他の司馬さんの本に比べると、「自分の目に浮かぶ」という感覚は弱かったです。徹底的に資料を調べ尽くす司馬さんも、さすがに空海の時代まで遡ってしまうと資料が限られてしまうため想像に頼らねばならない部分が多くなり、「生き生き感」が薄らいでしまったのではないかと思います。とはいえ、残された空海の書にある筆のタッチひとつから、その頃の空海の状況を推理する司馬さんのすごさには驚かされます。本書を通じ、空海の一生を楽しく知ることができました。
サイアク 資料を網羅したわかりやすい入門書というよさはあるけれど、司馬遼太郎の想像がことごとくマトハズレ。『情報』はあるけれど、仏教のことも空海のことも、まるでわかっていない。その無能さに、あきれるやら、腹が立つやら、とにかく最悪本。
「セックスは全て良きことであり、すなわち菩薩の位である」みたいなトンデモ解釈。「セックスを良きものに変える言葉こそが、菩薩の位である」となぜ正しく解釈できないのか。
スポーツ新聞のエロページのような解釈をすると売れるから、わざとやったのだろうか?
とにかく、もっとまっとうな空海本のスタンダードを早く誰か書き改めて欲しい!!!
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[ 文庫 ]
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I LOVE YOU (祥伝社文庫)
・伊坂 幸太郎 ・石田 衣良 ・市川 拓司 ・中田 永一 ・中村 航 ・本多 孝好
【祥伝社】
発売日: 2007-09-01
参考価格: 630 円(税込)
販売価格: 630 円(税込)
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・伊坂 幸太郎 ・石田 衣良 ・市川 拓司 ・中田 永一 ・中村 航 ・本多 孝好
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カスタマー平均評価: 4
地肩の強さみたいなものを感じてしまう オリジナルは2005年7月20日リリース。祥伝社創立35周年記念特別出版として伊坂幸太郎他5名の作家による書き下ろしを纏めたもの。ぼくは当然、伊坂幸太郎の『透明のポーラーベア』が読みたくて手に取った。
が、余り感心しなかった。はっきり言って『チルドレン』を書いた後、2004年?2005年という2年間は続編の『陽気な・・・』はともかく、様々な方向性を模索しては失敗していて、スランプに近い時間だったような気がする。作家は作品を出し続ける人と気に入るモノができなければ世に出さない人もいる。初期の作品が余りに素晴らしいだけに、無理に出すなよ、と言いたくなってしまう。
そうは言っても他の5人の作家より遙かに惹き付けるものを持っていて、地肩の強さみたいなものを感じてしまう。2006年の作品以降は復活した感がある。作家というのはイマジネーションを自らの中に限界まで溜め込まないといいものができないのかな、と思う。
繋がり あ、伊坂幸太郎だ!という事で早速読ませてもらいました。
「透明ポーラーベア」
僕は漫画や小説、映画とかを見ていて、間に描かれる日常が来ると安心し、次の日常を待ち遠しく思っています。事件が起こると、事件の解決を祈るだけです。速く日常が戻ればいいのにと。若干矛盾してるのかなと自分でも思うのだけれども、そういう性格なのだから仕方ない。
そんな僕の好きな日常の中で、シロクマを皆で想像しながら繋がることが出来る、そういう話です。
ほんとにつぶぞろい 版元の紹介に「奇跡のアンソロジー」とありますが
そのとおり。作った編集者はすごい気持ちよかったでしょうね?。
順番も、ベストではないでしょうか。
とくに
「百瀬、こっちを向いて」「Sidewalk Talk」「突き抜けろ」「魔法のボタン」。
「百瀬、こっちを向いて」のなかには、コンクリの校舎の中で日々を過ごした人間なら胸をつかれちゃうと思う独特の感じ、「Sidewalk Talk」もシーンがぼんぼん見える。
「ずれ」が圧倒的な情景の想像を呼ぶのではないかな、と思いました。
皆、微妙に、ふつうの取り合わせからは、ずれた感じの設定ですよね。
偶然でしょうか。
ありがちなドラマだけど・・・恋はフシギ☆ 人気の男性作家6人による男性の視点から描かれた短編恋愛小説集。
プロローグからエピローグまでの作品の繋ぎ方は絶妙です!
作品ごとに恋愛模様は違いますが、切なく微妙な心の動きは、
読了後、同じ物語を紡いできたかのように感じ入りました。
全体をとおして、オトコの方が繊細だと言わんばかりの感もありましたが、
男女の愛し方の違いを痛感しました。
同時に、普通っぽい恋愛話がドラマチックに描かれている点においては、
「恋心って普遍的なもの」という安堵感が残り、温かい気持ちが広がってきました。
個人的には、何度読んでも味のある「透明ポーラーベア」と、過去の私的な経験で
理解し難かった気持ちがやっと腑に落ちた「突き抜けろ」に魅かれました。
平均点の高い恋愛アンソロジー 個人的には、1位中田永一「百瀬、こっち向いて」
2位石田衣良「魔法のボタン」
3位本多孝好「Sidewalk Talk」
4位伊坂幸太郎「透明ボーラーベア」
5位中村航「突き抜けろ」
6位市川拓司「卒業写真」
伊坂幸太郎の「透明ボーラーベア」は彼氏の転勤で遠距離恋愛をすることになったカップルが動物園に行く話。そこで、カップルの男の姉の元カレと再会します。ボーラーベアは北極熊のことで、男の姉が好きだった動物。4位とはいうものの、上位3人が強すぎるので、軽く平均は超えています。
石田衣良の「魔法のボタン」。ってか、クサイ(笑)。石田さん、クサすぎ、そしてカッコよすぎ。失恋から立ち直る話。石田さんらしい恋愛短編の良作。
市川拓司「卒業写真」。平均点下げてます。期待していたのですが残念です。わけがわからない、何を目指しているのでしょう。次の百瀬を盛り上げるためなのでしょうか?
中田永一「百瀬、こっち向いて」。やられました。伏兵でした。この中で唯一読んだことのない作家だったのですが、良い小説書きますね。この人の短編集が出たら、絶対買いです。この作品だけで、十分に元を取れました。僕は年に400冊くらい読むのですが、その中でもトップクラスです。高校生の初恋の話です。
中村航「突き抜けろ」。「絶対、最強恋のうた」の元の話。大学生のカップルはお互いを好きでいつづけるためにルールを決めた。週に3度の電話と一度のデートがふたりをつなぐ。
本多孝好「Sidewalk Talk」。上手いです。最後をしっかりとしめてくれます。僕は、この人は外れのない作家だと思っています。この短編は別れ話をするカップルの切ない話です。気持ちよく終われる良作です。
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アスラクライン〈3〉 (電撃文庫)
・三雲 岳斗
【メディアワークス】
発売日: 2006-02
参考価格: 557 円(税込)
販売価格: 557 円(税込)
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・三雲 岳斗
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カスタマー平均評価: 4.5
最初は痛いんですよ… 玄関で科學部部長代理の黒崎朱浬さんが倒れていて、なおかつ記憶喪失というなんかアレな展開。そして、なんと操緒が…徐々にキャラも増えはじめ、動きだした気がします。
記憶喪失でもいつもと同じ 表面的にみると相変わらず流行に乗ったキャラ重視の作品に見えますが、だんだん三雲作品らしい暗さがにじみ出てきたような気がします。
今回は、スタビライザと呼ばれるものをめぐって、新たな敵?だ登場します。記憶をなくした朱浬さんが、それでもいつものように暴れまわって、さあ大変。智春くんに平和な日常生活は戻るのか?
どうしても入れたいらしいミステリーチックな要素も含まれています。最後にある智春の独白は果たして次巻以降へも引きづられるのでしょうか…
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ナ・バ・テア (中公文庫)
・森 博嗣
【中央公論新社】
発売日: 2005-11
参考価格: 680 円(税込)
販売価格: 680 円(税込)
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・森 博嗣
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カスタマー平均評価: 4.5
スイット引き込まれる。 無味、無色、無臭。
そんな感じさえ与える世界観。
言い方を代えると
非常に乾いた大陸の草原のような感じの世界観といえるかもしれない。
けれども、空中戦を描写するテンポ、話の展開のメリハリ。
どれも、理系的に計算されているような印象を与える。
頭の良い著者の世界に、すーっと引き込まれる。
このシリーズに共通する一貫した世界観が、読者に上質の楽しみを
与えてくれる。
著者に感謝。
空は無意味の色 スカイ・クロラから時間をさかのぼったクサナギスイトの物語。
空は幾分、死に近い。空戦はゲームに似ていて、死はキルドレにとって単なるゲームオーバーだ。爆音も、手に残る衝撃も、Gも匂いも吐き気も、事実ではあるが生々しさには遠い。
キルドレたちは生や現実に感情を吐き出さない。
子どもにとって、死は近い。まだ生の実感から遠いからだ。普通の子どもはだから死をひどく恐れる。キルドレにとっては、死も生も同じ無関心さの先にある。
ならば何故、ティーチャは飛ぶ?ふたたびチータに戻って黒猫マークを描いた敵機に、クサナギスイトは意味より先に親近感を抱く。
『キルドレ』と『大人』と『子供』 『ナ・バ・テア』を読んでいて、途端にあることが判らなくなった。
彼らが言うところの、「大人」や「子供」とは何だろうか。何年ぶりかに会った親族に言われた「大人になったね。」という言葉みたいに、それは自分を子供とみて発したものなのか、額面どおり大人に発したものなのか、考えてみると判然としない。そんなどこか飲み込み難い違和感を、同じように、本作中の「大人」と「子供」という言葉にも覚えた。
原因は、おそらく「キルドレ」という概念にあるのだと思う。しかし、何を拒めば子供のままでいられるのか、何を受け入れれば大人になれるのか、現実世界でもそんなにはっきりとしたものだろうか。
「あの人は大人だ。」とか「お前は、まだ子供だな。」といった言葉を聞くたびに、そうだよな、と一旦は飲み込むものの、何を基準にそう判断しているのかは判らない。
メディアで、「働かない20代・30代」や「罪を犯した20代・30代」のことを、「いつまでも子供のままだ。」と言ったり、「ゲーム世代」とか言うことで非難する「自称大人」は、ただ単に、自分とは違う存在とみなしたいがゆえに、あまりに安易に「子供」という言葉を使ってはいないか。
「無責任な大人」と「責任感のある子供」に決定的な違いがあるとすれば、それは年齢でしかないのではないか。「無責任な大人」を「子供」とみなすことで自分の世界から排除する「自称大人」は、明確に「大人」と割り切れるものなど存在しないということを認めることで、罪を犯す者もまた、自分と同じ存在であると認めることになるということを恐れているのかもしれない。
果たして、「大人」と「子供」の境界線が曖昧になったところで、いま一度『ナ・バ・テア』を読むとき、草薙が拒む大人とは何か、子供のままでいるとはどういうことか、新しい視点が生まれるはずである。
この本を読む人は、作者の仕掛けた罠によって、一度自分の内にある先入観に囚われる。しかし、先に述べた新たな視点で、もう一度これを読み返すことで、その罠から解放されるだろう。しかし、その「解放」もまた作者の仕掛けた罠なのかもしれない。
「解放・開放」された先には、「孤独」が待っているかもしれない。それは、草薙にも、死んでいった人間(キルドレ)にも当て嵌まる。『ナ・バ・テア』。題名に込められた意味を考えたとき、ふと、得体の知れない感情が産まれた気がした。
エンジンがかかってきた!!私は森さんを知れてよかった。 スカイ・クロラを読んだときは、くじけそうだった・・・。でも、このナ・バ・テアは、読んでいて私も一緒に空を飛んでる気分に慣れたし、主人公の感覚に好感がもてました。
でも、ずいぶん読み進めるまでは、この主人公は一体だれ????って非常にわかりませんでした。「ところでこれは一体誰??」と思いながらいい意味のモチベーションで読み進められました。この本を読んだから絶対続きよんじゃいますよね!!
クサナギの謎 - 恋 「スカイ・クロラ」の続編であるが、時は「スカイ・クロラ」よりちょっと前。
草薙水素(クサナギスイト)の恋愛について描かれる。
恋愛といっても、彼らは企業に作られた戦闘人間。
空を飛び、殺し合い、仲間を失っても涙ひとつ見せることもなく毎日を淡々と
過ごすキルドレ。
記憶も人格も食事も少ない会話も普通の人間と同じようであるが、街にいる普
通の同年代の少年少女たちとは明らかに違う。
毎日毎日を淡々と過ごし、飛行技師、憧れのティーチャ、死に行く仲間、戦闘、
食事・・・
淡白な日常が少しずつ変化していく、それはクサナギの心境なのか、人の死か
らなのか。
早く次が知りたい、、、森博嗣の独特な文体に引き込まれ、一気に読んでしま
いました。詩のようでありながら、情景がはっきり目に浮かぶ。
個人的には「スカイ・クロラ」の方がちょっとだけ上かな、と思ってしまう。
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[ 文庫 ]
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関ヶ原〈上〉 (新潮文庫)
・司馬 遼太郎
【新潮社】
発売日: 1974-06
参考価格: 740 円(税込)
販売価格: 740 円(税込)
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・司馬 遼太郎
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カスタマー平均評価: 4.5
歴史のif これを読めばいやでも「歴史のif」を考えてしまいます。「もしこのときこうだったら西軍が勝っていたかも」という場面がたくさんあり、悲運の武将石田三成にに心を寄せる人は歯がゆい思いをしながら読むでしょう。私はといえば、三成は非常に魅力的ではありますが、たとえ関ヶ原で西軍が勝ったとしても歴史が彼を新しい時代の創設者に選ぶことはなかっただろうと感じました。一方家康は鼻もちならない人物ではありますが、新時代を切り開くにふさわしい人並み外れた英雄です。理想を掲げる者、権謀術数を操る者、利益で動く者、時代に流される者がさまざまに入り乱れながら、大きなうねりとなって関ヶ原の戦いに収束していく様は、きわめてスケールの大きな歴史ドラマです。純粋な娯楽作品として読んでも大いに楽しめます。
嫌われ者 光成 歴史物が苦手な自分がこの本を読んだのは三国志を読み 次に項羽と劉邦を読み 日本物も読んでみようとたまたま
アマゾンで推薦された関ヶ原を読みました。項羽と劉邦のレビューにも書きましたが司馬遼太郎の 小説でも単なる解説書でも無い独特の文章に魅せられどんどん読み進みました。今まで石田三成は嫌なイメージだけしかありませんでした。
しかし,光成なるほど今の世の中にいればおそらくヒーローになれるのではと思います。さあ 中巻を読むぞ。
家康と三成の駆け引きを描く第1巻 全3巻の第1巻では、秀吉亡き後の戦国の世で、石田光成と徳川家康がさまざまな因縁と駆け引きのなかで天下分け目の関ヶ原に突入していく背景を中心に描きます。
秀吉への恩顧と義憤から家康を討とうとする三成。一方で、豊臣家の御為と言いながら明らかに天下を狙う家康。会津の上杉氏と呼応して日本全土を舞台に家康を挟み撃ちにする大戦略をたてる三成と、その戦略を上回りあえて三成の挙兵を誘い叩こうとする家康の虚虚実実の駆け引きが見所です。それにつけても、家康とその謀臣本多正信の巧妙な謀略に三成は次々とはめられていくさまは、物語とはいえ、家康が「狸」になぞらえられるのがよく分かります。
ところで、本作は司馬作品のなかでも佳作というか中くらいのボリュームなので、表現は比較的簡潔で、各武将の人となりなどの描写も少し軽めですが、逆にそのことによって、娯楽作品として気軽に楽しめる内容になっていると思います。
これ一冊で戦国武将に詳しく とまではいきませんが、 この小説の時代背景は、正に戦国動乱期とも言え、 出てくる武将の数も多いです そしてさすがは司馬作品と思わせる、文章 詳細で、語尾まで極めて丁寧な装飾ながら、それでいて簡潔な文章です テンポもとても良いです 途中出てくる余談は賛否あるようですが、単純に歴史の裏的な史実にも詳しくなれると思うので、自分は好きです また、司馬作品はとても話の節目がよく、目次ごとの区切りがよいです『そろそろ集中が切れるな』と思うところで、次の節がくるので、ゆっくり読むときも、非常に読みやすくて良いです しばらく読んでなくて、途中から読んでも節のはじめから、話の流れがよくわかりますいざ合戦の時もとても歯切れよく、壮大な合戦の構図がありありと臨場感と興奮を伴って 脳内を刺激するかのように 駆け巡ります 人間、三成の不完全さ 徳川家康の不気味さ 慎重さが、対比的にもよく表れています そして なんといっても小説オリジナルの人物、初芽がとても自然な感じで 三成との運命を供にするかのように物語の中核を成しながらも静かに寄り添っています
三成、必勝の布陣をしくも負けるべくして負ける 関ヶ原における布陣、大谷吉継や島左近の奮闘と戦術レベルで圧倒。
上杉征伐で家康を東北に引き付け関西で挙兵した三成が背後から討つと戦略レベルでも圧倒。
まさに負けるわけがない西軍。
しかし、現実には、10数万の会戦は1日で決着、東軍の勝利に終わり、
1603年には家康の手で江戸幕府が開かれるわけで。
なぜ西軍は負けたのか。
関ヶ原当日に至る過程を、家康・三成のパーソナリティを基点に分析し、
見事に解き明かしたのが本書。
司馬が描く三成は「観念の人」。
自分が立てた豊臣への忠誠という規範に縛られ、
当然他人もそれにしたがって動くと信じてしまう。
かたや家康は、人間の表も裏も知り尽くした古だぬき。
武将たちが何を欲しているのか、どう突けば動くのか、
福島正則も加藤清正も、彼の手の上で踊る哀れな人形にすぎません。
最終的には、敵の大将である三成すら・・・
必勝の布陣をしきながら、負けるべくして負けた西軍。
人間の機微が詰まりに詰まった作品。
やはり司馬遼太郎は何度読んでも勉強になります。
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[ 新書 ]
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国家の品格 (新潮新書)
・藤原 正彦
【新潮社】
発売日: 2005-11
参考価格: 714 円(税込)
販売価格: 714 円(税込)
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・藤原 正彦
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カスタマー平均評価: 3.5
「日本人としての使命」を再確認させてくれた アメリカに住むようになって、14年、日本人としての誇りやアイデンティーを忘れがちになってきたところに、子供が通う日本語補習校の図書コーナーで出会った「国家の品格」。日本での最近の風潮について聞く度に「もう日本はだめだよね?」が口癖になってきたところでしたが、この本に詳しく説明されている、他国に例を見ない、日本の底力に関する記述読んで、「やっぱり日本ってすごい国かもしれない」と思うようになりました。日本人であることに感謝するとともに、人間が自然界のトップであるという現在の主流の考え方ではなく、日本に古代からある、人間は自然の一部なんだっていう大切なメッセージを日本や日本人が世界に発していけたらなと強く思うようになりました。筆者が言うように、今世界が直面している環境破壊に取り組むにはこういった姿勢が一番大事ってことを、日本はもっと自信をもって堂々と伝えるべきだと感じます。
日本再生の鍵 おかしくなってしまった日本。かつては一流といわれた経済も学力も、今は見る影も無い。何が日本を再生させるのか?福祉の充実か?クリーンエネルギーか?教育か?それもいい。でもこの本を読んで、忘れられた「武士道」精神こそが日本を蘇らせる鍵であることに気付いた。
危機感の発露 数学者である藤原先生は、目の前に起きている事態の原因を正しく、詳細に見通しておられる、と思います。未来に対して、大変に参考になる大きな方向性を示した、本であると思います。戦前の教育と戦後の教育がどちらが好いか等は、単純には優劣は付けがたいモノですし、どちらも、長所と短所を含んでいますが、「道徳」と倫理的破綻が、大人はおろか、子供にまで及んでいる事は、確かな事です。敗戦後アメリカの強制が大きかったですね。
教育の方法も目的も、その時代の国家的要請から「重心と焦点」が、変わって来ますから。江戸時代の幕藩体制の、寺子屋教育(読み書きソロバン)と修身の徳育。明治期から敗戦までの「漢学と欧化」の、和魂洋才教育、敗戦後のデューイ等を参考にした、アメリカ的な、個性重視の教育思想。と、大まかに言えば変遷をしてきた訳です。1960年代の後半までは、学力は維持されて居た様に思える、教科書も許容できるレベルに達していた様に思いますが、1980年代に入ると、それまでもあったが、イジメや不登校などが、度を越して次第に顕著になってきました。学校教育の基礎の部分の破綻が出て来た、そして、教育内容に付いても、方法に付いても、初等教育の崩壊と迷走が始まる、初等教育の破綻は、中等、高等、教育の崩壊に即、つながる。「何が一番大事なことか?」「どういう方法が一番必要なのか?」などの、根本的問題の把握の質に違いが出てきて、子供に負担が大きいならば、学習が達成されないならば、内容をモット単純にしましょう。教科書は出来る限り薄くしましょう。学習時間は、短くして、その時間を個性を伸ばす時間に当てましょう。そして、子供がそれでも学習内容が消化出来ないならば、週休二日にして家庭で学習をさせましょう。そういうずれた方向で進んできて、今の事態が出現しました。この先、どうなるか?は、知りません。このままであれば、決して良い方向へは、行く事が無いでしょう。明らかに方向性自体が、間違っているからです。余りにも、子供に甘い、甘やかしの雰囲気が出てきて、本来ある、社会生活の中での、厳しさ辛さが子供たちに教育を通じて伝わって居ない。辛い思いをしてこそ、同じような境遇にある人への、共感と同情が起る。新田次郎の「小説に書けなかった自伝」を読んで、藤原正彦さんは、やはり、新田次郎の倅なのだな、と思いました。
投稿者は、一度、6日間の海外旅行をした位で、外国の実情を知りません。海外へ出て、五年十年と、好い思いもし、厭な思いもして、暮らした人が、日本国を日本人を語る資格があるのかな?と感じます。ここで十五年二十年と暮らした人の意見は、参考になるものですね。
個人的には好きな内容でした。 売れた本というのは、
さまざまな意見が出てきて評価がわかれますね。
各人がそれぞれ意見を持ち、
それを表現できるというのはとても健全で良いことだと思います。
個人的な意見ですが、
とても読みやすい本だと思いましたし、
基本的な考え方には賛同できるものでした。
生まれた国に誇りを持って、
多少のひいき目でみることに問題は無いと思います。
誇りを持てないのであれば、
自分の好きな国へ移住すれば良いますし。
(まぁ、簡単にできることではないでしょうが)
少なくとも私は日本という国に誇りを持って生きていきたいです。
読んで良かったと思える本でした。
評価は、星4つです。
素直に読んで どうもこの本のレビューを書いている人たちは一筋縄ではいかないインテリが多いらしく、一般的な人が抱く印象とはだいぶ違っているような気がします。普通の人が素直にこの本を読めば、きっと心を打たれるところが多いはずです。日本人であることに自信が持てるようになるはずです。
まず、「論理」の危うささを明快に解き明かし、「情緒」の大切さを強調していますが、これを一流の数学者が発言しているところに意味があると思います。日本人は「非論理的」であるといわれ続けながらも、数学・理論物理などで世界的な業績が次々と生まれる背景がわかります。
また、武士道精神の重要性を主張する著者は、「卑怯なことをしてはいけない」などの大切なことは理屈抜きで教え込まなければならないと強調されています。ここで引用している「ならぬことはならぬものです」という会津藩の教えは、賛否はあると思いますが、たいへん心を打つものです。
有名人の書いた話題図書を読んでがっかりさせられることは非常に多いですが、この本は想像以上の満足度でした。教育者や若い世代にぜひ読んでほしいです。意見を異にする人も当然あるでしょうが、まずみんながこの本を読み、その後にこれをベースに議論してもいい、それくらいすごい本だと思います。
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[ 文庫 ]
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プリンシプルのない日本 (新潮文庫)
・白洲 次郎
【新潮社】
発売日: 2006-05
参考価格: 500 円(税込)
販売価格: 500 円(税込)
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・白洲 次郎
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カスタマー平均評価: 4.5
骨太な人 白洲次郎という人は、なかなか骨太で芯の通った人だったのでしょう。
本人の言葉から伝わってくるのは、どちらかといえば下からの目線です。
占領下でアメリカ絶対服従の空気の中で苦言を呈することのできた立派な
人だと思います。
読み終えると、やっぱ正しいこと言っているわと認めざるをえない 白州次郎について一冊だけ読むのであれば、北 康利著の「白洲次郎 占領を背負った男」
をお勧めする。彼の真骨頂は、GHQとの闘争部分に発揮されているが、その当たりの描写
はお勧めした本の方が分かりやすいような気がする。
他方、この本では彼自身の文章であることが特徴であるが、一番興味深いのは、河上徹太郎、
今日出美との三人での対談。対談といいながら、実は白州次郎の独演会と化している。カリ
スマ的なところがよくでている。それと戦後直後の政治、経済に対するぼやきがおもしろい。
さて、この本の読み方として、白州が好意的なもの、批判的なものに分けて読んで行くといいのではないだろうか。例えば、
白州が同情的なもの・・・理想的な社会主義にかぶれた学生、肉体労働者
白州が嫌いなもの・・・GHQに媚びへつらう日本人、補助金にたかる企業、自己目的の経済団体、真相を報道しないマスコミ、外交技術を特別視しながら自己保身的な外務省の外交官、自分で合法・違法の基準を決める検察
こう読んでいくと、彼が上流の生まれでありながら、その視線のいかに低いことが分かる。
戦後の評論は、正直退屈な部分もあったが、読み終えると、やっぱ正しいこと言っているわと思わざるをえない。
50年前の肉声 白洲次郎は、どっぷり日本につかった日本人でもなく、
日本に責任を持たない、単なる批評家や「知日派の外国人」でもありません。
人一倍日本の戦後政治にコミットしながらも、
日本を外から眺めるようなスタンスでものを考える、稀有な日本人です。
しかも、権力の中枢に近いところにいながら、
権力から距離を置き、カネを求めるわけでもありません。
そのような彼の半世紀前の生の声を聞くと、
国民性というものは人間の性格と同じで、
50年や100年で変わるものではないということがよくわかります。
彼の嘆きは現在にも当てはまるように思います。
英国に比べれば、たしかに日本にはプリンシプル、
すなわち原理原則を重視しない風土があります。
彼は、その生き方の格好良さが過大に取り上げられがちですが、
彼のじかに語ったものを読めば、彼が何を大切にし、
それに忠実にどのように行動したかが理解できます。
白洲次郎関係の本は他にもありますが、彼の生の声を知るにはこの本が一番です。
戦後日本の政治や憲法制定過程、経済の知識があると
いっそう興味深く読めますよ。
日本国憲法や政治・政治家に関する率直な議論 白洲次郎が文藝春秋などの雑誌にのせた文章をまとめた本である.日本国憲法の成立,戦前や米軍占領下の政治にかかわった著者が,政治や政治家などについて,きわめて率直に,あるときは弱点もさらして,書いている.憲法についてかんがえるときにも,参考になるだろう.
現在の雑誌にこのような文章をのせたなら,たちまちひどい攻撃の対象になってしまうのではないだろうか.プリンシプルの有無をいう以前に,そこに現代の問題を感じてしまう.率直に表現し,率直に読むことをまなびたい.
吉田茂を持ち上げて、経済界の”嵐を呼ぶ男”であ?る? 様々な発表媒体をつなぎ合わせた、本人の発言記録。
吉田さんを抜きにしても、「縁の下の力持ち」の観察力、実行力、そして危機管理能力は、現在の「経済戦争=我がの国の生き残り」にも充分応用できる生き方だと思う。
彼が凄いところは、吉田茂と持ち回りをしっかり「武士道とGentleman」を使い分けながらも、「骨太=Principle」で生き抜いたことであろう。
Macatherの取り巻きの圧力に、真正面で立ち向かうのではなく、紳士として、それこそ「外交」を行ったことである。
今(2009年3月初旬)は、その吉田の孫ドン「潰し=小競り合い」の真っ最中である。だが、麻生太郎ドンは粛々と100年に一度の危機を乗り切る基礎体力を「ニッポン」に付けるために、実行するであろう。
小泉純一郎が壊して、麻生君は基礎を作る。
よい、役割分担ではないか?
横道にそれてしまったが、白洲氏の生=原典は、是非読むことをお薦めする。多くの評者は、あくまでも外からの眼であるから…。
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[ 文庫 ]
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動機 (文春文庫)
・横山 秀夫
【文藝春秋】
発売日: 2002-11
参考価格: 570 円(税込)
販売価格: 570 円(税込)
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・横山 秀夫
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カスタマー平均評価: 4.5
クライマーズ・ハイの著者 第53回 日本推理作家協会賞
4つの短編から構成されています。
同著者の『第三の時効』もとても面白かったですが、こちらも負けていません。
どの短編も面白く、テンポが良いのであっという間に読破出来ると思います。
警察小説の中でも最高傑作に入るレベルだと思います。
横山秀夫の世界観を満喫できる一冊 文庫本サイズ300ページほどの一冊であるが、四つの短編作品が収められている。
物語の主人公は、刑事であったり、新聞記者であったり、裁判官であったり…と横山秀夫らしい。一つ一つの作品は、短いが十分に、横山秀夫の世界観を満喫できる一冊である。
短編作品ということで、気軽に読める。それでいて、中身も濃い。自信を持って、お勧めできる一冊である。
刑事司法の周辺に生きる人々 氏の作品の最大の特質は、元地方紙の事件記者という経験を生かし、警察を中心とした
刑事司法やその周辺で生きる人々や組織の暗部、暗闘、苦悩を活写する、というところにある。
そこは非常に良く描かれている一方、トリックというかミステリーの核の部分は一寸弱いかなあという感じもするが、短編ネタを強引に引き伸ばしたような「半落ち」よりは、全体として
出来が良く、お薦めできる。
組織に生きる個人の葛藤などなど 本作は短編小説4本で構成されています。
うち3本は、著者の十八番ともいえる、組織に生きる個人の葛藤を描いたものです。
デスクワークに誇りを持って勤め上げてきた警察官と、
現場で奮闘し続けてきた警察官とのぶつかり合い。
著者も所属した新聞業界の過酷な競争と疲弊した現実、
そこで生きることにくたびれつつある女性記者。
淡々と人を裁いてきた地味な裁判官と、世知に長けた裁判所長。
いずれも渋い味わいと意外な結末が盛り込まれています。
そして、私が個人的に印象深かったのは、やや長めの「逆転の夏」です。
ちょっと設定が非現実的な感もあるのですが、
加害者と被害者の複雑な内面と運命的な対決を劇的に描いています。
何となく男くさく、たばこくさい。 イメージの問題だが、男くさく、タバコくさい。しかし、酒臭くはない。何となくハードボイルドなイメージかな。
ストーリーとしては、「動機」の気の利いた展開は面白い。また「逆転の夏」は、ハラハラさせられて、小説な感じがする。いずれも取り上げられるのは身近な話題ではないことから、「ああこんな世界もあるんだな」と感心する。
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[ 文庫 ]
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鳥山石燕 画図百鬼夜行全画集 (角川文庫ソフィア)
・鳥山 石燕
【角川書店】
発売日: 2005-07-23
参考価格: 700 円(税込)
販売価格: 700 円(税込)
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・鳥山 石燕
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カスタマー平均評価: 4.5
作品は5、商品は1。 鳥山石燕の妖怪画集、4種-12冊を文庫版 1冊に収録。各種共、目録、序文、跋文は翻刻のみで奥付は無し。本編はモノクロ写真版。欄外に底本に見える妖怪名や詞書を現今の漢字カナ交じり文に翻刻。A; 底本の漢字はほぼ総ルビ。翻刻もそれに倣うが、詞書のルビは旧カナ、妖怪名は現代カナ遣い。「読者の便を図った」か…?詞書は旧カナだから不統一。B; 四種目『百器徒然袋』下冊。妖怪名「山颪」(ヤマオロシ)の項(244ページ)。翻刻には、“?山おやじと言ひて、そう身の毛はりめぐらし?”とある。底本は“?山おろしと言ひてそう身の毛はりのごとし?”。妖怪名は『山颪』ヤマオロシ と記され、翻刻もしているのに何故、詞書翻刻は「山おやじ」か?「ろ」と「し」とが接近して「や」に見えた…か…?“毛を張りめぐら”すとはどんな状態か?単語の配列上問題無く読み流してしまうが…意味は?毛は“生える(生やす)”もの。“張る”ものではない。ここは、“?(名を)山おろしと言って、全身の毛が針のようだ?”と解す。「はり」は「張り」でなく「針」である。C;上記 A,B は本来、角川側のミスでない可能性が高い。鳥山石燕の妖怪画集四種は『鳥山石燕 画図百鬼夜行』として国書刊行会が平成 4年12月21日に初版を出している。両書共にモノクロ写真版だが底本は版の減りの違いから同一物でないと分かる。が、上記 A,B と全く同じ欠陥が国書版にも在る。先ず国書版で翻刻ミスが在り次に角川版発行の際、底本は別物を撮影したが、翻刻は国書版をミスの箇所までそっくり丸写しした…か…?本来、文庫化に際して国書版の誤りを正し、文庫版ながら、正しい本文を提供する好機であったが、他社先行版を安易に転載した為、誤読の連鎖となった。ただ…国書版は「間違った」。角川版は「手を抜き盗んだ物が欠陥品だった」のだ。勿論、石燕の作品の評価は星5。が、この商品の評価は星1。
ただただ眺める幸せ! なんなんでしょうね?
水木さんの妖怪本の場合、視て憶えようっていう図鑑的な楽しみ方になるんですが、
この本、石燕さんの場合、ただただ眺めてて楽しい感じなんですよ。
そういえば美術館にいったり画集を眺める時って、憶えようだの理解しようだのって消えますよね。
酔狂な知識欲で購入したのに、そんな感覚でとらえることの楽しさを再発見した気がします。
意味無く、毎日眺めて楽しんでいます。
いやー妖怪いいですねー 水木しげるとおなじように
妖怪という名前はこわくない場合がおおい。
どうも幽霊だの亡霊などときくと
夜がこわくなるわたくしですが、
百鬼夜行というのは案外安心してみられる。
首がグルリとまわるオーメンを思うとき
わーーーーー
もーこわいのはいやだと。そこいくと、
妖怪は自分のなかにもありそうでなんかへっちゃらな感じ。
一読推薦どうぞ!
妖怪絵師、鳥山石燕(1712-1788)の雅趣と遊び心のなつかしさ 国書刊行会の単行本は値が張るので手が出なかったんだけど・・・。いつの間にか、文庫本が出ていたんですねぇ。ちっとも知らなかった。大判の単行本のようにはいかないだろうけれど、その妖怪画の味わいの少しなりと味わえるのではと期待して購入、早速眺めてみました。
いやあ、いるわいるわ、妖怪どもがわらわらと。今さら言うのもなんですが、浮き世の俗事をひととき忘れさせてくれる雅趣に富んだ妖怪図画の数々、いいですねぇ。一枚、一枚、頁をめくりながら、なつかしい心持ちにもなりました。京極夏彦氏の妖怪ミステリー小説に出てきた「姑獲鳥(うぶめ)」や「鉄鼠(てつそ)」「絡新婦(じよろうぐも)」はもとより、畠中 恵さんの若旦那シリーズのキャラ、「鳴屋(やなり)」「屏風のぞき」「犬神」「白沢(はくたく)」もいるんですね。
【画図百鬼夜行】から「陰」「陽」「風」、【今昔画図続百鬼】から「雨」「晦」「明」、【今昔百鬼拾遺】から「雲」「霧」「雨」、【百器徒然袋】から「上」「中」「下」の各編、合わせて百九十三の妖怪図画が載っています。なかでも気に入ったのは、次の三つの画。
◎「蜃気楼」・・・・・・文字通り、はまぐりが気を吹いて楼閣を成すの図。神仙の気漂う趣が良い。
◎「ぬっぺっぽう」・・・・・・ぬり壁のようなものに目鼻がついてお辞儀している。垂れた目が殊に微笑ましい。
◎「小袖の手」・・・・・・にゅるっと出た両手の線に、ぞくぞくっと魅せられた。
「画はまた無声の詩とかや。」 日本の妖怪の基本形を作った画家の一人といわれる鳥山石燕(とりやませきえん)の妖怪画集全点収録!という小さいけれどお買い得な画集である。でるわでるわ、怖いもの、可愛いもの、可笑しい物、ただただ不思議なもの、と二百以上の妖怪がひしめきあって、あちこちめくって楽しめる一冊。
「猫また」や「河童」など、確かに我々の思い描く「基本形」のようなものから、「わいら」「うわん」など、「すみません、説明がないんでなんだかわかんないんですが・・」といいたいようなもの。4番目の画集「百器徒然袋」あたりになると、画家のお遊びの色が濃くなったのか、琴や鞍、瀬戸物が化けたものなど、可愛い漫画にしかみえないものも出てくる。
「今昔画図続百鬼」の一枚目「逢魔が時」は、塔のそびえる街並みの上空を怪しいものが過ぎていく図であるが、一寸心に残った一枚である。この「怪しいもの」の姿は何故か「入道雲に夕陽が陰影を与えればこのようにみえるかも」とおもわせる姿をしている。夕ぐれの空に何を感じるのか、「怪しいもの」を生み出す心はこんなところにあることを教えてくれる。
最初の収録画集「画図百鬼夜行」の跋文に「詩は人心の物に感じて声を発するところ、画はまた無声の詩とかや。」とあるが、流石に狩野派に習った絵師、そう思って見直すとごちゃごちゃと書き込まれただけのような画にも、描き手の詩心がみえるような気がする。
「画はまた無声の詩とかや」。この味わい深い一言で、一段と画集の拡張があがって感じられた。
文庫版なので当然縮小されており、その分国書刊行会の発行した画集よりは迫力は減ってしまうが、あの「大きさ」でこの「数」をみるくどさは薄められてかえってよいかしれない。
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[ 文庫 ]
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項羽と劉邦〈下〉 (新潮文庫)
・司馬 遼太郎
【新潮社】
発売日: 1984-09
参考価格: 620 円(税込)
販売価格: 620 円(税込)
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・司馬 遼太郎
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カスタマー平均評価: 4.5
四面楚歌 誰でも知っている四文字熟語 四面楚歌 圧倒的有利だった項羽は自らの地元である楚の人にも裏切られ紀元前202年この世を去る。その時代,我らが日本にはやっと稲作が大陸から伝わってきた頃である(その稲作を伝えてくれたのが楚人である可能性が高いと司馬遼太郎は書いている)。日本には卑弥呼さえ出現していない弥生時代に四面楚歌の四文字熟語の語源となる歴史的事件が中国で起きていたとは中国文明は奥が深い。しかも孔子が出現したのは更にそれより遡ること350年前である。
「将に将たる能力」本文から 百戦百敗の劉邦がどうやって漢を立てるのか。
戦略と戦術の違い、
「自尊心」と「虚心」(谷沢氏の解説から)、
風と雨(『漢の風 楚の雨』この小説の原題)、
当時の人の生活の様子、地勢、風土、文化、
人についていろいろ考え、多くのことが学べます。
項羽の魅力 タイトルの通り項羽の生涯が描かれています。
項羽が死ぬところで物語も終わりです。
劉邦と項羽ではありません。
個人の能力という点では、項羽は圧倒的に劉邦を
凌駕しているかもしれませんが、
組織の能力という点では、劉邦に及ばなかったの
だと思います。(韓信と張良)
項羽と韓信。
強烈な印象が残りました。
100年後に残る名作 二千年以上過去の出来事をその場に居合わせたような緻密な描写。
司馬遼太郎独特の淡々とした語り口調。
何度も何度も読み返したためとうとうページが破れてしまいました。
自分にとって100年に一度の傑作です。
名作なんだろうけれど・・・ 中国の史実をヒントに創作した作品(フィクション)として本書を見るなら、本書は優れた作品だと思うし、私自身もとても楽しめました。
ただ、「項羽」「劉邦」などの歴史上の人物を登場させた上、随所で中国の史書と対照させるなど歴史書としての意味も追求してるように見える点は、正直言って気持ち悪さを感じました。
本書を読みすすめながら、本当に「項羽」はこんな人物だったんだろうか、本当に「劉邦」はこんなことをしたんだろうか、といった疑問が消えることはありませんでした。純粋なフィクションとして読めばこのような疑問は意味がないのですが、歴史に絡めた書き方になっているため、このような違和感を感じたのでしょう。
本書に込められた歴史観やさまざまな教訓は、実生活や組織運営に役に立つのだろう思いました。企業経営者や管理者から高く評価されているというのも読んでいて頷けました。しかし、あまりにも人物の設定や切り口が明晰すぎて、かえって気味悪さを感じたことも事実です。たとえていえば、事実を膨らませて一般受けするストーリーを作り上げた雑誌記事や新聞記事を読んだときの気持ち悪さに似ています。
いい作品だとは思いましたが、個人的に肌に合わない部分がある点がとても残念に思いました。
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