カスタマー平均評価: 5 なぜこんなに優柔不断なのか ある瞬間、僕は知る。すべての価値が足のしたから、
崩れ去って、何も残ってはいないことを。
それからまもなく、支える価値のなくなった生から、
僕が、
立ち去るほかに方策がなくなっている四辺のたたずまいを。
どれほど思い出そうとしても男の顔は木の葉梟。女の顔は狐面。
顔とはなに?殺ぎ取られた鋭い切り口で、そこから新しい価値が生まれるのだが、
僕は気付く。僕には、顔がないことを。
蕩児がいて戻ってきても、帰る故郷も、入り口もない。
生きてる者を最後迄待っていてくれるのは死。世にもやさしい死。
そして僕はみる。すべてを喪った、無価値の世界の表情を。
満潮に飲まれて沈む樹林と、かつて生きていたものの愛と、肌明かりを。」
「価値」金子光晴
この詩で歌われているような心の状態にあることが、ハムレットの優柔不断の原因に思える。
訳もいくらか古風で大仰なところが却っていい。
悲劇の王子 マクベス、ハムレット、リア王、オセローの4大悲劇と言われる作品のひとつ。
父王が叔父に毒殺され、母親までも叔父に寝とられてしまっている、その事実を幽霊となった父王から知らされる。
物語の序盤からして悲劇である。
悲劇の主人公としてハムレットは復讐に燃えるかといえば、意外とうじうじとしている。
父王の幽霊は悪魔のこしらえたものかも知れない、と。なかなか行動に移さない。
そうこうしているうちに、叔父には先手を打たれるし、オフィーリアは残念なことになるし、ハムレットの気弱な性格が悲劇に拍車をかけている。
「生きるべきか死ぬべきか、悩むべきか悩まないべきか、行動するべきか行動しないべきか・・・」物語の流れがすべて、ハムレットの苦悩とリンクして進んでいく。
全体を通して沈鬱な雰囲気が漂っているのは、ハムレットが深刻に悩みこむ悲劇的な性格の王子だったことである。
個人的には、ハムレットはうじうじし過ぎに感じた。
劇として、成功するかしないかは、ハムレットの性格がどれだけ説得力をもって観客に伝わり同情を得ることができるかというところに尽きるような気がする。 原文を読みたくなりました! シェイクスピアは「マクベス」を先に読んでいたのですが、他の作品も読みたくなりました!約がどうとか、演出がどうとか、そういうことはわかりませんが、「復讐」の是非を考えさせられました。本書では、死んだ人が復讐を「望んでいる」という前提で事が進みますが、実際は死んだ人の気持ちははわからない。それに前王も、この結末は望んでいなかったはず。はたして自分なら…。最後に原文を読みたくなった理由ですが、本書の「シェイクスピア劇の演出」に、約文は原文の「美の90%は死んでおります」とあったからです。次に読むときは原文にチャレンジします 一振りの香水の香りが あたりを漂う 高校時代の一夏に演劇をやった事がある。文化祭の一環に演劇コンクールというものがあり それの練習で夏休みを費やしたわけだ。僕の行っていた高校はかような行事が大変盛んで 授業より行事で存在感のある人が尊敬されていた。
そんな夏に 演劇コンクールのために 新潮文庫でまとめてシェイクスピアを読んだ。何か役に立つと 15歳の僕が考えたのだろう。
今考えると 15歳にシェイクスピアはちょっと荷が重かったと思う。口ではシェイクスピアが描き出した「人間の苦悩」というような話をしていたが 所詮たいした苦悩などしてきていない高校生の生意気だけであった。それはそれで青春時代のエピソードとして 今でも僕のどこかに残っている。
シェイクスピアというと まずは本作ということになると思う。ハムレットは読んだことがなくてもハムレットという名前は皆が知っている。「ハムレットの心境」とは今でも良く使われるではないか。
「To be , or Not to be. That is the question」という言葉は 映画「荒野の決闘」でドクホリディが朗読した場面での有名だ。
そうして それがシェイクスピアの凄みである。シェイクスピアの一つのセリフが出てきた瞬間に その映画、その舞台、その場面が がらりと雰囲気が変る様は良く見られる。俗な言い方をすると一瞬にして香気がただようとでも表現すれば良いかと思う。その雰囲気は 一振りの香水にも似ている。
「To be , or Not to be. That is the question」。そう それは誰にとっても 何時になっても問題なのだ。
クレメンタイン=オフィーリア、チワワ=ガートルード ジョン・フォードの『荒野の決闘(いとしのクレメンタイン)』という映画を見ると、フォード監督は清純派よりもチワワのような「魔性の女」タイプのほうが好きなのでは?と思ってしまう。ただ、西部劇を見に来るような客というのは逆の嗜好である可能性が高い。その辺のジレンマがあの映画に出てたような気がする。ラストに「クレメンタインという”名前”は好きです」という台詞があるのは一種の皮肉かと思った。
『ハムレット』を読んで同じようなことを感じた。