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文学・評論

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キノの旅〈12〉 国盗り物語〈第3巻〉織田信長〈前編〉 (新潮文庫) 深い河 (講談社文庫) 李陵・山月記 (新潮文庫) 放課後 (講談社文庫) 食をめぐる旅 (角川文庫) 伯爵と妖精 あまい罠には気をつけて (コバルト文庫) 疲れすぎて眠れぬ夜のために (角川文庫) 堕落論 (新潮文庫) 新訂 徒然草 (岩波文庫)
キノの旅〈12〉 国盗り物語〈第3巻〉織田信長〈.. 深い河 (講談社文庫) 李陵・山月記 (新潮文庫) 放課後 (講談社文庫) 食をめぐる旅 (角川文庫) 伯爵と妖精 あまい罠には気をつ.. 疲れすぎて眠れぬ夜のために (.. 堕落論 (新潮文庫) 新訂 徒然草 (岩波文庫)

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キノの旅〈12〉

[ 文庫 ]
キノの旅〈12〉

・時雨沢 恵一
【アスキーメディアワークス】
発売日: 2008-10-10
参考価格: 599 円(税込)
販売価格: 599 円(税込)
キノの旅〈12〉
時雨沢 恵一
カスタマー平均評価:  4
キノの旅12
とてもよかったと思う。 キノの旅はいつもさらりとしていてすぐ読めてしまう。 推測ですが、キノの旅を読んでなかったら、小説やライトノベルを読んでないので、筆者の時雨沢恵一さんに感謝!!! 続編お待ちしてます。
“美しい”が少ない感じ
キノ、シズ、師匠が順番に出てきて三者の違いを楽しむパターンはマンネリかなと感じました。 口絵の部分はキャラ紹介としていいと思うんですが。 「賭の話」はオチの読める話。 この前フリの長さ、それでも時雨沢先生なら! と期待した結果は……。 「雲の前で」は3巻に収録の「雲の中で」前日の出来事。 最後にもってきてたり、その内容から後日談もありそうな予感。 「努力をする国」、「日時計の国」は皮肉が効いてて楽しめました。 「日時計の国」は電撃文庫MAGAZINE Vol.1の付録に収録されていたものです。 世界が日暮れていくような世界観は相変わらずですが、空が白むのを感じさせてくれるお話がなかったかなと思います。
終わらない話
時雨沢さんは3の倍数を作品の一区切りと考えている。 映画などの3部作然り。 キノも当初3巻で終わったつもりだったそうな(『終わってしまった話』が象徴的)。 そしてそんなキノもこれで12巻、3の倍数すなわち最終巻。 だった可能性もあったねー、という話。 さて、今回は長編なしの短編16本。 緊迫感漂う話─早い話がキノがパースエイダーを抜かなければならないような冒険─もなし。 久しぶりに機転や狡猾さ、立ち回りの良さを見せるキノのアクションも見たかったので少し残念。 比較的静かで穏やかに、短い話がサクサクと。 心温まるエピソードよりも、この作品の顔とも言える皮肉の効いたエピソードが多いです。 そして16本とエピソード数も多いので、ひとつやふたつは必ずお気に入りのものが見つかるのではないでしょうか。 個人的には『手紙の話』で目頭が熱くなり(オチが酷いですがw)、『日時計の国』(もしくは『正義の国』あるいは『続・寄付の話』…って、多いな)で皮肉を堪能させてもらいました。 『賭けの話』もオチは読め易いですが、面白いです。 更に初めてエルメス以外のモトラド(無論、しゃべる)まで登場し・・・。 これだけの歳月と巻数を経てもまだまだ褪せない面白さがあります。 ちなみに今回はあとがきは普通。ちょっとページ数が多いですが。 内容は11巻同様、普段本を読むだけの人にとってはあまり知りえない内側の話。 プロット→執筆と始まり、脱稿→完成までの経緯が紹介されており、興味深い。 尚、あとがきの代わりにエピソードがひとつ妙な箇所に収録されています。 普通に読んでいると15本しかありません。 前がないのにいきなり『続・??の話』というエピソードが出てきますから気が付くかとは思いますが、残りひとつはカバー裏にありますのでご注意意を。 (カバー下ではありません。外したカバーを裏返してください。)
いつもよりちょっと物足りなかったかな
「キノの旅」の最新刊です。  ここんとこ、「学園キノ」という番外編が入っていたので刊行ペースが落ちていましたが、これで通常サイクルに戻ったのではないかと思います。  さて、今作ですが、、ちょっといつもと感じが違って切れ味が悪かった様に思います。いつもが素晴らしいだけに、一般論でいえば及第点に達してはいるんですが、少し物足りないというかキレが悪いというか何かが足りない感じがします。  いつもと同じように、キノとモトラドのエルメスのコンビが世界各地のいろいろな国を回り、その国でいろいろな事件を見たり、巻き込まれたり、傍観したりするシリーズ構成はいつもと同じで、積極的に事件に関与しないスタンスも変わりませんし、どちらかというとシニカルな設定が多い中でちょっと感動するネタを入れてくるのも変わりません(←ただし、今回はその感動ものは最後にひねりを聞かせて感動になりませんでしたが)。   しかし、どことなくキレが悪かったです。ディーとシズなどのサブキャラの回や、売られた奴隷の話などが結構長かったりしたのもあるでしょうし、ひょっとしたら、キノのガンマンとしての腕や旅人としてのスキルを活かしたアクションシーンとかがなかったのが原因かも知れません。個人的には、キノが巻き込まれながらも事件を解決する話や、腕を買われて戦うような話もたまに読みたいです。  さて。キノの旅シリーズといえば、毎度毎度あとがきが予定外なところにのっていたり、変則的なものだったりというのが読者の恒例のお楽しみなんですが,今回もいつもとは一風変わったあとがきになっています。ある意味で正当派といえば正当派なんですが、今回は長さが違うし、意外な発表(?)もありますよ。
旅人とそれぞれの国
今回は特に主人公格の人々(キノ・師匠・シズ)たちが戦いません。 国があって、あるいは国の外で、 そこに居る人たちの横を通り過ぎる「旅人さん」の位置づけです。 「3の倍数は節目の数」とあとがきで書いてある通り、 ある意味原点回帰のような印象を受けました。 作者さん、はっちゃけるのは「学園キノ」で満足されたんでしょうか(笑) 文庫にしてはちょっと高めなのは変なところに印刷してる話のせい…?

国盗り物語〈第3巻〉織田信長〈前編〉 (新潮文庫)

[ 文庫 ]
国盗り物語〈第3巻〉織田信長〈前編〉 (新潮文庫)

・司馬 遼太郎
【新潮社】
発売日: 1971-12
参考価格: 740 円(税込)
販売価格: 740 円(税込)
国盗り物語〈第3巻〉織田信長〈前編〉 (新潮文庫)
司馬 遼太郎
カスタマー平均評価:  4
タイトル間違っていないか?
「織田信長」という副題が付いているのに,内容の大半が明智光秀! 読んでも読んでも,話題は光秀.光秀が好きな人にはお勧めだが,私のように,織田信長その人に興味のある方にはお勧めできる作品ではない.超偉大な文豪の書いた作品だから,私のような凡人には何も言う資格はないのだろうが,ちょっと,だまされた気分です.「織田信長」と副題を付けるなら,その人のことを中心に描いてほしい者です.とにかく,よめどよめど,明智,明智です.
風雲児信長を描く
 道三の愛弟子、風雲児信長の前半生を描く。  天才肌のイメージのある信長は、実は、すべてを実践で試しながら、自らを鍛え上げていく働き者。そんな信長を、信長自身と当時最高の教養を誇る光秀の視点、両方から描いており、その生き様の比較はおもしろい。  
清洲攻略から稲葉山城の奪取まで
 第3巻になりいよいよ「織田信長編」に突入します。  第2巻を読み終えたところでは、「第3巻からは、信長の話が中心にんるのだろうな」と思っていまし。しかし、本作品は信長が中心であることには間違いないのですが、斎藤道三の最期や、その後の明智光秀の話があります。斎藤道三の最期を描くのは当然としても、その後の光秀の話はいらないのではないかと読んでいるときは思いましたが、読み勧めていくと決してそれが本筋の信長の話を邪魔することもなく、逆に光秀が信長に少しずつ近づいていっているのが分かって、とても読み応えがありました。  第4巻で光秀と信長がどう出会い、どのように「本能寺の変」までが描かれているのかが、楽しみです。
信長の複雑な個性を捉えられてません
信長をここまで単純な合理主義者にしてしまえば、分かりやすく、面白くおかしく描けるのかもしれせんが、信長のスケールの大きさが滑り落ちてしまうという感じを抱きます。光秀との相克も前半の期待に反し後半が月並みです。信長と光秀を道三の弟子とみる史観も司馬さんのオリジナルではなく海音寺潮五郎さんがオリジナルですよね。それに奇人変人好きは、信長ではなく司馬さんでしょ!!
光秀観が変わる?
本作の後編は信長の「国盗り」を追うことになる。信長がいかに稀有な人物であったか、そして、極めて常識人の光秀がなぜ主君に謀反をおこしたのか。それは読者がそれぞれを感じるべきことであろう。
また、二人の余りに対照的な価値観に読者はどちらかに荷担することにもなる。正直、私は本作で光秀観が劇的に変わった。彼は常識人であり、知識人である。そのような彼が謀反を企てて、本当に信長追討後の天下を目指していたのだろうか。一時の感情に流されて、後世の謀反人としての汚名を受け入れられるほどの気概が果たして常識人光秀にあったのだろうか。比叡山焼き討ちを反対する光秀と断固としてそれを決行しようとする信長のやりとりはこの2人を象徴している見せ場だ。
光秀は謀反人の汚名を今も受けていることは間違いない。

しかし、彼がなんと涼やかで明晰な人であったかを本作で知るに及んで、光秀の悲劇性を感じざるを得ないのだ。

深い河 (講談社文庫)

[ 文庫 ]
深い河 (講談社文庫)

・遠藤 周作
【講談社】
発売日: 1996-06
参考価格: 620 円(税込)
販売価格: 620 円(税込)
深い河 (講談社文庫)
遠藤 周作
カスタマー平均評価:  4
何度読んでも飽きの来ない懐の深さ
本作発売は何時の頃でしょうか、確か15?6年ほど前に若い者には珍しい病気で入院している折りに近所の本屋へ無断で出掛けて買ったのが最初だと記憶しています。 妻を亡くし今まで顧みることもなかった妻との生活、妻の居ない自分、老後。 様々な事を考える時間をもとめていた中で旅先に選んだインド。 ガンジス川のほとりで汚い水の中沐浴をする多くの人々、その横で人間の屍体をそのまま流す葬儀屋。 市民の生活にも使われある時は洗い場、ある時は風呂、ある時はトイレ。 それでもそんな河を人々は神聖なモノでありそこに在るのが自然なモノとして受け入れ崇める。 旅をともにした日本人ツアーの他のメンバーとの打ち明け話などを含めて徐々に今までの自分とは違う自分を感じるようになる主人公。 大きな泣き所のある訳でも、説教臭いわけでも、インド崇拝をしている訳でもありません。殆どが日常生活の目線で描かれ、人々の日常が自分にとってはドラマであり、他人にとっては普通の出来事でしかないという現実を洗い出していく。 遠藤周作作品いろいろ読みましたがクリスチャンである氏の作品にしては珍しい宗教色薄い作風に驚いたのと、20歳前半に読んだので年齢的に死など遠い世界の話と普段は気にも止めず感情移入も出来ない作品だったのでしょうが入院中であり同じ病室のお爺ちゃんが入院中に亡くなられたこともあり死と隣り合わせの場所に居た現実が本書の世界を近づけてくれました。 以来、人にあげたり、亡くしたり、都合4冊までは買い足したことを覚えています。 今手元にある単行本は装丁が画像と異なりますが私にとって何代目の「深い河」なのでしょうか。 一生、手元に代替わりしつつ残しておきたい一冊です。
河のゆくえ
様々な立場や、考え方、そして思いを胸にインドのガンジス河に向かう旅行者の群像劇です。妻に先立たれ、妻の最後の一言に生きる「かすかなしるし」を見出そうとする磯辺、磯部の妻の看護を通して知り合うことになった自身の殻が厚く、その厚みに困惑している女成瀬、童話作家で身代わりの鳥に何らかの供養を必要としている沼田、第2次世界大戦でビルマを敗走した経験を持つ木口、共に欲望と思考に段差の無い三條夫妻、そして汎神論者であり、かつカトリックであることを求める大津...それぞれの意味で、それぞれにとっての深い河が、立場が、また決意が見られます。納得のいくものもあれば、なかなかうけいれられない現実があったり、少し作者の作為が透けすぎる行動をとる登場人物もいますが、おおむね納得できる物語でした。 意味を持たせるなら、作者の作為が感じられなくなるくらい作りこんだものを好む傾向に私はあることを自覚しておりますが、素朴さからしか立ち上がりえない何かがあるのもまた事実です。私個人としては1番気になったのはやはり「成瀬さん」なのですが、成瀬さんのモノローグがあるにも関わらず、いまひとつ釈然としない、あくまで小説の中の登場人物のような作者の想いを代弁させられている感がありましたが、それでも何事にも心を強く動かされることの無いリアリティは感じられましたし、そこはかなり良かったです。 時代として『そういうものであった』と言われてしまえばその通りなのかもしれませんが、それでも私は想像することが出来なかった、あるいはその機会を捉えなかった以上はその重みを背負うべきに感じさせる磯辺さんと妻の関係性について、特に気にかかる部分でした。非常に都合よい解釈が続く中で個人的には悲しむべき資格が無いように思いましたが、それでもなお、行動させられる磯辺さんそのものについての「どうしようもなさ」には共感も出来ました。未来が見えないからこそ、どんなに想像を巡らせていても有りえるであろう予想外の何かが起こったとき、そしてそれに深く後悔を思うときに、突き動かされる心の動きが。 そして大津さんのあくまで愚直な、生活の中から浮かび上がる信仰の行く先にも、考えさせられました。カトリックや信仰そのものに対しての理解が私はまだまだ少ない私でも、汎神論をキリスト教的異端として扱われるものに、違和感を覚えますし、感情として何かを感じ取るという生活を変えることは信仰のチカラをもってしても難しいものであると思います。感じる心、感覚をなくすことが唯一神への信仰であるならば、たとえその行き着く先に幸福が待っていようとも、なかなか難しいことになりそうですし、「論理だけではありえない何か」を感じるには「論理で説明できるものには、論理を徹底させた」後でしかありえないと私は思います。唯一神の思惑は常に人の思考の先であるはずですから、様々なものに、その唯一神の何かが波及していると捉えることも可能であろうかと思いますし。「玉ねぎ」という比喩はとても面白い比喩であると思いました。 最後の終わり方には、非常に驚かされましたし、このような小説を書かれる方からは想像できない(私には)最後でしたが、とてもよい終わらせ方だとも思います。 信仰に興味のある方に、インドに興味ある方に、オススメ致します。
微妙……。
成瀬の乳房をいじらせて貰っていただけの大津が、 なぜか自分と成瀬が結婚を前提とした関係になっていたと錯覚し、 それを親に報告までしていた点はやや頓珍漢に思え、 作者の意図しなかったであろう面白さを感じた。 まあ、上はどうでも良い話である。本題に入ると、 大津が「玉ねぎ」に仕えようとする理由づけは良いと思ったが、 わざわざカトリックのカテゴリに留まろうとする理由が不明瞭だった。 大津がカトリックであることについては、 「大津の母がそうであり、家庭がそうであったから」という以上の説明はなされない。 西洋のキリスト教が自分に合わないなら、それは良い。けれど、どうしてカトリックなのか。 どうして強引にカトリックの職である「神父」を志望し、 挙句インドで死体を運ぶ破目になる必要があるのか。 教義が気に食わないなら儀礼だけ採用して、自分流の信仰を作っても良かったのではないか。 正統のカトリックでなければ「玉ねぎ」を信じられないという理屈はない。 しかし大津のしたことは「カトリック=玉ねぎ」という思想を、 無意識のうちに頑なに貫くことであったと思う。 もしかしたら、作者の持つ「キリスト教=カトリック」という意識の表れなのかもしれない。 この点はやや排他的に思われた。キリスト教はカトリックのみではない。 汎神論者が個人的にカトリックの儀礼を採用して信仰するのはダメなのか。 総じて★は三つとしたい。 作者が真顔で書いてくれた綺麗事は、読むと心洗われるが、 筋書きとしてはやや中途半端な感じがした。 最後のほうでお説教の垂れ流しになってしまった感もある。 磯辺の結末を説明した箇所などは、完璧にお説教一色であり、現実感に乏しかった。 そして筋書きには関係ないが、三條夫妻は何らかの罰を受けるべきであった。 ウザいキャラクターには罰を与えて欲しかった。胸糞が悪い。
日本人として西洋の神 キリストの存在を追いかけ続けた遠藤周作の意外な集大成の著
久しぶりに読んでみた。 言葉に出来ない想いがずっと横たわっている。 最初に読んだのが恐らく10年以上前だと思うけども、やっぱりそれから歳を重ねると、書いてあることの受け止め方と重みがぜんぜん違うし、とても良かったぞ。 ましてや、あの時はインドに行った直後に読んだので特に印象深い本であったのだ。  遠藤周作は、ご存知のようにカトリックの信者であった。戦後初の交換留学生としてフランスに渡り、そこで彼が感じた西欧カトリックの歴史の中での「在るべき」姿から、自分の形に信仰を落とし込むまでの苦悩が遠藤周作にはあったようだが、その彼の姿がこの本にも主人公に変えて書き込まれている。  カトリックでは認められない「輪廻転生」という概念と、現在のインドでのヒンズー教信仰。どこでそれがつながっていくのかという人間と人間。そこには全ての宗教をも包み込む概念としてのガンジス河があった。  インド人にとっては母なるガンジス河。すべての人生の苦悩と矛盾を抱えながらその河に流されいく死者。そこにカーストをも外れた人間のために自分を差出すカトリック神父。イエス・キリストが全ての人間の罪を背負って最後は十字架を背中に受けながら歩く姿に、その神父は死を待つ人間を背負いながらなぞるのだと告白する。  人の心の美しさや、信仰というものからあえて目を逸らしてきた女性に、この神学生は「神がかたくるしければ、”たまねぎ”と言い換えてもいい」と彼は神を語っていた。  「神は存在というより、働きです。   たまねぎは愛の働く塊なんです。」
深い河が目の前を流れていくのを感じた
それぞれの過去にとらわれ、救いを求めてインドの聖地へ向かう男女の物語。 時代背景としてはやや古くなってしまった感もある。 しかし、そのテーマは永遠のもの。少しも古さを感じさせない名作だ。作者の巧みな話術により読み始めたら、止まらなくなってしまった。 善と悪とは?宗教とは?人生とは?愛とは? その中で私たちは何をよりどころにして生きていけばいいのか? すべてのものを包み込みながら大河が目の前を流れていくのを本当に感じました。おすすめです!

李陵・山月記 (新潮文庫)

[ 文庫 ]
李陵・山月記 (新潮文庫)

・中島 敦
【新潮社】
発売日: 1969-05
参考価格: 380 円(税込)
販売価格: 380 円(税込)
李陵・山月記 (新潮文庫)
中島 敦
カスタマー平均評価:  5
食わず嫌いしては非常にもったいない作品
ほとんどの教科書に収録されている『山月記』ですが、 未読の方には是非おすすめしたいの名作です!! 才能のある男が虎になった後の苦悩が、 漢字の多い硬質な文体と絡み合ってものすごく良く伝わってきます。 先の才能ある男が作った漢詩にその友人が「格調高雅」と評するのですが、 この言葉はまさしく中島敦の書く文に対して与えられるべきと思います!! 話そのものは悲しいのですが、「読む(読み解く)楽しさ」を 味わわせてくれるという点ではこれまで読んできた小説の追随を許しません。 他の三作品では、『弟子』が心を打ちました。 孔子の弟子・子路が主人公です。弟子になる前の彼は、 すばらしい剣の腕をもち、むしろ無頼漢といった印象があります。 ところが、孔子の人間性の大きさに触れて、弟子になることを決めます。 自分の考えと違うことは堂々と孔子に問い質し、ぶつかっていきます。 孔子のほうもやわらかく大きな心で諭し、子路の気づきを待ちます。 素晴らしい師弟愛がえがかれています。最後の場面では泣けました。 弟子を失った孔子の悲しさが、しみじみと伝わってくるのです。 この短編集は420円では安い。安すぎる。「読む楽しさ」だけでなく、 様々な漢字にであうチャンスを与えてくれます。 本当に力のある小説家だと思います。早く世を去ったのが悔やまれてなりません。
硬質で格調高い日本語
言葉は韻律を楽しむものなのだなぁと思わせてくれる、漢文調の日本語が素晴らしい。 これだけ硬質で綺麗な言葉を書ける作家は他にはいないと思う。 「山月記」については他の方に十分語りつくされているようなので、「李陵」について。 「李陵」は、功名心から歩兵のみを率いて匈奴遠征に赴き、善戦したものの破れて匈奴に降服した李陵と、 匈奴に降った李陵の弁護をしたばかりに宦官にされた司馬遷と、 匈奴に捕らわれたものの匈奴に降伏せずに漢への節義を貫き、のちに漢へ帰った蘇武の物語である。 李陵を軸に、三者三様の人生観が描かれている。 「山月記」の李徴は、虎に転じることでそれ以前の人生のくびきから逃れることができた訳だが、 李陵にはそれができず、過去の敗北を引きずりながら鬱々とした思いに耐えるよりなかった。 とくに李陵の蘇武に対する捉え方ない思いが痛々しい。
例えば紫の木蓮のよう
本をあまり読んでこなかった私にもその文章の美しさが分かります。 例えば、近所の山沿いの畑の近くにある紫の木蓮の大木を見るとき、山の上に浮かぶ冴え冴えとした月を望むとき、芍薬の花の香りをかいだとき、中島敦の文章が思い起こされます。 香り高くて、声に出して読みたくなります(誰もいないときはつい声に出してしまう)。 こんな美しい文章が書けたら、こんな風に適切な距離を保ちつつも自分の想いを、情を充分に言葉に尽くせたら、日記を書くのが幸せになるだろうな(低俗な考えになってすみません)。 「我が臆病な自尊心と…」のくだりは、私の若いころの悪いところを言い表してくれているようです。美しい言葉や自分への戒めの言葉を書き写したノートの初めの方に、しっかりと書き込んでいます。
孤高の虎の姿に人の心の闇を見た
いつだったか、澄んだ夜空の涼しげな月を観て「山月記」を想い出した。 中島敦の作品の中ではいちばん好きな作品だ。 「山月記」は音読すると格調高い文章を更に味わうことができる。 漢文調のリズム感ある文体は読んでいて小気味良く、詩的ですらある。 己の臆病な自尊心のために虎になってしまった李徴の姿には、 芸術家(詩人、文筆家、音楽家などあらゆる創作者)の苦悩を見ることができる。 短い物語だが、言いたいことがストレートに無駄なく凝縮された佳作であると思う。 人間の弱さをえぐリ出し描写することで、読者に自分自身を見つめさせる。 ただそれだけのものなのだが、真に心に迫ってくるものがある。 自分の弱さや短所を指摘されることはあまり気分のよいことではないが、 それを確認して受け入れることは大切であると諭されているようだ。 描写される世界の向こうに読者を引き込み、そして考えさせる、 とても純文学らしい作品だと思う。 臆病な自尊心のため、欠点の指摘を惧れて他者との交わりを断った李徴は虎になる。 人との接触を断つ、つまり社会性を失った結果、孤高の虎になってしまうのである。 人はひとりでは生きていけない、とは誰の言葉だったか? 空威張りする人、尊大に振舞う人、格好ばかり気にする人、利己的な人。 人はひとりでは弱いけれど、こういう類の人はその中でもさらに弱い人たちだ。 他者との間に壁を設け、自分の殻の中に閉じこもっていれば、 常に自分が正しい存在であることができる。しかし、それではダメだ。 客観性を得るため、他者と相互につながる(コミュニケートする)ことが必要。 その勇気を持つことで、人は強くなり、より大きな存在へと脱皮できるのだと思う。
漢字の美しさ
 中島敦という作家は薄命な方だった。  33歳という没年は 昭和初期の作家の中で飛びぬけて短命であったわけではない。しかし残した作品を読むにつけて「薄命」という言葉が似合うお方だと思わざるを得ない。  本短編集を読むと 中島という作家は本当に剃刀のような方だと思う。似ている作家として思いつくのは芥川龍之介ぐらいだが 切れ味の鋭さと 一種の香気は 中島の方が一枚上ではないかと 芥川ファンの僕にしても 感じざるを得ない。  村上春樹は 芥川の小説は「使っている漢字がビジュアルに美しい」という趣旨の発言をどこかで行っていた。漢文の素養を駆使して 短編を書いた中島にも その言葉はそのまま通用する。例えば 本書に収められた山月記の冒頭を読んで見れば それははっきりしている。  「隴西の李徴は博学才穎、天宝の末年、若くして名を虎榜に連ね、ついで江南尉に補せられたが、性、狷介、自ら恃むところ頗る厚く、賤吏に甘んずるを潔しとしなかった。」  絢爛たる漢字としかいいようがない。  そういう剃刀のような作品を書き上げて 33歳で亡くなったのが中島だ。やはり 剃刀のイメージは「薄命」としか表現できない。

放課後 (講談社文庫)

[ 文庫 ]
放課後 (講談社文庫)

・東野 圭吾
【講談社】
発売日: 1988-07
参考価格: 600 円(税込)
販売価格: 600 円(税込)
放課後 (講談社文庫)
東野 圭吾
カスタマー平均評価:  3.5
東野さんの作品にしては。。。
近年の東野さんの作品に比べれば 展開の移行に戸惑いを感じましたが・・・ でもやはりとても面白くて今回も一気に読んでしまいました! 最後まであばかれないトリックも必見!
動機
乱歩賞を受賞した、東野圭吾のデビュー作です。 デビュー作とは思えない仕上がりです。 やはり皆さんが書いてらっしゃる通り動機が微妙でした。 最後のオチも必要だったのかどうか疑問です。 途中まではとてもドキドキしながら読めたのですが、終盤が少し期待外れでした。 伏線の散りばめ方は素晴らしいですね。
哀しい結末
舞台は、私立の女子高校。 スポーツのクラブ活動も盛んな進学校。 その校内で起こる奇怪な殺人事件を巡って、 アーチェリー部顧問である数学教諭が苦悩の謎解きに挑む。 密室状態の更衣室で生徒指導の教師が青酸中毒で死亡。 そして、次は運動会の仮装行列中に*** 犯人候補は、続々登場。 喫煙などで停学処分を受けた「問題児」、 頭脳明晰&剣道部の主将である「才媛」、 アーチェリー部の主将、女性教諭*** 状況からして学園内に犯人がいるらしいことはわかるが、 怪しい人物には確たるアリバイがあったりして、 捜査は難航し、ちっとも解決には進まない。 ヒントとなりそうなものは散りばめられている。 読み進める中で、ん!?ってひっかかる記載がいくつも。 でも、わからない。 犯人はいったい誰なのか!? 密室殺人の裏に隠された真のトリックとは!? 殺人の動機となったのは何なのか!? 最後まで読むと、ストンと納得。 いっぱい散らばっていた点が線で結ばれる感じ。 でも、とっても哀しい結末。
それぞれの放課後とは
乱歩賞受賞の東野圭吾デビュー作。推理小説として斬新なトリックとしっかりした構成を備え てるにも関わらず、愛好者が読むとどこか場違い的に感じてしまう作品ですね。何といっても 舞台の女子高で繰り広げられる情熱と冷静の間のような感覚が一種凄まじい。青春と銘打って あるが、瑞々しさを期待すると・・・ いかにもな演出と奇抜な密室仕掛け、強力なミスディレクションと読み応えはあるが、評価の 分かれ目としては、どうしても平衡を欠く動機や変にストイックな少女像に共感できない人が 多いからだろう。だが、考えようによっては東野独自の読み手に問いかけるようでいて突き放 す独自の皮肉が一作目にして存在しているかの様にも受け取れる。 結局の所、誰も幸せになれないような描写・魅せ方には、ある種逆説的に然るべき立ち位置に いて然るべき事をやれと云う痛烈なメッセージも感じられ、わざと安直・軽薄にみせることに よって普遍的な時間軸での価値をこえてダイレクトにその時分・テーマとゆう空間軸に価値を 見出していると思う。まあそれ故にこの作品またはこの作者の評価は極端に二極化すると思う のですが。まあ、あんまり深く考えると、それこそ終わらない放課に...
「すべてはこの1冊からはじまった!」。この名キャッチコピーが、全てを物語っている
私は、「パラレルワールド・ラブストーリー」を皮切りに、数冊の作品をピックアップして読んだ時点で、すっかり東野圭吾にハマってしまった。以後、彼の著作の足跡をたどるように、デビュー作のこの「放課後」から著作順に読み進めていったのだが、結局、最後まで気持が離れることもなく、彼の全作品を読み終えてしまった。  東野圭吾の最大の魅力は、その筆致が簡潔明瞭で、非常に読み易いということだろう。他の作家と同じ読書時間しか割かなくても、彼の作品はスラスラと読み進められ、ページ数がどんどん進んでくれるので、読む方としては、ストレスが溜まらず、本当にありがたい。また、「簡潔明瞭で読み易い」ということは、まかり間違えば、「中身がない」ということにもなりかねないのだが、この人のシリアスな作品では、簡潔明瞭な筆致であるにもかかわらず、しっかりと人間が描かれているのだ。「簡潔明瞭にして、高い筆力」。これが、彼の本当に凄いところだと思う。  さて、私は、そんな彼の作品群を読み進める中で、色々な意味で印象に残った作品が幾つかあるのだが、全作品の読了を契機に、改めてこれらの作品を読み直し、少しずつ、レビューにしたためていきたいと思っている。  作家によっては、デビュー作とその後の作品との間には、同じ作家の作品とは思えないほどの落差を感じることもあるのだが、この人の場合には、このデビュー作にして、すでにその原型が完成していると感じる。多少の生硬さも感じないではないが、淀みなく、流麗に流れる筆致は、東野圭吾そのものであり、一見、単純そうに見せながら、結構、凝ったトリックを施し、ラストに意外な結末を用意している点や、女子高生のデリケートな女心もそれなりに描かれている点にも、東野圭吾らしさが出ている。「すべてはこの1冊からはじまった!」。この本の帯に付された名キャッチコピーが、この本の全てを物語っていると思う。 

食をめぐる旅 (角川文庫)

[ 文庫 ]
食をめぐる旅 (角川文庫)

・銀色 夏生
【角川グループパブリッシング】
発売日: 2009-04-25
参考価格: 500 円(税込)
販売価格: 500 円(税込)
食をめぐる旅 (角川文庫)
銀色 夏生
カスタマー平均評価:  3
私は行けないとこばかり
いつものように、嘘の無い銀色さんの言葉で綴られています。 でも高級レストランが多かったし、行けないとこばかりなので、それだったら読んだ後「へえーあのレストランはこんなテーブルで照明でトイレで、お料理もこんなに綺麗なのね?」と夢を持たせてほしい。 あれを読んじゃったら、もうあそこに載っているお店に「行かなくてもいいや」と思っちゃいますよね。(全部のお店が、じゃないですが) 私はつれづれの中に出てくるような、ちょっとその辺で買ってきた食べ物や、ささっと自分で料理したものの感想を述べている銀色さんの文が好きです。 改めてああいう高級なレストランに行ってレポートされてるのはあまり好きじゃないと、さっき読み終えて感じました。 読んで面白かったのは、ツツミさんやスガハラさんの性格や行動が知れたこと。ツツミさんがそんなに肉好きだとは知らなかったし、スガハラさんの合コンのお話も・・・ これはこういう企画じゃないとわかりませんよね。
まさに消化不良
私も銀色さんの食にたいするコメントが好きなのでけっこう期待して読みました。 が、責任感の薄い編集ツツミ嬢(表紙のイラストをみて一瞬イカちん?かと驚愕)や、つれづれでおなじみの薄味なスガハラ君との歯車がいまいち噛み合ないまま進む内容。 しかも絶食中で胃が小さくなっているとおぼしき時期の銀色さんが「しんなり」たべる話。 せっかく有名ソムリエが選んだワインも「フランスのミュスカデ」。えっ?何年の?どこの?みたいな感じです。 途中に挟まれる「食のコラム」もタイトルからしてセンスが。。。 取り上げられるのも新鮮みの無いものでした。 銀色さんは絵など素人味で突き進むタイプですが、本業はしっかりやりきってくれないと。 もっとリサーチしてくれないと! 最近、パワーが無い本ばかりで読後にどっと疲れます。 つれづれとシゲちゃんの本を期待してます。 遅まきながら私の読後をば。
店のラインナップが微妙…
「つれづれノート」などで見かける銀色さんの食に対する感想が好きで、 今回の本も楽しみにしていました。 が、目次を見て嫌な不安が……。 レポートされている店が高い店ばかりなのです。 しかも予約をとるのが困難なところもちらほら。 その不安は的中し、一人1万円以下の予算の店など、ごくわずか。 高い店のレポートが嫌だというわけではありませんが(カンテサンスの感想は面白かった) そればっかりなのもつまらなく、ラインナップにどうも偏りを感じました。 とれたてのイカを食べに行くとか下町の職人の味を試すとか 面白そうな企画はあったようですが、なぜか全部ぽしゃったようで残念。 個性的で面白い店や、自分でもさっと入れるような気軽な店もレポートしてほしかったなあ。 お取り寄せのページと下町コラムでなんとか本のバランスをとっている気がします。 個人的には、期待はずれな一冊でした。
夏生ワールド健在
肉好きのツツミさん(食鬼!)と、 ぼあっとしたスガハラくんと、夏生さん、 この3人の取り合わせもおもしろいし、最近の旅本でうすれかけていた、 夏生さんのおもしろさがよみがえってきていて、うれしい限りです。 夏生さんならではの観点が、とってもツボにはまるのです。 あと「食のコラム」というコーナーでは、 夏生さんのお気に入りの食品を数点紹介しています。 その中の、高知県の久保田のアイスクリームは私もお気に入りで、 カップのゆずのシャーベットが大好きです。 夏生さんはすもものアイスキャンデーがお気に入りらしく、 私はこれは食べたことがなかったので、今度買いに行こう!と思いました。
いつも美味しそう・・・。
角川書店の編集者スガワラさんとツツミさん、そして銀色夏生さんの3人で 人気の店、気になる店などをめぐります。 都内の、ミシュラン掲載の店・予約の取れない店・気になっていた居酒屋などなど。 行く前の期待感、店の様子、食事中の様子、味、そして感想。 以前から銀色夏生さんの食に関する記述はじっくりと読むタイプだったので この本は嬉しい1冊です。 でもこういうのが好きじゃない人が読んだら 「なんだよ、みんなで食べに行った話をこんなに詳しく読まされても・・・」 と思うのかなあ・・・とココロの中でひっそりと思いました。(←書いたけど)

伯爵と妖精 あまい罠には気をつけて (コバルト文庫)

[ 文庫 ]
伯爵と妖精 あまい罠には気をつけて (コバルト文庫)

・谷 瑞恵
【集英社】
発売日: 2004-08-31
参考価格: 540 円(税込)
販売価格: 540 円(税込)
伯爵と妖精 あまい罠には気をつけて (コバルト文庫)
谷 瑞恵
カスタマー平均評価:  4.5
変化の兆し
シリーズ2作目となる本作。 1作目で恋とまではいかないまでも、確実にリディアを気に入ったエドガー。 ただ、この頃の彼女に対する思いは、女の子として以上に“妖精博士”としての期待の方が大きいようですが、 女性を近くに留める=口説き落とす、という方程式しか頭にない彼は、それはもう熱心にリディアを口説きます。 一方で、彼の元々の性分と、リディアにやきもちを妬いてほしいという思惑から、他の女の子にも言い寄る彼の態度に、 当然のことながら、ますます不信感を募らせるリディア。 この頃のエドガーは、後にリディアが言うように、恋愛をゲームのように楽しんでいて、読者からも本心があまり見えません。 ただ、本作後半で彼が言う「君には本気で惚れてしまいそうだ」という言葉には、今まで数多の恋人達と恋愛しながらも 恐らく一度も本気の恋をしたことのない彼が、初めて感じる予感だったのではないかなぁと思います。 彼の冷酷な一面を垣間見て怖いと思うよりも、そうならざるをえなかった彼が、悲しいと思ってしまうリディア。 自分が利用されたことも忘れ、利益だけで動く人ばかりではないのだと、そういう人間にエドガー自身がなってほしくないのだと、 一生懸命怒りながら教えてくれるリディアの無償の優しさに、エドガーと一緒に私も感動してしまいました。 この出来事をキッカケに、エドガーの中でリディアに対する想いは確実に変化したと思いますが、ラストのじゃれ合いのような 二人のやりとりを見ると、ああ、これからなのね・・・とほのぼのとした幸せな気持ちになります。
まだ恋を自覚する前の微妙な関係が良い。
『伯爵と妖精』シリーズの第2弾。 妖精が見えるという不思議な力を持ち、自らをフェアリードクターと称して変わり者呼ばわりされている主人公”リディア”。 恵まれた美貌と優れた話術で、いつもリディアを口説こうとする”エドガー”。しかし、過去に辛い経験をしており、同じ境遇の仲間を助ける為の力を手に入れたいと願っている。 『伯爵と妖精』シリーズは、そんな2人の恋物語。 リディアの助力を得て念願の「爵位」を手に入れることができたエドガーは、持ち前の美貌と処世術で、その地位を確固たる物にしていた。一方のリディアは、半ば強引に伯爵家の顧問フェアリードクターにさせられ、渋々ながら彼の屋敷で仕事をするようになっていた。 ある日エドガーが持ってきた妖精に関する事件がきっかけで、再びトラブルに巻き込まれることになるのだが…。 1巻では主人公リディアとの恋愛よりもエドガーの過去に焦点が置かれていて、結構シリアスでダークな印象が強く、まだ恋愛感情と言うよりも「気になる」程度の関係といった感じ。でも2巻では、相変わらず口説きまくられて「その気になるまい」としているリディアに対し、エドガーの心には明かな変化が現れている様子がうかがえる。 まだまだ”恋愛”といった感じでは無いけれど、確実に惹かれ合っている様子の2人にやきもきさせられます。少なくとも、今までリディアを興味半分で口説いていたエドガーが本気になった時、2人の関係がどのように変化していくのか凄く楽しみな作品です。 まだ2巻ではそれほど甘い展開はありませんが、今後はもっと甘甘な展開が繰り広げられるのではないでしょうか。 メインのストーリーも昔のロンドンを舞台にしており、露骨なファンタジー色ではなく、リアルな世界に”妖精”という要素を足しているだけなので、変に幼すぎない世界観は年齢を問わず入り込めるのではないでしょうか。 是非続きも買って読みたいです。 若干甘さ控えめな内容と、先の展開に期待を込めて☆4つ。
ニコがかわいい..v
イラストレーターの高星麻子さんが大好きで買いました。
男性はカッコイイですし主人公はかわいいし..絵に惚れ惚れします。

前回と同様、読みきりタッチなので続きを気にせずに楽しめると思います。

伯爵エドガーに妖精博士として雇われ、屋敷で過ごす主人公が、ある日妖精の霧男に襲われます。そこから、事件に巻き込まれるのですが..

今回もエドガーのキザっぷりには魅入られっぱなしです。主人公との距離も気になるところ。(私的にこれが一番の魅力です)エドガーの過去も話にでてきますが、主人公の前向きさで重く感じず、すんなり楽しめました。 

話がとても凝ったものがお好きな方には少し物足りなさを感じられるかもしれませんが、息抜きとして読む分には良いかと思います。よろしかったらお手にとってみてはいかがでしょうか..?
かなりおすすめです☆
谷瑞恵さんの「伯爵と妖精」シリーズの最新巻です。

キャラそれぞれすごく魅力があって、伯爵であるエドガーはすごくかっこよく女の子の扱いならお手のものという口説き魔だけど、実は辛い過去を持ち、本心は何を考えているか読めない悪党。彼に雇われているリディアは妖精に関する問題を解決する妖精博士。かわいくて芯のしっかりしたとても好感のもてるヒロインです。リディアはエドガーの口説きをなんとかかわし、ふりまわされながらも、辛い過去に苦しめられているエドガーの心とピンチを助けていきます。今でも甘い雰囲気がでていますが、この2人のこれからの展開がとても楽しみです。ストーリーもしっかりしていて、話の展開とてもよいです。この物語はイギリスや妖精などファンタジーラブ系が好きな人にはかなりお勧めです☆
かなりおすすめです☆
谷瑞恵さんの「伯爵と妖精」シリーズの最新巻です。

キャラそれぞれすごく魅力があって、伯爵であるエドガーはすごくかっこよく女の子の扱いならお手のものという口説き魔だけど、辛い過去を持ち、本心は何を考えているか読めない悪党。

彼に雇われているリディアは妖精に関する問題を解決する妖精博士。かわいくて芯のしっかりしたとても好感のもてるヒロインです。

 リディアはエドガーの口説きをかわしつつ、ふりまわされながらも、辛い過去に苦しめられているエドガーの心と妖精にまつわるピンチを助けていきます。今でも甘い雰囲気がでていますが、ますますこの2人のこれからの展開がとても楽しみです。

 その他にもリディアの友達で猫の姿をした毒舌の妖精や、エドガーに忠実なめちゃくちゃ強い美形の従者もいて話を盛り上げています。ストーリーもしっかりしていて、話の展開もとても上手です。この物語はイギリスや妖精などファンタジー系が好きな人にはかなりお勧めです☆


疲れすぎて眠れぬ夜のために (角川文庫)

[ 文庫 ]
疲れすぎて眠れぬ夜のために (角川文庫)

・内田 樹
【角川書店】
発売日: 2007-09-25
参考価格: 540 円(税込)
販売価格: 540 円(税込)
疲れすぎて眠れぬ夜のために (角川文庫)
内田 樹
カスタマー平均評価:  4
リスクを取れ!
会議とは「決定の場」であると認識しています。 そうじゃなきゃ、わざわざ時間をとってみんなで顔を合わせて話し合う意義がありません。 だから、決定しない会議は無意味なんです。 会議の時に「社に戻って検討します」なんていう人がいますが、こういう人はダメです。 会議に出る資格なし。 決定権があるから、会議に出席して意義ある議論ができるんです。 もちろん、自分だけで決められないこともありますよ。 でも決められることだってある。 自分で決められることも決めないとしたら、その人の能力を疑われます。 無責任なんです。 すなわち、決定できると言うことは権限と責任を持っている、ということです。 責任にはリスクも伴います。 決めたからには責任を持つという、リスクも背負い込むことになる。 それに耐えられるのかどうかです。 耐えられないから、決められないのです。 内田樹『疲れすぎて眠れぬ夜のために』角川書店\1500-にこうありました。 ### すぐれたビジネスマンは「リスクを取る」と言いますが、凡庸なサラリーマンは「リスクを負う」と言うからです。 「リスクというのは負わされるものだ」というふうに思う人は、リスクをできるだけ回避しようとします。 確かにリスクは回避されますが、リスクを取らない人間は同時に決定権をも回避することになります。そういう人はビジネスには参加できません。 「俺がリスクを取る」と言った人がそのビジネスに関する決定権を持ち、リーダーになるのです。 「リスクを負いたくない」と言ってリスクを取ることを忌避して、決定権を他人に譲った人間はレイバーを担当するしかありません。 ビジネスとレイバーの差は、ですから常雇いか臨時雇いの違いでも、時給やポストの格差でも、資本金の規模でもありません。 その人が「リスクを取る」という決断をできるかどうか、その一点にかかっています。(72p) ### 確かに英語では「リスクテイク」と言いますね。 リスクはデンジャー(危険)とは違います。 デンジャーは偶発的で不可避なコントロールできない危険です。 リスクは予め予測できるコントロールすることによって回避可能な危険です。 決定権を持つことは、リスクテイクする技量を持っているということなんです。 リスクテイクできることが、リーダーの役割であり資格である。 それが出来ない人は、レイバー(雇われ人、奴隷)にしかなれないんですね。 そしてそれは職位とか立場とか給料とかとは無関係なんです。 どんな職位であってもリーダーになれるし、レイバーに堕することだってある。 その違いは、リスクを取って決定するか、リスクを避けて決めないか、なんです。
なんか納得いかない・・・・
男が欲しがるものを欲しがるなといわれても・・・・ スキヤキに肉が入ってなくてもいいじゃんていわれているような・・・ 私の考え方自体が知らない間にフェミニズムに毒されていた?のかも知れないですが、江戸時代的な生活様式にも思考方法にも戻れないと思いますし、これから先それに代わるようなパラダイムも現れないとおもいますので、この本をよんでも何の気休めにもなりませんね・・・題名だけで本を売ろうとするのはやめたほうがいいですね
毒気が少ないほうです
癒し本ではなく、アメリカ流に傾きすぎている現代の風潮、処世術を批判するものです。 押しが強くなくて、自分を貫けない、と悩んでいる人なら本書はアタリかもしれません。 『私の身体は頭がいい』も読みましたが、そちらは私には思いのほかアクが強くて・・・ まだこっちのほうが読みやすい。読み手の性別で、かなり受け止め方が変わるかもしれないですが。 それにウチダ先生の気持ちというか、力を入れて書かれている箇所が多いから、こちらも賛成・反対はともかく、 素直に読める。 「?の品格」みたいな出版物が流行する以前から、「さもしさ」「卑しさ」や「まず自己主張ありき」といった態度を バンバンけなしているのは、ちょっと気持ちいいぐらいです。 (そもそも本当に「品」のある人は、人にうんちく垂れないで身を持って示すようにも思うけど) ウチダ先生の(ブログを再編集した)エッセイ風の本は、あえて皮肉に斜めにという味つけが主流のようなので、 まず読んでみようかな、という方はこのへんから始めるのがいいと思います。
「内田樹は初めて」という人にお勧め
本書は他の著作に比べて表現が柔らかいので、「内田樹に興味があるけどまだ読んだことない」という人にいいと思います。著者の文章は入試国語に使われるくらいですから、ちょっと表現が小難しいのですけど、この本は中でも読みやすいと思います。入試国語はちょっと受験生を混乱させるくらいが良いものですので。 内田樹の本を既に読んでいる人には、いつもどおりの展開を楽しめることでしょう。私も楽しませてもらいました。世間に流布する常識に対し、静かに一石を投じる知見にいつも感心しています。たまに意見が違うことがあっても、たいていは「そうそう、それが言いたかった」という感懐です。私が言葉に出来ない漠然とした直感について、著者が論理の過程を示してくれるように思います。
「今の自分は本当の自分では無いのでは」と考えるのは愚か
「自分の限界をきちんと認識し頑張りすぎないようにすることが大切」という内田先生の説明に納得。疲れている人たちへの一服の清涼剤。「頑張らないために耳を澄まして聞くことが必要」とは聖書の教えからヘンリー・ナウエンが言っていることに似ている(「愛されている者の生活:あめんどう」がお勧め)しかし、一方で内田先生は「リスクをとりにいかない者はビジネスに参加できず、レイバーでいるしかないp.72」と言われる。自分の限界を認識しながらリスクをとりにいくのが大人ということなのか。「資本主義の原理でみんなのニーズが同じになっていく危険性を何とか防ごう」というのは大賛成。

堕落論 (新潮文庫)

[ 文庫 ]
堕落論 (新潮文庫)

・坂口 安吾
【新潮社】
発売日: 2000-06
参考価格: 540 円(税込)
販売価格: 540 円(税込)
堕落論 (新潮文庫)
坂口 安吾
カスタマー平均評価:  4.5
鋭い言葉が胸を刺すエッセイ集
私の貧弱な語彙と文章力では、本書の魅力を伝えることが出来ません…。一度、読んでみる事をおすすめします。「堕落論」は約60年前に書かれたエッセイですが、現代人こそ読むべきでしょう。 「人間。戦争がどんなすさまじい破壊と運命を持って…。」ここからラストまでの部分が特に印象的です。なるほど、そういう考え方もあるのか、と納得させられました。 ほかにも、名エッセイが満載です。一見ひねくれている様に思うかもしれませんが、安吾は常識人だったと言えるでしょう。 また、彼は他の無頼派と呼ばれる作家の中で、最も「生きる」ということに熱心な作家だったと思います。それは、例えば同じ無頼派の太宰治の作品と読み比べてみれば、よく分かると思います。
現代に生きる人すべてへ
 坂口安吾の「堕落論」は、現在において尚、むしろ更にその輝きを増しているのではないか。  わたしもそれに衝撃を受けたひとりであって、愚にもつかない観念を創出して、安心しようという心の動きにこれでもかとばかり釘を刺されたような気持ちになった。今も尚釘は刺さったままである。  例えば、宗教。それは作り出された倫理に従うという行為。安心が出来る。  安吾は「不安になれ」という。宗教も地位も、社会的に認められた(すがりつける対象としての)価値観を全て投げ出してしまうこと、それが「堕落」するということだ。後には丸裸の自分自身と、それを取り巻く世界――それはサルトルが「嘔吐」したような、丸裸の――が残る。  そうすることで、新たな世界が見えてくるのだ。更に、剥き出しになった世界に触れたときにこそ真の感動があるのだと安吾は言う――彼が、停泊する戦艦や、五輪書以前の宮本武蔵に感動を覚えたように。  現代社会は、学歴や、地位など、雑多な「自明なる」価値観に縛られている。安吾の生きていた時代よりも、尚のこと強く無意識裏に蔓延しているのではないだろうか。だからこそ、ぼんやりと日々を何の気なしに過ごしている人には、ぜひ読んで欲しい一冊である。人生観が変わるほどの衝撃が、わたしにはあった。そして、強く生きねばならないと思うようになった。堕落の道は、怠惰の道ではない。興味をもたれたならば、一読されることを薦める。
真実を生きよ
 堕落論は二十歳のころ読んだでしょうか。そのころ夢中になって坂口安吾を読みました。 生きよ、堕ちよ、堕落せよ、という言葉の中に、見せ掛けでない真実の自分を生きよ、ということが伝わってきて感動したのを覚えています。それが三十数年前、ほぼ40年近く前のことでした。今でも安吾の本がたくさんの方に読まれているのは嬉しいです。でも私は25歳のときには、安吾を卒業していました。別に嫌いになったわけではありません。好きなまんまなのですが卒業したのです。22、3歳のころ維摩経(紀野一義 著、大蔵出版)という本を読みました。これは衝撃的でした。戦争中、不発弾を1752発、危険を承知で一人で処理した男の物語です。 維摩経はもちろん仏教経典です。しかし、この本は経典を単に翻訳したとか、解説したというようなものではありませんでした。著者は東大印度哲学科卒です。経文の説明もしていますが、この本のただならぬところは、著者がいたるところに織り交ぜた、人の愛情(なさけ)の物語と言えば良いでしょうか。何度も慟哭しました。  そして25歳のとき、ふと思いました。自分が16歳から、5、6年間夢中になって読んできた安部公房や安吾や魯迅などを卒業して、今、この維摩経の著者に出会った。そして、またいつかこの著者を卒業するのだろうか。でも、もし今度卒業したとしたら何かとほうもなく寂しい様な気がしました。    そして、現在、卒業はしていません。今、他に、好きなのは隆慶一郎、中島敦です。  安吾を読まれる方がこれらの本をどう感じられる出しょうか。
真摯に生きる、その道筋。
天皇制、武士道、あるいは処女的存在への憧憬。 いずれも日本人が、各々の時代の(潜在的な)要求に応じて歴史的に構築してきたシステム、あるいは精神のカタチであり、同時に今なお我々を魅了し続ける「美」でもある。 安吾は、これと同質の美に魅了された戦中戦後の自らの刹那的経験を語り、その上でこうした美を、儚き「幻影」に過ぎぬと位置づける。決して堕ち「きれ」ない人間存在が安らぎを求めて無意識的に創り上げた、心地良き精神のクッションに過ぎぬと。 しかし安らぎのクッションも、自律のための規範も、結局のところ人間には必要なモノなんだろう。 でもそれは、「自分で」探さなければ。 共有の抽象概念がそのまま自分の相方に収まってくれるのなら、誰も苦労はしないのだ。 そのためには幻影に浸ってみても話は進まぬ。なれば「堕落」という現象の中に「生」の強烈な(ほとんど象徴的な)ニオイがあることをまずは認識し、そのド真ん中に飛び込み、先の見えぬ荒野を彷徨う。 この、生に塗れんとする投身の道こそが、正道ではないか。 俺はそういう生き方を、自分に課してるよ。 表題作「堕落論」において、安吾は彼ならではの言葉で「生に対する向き合い方」を提示している。 パッと見奇抜な外形だけれども、決して偏った視点から論ずるのでも逆説的に展開するのでもなく、直球過ぎるぐらいに直球志向。むしろ当たり前の事を論じているような気がしてくる程であるが、曇りの無い感性によって初めて見出され、強烈な求道精神によってようやく根底が成り立つ、そんな卓抜かつ苛烈な道であったことに気づく。 しかし安吾の背中に語られる厳しさには深い人間味が伴われており、自分のようなナマケモノ類ですらナチュラルな形で魅了・牽引されてしまう、そんな不思議な説得力を持っています。 戦後、「堕ちながら生きていく」という現実に戸惑い、呑まれようとする同朋への叱咤激励。 さらに、待ち受ける大きな社会的変遷の先に…何か「生活」そのものの新生を待望する、そんな奇妙な期待感が日本全体の潜在的な空気としてあることを感じ取った筆者が、懸念して筆を執った…というのが直接的な執筆動機ではないかと推測するけれど、主題は決して時局的な問題はおろか日本人論にも納まらず、普遍的な形で「生の意味」に迫るものだと思います。 他「文学のふるさと」「日本文化私観」「道鏡童子」等、逸品多数。
堕ちれば良いじゃん!
敗戦直後、ドン底だった日本人の状態を敢えて肯定して、「堕ちるとこまで堕ちればいいじゃん!」と叫んだ坂口安吾。 人間は堕落するものだし、それを防ごうと思ったってそうは行かないし、それならいっそ堕ちて堕ちて堕ちまくれば良い。 「堕ちる」ったって、「人は無限に堕ち切れるほど堅牢な精神に恵まれていない」から、そこまでいけば人間は本質的に再生するのさ! と安吾は言う。 現代のニート諸君にも言って聞かせられる斬新さに溢れている安吾だが、戦後のぼろぼろだった頃の日本人にとっては非常に衝撃的で、活力の源となる論だったに違いない。 安吾が生きていたなら、今の日本をどう表現するだろうか? 「堕落しろ」とさえ言えなくなっちゃってたりして。あー怖い。

新訂 徒然草 (岩波文庫)

[ 文庫 ]
新訂 徒然草 (岩波文庫)

・吉田 兼好 ・西尾 実 ・安良岡 康作
【岩波書店】
発売日: 1985-01
参考価格: 903 円(税込)
販売価格: 903 円(税込)
新訂 徒然草 (岩波文庫)
吉田 兼好
西尾 実
安良岡 康作
カスタマー平均評価:  5
古典中の古典
是ほど簡潔な文章の中に、書き手の心持と人生観、価値観、を縦横に書き連ねている随筆集は、日本に於いても他にあまり見当たらない。吉田兼好が生きた時代は鎌倉後期であり、その時代を髣髴とさせて揺るぎ無い。人生の真の価値とは?今この時を大切にせよ!明日を思い煩って、本当に大切な今日の日を取り逃がすな!猫又とか可笑しな話もあるが、著者の真剣さは尋常の類ではない。時代は遠く隔たっても、法師が生きたこの時間は、現代に通じる。 生き方の指針の一つとして、兼好法師の体験や哲学は今を生きる我々に大いに参考や栄養になるものであろう。
古典の筆頭
古典の定義の一つに、現代にいたるまで真理として生き残っていること、があるように思う。その点、徒然草はいつ読んでも新しい。まだ生きているという感を強くする。
正確な言葉選びが静かに鎮座する。
 徒然草の優れた点の一つはその言葉選びの正確さにある。過不足の無い表現は、それをなしえただけで立派な文学作品と呼ぶにふさわしいほどの品格を作品に与える。再読を重ねるに値する魅力を与える。それは正直な面構えをした高潔な文章体である。  そしてそこから兼好は「つれづれなるままに」感じたこと、思ったことを書き綴ってゆくのだが、彼のスタンスはあくまで「私」と言う点を外れない。自分の肉体を外れて発言することは無い。故に、彼がかくかくすべきであると言うときでも、それを読んだわれわれの印象は、何か教条が掲げられたと言うよりも、兼好が私はそう信じる、と言っているように感じられるのである。  卑しい啓蒙・啓発書が読者の不安・驕り・コンプレックスなどを煽りながら、それとなく自分の考え方に靡くように誘導するのに対し、徒然草を読んだとき、我々が向き合うのは正面をきって真顔を崩さない兼好という霊魂である。これを前にして読者は浮ついた表情を正さないでは居れない。この書物が読者を信じて書かれていると言うことに他ならない。  読書の粋はこう言う点にあるのではないか。一読、いや、二読三読をお勧めしたい。
日本が世界に誇りえる古典
小林秀雄の評価ではないが この本はモンテーニュのエセー、マルクスアントニウスの自省録と並んで 世界随筆文学の一つの頂点をなしていると考えて良いと思っている。各段はいずれも短く 短剣を思わせる切れ味に満ちており 読んでるほうも全く油断できない書物である。小林が「空前であり 絶後とさえ言いたい」と言い切っているが 確かに 兼好法師がこれを書上げた後に これほど見事で美しく なにより 賢い随筆にはお目にかかっていない気がする。現代を生きる我々は そんな徒然草を誇りに思うわけだが 一歩引いてみると これを乗り越えた物を作れていないその後の日本人は ちょっと まずいんじゃないかという気もする。
言わずと知れた超古典
この本は古語のまま、原文で読むべきでしょう。現代にもなお通用する警句や知恵をそのまま感じ取ることができる日本人に生まれたからには読んでおく必要があります。学校時代には教材でしかなかったのですが、社会に出てからはその内容の受け取り方も変わっているはずで、人生経験の深まりにより読みとれる内容の違いをしみじみと味わうにはいい本です。

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 更新日 2009年7月8日(水)  ※ 表示価格は更新時のものです!      メール      相互リンク