え〜!司馬さんが40代の頃の作品なんだ〜!なんかすっごい。
書かれた時代は高度成長期のまっただ中で、古い日本を変えてやろうという戦中派世代が鋭い気概に燃えていた頃だったろう。戦国のスーパーマン、松波庄九郎の姿はこのころの植木等的サラリーマンにはスゴイ魅力的だったことだろうなぁ。そのスーパーマン庄九郎もこの巻の終わりではかなり哀しい。いつまでも若々しい華やぎのあるお万阿が素晴らしい。 信長編へのつなぎこの巻では、斎藤道三の守護代時代からの後半生が描かれています。成り上がりの道三のイメージとは異なり、善政・知略で国を平らげていく課程が描かれています。つまり、この本の「国盗り物語」というタイトルの主題を描いている部分なのですが、この時期の道三は私の持つ「ギラギラした」道三の魅力はありません。
しかし尾張の信長の父親である信秀が魅力的に書かれていて、後の信長編に続く導線を引いています。早く信長編を読みたいと思わせる巻でした。また「雑話」という章があるのですが、ここでは司馬氏自身が道三と世間話をするところを想像する、という面白い趣向があります。ここでの司馬氏と道三のやりとりは、この巻での一興でした。
番外編なのですが、榎本の素性をかいま見ることが出来る秀作です。オチが榎本の立場らしくそら恐ろしい物ですが…… その2「その1」から続く、「正しい原チャリの盗み方」「十八時四十七分三十二秒(前後編)」「死体を洗え」の4篇を収録。
「正しい原チャリの盗み方」は、浅羽と伊里野のデートと、それを追いかける水前寺と浅羽の妹・夕子の2点で話が展開。伊里野と打ち解けようとする浅羽の(ある意味無駄な)努力と、水前寺&夕子という凸凹コンビの掛け合いによるスピード感あるコメディタッチのストーリー。「十八時四十七分三十二秒」は、浅羽にひそかに心を惹かれる新聞部員・晶穂の心情がストーリーの中心に。学園祭の様子などは、ギャグが含まれているものの、晶穂の思いと伊里野への嫉妬などがメインのとめ、どちらかというとしっとりとした感じのストーリー。ありがちと言えばありがちなキャラクター、展開ではあるものの、こういうのもアリかな、という感じはする。番外編でもある「死体を洗え」は、どちらかと言えばホラーちっくなストーリー。自衛軍の女子隊員の噂話という形で、話が展開。本編に登場(?)する人物らしき人の話を中心に添えているのだが、この後味の悪い締め方が個人的には大好きだ。