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戦闘美少女の精神分析 (ちくま文庫) 私は闘う (文春文庫) 日本の公安警察 (講談社現代新書) 欲望する脳 (集英社新書 418G) リヴァイアサン〈1〉 (岩波文庫) スカートの風―日本永住をめざす韓国の女たち (角川文庫) 「学び」で組織は成長する (光文社新書) フランス7つの謎 (文春新書) 君主論 (岩波文庫) まぼろしの郊外―成熟社会を生きる若者たちの行方 (朝日文庫)
戦闘美少女の精神分析 (ちくま.. 私は闘う (文春文庫) 日本の公安警察 (講談社現代新.. 欲望する脳 (集英社新書 41.. リヴァイアサン〈1〉 (岩波文.. スカートの風―日本永住をめざす.. 「学び」で組織は成長する (光.. フランス7つの謎 (文春新書) 君主論 (岩波文庫) まぼろしの郊外―成熟社会を生き..

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戦闘美少女の精神分析 (ちくま文庫)

[ 文庫 ]
戦闘美少女の精神分析 (ちくま文庫)

・斎藤 環
【筑摩書房】
発売日: 2006-05
参考価格: 840 円(税込)
販売価格: 840 円(税込)
戦闘美少女の精神分析 (ちくま文庫)
斎藤 環
カスタマー平均評価:  2
脳みそと時間の無駄遣い
ラカンをかじったことのある美少女アニメオタク向けの娯楽本なのですが、そのようなオタクって数いるんですか? インパクトはある本なのですがおそらく氏の黒歴史なんじゃないのか。ハードカバー読みながらそんなこと思ってたんですが、文庫版を出すくらいだから自信ありありなんでしょう。 いくら娯楽といえども、読んでも何にもなりません。 ただ、あなたがオタクで余分な知識がほしいと思っているならチャレンジしてみては。
知的な気になれる
前半はオタク論、中盤は90年代のアニメを中心としたアニメ分析(というよりはアニメ史、アニメ紹介に近いが)。最終章で本論の戦闘美少女分析を行う。用語を定義の曖昧なまま濫用しているのは問題だ。例えばアニメは「欲望の原理」に支えられているという。で欲望の原理とはなにか、「セックス&バイオレンスの原理」だそうだ。しかし原理と言うからには何か理論や法則があるはずだが、その説明はない。「アニメは欲望に支えられている」と言えば十分ではないか。時間性、運動性、事実性。それぞれ時間、運動、事実のような性質を持つものと普通は解釈できるが、「事実のような性質」とはいったい何だ?事実とは異なるのか?用語の定義が曖昧なら用いられ方も抽象的で、文脈によって意味が少しずつ異なるのだ。カッコつきの単語は全て、一般的に我々が用いる意味とは異なる意味で使われているが、ひどいときにはページあたり10以上もそのような「用語」が出てくる。他の分野の科学であれば、例えば「現生哺乳類の多様性は恐竜絶滅後に空白となったニッチへの適応放散が重要な役割を果たした」などの説明は、小学校で習う単語だけでも完全に説明可能だ(回りくどくなるが)が、本書はまず不可能だろう。ためしに終章の一ページをカッコつき単語を全て別の言葉で説明しできるか試してみて欲しい。分析全体の筋はまっとうだが無難で目新しくはない。悪いポストモダンの典型「用語は借り物中身は無し」を地で行っている。
一種、現状肯定的な擬似宗教、擬似インテリ
まず社会の現状が「解明すべきもの」として無批判に問題の俎上に乗せられているのが非論理的。 つぎに、上記「問題」の解明の道具として精神分析が援用されるのだが、精神分析の応用が社会的に有効妥当であるか否かが十分な妥当根拠をもって論じられていない。 以上2つの欠点をもって、本書が愚昧な大衆を、自分の理論に引きつけて説得しているかに見せる書籍だということがわかる。 既成の理論を安易かつ無根拠に「応用している」だけの一種、現状肯定的な擬似宗教、擬似インテリにすぎない。なぜなら本書には反証可能性をもたない瞞着議論しかないからだ。
オタク学に登場した革新的名著
オタク学。 オタク研究。 80年代社会文化論。 このいずれの分野に於いても革新的な理論を展開する名著。今までのオタク研究が大塚英志や岡田斗司夫などの「パイオニア的オタク」、或いは「オタク文化論者」によって為されていた事を考えると、精神分析学(特にラカン的)の見地からオタクを分析した著者の功績はただ画期的というのではとても収まらないだろう。 今までのオタク研究に一抹のうさんくささや同意できないものを感じた人におすすめかもしれません。 一家に一冊あってもいい本。

私は闘う (文春文庫)

[ 文庫 ]
私は闘う (文春文庫)

・野中 広務
【文芸春秋】
発売日: 1999-07
参考価格: 550 円(税込)
販売価格: 550 円(税込)
私は闘う (文春文庫)
野中 広務
カスタマー平均評価:  5
村山連立政権と言うのは、すごい
もともと対談や随筆ほかで、野中広務の発言にはかなり共感するところがあったので、興味を持って読んだ。 とは言え政治家で、それなりに功成り名を遂げた人の書き物にはどこかうさんくさいと言うか。 手前みそな部分が多いのでは、と、その点それなりに心情を寄せていた人だけに、怖い気持ちでもあった。 しかし、幸いなことにその危惧は当たらなかった。 非常にテンポよく、実名で実際の政治家を評するところが実に面白い。 なるほどそうだったのか、とか、うんうん確かにそうだよなぁ、と言う感じで政治家の人間的側面がなんとも興味深い。 いずれにしても政治家は、なんらか危機的局面でこそその真価が問われると言う点では、特に、単にリベラリストとしてでしか見ていなかった河野洋平のうさんくささには驚いた。 それにしても、野中の支えた村山連立政権と言うのは、すごい。 単に社会党書記長が自民党と組んで首相に就任したと言うだけでも稀に見る時代と思えるのに、その政権時にオウム真理教地下鉄サリン事件、阪神大震災と、未曾有宇の大事件のまっただ中にいたんだもん。 改めてそう思うと、なんとも歴史的な節目にあったんだなぁ、と感慨深い。 押しつけがましさや手前みそ、自慢話の見当たらない珍しい政治家の書き物として良書と言えるでしょう。
自治省傘下の特殊法人改革の実績に敬服
 村山政権で自治大臣・国家公安委員長を務め、オウム真理教と闘い、阪神・淡路大震災対策に苦心した、野中広務の回顧録である。特に自治省傘下の特殊法人である消防団員等公務災害保証等共済基金の民営化を実現した実行力には感服した。著者の野中広務氏はテレビ映りは悪いかもしれないが、抵抗勢力でも守旧派でもない。実務能力を伴った改革派だと思った。

 もう一つ興味深かったのは中曽根康弘氏に対して「何よりも私は自民党の重鎮が、三党連立にとって最大、当面の敵である小沢一郎さんを評価し、通じている印象を世間に与えている事は許しがたい行為だと思っている。」と批判している点である。村山政権当時から煙たがられていて結局、決断力のある小泉純一郎現首相に引導を渡されたのだと思った。

 昼休みなど政治談義が好きな方に是非一読をお勧めする。
現役中によくも、ここまで書けたものだ!
最新書の「老兵は死なず」を読んだあと本書を読んだので、その違いに驚いた。文体や読み易さは変わらない。しかし、中央政界の超現役であったにも関わらず、全て実名で同僚現役政治家や官僚をばっさばっさ批判していくのである。7年半後に出版された「老兵は死なず」では、政界を引退してから世に出されたにも関わらず、その批判の鋭さは無い。

著者の京都時代の記述も興味深かった。「革新政権」の実像がそこには記されている。村山内閣に関する、著者の分析はこれまで多くの評論家が語ってきた内容とは大きく異なり、興味深い。あれだけ共産党と敵対してきた著者が社会党とはうまくいったなんて、ほんとうに皮肉である。
続本の発刊を期待しています!
 かなり、売れた本だと思うのですが、実際、読みごたえは十分でした。私の個人的なことを言うと、政治家にはほとんど興味なかったし、特に最近の政治家は口当たりの良い言葉が胡散臭いと思わなくもないのですが‥野中広務さんは世間一般イメージでは胡散臭い政治家の代表格と思われてたりしますケド、本当の所はすっごく筋が通ってるヒトでした。この本読むと『はあ〜』と感心することしきりです。イマドキ、こんなに筋を通すヒトはいやしませんよ。だって、筋を通したって本人にはメリットないんですもん。

 この本は、いわゆる宣伝風味の政治家本でもないし、本人の自慢話風自伝でもないです。読んでみても損はないんちゃないかなあ?
引退したけど‥
この本は出版された当初はかなり売れてたと思いますが、やはり、中身は濃いです。私はこの人のリスクを伴った頑固一徹なところは信用するべきだろうと思います。今どき、こんなにも、一貫した主張をかませる人もいないだろうし、政治家は若けりゃいいってもんでもない。要はその人が本当に信用できるかどうかだと思います。キレイゴトくらい誰にでも言えますしね。とにかく、読んでみれば、信用できる人かどうかは分かると思うんですけど、でも、もう引退しちゃいましたね…


日本の公安警察 (講談社現代新書)

[ 新書 ]
日本の公安警察 (講談社現代新書)

・青木 理
【講談社】
発売日: 2000-01
参考価格: 777 円(税込)
販売価格: 777 円(税込)
日本の公安警察 (講談社現代新書)
青木 理
カスタマー平均評価:  3.5
鈴木邦夫『公安警察の手口』(ちくま新書)とともに。
鈴木邦夫『公安警察の手口』(ちくま新書)が新右翼活動家としての経験から公安を論じているのに対し、本書はジャーナリストの立場からヴェールに隠れた日本の公安警察の歴史と活動を描き出す。公安警察の全貌、戦前の特高の伝統を受け継いだ戦後の公安警察の歴史、公安の捜査の手法、革マルやオウムとの激しい戦いなど本書の衝撃的な内容には驚かされるばかりだ。 個人的に興味深かったのは第二章「特高から公安へ」である。戦前の中央集権的警察機構に対する反省から自治体警察を標榜するようになった戦後日本の警察組織。だが、そのような建前とは裏腹に日本の警察は警察庁を頂点とし全国の都道府県警を配下に置く中央集権的機構となっていった。自治体警察という建前はいかに換骨奪胎されていったのか?その過程を描く本書からは旧内務省・特高から戦後警察への「連続」が浮かびあがってくる。日本の公安警察論としてのみならず戦後史の一側面を描いた書としても興味深い一冊だ。
私のような公安初心者(?)には、とても価値の高い本だと思います
 公安関連の本は初めてなので、類書に比して云々は判断できない。しかも00年1月刊行だから、内容が古くなっている恐れもある。例えば07年6月に元公安調査庁長官の緒方重威が朝鮮総聯絡みの詐欺容疑で逮捕されたことは特筆すべきスキャンダルだろうが、その分析は当然ない。また99年11月に菅直人の不倫騒動があって、Nシステム情報のリークも噂されたが、これは間に合わなかったか?  で、著者に興味を持ってちょっと調べてみると、かなりの熱血漢ぶりが伺える。  著者は共同通信在籍中の97年?98年、韓国に語学留学しているが、97年といえば金大中が復活した韓国大統領選の年。また02年からは共同通信ソウル特派員となるが、これも大統領選の年で、盧武鉉の逆転勝利という結果に終わった。つまり著者は韓国における「左」陣営の劇的勝利を2度までも間近に目撃しており、多分これは偶然ではない。  ちなみに06年6月、著者は韓国発の市民参加型ニュースウェブサイトOhmyNewsの日本版設立に参加するために共同通信を退社するが、これは02年の韓国大統領選の帰趨に大きく影響したと噂されたサイト。韓国での記憶が背中を押したのかも知れない。著者はここで金大中インタビューも発表しており、その辺りに思い入れの深さも感じられる。  ただ冷静に考えて「市民的理性」でネット社会を馴致しようとするのは「理想主義的」に過ぎるワケで、実際、日本版は当初からさまざまなトラブルに見舞われたし、本家・韓国でも一時の輝きは失せたのではないか。著者も現在はどうやらフリーとなり、OhmyNewsとはゆるやかな協力関係を結ぶに留まっている様子だ。
公安って結構暇なんだね
 アメリカのFBIは州警察、市警察、保安官の州単位、市単位の管轄を超えたアメリカ国内つまりドメスティックの事件に限り、捜査権を持つもので、連邦単位の州警察を横断して存在する捜査組織であり、警察でもなければ、検察でもありません。このような組織が日本に存在しないことが日本の警察の都道府県単位の縦割りの原因そのものであり、公安警察が思想、宗教組織対策にしか動けない限り、日本には県域を越えた事件の、時効を迎える事件が絶えないのではと思いますが、そのような状態で、事件捜査が都道府県警察単位で芸事のようにうまく動く限り、日本にはFBI的組織は生まれないでしょう。つまり日本の公安警察は思想、宗教対策に回るほど暇なんです。
分厚いベールの内側をのぞいてみましょう
監視・尾行・盗聴・スパイ。 安保闘争・日本赤軍・革マル派・オウム真理教。 本書に書かれていることは、ほとんどの人にとって初耳で衝撃的な事実ばかりだと思います。 とにかく驚きと(ある種の)恐怖に満ちた一冊と言えるでしょう。 本書の著者は、元ジャーナリストで警視庁警備・公安担当記者として取材活動に携わった経験を持つ方なので、比較的客観的な立場で冷静に筆が進められています。 また公安警察の組織構成、歴史、工作手法、具体的な事件例、などなど情報がたっぷりつまった本なので、とりあえずはこれ一冊読んでおけば、公安警察のおおよその全体像をつかむことができます。 一度は読んでおきたい本ですね。 ただしあとがきで「巨像の背中を撫でただけに過ぎない」と述べてあるとおり、「公安警察」という闇はまだまだ圧倒的に深いようです。 興味のある方は本書を踏み台にして、さらに専門的な本や情報源にあたってみましょう。
治安維持と人権侵害
 1966年に生まれ、韓国留学経験のある共同通信社ジャーナリストが、9・11以前の2000年に刊行した本。公安警察(5頁に定義)は戦前の特高警察に代わる治安機関として、G2と癒着しつつ戦後まもなく登場した。それは中央からの司令による見込み捜査(刑事警察との差異)に基づき、臆病なほど慎重な視察内偵、聞き込み、張り込み・盗聴(事前に偽名で特別講習。1986年共産党幹部宅盗聴が発覚したが、警察は敗訴にもかかわらず事実を否認し、公安はサクラからチヨダへ移転)、尾行、「協力者」設定工作、面接、投入(潜入捜査。1952年には菅生事件という謀略事件をも起こす)を通じて、共産党(未だ公安の予算獲得の名目になっている)・労働組合、右翼団体(特に反体制の新右翼)、「極左暴力集団」、共産圏諸国や外国のスパイに関する情報を収集し、あらゆる手段(転び公妨等)を通じて容疑者を拘束する組織であり、後にはオウム真理教も主要な調査対象となった。その密行性・閉鎖性ゆえ、公安警察の実態は不明瞭であるが、予算の流用やピンハネ、非合法活動、裏の組織系統の存在や、自民党政治家との癒着はほぼ確実である。1990年代にはオウム事件でその存在意義を再度誇示したのも束の間、信者警官による国松長官狙撃事件や革マル派によるデジタル無線傍受事件といったスキャンダルも発生した。しかし、こうした公安の問題性はきちんと問われないまま、監視テクノロジーや治安法・総背番号制の整備のみは進み、市民オンブズマンやジャーナリスト、アムネスティー等々にまで調査対象が拡大されようとしているという。著者は警察の不祥事の頻発をも視野に入れ、正当にもこうした事態を憂慮している。全体構成がやや見えにくいが、情報が限られている中、さまざまな内部情報を収集し、公安警察の具体的な像を描こうとしている本書からは、学ぶことは多い。

欲望する脳 (集英社新書 418G)

[ 新書 ]
欲望する脳 (集英社新書 418G)

・茂木 健一郎
【集英社】
発売日: 2007-11-16
参考価格: 735 円(税込)
販売価格: 735 円(税込)
欲望する脳 (集英社新書 418G)
茂木 健一郎
カスタマー平均評価:  3.5
心、意志の力を考えなおす
脳の機能、人の意思などについて考えてくて購入通読 読んでみると、意識、欲望、夢、自我などにたいしての随筆的な作品となっている。心を考えないことにおいて発達してきた現代科学への警鐘、サイバー世界での心の在り方、多重文脈者としての生き方など非常に面白い。また、一回性の原理についても自分のなかでとてもしっくりときました。無知の知を目指す上で一回性の知の価値をわすれないことは大事だと思う。 色々な角度から『心』をいうものと向き合おうとする著者の気持ちが伝わってくる書籍になっていると思います。
茂木健一郎ファン向け
本書は、テレビ出演も多い人気脳科学者の連載エッセーを編んだものです。 そもそもエッセーとは、著者の考えを気の赴くまま自由に展開するもの。 孔子の「七十にして心の欲する所に従って、矩を超えず」(『論語』)を出発点に、 ITと金融資本主義の行き渡る今日、いかに欲望を制御していくかといった点につき、 脳科学にまつわるトリビアを取り混ぜながら、自由気ままに論じています。 話題は豊富で著者の教養の広さを感じさせるのですが、 体系的に何かを伝えようとするものではなく、 個人的には大学受験の現代国語の問題を思い起こさせました。 現に、どっかの大学でいかにも出題のソースにされそうな感じがします。 ともあれ、著者のまっとうな人生観を垣間見ることができるため、 ファンは読んで損のない一冊ではあります。
脳科学の話はなし、エッセー本としては凡庸!
人間が自らの欲望を肯定し、解放することで発展してきた現代文明。大きな物語は消滅し、社会の『個別化』は加速する。そんな中にあって、ふと、論語の『70にして心の欲する所に従って、矩を超えず』との孔子の崇高な境地に感銘を受け、茂木氏が雑駁な所見を集英社のPR誌に24回にわたって連載したものをまとめたもの。 脳科学の第一線の科学者が欲望について語るということで、私たちをとりまく様々な社会現象や人間存在の本質が『脳』というキーワードを用い解き明かされると期待したが、全くの期待外れ。政治家が『美しい日本』を郷愁を持って語るようなレベルで、脳科学者が論語の『倫理感』を語ったらおしまいでしょう。 氏は、『体系的な知識や、論理的な筋道、イデオロギー、価値の序列などとは無関係に、自分の欲望を無条件に肯定し、それを他人に対して表出することをためらわない』時代の傾向を『野獣化』と呼んで批判しているが、本書そのものが『野獣化』本のようで皮肉としか言いようがない。 脳科学を離れ、欲望や倫理を考察するのであれば、先ずは、プラトンの『饗宴』やスピノザの『エチカ』を再読した方が間違いなくためになりそう。
脳科学からの考証はなく、結局そうなっちゃったか、という内容
『ひらめき脳』の茂木健一郎氏のエッセイ集。欲望する脳というタイトルで連載されたエッセイ24話分を収載している。各章が10ページ程度であり、仕事の合間などに読むことが可能。 全体を通しての第一感は、非常にわかりづらい、であった。理由は3点。『表現がまわりくどい』『構成が下手』『科学的な考証がほとんどない』である。本書を購入する読者が期待するのは、欲望する脳を科学的にとらえることではないかと思う。ところが、本書では雑学的な一般知識を著者の主観で解説しただけの思想書のような内容に終止しており、それらを科学的にとらえている部分がほとんどない。肝腎の科学的な部分については『まだ明らかでない』の一点張りで、結局行き着いた結論も使い古された言葉でくくられている。著者が曖昧にした部分についても研究は進んでおり、他の書と比較しても著者の勉強不足が露呈している。持ち出している一般知識もウェブサイトで簡単に検索できる情報量より少なく、連載上の字数制限を考慮しても、一冊の書として世に出すからには引用文献やわかりづらい語に注釈をつける配慮が必要と思う。本書に記載されている部分の客観性が曖昧であるのに反して、『客観的な批判基準に準拠せずに、延々と自分語りを続ける人たちにはうんざりさせられる』とあるが、この記載はそのまま本書にあてはまってしまうように思えてならない。さらには、情報量を単純な2進法でくくる考えや嗜好の変化などの記載を見る限り、脳科学についての基本知識が不足しているように思う。『ひらめき脳』『脳を活かす勉強法』と本書の3冊を読んだが、どれも科学的には鵜呑みにできなく、著者が自称する脳科学者の称号に疑問をもたざるをえなかった 本書を読んでもタイトルから期待される結論は得られない。単なる教訓集としても他に多くの良書があるし、脳科学としても推奨する内容ではない。一概に悪書とは言えないが、他人へのお勧め度は低く、星2つとした。
答えが何も書いていない。
正直、期待はずれでした。知りたいことの答えが何も書いていない。 冒頭に、この本を書いた動機は、孔子の「七十にして心の欲する 所に従って、矩を超えず」という言葉にあったと書いています。 当然、読者としては、どのようにしてその域に達することができる のか、いずれ解が出てくるに違いないと読み続けると、あとがきに、 「利己と利他のバランスをとることはとても難しい」と書いてある。 問題設定をしておいて、最後まで読者をひっぱって、この問題は難 しいんですよというのが答えじゃ、あんまりじゃないですか? あくまで、日々思っていることを書き連ねた随想、エッセイという ふうに思って読まないと、裏切られた気になりますので、要注意。

リヴァイアサン〈1〉 (岩波文庫)

[ 文庫 ]
リヴァイアサン〈1〉 (岩波文庫)

・T. ホッブズ
【岩波書店】
発売日: 1992-02
参考価格: 840 円(税込)
販売価格: 840 円(税込)
リヴァイアサン〈1〉 (岩波文庫)
T. ホッブズ
Thomas Hobbes
カスタマー平均評価:  4.5
第一部はホッブズの人間洞察で、その政治哲学原理が示されている
 ホッブズは、人間を国家(リヴァイアサン)の素材であると認識し、まず人間の洞察から始めています。この第一部はその箇所に該当し、第一章から十二章までは、認識論から始まり、思考、言語、推理・学問、情念、知性、社会関係、宗教、などについての考察がなされていて、この部分もとても面白いのですが、実はホッブズの政治哲学の基本的考え方が十三章から十六章にかけて提示されています。  その考え方は簡単に言うと次のようになります。人間は、自然状態においては、自身の生命を維持するためには何をしても許されるべきである、だが、人間というものは、相互不信に基づく恐怖によって戦争状態に陥り互いに殺し合い滅亡する、それを回避するには、生存を保証するルールを守らせるだけの力を持った共通な権力(国家)を作る以外にはない、というものです。このことを、自然権、自然法という概念を基本に据え、更には権利、義務、契約、約定等々の概念を明確にして、国家やその制度の元となる理論が構築されて行きます。  この考え方の基本となっているホッブズの人間洞察は、性悪説でもなければ、個人より国家を大切に考えるようなものでもなく、ホッブズが一番大切なことだと考えていたことは、人間がよりよく生きることを含めた「生命の維持」であり、そのための一番基本的なルールは「平和を希求すべし」(第一の自然法の基本部分)ということであって、何よりも、そのことを可能にするものは、人間の理性である、という思想に基づいているのだ、と思いました。  やはり読み継がれてきた古典は、ゆっくりと読むとホントに含蓄がありますね。勉強になります。因みに、中公バックス版の方が意訳風で少し読みやすいと感じましたが、岩波版の方が正確な訳なのかもしれません。どちらにしても、あまり判然としない箇所も多々ありましたが、その場合には、昨年10月にラテン語から本邦初訳出版された『市民論』(本田裕志訳、京大出版)と併せて読むととても理解が進みます。
面倒なら第13章から読むべし
 『リヴァイアサン』は、おそらく社会科学系の人間とっては必読書中の必読書であり、古典中の古典でもあるが、著者ホッブズの筆致は異様に分析的でユーモアもウィットもなく、じつにつまらない読み物だと言っていい。  しかも、ホッブズの政治思想として教科書などに紹介される内容は第1部の後半から第2部の前半までに集中しているので、とくに興味があるというのでない限り、後半の2冊は読まなくてもいいと個人的には思う。  岩波文庫版では、本文の第1?第4部が、それぞれ第1?第4分冊に対応している。  第1部の第12章までは、認識論、意味論、価値論など当時の哲学のおさらいのような内容になっている。いわゆる「ホッブズ的」な政治思想、社会契約説が本格的に登場するのは、第13章に入ってからである。  人は生まれながらにして平等であり、その平等性のゆえに敵対が生まれ、「各人の各人に対する闘争」が自然状態となる。だが人間は「死への恐怖」をも持つのであり、生き残るための知恵が必要だ。そこで人々は、「理性」によって発見された共存のためのルール(自然法)にしたがって、各々の権利をすすんで放棄し、社会契約を結ぶのである、と。  第14章から後はほとんど、「自然法」の細目についての詳論にあてられている。このあたりの論証はけっこういい加減で、まとまりもないのだが、ともかくそれを要約してホッブズは、つまるところ自然法の核心は「あなたが自分自身に対してしてもらいたくないことを、他人に対してしてはならない」ということなのだと言う。じつにわかりやすい政治思想だ(笑)  第3部、第4部における神学についての詳細な議論においても、ホッブズは信仰箇条を「イエスはキリストである」というきわめてシンプルな命題にまとめてしまう。だから、はじめに言ったように面白くはないが、やたら長い割には、要点を抑えてしまえば非常に読みやすい本ではある。  ホッブズの「自然法」思想のポイントは、最も基本的な自然権である「自己保存」の権利を各人が確保するため、つまり「平和」を確立するために、理性的に考えてみれば守ったほうがいいとしか思えないようなルールのことを「自然法」と呼ぶのだという点だろう。ロックにおけるように、神が直接に定めるルールではないのである。  (第2部へつづく)
国家について考えるために
国家はなぜ存在するのか、するべきなのか。この問いを深く追究したのが「リヴァイアサン」であり、後の思想に莫大な影響を与え、現在でも国家について考える際の必読書となっています。 第2巻を推薦している人が多いですが、個人的には第1巻、その中でも第13章が最も面白かったので、そこだけでも読むことをおススメします。ホッブズ思想の真髄は、国家はどうあるかよりも、国家はなぜ必要なのかを論じた点にあると思っているからです。各人のもっている力には大した差はなく、そして本性によって人びとは競争・対立するが、それゆえに各人は常に戦争状態に入ってしまう(「自然状態」=「万人の万人に対する闘争」)。この状態を回避するためには、絶対的な権力が統治する以外になく、従って各人にとっては絶対権力である国家に服従することが、自然状態のもつ不利益を回避する道となる、と論じられています。 訳が難解だという指摘が多く、確かにそのとおりだと思いますが、それを理由に本書を読まないのはあまりにも残念だと思います。なお、3巻からは宗教論に入るので、大抵の場合は2巻までで十分でしょう。
メディアとしての古典
 ホッブズ的アメリカ対カント的ヨーロッパ、などという荒唐無稽な議論に付き合っている 暇があるのなら、とりあえずまずは『リヴァイアサン』に是非とも目を通していただきたい、 先のしょうもない図式がただの未読もしくは誤読の産物でしかないことが分かるから。 せめて未読であることを祈る、そうでなければあまりに粗末に過ぎるので。  読む人間、読む時代に従って、さまざまな相を見せてくれる――そんな古典の尽きせぬ 底力を思い知らされる圧倒的な一冊。  先のカントやロック、ルソーはもちろんのこと、果てはロールズやらギデンズやら ネグリやらに至るまで、彼以降現在に至るまでのまともな政治思想・哲学の議論はすべからく ホッブズの解釈として展開される、との表現もあながち過言ではない。  そればかりではなく、「近代」を定式化したこの一冊は、法・権力・国家……へと 向けられた洞察を豊かに含む。このテキスト自体が市民生活の骨子として今なお息づいている ことを思えば、それも当然か。  一読の上でカビの生えた遺物と切り捨てる者が存在してしまうことは、なにはともあれ、 やむを得まい、しかし、その奥行きを知らぬままに、この歴史の叡智を素通りしてしまう ことがあるとすれば、それはただただもったいないと言う他ない。  冗長に過ぎるというならば、13章から31章まで、いや、さらに絞りをかけて13‐15章だけ でも腰を据えて読まれたし。それはつまり、かの有名な「万人の万人に対する闘争」なる 思考実験の箇所であり、そこからホッブズは鮮やかに自然権、自然法を論じて見せる。  絶えず「今、ここで」最新のメディアであり続けられること、それこそが古典の古典たる 所以、この書において発揮されるホッブズの凄みのひとつはその観察と思考に基づく、簡潔な までのモデル化にある。その啓蒙は今日においてもなお有効性を保ち続ける。
リヴァイアサン
全四冊あるが、一般的にホッブズのリヴァイアサンとえば、第二巻である。まずこれを読んでみれば良い。素直に順番に読んでいくとなかなか厳しい。万人の万人に対する闘争状態。自然状態。高校などで習うことはこの二巻にほぼ網羅されている。もし興味がでて他にも読みたいと思えば、第一巻→第三巻→第四巻の順に読み進めていけば良いだろう。大抵は一巻と二巻でことが足りる。

スカートの風―日本永住をめざす韓国の女たち (角川文庫)

[ 文庫 ]
スカートの風―日本永住をめざす韓国の女たち (角川文庫)

・呉 善花
【角川書店】
発売日: 1997-02
参考価格: 462 円(税込)
販売価格: 462 円(税込)
スカートの風―日本永住をめざす韓国の女たち (角川文庫)
呉 善花
呉 善花
カスタマー平均評価:  4.5
買いですが・・・。
同じ時期に読んだせいか群ようこの「無印良女」がかぶって思えます。ただ、ふたりとも登場してきた当時、新しい女性の書き手の登場という鳴り物入りの印象がありました(もしかしたら僕が知った時にはもうある程度有名になっていたのかもしれませんが)し、女性の在り方や生き方を真正面から捉えようとする姿勢にも共通点があるように思いました。本書は韓国社会や、韓国と日本の比較、そして自らの恋愛体験などについてなんの衒いもなく語っており、肩肘を張らず巻措くに能わずといった楽しさがあります。もちろん学術的な分析ではないのですが、そこは僕には逆に長所につながっているような気がします。
美化と矛盾だらけ
韓国人女性による韓国人をかなり美化、正当化した一冊ですね。途中でもう読むのやめました。他の人種を蔑視ともとれる表現もあってかなり不愉快になりました。矛盾だらけですし、もう読むことはないでしょう。
読みやすい日韓文化比較論です。
 呉善花さんの処女作の日韓文化比較論です。 彼女がこの本で書きたかったことは、本書の中にも書かれて いますが、  1.日本で働く韓国人ホステスから韓国を根底から揺るがすことになるかもしれないきわめて大きな問題を    発見したこと。  2.意外な「日本の顔」を示してみたい。 とあります。  日本で働く韓国人ホステスと接することで、女性が一人で生きられない自国の恐るべき男尊女卑社会の実態 が明らかにされていきます。 キーワードは「両班(ヤンバン)と貴姫(キーセン)文化の国」、李氏朝鮮 が、両班(ヤンバン)という貴族と庶民(サンノム)との完全な階級社会で、貴姫(キーセン)とは、技芸 を持ってヤンバンの相手をする高級娼婦、其の流れが韓国社会に色濃く息づいていること。 その可笑しさを 、彼女自身が日本に来て実際に日本に働きに来ている韓国人ホステスたちと関わっていくまで、可笑しいと 気付かなかったこと。  韓国人の二つの夢は、「お金と権力、犬のように働き両班のように使う。」と書かれているように目先の 金銭至上主義が横行する韓国社会を対立の韓国とし、対して日本を調和と捉え、鋭い感性で日本の良さを捉え て明らかにしてくれます。 日本人の内面的充実感・安定感、平々凡々たる事や物であっても充分に楽しく生 きていける世界がある。 韓国を知る上でも日本を再発見する上でも軽い読み物として読める本です。
よくぞ、ここまで書いてくれた。
約10年前位の話の内容ですが、現在も韓国女性は内容通り変わらないと思う。 しいて言えば、昔は離婚して実家に帰れなかったり、家が貧しくて仕方なく日本に渡ってきたけど、現在は自分の借金返済などに多少変わってきている。
呉善花女史の処女作は衝撃の日韓文化比較論
日韓の文化比較研究や現代韓国の解説など、多くの著作をものしている現拓殖大学 教授・呉善花女史だが、彼女の名が一躍知られるようになったのは平成二年に上梓 された本書のヒットによる。無名の韓国人留学生の処女作は瞬く間にベストセラーに なり、韓国という国の特殊性に多くの日本人が目を向ける端緒をつくった。不可解で あった韓国人の行動原理が、本書で理解できたという者も多数生まれたものである。 筆者は日本で働く韓国人ホステスに光を当てる。女は子を産む存在に過ぎない男尊 女卑国家・韓国の女性の悲哀。妻として生きられなければ、春を売るしかない現実。 なぜ日本は違うのか?という筆者の疑問は、日本人の精神の奥底に食い入っていく。 出版時期からいって、筆者の体験は多くが昭和のものだろう。豊かになった韓国も 変化はしているに違いない。だが本書の描く韓国の底流は今も変わっていないようだ。 本書は公平な目で検証した日韓文化比較論だが、韓国人からすれば許し難い著作で あったらしく、呉善花は実在せず、日本人の成りすましだという俗説が一部で流れ、 呉善花探しが行われた。彼女の実在が確認されるとそうした虚報は消えていったが、 やがて彼女の名は売国奴の代名詞と化し、糾弾の対象となっていく。韓国当局に よる執拗な嫌がらせや脅迫を受けたこともあり、その後帰化の道を選択するに至る。

「学び」で組織は成長する (光文社新書)

[ 新書 ]
「学び」で組織は成長する (光文社新書)

・吉田 新一郎
【光文社】
発売日: 2006-01-17
参考価格: 735 円(税込)
販売価格: 735 円(税込)
「学び」で組織は成長する (光文社新書)
吉田 新一郎
カスタマー平均評価:  3.5
総論大賛成!各論疑問?
 100年に1度の金融危機で派遣社員がバタバタくびを切られ、大手優良企業が こぞって赤字決算報告をしている昨今、「学び続ける力」は個人にとっても組織 にとっても、なければ負けてしまう切実な課題になっていると思います。  企業において資金運用や投資、新しい技術の導入には熱心な役員や管理職たちも、 社員がベストのパフォーマンスを引き出すためにいったいどれだけの努力を しているでしょうか。一方、トップや人事担当者は社員を効率的に働かせて疲弊さ せる事が組織を成長させると思っている人が少なくないと思います。それは間違いで学び のリーダーとは社員たちの眠ったままでいる潜在的な力を気づかせ、それを使い こなせるように支援する事であると著者は言います。巻頭のプロローグでまさに 自分が課題としている事案に明快に答えていることから大変期待して読み進めま した。本書では22の「学び」のフレームワークが紹介されています。一読して感 じたのは「言うは安し行うは難し」といったところでしょうか。それぞれを見る と半分は一般的な自己研鑽、半分は研修の方法論で、所謂「学び」の箱が紹介さ れてだけで、それをどうやって実施するかという「魂」が込められていません。  始めに「やる気」ありき、「高いモチベーション」ありきで、実施するに当たっての 「仕掛け」が書いていなかったのは残念でした。その点どうやって本書で言う 「学び」をする気になるかを考察している『組織を変える「仕掛け」』(高間邦男・著) の方が優れていました。誰でも毎日5km走ったり、毎月10冊本を読むことができる わけではありません。自分、もしくは部下をどうやってその気にさせるかが前提 になっているのでそこまで成熟していない個人、チーム、組織では効果的な実施 は難しいのではないでしょうか。  総論大賛成、各論疑問というのが率直な感想でした。
「学び」のテクニック22種類
企業によっては「足の引っ張り合い」や「失敗しないこと(減点されないこと)」が、評価や出世に影響する風土がある。そんな企業活動ではダメで、お互いに「切磋琢磨」するような風土がなくては、企業は伸びていかない。そんな組織にするためには「学び」が必要である。 しかし講師を招いてパワーポイントで講演を聴く。それだけでは「学び」とはならない。また身にも付かない。 実践的で役に立つ「学び」のテクニックを22種類を紹介している。 具体的な事例を紹介し、その後にその要点を解説しているため、理解しやすいものとなっている。
学び方を考えるにはちょうど良い
 本書はいろいろなレベルでの学び方を紹介している。一人での学び方、二人での…、そして集団での…。  本書はその学び方のレベルでの向上性であれば、集団が一番ベストであるとしている。しかしながら、それぞれでの効率良い手法も説いているので、いろいろな面で「学び方」に関しては参考になりました。
学ぶ方法は、いろいろあるんだ!
「一人で学ぶ」「チームで学ぶ」などのカテゴリー別に、22個の学びの手段が、紹介されています。一つ一つについて、実際どのように行うのか、注意点、効果等が説明されています。また、事例を通じて、実行のイメージがわくように、工夫されています。少しですが、各方法を実践するときに参考になる文献も上がっています。内容は、OJT、会議の方法、ITの活用、研修のあり方など、広い範囲にわたります。 薄い本ですが、ポイントが、しっかり押さえられた印象の本です。文章の読みやすさも手伝って、ささっと読める本です。 仕事に追いまくられてるなぁとか、組織能力が向上しないなぁ、、と感じている方には、参考になることがあると思います。
「一人でできる学び」は万人にお勧め
組織が、全体として学んで成長していくための22の手法を 第1章 一人でできる学び 第2章 二人でできる学び 第3章 チームでできる学び 第4章 組織レベルの学び という学びの単位ごとに紹介している。 チーム、組織レベルについては、研修という側面が強くなり、組織のバックアップなくして実効をあげることは難しいと思うが、「一人でできる学び」については、自分一人で完結するので、自己啓発の手法として誰でも実行できる。 「一人でできる学び」で紹介されているのは、 ○ジャーナル(書いて振り返ること)、 ○インタビュー(相手が何を考えているか知る) ○読書(読書ノートをつけてみる) などである。 このように書いてしまうと、当たり前のことばかりだが、その当たり前のことで、見過ごしていることがあることに気がつく。 一人で学んでいる人には、読めば、何かヒントになることがあると思う。

フランス7つの謎 (文春新書)

[ 新書 ]
フランス7つの謎 (文春新書)

・小田中 直樹
【文藝春秋】
発売日: 2005-02
参考価格: 714 円(税込)
販売価格: 714 円(税込)
フランス7つの謎 (文春新書)
小田中 直樹
カスタマー平均評価:  4.5
小田中さんの授業は面白そう!
タイトルに惹かれて中を見てみると、7つの謎とは次のことだ。 ・なぜ政教分離を巡って延々と議論が続くのか ・なぜいつでもどこでもストに出会うのか ・なぜ標識がバイリンガル表記なのか ・なぜマクドナルドを解体すると拍手喝采されるのか ・なぜアメリカを目の敵にするのか ・なぜ大学生がストライキをするのか ・なぜ美味しいフォーやクスクスが食べられるのか このうち、ぼくも不思議に思っていたことはストが多いこととフォーとクスクスが国民食であることの2つだけだった。 あとの5つは興味を持って読み進むことが出来、かつフランスの歴史をかじることができた。 この本の著者小田中さんはストリーテラーです。話し上手です。 学者の先生ですが、きっとこの人の授業は面白いのではなかろうかと思いました。
正直物足りなさが
フランスといえばファッションやグルメ。 もしくは近年多発する人種暴動かな。 わかっているようわかっていないフランスという国。 フランス社会経済史が専門の著者がそんなフランスの不可解な部分から7つのテーマを取り上げ、歴史的な背景を解説しながらわかりやすく分析している。 私としては正直物足りなかった。 ある程度興味を持って国際社会情勢をチェックしている人には周知の事実といえるようなものが大半。まあ、それでも政教分離やスト、移民の問題などフランス社会の特長といえる事象とその背景についてコンパクトにまとめているので、現代フランス社会入門としては悪くないと言える。 第2の謎「なぜいつでもどこでもストに出会うのか?」に背景として説明されている労働運動の歴史だけはこれまで守備範囲外の領域だったせいもあるが、全く知らなかったので得るところが多かった。 同じ著者の『歴史学ってなんだ?』は非常に楽しく読めたが・・・ どちらも大学1年生あたりを想定した本のように感じるが、著者の哲学や思想が入るよちが少ない分、この本には物足りなさを感じた。
歴史から紐解くフランス
 この本は、7つの章に分けて歴史的な背景を中心に、現在のフランスがどのように成り立っていったのかを平易に説明している本です。  例えば最近まで問題にされているイスラム女性に対する「スカーフ事件」がフランス史における政教分離のあり方の根本にかかわる問題であることや、「マクドナルド解体」を巡るフランス人の対アメリカ観の変遷、さらには「バイリンガル表記」についてはフランスにおける「国民」の成立過程や政治制度にさかのぼっての説明や日本における「単一民族神話」への批判をするなど、読んでみてもフランスについての的確な指摘にはいちいち納得した次第です。  そういう意味で、フランスの概要を知る上でこの本は良著としてお勧めできる作品です。
学生におすすめ
 この本は、著者の別本『歴史学ってなんだ?』と同様に、歴史学をこれから本格的に勉強しようと思っている人にとって、格好の入門書といったところか。今まで日常生活の中で何気なくやり過ごしていた事象に、歴史的な経緯があることが再認識させられる。著者のフランス滞在体験から、日本人にとって「なぜ、どうして?」と映るフランス社会の常識を、歴史的にさかのぼって答えを捜し求めていく。その姿勢は、大学で歴史学を専攻する学生の卒業論文のお手本となるだろう。しかし、テーマが7つもあるので、「ふーん、そうだったのか」と感心して次のページをめくるともうおしまい、という感じで多少物足りなさも残る。また、この本の中の「読書案内」で紹介される本の数々は、一般の社会人にとって到底読みきれる量ではないように思われる。したがって、繰り返すが、この本はこれから歴史学を本格的に勉強しようと思っている若人にお勧めする。
考えるための本
フランス語を勉強しているので、漠然とフランスに関する本が読んで見たいと思い手に取りました。

確かにフランス2のニュースをBSで見ていると、デモが多いんです。
そのデモの多さは何ゆえに、日本ではデモに関する報道はほとんどないので疑問に思っていました。
明快な答え、もしくは筆者の解釈が記されているのですが、それ以上に読者がより深く考察できるように専門的な書物の案内も出ていました。
親切な本のつくりだと思います。
この本一冊で知った気にならないで、次のステップに進めるような本の構造になっています。

日本とフランスの比較も何度かしていますが、優劣をつけるための比較ではなく、日本はどうなのかを見るための比較をしています。
優劣に意味や意義を見出すのは無駄なことではないでしょうか。
海外の国を紹介する本の中には優劣をつけることに終始している本もあります。

自分を知るのに他者が必要なように、自国を知るのに他国が必要だと思います。
この本の全体を通して見えてくる物事は、フランスの紹介ではなくて、フランスと比較して日本はどうなのか、どういう道のりを近現代で辿ってきたのかということです。


君主論 (岩波文庫)

[ 文庫 ]
君主論 (岩波文庫)

・ニッコロ マキアヴェッリ
【岩波書店】
発売日: 1998-06
参考価格: 840 円(税込)
販売価格: 840 円(税込)
君主論 (岩波文庫)
ニッコロ マキアヴェッリ
Nicoll`o Machiavelli
カスタマー平均評価:  3.5
岩波は訳者の選択を誤った。
読み物としてはいただけない。日本語としておかしい表現が散見する。 訳者が力みすぎてるきらいがあり、底本に忠実に訳そうとするあまり日本語が歪んでしまった。原文のリズムがギクシャクしている。 そのことは本文にほぼ匹敵する分量の注釈を読めば明らかである。あとがきにも言い訳じみた文章が長々綴られていて見苦しい。 およそ全体的にまとまりがない冗長な本に仕上がった。 せっかくの古典が無残な作品になり残念である。 岩波は訳者の選択を誤ったようである。ビジョン不在で力量不足の典型的例。
権力はいかに運用されるべきか
   〈人間というものは、一般的に、恩知らずで、移り気で、空惚けたり 隠し立てをしたり、     危険があればさっさと逃げ出し、儲けることにかけては貪欲である〉(第17章) キリスト教的道徳観が支配的だった当時、こんな身もフタもない 人間観を披露すれば、そりゃあ、非難轟々だったと思います。 しかし、現在の視点から本書を読んでみると、書かれているのは、 上記のような、どうしようもない人間という存在をまとめていくリーダーが、 肝に銘じておくべき、ごくごく常識的な心構えに過ぎないように思います。 宗教上の原罪など信じなくとも、人間はもともと堕落している。 それは啓蒙主義が浸透することによって改善し、進歩していく類いのもの ではなく、これまでもこれからも永遠に変わらない普遍的事実に過ぎない。 だから君主は、善悪ではなく人間性をみることで、他人の行動を見極めていくべきだ――。 まったく仰る通り、というしかありません。 また、君主は領民に対し、冷酷に振舞い、恐れられる存在であるべきだ、 と説くマキアヴェッリですが、恨みを買うことだけはしてはならないと戒めます。 特に、死刑は〈都合の好い正当化と明白な理由〉があれば、行ってもよいが、 決して臣民の財産には手を出してならない、と取り立てて注意を促している所に、 マキアヴェリの鋭い人間洞察があらわれているように感じ、興味深かったです。 なぜなら〈人間というものは、殺された父親のことは忘れても、 奪われた財産のほうはいつまでも忘れないから〉です。
エリートの必須アイテム
リーダーシップが盛んにもてはやされる昨今、やはりこの古典的名作ははずせないのでしょう。君主としてのあり方を探るヒントが満載の古典に触れて頭をリフレッシュさせましょう。
人間の心理についての鋭い洞察の書
言わずとしれたニッコロ・マキャベリがロレンツォ・デ・メディチに贈った君主のありかたを説いたテキスト。君主政の諸類型を整理しつつそれぞれの長短を検討していく。題は「君主論」だがその内実は「人間論」といってもいいかもしれない。配下の諸侯、あるいは一般の民衆といった人間達の心理をするどく分析することによって君主のやるべきこと、やってはならないことを解き明かす。その人間の心理への鋭さは見事という他ない。今なお読み継がれている理由がここにある。 マキャベリの思想は、「マキャベリズム」「マキャベリスト」といった形で人口に膾炙し、様々な概説を通した形で孫引き的に流布している。権力者はその権力を維持するためならばいかなる冷酷非道な手段を用いても構わない。そのような印象が「マキャベリズム」という言葉とともに独り歩きしているといえる。だが、本書を読むとそんな今まで抱いてきた「マキャベリズム」へのイメージが激変する。確かに彼は、「君主たるものは、己の臣民の結束と忠誠心とを保たせるべきならば、冷酷という悪評など意に介してはならない」という(17章)。だが一方で彼は「どれほど強大な軍事力に支えられた者でも、ある地域へ攻め入る時には、常にその地域住民たちの好感を必要とする」という(3章)。「いかなる君主においても民衆を味方につけておくのが必要」だというのである(9章)。一方では君主は慕われるよりも恐れられていたほうがよいと主張しつつ、他方では君主は民衆から憎まれてはならないという。なぜなら「陰謀を企む者は常に、君主の死によって民衆を満足させられると思い込んでいるが、民衆を怒らせるのではないかと思った時には、そのような手段をとる勇気を持たないから。」(P139) 統治を安定させるには何が必要で何がご法度か?マキャベリの論考は500年も前に書かれたとは思えないほど深く、複雑だ。本書を丹念に読むと、軽々しく「マキャベリズム」「マキャベリスト」といった形での一般化はできなくなる。巷で流布している俗説に簡単に影響されずにきちんと古典に向き合う作業の重要性を実感する。
著作自体は優れているが、翻訳が不適切
すでに指摘されているように、翻訳が悪い。接続法や指示語など、文章理解の上で直訳する必要のない部分をあえて直訳している一方、直訳で十分に意味が取れるところをなぜか意訳し、かえって日本語として意味が取りづらい点が多い。ゼミで用いたが、学生が気の毒であった。 また、専門家・研究者向けでもない。principato, stato、fortunaなどにはそれぞれ「君主政体」「政体」「運命」といった訳語が充てられており、多くの場合その翻訳は、専門的に見て必ずしも適切だとは思われない。全般的に、誤訳とまでは言えないにせよ、読者がその日本語を正しく「再翻訳」しなければ、誤解を与えてしまう点が多すぎる。採用されている日本語が一律で機械的であり、それぞれの文脈を踏まえた翻訳とは言いがたい。訳者自身の内容理解が伴っているのだろうかと疑わざるをえない。「厳しい原典批評」を経ているという売り込みだが、かりにそうであるとしても、そもそも版の相違は、文意を読み解く上で、さほど重要な程度ではない。たんなる個人的感想のような不要な注も目立つ。 従来の翻訳のほうがはるかに優れているように思われる。

まぼろしの郊外―成熟社会を生きる若者たちの行方 (朝日文庫)

[ 文庫 ]
まぼろしの郊外―成熟社会を生きる若者たちの行方 (朝日文庫)

・宮台 真司
【朝日新聞社】
発売日: 2000-02
参考価格: 588 円(税込)
販売価格: 588 円(税込)
まぼろしの郊外―成熟社会を生きる若者たちの行方 (朝日文庫)
宮台 真司
カスタマー平均評価:  4
強度を
 保つために、女子高生のようにまったりと生きろ、という宮台の主張のうちの一冊。  中でも興味深かったのは、好きなもの同士で、好きな時間に、好きな教師に、好きな科目を、学習する、というスタイルを学校でとったならば、いじめはなくなった、というデータ。一概には言えないだろうが、興味深い。学校化した社会の中で、「自己決定能力」というものを養わなければどうしようもない、ということ。中身を変えれば、教師に「生徒のサインをひとつ残らず見逃すな」と超人的能力を要求することのなくなる、という。  彼の主張するとおり、「ゆとり教育」というものが導入されて、学校自由化が推進している。が、学力調査で日本の順位が落ちている、と騒ぐ識者がいる。ゆとり教育で授業時間が減ったんだから、学力が下がるのはあたりまえなのに、それで下がっていて騒ぐ、というのは、なんのためのゆとり教育なのか一度考えてもらいたい。
まぼろしの郊外とは。
成熟し複雑化した近代社会では、何が良いことで何が悪いことかは自明のことではなくなる。そのような社会においては、一概に「売春」や「援助交際」を「悪い」ということはできない。 そもそも日本には、一神教的な神は存在しない。だから神に対する「罪の意識」はありえない。だが、その信念を保障してくれるような「内的確かさ」もありえない。要するに、日本社会は「倫理」なき社会だ。 日本では、伝統的に「倫理」に変わって「道徳」が社会を律してきた。「道徳」とは、同じ共同体に属する人々の視線に規律されることだ。しかし共同体が、郊外化=「団地化」、「コンビニ化」を通じて解体した。第一段階の郊外化である「団地化」は、“地域共同体の崩壊”と“家族への内閉化”をもたらし、第二段階の郊外化である「コンビニ化」は、“家族共同体の崩壊”と“第四空間化”をもたらした。 これにより日本社会においては、「道徳」は意味をなさなくなった。前提となる共同体が解体したからだ。日本の「道徳」とは、「郷に入りては郷に従え」的である。そして、これは「旅の恥はかき捨て」と表裏一体。すなわち共同体が解体して、そのまなざしがないところでは、「何でもできてしてしまう」。 そして若者たちは、地域共同体から「第四空間」である街に流れ出した。 この背景には、「学校化」という重要な問題もある。以前は家・学校・地元にはそれぞれの評価基準があった。しかし評価基準の均質化が始まり、学校の優等生・劣等性は、家や地域でも優等生・劣等性としてしか見てもらえなくなる状況がでてきた。「学校化」により、空間的には、家も地域社会も学校的なものの「出店」になり、時間的には、教室にいる時間だけでなく全生活を覆うようになった。 そのような学校的なイメージから解放され、閉塞感を打破するためには、街に出て行くしかなくなってしまう。街は「風景」としての他人ばかりで共同体のまなざしのない場所であるから、若者は何でもできてしまう。 そしてこれが、テレクラ、ブルセラ、デートクラブ、そして援助交際へとつながる素地を作りあげた。「倫理」や「道徳」が存在しないので、体を売ろうが何をしようが恥ずかしくなくなった少女たちが現れてきたのだ。 そして少女たちは、そのなかで「まったり」と過ごし、輝かしくない「終わりなき日常」に適応し生活している。
それなりにインフォマティブですが、語り口が。。。
この著者については、もちろん、名前やお顔はよくお見かけしていたのですが、著作に目を通したのは初めてです。

明晰な頭脳で知られる著者だけあって、独自のフィールドワークの部分や、切れ味鋭い現状分析の部分については興味深く読ませていただきましたが、具体的な改善案を提案する部分を読んでいるときには、頭の中で警報機が鳴りっぱなしでした。その理由は、著者独特の語り口にあるように思います。

たとえば、著者は「システムの問題と個人の実存の問題を区別しなければならない」と言っていますが、何がシステムの問題で何が個人の実存の問題かは、理論だけで自動的に決まるものではなく、何らかの価値観に基づく社会的選択の問題ではないでしょうか。

著者は、少女の売春などをシステムの問題とし、オウム事件のような「終わりなき日常」に耐えられない人々の犯罪を個人の実存の問題とみなしているようですが、なぜその逆(あるいは、どちらもシステム・実存の問題)でないのか、ということは、それほど自明なことではないはずです。

そもそも、分析や批判は論理だけでもできるかもしれませんが、なんらかの価値観に基づかない改「善」案などというものは、それこそ論理的にありえないはずで、その前提となる価値観を明示せず、すべてが自明の前提に基づく当然の結論であるかのように書く著者の文体は、私のようなものにはかなり欺瞞的に写りますし、著者の主張に納得できない人には、なにかたちの悪い詐術にひっかかったような印象を与えるのではないでしょうか。

そのような矛盾はいろいろなところに現れていて、たとえば、「価値観は構造的メカニズムの派生物に過ぎない」のなら、「ロマンチシズムに固執する大人世代」に宮台先生が説教するのもムダだということになるはずだし、「共同体が失われ、一神教的な父なる神のいない社会では、原理的に良き父親と悪しき父親の区別ができない」のなら、いくら個人の自己決定能力を鍛えたって、それがよい方向に収束する保証などないのではありませんか?

著者が多用する、「社会学では」とか「社会システム理論では」というフレーズも、ややコケ脅し的に響きます。そもそも、社会科学がどこまで客観科学足りうるのかということ自体、一定の留保が必要なのではなかったでしょうか。

そんなわけで、素直な人や、理屈や権威に弱い人には、正直あまりお勧めしたくない本なのですが、もちろん、賛成できる部分もあったし、それなりにインフォマティブでもあったので、星3つ。
屋上から何が見えるのだろうか?
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自己調査としての社会学
著者である宮台氏は都立大学で教鞭をとりながら、
街へ出歩き実地調査をする、名うてのフィールドワーカーでもある。
冒頭、社会学的フィールドワークと民俗学的フィールドワークを対峙させて
前者は自己を見つめなおす手段として、後者は他者が放ったコトバを自己のコトバに浄化させることで他者の理解を深める手段として存在する、と
述べている。社会学の本来的な目的は、他者を理解するのではなく、自己に対する認識コストを費やすことなのである。
だから、テレクラも都市郊外論もコミュニケーション論も社会の中に
浮遊する自己を理解する突破口にすぎないのである。


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 更新日 2009年7月8日(水)  ※ 表示価格は更新時のものです!      メール      相互リンク