米国的な大量生産&大量消費の世の中は過去のものに・・・ 地域再生のために地域社会の衰退という事が全国で叫ばれており、特に地方都市はその被害を受けています。 この本はそうした地域社会の衰退の理由を、日本における現代という時代を、グローバリゼーションにより工業社会が終わりを告げ、知識・情報社会への入り口に差し掛かっている「過渡期」であると捉えています。知識社会ではモノでなく情報が動き、その事で「人」が優先されるようになっています。 その結果、人が動くのではなく情報が動くことにより「無駄」がなくなるというわけです。それはどういう事かというと、情報を動かして、例えばインターネット等で商品を注文・配送してもらう事によって各個人が車で買いに店に買いに行くより無駄が排除されるという事です。そして仕事も「仕事場」まで行く必要が無くなり、在宅勤務のように情報をやりとりする事で事が足りるというわけです。 筆者は多様化してきた欲求を満たすために地方分権の重要さを説いています。住民に密着した地域公共団体の方が、遠く離れた国民国家より対応できるからです。確かに年金問題等で不祥事が連発した社会保険庁などは、「現場」から遠く離れているので見えていないのではないのでしょうか。 地域独自の文化を再結成するという事はとても時間がかかる事でしょう。さらに短期的な再生ではなく、それは持続的に続けねばなりません。この本では、これからの情報社会には「人」が優先されてくるとされており、つまり目の前の人とのコミュニケーションがよりいっそう大事になってきており、そこから文化なりアイデアなり、何を産み出せるのか、という事が重要になってくるのではないのでしょうか。いろんな人との出会いを大切にしたいですね。